「ブランケット・キャッツ」第1話

NHKの「ドラマ10」の新ドラマ「ブランケット・キャッツ」の第1話「身代わりのブランケット ・ キャット」を見ました。

東京の大森で椎名家具製作所という小さな工房を経営する家具修理職人の椎名秀亮(西島秀俊さん)は、亡き妻の陽子(酒井美紀さん)の遺した七匹の猫たちと暮らしながら、猫たちの新しい飼い主が現れるのを待っていました。工房の近くには、幼馴染で獣医師の藤村美咲(吉瀬美智子さん)が院長を務める動物病院があり、美咲さんは看護師の水島楓(島崎遥香さん)と一緒に、妻の死からなかなか立ち直らない秀亮さんの様子を時々見に来ていました。

そのようなある日、猫を探して工房を訪ねて来た立花ヒロミ(蓮佛美沙子さん)という女性が、秀亮さんの肩に乗っていた猫を一目見て、祖母の佐代子(佐々木すみ江さん)の大切にしていたロンロンに似ているからと、その猫をほしいと言いました。秀亮さんは、そのペコという名前の猫を、猫に相応しい飼い主であるかを確かめるためのトライアル期間の三日間、猫の好きな毛布と一緒にヒロミさんに預けることにし、認知症の祖母が一時的に帰ってくるという立花家を見に行きました。

ヒロミさんと佐代子さんの息子である父親の祐作(山崎銀之丞さん)、母親の美津子(山下容莉枝さん)、弟の芳樹(碓井将大さん)は、帰ってきた祖母を迎え、ペコをロンロンの身代わりとして祖母に渡しました。佐代子さんは猫をロンロンと呼んで以前と同じように可愛がっていたのですが、その様子にほっとしていたヒロミさんは、父親から祖母が婚約者に会いたがっていると聞かされ、結婚を考えてはいたものの遠距離恋愛となって自然消滅した長野康平(鈴之助さん)の代わりとして、祖母には秀亮さんを会わせることにしました。

婚約者の身代わりを頼まれた秀亮さんは、食事の席で穏やかに話していたかと思ったら突然暴れ出したりしていた認知症の佐代子さんが、しかし、家族の前で全てが分からなくなっているわけではないことに気付くのでした。

結婚するならケンカしなきゃ、と祖母に優しく言われたヒロミさんは、認知症の祖母のために思って嘘をついたけれどそれは取り繕って騙していただけだったと正直に祖母に謝り、祖母を見送った後、祖母のアドバイス通りに長野さんに自分から電話をかけ、今すぐに会いに来てと率直に伝え、関係性を復活させていました。

脚本は江頭美智留さん、演出は大谷太郎さんでした。音楽は得田真裕さん、主題歌は矢野顕子さんの「Soft Landing」という曲でした。

原作は、私は未読なのですが、重松清さんの短編小説集『ブランケット・キャッツ』です。西島秀俊さんと香川照之さんのW主演だった2年ほど前のTBSの「日曜劇場」のドラマ「流星ワゴン」の原作も重松清さんの小説でした。

猫と西島秀俊さんを見るドラマ、という印象がドラマを見る前の私にはあったのですが、猫を借りた人とその家族の物語でした。猫との出会いをきっかけに、家族や自分自身との向き合い方を考え直す人々の話でした。

家具職人の秀亮さんは、頑固な職人気質の人という職人らしいイメージの人でもあり、妻の陽子さんを気遣うよりも仕事のことばかりだった自分の過去を後悔しているようなところもある人でした。陽子さんは事故で亡くなったそうです。

でも、悲しいような雰囲気のドラマではなく、自由に振る舞う猫たちを穏やかに見つめる感じが、人間にも向けられているような印象のドラマでした。

今放送されている大河ドラマ「おんな城主 直虎」の小林薫さんの演じる南渓和尚と猫の場面もかわいいのですが、西島秀俊さんの演じる秀亮さんと七匹の猫たちの場面はやはりかわいいかったです。それに、町中にも猫が歩いていましたし、佐伯奈緒子(美保純さん)と娘のさくら(唐田えりかさん)の経営する定食屋さんのさくら食堂の玄関先には柴犬がいました。動物が登場する作品は強いなということも改めて思うのですが、この作品の猫たちは、人間たちの暮らしを冷静に見つめる第三者の視点としての猫たち(時々犬?)ということなのかなとも思いました。

秀亮さんの工房に来る人や家族の部分は、一話完結の物語になっているようでした。全7話の作品だそうです。今回のペコは身代わりではいけないと気付いたヒロミさんによって工房に戻って来ていましたし、秀亮さんが探している椎名家の七匹の猫たちの新しい飼い主というのが本当に他所に見つかるのかどうか分かりませんが、次回の物語も楽しみにしていようと思います。

「あなたのことはそれほど」最終回と、昨夜の「NEWS23」の報道のことなど

TBSの火曜ドラマ「あなたのことはそれほど」の最終話(第10話)を見ました。初回と同じく、15分拡大版で放送されていました。

最終話では、一人暮らしを始め、初恋の人から不倫相手となった有島光軌(鈴木伸之さん)に「選ばれなかった」ことを自覚した、眼科クリニックで医療事務として働く29歳の渡辺美都(波瑠さん)は、離婚届を役所に郵送すると連絡してきた夫の渡辺涼太(東出昌大さん)がまだ離婚届を出しておらず、涼太さんを訪ねた母親の三好悦子(麻生祐未さん)からは二人の結婚式の時の写真を部屋に飾ったままであることを教えられて、複雑な思いに駆られていました。

