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「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」展

先日、東京都渋谷区の松濤美術館で開催されている「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」という展覧会を見に行きました。

展覧会の解説によると、18世紀から19世紀にかけての西欧では、かつての文明や栄華の痕跡を残した「廃墟(廃虚)」を見学することなどが流行していたそうです。廃墟のある風景が描かれた絵は、当時、お土産としても売られていたそうです。

私自身は、怖そうということもあり、直接現実の廃墟へ行きたいとはあまり思わないのですが、2015年頃にテレビ東京で放送されていた「廃墟の休日」というドラマは好きで見ていましたし、美しく撮影された廃墟の写真集などを見るのも好きです。

「廃墟」となったお城や教会や街を主題とした西洋絵画は、江戸時代中期・後期の日本にも入ってきたそうで、歌川豊春や亜欧堂田善による模写の作品も展示されていました。

ユベール・ロベールの水彩画やジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの版画も見事でしたが、アンリ・ルソーの「廃墟のある風景」も良かったです。

西洋画の廃墟のある風景には、その上の空の雲の動きもドラマティックでロマンティックな雰囲気に影響しているようでした。また、西洋画の「廃墟」の絵には「人」(あるいは人と山羊や羊などの家畜動物)が描かれている場合が多かったのですが、日本画(日本人画家の作品)の「廃墟」の絵には「人」は描かれていませんでした。少なくともこの展覧会で展示されていた作品はそうだったように思います。藤島武二の「ポンペイの廃墟」や岡鹿之助の「廃墟」には「人」はいませんでした。

私としては、やはり、「人」のいない「廃墟」の絵のほうが好きでした。絵の前で「廃墟」を見ている「私」が、描き込まれていない「人」の一人になっているのではないかと思うからです。

不染鉄さんの「廃船」が展示されているとは思わなかったので、その絵を見ることができてとても嬉しく思いました。私は昨年2月のNHKのEテレの「日曜美術館」の「芸術はすべて心である~知られざる画家不染鉄の世界~」という特集を見て知ったので、2017年に没後40年を迎えたという、東京の小石川の光円寺のご住職の子息として生まれたという不染鉄さんの展覧会を見に行くことができなかったのですが、「日曜美術館」で見た「廃船」は、輝く黄金色の葉が幹の根元のお地蔵さまを守るように降る「いちょう」と同じくらい、印象に残っていた絵でした。巨大な船に乗せられて戦地へ送られ、二度と日本に戻って来ることがなかった兵士たちの死を描いた重く静かな反戦の絵です。黒々とした空と海の間にぼうっと浮かび上がった巨大な船(軍艦ではなく徴用された客船のような大きな船です)が、港町の小さな家々を圧迫するように停泊しています。

その「廃船」の絵は「廃墟」とは少し違うかもしれないのですが、他の「廃墟」の絵と同じように、人を具体的に描かずに、かつてそこにいたはずの人の気配を感じさせる絵でした。

展示室は、2階と地下1階に分かれていて、地下1階に展示されていたのは、ポール・デルヴォーやルネ・マグリットやジョルジオ・デ・キリコなどの画家のシュルレアリスムの作品に描かれた「廃墟」、近現代の日本人画家による「廃墟」でした。

私は現代美術もよく知らないのですが、1955年(昭和30年)の今井憲一の「バベルの幻想」は、青く透き通ったバベルの塔が近未来的で、とても新しい作品のように見えました。1937年(昭和12年)の北脇昇の「章表」は、首と腕が切り落とされた石膏像の前に置かれた木は枝が切り落とされ、その枝の残りに巻かれた赤いリボンの上に、アゲハ蝶が飛べないようにピンで固定されている絵なのですが、会場の解説によると、この年に作られた「文化勲章」を表現しているということでした。当時の廣田弘毅内閣総理大臣の発案によって「文化勲章令」が出されたそうなのですが、戦争に突き進んでいく時代にあって、不当に逮捕された画家たちも多くいたそうです。

