羽生結弦選手の金メダルと宇野昌磨選手の銀メダル

昨日、韓国で開催されている平昌冬季オリンピックのフィギュアスケートの男子シングルのフリースケーティング(FS)の試合が行われ、一昨日のショートプログラム(SP)の試合で首位になった羽生結弦選手が優勝し、平昌オリンピックでは日本人初となる金メダルを獲得しました。右足首の怪我を克服して試合に復帰した羽生選手の力強い演技は圧巻でした。SPで3位だった宇野昌磨選手は、FSの技術点では羽生選手を上回っていたのですが、最初のジャンプで転倒してしまい、しかしすぐに立ち直って、落ち着いたすばらしい演技で2位の銀メダルを獲得しました。SPで2位だったスペインのハビエル・フェルナンデス選手は、エキシビジョンのような演技が楽しかったのですが、3位の銅メダルでした。SPの時よりも上手く4回転に成功し、FSの最後の方にも疲れが見えなかった田中刑事選手は18位でした。

試合中の画面の左上に技術点のカウンターが出ていて、私はフェルナンデス選手の試合中にこのカウンターに気付いたのですが、演技が進むに従ってカウンターの数字が上がっていくのが気になってしまって、斜め上のカウンターを見たり、中央の選手の演技を見たりと、少し散漫とした感じになってしまいました。

全ての試合が終わった直後、ブライアン・オーサーコーチと金メダルの羽生選手と銅メダルのフェルナンデス選手の3人は写真を撮っていて、銀メダルの宇野選手が一人になっていたのですが、お祝いの「くまのプーさん」のぬいぐるみが客席からリンク上に大量に投げ込まれていた試合終了直後に号泣し、フェルナンデス選手と抱き合いながら再び号泣していた羽生選手と、その様子を隣でただ見ているという冷静な宇野選手との明らかなテンションの差が、何だか面白く思えました。

転倒した時金メダルはないと思って笑ってしまったと話していた宇野選手は、他の多くのスケーターたちとは異なり、出番を待っている間、出場選手たちの試合の映像をちゃんと見ていたのだそうです。宇野選手がオリンピックの舞台を特別な場所と感じなかったというのも、面白いなと思いました。

最近の男子シングルの選手は、SPで100点以上、FSで200点以上を取らないと上位には上がれないようです。4回転ジャンプを得意としていたエフゲニー・プルシェンコ元選手が訴え続けていたように、4回転の点数が上がってからは、4回転を跳ばないとメダルには手が届かないようになっているのかもしれません。また、最近の男子選手は、女子選手たちがずっとそうだったように、ジャンプの転倒後すぐに気持ちを切り替えて立ち直ることができるようになっているように思えます。

私はNHKの生中継を見ることができたので、それを見ていたのですが、その中で、ラトビアの18歳のデニス・ヴァシリエフス選手のコーチを務めていたステファン・ランビエール元選手に話を訊いていたのを嬉しく思いました(私は、ロシアのアレクセイ・ヤグディン選手の優勝したアメリカのソルトレークオリンピックの頃からフィギュアスケートを見始めたので、男子フィギュアは、そのアレクセイ・ヤグディンさんやジェフリー・バトルさん、エマニュエル・サンデュさん、エヴァン・ライサチェクさん、ジョニー・ウィアーさん、ステファン・ランビエールさんなどの海外選手の活躍していた頃を特によく見ていたような気がします)。羽生選手と宇野選手をどう思うかという質問に答えていたランビエールさんは、羽生選手の溢れる闘志を、宇野選手の音楽性と芸術性を誉めていたように思います。

羽生選手は前回のロシアのソチオリンピックの時の金メダリストですが、フィギュアスケート男子シングルの「連覇」は、66年ぶりで、1948年と1952年のオスロ大会で金メダルを獲得したアメリカのディック・バトン元選手以来のことだそうです。ディック・バトンさんも、羽生選手のスケートを「美しい」と称賛しているそうです。オリンピックのフィギュアで日本代表選手二人が同時に表彰台へ上がるというのも、初めてのことなのだそうです。

試合の直後の表彰台で、メダリストたちは平昌五輪キャラクターの「スホラン」という白い虎のかわいいぬいぐるみを手渡されていました。前・金メダリストで現・金メダリストとなった「オリンピックを知っている」羽生選手が、写真撮影のために、銅メダルのフェルナンデス選手と銀メダルの宇野選手を表彰台の中央に上げていた様子も、何となく、面白く思えました。