その一方で、子供が生まれた後も不倫を続けていた夫を軽蔑する妻の有島麗華(仲里依紗さん)に実家に帰られてしまった有島さんは、美都さんとの不倫関係を完全に終わらせ、妻の実家に朝晩毎日通いながら、麗華さんと子供を本当に愛しているのだということを熱心に訴え続けていました。

脚本は吉澤智子さん、演出は金子文紀さんでした。ドラマの原作は、いくえみ綾さんの漫画『あなたのことはそれほど』です。

涼太さんの自分への愛情に得体の知れない怖さを感じていた美都さんは、最後に食事をしたいと屋台のおでん屋さんに誘われ、気楽な気持ちで食事をしながらも、涼太さんから離婚届の証人を頼まれた親友の飯田香子(大政絢さん)も涼太さんを何だか怖いと感じていたことを知って改めて怖く感じていたのですが、自殺をするほどではなかった涼太さんの気持ちも、少しずつ美都さんから離れていたようでした。

美都さんと涼太さんが離婚するのかしないのかの状況が拮抗しているような雰囲気の最終回だったのですが、美都さんは、自分の都合によって離婚を提案したり白紙に戻そうとしたりする美都さんを「みっちゃんらしい」と考えていた涼太さんに振られるような形で、離婚に至っていました。握手をした美都さんの手を振り払うように話した涼太さんが、去って行く美都さんのほうを振り返らずに外した指輪を遠くに投げ捨てる場面が、すっきりと前向きな印象でした。

麗華さんの実家を訪ねて来た有島さんが、子供の顔を見るために麗華さんの布団の上に仕事のスーツのまま正座していた場面は、不衛生であるように私には思えてしまったのですが、自分と子供を裏切った有島さんを麗華さんが許すことにした結末は、良かったように思います。有島さんは、当然のことながら、不倫相手の美都さんよりも妻の麗華さんのことを好きで、そのことをちゃんと麗華さんに伝えるということを頑張っていました。麗華さんは、結婚する前や結婚したばかりの頃とは少し違う感情で、子供の父親でもある有島さんを好きになったようでした。

夫の横山良明(山岸門人さん)からいつもバカ扱いされ、“ママ友”の麗華さんの夫と不倫をする美都さんを苦しめるために「怪文書」を作って配っていた横山皆美(中川翔子さん)は、その後、皆美さんの苦しみを知って改心したらしい夫と仲良く歩いていました。もうすぐ二人目の子供が生まれるようでした。良性の腫瘍の手術を終えて病院を出た麗華さんと付き添いの有島さんは、病院の前で横山夫妻と遭遇したのですが、横山夫妻はにこやかに会釈をしただけでした。

横山夫妻の様子を見た麗華さんの、いろんな夫婦がいるのね、という言葉が、まさにこのドラマの描いていたことを表すものなのだろうと思います。夫婦にはいろいろな形があるのだということを、このドラマを見ていて改めて思いました。

「不倫」がテーマになっていて、私には少し苦手に思えてしまうような場面も時々あり、毎回の感想を書くことはできなかったのですが、それでも何となく見続けることができたのは、登場人物たちの複雑な感情が、誰を悪者にするということもなく、丁寧に描かれていたからなのではないかと思います。「ドロドロ」にもならず、少女漫画的な雰囲気も残しつつ、ドラマを見ている人が自分ならどうするだろうと考えることもできるような、普遍的な、結婚前後の?人たちの物語になっていたところが良かったような気がします。

美都さんが離婚をした1年後、3か月ぶりに彼氏ができた、と美都さんの一人暮らしのアパートの部屋で話していた香子さんが、昔に好きだった人と比べようとする美都さんに、あの頃の私が好きだった人は今の私にとってはただの幻だと答えていたのも、良かったです。

香子さんの新しい交際相手は、美都さんの勤める眼科クリニックの眼科医の花山司(橋本じゅんさん)でした。香子さんと花山先生が下見に来ていた結婚式場?で、美都さんは女性を連れた涼太さんと遭遇し、軽く挨拶をしてすれ違ったのですが、女性は涼太さんの再婚相手ではなく、会社の後輩でした。涼太さんは仕事でその場所を訪れていました。

涼太さんを好きだった同僚の小田原真吾(山崎育三郎さん)とも前のように友人に戻ったらしい涼太さんは、小田原さんから、一人でバス停に立つ美都さんがいることを教えられたのですが、「いいのか?」と訊かれると「それほど」と答えて笑っていました。

「それほど」何なのか、「それほど好きじゃない」のか、「それほど気にならない」のか、涼太さんの「それほど」の内容は私にはよく分からなかったのですが、“家庭内ストーカー”となっていた涼太さんが、美都さんと距離を置くことができている感じには、少しほっとしました。

