「いとの森の家」

NHKのBSプレミアムで放送され、録画をしておいた、NHK福岡放送局制作の福岡発地域ドラマ「いとの森の家」を見ました。

福岡県の糸島市を舞台にしたドラマでした。東京で暮らしている主婦の加奈子(永作博美さん)は、小学校4年生の時に東京から糸島の分校に転校した時の一年間親友だった咲子(渡辺真起子さん)に呼ばれ、同窓会に参加するため、35年ぶりに糸島を訪れることとなりました。咲子さんは、子供の頃の夢を叶えて、地元でカフェを開いていました。

そして、物語は、夫とケンカ中で家を出るように糸島に来た加奈子さんと、実は癌を患っていた咲子さんが、35年前の、森の奥で一人暮らしをしていた“おハルさん”(樹木希林さん)という不思議なおばあさんと出会った小学生の頃の思い出を辿る中で、死刑囚の慰問を続け、毎日を大切に生きていたおハルさんの生き方と向き合い、今の自分の人生にも幸せを見出すことができるようになっていく、という話でした。

原作は、私は未読なのですが、東直子さんの小説『いとの森の家』です。脚本は坂口理子さん、演出は木寺一孝さんでした。

ドラマは「前編」と「後編」として二日連続で放送されていたのですが、小学生時代の楽しい思い出が描かれていた「前編」(前半)よりも「後編」(後半)の物語のほうがシリアスでした。

おハルさんの家で遊んでいた小学生の加奈子さん(濱田ここねさん)たちは、おハルさんが死刑囚の慰問を続けていることを知ってから、おハルさんの行動に否定的な町の大人たちの考えもあって、おハルさんとは何となく疎遠になっていました。加奈子さんは、おハルさんのことが気になっていたのですが、東京へ戻ってから、その後のおハルさんのことは分からないままになっていました。咲子さんたちは、突然森の家からいなくなったおハルさんについて、おハルさんは自殺をしたと思っていたようでした。

そのため、誰もおハルさんの森の家には近づいていなかったようだったのですが、加奈子さんは、死刑囚の慰問を行っていたおハルさんに取材を申し込んだことのある記者の話から消息を探り、晩年のおハルさんが入所していたというホスピスにたどり着くのでした。加奈子さんは、ホスピスの院長(品川徹さん)から、日系移民としてアメリカで暮らしていたおハルさんが太平洋戦争中にはアメリカの収容所に入れられていたことを聞くのですが、院長によると、少女時代のおハルさんは、日系二世の息子をアメリカ兵として送り出していた日本人の夫婦を追い詰める大人たちに協力し、その結果その夫婦が収容所の片隅で自殺をしてしまったという出来事について、深く後悔していたようでした。首を吊った夫婦の姿を忘れることができず、逃げるように日本へ戻ってきたというおハルさんは、それから生と死のことをいつも考えて過ごすようになったようでした。

加奈ちゃんには残酷なことが起きませんように、幸せな人生でありますように、とおハルさんが森の家で祈ってくれたことを、加奈子さんは思い出していました。

それから、おハルさんの遺品の手紙の束の中から、小学生の頃の加奈子さんが書いた糸島の思い出を綴った作文を見つけた加奈子さんと咲子さんは、おハルさんに教えてもらった“シナモンの木の命”のことや、楽しい明日が来ることを素直に待ち遠しく思っていた頃のことを思い出していました。

何でもないことが大切、これまでのことが全部良かったことだと思えることが本当の幸せということかもしれない、と森の家のおハルさんの幻影が現代の加奈子さんに語りかけている場面も、良かったです。加奈子さんは、自分が幸せだということに気付いていたようでした。

カフェを辞めようかと考えていた咲子さんは、もう少しお店を続けることにしていました。思い出のシナモンをエプロンのポケットに入れてお守り代わりにしていました。加奈子さんも東京へ戻り、「ただいま!」と元気にマンションの部屋のドアを開けていました。

