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ハンセン病家族訴訟への国の控訴断念と、ジャニー喜多川さんの訃報のことなど

先月の6月28日には、政府による患者の隔離政策で家族も差別や偏見を受けたとしてハンセン病の元患者の家族の方たちが国に損害賠償を求めていた訴訟の判決が熊本地方裁判所で出され、国の隔離政策が家族への差別を生み、日本国憲法が保障する人権などを侵害していたという国の責任を認定して国に賠償命令を出したということが報じられていました。

その日か翌日の29日の報道では、菅義偉官房長官が、熊本地裁の判決について、「国の主張が認められなかった」として「今後は関係省庁で判決の内容を精査した上で対応する」と述べたことが伝えられていました。どうして政府はいつも国の責任を認めて謝罪することから逃げて反発するのだろうと奇妙に思い、ハンセン病元患者の家族訴訟についても政府は控訴をするつもりなのだろうかと気になっていたのですが、昨夜の報道によると、政府は「控訴を断念」したということなので、少しほっとしました。

安倍晋三首相は「ぶら下がり会見」で記者たちに、ハンセン病元患者の家族の訴えを認めて国への損害賠償を命じた熊本地裁の判決を受け入れて控訴しないことを表明していました。「異例のことではありますが、控訴をしないことといたしました」という安倍首相の発言の「異例のこと」の意味は、私にはよく分かりません(国が控訴を「断念」したということは、本当は国は控訴をしようとしていたということでしょうか)。ハンセン病の元患者の家族の方たちの訴えを熊本地裁が認めたことへの「控訴断念」は、一市民の私には、当然のことというか、政府が控訴するべきではないことのように思えていたので、政府には、原告団の方たちが求めているように早く被害者の方たちと会って直接謝罪をして、線引きをせずに被害者全員の救済策を考えるようにしてほしいと思います。

今が参議院議員選挙の活動期間中だからというような理由も、もしかしたらあるのかもしれませんが、それでも、国が控訴をしないということに決まって良かったと思います。旧優生保護法による強制不妊手術の被害者やその家族の方たちの救済策にもつながるといいなと思います。政府はこの問題の解決を長引かせるようなことをしてはいけないと思います。


ところで、昨夜のTBSドラマ「Heaven?~ご苦楽レストラン~」の第1話(初回は10分拡大版で放送されていました)の後の「NEWS23」の途中の、夜11時半頃、速報として、ジャニーズ事務所の87歳のジャニー喜多川社長が解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により都内の病院で亡くなったということが報じられていました。

病院に搬送されたということは先月報じられていましたし、先週には嵐の5人がジャニーさんの病状についての会見を行っている様子が報じられていたので(事務所の社員ではなく所属タレントが行うとしてもその場合に滝沢秀明さんや中居正広さんや東山紀之さんや近藤真彦さんではなくなぜか嵐の松本潤さんというところが私には少し不思議のようにも思えました)、訃報を訊いて驚いたというのとは少し違うのですが、年号が「令和」になった約2か月後に亡くなったということから「昭和」と「平成」の時代のアイドル界を支えた大代表のようにも思え、これからジャニーズ事務所はどうなるのだろうかと思いました。

アメリカ生まれで戦争を知っているジャニーさんは、平和な世界を作るために、男性アイドルたちによるエンターテインメント集団を作り上げてきたのではないかなと思います。マイケル・ジャクソンがJ-FRIENDSの曲に関わっていたことも、ジャニーさんの世界平和への願いの一環だったのかもしれないと思います。

日本でジャニーズ事務所のアイドルたちを全く知らないという方はほとんどいないのではないかと思うのですが、今こうしていろいろ私たちが“ジャニーズ”の世界を楽しむことができているのはジャニーさんのおかげなのだということを、訃報に接して改めて思いました。