「運命の恋は、まだ知らない」美都さんは、まだ「運命の恋」を追いかけているようでもありましたが、一番好きな人とは幸せにはなれない、という呪いが宿命であるなら、途中で諦めない限りは、美都さんの望みは永久に叶わないということなのかなと思います。でも、一番好きな人から、自分が二番目か三番目に好きな人とか、それほどには好きではない人だとか思われているとしたなら、美都さんに傷つけられ続けていた涼太さんのように、辛い気持ちになるのかもしれません(東出さんの演じる涼太さんの不気味さも面白かったのだと思いますが、先日に亡くなった野際陽子さんの出演していた昔のTBSのドラマ「ずっとあなたが好きだった」の、佐野史郎さんの冬彦さんに似ているという噂は、少し違うような気もしました)。

不倫の恋愛?が扱われたドラマとしては、「ポケベルが鳴らなくて」という緒形拳さんと裕木奈江さんのドラマが私には印象的でした。「ポケベル」は結局使ったことがないままなのですが、主題歌も好きでした。昔に見たドラマなので内容はうろ覚えなのですが、とても好きで見ていたということは憶えています。今見たなら、ドラマの印象はまた少し変わるのかもしれません。「ずっとあなたが好きだった」にしても、「ポケベルが鳴らなくて」にしても、今のドラマにも面白い作品はあると思いますが、昔に見たドラマは面白かったなと思います。


ところで、昨夜の「NWES23」でも扱われていましたが、一昨日のNHKの「クローズアップ現代+」では、学校法人・加計学園の獣医学部新設問題に関する調査を行っている文部科学省で職員の方たちの共同フォルダから「10/21萩生田副長官ご発言概要」なる文書が新たに見つかったということが報じられていました。官邸が徹底的に調査を行うと宣言し、文部科学省が調査を行い、その結果、官房副長官の一人の萩生田光一さん(加計学園の千葉科学大学の名誉客員教授でもあり、内閣人事局長でもあるそうです。加計孝太郎理事長と安倍首相が友人であることは知らなかったと国会で嘘をついていました)の指示を示すような新文書が出て来たのであるのなら、萩生田官房副長官が激怒したとしても、それを受けて松野文部科学大臣や義家文部科学副大臣が新文書をただの覚書だとか言って否定して、萩生田官房副長官に謝罪をするというのは、おかしなことであるように思いました。調査した結果出てきた文書がメモや覚書だとしても、それをもとに職員の方たちが行政の仕事を進めるのだとするのなら、それは公文書になると思います。個人のメモだから、という風に軽んじるのはおかしいです。

文科省の職員の方が出した加計学園の獣医学部の新設に関する官邸や内閣府の関与を示す文書を、官邸や内閣府が否定し、文科大臣や文科副大臣が謝罪までするのなら、安倍首相を議長とする国家戦略特区の諮問会議や、文部科学省は、加計学園のみに決まったというのを一旦やめて、獣医学部新設の審査を透明性の高いものにするために、もう一度初めから、獣医学部を作りたい学校を募集するところも含めて、全部やり直すことにすればいいのではないかなと思います。

基準が曖昧なままの「共謀罪」の創設を含む組織犯罪処罰法改正案が与党の強行的な採決によって可決・成立した国会の閉会後の、19日の夕方にNHKで生中継されていた(私は録画をしておいたものを後で何となく見ました)約40分ほどの安倍晋三首相の記者会見は、(国会の質疑応答の時のように)安倍首相が一方的に自分の考えを述べるタイプのもので(「人づくり」という発言にまた少しぞっとしましたが)、最後のほうの記者たちからの質問も弱いもので、しかも1列目の記者さんたちばかりが質問の機会を与えられているという印象でした(1列目以降の記者たちは、本当に記者さんたちだったのでしょうか。ただ黙って聞いているだけで良かったのでしょうか)。国民に丁寧に“説明”していきたい、と安倍首相は会見の中で言っていましたが、具体的にいつどのように“説明”を行うかは言いませんでした。フジテレビの「ユアタイム」に出演していた中谷元防衛大臣は各自でインターネットで調べてというようなことを言っていたのですが、それでは政府(安倍内閣)が国民に対して説明責任を果たしたことにはならないように思いますし、酷いなと思いました。安倍首相の先日の記者会見を「謝罪会見」としているメディアもありましたが、本気で自分が悪いと思って国民に謝っているというような感じはしませんでした。「印象操作」とか、野党を貶める言い方もこれまでと同じで、東京都議会議員選挙などがなかったなら特に謝るつもりもなかったのではないかと思いますし、謝罪というよりは弁明の会見だったのではないかなと思います。安倍首相の記者会見の中継後のスタジオの解説者が、安倍首相や今井尚哉首相秘書官とも親しいと言われているNHKの政治部の岩田明子記者だったことにも少し驚きました。

安倍首相がテレビの報道番組で「党首討論」のようなことを行わなくなったのは、以前の討論会の時のように、追及されて失敗することを恐れているためなのかもしれません。野党は安倍首相を議長としたトップダウン方式の国家戦略特区の在り方を問題視していますが、構造改革特区などのその他の特区のことは特に問題視していないそうです。今年の4月から司会が武田真一アナウンサーと鎌倉千秋アナウンサーになったNHKの「クローズアップ現代+」は、昨年の3月までの国谷裕子さんの頃の「クローズアップ現代」に戻るかのように、頑張っているように思いますが、文科省の職員の方が国会の会期中に新文書を出し、今回の新文書の特集が国会の会期中に放送されていたなら、もっと良かったのではないかとも思いました。

