「幻の祝祭~1940東京オリンピック物語~」

NHKのBS1で、「BS1スペシャル」として放送されていたドラマ「幻の祝祭~1940東京オリンピック物語~」を見ました。

夜の7時からの放送時間には見ることができなかったので、後で録画をしておいたのを見たのですが、とても良かったです。

ドラマとドキュメンタリーの要素で構成された作品でした。2020年に開催されることが決まった東京オリンピックに向けて作られたものなのだと思うのですが、その頃の時代と今の時代には共通するような時代の空気感もあるような気がしました。

ドラマは、膝の怪我のために引退せざるを得なかった元陸上長距離選手の少しやる気のない新聞記者の佐藤走(阿部力さん)が、面倒見の良い先輩(二階堂智さん)の指示で2020年の東京オリンピック関連の記事の題材を考えていたある日、会社から帰宅する途中の深夜、照明の付いた駒沢陸上競技場のトラックを一人で走っている白い運動服姿の山下さんという礼儀正しい青年(森廉さん)と出会い、その東京オリンピック出場を目指して練習を続ける山下さんが山下勝さんという戦前には「陸上長距離競技界の至宝」と言われていた人だと知り、取材を始める、というものでした。

「幻の東京オリンピック」というのは、1940年(昭和15年)の9月21日頃から当時の東京市の駒沢で開催される予定になっていた東京オリンピックのことでした。昭和5年頃から招致活動を始め、昭和10年頃に東京での開催が決まったそうで、当時の東京は開催に向けて盛り上がっていたそうです。

しかし、昭和12年に支那事変が起こり、それまで馬術の競技などに選手を送る予定でいた陸軍がオリンピック開催を反対し始め、日本は昭和13年にオリンピック史上初めて、開催を返上してしまったのだそうです。開催地は東京からフィンランドのヘルシンキに変更されたそうなのですが、第二次世界大戦の悪化により、結局オリンピックそのものが中止となってしまいました。

ドラマによると、2020年の東京オリンピックに向けて作られる新しい国立競技場の収容人数は約8万人だそうなのですが、1940年の第12回の東京オリンピックで使われる予定だった駒沢陸上競技場の収容人数h、約11万人だったそうです。もし開催されていたら、すごい規模の大会になっていたのかもしれないなと思いました。

ドラマの山下勝さんが憧れていた村社講平さんは、宮崎県出身の元市民ランナーで、中央大学へ入学後のベルリンオリンピックで日本新記録で4位に入賞したという長距離の選手でした。ベルリンオリンピックの記録映画にも、その時の姿が収められていました。番組では、村社さんの娘さんの恵子さんに、村社さんについての話を聞いていました。村社さんは、「走即人生」とよく言っていたそうで、走ることが大好きな方だったということでした。恵子さんたち家族にベルリンオリンピックの自慢話や1940年の東京オリンピックが返上になることについての話などをすることはなかったのだそうです。でも、恵子さんが見せてくれた村社さんの当時の日記帳には、東京オリンピックがなくなるかもしれないことや、世の中が軍国主義に傾いていくことへの気持ちが正直に綴られていたようでした。

1940年の東京オリンピックを開催するために諸外国に説得を続けていたという嘉納治五郎さんは、昭和13年に帰国する船上で亡くなってしまったのだそうです。

ドラマの新聞記者の佐藤さんは、深夜1時過ぎの駒沢競技場で長距離1万メートルの練習を行う山下さんが、スマートフォンでの映像にも映らず、2時3分になると走りながら消えていき、競技場のライトも落ちるということを不思議に思いながらも、同じ長距離の選手である山下さんの遺された思いに共鳴し、東京オリンピック出場を目指す山下さんの練習に付き合うことになっていました。

それまで佐藤さんは、スマートフォンで撮影するというインタビューを行っていたのですが、大事なところをメモに書くようにと言っていた先輩の言葉を思い出したのか、山下さんがデジタルの記録には残らないということを思い出したのか、メモを取り出して、山下さんにインタビューをしていました。

もしもオリンピックがなくなったら山下さんのゴールはどこなのかという質問には、山下さんは分からないと答えていたのですが、短距離の選手の闘争心の強さとは違い、長距離を走っていると対戦者同士が仲間に思えてくると話していた山下さんは、関東大震災で被災し走りたくても走ることができなかった仲間の代表として走り続けたい、みんなが安心して走ることのできる世の中を作りたい、というようなことを、佐藤さんに話していました。

山下さんは、1939年の第20回の箱根駅伝の3区で区間新記録の活躍をし、専修大学を初優勝に導いた方だそうです。村社さんに憧れ、村社さんに勝ちたいと願っていた山下さんは、全日本選手権6連覇していた村社さんと直接対決で勝って優勝したのだそうです。

しかし、佐藤さんが調べていた昔の新聞記事によると、「至宝」と呼ばれていた山下さんは、歩兵の一等兵として徴兵され河北の戦線に送られ、昭和17年の24歳の時、そこで「壮烈な戦死」をしたということでした。

佐藤さんと練習を続けていた深夜を、山下さんはお昼の頃と思っていたようだったのですが、山下さんがオリンピック本番だと思って本気で走るからタイムを計ってほしいと、佐藤さんに手渡した腕時計は、表面のガラスが割れていて、針は2時3分で止まったままになっていました。それは、山下さんが戦死した時刻だったようでした。最前線の山下さんは、銃撃され、膝を押さえながら倒れていました。