本当の表彰式はその時ではなく、夜に行われるということでした。宇野さんが記者の方に聞き返したことで、一視聴者の私も、ああそうなのかと、そのことを知ることができました。表彰式は、夜の7時過ぎにテレビ朝日で生中継されていました。試合会場の「江稜(カンヌン)アイスアリーナ」の観客も日本人が多かったということなのですが、メダルを授与していたのが日本人(IOC委員で日本オリンピック委員会の会長の竹田恒和さん)だったことも、少し意外でした。もっとこじんまりとしているのかと思っていたけれど思っていたよりも盛大だったと宇野選手が話していた表彰式の様子は、メダリストたちが見ているであろう観客席側があまり映されていなかったので、テレビの映像で見ていた私には、会場がどのくらい盛大だったのかがよく分かりませんでした。厚着の織田信成さんと松岡修造さんのいたセレモニー会場前の気温がマイナス9度だったということは分かりました。とても寒そうでした。

その後のスポーツニュースでは、金メダルを獲得した羽生結弦選手に安倍晋三首相がお祝いの電話をかけたということが、その様子の取材映像付きで報じられていました(銀メダリストの宇野選手にも安倍首相はお祝いの電話をかけたのでしょうか)。もしかしたらまた安倍内閣は、将棋で永世7冠を達成した羽生善治さんと囲碁で7冠を再制覇した井山裕太さんへの授与に続き、「国民栄誉賞」を授与する予定なのかもしれないなと、何となく思いました。

平昌オリンピックの開会式と、古代の神話の世界と文化

昨夜、韓国で開催されている平昌(ピョンチャン)オリンピックの開会式の様子がNHKで生中継されていました。

日本の大手メディアの報道番組が連日、北朝鮮問題と絡めて伝えている平昌五輪には、日本を含め、92の国と地域が参加しているそうです。

異文化を少し知ることのできる開会式や閉会式の舞台の中継を見るのが近年少し楽しみになっているということもあり、テレビ東京のドラマ「特命刑事 カクホの女」(面白いです)の第4話や、TBSのドラマ「アンナチュラル」(ミステリーという点で、一応何となく見ています)の第5話は録画をしておくことにして、私はこの開会式の放送を見ることにしました。冬季オリンピックの歴代のポスターの描かれた現代の韓国の空港の場面から始まり、鳴り響いた寺院の鐘から広がっていった氷の世界で(オリンピックカラーの)5人の子供たちが韓国の古代神話の世界を旅するというオープニングは、とても良かったです。

五角形の開会式の会場の周辺では花火が上がり、中央の舞台では、古代の朝鮮半島の国々の神話世界と、近未来の世界が表現されていました。科学近未来の世界は、グローバル社会の今となっては、おそらくどの国でもそれほど変わらないように思えますし、私としては、古代の神話の世界の物語を楽しく思いました。数年前に東京の新橋演舞場で四代目市川猿之助さんのスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を見た時もそうだったのですが、神話の世界が目の前に現れるという感じは、どの国のものであっても、いつも感動的です。

洞窟の壁画から光のように出現したCGの白い虎が、模型の白い虎になって現実の会場の舞台に現れたのを見て、日本だったなら例えば劇団四季の俳優さんたちが「ライオンキング」を演じているようなことなのかなと思いました。

舞台を見ながら、自国と他国の文化の共通点や違いを見つけるのも面白いです。白虎や朱雀や青龍や玄武は、中国の伝説の四神(霊獣)で、「風水」などでも聞きますし、日本でも有名だと思いますが、「人面鳥」は日本に入って来ていない文化なので、というか、私は「人面鳥」を全く知らなかったので、少し驚きました。人の顔をした鳥は、高句麗時代の壁画に描かれているという、韓国の神話に出てくる不死鳥の元になった鳥なのだそうです。エジプトやギリシャやメソポタミア(バビロニア)の神話に登場する、ライオンの身体と人間の顔を持ったスフィンクスのようなものでもあるのかなと、何となく思いました。解説でも「人面鳥」の名前は伝えられていなかったので、よく分からないのですが、平和な時代に現れるとされているそうです。麒麟のようなものでしょうか。つまり、平和の象徴です。