最後には、いつか廃墟となった未来の日本を描く、現代画家の作品が展示されていました。麻田浩さんの「旅・卓上」は、写実的に描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のような作品でした。元田久治さんの、渋谷駅から見たセンター街前のスクランブル交差点付近が崩壊している「Indication:Shibuya Center Town」、廃墟と化した国会議事堂が森に覆われていく「Indication:Diet Building,Tokyo 3」、これも渋谷の街を描いたものなのでしょうか、野又穣さんの「交差点で待つ間に」(ピラネージの版画「古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点」に少し似ているような気がしました)と「波の花」も良かったです。

廃墟の絵が好まれる時代背景には、死への不安、戦争への不安、世界が終わるかもしれないという世紀末の不安などもあるようでした。2018年末から2019年初めにかけての今この廃墟の展覧会が開かれた背景、あるいは、近年に“廃墟ブーム”が起きている社会背景にも、もしかしたら、そのような不穏な、退廃の気配が漂っているのかもしれません。

元田久治さんの絵の中の崩壊して廃墟となった現代日本の世界が、戦争で荒廃したもののか、原発事故で荒廃したものなのか、震災などの自然災害で荒廃したものなのか、私にははっきりとは分からなかったのですが、その細密画のシリーズは、これからも描かれ続けていくのでしょうか。また新しい風景を見てみたいように思いました。普段見慣れたある風景がすっかり人の生きることのできない破壊された風景に変わっているのを見るのは、怖いのと同時に、何かすっとするような気持ちにもなるのが不思議です。その絵には、「人」は描かれていませんでした。衝撃的な絵なのに怖さが少ないのは、そのためでもあるかもしれません。

今見ることのできる、まだ破壊されていない現実の風景が、何か懐かしい風景に見えます。栄枯盛衰、スクラップアンドビルド、形あるものはいつか崩れるという地球上の時間と重力の法則のようなものからは、少なくとも現在の科学の力では逃れることはできません。上手く伝えることができないのですが、遠い昔に人がいたことを思わせる廃墟の風景を美しいと見ることの中には、普遍的な「人」への「愛」が含まれているのかもしれないなと思います。

TBSラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ!」が3月末に終了してしまうこと

昨日、TBSラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ!」が今年の3月末で終わってしまうと知り、とても残念に思いました。

番組は、1995年の4月に始まったそうです。私は数年前に聴き始めたばかりの者なのですが(放送時間に聴くことができないので、録音です)、昨年には6000回記念のスペシャルウィークがあったばかりですし、ラジオというメディアの報道番組として、とても良い番組なので、どうして終わってしまうのだろう、TBSラジオはどうしてこの番組を終わらせてしまうことにしたのだろうと残念な気持ちになりました。例えば、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子さんやテレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎さんやTBS「NEWS23」の岸井成格さんが“降板”になった時のように、もしかしたら現政権の官邸の圧力によるものなのだろうかと、少し不安にもなったのですが、少なくとも昨夕の放送の中では、司会の荒川強啓さんは、番組終了の理由を話していなかったように思います。荒川強啓さんは72歳ということなので、体調の問題なのかなとも思ったのですが、放送を聴いている限りではお元気そうです。

番組は、あと50回(今日を入れると49回)、6250回目で終わりになるそうです。また私の好きなラジオ番組が終わってしまうのかと、寂しく思います。

昨日の番組の冒頭では、忌野清志郎さんの「JUMP」(ジャンプ)がフルコーラスで流れていました。この清志郎さんの歌詞の言葉も番組からのメッセージの一つなのかなと思いました。

3月末で終わってしまいますが、3月末まで番組は続きます。官邸に従う役人たちによって公文書が改竄されたり隠蔽されたり、大手メディアが“右傾化”したりしている平成時代末期ですが、いろいろな社会問題について考えることができたこの荒川強啓さんのラジオ番組の後も、ちゃんと「権力の監視」を忘れない、政府の発表などを斜めに見ることのできるニュース番組が続くといいなと思います。この番組に出演しているジャーナリストやコラムニストや社会学者の方たちのニュース解説の自由な言葉を、その後にもTBSラジオで聴くことができるといいなと思います。