タイムを計ってほしいと頼まれた夜は時間が来てしまったので、佐藤さんは次の夜、競技場に自然に現れた山下さんとその続きを始めていました。

山下さんがスタートを切って走り始めると、その後から、幻の東京オリンピックを目指していたかもしれない選手たちが続き、現れた満員の観客たちが歓声を送っていました。

「むらこそ!」という応援の声を聞いた佐藤さんは、山下選手のすぐ後ろを村社選手が走っているのを見つけていました。佐藤さんは山下選手に声援を送り続け、ついにゴールを切った山下さんは、村社さんに東京オリンピックで勝ったのでした。

ゴールを喜んだ山下さんは、しかし、突然降ってきた雨に打たれながら、東京オリンピックが戦争のために開催されなかったことを思い出し、自分が戦死したことも思い出したようでした。そうして山下さんは、ありがとうございました、おかげでゴールが切れました、と佐藤さんに一礼して、再び雨の中を走りながら静かに消えていきました。

山下さんの魂を見送っていた佐藤さんは、「未来」のことを思いながら、「幻の祝祭」の署名入りの記事を書き上げたようでした。

2020年に開催される2回目の東京オリンピックが本当は3回目だったかもしれないこと、馬術の競技に出場するはずだった西竹一さんも硫黄島で戦死したこと、オリンピックに出場したくても出場することので気なかった山下さんのような人たちが当時たくさんいたこと、2020年の東京オリンピックが笑顔の溢れる大会になってほしいことなどが、佐藤さんの記事に書かれていました。

最後は、お昼の2時3分頃の、青空の下の明るい駒沢競技場のトラックを佐藤さんが走る場面で終わっていました。佐藤さんの「走」という名前は、「かける」と読むようでした。

脚本と演出は、毛利匡さんでした。

ドラマの途中の15分にBSニュースが挟まれていたので、後半が録画されていなかったらどうしようと少し心配してしまったのですが、大丈夫でした。無事に最後まで見ることができました。

2020年の東京オリンピックに向けた作品だと思うのですが、山下勝さんが専修大学を初優勝に導いた方だということなので、お正月の箱根駅伝にもつながるのかもしれないなと思いました。

たくさんの若い人たちの犠牲の上に今の社会は成り立っているのだということは、戦争の話の時にはよく言われることですし、私にもよく分かるのですが、今回のドラマではそのような「戦争」のことを中心的には描くのではなく、走り続けることへの思いを遺して亡くなった山下さんと現代の元長距離選手の記者の佐藤さんとの適度な距離感のある短時間の交流を軸として丁寧に描かれていたように思います。そのようなところが良かったのだと思います。

ドキュメンタリードラマだったのですが、単純にドラマとしても良い作品だったように思います。主な登場人物は3人だったのですが、阿部力さんの記者の佐藤さんも、森廉さんの幽霊の山下勝さんも、二階堂智さんの先輩記者さんも良かったですし、映画のような映像も音声も、静かな雰囲気も、とても良かったです。

幻となってしまった東京オリンピックへ山下さんたちが出場することができていたなら、佐藤さんが言っていたように、きっと伝説の選手になっていたのだろうなと思います。

その無念の感じが、少し微笑みながら消えていった幽霊の山下さんによく表れていたような気がして、悲しい気持ちになりました。悲しいのですが、でも、何か晴れやかさの残るドラマでした。

ドラマの中の山下さんが心配していたような世の中の「戦争」の雰囲気は、(先日の安倍総理大臣の靖国神社の参拝のことも含めて)今でもあるように思えるので、このドラマを見て、2020年に予定されている東京オリンピックも、開催されるのなら無事に開催され、たくさんの人たちが楽しい気持ちで参加することのできる大会になるといいなと思いました。

今年に私が見ることのできるドラマはこれで最後なのだと思います。年末の最後の最後にすてきなドラマを見ることができて、良かったです。

「スケート靴の約束」

テレビ東京のXmas特別ドラマ「スケート靴の約束」を見ました。

テレビ愛知開局30周年記念ドラマということで、ドラマの舞台の中心に存在していたのは、名古屋にある、伊藤みどりさんや浅田真央選手、村上佳菜子選手など多くのトップスケーターを輩出したという「大須スケートリンク」でした。

ドラマの主な登場人物は、名古屋で祖父の代から続くひつまぶし屋さんを営んでいる元甲子園球児の水元耕一(別所哲也さん)、その妻で元フィギュアスケート選手の水元さとみ(安田成美さん)、母親の勧めでフィギュアスケートを習い、有力な選手に育っていた高校生の長女の葉子(小芝風花さん)、絵本作家になりたいと日々絵本を作っている小学生の次女の紗綾(本田望結さん)、葉子さんを教えている竹井コーチ(かたせ梨乃さん)、竹井コーチやフィギュアスケーターたちを見守る山野連盟役員(角替和枝さん)でした。

学校帰りの夕方、スケートの練習に向かうために急いで自転車を走らせていた葉子さんは、交通事故で視力を失ってしまうのでした。

葉子さんは、高校の教頭先生(金田明夫さん)から養護設備のある学校へ転校するよう伝えられても、今までと同じ高校に通いたいと、穏やかに明るく振る舞って乗り越えようとしていたのですが、母親のさとみさんは、フィギュアスケート選手になりたいという自分の夢を娘に押しつけたのがいけなかったのではないかと、葉子さんの事故を後悔する毎日を送っていました。