花火と会場の外のスノーボードの人たちの光と無数のドローンの?光点とのコラボレーションも良かったです。会場の聖火台ランナーの一人だったサッカーの元韓国代表選手のアン・ジョンファンさんの今の姿を見て、俳優の渡辺徹さんのことを少し思い出しました。最後の聖火ランナーは、韓国の女性と北朝鮮の女性の二人組ではなく、その上の聖火台の下で待っていた、元フィギュアスケーターのキム・ヨナさんでした。キム・ヨナさんは、開会式の冒頭の映像の空港の場面にも登場していました。聖火台の下のスケートリンクの柵のない感じが少し怖く思えたのですが、無事にきれいに舞い終えたキム・ヨナさんが聖火を足元の氷のような台に点火すると、そこから火が梯子のように伸びて、朝鮮半島の伝統の白磁、朝鮮王朝の月の壺の形をした白い聖火台に火が点りました。その後の、火祭りのようなダンスの舞台も迫力があって良かったです。

各国の選手入場のプラカードを持つ女性の、雪の結晶のような白いドレスもきれいでした。赤と青の提灯を持った子供の帽子と服もかわいかったです。韓国の民族衣装が様々な場所に使われていたのですが、李氏朝鮮王朝の近衛兵という衣装を来た人たちの姿を見て、韓国が日本から解放された後にも現在まで朝鮮王朝を復活させなかったことを、何となく、少し不思議なことのようにも思いました。国民も特にその復活を望まなかったということなのでしょうか。例えば、日本の皇室は作られてから一度も絶えたことがないということなので、今の日本でその感覚(皇室が絶えた後の時代に復活を望む感覚)を掴むことは少し難しいのかもしれません。

日本選手団の公式ユニフォームは、今回はアシックスが作ったそうです。私は昨日知りました。選手たちはいつも国旗を振っているという印象があったので、日本の選手たちが日の丸の旗を振っていないのはどうしてなのだろうとも思ったのですが、他にも国旗を振っていない国はいくつかあったので、旗手以外の選手たちが国旗を持つか持たないかは自由ということなのかもしれないなと思いました。

オリンピック・パラリンピックは平和のための国際的なスポーツの祭典なので、政治利用されないことが望ましいのだとは思いますが、少なくとも近代に、少しも政治利用されたことのないオリンピックはないような気がします。どこの国のオリンピック・パラリンピックにしても、招致の段階から政治家たちが深く関わっているというのなら、今回の平昌オリンピックが開催国の韓国やその周辺諸国に政治利用されるというのもまた、仕方のないことなのかもしれないなと思います。菅官房長官が「挑発だ」としていた8日の北朝鮮政府による「軍事パレード」も、平昌オリンピックの前日にあえて合わせたものではなく、軍の創立記念日がその日だったということで、毎年行われているもののだそうです。しかも、今回は生中継もなく、少し規模が小さなものになっていたそうです。

平昌五輪の開会式の会場には、日本のマスコミも長時間を割いて注目している、金正恩朝鮮労働党委員長の妹の金与正さんという方も来ていましたが、安倍首相が金永南最高人民会議常任委員長と「言葉を交わした」ということがニュース速報で伝えられていたのには少し驚きました。安倍首相が北朝鮮政府高官と直接話すのは初めてだということなのですが、拉致被害者たちの帰国を早く実現しなければいけない中で、今まで一度も話したことがなかったということのほうが謎のように思います。今回の「五輪外交」の成果が出るなどして、横田めぐみさんたちが早く安全に帰国できるようになるといいなと思います。

NHKのアナウンサーの方が、開会式では白い鳩のモチーフを入れる決まりがあるという風に解説していたのですが、それは本当なのでしょうか。その白い鳩のモチーフも取り入れられていた平昌オリンピックの開会式は、世界平和がテーマになっていました。ジョン・レノンの「イマジン」が韓国の歌手の方たちによって歌われていたのも、斬新に思えました。「イマジン」は発表後すぐに世界中で大ヒットしたという有名な曲ですし、どの国の誰が聞いてもその平和のイメージが伝わる歌を開会式のメインの歌の一つに選んだというそのメッセージ性も、良かったように思います。

開会式の生中継の最後、NHKのアナウンサーの方が「閉会式」と言い間違えていましたが、2020年の夏季には東京オリンピック・パラリンピックの開催も予定されているということですし、平昌オリンピック・パラリンピックの終わった後の世界の政治状況がどのように変わっていくのかはまだ分からないとしても、ともかく、今回の冬季スポーツの祭典が、平和で安全なまま、無事に終わるといいなと思います。今時のイベントは、無事に終えることができたなら、それだけでも成功したと言えるのではないかなと思います。