女優の市原悦子さん、哲学者の梅原猛さんが亡くなったこと

私は昨夜の報道で知ったのですが、女優の市原悦子さんが一昨日の1月12日に、心不全のために東京都内の病院で亡くなったそうです。82歳でした。

市原悦子さんの訃報を知り、市原悦子さんも亡くなってしまったのかと、寂しく思いました。市原悦子さんと一緒に「まんが日本昔ばなし」の声優を務めていた俳優の常田富士男さんは昨年の7月に亡くなり、女優の樹木希林さんも昨年の9月に亡くなり、何か、日本の重要な俳優さんたちが相次いで亡くなっているような印象があります。この訃報もまた、昭和時代の続きとしての平成時代の終わり、の流れの中にあるのかもしれません。お年を召した方が亡くなるのは仕方のないことなのですが、戦争を知る世代の方、戦争時代の出来事を後世の人々に伝えることのできる方が今の世界からいなくなっていくことを少し不安にも思います。

NHKでは女優の方を「女優」ではなく「俳優」と呼ぶようになったようなのですが、女優の仕事をしている方たちとしては、「女優」と「俳優」のどちらの呼び方のほうが良いのでしょうか。「俳優」が男性に限ったものではのないなら、これからは「女優」や「男優」という性別で分けた言い方にする必要性もなくなっていくのかもしれませんが、私としては、「女優」という言葉も使われていてほしいような気がします。「俳優」と「役者」の違いも私にはよく分からないのですが、「役者」のほうがより演技職人的な印象があります。

昨年末には、声優の藤田淑子さんが68歳で亡くなったという報道もありました。浸潤性乳がんのために亡くなったそうです。藤田淑子さんは「ドリモグだァ!!」のドリモグや、「キテレツ大百科」のキテレツ君や、「キャッツ・アイ」の来生三姉妹の長女の泪(泪姉)の声を演じていた方でした。私もそのアニメをとても好きで見ていたことを思い出します。

今朝の報道によると、哲学者の梅原猛さんも12日に亡くなったそうです。93歳だったそうです。日本のアニミズムや仏教思想を中心に、神道やインド哲学や西洋哲学をも踏まえて日本人の精神性を研究していた梅原猛さんは、三代目市川猿之助さんのスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」(神話の日本武尊の活躍と死の話です。市川亀治郎さんだった四代目市川猿之助さんにも引き継がれている演目です。古代の神々を目の前で見るような迫力もあって、面白かったです)の作者でもあり、「脳死臓器移植」に関する法律が作られる時、脳死は人の死か否か、という日本人の死生観にも関わる大きな問題について、脳死は人の死ではないと考えている方でもありました。脳死臓器移植をあまり良いものと思うことができない私には、脳死を人の死とすることには否定的でありながら臓器を移植希望者に提供するという行いには(「捨身飼虎」のようなものとして)肯定的だった梅原さんの考えに、一貫性がないような気もしていたのですが、梅原さんは、最後には、どのようなことを考えていたのでしょうか。

政府が臓器提供の意思表示カードを携帯してほしいというようなことをテレビのCMで宣伝するほどに、脳死臓器移植が“異様なもの”ではなくなりつつあるのかもしれない現代では、脳死は人の死か、脳死臓器移植は殺人ではないのか、というようなテーマを議論することさえなくなっているような気がします。通常は心停止を死とするということなのですが、医療技術が少しずつ進歩し、脳死臓器移植というものにも慣れていく現代の日本人の多くは、ある人の脳が外的刺激に対して反応しないということはその人の身体が温かくても髪や爪が伸びる状況であってもすでに死亡しているということだと医師が判断する「脳死」をどのように考えているのでしょうか。未来のいつかには、例えば、他者の臓器を取り出さなくても、未来デパートのドラえもんの耳のように、iPS細胞から部品としての人体の一部が作られるようになる日が来るのかもしれません。

「ロマンティック・ロシア」展

先日、東京渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されている、Bunkamura30周年記念「国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア」展を見に行きました。

