浅田真央選手の現役引退の発表のこと

昨夜の11時過ぎ、何気なくTBSの「NEWS23」を見ていた時、突然「速報です」となって浅田真央選手の写真が画面に現れたので、まさか何か怖いニュースなのではと緊張したのですが、速報は「ご自身のブログで現役引退を発表しました」と続き、ああ引退の発表かと、浅田真央選手が無事なことにほっとしつつ、本当に引退するのかと、少し寂しく思いました。

私は2002年に開催されたアメリカのソルトレイクシティオリンピックのフィギュアスケート(ロシアのアレクセイ・ヤグディンさんのスケートがすてきでした)を見てから他のフィギュアスケートの試合の中継などを見るようになったので、浅田真央選手の活躍も、浅田真央選手がメディアで注目され始めた12歳くらい?の頃から見ていたのだと思います(浅田選手が何歳だと考えたことはありませんでしたが)。

浅田真央選手のスケートは、新時代のフィギュアスケートという印象でもあり、私には、その頃の他のシニアの選手たちのスケートとは全く違って見えました。軽やかで、晴れやかで、優雅で、かわいらしくて、それは例えば、オルゴールの中の人形が舞っているようでした。浅田真央選手のスケートをとても好きになりました。

水色やピンク色や蛍光オレンジ色などの明るい色の衣装も、浅田真央選手の演技と音楽の雰囲気によく似合っていてすてきでしたし、スケートを滑りながらポニーテールの髪を触るとか、手をキラキラ星のように振るとか、上手く伝えることができないのですが、そのような細かい演技の演出も、浅田真央さんらしくて、とてもかわいらしくて好きでした。

トリプルアクセルがよく注目されていましたが、ジャンプだけではなく、スピンもスパイラルもステップも見事でしたし、私は今でも浅田真央選手が一番上手なフィギュアスケート選手だと思っています。

小さい頃から注目されている浅田真央さんのようなフィギュアスケート選手は、いわゆる“天才子役”のような部分もあるのではないかと思うのですが、しばらくして選手が高校生になったりすると、メディアが「大人の演技」なるものを選手に要求し始めるので、あるいは選手自身でもそれを目指し始めるのかもしれないのですが、それが私には少し残念に思えていました。

浅田真央選手の優雅なかわいらしさは、他の選手(荒川静香さんや村主章枝さんや安藤美姫さんや中野友加里さんなど)の演技には無いものに思えていたので、「大人の演技」に移行する中でそれが少しずつ失われていく(あるいは抑制されていく)ように見えたのが、私には少し寂しく思えたのです。

2011年には東日本大震災が起き、その年の12月には、グランプリファイナルの途中で浅田真央さんと浅田舞さんのお母さまが亡くなったという報道があり、お母さまが亡くなられて以降、浅田真央さんのスケートはより「大人の演技」に近付いていったというような気がします。衣装もかわいらしいものから大人っぽいものになり、音楽も軽やかな雰囲気のものから重厚な雰囲気のものを使うようになっていったように思います。

2010年のカナダのバンクーバーオリンピックでは銀メダルを獲得し、2014年のロシアのソチオリンピックではショートプログラムの16位から見事な挽回で3位になって6位入賞をしていて、そのフリーの演技には本当に感動しましたし、ほっとしました。

浅田真央選手のブログのメッセージには、「私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。」、「これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。」と書かれています。

突然の浅田真央選手の現役引退の発表には少し寂しく思えましたが、でも、現役を引退してフィギュアスケートの競技(試合)には出ないということで、浅田真央さんはフィギュアスケートそのものは続けていくのだろうと思いますし、例えば以前にTBSの「世界ふしぎ発見!」のスペシャルで浅田真央さんがミステリーハンターを務めていた時も楽しく思えましたし、ラジオ番組も良かったですし、どこにいても何をしていても、浅田真央さんは浅田真央さんなのだと思います。もしもまたメディアなどで浅田真央さんの姿を遠くから見る機会があったなら、これまでと同じように応援していきたいと思います。とてもすてきな美しいフィギュアスケートを長い間見せてくださって、本当にありがとうございました。