自然溢れる糸島の風景が穏やかでした。前半は、糸島の紹介も兼ねていたのだろうと思うのですが(土器や黒曜石が出土するそうです)、後半は、普遍的な物語になっていました。アメリカでの日系移民の戦争のことも、当時の実際の写真と共に盛り込まれていて、多面的な展開になっていて、良かったように思います。

この「いとの森の家」のドラマに戦争のことが盛り込まれていたのは、原作通りということもあるのかもしれないのですが、今年が「戦後70年」の年だったこともあるのかもしれません。数日後に始まる来年は「戦後71年」の年でもありますが、「安全保障関連法案」というものが成立し、それによって武器の輸出入をすることや武器を携えた自衛隊が海外の戦地へ派遣されるかもしれないことが決まってしまった今年は、もしかしたら、ある意味では「“戦後”の終わり」の年だったのかもしれないなと思います。

ともかく、このドラマの樹木希林さんの演じるおハルさんが、とても良かったのです。小学生たちには、何というか、おハルさんは不思議な魔女のおばあさん(当然のことながら、良い意味です)のようにも見えたのだろうなと思いました。森の中のすてきな家で一人で暮らしている、子供と猫を大切にするおハルさんを、町の大人たちがもっと受け入れることができたなら、おハルさんの暮らしはもっと幸せなものになったのかもしれないなとも思いました。私にはすごく面白いドラマだったというのとは少し異なるかもしれないのですが、それでも、良いドラマだったように思います。

ドラマスペシャル「赤めだか」

TBSの年末ドラマ特別企画「赤めだか」を見ました。夜の9時から11時半頃まで放送されていたスペシャルドラマです。

原作は、私は未読なのですが、落語家の立川談春さんのエッセイ『赤めだか』です。

高校生だった17歳の佐々木信行(二宮和也さん)は、中学生の時に行った芸能鑑賞会で落語家・立川談志(ビートたけしさん)に出会い、漫才ブームが起きていた1984年の春、両親(寺島進さん、岸本加世子さん)の反対を押し切る形で立川談志に弟子入りするために東京へ出て行き、立川流の門を叩くのですが、立川流では弟子にアルバイトを禁止していたため、生活をするためには両親の援助が必要でした。両親を説得することができなかった信行さんは、両親は突然不慮の事故で死んだと咄嗟に嘘を付き、その心意気が評価されたのか、新聞配達のアルバイトをする許可が下りました。

そして、信行さんは、チラシの裏に談志が書いた「立川談春」という名前を与えられて、念願の立川談志の弟子となり、兄弟子の立川談々 (北村有起哉さん)や立川関西 (宮川大輔さん)、立川ダンボール (新井浩文さん)たちと共に、談志師匠の家の家事や雑用をこなす毎日を送っていました。

庭のツツジの花を過って殺虫剤で枯らしてしまって談志師匠に怒られていたダンボール兄さんは、父親が病に倒れたことをきっかけに弟子を辞めることになりました。ある日庭を見ていた談志師匠から1万円で高級な金魚を買ってくるよう言われた談春さんは、再会したダンボール兄さんと焼肉を食べてしまい、残りのお金で一匹百円の赤めだかを十数匹買うと、それを高級な金魚だと言って談志師匠の庭の水の張った鉢に放していました。

兄弟子の志の輔(香川照之さん)から、雑用をしたくないなら「二ツ目」を目指せと教えられた談春は、両親から4年という条件で援助してもらうことができるようになると、アルバイトを辞めて、古典落語を憶える努力を始めました。稽古をつけてくれるようになった談志師匠から褒められるようにもなるのですが、風邪を引いたある日、くしゃみが止まらないことを理由に師匠の稽古を断ると、それ以来一切稽古をつけてもらえなくなり、ある時から一年間築地の魚河岸で働くよう言いつけられてしまうのでした。