葉子さんは、知り尽くしているという大須スケートリンクで最後の演技を家族や練習生たちの前で披露し、姉のスケートに感動した紗綾さんは、姉の小学校4年生の頃の作文に、将来の夢はオリンピックで金メダルをとることだと書かれているのを読んで、それから姉の昔のスケート靴を見つけて、私にスケートを教えて、と姉に頼んでいました。

靴の履き方を教えてもらい、葉子さんの手につかまりながら、スケートリンクの上を歩き出した紗綾さんは、スケートって面白い、と進んで練習を始め、竹井コーチも注目するほど、スケートを上達させていきました。

しかし、葉子さんのことで不安になっていたさとみさんは、紗綾さんがスケートを習うのを辞めさせようとしていました。さとみさんは、夫の耕一さんに、紗綾が自分たちの元から離れて手の届かない遠くへ行ってしまうようで怖くて仕方がないのだと話していました。

紗綾さんが楽しそうにスケート靴を履いてリンク上を滑るのを嬉しそうにしていた葉子さんは、自ら食事制限までする紗綾さんが、自分の意志でスケートを始め、最初は姉の代わりに姉の夢を叶えるのだと言っていたけれど今では自分の夢としてそれを叶えようとしているのだということを、母親に伝えて説得していました。

荒川静香さんのトリノオリンピックの頃の映像を繰り返し見ていた紗綾さんは、バッジテストの日、紗綾さんと同じ年齢ながら大人の選手のような演技のできるフィギュアスケート選手の坂井昌美(本田真凛さん)の存在を知って衝撃を受けるのですが、もっと強い選手が世界にたくさんいると葉子さんに教えられ、練習を続けていました。

テストに合格した紗綾さんは、野辺山合宿に参加をすることになりました。さとみさんと葉子さんも付き添い、紗綾さんの様子を見ていたのですが、そこで母親を散歩に誘った葉子さんは、目が見えなくなったことで分かるようになったこともたくさんあると楽しそうに話し、葉子さんにスケートを習わせていたことに負い目を感じるようになっていた母親に、スケートの練習に反発していた頃も私は楽しかったのだということを伝えていました。さとみさんは、葉子さんと良い時間を過ごすことができていると名古屋の耕一さんに電話で話していました。

野辺山合宿で紗綾さんは、伊藤みどりさんや浅田舞さんに直接指導を受けていました。竹井コーチは、今度のテストでは確実な2回転を飛ぼうと勧めていたのですが、早く坂井さんのようになりたい紗綾さんは、竹井コーチに首を振って3回転の練習を続けていました。

そうして瞬く間に上達した紗綾さんは、ノービスの選手権大会でジャンプを決めて優勝し、山野連盟役員や竹井コーチが考えていた海外遠征の話が現実になってきました。

さとみさんも耕一さんも、紗綾さんが優勝したことには喜んでいたのですが、いつか挫折をする苦しみを味わうことになってしまうかもしれないという不安も残されていました。

一握りの数名の選手しか活躍することができないフィギュアスケートとは自分との戦いの続く孤独なスポーツなのだということを山野さんから聞いていた父親の耕一さんは、紗綾さんと公園を歩きながら、さとみさんにも話していないという甲子園球児だった高校時代の話を紗綾さんに話していました。

耕一さんは、中日ドラゴンズの2軍の監督就任が決まった同級生の柏木武(高杉亘さん)が甲子園ではそれほど活躍しなかったのにドラフト1位で指名され、自分はホームランを打ったのにドラフト6位だった、ドラフト6位もドラフトで選ばれるという点ではすごいことだが、自分が同級生の「お味噌」として選ばれたことを知って悔しく思い、そのことがどうしても気になってプロ野球選手になる夢を諦め、実家のひつまぶし屋を継いだのだということを紗綾さんに話しながら、才能は自分で見つけるものではなく、人に見つけてもらうものなのだ、お父さんはお客さんにひつまぶしの才能を見つけてもらった、紗綾は竹井コーチなど周囲の人たちにスケートの才能を見つけてもらったのだと伝えて、これから孤独な戦いを続けることになる紗綾さんを励ましていました。

葉子さんとプラネタリウムに来ていたさとみさんは、葉子さんから、星が好きでよくここに通っているということを聞いて驚いていました。私は星に詳しいのと明るく話し始めた葉子さんは、私の夢はここのナビゲーターになること、所長さんももっと勉強をしたら夢を叶えてあげよう、卒業したらここへ来ていいと言ってくれたのだということを母親に話し、私の人生はスケートだけじゃなかったんだよ、と母親に伝えていました。

今度は紗綾さんが葉子さんの手を取ってリンクに上がり、両親の前でペアのように二人で演技を披露していました。金メダルをとるってスケート靴と約束したの、と母親にスケートを続けたいことを訴えていた紗綾さんが、自分の夢は家族の夢なのだと言っていたと耕一さんに話していたさとみさんは、紗綾さんの夢を応援することに決めたようでした。