先日といっても、昨年末のことです。展覧会場は、第1章「ロマンティックは風景」(春・夏・秋・冬)、第2章「ロシアの人々」(ロシアの魂・女性たち)、第3章「子供の世界」、第4章「都市と生活」(都市の風景・日常と祝祭)と分けられていたのですが、「ロマンティック」と題されているだけあって、展示されていた作品は、どの作品もすてきな作品ばかりでした。

会場にはたくさんのお客さんたちがいたのですが、すごく混んでいるというほどではなかったので、一つ一つの作品を落ち着いた気持ちで見ることができました。

ロシアの美術館というと私には国立エルミタージュ美術館やプーシキン美術館の名前が思い浮かぶのですが(実際の美術館を見に行ったことはないのですが、日本で開催されたその展覧会は見に行ったことがあります)、今回の展覧会は、国立トレチャコフ美術館に所蔵されている作品の展覧会でした。国立トレチャコフ美術館は、プーシキン美術館と同じく、モスクワにあるそうです。

ロシアの画家と作品について、私はほとんど知らないままなのですが、展覧会場の最初のアレクセイ・サヴラーソフの「田園風景」から、作品の美しさ、優しさ、明るさ、清々しさに惹き込まれました。展示されていた作品は、1860年代から1910年代頃の作品でした。主に19世紀のロシアです。解説によると、アカデミズムからの制約を逃れたい画家たちによって作られた移動展覧会協会という団体名から、「移動派」と呼ばれているそうです。社会批判や告発も含めた祖国愛、郷土愛に溢れているそうです。確かに、見ているとロシアを好きになるような絵画でした。

山の青空と花と鹿とが描かれていた「アラタウ山にて」(1869年-1870年)の作者のワシーリー・ヴェレシャーギンは、展覧会場の解説によると、日露戦争に従軍して戦死したのだそうです。解説を読みながら、悲しい気持ちになりました。戦争がなかったなら、ワーシリー・ヴェレシャーギンさんは、それ以降も多くの作品を描いていたのかもしれません。

生活の中の森や雲や海や光や花や雪や動物や鳥や人間を捉えた写実的な絵がすばらしかったのですが、特に写実的な子供たちの絵は、子供たちの様子が本当に生き生きと描かれていて、映画の一場面を見ているかのようでした。ウラジーミル・マコフスキーの「小骨遊び」やアレクセイ・ステパーノフの「鶴が飛んでいく」など、子供たちの服装からは貧しそうな生活の雰囲気も伝わってくるのですが、おじいさんと二人の孫たちが木の工房で踊っているアントニーナ・ルジェフスカヤの「楽しいひととき」は、本当に楽しそうな、幸福そうな絵でした。

今回の展覧会の展示作品の中では、この展覧会のポスターにも使われている、イワン・クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」が有名なのかもしれません。コートやマフの毛皮のふさふさとした感じも繊細に描かれていました。「月明かりの夜」の森の中の白いドレスの女性もきれいでしたし、ロシアの民話を描いたヴィクトル・ワスネツォフの「雪娘」も夢のようでした。

音楽や文学など、ロシアの芸術作品は日本でも人気がありますが、絵画の分野にもすばらしい作品が多いのだなと思いました。少なくとも、今回の「ロマンティック・ロシア」の展覧会に並んでいた多くの絵画作品は、その絵そのものを見る限り、日本人の多くに好まれそうな詩情豊かな作品ばかりでした。

「ロマンティック・ロシア」展を、私も見に行くことができて良かったです。ミュージアムショップには、数種類のポストカードや「チェブラーシカ」とのコラボグッズやお菓子などがあったのですが、マトリョーシカやソビエト連邦時代のバッジなどもありました。

あと、私がこの展覧会を見に行ったのは12月末なのですが、美術館を出た後もう少し時間があったので、渋谷駅の方まで行き、そこから青い光の公園通りを歩いて、代々木公園のけやき並木の青の洞窟のイルミネーションを見に行きました。本当に青色一色の木々のトンネルのようになっていて、低い気温と風で寒かったのですが、とてもきれいでした。