ある集団が一人のカリスマを中心に集まって成立しているのだとしたら、そのカリスマの亡き後、その集団はどうなるのでしょうか。どのように変わっていくのでしょうか。

私には、昔のフジテレビのダウンタウンさん司会の「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」やTBSのとんねるずの石橋貴明さんと中居正広さん司会の「うたばん」などのトーク系音楽番組で、ジャニーズ所属のアイドルの方たちのことを「YOU」と呼ぶ「ジャニーさん」の面白い話をするようになったという印象があります。それから他の番組などでも謎の社長「ジャニーさん」の話を聞くようになったように思うのですが、ただ、ジャニーズアイドルの方が「ジャニーさん」の面白い話をしても、ジャニーズ事務所の幹部?であるジャニーさんの親族の話をしたことはないような気がします。少なくとも私は、一視聴者としては、ジュリーさんという方やメリーさんという方の話をジャニーズ事務所のアイドルの方たちが話しているのを聞いたことはないように思います。

テレビ局はジャニーズ事務所に気を使っているということなので、お家騒動や後継者問題などの話題はあまり出さないのだろうと思いますが、「ジャニーさん」のいない「令和」の時代をジャニーズアイドルの方たちはどのように切り開いていくのだろうと、昨夜のジャニー喜多川社長の訃報を聞いて少し思いました。


あと、昨日には、自民党総裁の安倍晋三内閣総理大臣が参議院議員選挙の応援演説(安倍総裁がどこの応援へ行くかは自民党としては公表しないことにしているのだそうです)の中で立憲民主党の枝野幸男代表のことを「民主党の枝野さん」と呼ぶことに対し、枝野代表が選挙妨害かと呆れているというような報道もありました。党名は、「立憲民主党」を略す場合は「立民」か「立憲」、「国民民主党」を略す場合は「国民」、社会民主党を略す場合は「社民」、「自由民主党」を略す場合は「自民」なので、現在の日本には「民主党」の入っている党名が4つあることになりますが、もしも安倍首相が本当に単純に“間違えて”記憶しているのだとすると、「自民党の安倍首相(総裁)」を「民主党の安倍首相(総裁)」と“間違えて”いる方もいるということになるのかなと思います。仮に安倍首相が本当に政党名を間違えて記憶したまま応援演説に臨んでいるとするのなら(それは奇妙なことですが)、周囲の議員さんや側近の方たちがちゃんとした党名を首相に教えたほうがいいように思いました。

「上田晋也のサタデージャーナル」が終わってしまったこと

2017年の4月から2年と3か月間、毎週土曜日の朝に放送されていたTBSの「上田晋也のサタデージャーナル」が、「最終号」(最終回)となってしまいました。最終回は、110回目だったようでした。

主に政治を扱う報道系の番組として、TBSは「時事放談」も昨年の9月に終わりにしてしまいましたし、ラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ!」も今年の3月に終わりにしてしまいましたが、今度は「上田晋也のサタデージャーナル」も終わりにしてしまうのかと、とても残念に思います。

先日には「TBSレビュー」(司会は秋沢淳子アナウンサー)という月に一度の番組でこの上田さんの「サタデージャーナル」のことを扱っていたばかりだったので(ゲストは上智大学教授の音好宏さんと流通経済大学教授の龍崎孝さんでした。亀井美希プロデューサーが上田さんや番組について話していました)、その直後にまさかこの番組が最終回になるとは思いませんでした。

私はこの番組を初回から見ていたのですが、昔の政治系番組のように政権の政治の批判をすることもできる、とても良い番組でした。司会の(『サタデージャーナル』の「編集長」の)くりぃむしちゅーの上田さんがこの番組の中ではっきりとご自身の言葉で政治問題や社会問題についての意見を述べるところも好きでした。

最終号は、安倍晋三総理大臣夫妻の関与や官邸の関与が疑われている森友学園問題や加計学園問題とその発覚後の行政府の公文書のずさんな管理の問題、官僚たちの安倍首相への「忖度」、安倍首相の「こんな人たち」や菅義偉官房長官の「怪文書」や希望の党を立ち上げた小池百合子さんが東京都知事になった頃の「排除します」や麻生太郎財務大臣の「朝日新聞」敵視などの政治家の発言、“官邸一強”状態となっている与党・自民党内から消えた派閥闘争のこと、野党の支持率が伸びていないこと、与党が予算委員会を開かないまま終えた国会のこと、民主主義のこと、第二次世界大戦の太平洋戦争の沖縄戦の後から現在まで続いている沖縄の米軍基地問題など、これまでに扱ってきたことを振り返りながら、参議院議員選挙を前にした日本の政治の現状を見る特集にもなっていました。