横綱の日馬富士関の引退のこと

昨日の報道で、伊勢ヶ濱部屋の横綱の日馬富士関が引退するということを知りました。

貴乃花部屋の幕内の貴ノ岩関の頭部を何か硬いもので数十発殴るという傷害事件を起こしての日馬富士関の引退を、とても残念に思います(当初はビール瓶で殴ったと言われていましたが、その後リモコンで殴ったというものに変わり、殴った回数も、数十発から一発に変わっています。耳の聴こえ方がおかしくなっているという貴ノ岩関の症状も、頭蓋底骨折なのか、その疑いがあるのみなのか、はっきりとしていません)。ただ、報道番組で放送されていた引退会見の映像を私も少し見たのですが、日馬富士関がモンゴル出身力士が会したお酒の席でモンゴル出身の別の部屋の後輩力士(日馬富士関は「弟弟子」と呼んでいましたが)の貴ノ岩関を殴って大怪我を負わせたことを、礼儀・礼節を先輩として教えるためだったという風に正当化していたことに驚きました。

貴ノ岩関が直接被害の証言をしなくても、同席していた目撃者(横綱の白鵬関も現場にいたそうです)が証言すれば事件の流れは分かることだろうと思います。写真で報じられていた貴ノ岩関の頭部の裂けた傷(ホチキスで止められていました)が日馬富士関の暴力による傷であるなら、その時事件現場の飲食店ではかなり流血していたのではないかと思います。貴ノ岩関のどのような態度が日馬富士関にとって礼儀・礼節に欠けるものだったのかということは、報道されていないので分かりませんが、もしも礼儀・礼節を他者に教えるのに暴力に訴える必要があるのだとするなら、貴ノ岩関を鈍器で殴るという“横綱の品格”を貶める行為をした日馬富士関も、誰かに暴力を振るわれる必要があるということになってしまいます。でも、それはおかしいことです。

体育会系の縦社会?の問題なのか何なのか分かりませんが、何度暴力事件や傷害事件が起きてもまだ、躾のため、教育のため、強くするため、というような理由を付けて、上の立場の者が殴ったり蹴ったりして下の立場の者に怪我を負わせるということを行う人が後を絶たないということを、とても不思議に思います。「暴力」と、「愛の鞭」なるものとは、別のものであると思います(私は「愛の鞭」であっても嫌です)。昨日の記者会見の場で被害者への謝罪の言葉を述べず、自らの暴力行為を「指導」が行き過ぎただけだと正当化していた日馬富士関も、記者からの質問に苛立っていた、日馬富士関の「親」である伊勢ヶ濱親方も、貴ノ岩関への傷害事件について本当には反省していないように見えました。頭に大怪我を追った殴ったのはお酒に酔ったせいではない、酒癖が悪いと言われたことは一度もないという日馬富士関の発言も、少し謎に思えました。お酒に酔っていない状態で、つまり、いわゆる「素面(しらふ)」の状態で、後輩を「指導」のために鈍器で殴るということを日馬富士関が行っていたのだとするなら、あるいは相撲界の慣習としてそのような行為は時々あることなのだとするなら、それはもっと怖いことであるように思いました。

力士が日本出身者だとか、モンゴル出身者だとかは、関係のないことだと思います。どこの国の人でも、力士になったなら一人の力士です。横綱だった朝青龍が事件を起こして引退した時も、残念でした。私は相撲界のことにも詳しくないのですが、もしも、日馬富士関による貴ノ岩関への暴力を警察に通報し、たった一人で日本相撲協会と戦っているように見える貴乃花親方が、相撲界の在り方を変えようとしているのなら、そのような悪い慣習(伝統)を変えようとしているのではないかなと思います。それにしても、今のところは、メディアの一視聴者、一読者の私には、この横綱の傷害事件のことはほとんど何も分からないままです。日馬富士関を「解雇」ではなく「(自主的な)引退」にした日本相撲協会の独自の調査で数日の内に事件の事実が明らかにされるのか、(学校法人・森友学園や加計学園が特例的に優遇されたりその関連の行政文書がなぜか破棄されたりしている経緯を安倍首相夫妻とその周辺の人たちが必死に隠して、うやむやのまま終わらせようとしているように)うやむやのまま終わってしまうのかということも、分かりません。