紗綾さんは、空港で両親に見送られて数名のノービスの子たちと一緒に海外遠征に出発し、その飛行機の音を高校の授業中の教室の窓の向こうに葉子さんが聴いていました。

脚本は鎌田敏夫さん、監督は麻生学さんでした。音楽は吉川清之さんでした。

私はこのドラマの放送されることを当日の朝に知り、フィギュアスケートのドラマだということもあって、面白いといいなというくらいの気持ちで何となく見ることにしたドラマだったのですが、とても良いドラマでした。

フィギュアスケートの楽しさも、スポーツ選手になることの難しさも、若い頃選手だった両親の葛藤も、その子供たちの気持ちも、丁寧に描かれていたように思います。

本田望結さんのスケートは、私も数ヶ月前にTBSの「炎の体育会TV」で見て驚いたのですが、葉子さんを演じていた小芝風花さんもフィギュアスケートを習っている女優さんなのでしょうか。すごいなと思いました。

スケートの場面だけではなく、本田望結さんの心の強い紗綾さんも、小芝風花さんの優しい葉子さんも、ドラマを透明なものにしていたような気がします。特に母親を気遣う葉子さんは、何か天使のような、といっては少し大袈裟になってしまうかもしれないのですが、それでも何となく、そのような雰囲気があったように思います。

映像も落ち着いていてきれいでしたし、ドラマのところどころで流れていた音楽も静かで美しくて、とても良かったです。

先日、全日本フィギュアスケート選手権大会が終わり、来年のソチオリンピックの代表選手が決まっていましたが、それを見た後ということもあって、また改めてフィギュアスケートの日本代表に選ばれる選手たちのすごさが伝わってきたようにも思いました。

他のスポーツでも、あるいは他のジャンルでも同じことなのかもしれないのですが、何か好きなことを見つけてそれを続け、才能を発揮することができる人というのは、本当にすごいなと思います。

何気なく見ることにした作品だったのですが、私も見ることができて良かったです。現実的というのとは少し異なるかもしれないのですが、さわやかな印象のドラマでした。

「ミス・パイロット」最終回

フジテレビのドラマ「ミス・パイロット」の最終回(第11話)を見ました。

2013年の10月25日、ANAのパイロット訓練生の手塚晴(堀北真希さん)岸井泰治(間宮祥太朗さん)と小鳥翔(小柳友さん)、山田一男(藤井流星さん)、諸星麻也(庄野崎謙さん)は、3本のラインの入った副操縦士の制服をもらい、OJT(on The Job Trainingの略だそうです)という実際の職場での実務経験の課程を行うことを、教官の国木田孝之助(斎藤工さん)から伝えられ、それぞれの決められた空港へ向かうことになりました。荷物を廊下に出していた5人は、寮母の三枝かのこ(藤澤恵麻さん)に挨拶をして、寮を出ていました。

伊丹空港へ向かう飛行機に乗ることになった晴さんは、休みになった機長の代わりに、晴さんと飛びたいという篠崎機長(岩城滉一さん)とフライトの実務を行うことになったのですが、それが篠崎機長のラストフライトになるということを知って、篠崎機長は黙っていてほしいと言っていたのですが、フライトオペレーションセンターのディスパッチャー(運行管理)の仕事をしている小田千里(相武紗季さん)にそのことを話しに行っていました。

千里さんは、機長の指示に従わないのはどうかと思うと晴さんに言って、父親が密かにラストフライトを行うことに納得している風だったのですが、千里さんからそのことを聞いた国木田さんは、晴さんと一緒に飛んだ篠崎機長がラストフライトから羽田に戻ってくると、寮で一人でかのこさんの料理を食べようとしていた篠崎機長のもとに千里さんを連れて行き、小田には説明してやってください、と篠崎機長を怒っていました。篠崎機長が娘の千里さんに心配をかけたくなかったと謝り、千里さんも納得すると、それから篠崎機長を尊敬している国木田さんも、長い間お疲れさまでしたと言って、そのまま寮で篠崎機長を労う会を行うことにしていました。

12月18日、正式に副操縦士となった5人は、国木田教官から訓練生としてのチームの解散を伝えられていました。パイロットになると、時間が合わないことが多く、みんなで会うことは少し難しくなるのだそうです。国木田さんは、チームはなくなってもチームの一員だと、晴さんたちに伝えていました。

12月の24日から25日にかけて、北海道の新千歳空港に国木田教官と飛ぶことになった晴さんは、はっきりさせておいた方がいいと思って、と国木田教官を廊下に呼び出し、告白されるのではないかという雰囲気に戸惑っていた国木田さんに、私、キャプテンのことそんなに好きじゃありません、と伝えてすっきりとしていました。

実家の居酒屋へ帰っていた晴さんは、父親の茂雄(石倉三郎さん)を部屋に呼び、副操縦士となったことを伝えて、ファーストフライトに招待するチケットを渡していました。娘が結婚の報告でもするのではないかと緊張していたらしい茂雄さんがそのことを晴さんに言うと、晴さんは、今は飛びたくて仕方がないのだと楽しそうに答えていました。

一方、国木田さんのことを気にしていた千里さんは、今は失敗して恥をかいておけばいいのだと国木田さんに言われたことに勇気をもらった様子で、国木田さんに会いに行っていました。千里さんが何か言いそうにしていたのを、面倒くさいから嫌だと先に断った国木田さんは、手塚のバカが変なことを言いやがって、と少し前の出来事を思い出して少し苛立っていたのですが、千里さんはそのような国木田さんの態度を無視して、突然、好きです、と伝えていました。驚いて固まる国木田さんに、千里さんはすっきりしたとほっとしたように言って、国木田さんを残して晴れやかな感じで帰っていました。