上田さんと解説キャスターの流通経済大学教授の龍崎さんと元総務大臣の片山善博さんとタレントのミッツ・マングローブさんが話し合っていました。元文部科学省事務次官の前川喜平さんのインタビューもありました(テレビで前川さんを見るのは久しぶりということもあり、少し嬉しく思いました)。

「編集委員」(アシスタントキャスター)の古谷有美アナウンサーの、編集室の後ろのホワイトボードに内容をまとめた板書がいつもとても上手に思えていたのですが、古谷アナウンサーは書くのが好きだったそうです。

古谷さんによると、約2年の間によく書いた単語は「安倍総理」と「国民」だったそうです。安倍総理も国民の一員なのに、安倍総理と国民との間が遠ざかっていく感じがした、という趣旨のことを話していて、本当にそうだなと思いました。総理大臣も、党の総裁も、大臣も、その他の国会議員も、官僚(官邸官僚というのが存在するそうです)も、当然のことながら国民の一員なのに、そのことを忘れてしまっている人が多いのかもしれないなと思います。

最後、上田さんは、自分個人の考えとした上で、国民一人一人が意識を持ち、考え、行動することが大事である、今は世界が良い方向に向かっているとは残念ながら思えない、当り前のことを言いづらい世の中になっているとすればそれは健全な世の中とは言えないのではないか、政治や世の中を変えるのは政治家ではなく我々一人一人の意識だと思うということを、いつものようにカメラを真っ直ぐに見ながら話していました。

みなさま、どうもありがとうございました、と上田さんは最後の総括を終えていました。

一視聴者としては、こちらこそありがとうございました、という思いでいます。でも、この「サタデージャーナル」がなぜ今終了するのか、なぜ終了することになったのかということについては、(「デイ・キャッチ」の最後の時と同様に)特に触れられていませんでした。番組の終りのほうに、「上田晋也のサタデージャーナル」が終わった後の同じ時間には「まるっと!サタデー」という新番組が始まるというCMが入っていました。その新番組の司会の一人は、夜11時台の報道番組「NEWS23」を降板になった駒田健吾アナウンサー(「NEWS23」の時の駒田アナウンサーの取材や意見はとても良かったと思います)になるのだそうです。

今日には昨日から大阪府で行われている「G20」が閉幕するそうです。沖縄県の名護市辺野古の海での、政府が強行している米軍基地建設のための埋め立て工事の最新の報道も少なくなっているように思えるのですが(今回の番組で使われていた映像も3月のものでした)、国内の政治問題が報じられることは、これから減っていくのでしょうか。これからどのような世の中になっていくのだろうと少し不安に思います。

「三島由紀夫×川端康成 運命の物語」、今治のタオル工場とベトナム人技能実習生のことなど

今年の2月頃、NHKの「クローズアップ現代+」では「三島由紀夫×川端康成 ノーベル賞の光と影」という特集を放送していたのですが、一昨日の74年目の沖縄慰霊の日だった日曜日の夜のBS1で放送されていた「BS1スペシャル」の「三島由紀夫×川端康成 運命の物語」(BSプレミアムの「長閑の庭」の最終回と放送時間が重なっていたので録画をしておきました)は、その拡大版というような印象の特集でした。ナビゲーターは、癌の手術を受けて復帰なさった演出家の宮本亜門さんでした。

私の知っている話もあり、知らない話もあったのですが、三島由紀夫は「武の道」を進み、川端康成は「平和の道」を進んだという話が印象的でした。

日本ペンクラブの会長に就任した川端康成は、太平洋戦争末期に原子爆弾の投下された広島や長崎を訪れ、被爆者と会っていたそうです。川端康成は、苦しむ人々に寄り添い続けていたということでした。

川端康成は、1958年(昭和33年)に、沖縄県名護市にある「国立療養所 沖縄愛楽園」を訪れたそうです。沖縄愛楽園は、皇太子夫妻時代の前の天皇皇后両陛下(上皇さまと上皇后美智子さま)が沖縄返還後の1975年(昭和50年)に慰問に訪れた療養所でもあります。沖縄の船出歌「だんじょかれよし」を合唱して見送る人々の姿を、前の天皇陛下が沖縄の定型詩「琉歌」に詠まれ、前の皇后さまが曲を付けられた「歌声の響」を、天皇陛下御在位30年記念式典で歌手の三浦大知さんが歌っていました。

