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東京地裁が原発爆発事故時の東電旧経営陣3人を刑事責任無しとしたこと

フジテレビのドラマ「ルパンの娘」の第10話の放送のあった(バレーボールワールドカップの女子の日本代表と中国代表との試合の中継がありましたが、繰り下げにはなりませんでした)昨夜の報道番組では、2011年3月11日の福島第一原子力発電所の爆発事故(メルトダウン事故)を巡り、東京電力の勝俣恒久元会長たち旧経営陣の3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判に関して、東京地方裁判所(永渕健一裁判長)が無罪判決を言い渡したということが報じられていました。

東京地裁は、自分たちの決めた「争点」から、自然災害だから予測できないこともある、仮に津波対策を取っていたとしても原発の事故を防ぐことができたかどうか分からないという趣旨の判断をして、元経営陣の3人を「過失責任なし」の「無罪」にしたようなのですが、2011年の事故直後の当時には、爆発と炉心溶融の原因は「全電源喪失」にあったということが言われていました。予備の外部電源を海側から内陸側へ移動させるという対策を取っていたなら、津波が来ても「全電源喪失」は免れたのではないか、冷却装置を動かし続けることができたのではないかということが言われていました。その外部電源の内陸側への移設の問題を、どうして今回の裁判の「争点」に含めなかったのでしょうか。8年前の2011年の原発事故を報じるテレビの報道番組を見ていても、今、「全電源喪失」のことにはほぼ触れられていないのが少し不思議に思えます。

日本では、業務上過失の罪が問われる刑事裁判では、損害賠償責任を問う民事裁判と異なり、「事故などを具体的に予見できたか(想定できたか)」、「必要な措置を講じていたら事故を避けることができたのか」というようなことが立証できない限り刑事責任を問えないということが続いてきたそうなので、その「前例」に沿った東京地裁の判決なのかもしれませんが、東京電力本社に津波事故が起きる可能性を指摘した子会社の方は無念だったのではないかなと思いますし、大きな公害を引き起こした大企業(東京電力は半官半民の企業だそうです)の経営陣が「無罪」になる、何の刑事責任も問われないままになるというのは、日本の組織の無責任の体質を強化することになるだけのような気もします。四大公害事件の一つの水俣病の原因企業のチッソの元社長や元工場長は1988年に業務上過失致死傷罪で有罪になったそうなので、諦めずに裁判を続けていけば、もしかしたらいつかは、原因企業の経営陣や国に、その刑事責任が認められるようになるのかもしれません。

この東京地裁の判決は、原発が安全ではない危険なものだということを改めて示したものでもあるように思うのですが、そうであるのなら(昨日には福井県の関西電力高浜原子力発電所のトンネル工事現場で作業員の方が酸欠になるという事故があったということも報じられていましたが)、今後原発のある町が何かの事故や事件で放射性物質に汚染されたりすることがないように、政府と原発を持つ電力会社は、日本の全部の原発を廃炉にする方針に切り変えるようにしたほうがいいのではないかなと思います。自民党政府が東日本大震災後も国内で原発を使い続けたい本当の理由は何なのだろうと思います。

昨夜の是枝裕和監督とケン・ローチ監督、鳥井一平さんの特集

フジテレビのドラマ「TWO WEEKS」の最終回を見た後、NHKの「クローズアップ現代+」の「是枝裕和×ケン・ローチ “家族”と“社会”を語る」を見ました。映画監督である是枝裕和さんとケン・ローチさんの対談というのが気になって、何となくの気持ちで見始めたのですが、とても良かったです。

不安定な雇用によって労働者が力を失うこと、それによって“家族”が壊滅的な影響を受けることを指摘していたケン・ローチ監督によると、低賃金の長時間労働が増えているのは大企業間の激しい競争が原因で、経営者が少しでも安く労働者を使おうとした結果、労働者の立場が弱くなり、労働者が声を上げることが難しくなったということでした。

是枝監督も、是枝監督が尊敬していると話していた83歳のケン・ローチ監督も、映画で労働者や格差社会、その中の“家族”という共同体を描き、「国から助成金をもらっているのに国益に反する映画を作っている」とか「国の敵」だとか、批判されているということでした。社会的に弱い立場に置かれている人の物語を描いたり、社会的に弱い立場に置かれている人の立場に立ってものを考えると、どうして「保守系」から「反日」や「反イギリス」ということにされるのか、私にはよく分からないように思えていたのですが、現代社会の暗い部分や矛盾しているように思える部分を告発するような映画を作るお二人の対談(番組は30分ですが、本当はもっと長かったのかもしれません)を聞いていて、その理由が少しだけ分かったような気がしました。

是枝監督は、映画「万引き家族」を公開した時、「犯罪を擁護している」とか「彼らは自己責任だ」とかの批判を受けたということなのですが、それについてケン・ローチ監督は、社会を支配している者たちにとって自分たちの利益こそが国益だからだ、実際は人々の労働力を盗んで豊かになっているのに、と話していて、是枝監督は、政府がメディアを巻き込んで国民の目が実際に不正をして搾取をしている人たちは誰なのかというところに向かないようにしている、今の政府は非常に上手に自分たちに批判が向かないようにしていると思うということを話していました。

ケン・ローチ監督は、メディアにとって国益とは富裕層や権力者の利益を意味する、そのため何か問題があるとそれは移民のせいだとか労働者が怠け者だからだとか、様々な理由を示すのだと話していました。

12月に公開されるというケン・ローチ監督の映画「家族を想う時」の一部が番組の中で紹介されていたのですが、本社とフランチャイズ契約を結んでいる宅配ドライバーの夫が「個人事業主」とされながら過酷な制約の中で働かされ、妻はパートで介護の仕事をしているとか、その映像を見ながら、今のイギリスも日本と同じような社会状況なのだなと少し驚きました。

ケン・ローチ監督は、全ての人に尊厳があるという思いで映画を作っているそうです。「映画監督として心がけているのは、搾取や貧困を始めとする弱者が置かれた現実をどう伝えるかです。全ての人たちが尊厳ある人生を送るために、私は映画を通して社会の構造的な問題を明らかにし、解決に導くべきだと考えています。なぜなら、社会的に弱い立場にいる人たちは、不当に扱われていることを世の中に告発する術をもっていないからです。」、「私は映画を通してごく普通の人たちが持つ力を示すことに努めてきました。一方で、弱い立場にいる人を単なる被害者として描くことはしません。なぜなら、それこそ正に、特権階級が望むことだからです。彼らは貧しい人の物語が大好きで、チャリティーに寄付し、涙を流したがります。でも、最も嫌うのは、弱者が力を持つことです。」と話していました。

そして、「だからこそ、あなたが映画で示してきたことは、重要なのです。私たちには、人々に力を与える物語を伝えていく使命があると思います。もし、自分たちに力があると信じられれば、社会を変えるかもしれないのです。」と是枝監督を応援していました。


この「クローズアップ現代+」の後の「プロフェッショナル 仕事の流儀」では、外国人労働者を支援するNPO代表の鳥井一平さんの活動を取材していました。私は知らなかったのですが、4千人の外国人労働者を助けて来たという鳥井さんは、長年の実績が評価され、「人身売買と戦う男」として、2013年にアメリカ政府から日本人として初めて「ヒーロー賞」を贈られたのだそうです。

「外国人技能実習制度」を使う会社の7割に違反があるということは、そもそも制度自体に問題がある(大きな欠点がある)ということだと思うのですが、鳥井さんは、国会に参考人として参加しながら、労働者からパスポートを散る揚げることを禁止するとか、妊娠出産の際に病院に通うことができるとか、いくつかの法改正に関わってきたのだそうです。

鳥井さんは、金型工場に勤務していた若い頃の自身の仕事中の大怪我の体験や同僚の仕事中の事故の体験から、労働組合を立ち上げ、嫌がらせを受けながらも粘り強く会社と交渉を続けるなどして、職場環境を良くしていく活動を続けてきたということでした。外国出身の労働者を救う活動に携わるようになったのも、その活動があったからでした。外国の字とたちから優しい人と信頼されているようだった鳥井さんは、「オーバーステイ」の外国人の支援も行っていました。鳥井さんによると、1993年には30万人の「オーバーステイ」の外国人がいたのに、「バブル経済」を止めないために、誰も取り締まらなかったということでした。鳥井さんは、今になって取り締まるのは日本の政府のご都合主義だと考えていました。

“外国人技能実習生”の労働者に低賃金の長時間労働をさせている社長がそのことについて罪の意識を感じていないのは、「技術を実習生に教えている」という驕った意識があるからなのではないか、と鳥井さんは考えていたのですが、なるほどなと思いました。もしもそうだとすれば、「外国人技能実習制度」というごまかしているような名称も、変えたほうがいいのだろうと思います。

鳥井さんは、日本社会が、私たちが、この「外国人技能実習制度」によって蝕まれていくということを話していました。この制度の人権侵害が、日本の民主主義を壊しているということでした。でも、鳥井さんは、諦めるということはあってはならないと、国会で法改正にも関わり、人は変わることができる、社会は変わることができるという希望を持って、「外国人技能実習制度」を使って労働者を酷使している会社の社長たちがなぜそうしているのかということも冷静に考えながら、「正義」と「不正義」に二分せずに、外国人労働者の方たちを救うための交渉を続けていくということでした。すごいなと思います。

鳥井さんが時々歌っていた、ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」も印象的でした。

社会的に弱い立場にある人の側から考えるという点で、「問われているのは、私たち」だという点で、昨夜の「クローズアップ現代+」と「プロフェッショナル 仕事の流儀」の特集の内容は、連続していたように思えました。見ることができて良かったです。

今朝には、政府が今年度中に内閣官房の国家安全保障局(NSS、局長は北村滋前内閣情報官)に経済部門を所管する新部署を立ち上げて経済政策の「首相官邸主導」を強化しようとしている、というようなことが報道されていて、また統制経済化が進められていくのかなと少し憂鬱な気持ちになりました。地域格差や経済格差の広がっている中、文部科学省が英語の民間試験を2020年度から始まる大学入学共通テストで活用するとしていることも、何がしたいのかよく分からない、生徒やその家庭の側に立っていない改革のように思えます。「令和元年」の今年は「戦後74年」ですが、日本の民主主義はこれからどうなっていくのだろうと思います。

渋沢栄一と養育院、京急線の事故、「戦争はあった」のことなど

一昨日の水曜日の夜8時台のNHKのBSプレミアムの「英雄たちの選択」(司会は歴史学者の磯田道史さん)では、「渋沢栄一 知られざる顔~『論語と算盤』を読み解く」というテーマで、日本を経済大国に育てた実業家の渋沢栄一が江戸中期の老中の松平定信(Eテレの「知恵泉」では、陸奥の白河藩主時代に天命の大飢饉を経験した松平定信が災害時の民の救済のために考えた七分金積立について解説していました)を尊敬していた人で、その人道的な考え方に習って明治時代に江戸的セーフティーネットを導入するなどして日本の福祉の充実へ向けて生涯に渡って力を入れていたという、福祉事業家としての渋沢栄一を紹介していました。

有名な『論語と算盤』を私は未読のままなのですが、その「論語と算盤」は、「仁義道徳と経済」という意味であるようでした。幕臣(第15代将軍徳川慶喜の家臣)だった実業家の渋沢栄一は、道徳と経済は両立させなくてはいけないし、両立できる、政治が貧しさから国民を救ってこそ国の経済は発展すると考えていたそうです。

国民から徴収した税金を窮民を救う福祉のために使いたくないという「富国強兵」推進派の政治家たちの「自己責任論」によって、東京都養育院(東京都健康長寿医療センターの前身)と救護法(生活保護法の前身)が否定され続けていた明治時代中期から昭和初期の時代が、弱者を切り捨てる政治が行われている今の時代とよく似ているように思えました。養育院を守った渋沢さんは、それまでの実業家人生と命を懸けて救護法を成立させ、救護法が施行される前年の昭和6年に91歳で亡くなったということでした。

今の日本にも渋沢栄一さんのような大実業家がいればいいのにと思います。これからは、新しい一万円札のデザインに選ばれたという渋沢栄一の、経済人としての面だけではなく、福祉家としての面がもっと強調されたほうが良いのではないかなということも少し思いました。


ところで、昨日には、午前11時頃、私鉄の京浜急行電鉄の神奈川新町から仲木戸駅(横浜市)の間の踏切で立往生していた大型輸送トラック(オレンジなどを運ぶところだったそうです)と快特電車との衝突事故があり、電車が脱線して乗客の33人が軽傷を負い、近くの青果センターを出てからなぜか(普段とは違う?)細い道に迷い込んで混乱してしまっていたというトラックの運転手の方がトラックから投げ出されて亡くなったという報道がありました。報道の映像では、トラックから火と黒い煙が出ていたり、車両内部に淡い緑色の窓ガラスが飛び散ったりしていたのですが、昨日の報道を聞いた印象では、私には、奇妙な偶然が重なった不幸な事故であるようにも思えました。電車の脱線事故というと、京都の福知山線の事故のことを思い出すので、線路のすぐ近くの民家には事故の影響がなかったらしいところも、不幸中の幸いであるように思えました。解説の方の話によると、一両目の車両が横転せず傾いただけで済んだのは他の鉄道会社の電車と違って乗客を守るために一両目を重く作っているためだそうで、何かあった時のために車両が横転しないように線路に4つのストッパーがついているのも京急の電車だけなのだそうです。

京急電鉄の電車(くるりの「赤い電車」に歌われています)に私も時々乗ることがあるのですが、すごく速いのにあまり揺れないですし、遅延も事故もかなり少ない、良い電車だと思います。報道番組のキャスターやコメンテーターの方の中には、快特電車が最高時速120㎞で走っていることや、障害物検知装置作動後のブレーキが(JRや小田急線などと違って)自動ではなく運転士の方の手動であるということを悪く言う方もいたのですが、毎日時速120㎞で走っていても事故は起きていないのですし、今年の6月には横浜シーサイドラインの電車の自動列車運転装置の故障による人身事故もありましたし、自動だから良くて手動だから悪いということはないと思います。

トラックは、踏切前の道の角の標識の白い柱にぶつかって左折できなくなり、それを諦めて線路側へ右折してしまったということのようでした。そこへ遮断機が下りてきたそうで、電車は、線路へ入り込んだトラックの後方にぶつかったと考えられているそうです。多くの方が大型トラックの動きを目撃していたということなので、例えば、誰かが踏切の横にある「非常停止ボタン」を押していたらどうだったのだろうか、迷っていたトラックが線路の方へ出る前に警察を呼んでバックするなど安全な道へ誘導してもらっていたらどうだったのだろうか、細い道に迷い込む直前辺りに道が細いので大型トラックは入れませんというような道路標識があったらどうだったのだろうかということなど、素人ながら少し気になりますが、ベテランだったという運転手の方が亡くなられたことも含め、やはり不幸な事故なのだと思います。踏切をやめて線路を高架にすればいいという説もありますが、お金もかかるだろうと思いますし、もしも周辺の民家にも立ち退きなどの影響があるとするなら、工事は簡単にできるものではないと思います。

どこの鉄道会社の場合でも、線路の復旧は、急がずに時間をかけて丁寧に行ってほしいと思いますし、この事故を受けて、京急はまた企業努力をして改善していくことだろうと思います。私としては、京急の電車には、乗客のためのあの速さと安全性の両立をこれからも諦めないでほしいと思います。


あと、今日は、秋篠宮悠仁さまの13歳のお誕生日でした。最大震度7を記録し、44人の方が亡くなった北海道胆振東部地震から1年の日ということで、厚真町では追悼式が行われるそうです。厚真町の地震に関しては、死傷者数に関する最初の政府発表とそれをそのまま報じたメディアの発表が間違っていたというような印象もあるのですが、メディアは1年前の報道をどう考えているのでしょうか。昨夜には、日産自動車の西川社長の不正疑惑や、平和条約締結交渉が進まず北方領土返還の話が日本にとっては後退してしまっている日露首脳会談のことなどが少し報じられていましたが、それらの事件も、甘利明前経済再生担当大臣や上野宏史前厚労政務官の口利き疑惑(あっせん利得疑惑)や、内閣法制局の参事官が製薬会社の役員に法案内容を漏洩したという謎の事件についても、過去の合憲が違憲かなどが争われた憲法裁判の記録の9割近くが全国規模で廃棄されているという問題も、日本オリンピック委員会(JOC)が理事会を非公開としたという問題も、日米貿易交渉の問題も、報道番組(最近は韓国の与党の国会議員の不正疑惑に時間を割いていますが、あるいは、日本の与党の国会議員の不正もこのように国会や記者会見で追及されるべきだということの暗示でしょうか)の中ではあまりしっかりと検証なされていないように思います。

8月末に文化放送で放送されていた報道特別番組「戦争はあった」も、とても良かったです。録音しておいたものをようやく聴くことができました。文化放送の「午後の三枚おろし」も担当している、アメリカ出身の詩人のアーサー・ビナードさんが、東京都豊島区池袋のサンシャインの辺りにあった巣鴨プリズンや、練馬区光が丘にあった特攻隊の出撃基地だった成増陸軍飛行場、戦前戦中には軍都と呼ばれていたという神奈川県相模原市の、今は相模女子大学となっている場所にあった陸軍将校の集会場、「新郷工作所」として日本軍が戦況の悪化や劣勢を多くの日本人に隠蔽するためにアメリカ軍の電波の妨害をしていたという、昭和23年まではNHKが使っていた埼玉県川口市赤井の文化放送川口ラジオ送信所、中野区の中野四季の森公園となっている場所にあった、陸軍憲兵学校の隣にあったのに憲兵の誰にも気づかれなかったという工作員養成のための陸軍中野学校などの戦争跡地を巡っていました。約1時間の番組だったのですが、そうだったのかと思うことも多くて、面白かったです。

「戦争はあった」というタイトルは、アジア太平洋戦争を経験した小松左京の短編小説『戦争はなかった』に因んだものでした。現在の日本もその途上にあるのかもしれませんが、かつて大きな世界戦争があったということをみんなが忘れてしまったなら、「戦争はなかった」ということになってしまうのかもしれないなと思います。人々が二度と戦争を起こさないようにするためには、戦争はあったのだと、戦争の体験談や遺品などを継承し、人々が戦争のことを記憶し続けることが大切なのだろうと思います。

先日のNHKの報道によると、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻してから80年となった9月1日(この二日後、フランスとイギリスがドイツに宣戦布告して、第二次世界大戦がはじまったそうです)、ポーランドの首都ワルシャワやビエルンなどで平和式典が行われ、クリミアを武力で併合したロシア(旧ソビエト連邦)のプーチン大統領は招待されなかったそうなのですが、招待された一人の、ドイツのシュタインマイヤー大統領は、ポーランド語で、「過去の罪の許しを請う。我々ドイツ人がポーランドに与えた傷は忘れない」という趣旨の言葉を述べて改めて謝罪し、戦争の責任を負うと表明したのだそうです。ポーランドのモラウィエツキ首相は、ドイツに戦後補償を求めていく考えを改めて示したそうです。戦後補償の問題は国家間の問題だと思いますが、戦争を避けるためには、被害者側も加害者側も(簡単に分けることはできないのかもしれませんが)、残虐な出来事が行われた過去を「忘れない」という姿勢が大事なのだと思います。それは、決して「自虐」などと呼ばれるようなものではないと思います。

「8月31日の夜に。」と関東大震災から96年のことなど

秋田の大曲の花火大会の中継もあった昨夜、NHKの総合テレビでドラマ「サギデカ」や「だから私は推しました。」が放送されていた頃、Eテレでは「♯8月31日の夜に。」が放送されていました。この番組は、学校の長期の休みが終わる時期の恒例の番組になってきたようです。私はその少し薄暗い雰囲気だった番組の全部を見たわけではないのですが、今回のその番組のコメントの中にもあった、「演技」ができたり「仮面」をつけたりすることができる方たちについて、すごいなといつも思います。

「自分はいつも演技をしている」と思っている方が意外と多くいるとするなら、もしかしたら実は、クラスの人たちの大半は(その人たちも他の同級生たちに全く気付かれずに)「演技をしている」人たちだということなのかもしれません。

私には、それがなかなかできません。自分では認識しづらいことではあるのですが、学校でもきっと浮いていたのかもしれないと思います。一人一人性格が違うように、悩みも違うと思うので、悩みを誰かと共感しながら共有するというのは、意外と難しいことなのではないかとも思います。

ある人は、学校生活が苦手でも、社会人生活には向いているかもしれません。その逆もあるかもしれません。でも、もしも学校も社会も苦手だったなら、少しずつ「子供」から「大人」になっていく中で、どのように生きていくことができるのでしょうか。ここは人間の世界なので、人間が人間と関らないまま生きていくのは難しいことなのかもしれません。

この世界では、というか、この国では、今のところ、生まれ出た人は、成長後には、「納税者」という社会人にならなくてはいけないようです。学校へ行かなくてもいい、とは言われるようになってきましたが、それでも、社会人にならなくていい、大人にならなくていい、とは言われません。生まれ育った環境にもよるのかもしれませんし、生まれ持った性格にもよるのかもしれませんが、この世界の中に、好きなことや好きなものや好きな人を見つけることができる人、しかもそれを社会で生きるための行動に結びつけることができる人というのは、とても幸福な人なのだと思います。

生きていても特に良いことはないかもしれませんが、良いこともあるかもしれません。それは生きていなければ分からないことです。もしも自分の一切を今すぐこの世から消すことのできるボタンがあったなら、とりあえずそれを生きるためのお守りにしたいように思います。私はMr.Childrenの「雨のち晴れ」という曲を好きなのですが、例えば、何かあんまり、というくらいの状態であるなら、その歌のように、もうちょっと生きるのを頑張ってみようかなというくらいの感覚でもいいのかなという気がします。


それから、今日は、1923年(大正12年)関東大震災から96年の日です。小池百合子東京都知事は、東京都墨田区の都立横網町公園の慰霊堂での追悼式典に追悼の言葉を送ったそうなのですが、3年目の今年もまた、関東大震災の混乱に乗じて虐殺された朝鮮人犠牲者(虐殺された人の中には日本人も中国人もいたそうです)への追悼の言葉は出さなかったそうです。関東大震災の直後に警察や民間の自警団による朝鮮人虐殺事件があったという歴史を公に否定し、世の中から風化させようとしているのかもしれません。

数か月前にBSプレミアムで放送されていた伊藤野枝さんの特集によると、関東大震災の直後には、伊藤野枝さんと夫の大杉栄さんと甥の6歳の男の子が憲兵に虐殺され、井戸に投げ込まれるという事件もありました(甘粕事件です。その前には、社会主義者が軍に殺されるという亀戸事件が起きていたそうです)。そのような被災状況の中で、今の神奈川県横浜市鶴見区の大川常吉さんという警察官は、自警団などに虐殺されそうになっていた朝鮮人や中国人300人の命を救ったそうです。東漸寺というお寺には、大川さんの勇気ある救助活動を称える顕彰碑が建てられているのだそうです。東京都知事を含め政治家の方たちには、歴史的事実を認め、自然災害の犠牲者とは別である、軍や憲兵や自警団に虐殺された朝鮮人犠牲者、中国人犠牲者、日本人犠牲者のこともきちんと追悼してほしいと思います。

あと、「♯8月31日の夜に。」が放送されていた8月31日は、大正天皇のお誕生日でもありました。私の知る限りでは昨日にも相変わらずこのことは報道されていませんでした。いつものことではあるのですが、どうしてこれほど現代の日本の中で、明治天皇や昭和天皇に比べて大正天皇の扱いが小さいのか、少し謎に思えます。

「三鷹事件」という70年前の列車暴走事件のこと

NHKのEテレの「ETV特集」の「三鷹事件 70年後の問い~死刑囚・竹内景助と裁判~」を見ました。

三鷹事件というのは、アジア・太平洋戦争に日本が敗戦してから4年後の1949年(昭和24年)の7月15日、国鉄(日本国有鉄道)の中央本線の三鷹駅で無人の電車が突然走り出し、脱線して6人が亡くなったという事件のことです。

私は、同じ年に起きたという、下山事件のことも、松川事件のことも、事件の名前を聞いたことはあったのですが、内容をよく知りませんでした。でも、今回の「三鷹事件」の特集を見て、少しだけその事件の内容と経緯を知ることができました。

当時、国鉄(現JR)は、約9万5千人の労働者の人員整理(リストラ)を断行していたそうです。そのような中、謎の列車暴走事件が起きたのですが、駅前の交番の警官たちは、今夜重大事件が起きるという謎の通報があって交番を離れていたため、全員無事だったそうです。電車の車両の下敷きになるなどして亡くなった人たちは、その直後にはまだ息があったそうなのですが、現場に到着した「MP」と呼ばれるアメリカ軍の憲兵たちが被害者を救助しようとしていた人たちを追い払ったのだそうです。その後、日本政府は、事件は日本共産党員の仕業だとして、共産党員たちを逮捕したということでした。

つまり、三鷹事件(あるいは下山事件や松川事件もそうなのかもしれませんが)は、「反共(反共産党、反共産主義)運動」を日本国中に広めようとしている東西冷戦の最中のアメリカ軍(連合国軍、GHQ)による占領下の、労働者や失業者たちが自分たちの権利や待遇改善を訴えるために声を上げ始めた日本で起きた謎の事件ということでした。

明治時代以来の軍国化していった大日本帝国時代から「反共」の政治家たちの多かった日本は、敗戦後、日本を占領下に置いたGHQによって戦前回帰的な右翼色の強い人物たちが政財界に復帰するようになると、再び「反共」の政策を取り、戦前まで統帥として旧日本陸海軍のトップに置いていた「天皇」に代わる日本の新しい軍事的トップとなったアメリカと、「反共」で「一致」していたようでした。

「共産党員」やその思想に共鳴する者たちを排除するというGHQと日本政府による国内の「レッドパージ」の動きに、労働者たちは反発していたのですが、三鷹事件で唯一有罪判決、死刑判決を受け、獄中で病死した竹内景助さんという方は、しかし、「共産党員」として逮捕された被疑者たちの中で唯一「共産党員」ではなかったということでした。

竹内景助さんは、最初は無実を訴えていたそうなのですが(妻の政さんも夫の無実を訴え続けていたそうです)、共産党員の人たちが過酷な取り調べの中で自供をしたことを知ると、途中から、警察の取り調べや裁判で、自分一人でやったことだと主張するようになり、有罪判決を受けたということでした。父親の無実を信じる息子の健一郎さんは、任侠のような義侠心から父親は共産党員の人たちを助けようとしていたのだと話していたのですが、精神科医の加賀乙彦さんは、竹内景助さんを、「他人の意見に左右されやすいヒステリアタイプ」の人だとし、拘置所に面会に訪れた共産党員たちの説得を受けて革命主義者たちの英雄になろうと考えたのではないかというような趣旨のことを話していました。

1951年(昭和26年)3月、東京高裁はよく調べもせず死刑判決を言い渡したそうです。それから竹内さんは、再び無実を訴え始めたそうなのですが、最高裁にも死刑判決を出され、1967年1月の45歳の時、獄中で亡くなったそうです。当時の矯正局長や刑務所長は、竹内さんの頭痛や吐き気や記憶障害を「拘禁性反応」による「詐病」や「仮病」だとして重大に考えず、放置して死亡させたのだそうです。後の遺族の国家賠償請求により、裁判所はそのことを認めたということでした。

2両目のパンタグラフは衝撃で上がったのではないかとか、疑わしい点も多いことから、高見澤昭治弁護士と遺族である息子の健一郎さんは再審請求を行ったそうなのですが、東京高裁は再審を認めていないそうです。

元死刑囚の竹内景助さんが本当は無実であるとするなら、当時の日本の警察やアメリカの憲兵たちが見つけることのできなかった、「三鷹事件」という謎の列車脱線死亡事故の真犯人は他にいるということになりますが、それは一体誰なのでしょうか。未解決事件は数多くありますが、今となってはもう、真犯人を見つけることはできないのでしょうか。

終戦から5年ほどの日本の社会には、『日本国憲法』が公布されたと言っても、国民の生活や思想を管理統制していた軍国主義時代の戦前や戦中の日本の社会と同じところが多く残されていたのかもしれませんが、それは今も、現在の“アメリカと100%共にある”安倍政権の中枢の政治家たちやそのような政治家たちを支持する人たちの中に流れ続けているものなのかもしれないなと思いました。

それは、愛知県で開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の一つの「表現の不自由展・その後」への“テロ予告”事件の報道後、与党・自民党の政治家たちの多くが、絶対に脅迫をしてはいけない、ということを言わなかったこととも、つながっていることのように思えました。

日本の大手メディア(テレビや新聞など)が、日本政府の意向に合わせて(忖度して)隣国の韓国の政府や市民を見下したような情報を連日流し続けていることもそうなのですが、日本政府の進める政策のおかしいところや与党政治家の不正などをはっきりと批判・検証することができなくなっているのなら、日本政府にとって不都合な事実を報道することができなくなっているのなら、それは「鬼畜米英(英米)」を強調していたような戦時下の大本営発表の時の日本のメディアとほとんど同じことになってしまうのではないかと、不安に思います。

戦争を始めたり推進したりした当時の日本政府や、歴史修正主義の思想を持つ今の日本政府の政治家たちが、仮にいわゆる「右翼」的なのだとして、その明治時代以降の「反共」(「反共産党」や「反共産主義」)の考え方が、いわゆる「左翼」的なものへの反発から、「反・リベラル」や「反・自由」や「反・民主主義」や「反・人権」や「反・反戦」や「反・反核」などになっているとするなら、それもまた奇妙であるような気がします。何というか、日本の「右翼」(本当の「右翼」や「保守」ではないのかもしれませんが)は、国家社会主義的、権威主義的、全体主義的なのかなと思います。

私は政治思想史に詳しくないので、もしかしたら間違っているのかもしれないのですが、70年前の「三鷹事件」(三鷹駅無人列車暴走事件)の話を聞きながら、何となくそのように思いました。

Eテレの「100分de名著」の今回の、フランスの社会学者・人類学者のロジェ・カイヨワの『戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ』(ゲストの指南役は哲学者で東京外国語大学名誉教授の西谷修さん、朗読は俳優の古舘寛治さんでした)の特集も、とても良かったです。国民が国家からテロリスト予備軍と目されて監視対象とされている今現在すでに戦争中なのであるという話にぞっとしたのですが、戦争の方向へ傾いていきそうな政治権力者やそれを認めていくような世の中の“空気”を止めるためには、今は、一人一人が、西谷さんが話していたように、みんなで共に生きようと、人権を大切にする心や批判的精神を持って、落ち着いて自分の頭で物事を考え続けていくしかないのかもしれないなと思います。
プロフィール

Author:カンナ
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