官邸や内閣府の人々は、森友学園や加計学園についての調査の結果、自分たちにとって都合の悪いものが出てきた場合にはこれからも(愛媛県今治市に建設中である獣医学部の新設が未認可という大学の開学予定の来年の4月頃までは特に?)全否定をしてなかったことにし続けるつもりなのかもしれません。あるいは、「内閣改造」の際に萩生田さんのような自民党内の加計学園の利害関係者が安倍首相夫妻を残して一旦引き下がることになるということもあるのかもしれません。

安倍首相の会見が夕方にあって、その30分後に大阪地方検察庁が森友学園の籠池前理事長の家宅捜索を行うことが伝えられて、その夜の9時頃から大阪地検特捜部による家宅捜索が始まり(メディアのカメラが先に籠池家に入って取材を行っていたのは良いことだと思いました)、夜10時に「クローズアップ現代+」の加計学園と萩生田副官房長官の新文書のスクープ特集が始まり、萩生田氏側は激怒し、松野文科大臣と義家文科副大臣は堂々とせずになぜか萩生田氏への謝罪を行い、籠池家での大阪地検特捜部の捜索は明け方頃まで続いていたというような一連の流れは、何だかすごいなと思いました。

TBSの取材に応じていた籠池前理事長は、安倍首相会見後の大阪地検による家宅捜索を「国策捜査」だと言っていました。私は「国策捜査」という言葉を知らなかったので、籠池さんの造語なのかなとも思っていたのですが、実際に使われている言葉でした。政治的な意図のもとでとにかくある人物の訴追を行うために進める検察の捜査のことを指す言葉だそうです。籠池前理事長は、国策捜査だから検察が逮捕しようと思ったら道端の石ころを蹴っただけでも道路交通法違反で逮捕されるというようなことを話しているのを聞いて、なるほどなと思いました。沖縄の辺野古の在日米軍基地建設の反対運動など、政府の政策に反対するデモを行っている方たちが、公務執行妨害という罪で時々逮捕されているのも、似たようなことなのかもしれないなと思いました。

「民主主義」に穴を開けようとする人々と「民主主義」を守ろうとする人々との戦いが続いているのだろうと思います。前文部科学省事務次官の前川喜平さんやアメリカのコミー前FBI長官のように、勇気を持って堂々と政権の間違いを告発できる方がもっと現れるといいなと思います。昨年には「ポストトゥルース(ポスト真実)」という言葉をよく聞きましたが、現代の、日本の安倍政権やアメリカのトランプ政権では(他にもあるかもしれませんが)、公平や公正、透明性や真実、国会や記者会見や三権分立の体制が蔑ろにされてきているという実態は、やはりあるのかもしれません。

昨日には、小池百合子東京都知事が、築地と豊洲のどちらも活かすために、築地市場の豊洲市場への移転と築地市場の再開発を決めたというようなことも報道されていましたが、豊洲市場への築地市場の移転と空いた築地の土地の商業地利用というのが石原元都知事や舛添元都知事の都議会自民党の策で、小池都知事の策はそれとよく似ているようにも思いますし、どちらも活かすことができるのかどちらも中途半端になるのか、豊洲市場を市場の本拠地としていずれ築地市場が潰されてしまうということなのか、よく分からないような気がしました。築地市場をこれまで通りに普通に営業しながら、少しずつ工事を行ってきれいに直していくという案のほうが、築地市場を歴史のある市場として残すためには良いのではないかと思います。お金の話も大事かもしれませんが、お金の話ばかりになってしまうと、東京ガスの工場の跡地に生鮮食品を扱う市場を作るのは本当に安全なことなのかという、当初の問題から離れてしまうような気がします。

そして、昨夜の11時27分頃には、大分県の南部の佐伯市で震度5強の地震が起きたそうです。臨時速報にはっとしました。報道によると、大きな被害はなく、四国電力が再稼働した愛媛県の伊方原子力発電所3号機にも影響はないということでした。昨年の4月の熊本と大分の大地震の続きの余震なのかどうかはよく分かりませんが、前震ではないといいなと思います。

あと、19日には元SMAPの(まだSMAPのような気がしますが)稲垣さんと草なぎさんと香取さんがジャニーズ事務所を辞めることが決まり、中居さんと木村さんは残るらしいという報道がありましたが、昨夜のニュースで伝えられていた、木村拓哉さんの運転する車がバイクに追突するという玉突き事故を起こしていたということにも驚きました。少し坂道になっている道路に止まっている時に考え事をしていて、ブレーキから足が少し浮いてしまったということでした。誰も怪我をしていないということなので、そのことは良かったと思うのですが、いろいろ大変だなと思いました。