宮本亜門さんが会いに行っていた元ハンセン病患者で沖縄出身の作家の伊波敏男さんは、14歳の時、沖縄愛楽園で川端康成と出会い、後に作家になったそうです。療養所を訪れる多くの人たちが予防服を着ていた時代に、川端康成は、予防服ではなく普段通りの普通のスーツを着て療養所に現れ、椅子に座っていた14歳の伊波さんに、関口君、と(当時は「関口進」という名前だったそうです)伊波さんの手を握ろうとして、伊波さんが咄嗟に手を後ろに隠すと、悲しそうな顔をして、自分の椅子を伊波さんのほうへ引き寄せて、そのまま自分の両太腿に挟み込むようにして、顔を近づけて話したのだそうです。

そのような川端康成から、北條民雄の『いのちの初夜』は読みましたか、感想を聞かせてくださいと言われた伊波さんが、「僕には生きるか死ぬかが文学するより大切だったんです、生きる態度はその後なんです、人間が信じられるならば耐えていけると思います」という、川端康成に宛てた北條民雄の手紙の一部を暗唱すると、川端康成は涙を落して、伊波さんの太腿を叩きながら、「進君、君は『いのちの初夜』、民雄君の悲しさが分かっています」と言ったのだそうです。そして、「進君、自分の中にいっぱい蓄えなさい、いっぱい書きなさい」と言われたそうです。「何か欲しいものがありますか」と川端康成に訊かれた伊波さんが、「はい、本がほしいです」と答えると、2か月後、川端康成から自身の著書を含めた90冊の本が届いたそうです。絵本も入っていたそうです。伊波さんは、1日に2、3冊読んだと話していました。

僕も夢を持っていいのだ、未来があるのだと思えるきっかけを作ってくれたのが川端さんとの出会いと本だったと、伊波さんは宮本亜門さんに話していました。

ノーベル文学賞を川端康成が受賞してから2年後の1970年(昭和45年)11月25日に、三島由紀夫は陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げ、翌年の『新潮』1月号に追悼文を寄せた川端康成は、その翌年(三島由紀夫の自決から2年後)の1972年(昭和47年)4月16日に自宅でガスによる自殺を遂げました。睡眠障害を患っていた川端康成は睡眠薬中毒になっていたのではないかと言われています。三島由紀夫がなぜ自殺をしたのか、川端康成がなぜ自殺をしたのか、本当の理由は分かりません。

瀬戸内寂聴さんは、小説家として生き切った上での選択だったと、宮本亜門さんに話していました。自分の文学のために生きていた、小説家になるという生涯を選んだのだから命を懸けている、小説を書けなくなったら自分の価値はないと思うということでした。余生を楽しむという考えはなかったのかと訊かれた寂聴さんは、余生を楽しむ作家はいない、書けないのに何を楽しむのですか、生きているのは全て書くためですと、宮本亜門さんに答えていました。宮本亜門さんは、二人には常に「メメントモリ(死を忘れるな)」の意識があったということを考えていました。

東京出身の三島由紀夫と大阪出身の川端康成のことが並べて紹介されていたので、ノーベル文学賞を巡って対立し疎遠になってしまったという二人の文豪の生涯の相違点と類似点が、何というか、輪のようにつながって回っているような気がしました。何をしてもいつまでも心が満たされないという空虚さに、少し息が詰まりそうな印象でもありました。でも、良い特集でした。


ところで、これは昨夜に見たNHKのドキュメンタリー番組「ノーナレ」(ノーナレーションの略)のことなのですが、洋服の作り方を学ぼうと思って日本へ来たベトナム人技能実習生のティエンさんたちが愛媛県今治市の縫製工場の牢獄のような過酷な環境下で「ベトナムに帰国させるぞ」と脅されながら(日本に来るための多額の借金の返済のために簡単には故郷へ帰ることはできないそうです)ほぼ一日中低賃金でタオルの縫製の仕事をさせられていたという、日本政府の外国人技能実習生制度の闇の特集が、とても怖かったです。

神戸大学の斉藤善久准教授とNHK大阪の青山ディレクターなどのスタッフの方たちが、ティエンさんたちのことを知り、その会社から助け出したようでした。ベトナムから来た技能実習生の方たちは「シェルター」に預けられたそうです。その後、その謎の縫製工場と「ベトナムに帰国させるぞ」と脅し文句を言う社長に行政の調査が入ったということなのですが、調査は続いていて、その会社の操業も続いているのだそうです。ティエンさんたちの後、助けを求めていた4人の技能実習生の女性たちが救出されていました。救い出された方たちは、他県で良い職場を紹介してもらうことができたようでした。工場内で見張り役を任されていたという外国人技能実習生の二人は一体どうしたのだろうと気になっていたのですが、番組の終わりのほうで、工場に残った一人の技能実習生の女性が脳出血で倒れて今も意識不明の状態だということが伝えられていました。

愛媛県今治市(現政権の加計学園事件はまだ解決していません)の「今治タオル」は、品質の良い高級タオルとして知られていますが、その裏にこのような、海外からは奴隷制度だとも指摘されている外国人技能実習制度の闇があるとは知りませんでした。その地域の全部のタオル工場が悪質というわけではないのだろうとも思うのですが、取引のある会社などは、この会社の労働環境のことを少しも知らなかったのでしょうか。愛媛県や今治市は、または国は、ティエンさんたちに違法な労働をさせていたこの会社の社長を、なぜ罪に問うことができないのでしょうか。日本政府は外国人労働者を日本にたくさん招こうとしているようですが、(入国管理センターの長期収容問題も含め)人権を侵害するような状況が改善されないままでは、愛媛県や今治市の印象も、日本の印象も、一層悪くなるのではないかと思います。

日本人の中にも“ブラック企業”に苦しんでいる人は多いのですが、相談窓口の設置や悪い経営者を罰する法律など、日本人労働者も外国人労働者も救われる仕組みを、行政府にはちゃんと作ってほしいと思います。児童虐待やDVの通報のように、それに気付いた近所の人々の協力も、必要なのかもしれないなと思いました。今生活環境や職場環境に恐怖を感じている外国人技能実習生の方たちは、例えば昨夜の番組で助け出されていた方たちのように、SNSを使ってみんなで国内外に人権侵害の状況を発信してみてはどうかとも思うのですが、どうでしょうか。


昨夜のTBSラジオの「荻上チキ・Session-22」の後半の「江戸時代の身分制度はピラミッドではなかった?見直しが進む、被差別部落の歴史を知る」という特集(ゲストは部落史研究家の上杉聰さんと一般社団法人山口県人権啓発センター事務局長の川口泰司さん)も、少し聴くことができたのですが、それによると、京都を中心とした西日本地域に多いという「部落差別」というもの(東日本では「部落」という言葉には普通の「村」の意味しかないように思います)が、明治時代の「解放」の後にもなくならなかったのは、初代総理大臣の伊藤博文が、差別する側(マジョリティ)が団結するためには差別される側(マイノリティ)の存在が必要だとして、大日本帝国憲法などに差別禁止の条文を盛り込まずに、差別を温存し、差別をなくすための行動を“何もしなかった”からなのだそうです。

明治4年の被差別民の「解放」は、本当の解放ではなく、税金を取るための「賎民制度廃止」だったそうです。江戸時代に町の治安と清潔が保たれていたのは差別されているために藩を超えて活動することができた“部外者”の人々のおかげだったそうなのですが、明治時代になると、税が課されていなかったその人たちからも税金を取りたい明治政府は、それまでの賎民制度を廃止し、制度化されていたためにその人たちが長い間請け負っていた警察と清掃の仕事を取り上げ、差別そのものを禁止する法律を作らないまま、その人たちを貧しくしたということのようでした(皮革を加工する仕事などは残ったそうです)。

また、江戸時代の「士農工商」は、ピラミッド型の身分制度を表す言葉ではなく、江戸時代には「みんな」という意味で使われていた言葉なのだそうです(「士」は武士の「士」というわけではなかったのだそうです)。その話を聞きながら、そうだとすれば、それは例えば、「八百万の神々」の「八百万」や、「九十九里浜」の「九十九」が、「たくさん」とか「多くの」という意味なのと同じようなものなのかなと思いました。あるいは、自然の風景の美しさを表す「花鳥風月」と同じようなものなのかもしれません。

平安時代から(その前にもあったでしょうか)、人々を貴賎に分ける差別意識はあったのだとしても、もしも150年前の明治時代に差別をちゃんと禁止事項にしていたなら、差別を統制に利用しようとする為政者がいなかったなら、150年後の今、「部落差別」というものも人々の意識の中からとっくに消えていたかもしれません。

先日には、アメリカのドナルド・トランプ大統領の政権が国連人権理事会を脱会したという報道がありました。報道が少ないので、詳しいことはよく分からないのですが、日本の安倍政権は人権理事会から度々勧告を受けては無視しているようなので、トランプ政権に従う安倍首相がこの脱会についても「トランプ大統領と完全に一致した」ということになってしまわないかと、少し不安な気持ちになりました。74年前の第二次世界大戦後にこれからは戦争のない平和な世界を作ろうと各国の人々がまとめようとしてきた大小のものが内部から少しずつ崩壊してきているような気がします。日本国内にある在日米軍施設(沖縄県の名護市辺野古の大浦湾の海の埋め立て工事が強行されていることも、秋田県と山口県に設置されそうなイージス・アショアのことなども含め)も拡大しそうですし、未来のことは分かりませんが、少し憂鬱な気持ちになります。

74年目の沖縄慰霊の日

今日の6月23日は、第二次世界大戦の太平洋戦争末期の沖縄で、沖縄県民の4人に1人が犠牲になった、日本で唯一地上戦が行われた沖縄戦の組織的戦闘が終結した日から74年となる慰霊の日です。日本軍と米軍との激戦地となった沖縄県糸満市の摩文仁の平和祈念公園では、20万人以上の死者を慰霊し、恒久平和を願う「沖縄全戦没者追悼式」が行われました。

私は、お昼のNHKの中継でその式典の様子を見ることができました。今年新たに追加刻銘された42人を含む24万1566人の名前が刻まれている「平和の礎」が、降る雨に黒く光って見えました。会場には「令和元年 沖縄全戦没者追悼式」と書かれていました。沖縄県の玉城デニー知事は、日米地位協定の改訂と宜野湾市の普天間飛行場の返還と名護市辺野古の海の埋め立て工事の中止と県民の民意と人権の尊重を求める言葉も含めた「平和宣言」を、最初は共通語で述べていたのですが、最後のほうにはウチナーグチ(琉球の言葉)と英語でも述べていました。英語と琉球語は私には上手く聴き取ることができなかったのですが、沖縄の「ちむぐくる」(人の悲しみに寄り添う優しさ、心の底からの思いやりというような意味の言葉だったように思います)のことを話していました。玉城デニー知事らしい演説のようにも思え、良かったです。

玉城知事の「平和宣言」の後、糸満市立兼城小学校の6年生の山内玲奈さんが、平和の詩「本当の幸せ」を朗読していました。毎年のことでもあるのですが、「平和の詩」はすごいなと思います。その詩の中で、山内さんは、青い海と青い空と緑豊かな大地を見渡すことのできる戦争のない平和な平成時代に生まれた自分が新しい令和時代にも戦争のない平和の大切さを語り継いでいくことの重要性や、幸せとは家族や友人たちと笑い合える毎日があることだということを訴えていたように思います。良い詩でした。

その後、安倍晋三首相が挨拶の言葉を述べ(なぜか少し早口でした)、その次に大島理森衆議院議長の挨拶の言葉が始まりかけたところで、NHKの中継は終わりました。毎年NHKでの「沖縄全戦没者追悼式」の中継は30分なのですが、少し短いような気がします。日本政府による米軍新基地(滑走路)建設に伴う辺野古の海の埋め立て工事強行に関する報道が昨年より格段に減っていることも気になります。

ところで、先日の報道によると、戦後のヤミ市から続き、「那覇の台所」として長く親しまれてきた、国際通りの市場本通りの奥にある第一牧志公設市場が、老朽化による建て替えに伴う一時移転のために、先週の16日に営業を終えたそうです。第一牧志公設市場は、1951年に開設されたそうです。東京の築地市場を豊洲市場に移転する時と同じように、「にぎわい広場」という場所の仮設市場に移る方もいれば、この閉場を機にお店を辞める方もいるのだそうです。でも、2022年に第一牧志公設市場が復活するのなら、その時にはまた賑わいが戻って来ることと思います。私は一度しか通ったことがないのですが(しかも夕方だったからか閉まっているお店も多かったのです)、新しい第一牧志公設市場もこれまでの第一牧志公設市場の続きとして、人々に愛される歴史が続いていくといいなと思いました。


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以下は6月25日の追記です。

6月23日の日曜日の夜にJ-WAVEで放送され、録音しておいた、「J-WAVE SELECTION」の「GENERATION TO GENERATION~STORIES OF OKINAWA~」を聴きました。 沖縄出身の両親のもと戦前の台湾に生まれ、終戦後、米軍の艦砲射撃に食い荒らされた沖縄に母親と共に戻り、アメリカのミシガン州立大学に進学して、今のNHK沖縄の前身となる放送局を沖縄に設立したという川平朝清さんに、報道する側の立場から見てきた沖縄の歴史と今について、息子のジョン・カビラさんがインタビューをしていたのですが、とても良かったです。1時間番組を最後まで、興味深く、面白く聴くことができました。川平朝清さんは91歳ということなのですが、お声が本当に若々しくて、話し方もしっかりとしていて、何というか、例えば60歳代の方の声だと思って聴いても、そのように思えるほどでした。立派な方なのだと思います。名護市辺野古の大浦湾を埋め立てる米軍新基地建設工事にも、米軍基地を拡大するものとして、反対だと話していました。

先日の読売新聞の記事によると、安倍自民党政権は、宜野湾市の普天間飛行場(普天間基地)の機能の一部を、辺野古の海に新たに造る予定の米軍新基地に移設しようとしているのだそうです。それが本当だとすると、政府はやはり辺野古に米軍新基地を造っても、普天間飛行場の全面返還についてはアメリカ政府と交渉しない予定で計画を立てているということになります。辺野古に新基地ができたとしても、普天間基地が残されるのなら、米軍基地が日本国内にもう一つ増えるだけです。米軍基地は減らないし、基地を造るために強制的に接収された住民の土地は沖縄の人々のもとには戻って来ないことになります。簡単なことではないのかもしれませんが、国民は政府に普天間基地の“危険性の除去”だけではなく、その全面返還と辺野古の海の埋め立て工事中止と日米地位協定の改定を求めていかないといけないのだと思います。

「ダークサイドミステリー」の“怪しい歴史”の特集

先日のNHKのBSプレミアムの、栗山千明さんがナビゲーターを務めるドキュメンタリー番組「ダークサイドミステリー」は、「“怪しい歴史”禁断の魔力」ということで、「偽歴史」を“歴史ロマン”として面白く感じて信じてしまう人々の特集でした。語りは中田譲治さん、司会は片山千恵子アナウンサーです。ゲストは精神科医の片田珠美さん、歴史研究者の河合敦さんでした。歴史研究者の呉座勇一さんも出演していました。

私は、幕末の有名な志士たちの名前が書かれた「集合写真」のことも、『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』という文書のことも、この番組を見るまで知りませんでした。

私がテレビの画面で見た印象では、勝海舟や坂本龍馬の顔がその人物の他の有名な写真の顔とは違っていた(似ていなかった)ので、それなのにも関わらずどうしてその写真を本物の勝海舟や坂本龍馬の写る写真だと信じることができるのかが、私にはよく分からないように思えました。

『東日流外三郡誌』という書物は、つまり、青森県五所川原市の和田喜八郎さんによる古文書風歴史小説ということなのでしょうか。番組によると、書物の内容を信じた当時の人々は、そこに記された「神」を祀るための神社を建立し、地域のお祭りまで作ったのだそうです。この文書は偽書だということなのですが、多くの学者の方たちが「騙された」ということは、(私はこの文書を未読なのですが)仮に歴史小説なのだとしても、よく出来た歴史小説なのかもしれないなと思いました。世界には五色(赤、黄、黒、白の他に青)の人種がいたとする『竹内文書』も、「オカルト」の話の中では時々聞きますが、偽書と言われています。

源義経が実は生きていてモンゴルのチンギス・ハーンになったという説は、私も聞いたことがありました。江戸時代の日本に来ていたドイツの医師で博物学者のシーボルトも「源義経=チンギス・ハーン(ジンギスカン)説」を信じていたらしいということには少し驚いたのですが、牧師でアイヌ研究家の小谷部全一郎という人の著書『成吉思汗ハ源義経也』(大正12年に完成、大正13年に出版)は、大正時代のベストセラー本となったそうです。

番組では、その本の内容に唖然とした歴史学者たちによる反論文を掲載した『中央史壇』(大正14年2月臨時増刊号)の「成吉思汗は源義経にあらず」の特集についても紹介していました。

日本史学者の大森金五郎の「義経の死は信じるべき歴史書が整っている」、「異論を唱えるには根拠がなくてはかなわない」という意見に、小谷部全一郎は「歴史家の多くは古文書など書かれた記録に重きを置いて伝説や伝承を退けている。それでいいのか」と反発し、東洋史学者の高桑駒吉の「義経が外国へ行ったという信憑すべき根拠が一つもない」という意見に、小谷部全一郎は「死んだと見せかけて逃亡を図る者が後で発覚の恐れがある証拠を残すわけがない」と反発していました。

言語学者・民俗学者の金田一京助は、「歴史の論説は客観性をもって調べなければいけないのに、小谷部氏は結論ありきで都合の良くないものは初めから捨てている。それは小谷部氏の“義経信仰”であり史論ではなく“英雄不死伝説”だ」との意見を述べていたそうです。

私には、小谷部さんの『成吉思汗ハ源義経也』に反論した学者の方たちの意見のほうが正しいように思えるのですが、世の中に広まりやすい“面白さ”のほうでは小谷部さんの説のほうが勝ってしまうのだろうと思います。

小谷部さんは旧日本陸軍の通訳でもあったそうで、大正12年(1923年)の9月11日の関東大震災の翌年の大正13年に出版された小谷部さんの『成吉思汗ハ源義経也』は、中国大陸への侵攻を進める旧日本軍(あるいは当時の日本政府)のプロパガンダとして最適な素材でもあったということでした。

片田さんによると、チンギス・ハーン(ジンギスカン)は源義経だったという説は、関東大震災の発生によって傷ついた当時の日本人の「自己愛」を修復してくれる説となったのだそうです。

人々の「郷土愛」と、自信の無さを埋める「こうだったらいいのに」という「願望」が結びつくと、客観的事実が示されることのない偽の歴史書に書かれている内容を“真実”の歴史だと思い込んでしまうのだそうです。なるほどなと思いました。

河合さんは、今後も偽の歴史書の出版は増えるだろうと話していました。怪しい歴史本に対しての歴史学者たちによる反論の声が上がっても、大手マスコミが取り上げないため、その声は大きくなっていかないのだそうです。

現在の日本にも、「郷土愛」と「自信の無さ」と「願望」が結びついた、「怪しい歴史」の本やその内容が広まる土壌は残っているのだろうと思います。番組を見ながら、特に小谷部さんの説に反論する金田一京助さんたちの話を聞きながら、政府(現政権)が歴史修正主義的な書物の出版を推奨しているらしいという、現代日本の寂しい現象のことを思いました。大正時代と比べて今の(平成末期から令和初期の)歴史学者の方たちのその怪しい歴史本に対する「反論」や「批判」が少ないということにも少し寂しさを感じます。でも、今年の冬に書店に置かれていた「歴史書通信」という小冊子の文章で読んだように、ちゃんとした歴史学者の方たちが妙な歴史本に関わるのは面倒臭いなと思う気持ちも何となく分かるような気がします。

呉座さんは、「歴史ロマン」なのだから別にいいのではないかと思うかもしれないがそれだけでは終わらない、「歴史ロマン」はその後の実社会を動かしていく、でも嘘から教訓や行動の指針や判断材料を導き出すことはできない、きちんと事実を知ることが大前提だ、ということを話していました。「面白過ぎる」歴史については、本当かな、と疑ってみたほうがいいそうです。確かに、そうなのだろうと思います。シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロや明智小五郎や金田一耕助のような名探偵も、事実の積み重ねから事件の真相や真犯人を導き出します。あの人が真犯人かもしれないなどと先に思い込んで、それに沿った事実を探し出そうとするというようなことはしていません。
プロフィール

Author:カンナ
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