月の空洞

今日は、皇后陛下美智子さまの83歳のお誕生日です。

美智子さまがお元気でいてくださることを、一国民として嬉しく思います。お誕生日の会見の様子の映像が報道されているのかは分かりませんが、私は今朝の新聞に掲載されていた「宮内記者会から皇后さまへの質問と、文書による回答の全文」を読み、美智子さまの知識の広さと人々に寄り添う思いの深さ、平和を希求するお言葉に、やはり美智子さまはすごいなと、改めて思いました。美智子さまのお答えは、それを読むだけで今年に何が起こったのかが全部分かるのではないかと思えるほどさまざまなことが網羅されているように思えます。美智子さまは、日本政府がコメントしなかった、国連が核兵器禁止条約を採択するに至る被爆者の長い間の努力にも、市民団体の「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞したことにも触れていました。

ところで、一昨日の報道によると、JAXA宇宙科学研究所の国際共同研究チームが2009年の日本の月探査機(月周回衛星)「かぐや」が取得したデータを解析したところ、月の「マリウス丘」と名付けられている火山地域に発見された縦孔の地下数10mから数100mの深さの場所に、約50kmにおよぶ、幅約100メートルの溶岩チューブのような空洞の存在が確認されたのだそうです。

月に地下空洞があると聞いた時、私は最初は単純に、地球にも地下空洞があるのだから月にもあるのだろうなとか、もしかしたらそこに宇宙人が住んでいるのかななどと面白く思った程度だったのですが、JAXAの方たちが、地下空洞は宇宙からの放射線や紫外線の影響を受けないから基地建設に利用できるかもしれないと考えているということを知り、本当にやめてほしいと思いました。

アメリカのNASAも月に人を送り込むことを計画しているそうですし、日本も2025年以降に月に人を送り込むことを計画しているそうなのですが、私は、月には人間がいないほうがいいと思います。人間がいない星だから、月は美しいのだと思います。

月の地下を基地建設に使うということは(軍事基地ではなく南極にあるような観測基地だとは思いますが)、月の地面を掘ったり削ったりして加工することにもなるのではないかと思いますが、人間は地球だけでは飽き足らずに月まで傷つけるつもりなのかと、少しうんざりとした気持ちになりました。

私は月を地上から見上げたことしかないのですが、月は地球に最も近い美しい星だと思います。月に進出すれば、地球人は月の美しさまで失ってしまうかもしれません。

私は自分の周りの小さな世界しか知らないので、私が知らないだけで、地球にも自然の美しい場所はまだたくさんあるのだろうと思いますが、人間が来たせいで汚されてしまった場所もたくさんあって、人間がいなければ、地球はもっと美しいままだったのではないかなと思うのです。

清すぎる水には魚が棲まない(「水清ければ魚棲まず」という諺は、人格が正しくて清廉潔白なのは良いことだけれどその度が過ぎると人に親しまれずに孤立してしまう恐れがある、というような意味だそうです)とも言われていますが、魚が棲んでいなくても、水が限りなく透明で清いのなら、そのほうがずっと良いのではないかと、私には思えます。理想として、地球の空の中に見える宇宙の月には、清くあってほしいと思うのです。

富士山を遠くから眺めたくらいでは登山客の行列の姿が見えないように、月に人が住んでいても地球の私からはその姿が見えないのかもしれません。でも、例えば人工物の宇宙ステーションに宇宙飛行士がいる話を聞いても寂しい気持ちにはならないのですが、月に人が行くという話には、何となく寂しいような思いがします。地球の片隅の、無力な一市民の私が、嫌だな、と思ったくらいでは、各国の宇宙開発事業は止まらないだろうとは思うのですが、誰のものでもない月の地下に発見された巨大な空洞が基地建設に利用されようとしているという報道を聞いて、少し憂鬱な気持ちになりました。


あと、これは月の空洞の話とは関係のないことなのですが、昨夜のTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」の、荻上チキさんが夏休みを使ってポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を見学して初めての外国人ガイドであり唯一の日本人ガイドである中谷さんから話を聞いたという特集も、とても良かったです。

戦前のナチスの強制収容所では、たくさんのユダヤ人の他に、ロマ人や障害者、傷病者、同性愛者も殺されたそうです。番組での話によると、アウシュヴィッツには、ヒトラーの写真が置かれていないそうなのですが、それは、ヒトラーだけが大量虐殺を行ったわけではないからだということでした。国民が選挙で国会議員を選び、国民に選ばれた国会議員が政策を作り、法を作り、命令を下し、虐殺が行われた、という当時のホロコーストの大本には、市民の街角でのヘイトスピーチがあったそうです。小さなヘイトスピーチが、いわゆる「蟻の一穴」のようになって、大規模なホロコーストにつながっていったという話を聞いて、現代でも起こり得ることだなと思いました。