「正解するカド KADO: The Right Answer」第9話と第10話

東京MXテレビやBSフジで放送されている「正解するカド KADO: The Right Answer」という東映制作のアニメ作品の、第9話と第10話を見ました。

カドの中の異方存在のヤハクィザシュニナ(声・寺島拓篤さん)から話があると言われた真道幸路朗(声・三浦祥朗さん)は、ヤハクィザシュニナの出した小型のカドを通ってこの世界と異方の境へ出ると、ヤハクィザシュニナから異方の説明を受けました。ヤハクィザシュニナによると、異方とは3次元の37乗の世界ということでした。情報処理能力が高い分、情報不足に陥ってしまった異方は、処理するための情報を得るため、繭の糸のように情報を紡ぎ出す存在を生み出すことを思い付き、知的存在としての人間を作ったということでした。

物質の質量や時間を操ることができるらしい「ナノミスハイン」を使って異方の説明を受けた真道さんは、ヤハクィザシュニナとは神なのかと驚くのですが、ヤハクィザシュニナはそれを否定しました。そして、ヤハクィザシュニナは、一緒に異方へ行かないかと真道さんを誘ったのですが、戸惑って返事に詰まって固まる真道さんの様子を見ると、早まったなと呟き、自分から異方の話を聞く前の真道さんをこの世界に残すために、話を聞いたこれまでの真道さんを消そうとしました。

カドの外では、「サンサ」を見て目覚めたようにカドを分析しようとしていた科学者の品輪彼方(声・釘宮理恵さん)に、徭沙羅花(つかいさらか、声・M・A・Oさん)が、ヤハクィザシュニナの力なしでカドの中に入る方法を考えてもらおうとしていたのですが、真道さんがヤハクィザシュニナによって消されようとしたその時、「操のようなもの」と沙羅花さん自身が言っていた右手の薬指の指輪が割れ、次の瞬間には沙羅花さんはカドの一部を壊して侵入し、ヤハクィザシュニナの前に立ち塞がって真道さんを守りました。ヤハクィザシュニナだけではなく、沙羅花さんも「異方存在」だったようです。

前回の第8話の最後のヤハクィザシュニナにも少しそのような雰囲気の表情があったのですが、今回の第9話から急にヤハクィザシュニナが人間的になり、しかも悪役のようになっていて、さらに徭沙羅花が地球人の真道さんを救う異方存在のヒーロー(女性なのでヒロインかもしれませんが)的存在に変身するとか、ヤハクィザシュニナが真道さんを異方に誘っていたことも含め、いろいろ唐突な感じがしてしまいました。

今回の話によると、人間は異方が高速に処理するための情報をほぼ無限に(無尽蔵に?)得るための装置やプログラムとして作り出されたものということでしたが、そうであるのなら、3次元の37乗という世界がどのような世界なのかとか、異方存在のヤハクィザシュニナが神なのかどうかということはともかくとしても、異方は決して万能の存在ではないということになるように思います。

私としては、この作品のヤハクィザシュニナには、人間的なものを超越したキャラクターであってほしかったように思います。そもそも、登場した頃の異方存在は光のようであって、人の形でさえありませんでした。

異方存在が人とコミュニケーションを取るために人の形を取るという部分は良いとしても、欲望ような、人間的な心理を持っているかのようなところまで人に似ているというのは、私には少し残念に思えます。

それとも、むしろヤハクィザシュニナのほうが、この世界にいる間に、人間のことを学ぶうちに、人間の感覚を身につけてしまったということなのでしょうか。日本政府の犬束構造総理大臣(声・中博史さん)との交渉を望んだり、言野匠(声・桐本拓哉さん)たちメディア関係者を利用したりしていたのも、人に「正解」を出してもらうためだったように思うのですが、ヤハクィザシュニナが「ナノミスハイン」で真道さんを操ることができるように人類を操ることができるのなら、ヤハクィザシュニナにとっては政治的な交渉など最初から不要だったのではないかとさえ思えてしまいます。

このままでは、ヤハクィザシュニナは、徭沙羅花さんの考えていたように、「この世界」へのただの「侵略者」ということになってしまいますし、この作品の最初の頃にあった社会派の要素がどこかへ行ってしまいそうでもあります。

第10話は、冒頭から少し特殊な雰囲気でした。過去に遡り、ずっと昔の何もなさそうな白い空間に少しずつ何かが増えていきました。闇ができて、光ができて、この宇宙ができました。「ト」、「ワ」、「ノ」、「サ」、「キ」、「ワ’」は、重力が流れて質量が偏っていく現象を稀有なものとして見つめている長い間、ゆっくりと?会話を続けていました。「異方特異点」に触れたいと言うもの(「ワ」)が現れ、空間の歪みが起こることを気にしつつも、低次元の「繭」の中に入ることになりました。宇宙の中に誕生した惑星の一つの地球の中に生命が誕生し、人類が生まれ、空から降りてきたピンク色の光が植物や哺乳類の中に入りました。そして、現代の24年前の世界になって、日本の東京の下町に、徭家の第2子として長女の沙羅花さんが生まれました。

沙羅双樹の花から名付けられた沙羅花さんは、全ての人は与えられた時間を懸命に生きるのだということを父親に教えられて育ち、心配する父親の反対を押し切ってアメリカのニューヨークへ留学し、国際外交官として帰国し、真道さんと出会いました。そのようなことが、第10話では描かれていました。