・・・・・・・・・・
ここからは4月13日の追記です。

昨日の浅田真央さんの現役引退の記者会見は、「笑顔と涙の引退会見」と評されていましたが、白いスーツを着た浅田真央さんの颯爽とした姿も、記者さんたちの難しい質問に対する誠実な受け答えも、丁寧な挨拶も含め、最後まで本当に清々しい見事な会見でした。さすがは浅田真央さんだなと思いました。

リオデジャネイロオリンピックの閉会式

昨日までの17日間ブラジルで開催されていた、リオデジャネイロオリンピックの閉会式を、NHKのEテレで見ました。録画をしておいたものです。

台風が来ていたので、総合テレビのほうは主に台風情報に変わっていたようで、Eテレでの放送が最後まで続いていました。

開会式の舞台も良かったですが、閉会式の舞台も良かったです。リオデジャネイロも雨だったようで、屋根のないスタジアムには雨が降っていて、私のいる台風の大雨の音の聴こえる場所と何か連動している感じが不思議でした。

聖火を回転する金色のモビールが守っていた太陽のオブジェもきれいでしたし、熱帯雨林のあるブラジルのエコロジーや、多様性が表現されるメッセージ性のあるところも良かったです。先住民族の人々やアフリカから連れて来られて奴隷にされた人々や移民の人々など、意外と過酷なブラジルの人々の歴史が表現されていたのも良かったですし、南米の陽気なブラジルらしい?ダンスが披露されていたのも楽しかったです。

開会式の入場の時と同じように、開会式でも、日本の選手団は日本の国旗とブラジルの国旗を振っていました。珍しいことであるように報道している日本のメディアもありましたが、日本の選手団はオリンピックでは毎回そうしているという印象があります。少なくとも私が見たオリンピックでは自国と開催国の両方の国旗を振っていたような気がします。単純に国旗の種類が多いのも楽しいですし、友好的で良いと思うのですが、むしろどうして外国がそのようにしないのかが不思議です。日本選手団のこのような場面を見る度に、他の国もそうすればいいのになと思います。

閉会式では、リオのパエス市長から国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を経て、新しい東京都知事の小池百合子さんにオリンピックの旗が渡されました。五輪旗を受け取る予定だった舛添前都知事もどこかで中継を見ていたでしょうか。

雨の中、小池新都知事は、金糸の鶴の刺繍の着物を来ていました。生地も淡い黄色で、全体的に金色の印象の着物だったのかもしれません。五輪の歌や国歌が流れる時、小池都知事は右手を胸に当てるようにして聴いていて、これは別のイベントでも小池都知事はそうしていたかもしれませんし、例えばサッカーのワールドカップでは海外の選手が国歌を歌う際に、忠誠を誓うように胸に手を当てていることがあるのを見ることがありますが、日本の都知事が、しかも和装の姿でそのようにするのには、私には違和感がありました。右手を胸に当てて国歌を聴くという姿は、少なくとも着物には似合わないように思いました。

そして、何をするのだろうと楽しみにしていた、次回の2020年の開催国の日本の「東京オリンピック」を紹介する舞台が始まったのですが、白色のこけしのようにもボウリングのピンのようにも見える数体のロボットのようなものが赤い日の丸を中央に作った画面に現れた、被災地の子供たちの人文字で書かれたという「OBRIGADO」や「ARIGATO」の、感謝を伝える「ありがとう」の各国の言葉で始まった舞台は、スタイリッシュでとてもかっこ良かったです。