破門になりたくなかった談春さんは、談志師匠の言いつけに従って築地の魚河岸でシュウマイを売ることになるのですが、やる気がないために失敗ばかりしていました。志の輔さんから、魚河岸で働くのを断ってそのまま残ることができた新弟子がいると聞いた談春さんは、放送作家の高田文夫(ラサール石井さん)の紹介で入門したというその弟弟子の志らく (濱田岳さん)に文句を言いに行こうとするのですが、談志さんに稽古をつけてもらっていた志らくの落語の上手さに動揺するのでした。談志師匠は、隠れている談春に聞こえるような声で、現実が正解だ、と現実を分析した上で行動を起こすことの大切さを説き、心を入れ替えた談春は、店主(柳家喬太郎さん)がリズミカルにお金を数えているのを見て、人の多い築地で働くということが落語家になるための修行になっているということに気付いていきました。

仕事を辞める際に魚河岸の女将さん(坂井真紀さん)から渡されたお金は、お給料として渡してしまうと全部使ってしまうかもしれないということで、談志師匠に言われて少し差し引いて貯めておかれていたものでした。談志師匠の優しさを改めて知った談春さんは、弟弟子の志らくへの嫉妬心を捨てることができるようになり、談志師匠の弟子として、以前よりもいろいろよく気が付くようになっていました。

祖母(正司歌江さん)のために落語家の修行に励んでいた弟弟子の志らくと二人で、「勉強会」を開く許可を談志師匠にもらった談春は、立川流の落語を聞きに集まっていたたくさんのお客さんたちの拍手に喜ぶのですが、その後志らくが「文七元結」の稽古をしているのを見て、お寿司屋の大将(さだまさしさん)に頼まれてお客さんの前で落語を披露することになった時、そこで「文七元結」を披露し、それが落語界の常識では前座に許されていない難しい噺だったために、宿敵の文芸評論家の林修一(リリー・フランキーさん)から批判されたりもするのですが、談志師匠はむしろ談春が難しい噺を憶えたことを褒めていました。そうして談春は、兄弟子の談々と関西、弟弟子の志らくと4人で、談志師匠が突然提示してくれた、「二ツ目」になるための昇進試験を受けることになるのでした。

昇進試験には、五十席の古典落語の他に、太鼓の演奏や都々逸や長唄まで入っていました。提出するメモに急いで書いた「寿限無」の披露に失敗した談春さんは、試験に落ちたと思っていたのですが、談志師匠は4人に合格点を与えました。4人は一緒に「二ツ目」となることができたのでした。誰かの連帯保証人になって借金取りに追われていた談々さんは借金を少しずつ返すことができるようになり、関西さんは落語をバカにしていたテレビ局のディレクターの同級生からの手のひら返しの取材の依頼を堂々と断り、志らくは談志師匠の稲庭うどんを祖母に送り、実家に帰った談春さんは、家を出る直前にも食べていたカレーを母親に頼んで作ってもらっていました。

1988年の3月、談々と関西と談春と志らくは、家族や友人やたくさんのお客さんたちの前で二ツ目昇進の挨拶をして、舞台の上で一人ずつ落語を披露していきました。談志師匠も落語を披露し、お客さんたちを笑わせていました。

それから精進して、談志師匠の言う通りに売れた談春は、2015年の12月、落語の会場の客席で談志師匠が笑っていたのを一瞬見ていました。

脚本は八津弘幸さん、演出はタカハタ秀太さんでした。

落語のことをほとんど知らない私は、「ルーズヴェルト・ゲーム」でイツワ電器の坂東社長を演じたり、「下町ロケット」で佃製作所の殿村経理部長を演じたりしている立川談春さんのことしか知らなかったのですが、そのような私にも、このスペシャルドラマを最後まで楽しく見ることができました。演技の中には、「アドリブ」もたくさん入っていたのかもしれないと思うのですが、そのようなオリジナリティも、きっと“立川流”なのだろうなと思いました。