「平成最後」のNHK「紅白歌合戦」のことなど

2019年、明けましておめでとうございます。

おめでとう、で合っているでしょうか。報道によると、被災後の復旧が進んでいない地域も多くあるようですし、国内の政治に関して現政権がまだ続くことを考えると、また少し不安な気持ちにもなります。でも、年が明けたこと自体はおめでたいことであり、良いことなのだろうとも思います。

大晦日に引き続き気温は低いですが、良く晴れていますし、新年らしさはあるような気がします。

そして、「平成最後の」という言葉が昨年からよく使われていますが、平成31年になったばかりの「平成」は、まだあと4か月あります。

年末年始、テレビでは長時間番組が多く放送されるのですが、例えば30日のTBSの「報道の日2018」(「世界が激変した30年 ~平成のアメリカと日本」というテーマでした。日本の総理大臣が長期政権を望む場合はアメリカ政府の意向に従うことが重要のようです)などは、良い報道番組だと思うのですが、長時間過ぎて(しかもお昼頃から夕方までの放送)全部を見ることができないのが残念に思えます。全部を見ることができる方もいるのだろうと思うのですが、約6時間の番組なら、1時間番組を6夜連続で放送するとか、2時間番組を3夜連続で放送するとか、短く区切っても良いような気がしました。

大晦日の昨夜、私は、恒例のNHKの歌番組「第69回 紅白歌合戦」を見ていました。見ていたというか、家のテレビに点けていたという感じでもあるのですが、今年の紅白歌合戦は、特に後半に見応えがあり、楽しかったです。総合司会はウッチャンナンチャンの内村光良さんと桑子真帆アナウンサー、紅組の司会は女優の広瀬すずさん、白組の司会は嵐の櫻井翔さんでした。

最初からは見ることができず、途中の、DAOKOさんの「打上花火」の辺りから見始めました。水森かおりさんとメイガスさんというマジシャンの方のイリュージョンも良かったですし、三山ひろしさんの124人連続というけん玉のギネス記録への再挑戦の成功を嬉しく思いました。ただ、イリュージョンやけん玉に気を取られてしまうというか、メインの歌がBGMのようでした。

「おげんさんといっしょ」(私は「おげんさん」が「紅白」に入っているとは知りませんでした)の星野源さんのおげんさんと高畑充希さんのお父さん、長女の藤井隆さんの隆子さん、次男の三浦大知さん、おげんさんの家のねずみ(声・宮野真守さん)と酒屋でアルバイト中のアイドルの雅マモルさんたちの「SUN」も楽しかったです。おげんさんが、おげんさんは男でも女でもないから混合チームができるといいわね、とその場で話していたのも良かったです。さすがだなと思いました。

後半はDA PAMPの明るい「U.S.A」の歌で始まっていました。途中から紛れ込んでいた内村さんのダンスがDA PAMPのみなさんのダンスと揃っていました。King & Princeのみなさんは、休養中の岩橋玄樹の文も思いを届けたいと思います、とデビュー曲の「シンデレラガール」を披露していました。

「平成最後の紅白」ということで復活した北島三郎さんの「まつり」の時、応援の中にサザンオールスターズの桑田佳祐さんや原由子さんたちも加わっていました。日本人のAKB48とタイのBNK48のアイドルの方たちは、言葉が違うだけで、見た目にはほとんど変わりがないように思いました。説明のないまま見ていたなら、アイドルに詳しくない私には、全く分からなかったのだろうと思います。AKB48の時には、TBSの笑福亭鶴瓶さんの「Aスタジオ」のような、「卒業」をするという方への両親の手紙の朗読企画まであったのですが、多国籍ガールズグループというTWICEの時にはなぜか司会者の誰かとの会話する企画さえありませんでした(あるいは、私の記憶違いかもしれませんが)。

三浦大知さんの「Be Myself」は、大型のダンスもかっこ良かったです。7年ぶりの「紅白」出場となる松任谷由実さんの「紅白スペシャル」で歌われていた歌は、荒井由実さん時代の「ひこうき雲」と「やさしさに包まれたなら」でした。ユーミンさんは「SONG」で使われそうな教会のような場所で「ひこうき雲」を歌っていたのですが、歌い終わったユーミンが次の場所へ歩いて行くと、そこは紅白歌合戦の会場の舞台でした。突然のユーミンの“降臨”に騒然とする会場の雰囲気が、テレビの前の私にもよく伝わってくるような気がしました。なぜだか分からないのですがユーミンがまさか紅白の会場に現れるとは思っていなかったので、生放送の会場に現れたのだと知った時、ユーミンが来た!と驚きました。審査員席のゲストの方たちや会場のお客さんたちが感激して、わっと盛り上がる感じが、一視聴者の私にも楽しかったです。

会場で歌われる歌を、有名なスタジオジブリの宮崎駿監督の映画「魔女の宅急便」の主題歌でもある「やさしさに包まれたなら」にするという選曲も、良かったのだと思います(「ひこうき雲」は映画「風立ちぬ」の主題歌にもなっていました)。歌の後にユーミンは、平成最後のお祭りですから、と言っていたのですが、大晦日の夜の「紅白」はこうであるべきというか、みんなが知っている有名な歌や人気のある歌を聴くことができるというところが「紅白」の良さであることを改めて思いました。

連続テレビ小説「半分、青い。」の主題歌だった星野源さんの「アイデア」も、また良かったです。楽しい気持ちになりました。米津玄師さんは、生中継先の徳島の美術館で「Lemon」を披露していたのですが、テレビで歌うのは昨夜の「紅白」が初めてだったそうです。キャンドルの灯りでいっぱいだった美術館は、大塚国際美術館という世界各国にある有名な名画の精巧なレプリカが展示されていることで有名な美術館でした。テレビ初登場の方ということで、私も米津さんが歌うのを初めて見たのですが、様々な場所で流れている「Lemon」と同じという以上に、上手いなと思いました。TBSの人気ドラマ「アンナチュラル」をあまり面白く思うことができずに挫折してしまった(見続けることができなかった)私は、以前に歌番組で演歌歌手の徳永ゆうきさんがそのドラマの主題歌だった「Lemon」を歌うのを聴いて、意外と良い歌だなと思ったのですが、昨夜の「紅白」で米津さんが歌うのを聴いて、何か、少し感動しました。菅原小春さんの鬼気迫るダンスも、雰囲気があって良かったです。

MISIAさんのすばらしい「アイノカタチ」(ドラマ「義母と娘のブルース」の主題歌でした。TBSの「レコード大賞2018」でも聴くことができました)の後の、20年前のデビュー曲の「つつみ込むように…」の高音の歌唱にも感動しました。その圧倒的な歌唱力は、まさに“歌姫”という印象でした。星野源さんの「アイデア」と米津玄師さんの「Lemon」とMISIAさんの「アイノカタチ」は、2018年のドラマ主題歌特集でもありました。

福島県飯舘村を訪ねたという嵐は、相葉雅紀さん主演のテレビ朝日のドラマ「僕とシッポと神楽坂」の主題歌だった「君のうた」と「Happiness」のメドレーを披露していました。嵐は「白組」の最後であって、本当の最後は、サザンオールスターズでした。

35年ぶりの出場というサザンオールスターズの桑田さんは、「希望の轍」をしっかりと歌い上げた後、デビュー曲の「勝手にシンドバッド」で“お祭り”らしく弾けていました。歌いながら北島三郎さんに呼びかける桑田さんと、桑田さんの「胸騒ぎの腰つき」のダンスに入ってきて一緒に歌うユーミンのコラボレーションが、とても面白くて、華やかで、見事でした。

「歌合戦」の投票結果は、ゲストが「紅」で、会場と視聴者が「白」で、「白組」の勝利となりました。でも、紅組が勝つか、白組が勝つか、ということが、本当にどうでもよく思えてくる“平成最後”の「紅白歌合戦」でした。

今年の「紅白歌合戦」は、無駄に思えてしまうような演出も少なく、意外とシンプルで、特に後半が充実していました。「SMAP」がいたならもっと華やかになっていたのかもしれません。今年の「紅白歌合戦」が楽しいものになっていて良かったです。

ただ、司会者は、内村さんとナインティナインの岡村隆史さんとチコちゃんでも大丈夫だったような気がしました。内村さんがいない間は、岡村さんとチコちゃんが司会者のようだったので、何となくそのように思いました。

「紅白歌合戦」の直後の「ゆく年くる年」は、主に東京の墨田区にある「東京スカイツリー」の展望台から、各地の年越しの風景が伝えられていました。最初は岐阜で、北海道、岡山、愛媛、岩手、群馬などの自然災害の被災地の、また、大勢の人で埋め尽くされている東京の渋谷のスクランブル交差点や新ルートが作られ旅客機の便が増えるという羽田空港などこれから人災の起きそうな場所?の、年越しの風景を映し出していました。

沖縄県の糸満市の摩文仁の丘の沖縄平和祈念堂の年越しの風景を映している時、突然「ニュース速報」の字幕が画面の上に出てきました。何なのだろうと少し不安に思いながら見ていると、それは新しい元号を安倍晋三首相が4月1日に公表する方針を決めたとか、そのような内容のものだったので、一体これは今「ニュース速報」で流すような情報だろうか、「ゆく年くる年」の後のニュース番組か翌朝のニュース番組の中で伝えれば良いくらいの内容ではないかと、深夜0時を過ぎた新年早々少し苛立ってしまいました。NHKのその「ニュース速報」の字幕が、沖縄の摩文仁の丘の映像に重ねられていたというところも含めて、邪魔であるように思えました。「ニュース速報」は大事な仕組みだと思うのですが、ただ、そこで「速報」としてわざわざ流すのに相応しいニュースかどうかは、もっと選んでほしいように思います。

途中から見たフジテレビの「ジャニーズカウントダウン2018-2019」では、芸能界を引退する滝沢秀明さんと今井翼さんのお二人が「タッキー&翼」として歌を披露していました。フジテレビでは、このジャニーズの歌番組の途中(午前12時25分頃)に新元号に関する「ニュース速報」が入ったのですが、また邪魔のように思えてしまいました。東京MXでは、「オリオンビールプレゼンツ」の「ラスト平成 カウントダウンライブin沖縄」という歌番組が放送されていました。TBSでは、中居正広さん司会の「CDTVスペシャル 年越しプレミアライブ 2018 ⇒ 2019」が放送されていました。私がその番組を見た時は、ちょうどDA PAMPの「U.S.A」の始まるところでした。星条旗で作られた服を手渡された中居さんが、日本人だけどと言いながら着ていたのも面白かったのですが、先ほど「紅白」で聴いたばかりの「U.S.A」がまた楽しく思えて、複雑そうなダンスも含め、完成度の高い曲なのだなと改めて思いました。

今年がどのような年になるのか、私には分かりませんが、天皇陛下のおことばにもあった「戦争のない時代」はこれからも続いてほしいと思います。「日本の“戦後”はいつまで続くのか」というような意見を年末に聞いて少し意外に思ったのですが、次の戦争が日本を巻き込んで始まらない限り、日本が次の戦争を始めない限り、ずっと“戦後”なのではないかと思います。そして先の大戦の悲劇を人々が記憶し続ける中で“戦後”が続くということは、良いことなのではないかと思います。「平成」の元号はあと4か月続きます。「平成」と書かれた色紙の額を持つ当時官房長官だった小渕恵三さんの写真を今繰り返し見ても特に不快な気持ちにならないのは、後に総理大臣になった小渕恵三さんに特に不快な印象がなかったからだろうと思います。今年の新元号の発表の時には、現政権が4か月後にも続いている場合は、菅義偉官房長官が新元号の色紙の額を持つことになるのでしょうか、それとも、別の国会議員の方が持つことになるのでしょうか。「平成の終わり」が「民主主義の終わり」や「平和の終わり」にならないといいなとも思ってしまうのですが、ともかく、自由で穏やかな気持ちで過ごすことのできる良い年になるといいなと思います。
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Author:カンナ
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