カドの中でヤハクィザシュニナに消されそうになった真道さんは、異方存在だった(異方存在に変身した)沙羅花さんに助けられ、異方の情報をほとんど失っているという沙羅花さんを庇ってヤハクィザシュニナに脇腹の辺りを撃たれて失血死したのですが、沙羅花さんの特別な治療を受けて傷を癒しました。

この世界をずっと見つめ続けてきました、というような沙羅花さんの言葉を聞いて、手塚治虫の漫画「火の鳥」のようだなと、何となく思ったのですが、ヤハクィザシュニナが神的存在であるなら、私は人が大好きなんです、と頭に光輪を乗せている沙羅花さんは、天使のようなイメージの存在でしょうか。宇宙人?が地球人として生まれ変わるというところは「W3」のようでもありました。

真道さんの隣でなぜか大きめの白いワイシャツをかけて服を身に着けずに眠っていた沙羅花さんの場面は、私には(このように言ってはいけないかもしれないのですが)少し鬱陶しく思えてしまう場面でしたが、このような展開を好きな方もいるのかもしれません。「正解するカド」は、真道さんと沙羅花さんの普通の恋愛物語の要素もあったのだなと、少し寂しい感じもしました。

一方で、「正解」とは何かと訊く真道さんに、情報の繭として生み出された人類が異方に取り出されることという風に答え、真道さんには自分の意志で異方に来てほしかったと話していたヤハクィザシュニナは、お前は間違っていると沙羅花さんと一緒になって言う真道さんを撃った後、床に広がる流れたばかりの真道さんの赤い血に触れていました。

カドの外では、品輪さんたちが修復されるカドの壁を眺めていたのですが、そこが改めて開くと、ヤハクィザシュニナと共にもう一人の真道さんが外に出てきて、沙羅花さんは異方存在だったといい、沙羅花さんを閉じ込めたという小さな星形を品輪さんたちに見せ、さらにナノミスハインを見せました。それから、政治家やマスコミ関係の人々の参加する日異共同イニシアティブ合同委員会でナノミスハインの説明を行いました。

第10話の最後は、ヤハクィザシュニナがビルの屋上から青空を見上げる場面でした。そのまま静かにエンドロールが流れてきて、いつもとは違うエンディングになっていました。

脚本は野崎まどさんです(崎の文字は可の上が立のものです)。演出は齋藤昭裕さん、田辺泰裕さんでした。

面白いには面白いのですが、方向性が以前よりも分からなくなってきました。謎が増えているのか、減っているのかもよく分かりません。もともとの真道さんのいる空間と、複製されたもう一人の真道さんのいる空間は、パラレルワールドにはなっていないようですが、真道さん自身はパラレルの存在になっているということなのかなとも思いました。

ヤハクィザシュニナは、カドで変換して異方へ連れて行く人間は一人でいいと真道さんに話していたので、異方と感性の近い日本人の中の誰でもいいというのなら、むしろ真道さんではなく、物理学者の品輪さんのような人に相談したほうが早いのではないかというような気もしたのですが、でも、どうしても、真道さんがいい、真道さんでなくてはいけない、ということなのでしょうか。

この作品の世界には今のところ未来はないのですが、時間を操ることもできるのなら、もっと未来の人に異方のことを打ち明けたのなら違ったのかなとも思います。異方存在のヤハクィザシュニナが今の世界に現れた理由というか、必然性のようなものがよく分かりません。異方の能力の多くを失っているという沙羅花さんへのヤハクィザシュニナの攻撃手法が、高次元的なものではなく、3次元的だったところも少し気になりました。

カドと共に羽田空港に現れたヤハクィザシュニナは、かつての異方存在仲間が人間として生まれた沙羅花さん(指輪はいつから着けていたのでしょうか。いつ自分が異方存在であることを知ったのでしょうか)のいる時と場所であることを知っていて、今の日本の東京に現れたのでしょうか。私としては、社会派SFのようだった物語が真道さんと沙羅花さんの恋愛ものにはならないでほしいように思いますし、例えば「魔法少女マギカ☆まどか」のキュゥべえのように、ヤハクィザシュニナが悪役になるということにはならないといいなと思います。

「宮沢賢治の食卓」第1話

WOWOWプライムの「連続ドラマW」の新ドラマ「宮沢賢治の食卓」の第一話「幸福のコロッケ」を見ました。

第一話は、大正10年の夏、東京の本郷の部屋で売れない小説を書いたり、近所の喫茶店から流れて来るレコードの音楽を聴いたり、商店街のコロッケを食べたりしながら過ごしていたある日、いつも気にかけている病気がちな妹のトシ(石橋杏奈さん)の大病の電報を受けて急いで岩手の花巻の実家に帰った宮沢賢治(鈴木亮平さん)が、母親のイチ(神野三鈴さん)の様子からトシの病の知らせは嘘だと知るも、賢治の性格を理解しない頑固な父親の政次郎(平田満さん)から長男として家業の質屋を継ぐよう迫られる中、貧しい農夫の吉盛(柳沢慎吾さん)とその子供たちと出会い、本当の「幸(さいわい)」を分かち合うことの喜びを知っていく、という話でした。