相撲は「日本の国技」ということで、国内だけではなく、海外でも人気のようですし、今回の突然の(私には突然に思えました)横綱の日馬富士関の引退が、後味の悪い印象の残るものになっていることも、少し残念に思いました。“代理戦争”のようにもなっている貴乃花親方の日本相撲協会との戦いは、何となくなのですが、いじめの被害に遭って自殺をした生徒の家族と、学校や教育委員会の教職員との戦いの構図にも似ているような気がします。「膿」というものを組織から出し切ることができるように、事実を知っている人が勇気を出して匿名でも告発することができるといいのにと思います。

浅田真央選手の現役引退の発表のこと

昨夜の11時過ぎ、何気なくTBSの「NEWS23」を見ていた時、突然「速報です」となって浅田真央選手の写真が画面に現れたので、まさか何か怖いニュースなのではと緊張したのですが、速報は「ご自身のブログで現役引退を発表しました」と続き、ああ引退の発表かと、浅田真央選手が無事なことにほっとしつつ、本当に引退するのかと、少し寂しく思いました。

私は2002年に開催されたアメリカのソルトレイクシティオリンピックのフィギュアスケート(ロシアのアレクセイ・ヤグディンさんのスケートがすてきでした)を見てから他のフィギュアスケートの試合の中継などを見るようになったので、浅田真央選手の活躍も、浅田真央選手がメディアで注目され始めた12歳くらい?の頃から見ていたのだと思います(浅田選手が何歳だと考えたことはありませんでしたが)。

浅田真央選手のスケートは、新時代のフィギュアスケートという印象でもあり、私には、その頃の他のシニアの選手たちのスケートとは全く違って見えました。軽やかで、晴れやかで、優雅で、かわいらしくて、それは例えば、オルゴールの中の人形が舞っているようでした。浅田真央選手のスケートをとても好きになりました。

水色やピンク色や蛍光オレンジ色などの明るい色の衣装も、浅田真央選手の演技と音楽の雰囲気によく似合っていてすてきでしたし、スケートを滑りながらポニーテールの髪を触るとか、手をキラキラ星のように振るとか、上手く伝えることができないのですが、そのような細かい演技の演出も、浅田真央さんらしくて、とてもかわいらしくて好きでした。

トリプルアクセルがよく注目されていましたが、ジャンプだけではなく、スピンもスパイラルもステップも見事でしたし、私は今でも浅田真央選手が一番上手なフィギュアスケート選手だと思っています。

小さい頃から注目されている浅田真央さんのようなフィギュアスケート選手は、いわゆる“天才子役”のような部分もあるのではないかと思うのですが、しばらくして選手が高校生になったりすると、メディアが「大人の演技」なるものを選手に要求し始めるので、あるいは選手自身でもそれを目指し始めるのかもしれないのですが、それが私には少し残念に思えていました。

浅田真央選手の優雅なかわいらしさは、他の選手(荒川静香さんや村主章枝さんや安藤美姫さんや中野友加里さんなど)の演技には無いものに思えていたので、「大人の演技」に移行する中でそれが少しずつ失われていく(あるいは抑制されていく)ように見えたのが、私には少し寂しく思えたのです。

2011年には東日本大震災が起き、その年の12月には、グランプリファイナルの途中で浅田真央さんと浅田舞さんのお母さまが亡くなったという報道があり、お母さまが亡くなられて以降、浅田真央さんのスケートはより「大人の演技」に近付いていったというような気がします。衣装もかわいらしいものから大人っぽいものになり、音楽も軽やかな雰囲気のものから重厚な雰囲気のものを使うようになっていったように思います。

2010年のカナダのバンクーバーオリンピックでは銀メダルを獲得し、2014年のロシアのソチオリンピックではショートプログラムの16位から見事な挽回で3位になって6位入賞をしていて、そのフリーの演技には本当に感動しましたし、ほっとしました。

浅田真央選手のブログのメッセージには、「私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。」、「これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。」と書かれています。

突然の浅田真央選手の現役引退の発表には少し寂しく思えましたが、でも、現役を引退してフィギュアスケートの競技(試合)には出ないということで、浅田真央さんはフィギュアスケートそのものは続けていくのだろうと思いますし、例えば以前にTBSの「世界ふしぎ発見!」のスペシャルで浅田真央さんがミステリーハンターを務めていた時も楽しく思えましたし、ラジオ番組も良かったですし、どこにいても何をしていても、浅田真央さんは浅田真央さんなのだと思います。もしもまたメディアなどで浅田真央さんの姿を遠くから見る機会があったなら、これまでと同じように応援していきたいと思います。とてもすてきな美しいフィギュアスケートを長い間見せてくださって、本当にありがとうございました。

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ここからは4月13日の追記です。

昨日の浅田真央さんの現役引退の記者会見は、「笑顔と涙の引退会見」と評されていましたが、白いスーツを着た浅田真央さんの颯爽とした姿も、記者さんたちの難しい質問に対する誠実な受け答えも、丁寧な挨拶も含め、最後まで本当に清々しい見事な会見でした。さすがは浅田真央さんだなと思いました。

リオデジャネイロオリンピックの閉会式

昨日までの17日間ブラジルで開催されていた、リオデジャネイロオリンピックの閉会式を、NHKのEテレで見ました。録画をしておいたものです。

台風が来ていたので、総合テレビのほうは主に台風情報に変わっていたようで、Eテレでの放送が最後まで続いていました。

開会式の舞台も良かったですが、閉会式の舞台も良かったです。リオデジャネイロも雨だったようで、屋根のないスタジアムには雨が降っていて、私のいる台風の大雨の音の聴こえる場所と何か連動している感じが不思議でした。

聖火を回転する金色のモビールが守っていた太陽のオブジェもきれいでしたし、熱帯雨林のあるブラジルのエコロジーや、多様性が表現されるメッセージ性のあるところも良かったです。先住民族の人々やアフリカから連れて来られて奴隷にされた人々や移民の人々など、意外と過酷なブラジルの人々の歴史が表現されていたのも良かったですし、南米の陽気なブラジルらしい?ダンスが披露されていたのも楽しかったです。

開会式の入場の時と同じように、開会式でも、日本の選手団は日本の国旗とブラジルの国旗を振っていました。珍しいことであるように報道している日本のメディアもありましたが、日本の選手団はオリンピックでは毎回そうしているという印象があります。少なくとも私が見たオリンピックでは自国と開催国の両方の国旗を振っていたような気がします。単純に国旗の種類が多いのも楽しいですし、友好的で良いと思うのですが、むしろどうして外国がそのようにしないのかが不思議です。日本選手団のこのような場面を見る度に、他の国もそうすればいいのになと思います。

閉会式では、リオのパエス市長から国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長を経て、新しい東京都知事の小池百合子さんにオリンピックの旗が渡されました。五輪旗を受け取る予定だった舛添前都知事もどこかで中継を見ていたでしょうか。

雨の中、小池新都知事は、金糸の鶴の刺繍の着物を来ていました。生地も淡い黄色で、全体的に金色の印象の着物だったのかもしれません。五輪の歌や国歌が流れる時、小池都知事は右手を胸に当てるようにして聴いていて、これは別のイベントでも小池都知事はそうしていたかもしれませんし、例えばサッカーのワールドカップでは海外の選手が国歌を歌う際に、忠誠を誓うように胸に手を当てていることがあるのを見ることがありますが、日本の都知事が、しかも和装の姿でそのようにするのには、私には違和感がありました。右手を胸に当てて国歌を聴くという姿は、少なくとも着物には似合わないように思いました。

そして、何をするのだろうと楽しみにしていた、次回の2020年の開催国の日本の「東京オリンピック」を紹介する舞台が始まったのですが、白色のこけしのようにもボウリングのピンのようにも見える数体のロボットのようなものが赤い日の丸を中央に作った画面に現れた、被災地の子供たちの人文字で書かれたという「OBRIGADO」や「ARIGATO」の、感謝を伝える「ありがとう」の各国の言葉で始まった舞台は、スタイリッシュでとてもかっこ良かったです。

デジタルの音やAR(拡張現実)の映像、点滅する無機質な光、キャプテン翼やキティちゃんやドラえもんやパックマンやスーパーマリオなどのアニメやゲームの要素、渋谷のスクランブル交差点、東京タワーの見える都市の夜景、富士山に東京スカイツリーと、何というか、このようなものを使うのだろうなという点では、予想通りでした。予想通りというか、予想を裏切らないというか、この作品を見た多くの人にとってもそうだったのではないかなと思います。実際の東京らしさというよりは、「近未来都市」としてのイメージの都会の東京らしさで、「Perfume」などの曲を作る中田ヤスタカさんや舞台監督を務めたという椎名林檎さんの音楽やMIKIKOさんの振り付けがよく合っていましたし、青森大学の男子新体操部の方たちのアクロバティックな演技が入っているというところもすてきでした。

赤と白と黒でまとまった東京の名所とアスリートたちのCMのような映像も良かったですし、会場の青色に光るキューブが集まってオリンピックのロゴになるというところも、素直に作られている感じがして良かったです。

映像を見ていて楽しくて、リオオリンピックの閉会式での東京紹介の舞台として完璧に思えるほどだったのですが、ただ、突然の安部首相の登場には、驚きというよりも、それまでの楽しさが台無しになってしまうように思えるほど、がっかりしてしまいました。ロンドン大会の開会式の時に「007」のジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグさん)と共にサプライズで登場した英国のエリザベス女王とは、日本の総理大臣は全く違うのですし、私としては、モハメド・アリさんやベッカムさんやペレさんが登場した時のように、サプライズゲストはオリンピックを見ている人たちなら分かるような元金メダリストなどのアスリートであってほしかったです。政治家ではなく、例えば、北島康介さん(北島康介さんは映像の中にすでに登場していましたが)や、イチロー選手のようなアスリートのほうが良かったように思います。

その点は私には残念だったのですが、でも、「リオ」も兼ねていたスーパーマリオがドラえもんの出した土管で東京の反対側のリオデジャネイロのスタジアムへワープするという演出自体は、かわいくて良かったです。とても日本らしい感じがしました。

最後に土管から出てきた東京スカイツリーが緑色だったのは、土管の色に合わせたものだったのでしょうか。それとも、木のようにも見えたので、リオオリンピックの自然の精神につなげたものだったのでしょうか。

聖火の火が消えるところの雨は演出だったのかもしれませんが、スタジアムに降る天然の雨と一体化している感じも良かったです。閉会式の日の雨が、今回のリオデジャネイロ大会には合っているような気がしました。スタジアムの屋根の縁から上がった花火は、上空からの映像では花の形やハートの形になっていました。

難民選手団も作られていた今回のリオデジャネイロオリンピックは、まさに「平和の祭典」という感じだったように思います。金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」の「みんなちがってみんないい」を思い出すような、何か寛容な大会に思えました。

日本の選手がたくさんのメダルを獲得したということも嬉しく思えましたが、今回のオリンピックは、どこの国の人か、ということを私はあまり考えずに見ていたような気がします。生放送の時間が深夜や未明の辺りだった種目は放送時間に見ることができませんでしたし、今回のオリンピックを見る場合は、私は主にNHKやTBSを点けていたように思います。そのため、NHKで流れていた安室奈美恵さんの「Hero」や、TBSで流れていたSMAPの有名な「ありがとう」は憶えているのですが、他のテレビ局のテーマソングはほとんど聴くことがありませんでした。日本テレビの中継も少しは見たように思うのですが、タイミングが合わなかったのか、嵐の「Power of the Paradise」が流れている場面には遭遇しませんでした。

昨夜のNHKの「持論公論」では、「リオ五輪から東京2020へ」というテーマで解説がなされていたのですが、オリンピック開催の5つのメリットの最初に「国威発揚」が挙げられていたことに、少し驚きました。国威は、国が対外的に持つ威力や威光という意味の言葉であり、威力や威光は、押さえつけたり恐れさせたりして人を従わせる力や勢いという意味の言葉です。勝った選手の国の国旗が掲げられて国歌が流れる国別対抗の試合になっているのだとしても、平和のスポーツの祭典となることを目指すはずのオリンピックが「国威発揚」という政治的なものを目的としたものではあってほしくないように思います。

2020年に開催されることが決まっている東京オリンピックが良い大会になるのかどうかは今はまだ分かりませんが、東京オリンピックの時にも難民選手団のような枠組みは作られるといいなと思います。

リオデジャネイロのパラリンピックは9月8日から始まるそうですが、パラリンピックに関しても、私としては、オリンピックの後に開催されるというものではなく、オリンピックと合同でというか、分けずに一緒に開催されたほうが、スポーツの祭典としてはもっと盛り上がるのではないかなと思いました。
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