私はアウシュヴィッツの博物館に中谷さんという日本人の公認ガイドさんがいることを今まで知らなかったのですが、中谷さんは、民主主義の観点から、博物館を訪れた人たちに話をしているようでした。番組の最後では、ユダヤ系ポーランド人でアウシュヴィッツからの生還者の一人の、元館長のカジミエシュ・スモーレンさんの「君たちに戦争の責任はない。しかし、それを繰り返さないようにする責任がある」という言葉を紹介していました。歴史を知ることが大切だと中谷さんは話していたのですが、本当にそうだなと思います。

カズオ・イシグロさんのノーベル文学賞受賞のこと、小沢健二さんの「SONGS」のことなど

昨夜の8時頃、点けていたテレビ(NHKの「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」だったと思います)の画面の上部にニュース速報が出て、今年のノーベル文学賞にカズオ・イシグロさんが決まったと報じられているのを見て、ああそうかと、とても嬉しい気持ちになりました。

近年はノーベル文学賞の発表前になると、何度もノミネートされている村上春樹さんの作品のファンの方々がいろいろ取材を受けているのを見ますが、村上春樹さんと長崎出身のイギリス人のカズオ・イシグロさんはお互いに相手の作品のファンだそうで、村上春樹さんのファンの方たちもカズオ・イシグロさんの受賞を喜んでいるようでした。良かったです。

TBSでは映画化されていた「わたしを離さないで」の連続ドラマ(主演は綾瀬はるかさん)が昨年の春頃に放送されていましたが、他の作品もいつかドラマ化や映画化がなされることがあるかもしれません。

また、昨夜のNHKの「SONGS」が小沢健二さんの特集だったのも、嬉しかったです。番組には「今 僕が伝えたい音楽とことば」という副題がついていたのですが、今を評するモノローグと歌がすてきで、青いセーターとギターとフクロウ型のノートがかわいらしくて、花の庭の風景や東京の夜景の舞台が空想的で、小沢健二さんらしさに満ちている感じがして、楽しかったです。

あと、先日のフジテレビの「おじゃMAP!!」の2時間スペシャルの、香取慎吾さんとフレンチブルドックのくるみちゃんを溺愛する草なぎ剛さんの二人旅も、ほのぼのとしていて、幸せそうで良かったです。録画をしておいたのを見ました。最初は草なぎさんの少し不思議なテンションが気になったのですが、それも含めて面白く、自由な雰囲気が伝わってきました。

太陽暦の七夕の日

今日は、7月7日なので、七夕の日です。七夕の日は雨や曇りになることが多いように思うですが、私のいる場所の今日の空は、珍しく晴れています。台風3号が通り過ぎた後だからでしょうか。

でも、本当の七夕の日は、明治時代からの太陽暦(新暦)の7月7日ではなく、お盆の日の近い太陰暦(旧暦)の7月7日で、今年の2017年では8月28日になるそうです。翌日の月は上弦の月です。日本の七夕の行事は、奈良時代に中国から伝わったものだそうです。私は知らなかったのですが、韓国やベトナム、ブラジルやアメリカにも七夕の行事があるのだそうです。

『牛郎織女』という中国の神話の本を私は未読なのですが、七夕の話は、天帝が機織りの得意な娘の織姫を真面目な牛飼いの彦星(牽牛)に会せたところ、二人はすぐに惹かれ合って結婚をするのですが、結婚した後二人は仕事をしなくなってしまい、怒った天帝は二人を離れ離れにしてしまい、すると今度は二人が悲しみのあまりに仕事をしなくなったため、年に一度七夕の夜に彦星が天の川に架けられたカササギの橋を渡って妻の織姫に会いに来ることを許した、というような話だったように思います。うろ覚えです。織姫の星はこと座のベガで、彦星の星はわし座のアルタイルだと習ったことがあります。

私は、幼稚園や小学校で七夕飾りを作る時などに、七夕の日が雨や曇りだったら織姫と彦星が会えないなどと、身近な大人や先生や同級生たちが言うのがあまり好きではありませんでした。織姫と彦星が会うにしても会わないにしても、そもそも宇宙のことなら、地球の天気は関係なのではないかと思っていました。今でもそう思うのですが、今は私自身が積極的に笹の葉を使った本格的な七夕飾りをするようなこともないですし(偶然見かけてきれいだなと思うことはあります)、それに、雨だから織姫と彦星は会えない、などと言う大人が昔よりは減っているのかもしれません。

七夕飾りの短冊に願い事を書く場合には、本当は、勉強や習字などの上達を願うのが良いのだそうです。私は何を願っていたのか忘れてしまいました。何かが上達したかもしれませんし、していないかもしれません。願い事をすぐに思い付くのが苦手なので、神社仏閣を参拝した時にも、いつも何となく「世界平和」を願ってしまいます。「家内安全」や「無病息災」なども良いですが、個人的な範疇に収まらない「世界平和」は万能です。実際に叶ってほしいことですし、とりあえずでも「世界平和」を願う人は、きっと多いのではないかなと思います。

生誕90年の加山又造さんの展覧会

先日、東京の日本橋高島屋で開催されている「生誕90年 加山又造展~生命の煌めき」を見に行きました。

いつかどこかの美術番組で加山又造さんの白黒の波の絵を見たことがあって、絵の題名は分からないのですが、それがとてもすばらしかったので、展覧会が開かれたならいつか見に行きたいと思っていました。

きれいな振袖がずらりと並んでいた8階の展覧会場には、たくさんのお客さんがいたのですが、混雑しているというほどではなく、落ち着いてゆっくりと絵を見ることができました。「出品目録」の一覧表によると、今回の展覧会に出品されていたのは53作品でした。

日本画家・版画家の加山又造さんは、1927年(昭和2年)に京都の西陣織の図案家の家に生まれ、京都市立美術工芸学校や東京美術学校を卒業し、文化勲章を受章した翌年の2004年(平成6年)に77歳で亡くなったそうです。

展覧会場に入ってすぐのところに展示されていた「夏の濤・冬の濤」という六曲一隻の屏風の迫力にまず圧倒されたのですが、鋭くデザイン化された波濤に、絹織物の図案の影響を受けているということが私にも少し分かるような気がしました。

展示は、「動物~西欧との対峙」、「伝統の発見」、「生命賛歌」、「伝統への回帰」、「工芸」の五つに分かれていました。

私は加山又造さんの作品を少ししか知らなかったので、日本画家としての初期(1950年代)の頃のキュビスムやシュルレアリスムの影響を強く受けている雰囲気の「若い白い馬」や「月と縞馬」や「迷える鹿」のような絵を、少し意外に思いました。

今回の展覧会の展示作品の中では、私としては特に、先ほどの「夏の濤・冬の濤」と「鶉(うずら)」、「薊(アザミ)」、「静物」、「月光波濤」、「倣北宋水墨山水雪景」、「月と秋草」が良かったです。

「静物」は、丸い器に入った苺の実を描いた、どちらかというと小さな絵なのですが、きらきらと鮮やかな青色と緑色と赤色のバランスの緊張感が絶妙で、とてもすてきな絵でした。隣に飾られていた「薊」と色は同じで、花の線の細い「薊」も良かったのですが、「静物」のほうが好きでした。

「月と秋草」は金地の四曲一隻の屏風で、月が屏風の中央に描かれていて、秋の七草の点在しているのが華やかな明るい作品でした。

「月光波濤」と「倣北宋水墨山水雪景」は、墨で描かれた白黒の絵でした。「夏の濤・冬の濤」や「鶉」の絵でもそうなのですが、加山又造さんの描く直線的な線の強い鋭さには深く突き刺さってくるような重さがあって、それが作品の迫力につながっているようにも思えました。「倣北宋水墨山水雪景」の枯木の枝など、本当に猛禽類の爪のようでした。隣に展示されていた大きな「龍図」の龍の爪よりも、鋭かったような気がします。線の強い絵は特に、その中に動きが見えるというよりは、何かピタッと時間が止まっているような印象でした。

「雪の朝」や「白雪の嶺」といった、青空と雪山の絵もさわやかでした。雪の混ざった冷たい風が吹いてくるような感じがしました。「白雪の嶺」は富士山かなと思ったのですが、「雪の朝」の山がどこの山なのかは分かりませんでした。

展覧会場はそれほど広くはなく、出口に近付いた時には、もう終わりなのかとあっという間の感じもしたのですが、加山又造さんのデザインの振袖や陶器なども含め、様々な作品を見ることができて楽しかったです。

2020年に開業予定のJR山手線の新駅のこと

昨日の報道によると、東京都のJR山手線と京浜東北線の品川駅と田町駅の間に誕生する、山手線内では約50年ぶりとなるという新駅の開業へ向けた工事の起工式が行われたのだそうです。

品川と田町の間に新しく駅を作る理由については、以前には、周辺の再開発予定地に国内や海外から企業を誘致するためだと言われていたように思いますが、本当の理由は分かりません。

駅舎のデザインを担当したのは、国立競技場の跡地に建てられる新国立競技場のデザインを担当している建築家の隈研吾さんだそうです。開業予定は2020年の春ということなので、この新駅も東京オリンピック・パラリンピックの関連事業ということなのかもしれません。(新宿区の「都営霞ヶ丘アパート」の住民の方たちは新国立競技場の建設のために東京都から立ち退きを迫られているということでしたが、その問題は今はどうなっているのでしょうか。行政の命令通りに、立ち退かなくてはいけないことになってしまったのでしょうか。もしもそうなら、怖いことだなと思います。)

私はNHKのニュース番組でこの新駅の起工式の報道を見たように思うのですが、その番組では、新駅の開業へ向けて、高輪の高層マンションが売れそうだというような話をしていました。

それを聞いた時、私は、不動産販売の話かと思うと同時に、どうして高輪なのだろうとも思ったのですが、確かに高輪は品川に近いですし、新駅の作られる場所にも近いです。ただ、泉岳寺のある高輪は少し山のほうです。新駅の作られる場所は、どちらかというと品川の沖の東京湾の海のほうに近い印象があるので、もしも新駅の名前を分かりやすく地名から付けるということなら、私としては、「高輪駅」よりも「芝浦駅」のほうが良いのではないかなと思いました。「品川・高輪・田町」よりも「品川・芝浦・田町」のほうが、何となく、合っているような気がします。
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