今回のその他の主な登場人物は、ドラマの語りも務めていた宮沢家の次男の清六(井之脇海さん)、次女のシゲ(畦田ひとみさん)、三女のクニ(荒田悠良さん)、花巻高等学校の教師を務めていたトシさんの知り合いの音楽教師の藤原嘉藤治(山崎育三郎さん)でした。

私は、昨年に生誕120年を迎えた宮沢賢治(宮澤賢治)の作品(小説や詩など)を好きで読んだことはありますが、その実家の質屋のことや家族のことをよく知らなかったので、宮沢賢治の良き理解者である最愛の妹のトシさんの他に姉妹がいたということも、トシさんが学校の先生だったということも知りませんでした。「永訣の朝」の詩のイメージのためか、私は、トシさんは子供の頃に亡くなったものと勝手に思い込んでいたのだと思います。

父親の営む質屋からお金を借りることができなかった子供たちのために、賢治さんは、井戸掘り?を手伝ったり、口に出して言うことができない感情を手紙に書いて伝えることができるからと男の子に字を教えたりしていたのですが、ある日、自分のチェロを質に入れて借りたお金を吉盛さんに渡そうとして、吉盛さんに気持ちだけで十分だと断られてしまいました。吉盛さんは、昔賢治さんの父親の政次郎さんがお酒を持って訪ねて来て一緒に飲んだということを話して、幸せを分かち合うとはそういうことで、賢治さんのしていることは施しだと言いました。

父親に叱られ、人は天に与えられた道を歩まねばならないと諭されてショックを受けた賢治さんは、質屋にならなければいけないのかと思い詰め、トランクの中の小説の原稿を燃やそうとしていたのですが、この小説は兄そのものだ、これを燃やしたら兄が燃えてしまう、とトシさんに止められました。小さい頃から不思議な兄と接してきたトシさんは、兄の世界観が誰かの幸せの役に立つと信じていました。

その帰り道、大根を売りに行く途中の吉盛さんの姉弟に遭遇した賢治さんは、男の子から手紙を渡されました。手紙には、「せんせい ありがとうございました」と書かれていました。“幸せの分かち合い”に感激した賢治さんは、ある日トシさんから、農学校の開学の知らせのチラシを渡され、訪ねて来た先生から教員に欠員が出たから兄に来てほしいと頼まれたということを伝えられました。はっとした賢治さんは、帰宅してすぐの時にも、東京で食べたコロッケを再現して家族に作っていたのですが、両親を呼び出すと再びコロッケを作って出し、一つのコロッケを半分に割って両親に渡しました。そして、教師になりたいと父親に言い、これこそが自分の天に与えられた道なのではないかと、父親を説得しました。トシさんの加勢もあり、父親は、賢治さんの願いを認めることにしたようでした。コロッケを食べて、悪くないと呟いていました。おいしいとは言わないようで、トシさんやイチさんは笑っていました。

兄の賢治さんに教師の仕事が見つかったのは、実は、医者から教師の仕事を続けるのは無理だと言われた妹のトシさんが、藤原さんに頼んでいたからでした。賢治さんは、妹に支えられながら稗貫農学校の教師になるという新しい人生を歩み始めていたのですが、物語のこの秋頃の時は、トシさんが亡くなる一年前の出来事だということでした。

ドラマの原作は、私は未読なのですが、魚之目三太さんの漫画『思い出食堂』の『宮沢賢治の食卓』です。

脚本は池田奈津子さん、監督は御法川修さんでした。音楽はサキタハジメさんでした。

予告編を見て、私も見るのを楽しみにしていたドラマだったのですが、第1話はとても良かったです。鈴木亮平さんの演じる明るい宮沢賢治さんも良かったですし、石橋杏奈さんの演じる兄思いで意志の強い妹のトシさんも良かったです。

このように言ってはいけないのかもしれませんが、何というか、地上波で放送されても良いドラマであるように思えました。宮沢賢治の「食卓」とは何だろうと気になっていたのですが、このドラマでは毎回賢治さんが東京で食べたおいしい料理を再現するのかもしれません。衣がサクサクとしたじゃがいものコロッケがおいしそうでもあり、ドラマを見ていて、みんなで食卓を囲むことはみんなと幸せを分かち合うことなのだなと思いました。“料理ドラマ”というわけではないようでしたし、自分の思う幸せをみんなと分かち合いたいと願う賢治さんの素朴で純粋な気持ちが真っ直ぐに描かれた良いドラマであるように思いました。

第2話のサブタイトルは「夢のシチュウビーフ」でした。昔は「ビーフシチュー」ではなかったのでしょうか。教員の櫻小路ヤス(市川実日子さん)など、新しい人物も登場するようでした。私の家のテレビはWOWOWに加入していないので、無料放送の第1話しか見ることができないのが残念なのですが、少なくとも第1話は、とても面白かったです。脚本も、演出も、音楽も、映像も良かったです。エンドロールには、一般の方の撮影した岩手県の風景写真が何枚か出ていたのですが、その岩手の自然風景もとてもきれいで、宮沢賢治はその写真の中の風景と同じくらいの、あるいはもっと美しい様々な光景をいつも見ていたのかもしれないなと思いました。

「フランケンシュタインの恋」第9話

日本テレビの日曜ドラマ「フランケンシュタインの恋」の第9話を見ました。

第9話は、「山部呼六」だった“怪物”になる前の記憶を取り戻した深志研(綾野剛さん)が生放送のラジオ番組で120年前の出来事を語る話でした。

120年前、貧しい農家に生まれ、コレラで家族を失った山部呼六は、周囲の人たちに助けられながら育ち、その人たちへ恩返しがしたいと独学で医者の資格を取り、東京で医者として働いていたのですが、医者として仕事をするうちに、世の中には医者が治療できない病気のほうが多いと知り、細菌学を学ぶために富嶽伝染病研究所で細菌の研究を行う医学博士の深志研太郎(斎藤工さん)を訪ね、深志博士のもとで働くことになりました。

深志博士が山部呼六を受け入れることにしたのは、人付き合いが苦手な自分の代わりに研究所の患者の世話をしてもらうためでした。患者に接し、新鮮な野菜を食べてもらおうと考えた山部呼六は、農地を貸してくれるよう地元の地主たちを訪ねて回る中で、地主の娘のサキ(二階堂ふみさん)と出会い、農地を研究所に貸すよう父親を説得した後呼六さんの畑仕事を手伝うようになったサキさんのことを好きになりました。サキさんも山部呼六を好きになりました。サキさんは、患者さんたちが助かるようにと祈るために、研究所の近くにお地蔵さまを置きました。

一方、人と接するのが苦手でいつも一人でいる深志博士は、山奥の小屋で、細胞を活かし続ける菌を作り出すという不老不死の研究を行っていたのですが、ある日、研究所を手伝うようになったサキさんから、孤独な自分の生き方について、先生を尊敬する、先生は何か大きなものに支えられている、先生はそのままでいいと思うと言われて初めて自分が正当に評価されたように感じたらしく、呼六さんを好きなサキさんのことを好きになっていきました。

呼六さんとサキさんが深志博士の感情に気付かないでいたある日、呼六さんは細菌に感染して吐血しました。深志博士は、山部呼六がいなくなればサキさんは自分を好きになるのではないかと考えていました。しかし、呼六さんが死亡すると、サキさんは自殺をしようとしました。サキさんの自殺未遂にショックを受けた深志博士は、山部呼六を蘇らせようと、自身の不老不死の研究の成果を山部呼六の死体で試すことにしました。

そうして、山部呼六の死体は注入された細菌と雷の電流によって復活し、深志博士が連れて来たサキさんと会って菌を撒き散らし始めた山部呼六は、自身の菌でサキさんを殺してしまったのでした。

深志博士の感情は、深志博士のノートに書き残されていたものです。深志研がラジオで話している間、稲庭聖哉(柳楽優弥さん)は一人で山奥の小屋へ向かい、山部呼六と津軽さんの先祖のサキさんの写真の挟まっていた深志博士のノートと、深志研を生み出した当時の古い赤いキノコの菌の入ったガラスのシャーレを発見しました。

僕は人間の「恋」から生まれたのです、だから僕も人間に「恋」をすることができたのだと思います、と深志研が告白をし終えると、ラジオ局のスタッフは深志研の話を否定するよう天草純平(新井浩文さん)に指示を出したのですが、ラジオパーソナリティーの十勝みのる(山内圭哉さん)は続けるようにと言い、天草さんは、よく本当のことを話してくれました、と深志研に言いました。深志研は、怪物だから人間の良さが分かった、天草さんを信じて良かった、とお礼を言い、十勝さんたちにもありがとうございましたと感謝してラジオ局を後にしました。

夜、菌を持ち帰った稲庭先輩と病院の前で合流した深志研は、津軽継実(二階堂ふみさん)の病室へ向かいました。稲庭先輩は、深志博士の作り出した菌は無害で、研さんが時々出していた赤いキノコに似ていると説明し、その時の感情でなら人に触れても大丈夫だろうと話しました。深志研がピンク色の菌を撒き散らしながら恐る恐る昏睡状態の津軽さんの手を握ると、津軽さんはゆっくりと目を覚ましました。

脚本は大森寿美男さん、演出は狩山俊輔さんでした。

今回もまた、「恋」という言葉が多く使われていたような気がします。

「恋」とは、それほど勧められるべきものなのでしょうか。誰かへの複雑な感情を「恋」という言葉で括った瞬間にそれは「恋」でしかなくなってしまうという風にも思えますし、また、「恋」と呼びさえすれば全てが許される、あるいは無罪になるという感じが、私にはあまり良いことであるようには思えないのですが、このドラマのタイトルにも「恋」が入っているので、「恋」が多くなるのは仕方のないことなのかもしれません。

それでも、第9話も良かったです。

「フランケンシュタインの恋」は、人に接するのが苦手で一人で不老不死の研究を続けていた「深志研太郎博士の恋」でもあったのだなと思いました。

深志研によって昏睡状態から目を覚ましていた津軽さんの脳の血管の病気は、治ったということなのでしょうか。予告によると、次回には稲庭工務店に保健所の人々がやって来るようでした。深志研がどのような選択をするのか、最終回の物語も楽しみにしたいと思います。
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