立川談志さんをビートたけしさんが演じるというのも、ドラマを見る前の私には少し意外に思えていたのですが、雰囲気があって良かったです。談志さんは、優しくて合理的な方で、時々弟子たちに無理なことを要求しながらも、弟子たち一人一人のことをちゃんと見ていた方だったのかもしれないなと思いました。

その他の登場人物も、年末の特別企画のドラマに相応しく?“豪華キャスト”でした。談春さんが来る前にいたという兄弟子の立川談かん(柄本時生さん)は、ビートたけしの弟子になると言って談志師匠からたけしさんへのウイスキーの瓶を渡されていたのですが、その本当のダンカンさんは、配達員の人の役で少しだけ登場していました。落語家の春風亭昇太さん、春風亭小朝さん、三遊亭円楽さん、歌舞伎役者の中村勘九郎さんも出演していました。

ナレーションは、談春さんがファンだったらしい、薬師丸ひろ子さんでした。ドラマの本編の直前と最後に少し登場していたナビゲーターの笑福亭鶴瓶さんは、立川談志さんに褒められた思い出を語っていたようだったのですが、本当に少しだけだったので、中途半端のようにも思えてしまいました。もう少し長く聞くことができたほうが良かったのではないかなとも思えました。

いつまでも高級な金魚になることはない「赤めだか」は、談志師匠の弟子である談春さんの謙虚さであり、誇りでもあるのだろうなと思います。私は原作を未読なのですが、何というか、落語に対する愛と、落語家・立川談志への敬意に溢れた作品なのだろうなと思いました。

また、単純に、落語家さんはすごいなと思いました。たくさんの噺を憶えてお客さんたちの前で面白く披露するというのは、大変なことなのだろうと思います。一人芝居なのだと思いました。

このドラマの放送の前に直前番組として放送されていたメイキング映像では、二宮和也さんや北村有起哉さん、宮川大輔さん、濱田岳さんは本当にたくさんのお客さんたち(600人ほどいたようです)の前で落語を披露していたようなのですが、ドラマ本編では、その部分は少ししか放送されていませんでした。談志師匠役のビートたけしさんも、たけしさん風に落語を披露していたようですし、笑っていたたくさんのお客さんたちは本当に楽しかったのだろうなと思いました。

落語の稽古をつけた談志師匠が「俺のリズムとメロディ」を憶えるようにと談春さんに言っていたのですが、落語が「リズムとメロディ」だと聞いて、なるほどなと思いました。そのためか、ドラマの劇中の音楽も、リズミカルでメロディラインのきれいな曲が多く選曲されていて、テンポの良い展開に合っているように思えて、良かったです。

まさに落語家を目指す若者たちの「青春グラフィティ」でした。ほぼ実話というところも、すごいなと思いました。2時間半ほどのドラマだったのですが、あっという間でした。面白かったです。

「ビューティフル・スロー・ライフ」

NHKで昨夜に放送されていたドラマ「ビューティフル・スロー・ライフ」を見ました。約50分のドラマです。

主な登場人物は、舞台の美術スタッフの彼(北村一輝さん)と舞台女優の彼女(常盤貴子さん)、“ストーリーテラー”のオーケストラの指揮者(小日向文世さん)でした。(小日向さんの演じる指揮者の髪型が、何となく指揮者の小澤征爾さんの髪型に似ていたように思えました。)

放送時間に見ることができたわけではなく、録画をしておいたものを後で見たのですが、私には、いまいち何と言って良いか分からない感じのドラマでもありました。

物語は、第一楽章「ステイション」、第二楽章「チャンス」、第三楽章「ランチボックス」、第四楽章「私を離さないで」に分かれていました。彼が気になっていた彼女に電話番号を渡すところから、二人が付き合うようになって、結婚をして、子供が三人生まれて、庭付きの大きな家を買って、という出来事が描かれ、彼女が舞台の練習中に急に病気で倒れて、車椅子生活を送るようになり、ある日夫を残して亡くなってしまう、というような話だったように思います。