デジタルの音やAR(拡張現実)の映像、点滅する無機質な光、キャプテン翼やキティちゃんやドラえもんやパックマンやスーパーマリオなどのアニメやゲームの要素、渋谷のスクランブル交差点、東京タワーの見える都市の夜景、富士山に東京スカイツリーと、何というか、このようなものを使うのだろうなという点では、予想通りでした。予想通りというか、予想を裏切らないというか、この作品を見た多くの人にとってもそうだったのではないかなと思います。実際の東京らしさというよりは、「近未来都市」としてのイメージの都会の東京らしさで、「Perfume」などの曲を作る中田ヤスタカさんや舞台監督を務めたという椎名林檎さんの音楽やMIKIKOさんの振り付けがよく合っていましたし、青森大学の男子新体操部の方たちのアクロバティックな演技が入っているというところもすてきでした。

赤と白と黒でまとまった東京の名所とアスリートたちのCMのような映像も良かったですし、会場の青色に光るキューブが集まってオリンピックのロゴになるというところも、素直に作られている感じがして良かったです。

映像を見ていて楽しくて、リオオリンピックの閉会式での東京紹介の舞台として完璧に思えるほどだったのですが、ただ、突然の安部首相の登場には、驚きというよりも、それまでの楽しさが台無しになってしまうように思えるほど、がっかりしてしまいました。ロンドン大会の開会式の時に「007」のジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグさん)と共にサプライズで登場した英国のエリザベス女王とは、日本の総理大臣は全く違うのですし、私としては、モハメド・アリさんやベッカムさんやペレさんが登場した時のように、サプライズゲストはオリンピックを見ている人たちなら分かるような元金メダリストなどのアスリートであってほしかったです。政治家ではなく、例えば、北島康介さん(北島康介さんは映像の中にすでに登場していましたが)や、イチロー選手のようなアスリートのほうが良かったように思います。

その点は私には残念だったのですが、でも、「リオ」も兼ねていたスーパーマリオがドラえもんの出した土管で東京の反対側のリオデジャネイロのスタジアムへワープするという演出自体は、かわいくて良かったです。とても日本らしい感じがしました。

最後に土管から出てきた東京スカイツリーが緑色だったのは、土管の色に合わせたものだったのでしょうか。それとも、木のようにも見えたので、リオオリンピックの自然の精神につなげたものだったのでしょうか。

聖火の火が消えるところの雨は演出だったのかもしれませんが、スタジアムに降る天然の雨と一体化している感じも良かったです。閉会式の日の雨が、今回のリオデジャネイロ大会には合っているような気がしました。スタジアムの屋根の縁から上がった花火は、上空からの映像では花の形やハートの形になっていました。

難民選手団も作られていた今回のリオデジャネイロオリンピックは、まさに「平和の祭典」という感じだったように思います。金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」の「みんなちがってみんないい」を思い出すような、何か寛容な大会に思えました。

日本の選手がたくさんのメダルを獲得したということも嬉しく思えましたが、今回のオリンピックは、どこの国の人か、ということを私はあまり考えずに見ていたような気がします。生放送の時間が深夜や未明の辺りだった種目は放送時間に見ることができませんでしたし、今回のオリンピックを見る場合は、私は主にNHKやTBSを点けていたように思います。そのため、NHKで流れていた安室奈美恵さんの「Hero」や、TBSで流れていたSMAPの有名な「ありがとう」は憶えているのですが、他のテレビ局のテーマソングはほとんど聴くことがありませんでした。日本テレビの中継も少しは見たように思うのですが、タイミングが合わなかったのか、嵐の「Power of the Paradise」が流れている場面には遭遇しませんでした。

昨夜のNHKの「持論公論」では、「リオ五輪から東京2020へ」というテーマで解説がなされていたのですが、オリンピック開催の5つのメリットの最初に「国威発揚」が挙げられていたことに、少し驚きました。国威は、国が対外的に持つ威力や威光という意味の言葉であり、威力や威光は、押さえつけたり恐れさせたりして人を従わせる力や勢いという意味の言葉です。勝った選手の国の国旗が掲げられて国歌が流れる国別対抗の試合になっているのだとしても、平和のスポーツの祭典となることを目指すはずのオリンピックが「国威発揚」という政治的なものを目的としたものではあってほしくないように思います。

2020年に開催されることが決まっている東京オリンピックが良い大会になるのかどうかは今はまだ分かりませんが、東京オリンピックの時にも難民選手団のような枠組みは作られるといいなと思います。

リオデジャネイロのパラリンピックは9月8日から始まるそうですが、パラリンピックに関しても、私としては、オリンピックの後に開催されるというものではなく、オリンピックと合同でというか、分けずに一緒に開催されたほうが、スポーツの祭典としてはもっと盛り上がるのではないかなと思いました。

FIFAワールドカップ ブラジル大会の閉幕

今朝、2014FIFAワールドカップのブラジル大会の決勝戦が行われ、ドイツ代表がアルゼンチン代表を延長戦の後半の1点で押さえて優勝しました。24年ぶりの4度目の世界一で、ヨーロッパの国の代表がアメリカ大陸の地で開催されたワールドカップで優勝するのは史上初のことなのだそうです。

私も早朝からその緊迫感のある試合を見ていたので、延長戦の後半、ゲッツェ選手の胸トラップからのボレーシュートでの1点がアルゼンチン代表のゴールに入った瞬間には、特に目の覚める思いがしました。

試合後の表彰式によると、ゴールデングローブ賞はドイツのゴールキーパーのノイアー選手で、大会MVPのゴールデンボール賞はアルゼンチンのメッシ選手で、得点王は6点を取ったハメス・ロドリゲス選手でした。毎回スター選手が現れるかと思うのですが、今大会のスターは、ハメス・ロドリゲス選手だったのだと思います。

また、今大会は、スペインやイングランドが早めに大会を去ることになったり、大量得点の試合が多かったり、オランダが無敗で3位になったり、ネイマール選手の怪我の後は、開催国のブラジルにとっては辛い大会になってしまったのだと思うのですが、良い大会だったと思います。

本戦の面白さは、日本代表の予選の3試合が行われたことを忘れてしまうほどだったようにも思うのですが、「ワールドカップデイリー」や「ワールドカップウィークリー」というような各局の番組では、予選敗退後もところどころで、日本代表だった選手たちの情報を伝えていました。

日本代表がコロンビア代表に負けて、予選敗退が決まった直後からは、解説の方たちも、それまでの「日本代表は優勝できる」という選手たち自身が言っていたようなポジティブ過ぎる応援の仕方?をしていたのを反省していました。私は、日韓大会の頃の、トルシエ監督の頃の代表の試合が面白く思えてサッカーを見始めたので、ジーコジャパンまではテレビでもいろいろなサッカーの討論番組が作られるほどだったのにも関わらず、オシムさんの頃から、専門家の方たちがあまり反論などをしないようになっていったのを、少し不思議に思えていました。オシムジャパンがアジアカップで敗退した時にはほとんど報道されず、無かったことのようにされていたような気がします。

オシム元監督は、「ファンタジスタ」と呼ばれるようなスター選手を消してしまいましたし、今でもサポーターの方たちに人気が高いらしい岡田元監督は、過去の2度とも、別の監督が作った代表の後半を引き継いで「岡田ジャパン」を作ったような気がします。

コロンビア戦の後、解説に来ていた中田英寿さんが日本代表のサッカーをクオリティーが低いというような感じで言っていたのを聞いて、私も、本当にそうだと思いました。それでもアジア大会で優勝したのだとするのなら、アジアのサッカーの質が全体的に低いということなのかもしれません。

強い国の代表とアウェーでの試合を組むことをしなかった日本サッカー協会が悪いのだとも思うのですが、サッカー協会のことを批判するのはセルジオ越後さんくらいで、日本の元選手の解説者の方たちは、ブラジル大会で日本代表が敗退する前には全く、協会のことも選手たちのことも批判していなかったように思います。

フジテレビの「ワイドナショー」という番組(以前は深夜の放送でしたが、今年の春から日曜日の朝10時の放送になりました)で、コメンテーターのSMAPの中居正広さんが、野球界ではOBの人が現役の選手に忠告をすることができるのにサッカー界ではできないのかということを前園真聖さんに聞いていたのですが、前園さんによると、言うことのできる雰囲気はないのだそうです。

ジーコジャパンの頃にも、小野伸二さんたちが中田英寿さんの話を聞かないということが報道されていた時、例えば現地で取材に行っている先輩の選手たちが直接会って言えばいいのに、などと勝手に思っていたのですが、現在のサッカー界でも直接選手たちに注意や忠告をすることのできる人がいないのだとすると、そのようなところも問題なのだろうなと思いました。

でも、今度、元日本代表選手の宮本恒靖さんが日本サッカー協会の技術委員長に就任するそうなので、これから何か良い方向へ変わっていくといいなと思います。私には詳しいことは分からないのですが、最高顧問という存在になった川淵三郎さん(ドイツ大会の頃だったと思うのですが、ネプチューンの堀内健さんに対して番組の中でものすごく怒っていたのを見て、驚きました)にも何かしっかりとした意見の言うことのできる人が、日本サッカー協会を変えることができるのかもしれないなとも思います。

ザックジャパンの選手たちが、呪文のように「自分たちのサッカー」とか「自分たちのサッカーができれば勝てた試合だった」など言っていたのを、昨夜のテレビ東京の、前園さんの「卒業」が伝えられていたスポーツ番組の「ネオスポ」では三浦和良さんが、ワールドカップは自分たちのサッカーを披露する場ではない、と話していて、本当にそうだと思ったのですが、それをもしブラジル大会の前に代表選手たちや番組の視聴者たちに伝えていたなら、もっと変わったのではないだろうかと、少し惜しい感じがしました。

予選敗退後の内田選手の「代表を引退する」という言い方も(ドイツ大会後の中沢選手もそうだったように思うのですが)、奇妙に思えます。メディア関係者の方たちもそのまま使っていたと思うのですが、次の大会へ向けた日本代表の選手はまだ選ばれていないのですから、せめて声を掛けられた時に「代表を辞退する」のが普通の言い方ではないでしょうか。

ピッチの中で動くことができなかったのは選手たちなので、ザッケローニ監督の采配を原因にするのも何か少し間違っているような気がするのですが、このままザックジャパン時代の検証をせずに、メディアが次の監督の話ばかりするようになると、これまでのドイツ大会や南アフリカ大会やブラジル大会の時と同じようになってしまうのではないかなと思います。

ジーコさんの監督の頃は、ジーコさんのスタイルと同じように、サッカー番組の作り方などももっと自由だったような気がするのです。

でも、これはスポーツのことに限らないのですが、マスコミそのものが、いわゆる世間の「空気」に支配されていて、自由ではなくなってきているのかもしれません。

テレビ番組などで安倍政権の批判がなされなくなっているところからも、そのような感じがするのです。集団的自衛権の行使容認のことでも、祖父の岸元総理の代からアメリカとの協力関係を目指している?安倍総理が、「日本は絶対に戦争はしない」とか「戦争に巻き込まれる恐れはない」と断言しているところだけを考えても不自然で奇妙な考え方のように思えるのに、特に日本テレビ系列のニュース番組では、ほとんど批判的な意見を聞かないような気がします。(先日の「クローズアップ現代」でも、菅官房長官は、国谷キャスターの素朴な質問に冷静に答えることができず、怒ったように安倍総理と同じ「友達を助ける」というような趣旨の説得の主張を繰り返すだけでした。)

今回のブラジル大会の特集番組でも、2011年の東日本大震災後にドイツのバイエルン・ミュンヘンのノイアー選手が試合に勝って内田選手のメッセージを伝えてくれたというエピソードが紹介されていましたが、その大震災で原子力発電所の「安全神話」が本当にただの作り話だったということがあれほど繰り返されていたのに、どうして、ある国を守るために第3国を攻撃した日本が第3国からは絶対に報復をされないしされるはずがないと断言するような与党や安倍総理の主張を、マスコミが批判しないということができるのでしょうか。

麻生元総理の漢字を読み間違いを繰り返し流していた頃のマスコミの方たちとは違う方たちが、今の報道番組を作っているのでしょうか。それとも、何か政府の側から不気味な圧力でもかけられているのでしょうか。

以前のETV特集の「神聖喜劇」の大西巨人さんの特集でも、今は次第に言論が統制されていった第2次世界大戦の戦前の頃に似ているというようなことが言われていたような気がします。自民党の中の議員さんたちも、何かの保身のために意見を主張しないのでしょうか。それとも、特に意見がないのでしょうか。

数日前のことでは、例えば自衛隊がアメリカ海兵隊の新型輸送機「オスプレイ」を購入する予定であることとか、沖縄の辺野古基地の近くの内地にもアメリカ軍の施設が作られるのを日本政府が黙っていることとか、私は報道を通じて知ることができたので、報道することのできる方たちには、政府に負けずに?頑張ってほしいと思うのです。

自衛隊の方が立派だということは分かるのですが、自衛官だととしても一般国民だととしても、これからも誰かを殺したり誰かに殺されたりしてほしくはないですし、絶対に戦争(戦闘、紛争)に巻き込まれないなどという不思議な説明を真に受けるのは怖いと思いますし、それに、本当の友達なら、危険な場所に友達を呼ぶようなことはしないはずです。危ないから君はこっちへ来てはいけないと注意したり、争いになりそうなことをする友人を言葉で説得して止めるのが、本当の友人関係につながるのではないでしょうか。危険な場所へ連れて行って手先にしたり、妙なものを買わせたりするのは、友人のすることとは思えません。

日本サッカーのことと日本政府の政治のことは別のことのように思えるかもしれないのですが、それは他の組織の中のこととしても言えるかもしれないのですが、自由に真面目に自分の意見を言ったり他人の意見を聞いたりすることができない環境というのは、良くないように思います。

それにしても、私が最初に書きたかったのは、単純に、今朝閉幕した今回のワールドカップのブラジル大会が面白かった、ということでした。でも、いろいろ気になってしまうのです。このような滅裂な文章を読んでくださった方、ありがとうございます。

「氷を割って」

7日の深夜(8日の未明)にNHKの総合テレビで放送され、録画をしておいた、ロシアのソチパラリンピックの開会式を見ました。

ソチオリンピックの開会式や閉会式に続き、パラリンピックの開会式も、とてもすてきな舞台になっていました。

手でガラスの板に描いた油絵の温かみのある絵本のような火の鳥の旅の映像も、水を入れたグラスの縁を擦る透明感のある音で演奏された「くるみ割り人形」の音楽も、美しかったです。

私としては特に、ショーの後半の、シャンデリアのある大きな会場での賑やかな結婚式の最中、突然大きな砕氷船が海の氷を割って進んで来るという場面が良かったです。

約40メートルほどあるという大きな船の先ではオペラ歌手の方がロシアの子守歌を歌っていて、その歌を私は知らないのですが、何かとてもきれいな曲で、凍った夜の海を進む船とその船を人々が少し寂しそうに見送る雰囲気によく合っていたのです。

船の名前は、解説の方によると、平和や世界という意味のロシア語だということでした。氷を割って進む船は、世界中の国や人々の間にある壁を取り払って平和な世界を作ろうという気持ちを表現したもののようでした。

ソチオリンピックの閉会式の頃、ウクライナの政権が崩壊したという報道があって驚いたのですが、それから数日の間にロシアはウクライナに軍事介入し、今クリミア半島のクリミア自治共和国を掌握しているのだそうです。

ウクライナは大変な状況だと思うのですが、報道によると、ウクライナのパラリンピックの協会の方は、ウクライナのことを忘れてほしくないという思いから、ボイコットをせずに参加することを表明し、ウクライナの選手を出場させることにしたそうです。

開会式の選手入場の時には、天井から氷柱のように下がる複数本の照明がその国の国旗の色に輝いていたのですが、ウクライナの選手の入場の時にもそのようになっていました。そこにいたのはウクライナの選手一人だけだったのですが、会場には拍手が起きていました。

オリンピックのロゴは五つの輪ですが、パラリンピックの赤色と緑色と青色のロゴは、心と肉体と魂を表しているということでした。そのロゴを人文字で表す場面があったのですが、その「集団行動」を教えたのは日本体育大学の先生なのだそうです。会場の解説の方も言っていたのですが、三つの線は「心」の字に似ていました。

私は今まで、パラリンピックの存在は知っていたのですが、その開幕式を見たことがなく、試合も、ニュースで見るくらいだったのだと思います。今回、私はNHKのダイジェスト放送でアルペンスキーの座位というチェアスキーという乗り物に乗って雪の坂を高速で滑り下りる競技を見たのですが、その迫力と不思議な浮遊感のようなものに驚きました。しかも、その競技の行われていた初日に金メダルを獲得していたので、当然努力の結果だとは思うのですが、スポーツのできる人は本当にすごいなと思いました。

今回のソチパラリンピックは45の国と地域から約450人の選手が参加しているそうで、それは過去最大なのだそうです。開会式のパラリンピックの会長の方が挨拶の中で、モスクワオリンピックの開催が決まった頃のロシアはパラリンピックの開催を拒否していたから今回ソチで開催されることになったことは喜ばしいことだ、というようなことを話していたように思うのですが、私はパラリンピックの歴史のこともほとんど知らないので、「パラリンピック」という大会がイギリスで作られてから、オリンピックの開催地に決まった国がパラリンピックの開催だけを拒否することがあったということを知って、そのようなこともあるのかと、少し意外に思いました。

「氷を割って」というのが今回の開会式のショーのテーマだとニュース番組で聞いて、良いテーマだなと思いました。でも、それはショーの演出家の方の思いで、そもそもオリンピックやパラリンピックは政治とは無関係であるはずのスポーツ大会なのですし、政府の考え方とは少し違うのかもしれないとも思えてきました。クリミア半島の先住民族というタタール人の方は今では少数民族となってしまっているということなので、その土地の人たちが無事に平穏に普通に暮らすことができるように、ショーの時だけではなく政治の上でも、「氷を割って」の精神が発揮されるといいなと思います。

ところで、今日は、第二次世界大戦の太平洋戦争の時の「東京大空襲」から69年目の日です。明日の3月11日は2011年に発生した「東日本大震災」から3年目の日なので、テレビではその関連の特集番組が多く放送されています。フジテレビの東日本大震災特集番組の「わすれない」のタイトルのように、3年前の東日本大震災のことを忘れることはまだできないように思うのですが、69年前の日本各地の空襲のことは、毎回報道されないと、忘れてしまう、あるいは知ることができないということになってしまうかもしれません。

69年前の日本の東京大空襲と、今のロシアのソチで開催されているパラリンピックとは何の関係もないことだとは思うのですが、報道でロシアとクリミア半島のことを聞いて不穏な感じがしてしまい、「氷を割って」という開会式のショーのテーマが良いものだったこともあって、何となく気になってしまいました。

ソチオリンピックの閉会式

今月の2月の7日に開会式が行われたロシアのソチオリンピックが昨日閉幕しました。

NHKでは23日の深夜から未明にかけて放送されていて、私はその生放送を見ることができなかったので、録画をしておいたものを後で見たのですが、一つの舞台として、とてもすてきな閉会式でした。

開会式で五輪の輪の右上の一つが開かなかったのを、閉幕式で改めて表現をしていたのも面白かったです。でも、そもそもその開会式の開かなかった輪も、レースで編んだお花の形の鍋敷きのようで、それはそれでかわいかったように思います。

初めのほうでは、青い卵形の気球のようなもののついた空を飛ぶ船に乗って、開会式の続きのように、ロシアの少女と少年の3人が海の上を飛んでいて、その下を、白い大きな翼の鳥や銀色に光る魚の群が悠々と渡っていました。

シャガールやカンディンスキーの絵を立体化したカラフルな舞台や、バレエの舞台や、ボリジョイサーカスの舞台など、ロシアらしい感じがして楽しかったですし、私としては、特にロシアの文豪たちを紹介する舞台を面白く思いました。

ドストエフスキーやトルストイやプーシキンやチェーホフなど、解説によると12人の文豪たちが紹介されているということだったのですが、机で小説の原稿を書くそのたくさんのロシアの文豪たちの周りには大きな本がたくさん積み上げられていて、そこを物語の少年や少女たちが歩いていました。ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」の音楽に合わせて白い原稿用紙が風に巻き上げられて渦状に舞っている様子も立体的で、何だかすごいように思えて、楽しかったです。

鏡の世界に迷い込んだ少年少女のそばに、スキーやスケートを滑る3匹のソチオリンピックのキャラクターが現れていました。クマとウサギとヒョウは、それぞれ具体的には、北極熊と野兎と雪豹なのだそうです。

開会式の時にもかわいい感じに思えていたのですが、馴染んだためか、閉会式ではその大きなキャラクターたちがもっとかわいらしく見えました。豊かな表情で滑らかに会場を動き回っていました。

中央に集まっていた高い鏡の壁が外されると、そこにオリンピックの聖火があったのですが、氷の固まりの上で火は少しずつ小さくなっていました。それを北極熊(モスクワオリンピックの時のキャラクターもクマだったのだそうです)が寂しそうに見つめていて、隣の雪豹に励まされながら、白い息で吹き消していました。火が吹き消されると、クマの左目から一粒の水色の涙が流れ落ちていて、そのようなところが、本当に何だか絵本の世界のようで、とてもかわいくて、良かったのです。舞台の聖火が消えると、外の塔の聖火も消えていました。聖火が消えると、やはりいつも「祭りの後の静けさ」のように、直接関係のないはずの私も、少し寂しい気持ちになります。

それから3匹のいる雪と氷の世界はキラキラとした春の黄金色のミモザのお花畑の世界に代わり、その上を再び現れた空飛ぶ船が進んでいて、それもとても暖かい雰囲気があって、きれいで良かったです。

次回の冬季のオリンピックは、韓国の平昌(ピョンチャン)という町で開催されるそうです。閉会式では、次回の韓国を紹介する舞台もありました。韓国の琴のような楽器の音色や「アリラン」の歌に合わせて、水墨画のような松の上を、鶴が舞っていました。

ソチの会場の座席がカラフルでランダムに並んでいたのも、良い感じがしました。フィギュアスケートの時に空いている座席が多かったのは少し不思議に思えていたのですが、閉会式の会場は各国の選手や監督の方たちで埋まっていたようでした。

選手たちが首に下げていたグレーのメダルの形のものは、点滅するライトでした。そのため、選手たちが座った後も座席は常に光っていたのですが、その光はどこかから届く電波か何かで操られていたのでしょうか。遠くから映すと波のように動いて見える時がありました。

式の最後は、音楽に合わせて会場の外側を囲むように打ち上がるスターマインのような花火で終わっていました。天気も良かったようで、会場の明かりも花火の光もきれいに映されていました。

ソチ大会の開幕前は、何か暴動が起きるのではないかとか、野犬に噛まれるかもしれないとか、いろいろ警戒がなされていたようですが、開催中にはそのような事件もなく(報道されていないだけでしょうか。ロシアの隣のウクライナでは政権交代となるような事件が起きているそうです)、17日間がとりあえず無事に終わったようなので、ほっとしました。

解説によると、世界の88の国と地域から、約2900人の選手が参加したのは、史上最多なのだそうです。

日本のメダル獲得数は8個で、長野オリンピックの時の10個に次ぐ2番目の多さだということなのですが、今回金メダルを獲得したのは羽生結弦選手一人です。でも、全体的には、メダルのないことがほとんど気にならないほどすばらしい出来事の多い大会だったという雰囲気があるので、テレビの前で応援しているくらいだった私にもそのように思えましたし、良いオリンピックだったとみんなが思うような形で無事に終わって、良かったです。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム