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「世界を変えた書物」展

先日、東京の上野の森美術館で開催されている「世界を変えた書物」展を見に行きました。

K.I.T.金沢工業大学主催の入場無料の展覧会でした。人気の展覧会らしくお客さんが多くて展覧会場をスムーズに見るのは意外と難しかったのですが、「写真撮影可」だったためになかなか進まずに混雑していたということもあったのかなと思います。

デカルトの『方法序説』やゲーテの『色彩論』やコペルニクスの『天球の回転について』など有名な本の初版本を見ることができて、面白かったです。金沢工業大学のライブラリーセンターにある「工学の曙文庫」というコレクション(約2000点所蔵されているそうです)の中のいくつかの稀覯本が、「建築書」から「書簡」、「古代の知の伝承」、「ニュートン宇宙」、「解析幾何」、「力・重さ」、「光」、「物質・元素」、「電気・磁気」、「無線・電話」、「飛行」、「電磁場」、「原子・核」、「非ユークリッド幾何学」、「アインシュタイン宇宙」などに分けられて展示されていました。本や書類の一つ一つが丁重にガラスケースに収められていました。短い解説文もあり、ケースの中の本の下には鏡が置かれていて、本の表紙を少し見ることができるようになっていました。

「世界を変えた書物」ということなのですが、工業大学の所蔵している本ということで、科学系の本が多かったです(文学系の本はありませんでした)。アメリカ合衆国戦略調査団の「広島、長崎に対する原子爆弾の効果」という地図の付いた書もありました。私の知らない作者(学者)の本もたくさんありましたし、外国語で書かれているため、内容を読むことはほとんどできませんでした。でも、やはり「本」は良いなと思える展覧会だったように思います。

“世界を変えた書物”というものは、世の中にたくさんあるのだろうと思いますが、それだけに現代でも有名な本が多いのかもしれません。「世界を変えた本」というような本を書店で見たことがあるのですが、近年の本を選ぶのは難しいような気もしました。例えば今なら、どのような本が世界を変える本になるのでしょうか。現代は主に書物から情報を得るという時代ではないのかもしれませんが、書物が主な情報源だった時代は、遠い昔のことではないような気もします。これからもきっと、後世にも伝えられる紙の本は、大切なものになると思います。

展覧会場の入り口を入って少し歩いたところの、「知の壁」という、壁が天井付近まで本棚になっている博士の書斎のような部屋(最初の展示室)がとても良かったです。私も美しい装丁の本で埋まっている本棚に囲まれた図書館のような部屋に暮らしたいと思うのですが、現実的には難しそうです(それに重そうでもありますし、今となっては地震などの災害時には危険かなとも思います)。

美術館の受付には学校法人金沢工業大学案内のパンフレットも置かれていたので、この入場無料の「世界を変えた書物」の展覧会は、学校案内も兼ねていたのかなと思いました。混雑していてガラスケースの中の稀覯本を見るのが少し大変ではあったのですが、私も見に行くことができて良かったです。

ユーパーライトという鉱物のこと

アメリカの中西部のミシガン州で紫外線を当てるとオレンジ色に発光する新種の鉱物が見つかったそうです。鉱物の採取をしていたエリック・リンタマキさんという方がスペリオル湖の湖畔で昨年に見つけた石だそうで、ミシガン州立大学によって新種の鉱物であることが確認され、「ユーパーライト」と名付けられたそうです。ミシガン州のアッパー半島に暮らす人を「ユーパーズ」と呼ぶのだそうで、そこから付けられた名前だということでした。「蛍光性方ソーダ石含有閃長岩クラスト」というのが学術名だそうで、紫外線で色が変わるソーダライト(方ソーダ石)の一種のようです。

発見者の方は、どうして湖畔の石にブラックライトを当てていたのでしょうか。鉱物を探す時にはいつもそうしているということなのでしょうか。私は昨日の報道の映像で偶然この不思議な石の話題を知ったばかりなのですが、本当なら、面白いなと思いました。

そのユーパーライトという天然石は、一見すると川原によくありそうな黒が点々と混ざった灰色のたまご型の小石でした。でも、その石にブラックライトの青紫色の光を当てると、火山を流れ出て少し経ったまだ熱そうな溶岩のように、石の内部からオレンジ色の光が浮かび上がっているようで、とてもきれいに見えました。光る成分の分量は石によって異なるのかもしれません。ランプの火のように見えるものもあれば、星空のように見えるものもあり、大都市の夜景のように見えるものもありました。

ユーパーライトは紫外線を当てると光る、ということなのですが、湖畔にあったのに今まで発見されなかったということは、太陽光の中の紫外線くらいでは光らないということなのでしょうか。

警察の科学捜査の中には血痕を捜すための「ルミノール反応」というものがあり、ブラックライトが使われています。例えば、もしも、そのスペリオル湖の湖畔で殺人事件があったとしたなら、もっと早くに捜査の過程でユーパーライトが発見されていたのでしょうか。

ユーパーライトは、ブラックライトの光の当たった石だけがオレンジ色に光っていたようだったので、例えば、蓄光石(夜光石)と呼ばれる人工の石のように、光を受けた後自ら長く光り続けることはできないようでした。

紫外線を当てると光る鉱石には、蛍石(フローライト)や方解石(カルサイト)があるそうです。方解石は石灰岩を構成している鉱物でもあるそうで、鍾乳石の中にもあるそうなのですが、炭酸カルシウムでできているために古い貝殻の中には方解石になったものもあるそうです(貝はメノウになったり、オパールになったりもします。以前に見たオパール化した貝もとてもきれいでした)。方解石になった貝殻もブラックライトで光ることがあるそうなので、ブラックライトで光る鍾乳洞(鍾乳石)というものも、私が知らないだけで、もしかしたら地球の中にはあるのかもしれません。

私はアメリカのミシガン州のこともよく知らないのですが、ミシガン州のスペリオル湖の南のアッパー半島(大昔にはネイティブ・アメリカンが暮らしていたそうです)には鉱山があり、金や銀、銅、鉄などの鉱物がたくさん埋まっているそうで、特に自然銅がよく採れるということなのですが、今回新種のユーパーライト(蛍光性方ソーダ石含有閃長岩クラスト)が見つかったということも、それに関係しているのでしょうか。

あと、プラスチックごみが出ないように条例で規制しているというミシガン州にも原子力発電所があるそうで、事故が起きたこともあるそうです(台風21号の大被害の翌日の6日に発生した北海道の地震の時に、使用済み核燃料冷却プールの外部電源を一時喪失していたという北海道電力の泊原発の運転が止まったままで本当に良かったと思います。大津波のあった2011年の東日本大震災の東北地方太平洋沖地震の時に全電源を喪失した東京電力の福島第一原発のメルトダウン事故のように、もしも泊原発が再稼働されていて電源喪失の爆発事故が起きていたなら、その付近一帯の市町村は放射性物質に汚染され、節電どころではなく、地震の被害以上の被害によって、人が安全に暮らすことのできない立ち入り禁止区域になっていたかもしれません)。

ミシガン州のスペリオル湖は、アメリカとカナダの国境付近にある「五大湖」の一つで、淡水湖としては世界最大の湖なのだそうです。冬には氷るというスペリオル湖の空にはオーロラが輝くこともあるそうです。ユーパーライトという新種の石は、報道の映像によると、湖畔の多くの似たような小石の上ににまとまって落ちていたようでした。スペリオル湖の湖畔で新種の石が発見されたということは、ずっと昔からその場にあったということなのかもしれませんが、謎の誰かがまとめてその不思議な石を湖畔に置いていったということはないのでしょうか。ユーパーライト(蛍光性方ソーダ石含有閃長岩クラスト)は、日本では見つからない石なのでしょうか。ブラックライトを照らし続けながら探せばいいのかどうかは分かりませんが、いつかどこかでまた不思議な光る石が見つかるかもしれません。

北海道の震度6強の地震のこと(後に震度7に訂正)

今朝の報道で、北海道で震度6強の地震が起きたということを知りました。深夜というか、未明の、まだ暗い午前3時8分に大きな縦揺れが起きたそうです。震度6強の地震は、2年前の熊本地震以来のことで、北海道では記録上初めてだと報じられています。青森でも震度4の揺れが起きたそうです。

北海道の南部の胆振地方中東部が震源地で、マグニチュード6.7、震源の深さは40kmと推定されるそうです。震源地が海ではないため津波の心配はないそうなのですが、報道によると、台風の雨の影響もあるようで、厚真町では土砂崩れが発生して民家が飲み込まれて20人以上の方の安否が不明だということですし、新千歳空港の天井も剥がれ落ちているようでした。札幌では液状化になっている地域もあるそうです。北海道の鉄道も全線が止まっているそうです。震源地の近くにある北海道電力の火力発電所が止まっているということが言われていたのですが、その後、別の地域の水力発電にも何か問題が起きたのか、北海道全域で停電が起きているとも報じられています。運転停止中の泊原子力発電所の外部電源も喪失したそうなのですが、燃料プールの核燃料の冷却は、非常用のディーゼル発電機によって維持されているのだそうです(一週間程度はその発電機が動くそうです)。

関東大震災から95年目の「防災の日」からまだ数日しか経っていないからなのかもしれませんが、一昨日には台風21号の、特に関西地方や北陸地方でのその強風と大雨の被害が報じられたばかりということもあり、災害が連日続いているようにも思えてします。私のいる場所も、きっと安全ではありません。政府やNHKの番組は度々“南海トラフ地震”が30年以内発生する可能性の高さと発生した場合の被害の大きさを繰り返し強調していますが、その南海トラフ地震がいつか発生するのだとしても、南海トラフの話をしている間にその他の地域で大地震や大災害が起き続けているような気がします。最近は竜巻が起きたり雹が降ったりすることが多いという印象もあります。

台風21号の被害の影響が続いている昨日には、安倍首相は自民党総裁選の票集めのために新潟県へ出かけてローソンの農場を視察して、その後、エクアドル(熊本地震があったのと同じ頃、南米のエクアドルでも大きな地震が起きていました)の大統領と会談をしてエクアドルの電力設備などのために7千万ドル(約78億4千万円)の資金協力を約束し、公邸で安倍首相夫妻主催の晩餐会を開いてエクアドル大統領夫妻と会食をしたそうなのですが、今朝の報道によると、北海道の震度6強の地震が午前3時8分に発生してから約3時間後の午前6時少し前頃に安倍首相は官邸に入り、午前7時半に閣僚会議を始めたということでした。

「午前3時9分には総理大臣官邸の危機管理センターに官邸対策室を設置した」とも報道されているのですが、地震発生から1分後に危機管理センターに対策室を設置したというのがもしも本当なら、そこから首相が官邸に入るまでになぜ3時間近くかかったのでしょうか。「政府として人命第一で、政府一丸となって災害応急対応にあたって参りたい。危機管理のためにしっかりと対応していきたい」と安倍首相は語っていたのですが、地震発生後に「危機管理のためにしっかりと対応」とは、どういうことでしょうか。東日本大震災の時の与党は民主党で、直ちに(放射性物質による)影響はありません、という言葉にとても不安な気持ちになったのですが、もしも当時の与党が自民党だったならもっと原発のメルトダウン事故の情報が表に出されず、住民の避難や健康被害への対応が遅れていた可能性もあったかもしれないというような気もします(ただ、それは今となっては分からないことですが)。

震源地の近くにあるという「石狩低地東縁断層帯」という活断層が今回の地震に関係しているのかどうかはまだ分からないそうです。震度6強が観測されたむかわ町(鵡川町)については、山中の白亜紀の地層から発掘されたという国内最大の恐竜の化石が公開されたということが昨日報道されていましたが、震度6強を観測したもう一つの安平町には、自衛隊の駐屯地があるそうです。政府は、北海道の被災地での救助活動のために派遣する自衛隊員の人数を4000人から2万5000人?に増やす予定だそうです。災害時に自衛隊が派遣されるようになったのは、阪神・淡路大震災の時からだそうです。被害状況がよく分からないのですが、早く救助されるといいなと思います。

西日本豪雨も「同時多発」でしたが、“異常気象”ということも含め、全国各地で災害が同時多発的に発生するとなると、被災地の復興にもますます時間がかかりそうに思います。2か月ほど前に、「世界遺産」の一つでもある沖縄県の今帰仁村の今帰仁城跡の東側の城壁の石垣が台風で崩落したと報じられていましたが、その修復はどうなったのでしょうか。その後のことが報じられていないのでよく分からないのですが、崩れた石垣は直ったのでしょうか。熊本地震で崩壊した熊本城の復興は進んでいるそうなのですが、一昨日の台風21号(亡くなった方は11人と報じられています)では京都の渡月橋や二条城、神社やお寺などの文化財も破損の被害に遭ったそうです。政府がアメリカから武器を購入する予定の国のお金は、被災地の復旧・復興や被災した方々の生活支援や文化財の修繕などのために使ってほしいように思います。


ところで、今日は、秋篠宮家の悠仁さまの12歳のお誕生日です。夏休みには初めて広島の平和記念資料館を紀子さまと訪れ、戦争の記憶と記録の継承の大切さについて考えを深められたのだそうです。悠仁さまが庭で楽しそうにシャボン玉で遊ぶ映像をニュースで見たのですが、悠仁さまはお茶の水女子大学付属小学校では下級生と活動する班のリーダーでもあるそうで、お元気そうで良かったと思いました。

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ここからは9月7日の追記です。

昨日の朝の報道では、北海道の地震は「震度6強」と言われていたのですが、夕方の頃の報道番組では、「震度7」に変わっていました。地震のあった昨日の朝の段階では震源地震度計が正確な数値を出すことができなかったのだそうです。夜の報道で、その震度7だったという、厚真村の土砂崩れの起きた山々の、上空からの映像を見て、ぞっとしました。あのようにいくつもの山々が茶色の土の山肌を、緑色の木々の輪郭だけを尾根のような部分に残して、鱗のように見せているとは思いませんでした。数十年は、山はあの状態のままになるのでしょうか。火山灰や軽石で出来ている土地は、日本列島の至る所にあるそうです。地震に関しては、地上で生きている普通の人間や動植物などの生き物たちに、逃げ場はないのだなと改めて思います。

ブラジルの国立博物館の火災、昨日の台風のことなど

昨日は、台風21号の風が強くて大変でした。ただ、報道番組で中継されていた、大阪府や兵庫県や石川県などの地域ほどの被害はありませんでした。紙のように風に軽々と飛ばされていく家々の屋根や看板の映像に驚きました。関西空港は浸水し、多くのお客さんが空港内に取り残されていたようでした。タンカーがぶつかっていた大阪の橋は押されて途中から外れていました。京都駅のガラスの天井は割れて落ちてきたそうです。最大級という灰色の高波が津波のように見えました。今朝の報道によると、各地で10人の方が亡くなり、200人以上の方が怪我をしているということでした。

昨夜の報道によると、インドでは、先月から続く大雨による洪水や土砂崩れで、1400人を超える方々が亡くなっているのだそうです。一方で、昨夜のテレビ東京の「WBS」でも報道されていたのですが、貧富の格差が深刻な南米のベネズエラは水不足も深刻な状態になっていて、国営の病院でも水を使うことができないのだそうです。その上、水道の蛇口もベッドのマットレスなども盗まれてしまったそうです。ある医師の方が、今のベネズエラにマドゥロ大統領を好きな人はいないだろう、もしもいるとすればそれは政府にコネのある人か政府の援助を受けている人だけだろうという趣旨のことを話していました。民主主義的だった時代に当時の政府が貧富の格差を直そうとしなかったことが、今の社会主義的なベネズエラの貧富の格差をさらに広げているということでもあるようでした。

一昨日には、「サザエさん」でサザエさんのお母さんの磯野フネさんの声を2015年まで演じていた麻生美代子さんが先月の25日に92歳で亡くなったという報道がありました。テレビ東京の「和風総本家」のナレーションの方でもありましたが、聴くと絶対にフネさんを思い出していました。その優しそうな声はとても印象に残っています。

ブラジルのリオデジャネイロにある国立博物館で2日に火災が発生し、ほぼ全焼して、2000万点以上コレクションされているという収蔵品の多くが焼失したという報道も、衝撃的でした。ブラジル国立博物館は、もともとは、1818年6月6日にジョアン6世というポルトガル王が“植民地”に自然科学の研究の拠点の王立の博物館として建てたことから始まった、歴史のある博物館だったそうです。動植物の標本や恐竜の化石、先住民族のミイラやエジプトの美術品など、様々な貴重なものが収められていたそうです。第二次世界大戦後、当時のブラジル大学(リオデジャネイロ連邦大学)の管理下に置かれ、約200年経って老朽化も進んでいたことから、建物の補修工事も考えられていたそうなのですが、2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの開催が決まるとその予算がさらに削られて、ついには大規模な火災に対応できずに、焼失してしまったということのようでした。

私はその博物館へ行ったことはないのですが、博物館に収蔵されている品々は、どこの国の博物館のものでも、世界中の人々の、全人類共通の文化財産のようなところがあると思うので、その長い時間をかけて残されてきた歴史が、一度の火災でほぼ全て失われてしまったということがショックでした。その国の人々の生きてきた歴史は、博物館の中だけにあるのではないと思いますが、博物館が失われることで失われる歴史というものも様々にあるような気がして怖いです。

日本の美術館や博物館は、災害に備えられるようにするための予算が国から出ているのでしょうか。73年前の沖縄戦で焼失した沖縄の琉球王国時代のたくさんの美術品のように(先日のサントリー美術館の「琉球 美の宝庫」展でその無事に残された一部の品を見ることができました)、失われてしまったものは元には戻らないのですが、もう失われないようにしてほしいと思います。

長崎の浦上天主堂は世界遺産には含まれていない

先月の8月18日の夜にNHKで生放送されていた「第50回 思い出のメロディー」という歌番組で(後半だったように思います)、美輪明宏さんが「ヨイトマケの唄」を長崎県の浦上天主堂の中で披露していました。美輪さんは、司会の木村佳乃さんと浦上天主堂に来ていたのですが、73年前の8月9日、長崎市の上空に原子爆弾が投下され、ピカッとした光と爆風を受けた直後にも奇跡的に無傷だった美輪さんは、祖母の家が浦上天主堂(カトリック浦上教会)の近くにあったため、浦上地区へ走り、瓦礫になっていた浦上天主堂を見たそうです。

今年の6月に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の「世界遺産」に登録されたという報道があった時、私は、その時に初めて聞いた「潜伏キリシタン」という不思議な言葉と従来の「隠れキリシタン」という言葉との違いが気になっていたのですが、何が「世界遺産」に含まれているのかということをほとんど気にしていなかったので、大浦天主堂(日本二十六聖殉教者天守堂)はその「世界遺産」の中に含まれているのにも関わらず被爆した浦上天主堂は含まれていないということにも気付いていなかったのだと思います。

昨年のNHKのEテレの「ETV特集」の「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」がとても良い特集だったのですが、私は、先月の8月9日のTBSラジオの荻上チキさんの「セッション22」の中で、『生き抜け、その日のために 長崎の被差別部落とキリシタン』を著した高山文彦さんの話を聴いて、浦上天主堂は「世界遺産」にはなっていないということを知りました。「国家神道」(神道の国教化)を推進していた明治政府による浦上地区のカトリック信者への大弾圧の「浦上四番崩れ」は、江戸時代末の隠れキリシタンの人々への処罰よりも残酷なもので、他藩へ送られた多くの信徒が殺された(殉教した)そうです。そのような、隠れキリシタンの里としての歴史のある旧浦上町は、被差別部落の人々の集められた地域でもあったため、そこで被爆した方々は原爆の後に消えた町を離れて各地に散り散りになり、当時の町の痕跡は、その地域に生きていた人々のお墓が残されている以外には、ほとんど残されていないのだそうです。

被爆したマリア像は、爆心地から500mほどの場所に建っていた浦上天主堂のマリア像です。地図を見ると、浦上天主堂は山の上にあり、国宝に指定されている大浦天主堂は海の近くにあります。大浦天主堂は爆心地から約4kmほど離れていたため、倒壊や焼失は免れたそうです。江戸時代末期の1865年(元治2年)に建立された大浦天主堂が国宝になったり、「世界遺産」になったりしていることには、その年に浦上の隠れキリシタン(潜伏キリシタン)がプティジャン神父に信徒であることを告白した「信徒発見」の影響もあるのではないかということでした。

原爆に破壊された浦上天主堂は、当時のアメリカ政府に配慮した当時の田川長崎市長の意向(長崎市長は、戦後長崎を訪れた宮内庁の職員に、原爆は長崎ではなく浦上に落とされたと言ったそうです)と、同じ土地への再建を希望する浦上天主堂側の意向により、“原爆遺構”として後世のために保存されることなく撤去されてしまったそうです。観光資源になるとかではなく、キリスト教徒の多い世界の各国に原爆は恐ろしいものであるということを伝えるものとして、現代に遺されていたほうが良かったのではないかとも思います。でも、信徒の方たちにとっては、同じ土地に浦上天主堂を再建するということのほうが何よりも大事なことだったのかもしれません。

浦上天主堂が今後ユネスコの「世界遺産」に含まれる日が来るのかどうか、浦上天主堂に通う信徒の方たちが「世界遺産」に認定されることを望んでいるのかどうか、私には分からないのですが(そもそも「世界遺産」に認定されることが良いことなのかどうかもいまいちよく分かりません)、隠れキリシタンの歴史を重視するのなら、旧浦上天主堂の建っていた地域の差別と迫害の歴史も原爆によってそのカトリック教会の中でも信徒たちが大勢亡くなったことも、重要な歴史の事実として世界中に広く伝えられたほうが良いような気がしました。
プロフィール

Author:カンナ
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