24日、よろしくお願いします、とお互いに挨拶をした晴さんと国木田機長は、運行管理の千里さんから新千歳空港の状況を聞いていました。それから客室乗務員の人たちに挨拶をしたり、飛行機の点検をしたり、操縦席に座って天井や目の前に付いているたくさんのボタンを押したりスイッチを入れたりして、飛ぶ準備をしていました。国木田機長と副操縦士の晴さんが操縦桿を動かすと、滑走路を走っていた飛行機は少しずつ空へ上がり、新千歳空港へ向かって飛んでいきました。

母親のよし美(根岸季衣さん)の写真を抱えた茂雄さんと、その隣に座っていた、両親と同じように晴さんが招待したらしい宮田社長(鶴見辰吾さん)は、飛行機が落ちるかもしれない話をしながら、初めて乗る飛行機に緊張していました。

何事もなく飛行機は飛んでいたのですが、しばらくすると、視界は悪くなってきていました。新千歳空港は大雪になっているという情報が入り、視程600mという中、見えてきた途中の?空港の滑走路に上手く着陸することができなかった国木田機長は、燃料が少なくなっているという千里さんの指摘も考慮して、お客さんの安心と安全を守るために羽田へ引き返す、という判断を下していました。

国木田機長がお客さんたちに向けたアナウンスをする間、副操縦士の晴さんは旅客機の操縦を国木田さんから任されていました。揺れる飛行機に不安そうにしていた宮田社長と茂雄さんは、機長のアナウンスを聞いてほっとした様子で、小さく拍手を送っていました。

グランドスタッフの鈴木倫子(菜々緒さん)や阿倍野すず(桜庭ななみさん)、そして岸井さん、小鳥さん、諸星さんたちは、臨時便に備えて手伝いをしていて、クリスマス・イブに倫子さんと食事をする予定だった山田さんはその時は来ていなかったようだったのですが、後から合流していました。

無事に羽田空港に戻った国木田さんと晴さんは、ロビーに飾られていたクリスマスツリーの前に座っていました。国木田さんによると、直前で臨時便がトリプル7に変更になったそうです。国木田さんは、操縦桿を渡したとき教官やって良かったと思ったと晴さんのことを褒めていて、晴さんも、私はパイロットに向いているなと思ったと笑っていました。そこへ千里さんもやって来て、ファーストフライトの飛行機の中の無線で運行管理の冷静な千里さんの声を聞いてほっとしていた晴さんは、あの場所に自分がいたことが幸せだった、200人のお客さんの人生を背負っていることや、そのお客さんの安心と安全のために働くたくさんの空港のスタッフたちの一員になることができたということを国木田さんと千里さんに話し、チームはなくなってもチームの一員だとキャプテンが言っていた意味が分かったと笑っていました。

岸井さんと小鳥さんと山田さんと、臨時便の副操縦士を勤める予定だったらしい諸星さんもやって来て、山田さんは、すずさんから預かったという手紙を岸井さんに渡していました。少し前まで、岸井さんはよそよそしくなったすずさんの態度に少し寂しい思いをしていたようだったのですが、すずさんを手伝った後の岸井さんへの手紙には「泰治」と昔の呼び方で書いてあったので、岸井さんは少し嬉しそうにしていました。

クリスマスツリーを見上げながら、7人は今までのことを思い出していたのですが、0時を過ぎて25日になったので帰ろうとしていた時、国木田さんが千里さんを飲みに誘ったのを聞いた晴さんが、先を歩いていた人たちにも声をかけたので、そのまま7人で飲みに行くことになり、ドラマは歩いていく晴さんたちの後ろ姿で終わっていました。

脚本は池上純哉さん、演出は澤田鎌作さんでした。

思っていたよりもあっさりとした最終回だったようにも思うのですが、空港の人たち全員で協力して飛行機を運航しているのだということがよく表されていて、良かったと思います。

群像劇というのとも少し違っていたかもしれないのですが、恋愛要素がほとんどなかったところも、私としては良かったです。

のんびりとしたところのある晴さんと、優秀でしっかり者の千里さんが「バディ」になる課程も、本当は良い人だけれど少し短気な国木田教官との少し距離間のある関係性も、良かったような気がします。

「クリスマス」の場面で終わるのが、何となくフジテレビのドラマらしい感じもしたのですが、昨日のように最終回を「クリスマス・イブ」のような日に放送すると、放送時間には見ることができないという人が多くなるのではないかなとも思いました。

パイロットを目指す訓練生たちの物語としては、訓練の描写が少しあっさりとしていたようにも思うのですが、それは長期間の訓練生としての時間を全てバランス良く描こうとしたために、かえって毎回の時間の展開が早くなってしまったためかもしれないなと思います。

最終回で副操縦士になり、初回に登場して晴さんを応援していた宮田社長と父親の茂雄さんが一緒に晴さんの操縦する飛行機に乗るという場面があったのも良かったのですが、せっかくそのような場面があるのならもう少しその二人と晴さんが会話をするような場面もあってほしかったように思いました。

でも、例えば、訓練生同士で対立するとか喧嘩をするとか、そのような場面は一度もなかったですし、嫌なところのないドラマだったので、そのことは本当に良かったです。

少し物足りないようにも思えてしまうところもあったのかもしれないのですが、訓練生の晴さんや、途中でパイトッロを諦めざるを得なくなってしまった千里さんたちを応援する気持ちで見ていくことができたので、私としては、今回の「ミス・パイロット」を良いドラマだったように思います。最後まで楽しく見ることができました。

「ドクターX ~外科医・大門未知子~ 2」最終回

テレビ朝日の木曜ドラマ「ドクターX ~外科医・大門未知子~ 2」の最終回(第9話)を見ました。先週の第8話の続きです。

帝都医科大学付属病院の第二外科でフリーランスの外科医の大門未知子(米倉涼子さん)は、高松の分院から連れてきた、15cmの悪性の筋繊維芽細胞腫瘍が腹部の大動脈に絡みついているという9歳の村田九留美(本田望結さん)の手術について、胃と膵臓、脾臓、肝臓、大腸、小腸の6つの臓器を取り出して腫瘍の付いている箇所を切除した後保存液を環流して戻すという日本ではまだ前例のない「多臓器体外摘出腫瘍切除」を提案し、主任教授選を控えている第二外科の近藤忍(藤木直人さん)と教授の海老名敬(遠藤憲一さん)と、内科統括部長の馬淵一代(三田佳子さん)が選挙に擁立した教授の鷹野勉(浅野和之さん)たちにも協力してもらわなくてはいけないため、外科医たちを集めたカンファレンスで早速説明を始めていたのですが、大門さんのことを怒っている外科統括部長の蛭間重勝(西田敏行さん)は、突然、九留美ちゃんの手術の中止を言い渡し、頭を下げてお願いしますと頼む大門さんを再びクビにしようとしていました。

名医紹介所に戻った大門さんは、しばらくして誰が自分を高松の分院へ呼んだのかということに思い至り、神原晶(岸部一徳さん)を問いつめていたのですが、それは東帝大学病院の学院長の蜂谷宗造(古谷一行さん)と、帝都医科大学付属第三病院の元院長の毒島隆之介(伊東四朗さん)でした。

毒島さんは、九留美さんの両親に助けてほしいと頼まれたらしく、大門さんを分院に送り、大門さんが難しい病気の九留美ちゃんを見つけるように仕向けていたようでした。

帝都医科大学付属病院は東帝大学病院の子会社のようなものだと毒島さんから聞いた大門さんは、蛭間部長よりも「偉い」立場の蜂谷さんに、九留美ちゃんの手術を成功させることができれば日本で3例目だと話し、蛭間部長に手術を許可するように言ってほしいと頼んでいました。

蜂谷学院長から直接電話で頼まれた蛭間部長は、態度を変えて大門さんに手術を許可し、それが人にものを頼む態度かと言われて頭を下げていたのですが、近藤先生や海老名教授や鷹野教授たちを集めてカンファレンスを始めると、事務長の烏丸金男(笹野高史さん)から蛭間部長が1日中手術室を使っていいと言った手術の日の19日は主任教授選の投票日であることを伝えられ、近藤先生たちは、それなら自分たちは手術に参加することはできないと、大門さんに伝えていました。選挙の日に手術の日を重ねたのは、大門さんに失敗させる、と患者のことを全く考えない蛭間部長の策略でした。

一人では無理だと諦めかけていた大門さんに、麻酔科医の城之内博美(内田有紀さん)は、私もいると言っていて、そのような二人に神原さんは、その手術をするというのなら名医紹介所をクビにすると言っていたのですが、二人は「辞表」を残して、第1オペ室で九留美ちゃんの手術を始める準備をしていました。

九留美ちゃんの母親の光代(奥貫薫さん)は、大門さんから手術の説明を受け、同意書を渡されて、同意するということは手術で九留美が死んでも納得しますということですよねと不安そうに言い、もし失敗したら、と手術をためらっていたのですが、隣にいた九留美ちゃんは、大丈夫、このお姉ちゃん先生は絶対に失敗しないんだって、と母親に話して、手術を受ける決意をしていました。

第1オペ室に九留美ちゃんが運ばれている時、教授選の投票会も始められようとしていました。候補者の教授たちに代わって、准教授の亀山久(猪野学さん)、助教授の鶴田匠(野間口徹さん)、研修医の鮎川司(満島真之介さん)たちが駆けつけていたのですが、手術を手伝いたいという気持ちはあるものの、大門さんの指示をきちんと実行できるというほどの技術はなかったようでした。

前日、鷹野教授は居酒屋にいた海老名教授に蛭間部長を好きか嫌いかと尋ねていました。初めて呼ばれた数寄屋橋本店で蛭間から、候補者を一本化したいから選挙を辞退して近藤先生に票を入れてほしいと頼まれていた海老名教授は、蛭間部長のことを嫌いだと答え、それを聞いた鷹野教授は、蛭間部長をつぶそう、大門さんに協力しようと持ちかけていました。

投票会で近藤先生が演説をしている時、鷹野教授と海老名教授はいつ抜けようか話していたのですが、演説が終わって鷹野教授からそのことを聞いた近藤先生は、一人席を離れ、教授選を辞退します、投票も棄権します、と言って、すぐに大門さんのいる手術室へ向かっていました。

その後、演説を終えた鷹野教授も部屋を出て行き、馬淵部長は笑っていたのですが、蛭間部長は恥をかかされたと怒っていました。迷っていた海老名教授は、部屋を出るタイミングを逃し、蛭間部長には残ったことだけを少し評価されていたのですが、大門さんのいる手術室へ向かった頃には、手術はほとんど終わっていました。

漁師になるのが夢だと話していた九留美ちゃんのために膵臓の全摘出は絶対にあり得ないと言っていた大門さんは、突然見学室に現れた「ドクターX」の師匠の神原さんの指示を受けながら、門脈の再建手術を近藤先生や鷹野教授と行い、無事に縫合して、手術を終えていました。

よく頑張ったと九留美ちゃんに声をかけた大門さんは、お疲れさまでしたと言うみんなに、ありがとうとお礼を言って、手術室を後にしていました。

蛭間部長に請求書とメロンを持っていった神原さんは、契約金5千万円と年俸の前払いの5千万円の合わせて1億円を一括で振り込むと言われて、大門さんを第二外科の専属の医師にすることに決めたようでした。大門さんは、晶さんは私を売ったのかと少し寂しそうにしていて、近藤先生に名医紹介所を辞めたらと言われたことを思い出し、名医紹介所も組織だったのだと改めて思っていました。

神原さんは、これも人生よ、と言って、23日の記者会見に出席するよう話していたのですが、当日、マスコミの人たちに囲まれていた蛭間部長のところに、「いたしません」のメールが届き、慌てた蛭間部長は、執刀医は誰ですかと聞かれて、海老名教授だと答えてしまいました。

烏丸事務長はさすがに無理があると顔をひきつらせていたのですが、そばに立っていた海老名教授は、困惑しつつも前に出て、初めて会った九留美ちゃんを抱えて写真に写ろうとして、九留美ちゃんに、この人誰?と怯えられていました。

奇妙な記者会見を見ていた鷹野教授は、俺ここ辞めるわ、とさっぱりと出て行き、その後、蛭間部長の部屋に来ていた毒島元院長のことを「ぶーちゃん」と呼んでいた馬淵部長も、パリの永住権が取れたからと言っていて、帝都医科大学付属病院を辞める様子でした。

蛭間部長は、東帝大学の蜂谷学院長から手紙を受け取っていて、来ちゃったかとつぶやいていた毒島さんが帰った後、楽しそうに開けていたのですが、その手紙は、理事会が満場一致で決めたという蛭間外科統括部長への解雇通知でした。

第二外科を辞めた大門さんは、近藤先生と競馬場に来ていたのですが、また全財産をすったようでした。野心家の近藤先生は、これからも組織に残り、組織を利用するのだと自身の夢を話して、競馬場の大門さんと別れていました。

「一億円の一括振り込みを蹴った大門未知子」と神原さんにしつこく言われていた大門さんは、タイの研修生の電話を受けた神原さんの指示で、タイの大金持ちの人の息子の手術をするためにタイへ向かわされていたのですが、その息子さんとは、小さなハムスターでした。獣医でもある大門さんは、手術できますかと訊かれて、私、失敗しないので、とタイの言葉で断言していました。

脚本は寺田敏雄さん、演出は田村直己さんでした。

さすが「ドクターX」という感じでした。最後まで、面白かったです。

一体いつ神原さんが肩代わりをした大門さんの借金の返済が終わるのかということも謎なのですが、患者さんにとって最後のチャンスであるオペに勝ち続けることが自分の夢だと近藤先生に話していた大門さんは、これからも、フリーランスの外科医として世界各地で活躍し続けるのだろうなという感じがすっきりと出ていて、楽しかったです。

近藤先生が、神原さんのように、大門さんと牛丼を食べたり、卓球をして遊んだり、銭湯へ行って大声で話したりしていた場面も、何だか面白かったです。

銭湯から出てきたばかりのお客さんがハライチの澤部さんだったのですが、澤部さんは、神原さんのくしゃみを浴びてしまったので、もう一度お風呂に入り直すことにしていました。

銭湯の前で近藤先生は、自分が権力を握ることのできるたちばになったら、大門さんが利用できる組織を作りたいという夢を話していましたが、もしできたならそれもすごいことだなと思いました。近藤先生と看護師の橋本理沙(水沢エレナさん)とのことは、描かれていなかったのでよく分からないままです。

中園ミホさんの脚本で始まった「ドクターX」のドラマなのですが、今回の第2作目では第1話と第2話以降は、中園さん以外の方が脚本を担当していました。それでも、毎回面白いドラマになっていたのは、登場人物たちの個性の完成度が高かったからなのだろうなと思います。遠藤憲一さんの海老名教授の、良い人なのだけれど名声を気にする気の小さい人でもあって、下克上をしたいと思うこともあるけれど何かもう少し勇気の出ないという感じの人物も面白かったです。このような中間の立場の人はたくさんいるのだろうなと思いました。第1作の時の登場人物が時々登場していたのも楽しかったですし、第2作も最後まで面白く見ることができて良かったです。

特集ドラマ「かつお」

NHKの総合テレビで放送されていたNHK仙台放送局制作の特集ドラマ「かつお」を見ました。仙台発地域ドラマです。

不思議なタイトルだなと思いつつ見てみることにしたドラマだったのですが、ドラマによると、「かつお」というのは、このドラマの登場人物の、じっとしているのが苦手でよく動き回っていることから付けられた山村武雄(大友康平さん)のあだ名でした。ドラマのロゴには「☆」が付いていたような気がします。

2011年の3月11日に大津波の被害にあった三陸の漁師町を舞台にしたドラマで、主な登場人物は、震災の時から行方不明となっている妻の幸江(鈴木京香さん)の代わりに家族を守るため、危険を伴う漁師の仕事を辞めて建設現場などの陸の仕事を頑張っている山村武雄(大友康平さん)、武雄さんの中学生の長男で、埼玉に転校する同級生の代わりに町のお祭りをまとめることになった裕樹(嶺岸佑樹さん)、裕樹さんの妹で小学校低学年の蘭子(吉田うたさん)、両親と兄弟を失い親戚の家でいとこと暮らしている裕樹さんの友人の藤森翔太(石井周さん)、武雄さんの後輩の漁師の島田浩二(遠藤章造さん)、震災前には歌の上手さが評判だった町の長老のような元漁師の前島吾郎(梅沢富美男さん)、NPO団体の職員として九州から武雄さんの町にやって来た竹原栞里(芦名星さん)でした。ドラマの始めのほうには、サンドウィッチマンの伊達さんと富澤さんが引ったくりの犯人を追う巡査として登場していました。

ドラマのタイトルは「かつお」ですし、子供たちには隠して一人で行方不明の妻を捜す武雄さんが主人公だったのかもしれないのですが、「心の声」があったのは裕樹さんでしたし、どちらかというと裕樹さんが主人公のドラマだったような気がします。

震災以降、仮設住宅で母親の代わりに料理を作りながら家族3人で比較的穏やかに暮らしていた裕樹さんは、ある日突然自分たちの生活に関わるようになってきたNPOの職員の栞里さんのことを、少し疎ましく思い、さらに栞里さんと父親が車の中で会っているのを見て、母親のことを忘れたのかと怒っていたのですが、栞里さんが実は妹と同じくらいの年齢だった娘を仕事に出ている間の火災の事故で亡くしていたことやその話を武雄さんに聞いてもらっていたことを知って、娘の憧れていた看護婦の栞里さんに戻るようにと栞里さんを励ましていました。

吾郎さんに歌ってもらうことを説得すように頼まれていた裕樹さんは、震災で何も失わなかったという自分の境遇に負い目を感じ、震災以降は歌を歌うことをやめている吾郎さんに、吾郎さんの歌で元気を出すことができるという町の人たちがいるのだということを証明して、納得してもらっていました。

武雄さんは、津波の来た日、妻の幸江さんに蘭子ちゃんを車で迎えに行くようにと頼んだそうで、その途中、幸江さんは津波に飲み込まれてしまったらしいということでした。そのため、武雄さんは、幼稚園を信用してそのような指示を妻に出したりしなければ妻は無事だったかもしれないと、毎日悔やんでいました。

そのようなある日、武雄さんは裕樹さんと一緒に母親の車が海の底から引き上げられたのを確認し、呆然としていたのですが、車のダッシュボードに入っていたというビニール袋の中からは幸江さんの手帳が出てきて、そこには、武雄さんと裕樹と蘭子には生きていてほしい、助けに行くことができなくてごめんね、みんなの家族で幸せでした、というような内容のことが記されていたので、武雄さんと裕樹さんはその瞬間の幸江さんのことを思って泣いていました。

幸江さんが願っていたように前を向いて歩いていくことにした裕樹さんは、自分の将来のことはまだ分からないとしながらも、父親には、もしも何かあったら妹のことは自分が守るから、母親が好きだった漁師の父親に戻ってほしいと伝えていました。

栞里さんは、助けに来たはずなのに反対に自分がこの町の人たちに助けられた、という手紙を裕樹さんに残して帰っていました。裕樹さんに言われたように、栞里さんはNPOの職員を辞めて看護師の仕事に戻るようでした。

最後は、お祭りの場面でした。漁師の大漁の旗が一斉に上がると、その下で吾郎さんと武雄さんが、「大漁唄い込み」という歌を歌っていました。裕樹さんは浜のお祭りでは焼きそばを作っていたのですが、その後、津波の被害にあった海辺の町を見ながら、辛い気持ちを背負って生きていくこの町の人たちが集まることのできるようなレストランをいつか作りたいと、未来のことを考えていました。

作(脚本)は、さわだみきおさん、演出は、中寺圭木さんでした。

少し重い内容ではあったのですが、それでも、何となくなのですが、NHKの「中学生日記」のような雰囲気もあって、全体的にはさわやかな印象のドラマでした。

津波で家族を亡くした人たちのことだけではなく、何も失くさなかったことを負い目に感じて、どうして死ぬのが自分ではなかったのだろうと悩んで、周囲の人たちに気を使いながら生きているような人のことが描かれていたのも、津波の被害のあった地域から離れた場所にいる私としては、良かったです。

辛い立場にいる人の気持ちは、同じような境遇の人でなければ本当には分からないということもあるとは思うのですが、本当に分かるということが難しかったとしても、例えばドラマや映画や小説などの物語やドキュメンタリーなどで伝えられているものからでも、描かれている人物の感情を少しは理解することができるように思いますし、このような作品が作られ、放送されていくことはやはり良いことなのだろうなと思いました。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム