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映画「耳をすませば」と、JOC会長の訴追報道、長崎の元徴用工の被爆者の裁判のことなど

昨夜の日本テレビの「金曜ロードSHOW!(金曜ロードショー)」では、先週のスタジオジブリの宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」に続き、スタジオジブリの近藤喜文監督の映画「耳をすませば」(原作は柊あおいさんの漫画『耳をすませば』)を放送していました。

TBSの新金曜ドラマ「メゾン・ド・ポリス」の第1話を見る前の夜9時から、私は、この何度も見たアニメ映画の「耳をすませば」(1995年公開)をまた見始め、結局最後まで見てしまったのですが、いつ見ても、何回見たことがあっても、また新鮮な気持ちで見ることができるところが不思議です。

私はまだこの物語の主人公の中学生の月島雫(声・本名陽子さん)の感覚を抜け出すことができていないのかもしれません。月島雫と天沢誠司は、あの後、どのような大人になっていったのでしょうか。

近藤喜文監督が生きていたなら、今もまた、もっとすてきな映画を見ることができたかもしれないなと思います。

「耳をすませば」に描かれている風景は、私もそれなりに知っているはずの、日本の日常の風景だと思うのですが、2010年代後期の現代の風景とは少し違う部分も出てきているのでしょうか。

映画の途中のCMには「ツイッター社」や「アップル社」のCMが流れていたのですが、それをぼんやりと見ながら、「耳をすませば」の物語が、そのようなデジタル通信道具(例えばポケベルや携帯電話やスマートフォンやタブレットPCなどの機械)の普及していない日本の物語で、本当に良かったと思いました。

「金曜ロードショー」の冒頭では、天沢誠司の声を演じているのが俳優の高橋一生さんだということが強調されていたのですが、高橋一生さんが天沢誠司の声を演じているというのは最初からそうなのですし、高橋一生さんが近年人気の俳優さんだからと言って、この映画の始まる直前にそのこと(登場人物の声を演じているのは誰かということ)を強調するのは、あまり良くないことであるような気がします。

柊あおいさんの漫画の『耳をすませば』では、画家を目指している天沢誠司の絵を見た雫が、誠司君は美人でおっとりした雰囲気の姉の汐を好きなのではないかと思い悩むのですが、昨夜の映画を見ながらその原作の漫画のことを思い出していた時、そういえば、と、同じく集英社の『りぼん』に連載されていた水沢めぐみさんの漫画『姫ちゃんのリボン』の主人公の姫ちゃん(野々原姫子)も、美人でおっとりした雰囲気の姉の愛子との違いに思い悩んでいたことを思い出しました。


ところで、報道によると、賃金や労働時間などの動向を把握するための厚生労働省の「毎月勤労統計」の調査が全数調査と見せかけて実は失業した方などに支払うお金を減らすための抽出調査だったという不正事件は、15年前の2004年(当時の内閣総理大臣は小泉純一郎さん)から始まっていたそうなのですが、日本の基幹調査として、国民の約2000万人に影響するだけではなく、国際的にも日本の行政府の信用が失われる出来事なのだそうです。

第1次安倍晋三内閣の時の「消えた年金問題」もそうでしたが、昨年には裁量労働制に関するデータや外国人労働者の失踪や死亡に関するデータの偽造問題や障害者雇用水増し問題もありましたし、民主党政権時代の悪い部分を受け継いだ安倍晋三内閣の自民党(と公明党)政権が続いていることで日本の中で失われているものは、戦争の被害に遭った少女像の設置を巡って大阪市がサンフランシスコ市と「姉妹都市」を解消したことや、国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退や、沖縄の辺野古の青い海を沖縄県の許可なく土砂で埋め立てようとしている問題なども含め、一市民の私が報道などで知ることのできる程度のもの以上に多いのではないかと思います。

昨夜には、2020年に開催予定の東京オリンピック・パラリンピックの招致を巡る贈収賄疑惑で、フランス司法当局が昨日、日本の招致委員会の委員長で日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和(恆和)会長を訴追する手続きを始めたということも報道されていましたが、2013年に東京オリンピック・パラリンピックの招致が決定した直後くらいから(もしかしたら直後ではなかったのかもしれませんが)竹田恒和会長や電通の贈収賄疑惑は出ていたので(私はジャーナリストの上杉隆さんのいた頃の東京MXテレビの「週刊リテラシー」などで聴いたような気がします)、ついに逮捕される時が来たのかな、と思ったくらいで、あまり驚きはありませんでした。

フランスの司法が今訴追に向けて動き出したという背景には、日本で逮捕されている日産のカルロス・ゴーン元会長の勾留のこともあるのかなと思うのですが、「司法取引」はしないようにしてほしいと思います。電通のことは特に何も言われていないのでしょうか。もしもJOCの竹田恒和会長が本当に約2億3000万円というお金(そのお金はどこから出たものなのでしょうか)を国際オリンピック委員会(IOC)の委員だった国際陸連の前会長などに渡すという不正を行っていたのであるなら、東京地検特捜部は数年前に捜査を諦めたようなのですが、フランスの司法でもどこの司法でも、訴追はなされるべきなのだろうと思います。(竹田恒和さんは情報番組などにコメンテーターとして出演している評論家の竹田恒泰さんの父親で、太平洋戦争中には陸軍軍人として関東軍の参謀を務め戦後JOC委員長やIOC委員などを務めたという旧皇族・竹田宮恒徳王の三男という方なのだそうですが、過去には女性を車で轢き殺してしまうという交通死亡事故を起こしたこともある方なのだそうです。その死亡事故のことが本当であるなら、そもそも、日本オリンピック委員の会長などの仕事に就くには相応しくない人物だったのではないかとも思うのですが、どうなのでしょうか。)

あと、太平洋戦争中に「徴用工」として働いていた韓国の方が謝罪と補償を求めて韓国政府や韓国にある日本の大企業を訴えている問題について、ニュース番組などを見ていると、日本政府や日本のメディアは反発していて、さらに文在寅大統領の記者会見での言葉に反発しているようなのですが、その年頭会見の言葉が書かれている新聞記事を読んだ印象では、私には、それほど、日本人の一人として特に怒りたくなるほどのものではないように思えました。

日本の政治家や評論家の方たちは、韓国の大統領は支持率が下がってくると“反日”を出してくると言うのですが、一体、それは本当のことなのでしょうか。支持率の数字だけを見ると、日本の安倍晋三首相よりも韓国の文在寅大統領の支持率のほうが高いそうです。日本の現政権も、支持率が下がってくると日本に対する韓国や北朝鮮や中国の「脅威」を国民に積極的に示すようになる印象があるのですが、それとはどのような違いがあるのでしょうか。それに、日本政府の意向に従わないことを“反日”と表現するのは、間違っているような気がします。

インターネットのニュースの記事に、その会見時に韓国経済の将来について国民が不安に思っているということを文在寅大統領に質問した韓国の記者の方がさらに、その自信はどこから来るのか、と訊いたことに賛辞が寄せられているという内容のものがあったのですが、それを読んで、日本の記者の方も「アベノミクス」(安倍政権下の経済政策)は上手く行っていると主張し続けている安倍晋三首相に同じことを訊いてみてほしいようにも思いました。

日本政府はアメリカやヨーロッパの政府に対しては弱気なのに、どうして隣国の同じ東アジアの国々の政府に対しては強気に出るのでしょうか。他者に対して威張る人、他者に対して自分の優位性を示そうとする人は苦手です。

数か月後に平成時代が終わっても、何年経っても、明治時代の大日本帝国政府が韓国を日本に併合していたという過去、朝鮮半島の人々を徴用したり徴兵したりしていた過去は消えませんし、平和を願う一人一人として、国会議員を含めた今の日本人たちも、そのような過去を忘れてはいけないのだと思います。日本の戦争時代の加害の事実を憶えておくということは、別に“自虐史観”なるものなどではないと思います。

今朝の報道によると、九州電力は、佐賀県の玄海原発2号機を、再稼働を断念して廃炉にすることにしたそうです。原発を推奨する経済政策は、早くやめたほうが良いように思います。

長崎地方裁判所は、被爆者健康手帳の申請を長崎市が証拠がないとして却下したのは違法だとして、三菱重工業長崎造船所の元徴用工の韓国在住の90代の男性3人が長崎市などに処分の取り消しなどを求めた訴訟について、被爆の状況を詳しく語ることのできる3人の証言を尊重し、3人全員の却下処分を取り消して、長崎市に被爆者健康手帳の交付を命じたそうです。

2017年の8月には、長崎地方法務局が三菱重工業長崎造船所に徴用された朝鮮半島出身者約3400人分の名簿を1970年に廃棄していたことが分かったそうです。1945年当時に被爆したことを示す資料など物的証拠がなくても、被爆時の詳しい証言を精査して信用してその方を被爆者だと認めたという長崎地裁の裁判長の判決は、人道的だと思いました。

お金の話は私にはよく分からないのですが、戦争の犠牲者や被害者、社会的の弱い立場にある人たちを蔑ろにしない優しさは、どの国の行政府にも、人々の間にも、常に必要なもののように思います。

岸信介元総理大臣の外交文書と辺野古の海の埋め立て工事中止の嘆願のこと

テレビ東京のドラマ「手紙」の放送時間と重なっていた昨夜のNHKの「ニュースウォッチ9」では(私は録画をしておいたものを後で見ました)では、1957年に当時の岸信介総理大臣がアメリカのアイゼンハワー大統領の間で「日米新時代」を打ち出し、その後のダレス国務長官や制服組トップのラドフォード統合参謀本部議長などとの首脳会談の中で、日本の防衛力増強を求めアメリカ側から、アメリカでは国民総生産の11%が国防費に充てられているのに日本はわずか2%にすぎないと不満を言われ、共同で新兵器を研究するなら「秘密保護法」の制定が必要だと要求されていたことが、19日に公開された外交文書(日本の外務省が公開した外交文書ということでしょうか)で明らかになった、ということを報じていました。

兵器研究にアメリカの援助を得たいと考えていた岸総理大臣は、秘密保護法についてはいずれ立法措置を講じたいとアメリカ政府の要請に応じ、日本側で自主的にやるべきことであるからその話が出たことは漏れないようにしてほしいと、アメリカ側からの要請が国民の間に漏れないようアメリカ側に頼んでいたのだそうです。岸総理は帰国後、法整備に向けて検討を始めるものの、自身の政権中には「秘密保護法案」や「日本国憲法改正法案」の国会提出には至らず、「新日米安全保障条約」に反対する市民デモを受けて退陣すると、その後の自民党政権でも、度々法整備が模索されては国会提出には至らないということが続いていたのですが、5年前の2013年12月、岸信介元総理大臣の孫の安倍晋三総理大臣の下でついに「特定秘密保護法」が成立した、ということでした。実際に、第二次安倍政権になってから、防衛費は増え続けているそうです(教育費や医療費などについて政府はいつも財源がないと言っていますが、防衛予算の財源は一体どうなっているのでしょうか)。

アメリカのCIAの手先となったために戦後「A級戦犯」を免れて政治に復帰したという元官僚の岸元総理大臣について、アメリカとの交渉の中で日本の「真の独立」を目指していたと考えている方もいるそうなのですが、日本の政治に対するアメリカ政府の「内政干渉」にほとんど何も言えないまま従い続けているという政治家のどこに日本の「真の独立」への志を見ることができるのでしょうか。

報道によると、岸内閣は、「日米安全保障条約」でアメリカが日本に軍事基地を置いて日本を軍事的に守るようにする代わりに、日本がアメリカを防衛する義務を担う「相互防衛条約」の締結も考えていたそうなのですが、もしも岸政権下で日本国憲法が変えられ、そのような防衛条約が交わされていたなら、日本の自衛隊員たちは、その後のベトナム戦争や湾岸戦争やイラク戦争などにもアメリカ軍側の兵士として参加していた可能性やそれによって戦死していた可能性が高いということになります。私には、日本の自衛隊が軍事力を強化してアメリカ軍部隊の一員のようになることが日本の「真の独立」につながるとは思えません。軍事力が強化されることと一国として世界の中に独立することとは別のことのように思えるのですが、また、やはり太平洋戦争に負けた日本はまだ国として独立していない(主権を回復していない)のだということを、このニュースを聞いて改めて思いました。(NHKの「ニュースウォッチ9」の司会のアナウンサーのお二人は、このニュースに関してはVTRの後に何もコメントしていなかったのですが、放送しただけでもましなのだろうと思います。いつか「NHKスペシャル」などでこの外交文書について特集するのでしょうか。)

それから、昨夜のTBSの「NEWS23」では、日本政府が米軍新基地(キャンプシュワブを拡張する滑走路)を建設するために、沖縄県の民意を無視して名護市の辺野古の青い海を土砂で埋め立る工事を進めていることについて、ハワイ在住の日系(沖縄系)4世のロバート梶原さんという方がそれを停止するための活動を行い、アメリカのホワイトハウス宛ての嘆願書の署名活動を始めたこと、その署名活動には一般の人だけではなく、平野啓一郎さんやりゅうちぇるさんやローラさんやうじきつよしさんなど、多くの作家やタレントや評論家やミュージシャンの方たちが賛同し、SNSなどで辺野古の埋め立て工事への反対の意思を表明していることなどを伝えていました。嘆願書の内容は、せめて沖縄での県民投票の結果が出るまで工事を中止してほしいという、ささやかな願いです。

沖縄県の住民の方々の間には、沖縄に米軍基地があることや日本政府によって新しく米軍基地が作られることについて、「反対」の意見が多く、「反対」ではない人は日本政府は基地を造ると言って引かないだろうから仕方がないと「容認」する意見を持っているということで、「賛成」をしている人はいないそうです。当然のことだろうと思います。

日本政府が国民の声(沖縄県民という言い方もどうなのかと思うのですが、どちらにしても、普通に考えて、沖縄県民は東京都民や北海道民と同じ国民です)に聞く耳を持たないから基地建設に反対する日本国民は日本政府の背後にいるアメリカ政府に直接訴えようというのは、理屈は分かりますし、私も普天間飛行場(普天間基地)を沖縄に返還してほしい、新しい米軍基地建設工事はやめてほしいと思う一人ではあるのですが、ただ、日本の内政のことをアメリカ政府に直接訴えられる日本政府は情けないとも思います。署名が10万人に達した場合、その内容についてアメリカ政府が何らかの回答をするというホワイトハウスの嘆願書は、オバマ大統領が設置した「目安箱」のようなものだそうです。オバマ元大統領の政治を否定するトランプ大統領は、アメリカ製の武器を大量購入する顧客の安倍首相たちの味方をする可能性もあります。与党の自民党議員や公明党議員の中に、もしも、この政府の沖縄県の民意を無視する米軍基地新設工事をおかしいと思っている良識派の議員さんがいるのなら、その考えをちゃんと官邸に対して表明してほしいように思います。

被災者の心の傷としての「フラッシュフォワード」のことなど

昨日の報道によると、政府(安倍内閣)は新しい防衛大綱で「多次元統合防衛力」?として5年で27兆4700億円という過去最大の防衛予算を決めようとしているということなのですが、その税金の多くはアメリカ製のステルス戦闘機F35(F35AとF35Bを合わせて174機?)やイージス・アショア2基の購入や、自衛隊の護衛艦の「いずも」や「かが」の空母化に使われるそうです。

日米一体化の軍事力強化を「抑止力」と主張する政府の岩屋防衛大臣は、その空母化に違憲の疑いがあることを訊かれると、「攻撃型空母化にはあたらない」と述べているそうなのですが、政府の発表をそのまま受け止める国内の日本人を騙すことはできるのかもしれないとしても、外国人を騙すことはできないように思います。専門家の方によると、空母は攻撃型空母とされるのが普通というか、攻撃型にならない空母はないのだそうです。(それとも、日本は“専守防衛”をやめます、という海外諸国へのアピールなのでしょうか。あるいは、もしもアメリカが日本にアメリカ製の武器を売るために北朝鮮と敵対して日本上空を通過するミサイルを撃たせていたのだとするなら、すごい営業力だなとも思います。)

軍事力として保有する武器は、政治権力者や経済人の玩具なのかもしれないと思うこともあります。「アメリカと100%共にある」と日米の一体化を目指しているらしい安倍首相は、沖縄県の「反対」の民意を無視して、名護市辺野古の海に米軍のキャンプ・シュワブの新基地(滑走路)建設工事を推し進めるための土砂を投入させていた頃、ゴルフをしていたそうです(自民党総裁選の時にTBS「NEWS23」で安倍首相が言っていた「ゴルフを差別している」を受けた?日本オリンピック委員会(JOC)の松丸喜一郎常務理事が、公務員の倫理規定にある利害関係者とのゴルフ禁止はゴルフ差別だと国会で発言したという妙な話はどうなったのでしょうか)。沖縄県民の反対を無視する日本政府による辺野古の海の工事のことは、世界各国でも報道されているそうなので、「沖縄に寄り添う」と表向きには言いながらアメリカと身内にばかり寄り添っている日本の為政者のこの酷い行いは、ある程度は海外にも伝わっているのかもしれません。

福祉に使うお金が足りないからとしながら増税した後、一部のキャッシュレス化を受け入れた人々に「ポイント」で還元するという政策も謎に思えるのですが、国民の税金は、軍事力強化に使うよりも、福祉や、今年も多かった自然災害の被災地の復旧支援や、これまで公営だった運営権を民間に売却して民営化しなければならないほどに悪化しているという各自治体の古い上下水道の水道管の交換や、道路の整備事業などに使ったほうが良いのではないかと思います。

TBSの深夜の「JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス」で放送されていた「届かない声…フランス『核のゴミ』最終処分場に揺れる村」で伝えられていた、地元住民たちの反対の意見を無視しして「国策」として最終処分場建設工事(地下の工事でした)を決行していくフランス政府と村長たちの様子が、沖縄県で日本政府が推進している米軍基地新設工事とも重なって見えました。例えば、イージス・アショアの建設工事も、原子力発電所から出る核のゴミや約7年前の福島第一原子力発電所の事故によってできた放射性物質汚染土を置くための中間貯蔵施設や最終処分場の建設工事も、同じことになるかもしれません。

フランスでは増税を行う政府に対して市民の間で大規模なデモが起きているということですが、今、ハンガリーでは働き方改革法が「奴隷法」だとしてデモが起きているそうです。「奴隷法」に反対するハンガリーの方たちがそれよりも酷い日本社会の「働き方改革関連法」を知ったらどう思うのかなと思います。政府の政策に反対する市民のデモが過去に何度も政治権力によって制圧・無力化されてきた日本では、大規模なデモが起きにくいそうです。日本では「内部告発」をした方が守られるようにも、まだなってはいません。

先日のNHKのBS1では「原発事故 命を脅かす心の傷」という約30分の福島県のドキュメンタリー番組が放送されていたのですが、それによると、約7年前の東日本大震災の被災者の中には、チェルノブイリ原発事故の被災者の診察の中で発見されたという、「フラッシュフォワード」と呼ばれる心理現象に苦しんでいる方も多くいるそうです。

「フラッシュフォワード」というのは(カナダのSF小説やそのドラマのタイトルにもあるそうなのですが、それではなく)「フラッシュバック」から作られた造語だそうで、番組によると、過去に受けたトラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる体験の記憶を絶えず思い出すことによって心が不安感や恐怖感に覆いつくされ、明るい未来を思い描くことが全くできなくなるという症状のことのようでした。人の心理現象としては昔からあったそうなのですが、チェルノブイリ事件後、そう呼ばれるようになったそうです。

放射性物質の飛散によってそれまでの仕事や家を失った被災者の方たちの中には、鬱病のような状態になって自ら命を絶つ方もいるそうなのですが、避難指定が解除されて戻った街の荒廃した様子に愕然として、どこへ行ってももう自分の居場所はどこにもないと思うようになる方もいるそうです。

このような「フラッシュフォワード」は、自然災害の被災者の症状に使われる言葉なのかもしれませんが、もしかしたら、例えば、酷いいじめや嫌がらせなどを受けて学校や会社に行けなくなって、生きていくのが辛くなって命を絶った方などの心理にも当てはまる言葉なのかもしれないなと、何となく思いました。

あと、これは先日にインターネットのニュースで知ったことなので、テレビの報道番組で報じられたことなのかどうかは分からないのですが、政府(環境省)は、爆発やメルトダウンのあった東京電力福島第一原発事故で飛散した放射性物質に汚染された土を除染作業で取り除いた放射性廃棄物の「汚染土」を、安全なものだとごまかして、全国の農地や公共事業に「再利用」するという計画を立てているそうです。本当のことなのでしょうか。まさかとは思いますが、でも、もしも本当なら、怖いことだなと思います。もしも本当なら、どうして大手のテレビ局などの報道番組ではそのことをもっと報道してくれないのだろうと思います。

昨日のいくつかの報道番組では、東京の都心の上空を1時間に約44機の飛行機(旅客機)が行き交うことになるという羽田空港の新ルートの騒音と危険性と経済効果?とが報じられていたのですが、日米地協定の影響はここにもあるそうです。真っ直ぐのルートを使うことにするのは、航空会社などからすると簡単で便利なのかもしれませんが、政府が「インバウンド」なる経済の活性化を期待する“観光立国”が良いことだともあまり思えていない一市民の私としては、多くの人々が暮らしている都心の上空にこれ以上たくさんの旅客機を飛ばすようなことはやめてほしく思います。美しい日本、がまた遠退くようにも思えます。

「アイヌらしく 人間らしく~北海道150年 家族の肖像」

NHKのEテレの「ETV特集」の「アイヌらしく 人間らしく~北海道150年 家族の肖像」を見ました。

「明治150年」の今年は、先住民族のアイヌが暮らしていた大地が「北海道」と名付けられてから150年の年でもあるそうです。そしてそれは、アイヌが「旧土人」とされて本州の日本人(和人)との同化を強いられるようになってから150年ということでもありました。明治政府が始めた同化政策によってアイヌ語の使用は禁じられ、アイヌの言語や文化は廃れていきました。アイヌの人々は、結婚や就職などのでの差別にも苦しんでいたそうです。

番組は、アイヌ民族にルーツ(アイヌの祖父や祖母)を持ち、アイヌ文化を継承するためにアイヌの文化や差別の歴史などの研究を続けている北海道の大学生の葛野さんや大学院生の真衣さんとそのご家族への取材を通して、アイヌにとってこの150年とはどのような時代だったのかということを伝えていました。

葛野さんの祖父の辰次郎さんは、アイヌ文化の継承者として活躍していた方だったそうです。アイヌ語やアイヌの昔話、神聖な儀式の方法などを分かりやすい絵付きでノートにまとめていたそうです。でも、辰次郎さんの次男である葛野さんの父親は、「日本人」になるための同化政策の影響をはっきり受けて育った方で、アイヌだということをアイヌではない人々には長く隠したまま生きてきたようでした。真衣さんの母親も、そうだったようでした。北海道の歴史を正しく理解していない人にはアイヌの血を引いているということを言ってはいけないと考えていたそうです。アイヌの研究論文を書いていた大学院生の真衣さんは、アイヌであることを言えないアイヌの人たちのことを「サイレント・アイヌ」と名付けていました。

アイヌ語で会話をする勉強をしている葛野さんは、辰次郎さんに直接教わったという「和人」のアイヌ研究者の藤野久和さんからアイヌ語を教わっていました。「ものもらい」になると何か良いものを授かるとか、葛野さんと話していました。

葛野さんは、アイヌの言葉だけではなく、アイヌの考え方やものの見方や作法なども藤野先生から教わっているそうなのですが、藤野先生は、葛野さんにはアイヌ文化の精神も引き継いでほしいけれど、それを引き継ぐのは大変なことだとも話していました。

アイヌが和人と同化していく社会の中で、アイヌ民族とは何か、ということが、アイヌの血を引く人たちの中でもはっきりとしなくなってきているということなのでしょうか。アイヌの人々が「サイレント・アイヌ」となっていった現在では、北海道の人々の中でも、アイヌの人々の存在は珍しいようでした。

アイヌモシリィと呼ばれていた大地は、150年前に「北海道」と名付けられ、アイヌの人々の狩猟採集の生活は、農耕の生活に変わっていったそうです。アイヌの広大な土地は日本政府によって日本の「国有地」とされ、本州などからの開拓者が入ってきたそうです。歴史によると、明治新政府軍との戦いに敗れた東北の各地域の人々が本土から追われるように北へ、北へ、青森や北海道のほうへ逃れて行ったと聞いたこともありますし、本州からの開拓者もまた大変な苦労をしたのだろうと思いますが、先住民のアイヌの人々は、明治政府やその開拓者のために、先祖代々の土地を追われたということでした。

明治32年(1899年)に「旧土人保護法」ができると、政府はアイヌの文化を守るためとしてアイヌの人々に北海道の土地を分け与えたそうなのですが、その土地はアイヌの人々なら暮らさないような、辺鄙な、災害の多い土地だったそうです。「旧土人保護法」で先住民族の文化を守ることにした政府は、一方で、「旧土人学校」では子供たちに徹底した日本語や日本文化の教育を行い、同化政策を推し進めていったそうです。

戦後には(戦時中の北海道とアイヌの話は番組では伝えられていませんでした)、アイヌ文化は、北海道旅行の観光客相手の見世物的な文化に変わり、本当のアイヌの言葉を話すことができる人は急速に減っていったそうです。

アイヌの人々への国内での差別について、昭和61年(1986年)の国会の映像の中で、当時の中曾根康弘総理大臣が、日本に差別をされている人などいないと発言し、そして、自身の眉を示しながら、私も眉毛が太いからアイヌ人が入っているかもしれないと言って笑っていました。映像には他の議員さんたちの笑い声も入っていました。その議員さんたちにはそれが差別だという意識さえなかったのかもしれませんし、あるいは差別意識があるのをごまかそうとしていただけなのかもしれませんが、その中曾根議員の発言を聞いて、自民党の稲田朋美議員や杉田水脈議員も日本に差別されている人はいないという風に発言していたことを思い出し、少し寂しい気持ちになりました。

戦前の帝国大学などの複数の大学の民族研究者によって盗掘された(記録によると、アイヌの人々が仕事に行って家を留守にしている間に勝手に墓地に侵入し、お墓を暴いて土葬されている遺骨を盗み出していたのだそうです)アイヌの遺骨の8人分が、アイヌの人々の元へ帰されたそうなのですが、その引き渡しの際、研究のために持ち去った遺骨を返しに来た代表?の北海道大学の副学長(学長ではありませんでした)は、遺族の方に謝罪を求められたにもかかわらず、研究のために活用させていただいてありがとうございましたという風に感謝をしただけで、謝罪をしませんでした。少なくとも、その映像の中ではそうでした。少しして、その北海道大学のアイヌ文化研究センターの准教授の方が一人だけ、謝らない副学長たちの前に出て、人間がこんな風に扱われていいはずがないと、アイヌの方たちに謝罪していました。

盗まれた遺骨を引き取ったアイヌの方たちは、その後、その遺骨の魂を弔う儀式を行いました。遺骨を木製の箱ごと土の中に埋め直し、主に槐などの木を使うという「クワ」と呼ばれる墓標をその上に立てました。木の墓標は、やがて朽ちていきます。アイヌは「自然に還る」ということを大切にしていました。

大学生の葛野さんの祖父の辰次郎さんのお墓は、辰次郎さんの遺言に従ってアイヌ式のお墓になっていたのですが、葛野さんの祖母と21歳で亡くなったという伯父のお墓は、日本でよく見かける普通のお墓というか、日本の仏教式の四角い石が三段に積まれていて正面に「○○家」と彫られているお墓になっていました。他の親戚のお墓も、辰次郎さんのお墓以外は日本仏教式の石のお墓なのだそうです。

辰次郎さんの次男でもある葛野さんの父親は、母親と兄のお墓も父親と同じアイヌ式のお墓に変えたいと思うようになっていました。アイヌの辰次郎さんは、石に向かって手を合わせることについて、アイヌの精神には合わないと、いつも疑問を感じていたのだそうです。大学生の葛野さんは、父親から、母親と兄(葛野さんにとっては祖母と伯父)のお墓を昔のアイヌ式に戻したいという相談を受けて、少し複雑そうにしていたのですが、父親がそうしたいのならと協力することにしたようでした。

葛野さんの父親は、山に入って墓標に使う木を選ぶところから始めていました。墓標のために切り落とす枝を決めた葛野さんの父親は、曲がっているからダメだとかは木に対して失礼になると話していました。

木を削って墓標にするところは、アイヌ文化を研究している大学生の葛野さんも手伝っていました。祖母の墓標の「メノコクワ」は簪の形に、伯父の墓標の「オッカヨクワ」は槍の形に彫刻していました。葛野さんは、父親の指示に従って、風習の通りに?先端の彫刻に墨を塗っていました。

葛野さんの父親は、自ら重機を動かして石のお墓を撤去し、墓石の台の下から布に包まれた母親と兄の遺骨を取り出すと、16年前に亡くなった辰次郎さんの半分ほど朽ちて灰色に枯れている墓標の隣に掘った穴の中に埋め、その上にそれぞれの新しい墓標を立てました。

その後、アイヌの仲間たちと共に、自宅で弔いの儀式を行っていました。故人の好きな食べ物をお供えするそうです。囲炉裏の前で葛野さんの父親がアイヌの祈りの言葉を唱えていました。それから、お供えした食べ物を、他の死者たちのために土に埋めていました。最後は、囲炉裏で火の神様に祈っていました。番組で紹介されていた以外にも、弔いの儀式にはもっといろいろあるのかもしれません。

葛野さんの父親は、長い間の肩の荷が下りたとほっとしていました。そして、アイヌにはアイヌの文化や宗教観があった、それを取り戻すことが我々に課せられた使命だと思うと話していました。複雑そうだった葛野さんは、父親と祖父の意志を尊重している様子でした。

9月の北海道大学では、真衣さんがアイヌ研究の論文で博士号を取得していました。アイヌの母親の娘でもある真衣さんの母親は、アイヌの血を引いているとかはどうでもいい、アイヌの歴史を日本人社会が考えてくれる時が来たら私たちアイヌは救われるんです、と話していました。これからもアイヌ文化の継承のために研究を続けていくという葛野さんは、アイヌは人間という意味だから、アイヌらしく生きるとは、人間らしく生きるということであり、それは自分らしく生きるということでもあると思うと話していました。

私はアイヌのことを少ししか知らないのですが、とても良い特集だったように思います。アイヌの今を、私も少し知ることができて良かったです。

歴史の中で失われ、その地域から途絶えてしまった言語や文化や精神を、その地域の人々の間に復活させるということは、確かに、簡単なことではないのだろうと思います。でも、アイヌにルーツを持つ人々の間でアイヌ文化を継承しようという意識が強くもち続けられているということは、すごいことというか、とても良いことだと思いました。アイヌ文化を本当に継承するということは、昔のアイヌの辰次郎さんに直接言葉や文化や考え方を習うことができた(ほとんどアイヌ出身者に見える)藤野先生のような研究者の方や、アイヌにルーツを持つ方たちにしかできないことであるようにも思います。

本土の片隅でささやかに暮らしている私からすると、“先住民族”の琉球のこともアイヌのことも、かっこいいというか、すごいという風にしか思えないというか、差別されている意味が全く分からないのですが、アメリカ軍基地の新設に反対する沖縄県の民意を無視する日本政府の沖縄県への冷たい対応などを報道で見ていると、やはり今も昔と同じように(戦前・戦中の日本政府が沖縄の人々を差別しているということを当時のアメリカ政府は理解して占領政策を進めていたそうです)、差別は目に見えたり見えなかったりする形で続いているのかもしれないと不安に思います。

旧優生保護法下で強制不妊手術を受けた障害のある人々に対する差別の問題もそうなのですが、政府など責任者が謝罪しないということは、その責任者の中にはまだ差別の考えがあるということなのではないかと思います。

今年のノーベル平和賞はコンゴで女性を戦時性暴力から救う活動をしているデニ・ムクウェゲ医師とイラク北部出身でISの男性たちによる戦時性暴力の被害者となった少数派のヤジディ教徒のナディア・ムラドさんが受賞していましたが、ミャンマーの少数民族のロヒンギャの人々や、中国の少数民族のウイグルの人々への迫害は今も続いていると報じられています。ぼんやりとした私がよく知らないだけで、世界各地で血脈や言葉や宗教による少数者差別はあるのかもしれませんし、それによって少数者とされる人々が今も辛い思いをしながら生きていたり、亡くなったりしているのかもしれません。

戦争には宗教対立による戦争が多いと聞いたこともあるのですが、人間が自分たちを救うために作り出した宗教思想が人間を苦しめたり殺したりすることにも使われているということは、とても不思議なことのようにも思えます。特に何かの宗教の信者ではない私には、「信心深い」ということがどういうことなのか、なかなか理解し難い部分もあるのですが、少しでもその宗教の教えや神について「疑問」を持ったら信仰心が疑われるという種類の宗教は、怖いなと思います。もしも本当に神様がいるのなら、そしてその神様が人間に近い存在であるなら、神様はこの人間たちの、人間同士の迫害し合いの状況を、どのように観察し、考えているのだろうと思います。

多数派の人間が自分たちから見て少数派の人間たちを異質の存在として社会の中から消そうとするというのは、日本史や世界史などの歴史の授業でもいくつか習うように、人間の社会の中に昔からあることのようなのですが、人間は時が経つにつれて進化・進歩していくという説のは少し間違った説なのかもしれないなと、最近は思うようになりました。私は小学生の頃に初めて聴いたたまの「さよなら人類」という歌を好きなのですが、科学技術が発達したように見える一面が人類史の中にあったとしても、人類が「ピテカントロプスになる日」はやはり近づいているのかもしれないなと何となく思います。「世界人権の日」だった先週の12月10日までの一週間は「人権週間」でしたが、様々な社会で暮らす個人個人がそれぞれ人間らしく、自分らしく穏やかに生きることができる世の中になっていくといいなと思います。

「静かなる“侵略”」、沖縄の米軍基地新設工事、「流行語大賞2018」のことなど

一昨日の日曜日の夜11時台、NHKのBS1で放送されていた「BS1スペシャル」の「静かなる“侵略”~中国新移民に揺れるオーストラリア~」の最後の15分ほどを見ました。偶然に最後のほうを少し見ただけなので、はっきりとは分からないのですが、多文化を尊重するオーストラリアでは、今、中国系移民が全人口の5%を占めるようになっていて、その中国系移民が「中国基準」を持ち込もうとしているために、社会に混乱が起きているというようなことを伝える特集でした。

世界各地に暮らす中国出身の方たちは、もしかしたらみんな中国政府(中国共産党)の“使者”(あるいは、例えば宣教師や伝道師のような存在)なのだろうかと、番組を見ながら少し不気味に思えました。でも、日本にとっても、それは無関係ではないことのように思えました。北海道や富士山の周辺など、自然の美しい人気の観光地の土地が外国の人たちに買われているということを聞いたことがありますし、日本を切り売りしている日本政府の経済政策の一環としても、もしかしたらそれはあるのかもしれません。ただ、昔(バブル期?)には、日本人が海外の土地やビルなどをたくさん買って、その地域の人たちの反発を招いていたとも言われています。

国家や民族としてその所属するコミュニティーの代表的な考えを重視するのか、個人の考えを重視するのか、というようなことによるのでしょうか。中国の「文化大革命」時代の歌?を楽しそうに口ずさんでいたその選挙の立候補者だった中国系移民の女性が、「私たちは独自の文化を持つすばらしい民族です」と支援者の中国出身の学生たちに話しているのを聞いて、何となくなのですが、「日本すごい」の日本礼賛(自国礼賛)番組や書籍を増やしている今の安倍政権下の日本とも少し共通しているところがあるように思えました。

ある国の人が自国の文化をすばらしいと思うこと自体は良いことなのだと思います。でも、その言葉は、当然のことながら、どこの国や地域の人が言ってもその国や地域の人々に当てはまる言葉です。そのため、その言葉を使う人の「私たちはすばらしい」という思いの中に、もしも、「私たちはあの人たちよりもすばらしい」というような意味が含まれているのなら、ある程度の距離を保ちつつお互いの出身地域の様々な文化を尊重し合うという個々人の生活の平和にはつながらないような気がします。

番組を見て(といっても最後の10分か15分ほどですが)、どこの国の誰にも、自分の言動はもしかしたら正しくないのではないか、間違っているところがあるのではないか、迷惑になっているのではないかなどということを立ち止まって考えるゆとりのようなものは、必要なのかもしれないなと思いました。


ところで、沖縄県宜野湾市のアメリカ軍普天間飛行場の返還と名護市辺野古の海でのアメリカ軍の新基地建設工事を巡る問題では、安倍首相が、玉城デニー沖縄県知事との会談が平行線に終わった先月の28日の直後に辺野古の埋め立て工事の続行を決めたというようなことが先日には報道されていましたが、昨日の報道によると、政府は今月の14に民間の港の桟橋から大型船に土砂を積み込んで辺野古の海に投入することを決めたということでした。

予定ということなので、本当にそうなるのかは分かりませんが、もしも本当なら、酷いことだと思います。フランスのパリの凱旋門で起きているマクロン大統領の政策に反対するデモ隊の方たちの暴動(「黄色いベスト運動」と呼ばれているそうです。600人以上の方が逮捕されているそうです)について今は報道されていますが、デモが政府側の武力によって制圧されてきた過去のある日本では、中国と同じように、あるいはフランスや韓国やイギリスやアメリカなどとは違って、デモが起きにくいのだと思います。私もまだデモ活動などの集団行動に参加をしたことがありません。

でも、沖縄県の方も沖縄県知事も反対している軍事基地の建設工事を政府が強行することについて、例えば、沖縄県以外の各都道府県の知事さんたちは、政府を批判しないのでしょうか。日本の47都道府県の一つの沖縄県の知事が蔑ろにされているということは、他の都道府県の知事が蔑ろにされていることと同じだと私は思うのですが、そうは思わないのでしょうか。官邸が各自治体やそこで暮らす人々の思いを無視して自分たちの考え通りに半強制的に従わせるということがあるのだとすれば、それは間違っているように思えます。例えば、イージス・アショアのことや放射性廃棄物の処分場のことや漁を行う海辺の使用の民間企業優先のことなどが、この先、国に勝手に決められるかもしれないことにもつながってしまうような気がします。

NHKの大河ドラマ「西郷どん」の明治編では、西郷さんたちは、明治新政府を見限ってそこから去ってしまいましたが、歴史にもしもはないとしても、できることならそこに残って、西郷さんたちが内部から腐敗する政治組織の悪い部分を変えるということも、必要だったのかもしれないと思います。野党議員の方々も頑張っているとは思うのですが、今の与党(自民党や公明党)の議員の中から、いろいろ、自分たちの党の出しているこの法案はおかしいと、反対の声を上げる人たちが出ると早いのではないかなと思います(それとも、与党議員の方たち全員が本気で、今の政府の政策や法案を、良い政策だ、良い法案だと考えているのでしょうか)。

あと、昨夜の報道で知ったのですが、「平成最後」の「『現代用語の基礎知識』選 ユーキャン 新語・流行語大賞2018」の年間大賞は「そだねー」という言葉に決まったのだそうです。韓国の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックで銅メダルを獲得したカーリング女子日本代表の選手の方々が使っていた前向きな言葉だそうです。私としては、セクハラ被害に声を上げる女性たちの「Me Too運動」のほうが良かったのではないかなとも思えたのですが、社会問題の用語や政治問題の用語より、スポーツ関連の用語のほうが明るくてメディアが扱いやすいという側面もあるのかなと思いました。テレビ朝日のドラマの「おっさんずラブ」は私もとても好きで見ていたのですが、そのタイトルの言葉自体が流行していたかどうかはよく分かりません。ノミネートされていた言葉やトップテンに入った新語・流行語の中には、私の知らないものも多いのですが、それは毎回のことですし、年末の恒例になっている流行語大賞は、平成時代が終わっても続いたほうが良いような気がします。この言葉は何だっただろうと考えるのも、意外と楽しいです。2年ほど前に「ポスト真実」で話題になっていた、オックスフォード英語辞典などが選ぶ「今年の言葉(英単語)」も気になります。いつ頃発表されるのでしょうか。昨年は「忖度」が大賞に選ばれていた三省堂の辞書の「今年の新語2018」は、明日発表されるのだそうです。
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