脚本と演出は、源孝志さんでした。音楽は中島ノブユキさんでした。本当の?指揮は梅田俊明さんで、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団という作品でした。

ドラマのタイトルの「ビューティフル・スロー・ライフ」は、常盤貴子さんの出演していたTBSのドラマ「ビューティフルライフ」に因んだものだったのかなとも思えたのですが、「彼」と「彼女」の思い出に残る“人生の一場面”がスローモーションで表現されていました。ミュージシャンの曲のプロモーションビデオで使われているような、ハイスピードカメラで撮影された、写真のようなスローモーションの映像です。

映像に合わせて流れていた音楽は良かったように思います。

「すべてのささやかな美しい人生に祝福あれ」という言葉が、ドラマの最後の黒い画面に書かれていました。

「ささやかな人生」と聞くと、私は中島みゆきさんの「瞬きもせず」という曲を思い出すのですが、このドラマで描かれていた彼と彼女の人生は、明らかに健全で幸せな人生に思え、「瞬きもせず」の歌詞にあるような「ささやかな人生」とは少し異なるもののように思えました。だから何かというわけではないのですが、このドラマを見てよく理解することができて十分に幸せな気持ちになることができた方は、すでに「ささやかな美しい人生」の最中にいる方なのかもしれないなと思いました。

ところで、ドラマの中に登場していたカズオイシグロさんの小説『わたしを離さないで』は、来年の1月からTBSの連続ドラマになるそうです。臓器移植のために存在させられるクローンの子供たち(「救世主兄弟」?)の物語だったというような印象があるのですが、そのドラマも見てみようかなと思います。

「ワンス・アポン・ア・タイム3」第11回

NHKのBSプレミアムの海外ドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム3」の第11回を見ました。

呪いの呪文の巻物を奪ったヘンリー(ジャレッド・ギルモアさん)の身体のピーター・パンは、ストーリーブルックに呪いをかけて第二のネバーランドとするため、忠実な部下のフェリックスと森の奥の井戸へ向かい、必要な魔法を井戸の底へ落としていたのですが、最後に「本当に愛するもの」の心臓が必要だと、最後までピーターを信じていた「親友」のフェリックスの心臓を抜き取ると、赤い心臓を握り潰し、砂に変えて井戸に落として、呪いを完成させていました。

その頃、ルンペルシュティルツキンのゴールド(ロバート・カーライルさん)は、呪いを解く方法があると、エマ・スワン(ジェニファー・モリソンさん)たちに話していたのですが、その方法は、最初に呪いをかけたレジーナ(ラナ・パリーヤさん)が呪いの巻物を破るというものでした。

そのためにも、巻物を持っているピーターとヘンリーの魂を元に戻す必要がありました。戻すためには、「ブラックフェアリーの杖」が必要ということで、チャーミング王子のデヴィッド・ノーラン(ジョシュ・ダラスさん)とフック船長(コリン・オドナヒューさん)とベルファイアのニール(マイケル・レイモンド・ジェームズさん)とティンカー・ベル(ローズ・マクアイヴァーさん)は、杖を持っているブルーフェアリーの修道院長のところへ急ぎました。

ピーター・パンの影に影を抜き取られて倒れた修道院長は、教会の祭壇の前に置かれていた棺の中で眠っていました。ティンカーベルたちはシスターたちに事情を説明してブラックフェアリーの杖をもらおうとしていたのですが、その時、ピーター・パンの影が教会の中へ入ってきて、4人を襲い始めました。

ティンカー・ベルは妖精としての自信を失いかけていたのですが、デヴィッドに言われて自分を信じてみることにしました。するとピクシーの粉が緑色に光り、ティンカー・ベルの身体が浮き上がりました。ティンカー・ベルは、ココナッツの実に魔法で火をつけ、ピーターの影を閉じ込めることに成功しました。そしてココナッツの実を燃やして影を滅ぼしました。

修道院長にも影が戻ったようでした。ティンカー・ベルが自分を信じることができたことを喜んだ修道院長は、厳しくし過ぎたとティンカー・ベルに謝ると、あなたは羽を持つのにふさわしいと褒めていました。そして持っていたブラックフェアリーの杖を4人に渡しました。

ゴールドさんのお店では、ピーター・パン(ロビー・ケイさん)の身体のヘンリーが、グレッグとタマラの置いていった魔法を封印する腕輪を着けて眠りにつくことになりました。ゴールドさんは、ブラックフェアリーの杖の魔法でヘンリーの魂をピーターの身体から引き離すことに成功し、エマたちは、ヘンリーがいるという時計台へ向かい、自分の魂を取り戻したヘンリーと再会したのでした。

目を覚ましたピーター・パンは、息子のルンペルシュティルツキンに魔法を封印する腕輪を着けられていることに気づくのですが、それはピーターが作ったものだったので、ピーターには効きませんでした。ピーターは、腕輪をルンペルシュティルツキンの腕に移してその魔法を封印すると、自分の人生の自由を奪う邪魔な存在だった息子を蹴り飛ばし、魔法がなければお前はただの腰抜けに戻るのだと言い残して出ていきました。

ヘンリーが持っていた巻物を手にしたレジーナは、自分のするべきことが見えたとみんなに話していたのですが、その時、ピーター・パンが現れました。ピーターは、レジーナから再び巻物を奪い、レジーナやエマたちの動きを魔法で止め、一人ずつ殺そうとしていました。しかし、そこへゴールドさんがやってきて、ピーターがベルファイアを殺そうとしていたのを止めました。ゴールドさんは、魔法を封印されたままだったのですが、自分には果たすべき仕事がある、喜んで代償を払おうと言い、息子のベルファイアに愛していることを伝えて、ベル(エミリー・デ・レイヴィンさん)にも感謝の気持ちを伝えると、ネバーランドで切り離しておいた自分の影を呼んで闇の王の短剣を取り戻し、お前を殺すには結局二人で死ぬしかないのだと、両腕に抱き止めた父親の背中から短剣を一気に突き刺したのでした。ピーター・パンはマルコムの姿に戻り、マルコムは、やり直そう、と息子に言ったのですが、ゴールドさんは、悪役にハッピーエンドは来ないと言って、父親と共に消えていきました。落ち葉の舞う地面には呪文の巻物だけが残り、ベルはルンペルシュティルツキンを思って泣いていました。

その間にも、完成した呪いは井戸から溢れ出して町に近づいていました。レジーナは、呪いの代償を払うのは自分だと打ち明け、最も愛するものと別れなければいけないのだとヘンリーに伝えました。レジーナは、ストーリーブルックはそもそも呪いで作られた町だから呪いが消えれば町も住民も消えて元の魔法の森に還るのだと説明し、現代の世界に一人残されるヘンリーをエマに託していました。「救世主」のエマは、呪いを免れることができるということでした。

エマの母親でもある白雪姫のメアリーは、ハッピーエンドは予想できる形とは限らないとエマとヘンリーがすぐに町を出るよう説得し、ヘンリーの幸せだけを望むことができるようになったレジーナも、町を出て行くよう話していました。

エマとヘンリーは、黄色の車で境界線の外へ出て行くことにしました。ヘンリーは、養母のレジーナの愛情を疑い続けていた過去を反省し、悪役にハッピーエンドはないと言うレジーナに、悪役じゃない、僕のママだと伝えていました。ニールやフック船長と別れの挨拶をしたエマに、レジーナは、ストリーブルックの町が消えれば今までのことはあなたの記憶の中からも消える、お話の世界へ戻るのだと話し、でも、その代わりに幸せな記憶を与えると約束していました。それは、エマとヘンリーがずっと母子としてずっと一緒に暮らしていたという記憶でした。

そして、母親とも別れの挨拶を終えたエマは、ヘンリーと車に乗り、境界線の外へ出て行きました。その直後、ストーリーブルックの町は隅々まで呪いの紫色の霧に包まれ、かつてメアリーがヘンリーに渡していた「おとぎ話」の絵本まで、全てが跡形もなく消えていったのでした。エマの記憶は書き換えられ、11年前のエマは、生んだばかりのヘンリーを手放すのをやめていました。

一年後、エマとヘンリーは、都会のマンションの一室で普通の親子のように朝を迎えていました。エマはヘンリーと朝食を食べようとしていたのですが、その時玄関のチャイムが鳴りました。こんな時間に誰だろうと不思議に思いながらもエマが玄関のドアを開けると、そこにはフック船長が立っていました。驚いているエマに、フック船長は、君の家族が危ないと伝えていたのですが、変質者だと思われて追い返されてしまいました。

脚本はエドワード・キッツィスさんとアダム・ホロウィッツさん、演出はラルフ・ヘメッカーさんでした。

ルンペルシュティルツキンがピーター・パンの悪事から家族を守るために死んでしまうという展開には驚きました。私はルンペルシュティルツキンのゴールドさんのキャラクターを好きだったので、これから登場しなくなってしまうのだとするのなら、少し寂しく思います。あるいは、死んだというところがはっきりと描かれていたわけではなかったので、どこかの世界で生きているのかもしれません。

ストーリーブルックの町が消えて絵本の中の登場人物たちがその「物語」の中の魔法の森に戻り、エマとヘンリーも記憶を失くすという展開も、意外に思えました。

でも、とても面白いです。今回はまだ「シーズン3」の第11話なのですが、「一年後」の物語が始まるまでは、何か最終回のような雰囲気でもありました。(“前編”の最終回ということだったのかもしれません。)

エマに怪しまれたフック船長の服装はフック船長のままだったのですが、また一人だけ魔法の森の世界を抜け出すことができたのでしょうか。来年の放送になる次回の物語も、楽しみにしていようと思います。

「大地の子」(全11話)の再放送を見たこと

NHKの「放送70周年記念」として作られた1995年の日中共同制作の連続ドラマ「大地の子」の全11話が先日の土曜日までBSプレミアムで再放送されていて、私も録画をしながら見ていました。

原作は山崎豊子さんの小説『大地の子』で、脚本は岡崎栄さんという作品です。

昔に一度見たことがあるのですが、今回の再放送で第1話から第11話(最終回)までを見て、改めて良いドラマだと思いました。

ドラマの本編が始まる直前には「悲惨な戦争を生き抜いた人々の苦しみと、戦火の中でも消えなかった大地の人々の恩愛を長く心に刻み、日中友好の証として捧げます 山崎豊子」という山崎豊子さんの筆跡の言葉が毎回掲げられていて、それもとても良いことのように思えました。

「大地の子」のドラマは長い物語(長く思える物語)なのですが、簡単に言うと、日本が中国大陸に作った満州の土地に暮らし、日本の敗戦とソ連軍の侵攻によって祖父や母親と死に別れ、妹と生き別れて戦争孤児となった信濃(長野)の農村出身の少年・松本勝男(笠原秀幸さん)が、教師の陸徳志(朱旭さん)と王淑琴(呂中さん)夫妻の養子の陸一心(上川隆也さん)として、家族や友人、偶然知り合った人たちの優しさに支えられて立派に成長し、「小日本鬼子」と呼ばれていじめられたり中国共産党に度々スパイ容疑をかけられたりしながらも、学校を卒業して製鉄所の会社に就職し、「日中国交正常化」の後、製鉄所の設立に関わる日本の会社にいた、満州に残してきた家族をずっと探していた実の父親の松本耕次(仲代達矢さん)と再会する、という物語です。

製鉄所の高炉の火入れに成功した後、2泊3日の長江の川下りの船旅の中で父親の松本さんから日本へ戻って来ないかと切り出されて、日本と中国の間で苦しんでいた一心は、翌朝、松本さんと甲板に出て眺めた長江の風景に涙を流しながら、「私は大地の子です。この中国の大地が私の父なんです、母なんです」とはっきりと力強く答えるのでした。

最終回の最後は、かつて左遷されていた西蒙古の製鉄所へ、今度は自分の意志で行くことにした一心が、妻の江月梅と娘の燕々に見送られて列車に乗り、西蒙古の駅前で待っていた当時の仲間たちや工場で待っていた仲間たちに大歓迎されるという明るい場面で終わっていました。

戦争のドラマなので、過酷な場面も多いのですが、ドラマの中で何よりも良かったのは、朱旭さんの演じていた養父の陸徳志の優しさでした。当時の中国人にとっては敵だった日本人の孤児である一心を、本当の自分の子供として愛情を注いで育て、命を懸けて、全身全霊を懸けて守るという養父の陸徳志さんの存在感があったからこそ、このドラマは「名作」になったのではないかと思えるほどでした。

実際の戦争孤児の暮らしは、私が考えることのできないほど、ずっと過酷なものだったのだろうと思います。子供は特に、「軍国主義」というか「大日本帝国主義」だった当時の日本政府が始めた戦争の完全な犠牲者だと思います。実際にはドラマの主人公の松本勝男(陸一心)のように優しい養父母の元で育てられた戦争孤児の子供は少なくて、妹のあつ子さんのように虐げられていた子供のほうが多いのかもしれないとも思うのですが、やはり優しい養父母に育てられた子供もいたのかもしれないなとも思います。陸徳志さんのような方もいたのだろうと思いたいのです。

仲代達矢さんの演じていた松本さんも、日本に戻っていたので満州で敗戦を迎えることはなかったのですが、戦争で家族を失った日本人の一人でした。それでも、最終的に日本で一緒に暮らすことはできなかったとしても、元気に生きていた息子に再会することができたというだけでも、本当にすごいことなのだと思います。

先日、NHKの「ろーかる直送便」という枠で放送されて録画をしておいた、北海道から満州へ渡っていた集落の人たちが日本の敗戦が決定したことで「集団自決」をしたというドキュメンタリー番組(北海道 戦後70年「消えない記憶~満州“集団自決”の悲劇~」)を見たのですが、この「大地の子」のドラマでも、満州の地に残っていた関東軍は日本の市民を助けませんでした。助けたいと思った兵士の方も中にはいたようなのですが、軍の規律に従って、助けなかったようでした。関東軍の兵士の命が優先されて、市民の命は優先されなかったようでした。「仕方がない」という部分ももしかしたらあったのかもしれませんが、それでも、それは本当に残酷なことだと思います。

「経済発展」ということは、経済活動を中心とした社会では確かに重要なことなのかもしれないのですが、経済のために、お金のために、「戦争」(国家による大量殺人)につながるものを支持したり選んだりするようなことがあってはいけないのだと思います。例えば、今から70年以上前の「戦前」を生きていた人たちがその未来である「戦中」のことを知らなかったのだとしても、「戦後」を生きている今の自分たちにはその「戦中」がどれほど悲惨なものであるかを知ることができると思うのです。

「大地の子」は良いドラマなのですが、日中共同制作といっても、中国では一部でしか放送されていないのだそうです。中国でも放送されればいいのにと思うのですが、「共産党」や「文化大革命」などが登場する内容的にはまだ難しいのかもしれません(日本のほうで戦争のドラマが作られるとしても、今は日本軍の兵士が外国の市民を銃剣で突き刺すというような殺害場面は描かないかもしれません)。そして、この「大地の子」のようなドラマは、今では絶対に作ることのできそうにないドラマだなと思いました。作者の山崎豊子さんは、当時の胡耀邦総書記と面会をして、農村の戦争孤児の方への取材を積み重ねて小説を執筆したそうです。ごく普通のことなのですが、国同士、国民同士が「友好」であることは大切なことなのだと、改めて思いました。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム