「引きこもり」が社会的に良くないとされていること

昨夜のNHKの「クローズアップ現代+」では「自立支援ビジネス」というものの被害のことが伝えられていたのですが、そこに登場していた謎の会社は5月の初め頃にTBSの「NEWS23」の特集で報道されていたのと同じ会社でした。昨夜の「NEWS23」でも再び特集されていて、被害者たちがその会社を裁判所に訴えたということのためか、フジテレビの「ユアタイム」でも同じ会社のことが報道されていたのですが、「ユアタイム」ではなぜかその会社の代表の赤座という元岐阜県警の警察官の名前や声や顔は隠されていました。

外国のことはよく分かりませんが、少なくとも日本では、生まれた人は小さい頃から「将来何になりたいのか」ということを度々訊かれ、社会に貢献する労働者、消費者、納税者(よく働いて適度に物を買い、税金や保険料などを規則通りに国に納めるというような人)になるように生きましょうということを事あるごとに刷り込まれていて、そして、多くのごく普通の一般の人たちは、例えば、ちゃんと学校に通い、ちゃんと卒業し、ちゃんと就職する(仕事を持つ)という風に、「社会人」として生きることができているのだろうと思います。社会(世の中)は社会人で構成されていて、生まれた人が社会人という社会適合者になることを求めているのだろうと思います。だからこそ、学校や会社に通うことができない人、普通の社会人になることができない人(あるいは、そうなることを好まずにあえてそのように生きない人もいるのかもしれません)というのは、社会の中では、単純に、良くない存在とされているのだろうと思います。

でも、人間には、向き不向きというものがあって、いわゆる「社会人」になるということは生活をする力がある人になるということでもあるのだと思いますが、普通の生活をするのに向かない人というのもいるのではないかと思います。「引きこもり」というのは自分の部屋に長く引きこもっている人のことで、私は以前には(TBSのドラマ「3年B組金八先生」の第5シリーズの「ガラスの少年」を見ていた頃には)、引きこもりの人というのは、太っていて、コンピューターゲームのようなものばかりしていて、閉じられた薄暗い部屋を汚く散らかしていて、母親が恐る恐る部屋の前に食事を運んできたり、暴れたり騒いだりして家族に暴力を振るったり、人目を避けるように夜中にしか外出しなかったりする人のことだというようなイメージがありました。ドラマやニュースの再現などで描かれる引きこもりの人はこのような感じだったので、そうなのかなと単純に思っていたのですが、今は、そのような人が中にはいたとしても、そうではない人のほうが実は多いのではないかなと思います。

自分の周囲の人たちやテレビなどに出ている人たちを見ていると、しっかりとした目標や夢を持ってそのために努力をして比較的明るく生きている人たちが多いように思えますし、またそのような生き方が称賛されてもいるので、どちらかというと社会適合者ではない側の私は、そのように生きないといけないのかな、ダメな人間ということになってしまうのかなと、少し不安な気持ちになります。私もその人たちに負けないように頑張ろうなどと、陽気な気持ちになることができるといいと思うのですが、なかなかそうはなりません。元気で前向きに生きることができている人たちはすごいなと思います。

映画「ティファニーで朝食を」の中で、「嫌な赤い気分」を紛らわすためにティファニーのショーウィンドウを見に行く主人公のホリー・ゴライトリー(オードリー・ヘップバーンさん)のことを、小説家のポール・バージャク(ジョージ・ペパードさん)は、自分一人さえ養えような子なのだと言っていました。「ブルーな気分」とは少し違う「嫌な赤い気分」というものが何なのか、はっきりとは描かれてはいなかったのですが、どうしようもない漠然とした不安感であるようにも思えました。

報道によると、引きこもりの人というのは、18歳から39歳の人の場合、全国に約54万人いるのだそうです。その数が多いのかそれほどでもないのか、私にはいまいちよく分からないのですが、今の世の中で「自立」のための支援が「ビジネス」になるのは、そのことで困っている人がいるからで、困っている人を楽にするところにビジネスとして付け込む隙があるからなのだろうと思います。自分の子供が「社会人」にならないことに困っている親がお金を払って子供を捨てた、という言い方では極端なものになってしまうかもしれませんが、昨夜の悪徳商法のような暴力団組織のような「自立支援ビジネス」のことを伝える報道番組を見ていて、何となくそのようにも思えてしまいました。

「スピリチュアル」に詳しいような方たちは、子供は親を選んで生まれてきたなどと言いますが、生まれた子供が親や国を選んで生まれてきたのかどうかは分からないことですし、それは親になった人たちに、だから自分を選んで生まれてきてくれた子供のことを大切に思いましょう、というような意味で言った言葉というくらいのことなのかもしれませんが、子供の側の「自己責任」のようになったら嫌だなと、昔にその言葉を聞いた時には思いました。普通に考えると、生まれた子供が、自分がどのような環境に生まれ、その後どのように生きなければいけないかということを、事前に知って考えて生まれてきたという風には思えません。上手く伝えることができないのですが、例えば、生まれた子供は、自分が後に「社会人」にならなければ存在を全否定されるような存在だとは知らずに生まれて来たのではないかと思うのです。

「引きこもり」にはその反対の、対義語のような言葉があって、それは「外こもり」というのだそうです。日本では「引きこもり」と違ってあまり問題視されていないように思えますが、「外こもり」は物理的には家の外に出ているために社会に適応しているように見えるからなのかもしれません。少子化問題を心配している政府は、少子化によって納税額が減り、今の国の在り方が少しずつ衰退化していくことを恐れているようなのですが、生き辛さというものがそれぞれの人たちの中で解消されない限り、人の数はこれからも減り続けていくのだろうと思います。誰かが誰かを生んだとして、身体に障害があるとか無いとかそのようなことではなく、もしも、その生まれた人がいつか社会に適合した社会人になることができなかったとしたなら、この世界に夢や希望や目標を持つことができなかったとしたなら、それはかわいそうなことのように思います。一度この世に生まれてしまったら、世の中に合わずに生き辛さを感じていたとしても、基本的には、そのまま生きていなくてはいけないからです。

世の中に自らの力で自分の居場所を見つけることができ、ある程度楽しく前向きに自分を変えて生き続けることができているような多くの人たちには、もしかしたら分かり難いことなのかもしれませんが、生きることに辛さや苦しさや悲しさや虚しさを感じているような人たちがそれでも生きやすいと思えるような世の中に、少しずつでも変わっていくといいなと思います。先進国と呼ばれているような国々で人々の数が減り、19世紀以降の産業革命的な近代化の流れが衰退していくのなら、ほとんど何もしていなくても世の中は川の水が流れていくように変わっていくのかもしれませんが、それは平和的な良い方向に流れているものだといいなと思います。

「しくじり先生」の茂木健一郎さんと、昨夜の「クローズアップ現代+」の沖縄の特集

日本テレビでドラマ「フランケンシュタインの恋」の第4話が放送されていた頃、テレビ朝日では今年の4月から放送時間が変わった「しくじり先生 俺みたいになるな!!」が放送されていて、ゲストは脳科学者の茂木健一郎さんでした。

私は最近この「しくじり先生」の番組を見ていなくて、今回の放送は、茂木さんが日本のお笑いは「オワコン(終わったコンテンツ)」だとご自身のツイッターで発言をしたことについて語るという理由で、久しぶりに録画をして見てみたのですが、私には、茂木さんがどうしてこの発言を「しくじり」として生徒役の芸人さんたちの前で反省したり謝罪をしたりしなくてはいけないのか、いまいちよく分かりませんでした。

個人の失敗から他の人にも通じるような普遍的な価値観を探していくような番組でもあるので、SNSで発言をする際に思ったことをすぐに書かないようにするなど、誰かに自分の意見を言う際に気を付けることを伝えるというような意図もあったのだろうとは思いますが、生徒役の芸人さんや芸人さんに近い地位のタレントさんたちから集中的に批判されている様子を見ていて、茂木さんはご自身の意見を貫いたほうが良かったというか、特にご自身を卑下する感じで出演をしなくても良かったのではないかなと思いました。

生徒役の芸人さんたち、あるいは茂木さんの「日本のお笑いはオワコン」の意見に反発したという大物芸人や芸能人の方たちが、芸人ではない茂木さんを、面白くないとか、自分が面白いと勘違いしているという風に悪く言っていたことも、気になりました。面白くない人は、テレビのお笑い番組などを見て感想や意見をSNSなどで呟いてはいけないのかなと、少し不思議に思いました。あるいは、脳科学者の茂木さんに「オワコン」と言われたことが、ある意味では当たっていたというか、芸人さんたちにはそれほど何か悔しく思えることだったのかもしれません。

私は海外のお笑いやコメディーを、昔のチャップリンの映画くらいで見たくらいにしか知らないので、チャップリンの「独裁者」のような映画と日本のテレビで流れている今のお笑いとを比べることはできないのですが、例えば、以前には、松村邦洋さんやザ・ニュースペーパーという方たちが国内の政治家のものまねをラジオの番組でもテレビ番組でもよく披露していて、話し方などよく似ていて面白かったように思うのですが、最近は(特に自民党の安倍晋三さんが首相になってからは)テレビではほとんど見なくなってしまいました。

茂木さんは、「しくじり先生」の中で、お笑いは「弱い立場の者を笑う」のではなく「強い立場の者を笑う」べきだということを話していましたが、「日本のお笑いは終わっている」というような茂木さんの発言の真意は、結局ここにあるのではないかと思いました(勝俣さんが言っていたのか東国原さんが言っていたのか忘れてしまったのですが、アメリカの芸人さんがトランプ大統領が何かおかしなことを言ったその日のうちにトランプ大統領のものまねをしているというようなことを例に挙げた茂木さんに、日本の芸人さんもトランプ大統領のものまねをしていると言って反論したのは、少しずれていたように思います)。それに、今に残っている江戸時代の浮世絵の中にも、権力者への力強い批判が込められている風刺画の作品がたくさんあり(そのために投獄されてしまった作者もいますが)、当時も人気があったそうです。

今回の茂木さんの回の「しくじり先生」の中で面白かったのは、最後の西川きよしさんの電話の件くらいでした。「しくじり先生」がお笑い芸人さんを中心にした番組なのだとしても、芸人さんたちを一括りにして「終わっている」と批判した脳科学者の茂木さんを、その発言の内容(強い者ではなく弱い者を笑うというお笑いについて)ではなく、脳科学者として終わっているという風に集団でバカにしたように笑い、茂木さんの意見を面白くないと批判したという(生徒役の芸人さんたちの仲間である)大物芸人さんを持ち上げるというのは、出演した茂木さんご自身がそれで良いと思っているのならそれでも良いのかもしれませんが、あるいは誰かが何かの事情のために考えた演出なのだとしても、一視聴者の私には、良いことだという風にも面白いことだという風にもあまり思うことができませんでした。

私は、テレビのことも、お笑いのことも、特に「終わったコンテンツ」だという風には思いません。ただ、最近は、お笑い番組(芸人さんが多く出演している番組)に関しては、以前よりも見なくなってしまいました。なので、若手の芸人さんのことも、おそらくほとんど分からなくなってしまっているのではないかと思います。でも、それはきっと日本のお笑い番組が面白くなくなったからとかではなく、単純に、何となく興味の方向が変わったとか、そのようなことなのだろうと思います。


ところで、昨日は、沖縄県の「本土復帰」から45年の日でした。大きな隕石が地球に落ちて来るかもしれないことを話し合う科学者たちの会議が東京で行われたとか、世界100か国以上がサイバー攻撃の被害に遭っているとか、北朝鮮が新型ミサイルを開発したとか、北海道の自衛隊の飛行機が行方不明になったということなどが報道されていた昨夜の民放のニュース番組では少ししか扱われていなかったのですが、NHKのニュース番組ではもう少し長く扱われていて、NHKの「クローズアップ現代+」や「時論公論」、BS日テレの「深層ニュース」ではもっとしっかりとした特集がなされていました。

「時論公論」の西川解説委員の沖縄に寄り添う解説も分かりやすくて良かったですし、「深層ニュース」(今年から近野宏明キャスターがメインになったようです)の元防衛大臣の森本敏さんと沖縄国際大学大学院教授の前泊博盛さんの話も、お二人の話に異なるところと共通するところとがあって良かったです。普天間基地よりも嘉手納基地のほうが事故が多くて実は危険だというのは以前にも聞いたことがあるのですが、尖閣諸島の内の久場島と大正島が在日米軍の管理下にあるのに日米安全保障条約の範囲内かどうかが話し合われているとか、尖閣諸島の二島(番組内で言われていた具体的な名前をちゃんと聞き取ることができませんでした)を国土地理院が中国名?で登録しているのを沖縄県が日本名に変えるように提言してもなぜか変わらないとか、そのようなことも番組の中で伝えられていました。

「クローズアップ現代+」は、録画をしておいたものを後で見たのですが、「沖縄復帰45年 深まる本土との“溝”」という、沖縄県の基地負担と沖縄県民への差別的発言の現状を伝える特集でした。生中継の夜の沖縄の国際通りには、キャスターの武田真一アナウンサーと鎌倉千秋アナウンサー、ジャーナリストの津田大介さんと、映画「人魚に会える日。」を撮った映画監督で大学生の仲村颯悟さんが来ていました。

調査によると(自民党議員の安倍晋三さんが首相になって以降の)この5年ほどの間に、沖縄県に対する「誹謗中傷」が増加したのだそうです。自民党の勉強会で作家の百田尚樹さんが沖縄の二つの新聞(『沖縄タイムス』と『琉球新報』)は偏向しているから潰さないといけないという趣旨の発言をしたことや、沖縄県の東村高江のヘリパッド建設に反対する住民に向かって大阪府警の機動隊の方が「土人」と呼んだことや、2013年に沖縄の市町村の役人の方たちがオスプレイ反対のデモを東京の銀座で行った時に道路の反対側に現れた日の丸の旗を掲げた男性たちから「オスプレイに反対する奴は売国奴」だという風に大声で罵られていたことなどが、実際の映像と共に伝えられていて、少し驚いたのですが、「クローズアップ現代+」のような番組でそのことを特集するというのは、公共放送のメディアとして正しいことであるように思えました。「人魚に会える日。」の監督の仲村さんのブログにも、映画の公開前なのにもかかわらず、「反日だ」というような謎の誹謗中傷の書き込みがいくつもあったのだそうです。

私は「本土」の人間なのですが、毎年第二次世界大戦(太平洋戦争)関連の特集がテレビで放送されていて、その中では沖縄の方たちの苦難の歴史も伝えられているので、「本土」(沖縄県外)に生きているとしても、戦時中を知らない時代に生きているとしても、沖縄の方たちが在日米軍基地の建設に反対する理由が何となくは分かるように思います。名護市の辺野古の海を政府が強行的に埋め立てて在日米軍基地を新しく建設するということに多くの沖縄県の方たちが反対しているということも、当然のことというか、ごく普通のことであるように思います。

そのため、私にはそのような沖縄の人たちが悪く言われるという理由がよく分からないのですが、そもそも、在日米軍が居続けることに反対するのが「反日(反日本?)」的で、在日米軍が居続けることに賛成するのが「日本」的というのは、一体どういう意味なのでしょうか。戦後に日本の主権が回復したといっても、日本はまだアメリカの支配下にあり、日米地位協定もそのままに、日本政府はアメリカ政府に追従しているので、米軍基地新設に反対する沖縄の人を非難する日本の「保守」あるいは「保守趣味」?の方たちもそのような政府と同様だということなのかもしれませんが、在日米軍基地の問題は日本の国内の問題なので、基地建設に反対する沖縄の人たちを「反日」や「売国」などと言って罵るというのは、何か本質とずれているというだけではなく、ごく普通に考えても酷いことだと思います。(それとも、自民党やその安倍首相を支持するようなタイプの保守系の方たちにとっては「日本がアメリカに日本の空や海や土地や情報を売る」場合は「売国」の内には入らないということなのでしょうか。それも何だか奇妙に思えます。)

番組の最後に仲村さんは、沖縄の人たちに向けて、本土の人たちには沖縄の人たちの気持ちが伝わらないと諦めてはいけない、伝え続けていればいつか伝わると思うというようなことを言っていたのですが、本当にそうだと思います。沖縄だけではなく、その都道府県の場合でも、その都道府県の人たちが言ってくれなければ他の都道府県の人たちには分からないということはあると思います。昨夜の「クローズアップ現代+」での仲村さんの話によると、沖縄県の問題に取り組む若い人たちが、沖縄の歴史をほとんど知らない他県の誰かからの心無い誹謗中傷に委縮をしてしまうこともあるそうなのですが、誹謗中傷のような怖い出来事に負けずに、沖縄の人たちの政府や在日米軍に対する複雑な思いをこれからも表現し続けてほしいと思いました。

「日本国憲法 70年の潮流~その時、人々は~」

NHKの土曜ドラマ「4号警備」の第5回を見た後、「NHKスペシャル」の「日本国憲法 70年の潮流~その時、人々は~」という特集を見ました。

1947年(昭和22年)の5月3日に国民主権、基本的人権の尊重、平和主義(戦争の放棄)を定めた『日本国憲法』が施行されてからの70年の間に、憲法の廃止や改正を望む人々と、憲法を守ろうとする人々が、それぞれの時代の中でどのように憲法と向き合って来たのか、何を議論してきたのかということを、改憲派や護憲派の方へのインタビューや、1962年からのNHKの世論調査の結果を軸に伝える特集でした。番組の語りは、広瀬修子さんと小林勝也さんでした。

時代の流れというか、海外情勢などの外的な要因によって、日本人が、日本も武力を強化したほうがいいのではないか、やはり日本は武力に頼らない平和主義に徹するべきではないか、という風に、改憲と護憲の間で揺れているということが、よく分かるような特集だったように思います。

冒頭のほうで紹介されていた、元総理大臣の中曽根康弘さん(現在98歳だそうです)が作ったという「憲法改正の歌」という歌にも少し驚いたのですが、中曽根元首相は、憲法改正や、靖国神社に首相が参拝する件や、原子力発電所の建設など、今の日本にある問題に深く関わっている人なのだなということを改めて思いました。

憲法の改正を主張していた人たちの中心は、番組によると、旧軍人や神社関係者など、戦前や戦中に発言権を持っていた人たちでした。改憲派は、新しい憲法を、『大日本帝国憲法(明治憲法)』に戻そうと考えていました。改憲が主張されるようになると、新しい憲法を守ろうという護憲派の主張も出てきました。元民主党の参議院議長であり、現民進党最高顧問で憲法調査会長という江田五月さん(75歳だそうです)は、昔には「教育勅語」というものがあったが、非常事態が起きた時には国のために命を捨てろという考え方には賛成できないと話していました。

憲法を改正するかどうかという話になった時、問題になるのはいつも第9条の条文だったそうです。戦争時代を体験している護憲派の方には、その経験から、戦争は絶対にしてはいけないものだという強い思いがありました。第9条が変えられてしまったなら、きっと日本が戦争に参加することになるに違いないと考えていました。

しかし、護憲派の中にも改憲派はいて、その方たちにとっては、どの条文を守りたいか、どの条文を変えたいかということは、それぞれだったようでした。岸信介内閣の日米安全保障条約改定の頃、「在日米軍裁判権放棄密約事件」というものがあったそうなのですが、反発を恐れた自民党によって長く隠されていたそうです。1960年の安保闘争では、30万人という安保反対派の人々が国会を取り囲んだそうです。安保改正法案は、結局通されたのですが、岸信介内閣は総辞職に追い込まれ、その辺りから、憲法改正、特に憲法第9条の改正についての議論は、止まるようになっていったということでした。

江田五月さんは、日本国憲法について、大戦を終えた世界中の人々が持っていたある種の理想を体現した憲法だと言い、憲法が不毛な政治の対立の道具にされてしまったことは悲劇だと思うと話していました。

1970年の11月25日には、自衛隊の駐屯地で作家の三島由紀夫が割腹自決を行いました。自衛隊員に決起を促していた三島さんは、日本を守るとは天皇を中心とする歴史と文化を守ることだと叫んでいました。しかし、当時の市民は、冷めていたそうです。インタビューに応じていた街の方は、理性的、論理的でないと今の時代には理解されないのではないかという風に答えていました。もしも今、例えば誰か芸術家の方が自衛隊の施設のような場所でマスコミや隊員たちを前に大演説を行ってその直後に割腹自殺を遂げても、多くの一般市民の間では当時と似たような反応になるでしょうか。

三島由紀夫の事件に共鳴をした方たちは、日本青年協議会という右派的思想の人々が集まる会を立ち上げ、その会を作った人々が今の、安倍首相を支援する日本会議の幹部になっているということでした。(最近はNHKでも日本会議のことを取り上げるようになりました。NHKの経営員会の中にもそのような会の方がいるそうなので、内容はチェックされているのかもしれません。)

その会に参加しているという法学者の百地章さん(自民党が強行採決した安全保障関連法案の集団的自衛権などの軍備拡大について、違憲ではないと主張していた方です)は、明治憲法こそ日本の憲法に相応しいと現行憲法の破棄を主張していたそうです。

元自民党総裁の河野洋平さんは、国連にも議席を得て、独立国として認められた日本に「自主憲法制定」の議論は時代遅れになった、他にやるべきことがあると思っていたと当時のことを振り返っていました。

1982年に中曽根内閣になると、「憲法改悪」を行うのではないかと市民に思われていた中曽根さんは、現行憲法は優れた憲法であると国会で称賛し、改正の考えを封印したそうです。

NHKは、イラクによるクウェート侵攻をきっかけに国際連合が多国籍軍の派遣を決定し、イラクに空爆をして始まったという湾岸戦争の頃の1992年、日本の自衛隊も多国籍軍に参加するということになり、18年ぶりに憲法改正に関する世論調査を再開したそうです。第9条の改憲派の割合が増えるのは、戦争や、2001年のアメリカ同時多発テロなどが起きた時でした。湾岸戦争は、その後の小泉純一郎さんが総理大臣を務めていた時代のイラク戦争にもつながっていきます。

昨年に開催されたという、映画の「シン・ゴジラ」と憲法について?の集会の映像の中の、参加者の方の、「戦争ってダメなんですか」、「平和は次の戦争への準備期間だと漫画に書いてありました」というような意見には驚きましたが、たくさんの人々が殺傷される戦争を良くないものだと思わない方というのは、もしかしたら他にもいるのかもしれないなと思いました。

今上天皇陛下が守っている憲法を、擁護せずに破棄しようとしたり変えようとしている改憲派の日本会議の人たちが「天皇陛下万歳!」と叫んでいる映像を見ていて、何か少し奇妙な風景であるように思えました。日本会議系の方たちは、国家や家族があってこその(個人の)人権だと考えているようなのですが、私には、逆であるように思えます。

日本会議系法学者の百地さんは、番組の中で、現行憲法が防ごうとしている国家権力の拡大について訊かれて、「国家は権力ではない(“国家=権力”ではない)」と力説していたのですが、「国家権力」とは「国家の持つ権力」という意味の言葉だと思うので、何というか、論理が少し意味不明であるようにも思えました(あるいはもう少し長く説明を聞いたなら、意味の分かるものだったのかもしれませんが)。

番組で紹介されていた、「佛所護念会教団」という宗教団体のことを、私は全く知らなかったのですが、その宗教団体(日蓮宗系の宗派のようでした)も、改憲派の人々の集まる団体でした。日本会議系の組織のように、あるいは報道で見た学校法人森友学園の幼稚園のように、部屋には天皇皇后両陛下のお写真が飾ってあるようでした。その教団の関口さんという方は、今の人の問題は憲法の個人の尊重によって「利己主義」が広まり「核家族」で家族がバラバラになったことが原因なのだというようなことを話していました。

改憲派の方々にとっては、『日本国憲法』は「最高法規」ではなく、普通の法律と同じようなものなのでしょうか。改憲派の方々の話を聴いていると、何となくなのですが、憲法と法律が混ざっているようにも思えました。

「美しい日本をつくる会」という右派組織の参加者の方が「家族で参加しています」と嬉しそうに答えているのを聞いて、まさに宗教のようだなとも思えてしまったのですが、幼稚園の園長先生?から参加を勧められたと話している方もいて、私の知らないうちに様々なところに謎の宗教は少しずつ浸透しているのかもしれないなと、少し怖いような感じもしました。

そのためか、SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)とは言われていなかったのですが、安全保障関連法などの頃に告解の前に集まってデモ活動を行っていた学生の方たちが登場した時には、少しほっとしました。

学生の方が、今ある憲法をちゃんと実現してほしいと答えているのを聞いて、本当にそうだなと、少し安心しました。改憲派・護憲派と分けるのは、単純過ぎるかもしれないとも思うのですが、改憲派の方は、現実に起きている嫌なことの全てを今の憲法のせいにしているのかなというような印象でもありました。実際には、憲法を無視して憲法の内容を他の法律でしっかり実現しようとしない政治のせいなのではないかなと思います。

そもそも、「鎖国」ではない日本には、海外からたくさんの情報や文化が入って来ていて、太平洋戦争に勝利していたならまた違ったかもしれませんが、戦後アメリカの支配下に入り、自民党がその支配の状況を維持しようとしているからには、明治憲法的思想は、どちらにしても時代遅れのものとして廃れていくか、残ったとしても悪い考え方として多くの市民には疎まれていくのではないかなと思います。

政府の憲法改正推進派の保岡さんという方(この方も日本会議系の方だそうです)は、(憲法が原因で?)日本らしい伝統やアイデンティティーが失われていると話していたのですが、一体、「日本らしい」とは何を指しているのでしょうか。古代史から考えると、そもそも日本の文化は渡来人の影響を多く受けていることになると思いますが、そのことを「伝統的な日本らしさ」なるものを主張する方たちは、どのように考えているのでしょうか(あるいは、まさか江戸時代末期や明治時代から昭和時代の終戦頃までのものを指して「日本の伝統文化」と呼ぶのでしょうか)。

昨夜の「ETV特集」では、「暮らしと憲法 第1回 男女平等は実現したのか」という特集が放送されていました(以前に放送された「ハートネットTV」での特集などをまとめたもののようでした)。70年前に日本国憲法の第24条で男女平等が定められ、その後民法も一部は改訂されたものの、まだ大日本帝国憲法(明治憲法)時代の思想が民法の中に変えられずに残されていて、2016年の世界経済フォーラムによれば、男女平等の度合いは144か国中111位(経済の分野では118位と政治の分野では104位)というほど、日本では現在も、男女の格差の大きい、“男尊女卑”の社会が続いている、というようなことを伝える特集でした。憲法の男女平等の実現のために闘い続けている女性たちの話でした。語りは高橋美鈴さんだったのですが、憲法が施行された年に生まれたという、河島憲代さんという元教師の方の朗読も良かったです。

私には、今の時代に生きている女性たちの中にも大日本帝国憲法下の時代の思想を良いものとして求めている人がいるということが、少し不思議に思えます。例えば、夫から暴力を受けても家や子供のために妻は耐えるべきだとかいうような考え方など、ご高齢の方の中にそのような思想を持つ方がいるとするならまだ分かるような気もするのですが、今の若い女性の中にもそのような意見の方がいるとしたら、その方は少し特殊な方なのではないかなと思えてしまいます。

夫婦別姓のことも、大日本帝国憲法支持者?の方は反対しているそうなのですが、私は、どちらでもいいと思います。結婚をした人が(異性婚だけではなく同性婚も数年後には認められるといいのにと思います)、同姓か別姓かを、最初からでも途中からでも、選ぶことができるようになっているといいのではないかなと思います。名字が異なるというくらいでなくなるような家族の絆なら最初から絆などなかったのだという風にも、もしかしたら考えられるかもしれません。

槇原敬之さんの「どんなときも。」の歌には、「“昔は良かったね”といつも口にしながら生きていくのは本当に嫌だから」という歌詞がありますが、それは本当に大切な感覚であるように思います。でも、もしも万が一、これからの日本の中に、個人の自由や基本的人権や平和がなくなるような時代が来てしまったなら、その時には、自由や人権や平和があった昔の時代は良かったなと、寂しく思ってしまうかもしれません。

「憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた」

先日の日曜日にNHKで放送された「NHKスペシャル」の「憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた」を見ました。録画をしておいたものです。

1947年(昭和22年)に施行された『日本国憲法』の平和主義の理念の源流を、1945年の8月15日の敗戦から約3週間後の9月4日に戦後初めて開かれた国会での昭和天皇の「平和国家を確立し人類の文化に寄与することを希う」という勅語がどのような経緯を経て完成したのかということを知る新資料の当時の東久邇宮稔彦総理大臣たちの検討による第1案から第4案までの草案(帝国議会開院式勅語案)から考えていくという特集でした。司会進行は、武田真一アナウンサーでした。

番組では、その草案の資料や、「平和国家建設」と立派な文字で書かれた小学校6年生の明仁親王(今上天皇陛下)の書初めも紹介されていました。「平和国家建設」の書初めの中央辺りに朱液で三重丸が書かれていたのも何だかかわいらしかったです。

新日本建設のための教育方針の柱として、「平和国家の建設」への当時の天皇(昭和天皇)の思いは、すぐに全国の国民に伝わったそうです。国会での「平和国家を確立し」の勅語は、天皇は平和を求めている、天皇は日本が平和国家になることを望んでいるということの、世界中の各国へのメッセージでもあったということでした。

ニューヨーク・タイムズ紙のフランク・クルックホーンさんという記者の方は、9月25日に表拝謁の間で昭和天皇に会ったことがあるそうで、その記者の甥?の方によると、昭和天皇は平和が訪れたことを喜び、マッカーサー元帥に協力するとも話していたそうで、敵国・日本の天皇は恒久平和についてよく理解していると感じた、ということでした。

恒久平和は銃剣を突き付けて解決できるものではないと、非武装による和解を求める昭和天皇の英文の回答をまとめたのは、外務大臣を務めたことのある総理大臣の幣原喜重郎さんでした。幣原喜重郎さんの孫の方は、幣原喜重郎さんについて、論理的で、戦争体験を通じて平和主義になったと思うと話していました。

9月27日頃、アメリカのGHQのマッカーサー元帥は、平和の基礎の上に新日本を建設するとして、当時の日本政府に『大日本帝国憲法』(明治憲法)の改正を促したそうです。3年前に出版された『昭和天皇実録』には、昭和天皇が積極的に帝国憲法改正について考えていたということが書かれているそうで、9月21日、昭和天皇は、皇室に近しい、元総理大臣の近衛文麿さんに改正のための調査を依頼したそうです。近衛文麿さんの臙脂色の手帳には、近衛さんの「民主主義の意味」というメモが残されていて、国民多数の意向による君民一致こそ新しい憲法に相応しいと、大権を制限することで改正を進めようとしていたことが書かれているのだそうです。

一方で、10月9日、幣原内閣は、憲法問題調査委員会を作り、国務大臣で法学者の松本烝治さんを委員長にしました。12月6日、近衛文麿さんには、A級戦犯として極東国際軍事裁判で裁かれる決定が下ったことがGHQから伝えられ、逮捕状が出された近衛文麿さんは、巣鴨の拘置所への出頭期限の16日、自宅で服毒自殺をしてしまい、昭和天皇の帝国憲法の改正のための調査は挫折してしまったということのようでした。

昭和21年の元日、幣原内閣は、昭和天皇の「人間宣言」と呼ばれる勅書を発布しました。天皇ご自身が自らを「現人神(あらひとがみ)」あるいは「現御神(あきつみかみ)」ではないと否定したとされるお言葉です。(私はその一部しか知らないのですが、ご自身を人間だと宣言したとものいうよりは、天皇と国民の間の絆は終始相互の信頼と敬愛の情によって結ばれているもので、神話や伝説や架空の観念によるものではないということを伝えているお言葉のようでした。それに、当時の日本の人々も、天皇陛下が実際には人間であるということは、当然のことながら、ごく普通に知っていたそうです。戦争時代を生きていた、私の祖父母も知っていました。また、そもそも、昭和天皇が自らご自身を神格化したり神だと宣言したりしたことはなかったそうです。)

そして、1月24日、幣原総理大臣はGHQのマッカーサー元帥を訪ね、マッカーサーと3時間に及ぶ会談を行いました。「羽室メモ」という資料が残されていて、そこには、幣原さんが、どうしても天皇制を維持したいとマッカーサーに協力を頼んだこと、マッカーサーが、一発の銃声もなく日本に進駐できたのは天皇の力によるところが大きいと話したこと、幣原さんが、戦争を放棄するとはっきりと声明することが日本を信用してもらえる唯一の誇りとなるのではないかと提案したこと、幣原さんとマッカーサーさんが共鳴していたということが記されているのだそうです。幣原さんは、神がかったことを排し、天皇陛下は平和を求めているということを伝えて、「天皇制の維持」と「戦争放棄」をマッカーサーに提案したようでした。日本の国民が子々孫々その意志に反して戦争の渦中に引き込まれることの無きように、という思いからだったそうです。

しかし、その後の憲法問題調査委員会の、「潔く裸になって平和国家としてやっていく」という意見に反対した松本烝治委員長の草案には、軍が残置されていて、「平和」が全く出てこなかったそうです。2月1日の毎日新聞のスクープで「君主主義」になる松本草案の内容が発覚すると、マッカーサーは極めて保守的だと批判し、GHQが草案を考えることを決断し、「マッカーサーノート」の基準を示して、民政局に一週間で突く寮に命じたそうです。マッカーサーは、天皇制に厳しい11か国による極東委員会がしびれを切らして介入してくるようになるかもしれいことを危惧していたようでした。

幣原さんとマッカーサーが話し合ったことは、憲法問題調査委員会やその委員長の松本さんには伝わっていなかったのでしょうか。それとも、伝わっていたのに、松本さんが昭和天皇や幣原さんやマッカーサーの考えを無視して別の草案を作って提示したということなのでしょうか。あるいは、もしも保守色の強い松本草案が作られることがなかったなら、現行の日本国憲法はなかったということにもなるのでしょうか。

「戦争の放棄」を進めるマッカーサーは、日本の自衛のための戦争も否定したそうなのですが、マッカーサーに日本の憲法改正草案の作成を命じられたGHQ民政局のチャールズ・ケーディスさんは、どのような国であれ自衛の権利は持っていて当然だと考え、紛争解決の手段としての武力による威嚇は放棄するという、自衛のための戦いは認めても侵略のための戦争は明確に否定するという今の憲法にもつながる条文を加えたということでした。

2月21日、GHQによる帝国憲法改正草案は完成したそうです。人権に関する規定が盛り込まれ、天皇は「象徴」となりました。外務大臣の吉田茂さんの家?を訪れたマッカーサーは、政府が草案の基本を受け入れるなら天皇制は安泰であること、政府が拒否するなら「国民投票」にするということを伝えたそうです。政府はその草案の内容を受け入れることにしました。(仮に当時国民投票になっていたとしても、天皇陛下と同じように平和国家を求める国民によって、きっと現行の日本国憲法のように改正されたのだろうと思います。)総選挙が行われ、1946年5月、吉田茂が内閣総理大臣になると、憲法改正の審議が始まりました。

番組の後半では、『日本国憲法』の第9条の第1項の冒頭の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」というGHQ案にはなかった言葉が、どのようにして入ったのかということを、再現ドラマを交えて伝えていました。

昭和21年7月25日、国会では、帝国憲法改正小委員会が開かれました。委員長の日本自由党の芦田均さんを含めた14人の委員の話し合いの速記録が憲政記念館に残されているそうです。緑色の線の原稿用紙に書かれていました。

再現ドラマでは、芦田均委員長を斉藤洋介さんが演じていて、日本社会党の鈴木義男議員を鶴見辰吾さんが演じていて、日本進歩党の犬養健議員を阿南健治さんが演じていました。第9条の条文について、「平和を愛好する」という言葉を条文に入れてはどうかとか、もっと積極的に「戦争はいかぬ」という言葉を入れてはどうかとか、話し合っていました。

憲法第25条の「生存権」の規定のために尽力し、後に片山哲内閣や芦田均内閣で司法大臣を務めたという鈴木義男さんは、ヨーロッパやアメリカへの留学経験があり、一千万人近くの人々が死亡した第一次世界大戦後にその反省から国際連盟が作られたのを見て、国際協調を重んじ、戦争を違法化するという新しい考えを学んだのだそうです。しかし、東北帝国大学の教授となった鈴木義男さんを待っていたのは、軍国主義化していく日本社会だったということでした。

学校での軍事訓練について殺人術を教えていると批判し、人類文化の理想は平和にあると考えていた鈴木義男さんは、東北帝国大学を辞めざるを得なくなり、弁護士になって、治安維持法に違反したとして捕らえられた人々の弁護に取り組むようになったのだそうです。

1931年には満州事変が勃発し、日本は国際的孤立の道を深めていきました。1933年には日本が国際連盟を脱退し、第二次世界大戦が起こりました。日本人だけでも310万人と言われる人々が戦争の犠牲になり、戦後の1945年に国際連合が設立されると、どうして2度の世界大戦を防ぐことができなかったのかと、鈴木義男さんは国会議員になり、積極的平和機構への参加を提案したのだそうです。積極的平和のために、憲法第9条を位置付けていきました(自民党総裁の安倍首相の言う“積極的平和主義”とは違います)。リベラルに受け止め、日本の参加した条約(国際法規)はこの憲法と共に尊重されねばならないと考えていました。

NHKは当時の外務省の萩原徹さんという方の作った?資料を発見したそうなのですが、それによると、当時の外務省は、国際連盟を脱退した戦前の日本の外交をドン・キホーテ式外交と呼び、ドン・キホーテ式外交論が日本の伝統的な外交を破壊したと考えていました。戦前の日本が国連を軽視したことを反省し、新しい憲法で日本を国際秩序の中に入れようと考えていたそうです。そして、憲法を国の最高法規と定めた第98条の第2項に、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」が加えられたということでした。

芦田委員長は、第9条の修正にこれを活かすことにしました。ドラマでは、日本自由党の廿日出ひろし議員や日本社会党の森戸辰男議員が、日本国の恒久平和について、いろいろ意見を出し合ったり、鈴木義男議員が芦田委員長の提案した「声明す」を取って「保持しない」と断言した言い方に変えたりしていました。そして、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」という第9条の条文が作られました。9条の冒頭の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」は、帝国憲法改正小委員会の、政党を超えた14人の国会議員たちの発言で決まったのでした。日本が積極的に国際社会の平和を担おうとする中、先の大戦への反省を込めて、作られたものでした。

1946年の11月3日、『大日本帝国憲法』を全面的に改正した、平和主義と民主主義を重んじる『日本国憲法』が公布されました。公布の時には、「本日、日本国憲法を公布せしめた。この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであって、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によって確定されたものである。即ち、日本国民は、みずから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである。朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するように努めたいと思う。」という昭和天皇の勅語(お言葉)がありました。その時の昭和天皇の白黒の映像が紹介されていました。

『日本国憲法』は、世界の憲法史上画期的なものだということですが、本当にそうなのだなということを改めて思いました。

第二次世界大戦(太平洋戦争)が起きたことにおいて、もしも日本にとって良かったと言うことができる部分があるとするのなら、それは『大日本帝国憲法』が退けられて『日本国憲法』が作られたことだという意見を以前に聞いたことがあるのですが、確かに日本国憲法は、先の大戦が起きなければ、そして日本が大敗しなければ、作られなかったかもしれないものでした。現行の日本国憲法がなかったなら、国民主権も、基本的人権も、個人やその自由の尊重も、平和主義も、女性の参政権(婦人参政権)も、まだなかったかもしれません。

報道によると、先日、安倍首相は、安倍首相を支持する「日本会議」系の集会で、2020年を新しい憲法が施行される年にしたい、2020年までに第9条を改正して自衛隊の存在を明記したいというような趣旨のことを言ったそうですが、まだ国民の間で憲法に関する議論が進んでいない中、「行政府の長」が、改正することだけを目標に、2020年という時期を先に表明するとか、不気味というよりも、浅薄に思えました。

現行の日本国憲法は、改正されていない憲法としては世界最古の現行憲法だそうですが、大日本帝国憲法も、戦後に日本国憲法に改正されるまでは、一度も改正されなかったのだそうです。よく分かりませんが、もしかしたら、日本人には、最初にちゃんとよく考えて決めて、そうして一度決めたものは守り抜こうというような考え方があるのかもしれないなと思います。

「皇紀」というのは、これもまた明治時代(明治5年の太陰暦を廃して太陽暦を採用した頃)に考え出されたものだそうですが、正式名称は「神武天皇即位紀元」というのだそうで、『古事記』や『日本書紀』で日本の初代の天皇とされている神武天皇(神話上の存在の可能性もあり、実在は定かではない)の即位の年を西暦では紀元前660年として、西暦に660年を足して換算する暦です。

今年の2017年(平成29年)は、皇紀では2677年です。初代の神武天皇から数えると、今上天皇陛下は、第125代の天皇です。中国のほうから伝わった「漢字」も、本家の中国で使われている漢字よりも日本で使われている漢字のほうが大昔の漢字に近いそうですし、世界最古の会社も創業1000年を超える会社の多くも日本にあるそうですし、昔からあるものを長く守り続けるという意識が、日本の人の中にはあるのではないかと思います。

だから、ということばかりでもないですが、70年間一度も改正されていない平和主義・民主主義の日本国憲法を、法律のような他国の憲法の場合と比較して、70年間改正されていないために時代に合わなくなっているから変えるべきだとするのは、間違っているように思います。現行の憲法が、個人の自由を無視する軍国主義を否定し、国家権力が拡大していくことを縛るために作られた憲法だとするのなら、なおさら、現行の憲法に戦前の『大日本帝国憲法』の要素を少しずつ復活させようとする改正案に賛同するようなことは、危険なことであるように思います。

憲法の第99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とあります。擁護とは、危害や侵害、破壊を加えようとするものから庇い守ることを意味する言葉です。自由民主党などの与党の議員さんの中には、もしかしたらまだ良い人もいるのかもしれませんが、自民党の結党の目的が改憲だったとしても、アメリカ政府に追従する今の自民党の総裁の安倍首相やその仲間の議員たちによる改憲への言動は、「この憲法を尊重し擁護する義務を負う」という憲法の第99条を守っていないものであるように思います。

安倍首相の改憲への姿勢に賛同する方たちは、自分たちも一国民なのに、自分たちの自由や権利、日本の平和な世の中が失われていくかもしれないことになる改憲に、どうして賛同するのかでしょうか。朝鮮半島で争いが起きる度に、憲法を改正しようという動きが現れてくるというのなら、日本の憲法改正は“有事”の発生を希望する人々に利用されていることにもなります。

先日報道されていた日本会議系の集会での映像(昨年の8月8日の天皇陛下のビデオメッセージのように作られていたことにも驚きましたが)の中で、安倍首相が、現行の日本国憲法を改正した後の憲法を、「新しい憲法」と呼んでいたことも、少し気になりました。『あたらしい憲法のはなし』の出版された頃なら、大日本帝国憲法が全面的に改定された日本国憲法は、まさに「新しい憲法」だったのだろうと思います。

先日の憲法記念日の頃には、NHKでも民放でも日本国憲法に関する特集が放送されていました。私も全てを見ることができたわけではないのですが、『日本国憲法』の考え方を一般市民の間に広く教えるためにかるたや、紙芝居や、公民館の普及が役立ったとか、そのような特集を見ました(夕方の情報番組を録画しておいたものです)。

『あたらしい憲法のはなし』は、1947年に出版され、最初は中学1年生の教科書になっていたそうなのですが、吉田茂内閣の頃、1950年に朝鮮半島で戦争が起きると、なぜか副読本として格下げになったそうです。そして、1951年の9月8日に調印したサンフランシスコ平和条約が1952年の4月28日に発効され、連合国による占領が終わって日本の主権が(一応)回復すると、ついに発行されなくなってしまったのだそうです。

戦後すぐの子供たちが日本国憲法について詳しくなったにも関わらず、今の私たちが、あるいは1950年頃に中学生だった方たちが、日本の憲法の内容をよく知らないままでいるということの原因の一端は(自主的に学んでいなかったということもあるかもしれませんが)、政府が子供たちに日本国憲法の内容や理念について積極的に教えなくなったということにもあるのかもしれません。

そして、吉田茂内閣の後の鳩山一郎内閣の頃から、自民党は、『大日本帝国憲法』の全面的な改憲からなる『日本国憲法』の改憲を主張するようになったということでした。

鳩山一郎内閣の次は、石橋湛山内閣で、総理大臣の石橋湛山が病に罹ってしまったために、次に岸信介内閣が作られました。岸信介さんを首相に指名したのは石橋湛山さんだそうですが、昭和天皇からなぜ岸信介を外務大臣に指名したのかとの疑問を直接ぶつけられたことがあるという石橋湛山は、どうしてアメリカ政府とつながって公職復帰した岸さんを次の首相に指名するようなことをしたのかなと、少し不思議に思います。

昨夜のテレビ朝日の「報道ステーション」では、キャスターの富川悠太アナウンサーが芸術家の草間彌生さんに招待されて草間さんの都内のアトリエを訪ねていました。草間さんは、アメリカが没落しかけている今のような不穏な世の中だからこそ、自分の芸術で世界平和を訴えたい、死んでも闘い続けたいというようなことを話していて、短い特集だったのですが、良かったです。

それから、スタジオに来ていた哲学者の國分功一郎さんは、北朝鮮について政府もメディアも危険だと煽り過ぎであり、本当に北朝鮮のミサイルが危険ならばどうして原子力発電所の再稼働を進めるのか、原子力発電所への対策を取らないのかと指摘し、納得できないと批判していました。本当にそうだと思います。危険だ、危険だと言いながら、安倍首相が山梨県の鳴沢村の別荘へ遊びに行ったり、二階幹事長がハワイへ行ったりするというのは、奇妙です。前東京都知事の舛添要一さんが週末に神奈川県の湯河原の別荘へ行ったことなどを危機意識が低いとメディアは批判していましたが、安倍首相や二階幹事長のことになると、メディアは批判しなくなるのでしょうか。

昨夜のNHKの「時論公論」は、小泉進次郎議員などの自民党の若手議員たちが画策しているという「こども保険」についての話でした。まさか「こども保険」なるものの宣伝なのだろうかとも思えたのですが、そういうわけではなかったようでした。私には、「こども保険」は良くないものであるように思えています。「こども保険」は、年金の保険料に保険料を上乗せして徴収し(少しずつ保険料を値上げするようです)、高齢者や子供のいない人にも負担してもらうものにする計画なのだそうですが、社会人の全員が半ば強制的に負担することになるようなものになるのだとするのなら、それは経済的に余裕のない貧しい人からも今以上にお金を取るという政策ということになりますし、「保険料」を払うのが家計の負担にもなっている裕福ではない貧しい家庭の子供たちを社会で支えるためのものだとしながら、結局は貧しい人たちを苦しめるものになるのではないかと思います。(小泉進次郎さんのことは、以前にはしっかりした議員さんのようにも思えていたのですが、最近はあまりそうも思えなくなってきました。「こども保険」の件も、本当に小泉議員たちが考えたことなのでしょうか。そうだとするなら、少し残念です。)

「消えた年金問題」もどうなっているのか分からない、勝手に運用されたりもしている「年金」の保険料に謎の上乗せをするものにするよりは(事実上の増税でしょうか)、今徴収している税金を見直して、その中から子供の教育のためのお金を使うことができるように考えたほうが良いように思います。

憲法改正の話題の時にも出されている「教育の無償化」(完全無償化でしょうか)は、「こども保険」という名前のように、何となく聞こえが良いのかもしれませんが、「教育の無償化」の財源に経済的にゆとりのない貧しい人たちから強制的か半強制的に徴収したお金が含まれているのだとすれば、裕福な家庭の子供も無償化の対象になるということは、裕福な家庭を貧しい家庭が支える、ということでもあります。高齢者にも負担してもらうという発想も、高齢者にはお金があるという思い込みから来ているのかもしれませんが、支給される年金額も減らされていて、医療の保険料も高くなって、ギリギリの生活をなさっている高齢者の方もたくさんいるのではないかと思います。日本にはお金にゆとりのある高齢者がたくさんいるのだという風には、私には思えません。どうしても「年金」の保険料に上乗せして徴収する「こども保険」なるものを与党が作りたいというのであれば、徴収した年金保険料を支払った人に全ての人に返却して一から制度を構築し直し、「年金」の名称も変えるべきだと思います。

報道されていた“バブル期並み”に世の中の景気が良くなっている、という話も、私には、本当であるようには思えません。一部の企業において景気が良くなっているのだとしても、それだけなら世の中の景気が良くなっているという風には言えないのではないかと思います。

例えば、高等学校(公立だけでしょうか。それとも、私立も含むのでしょうか)を「無償化」にしたいのなら、高校を「義務教育」にするという方法もあるように思いますが、高校を義務教育にするという案は、あまり聞かれないように思います。貧しい家庭の子供がお金のためにちゃんと学校へ通うことができないのだとすれば、それはやはり現行の『日本国憲法』の第25条や第26条が、十分に活用されていないからだということもあるのではないかと思います。

昨夜には、ユネスコのイコモスという諮問機関が福岡県の「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界文化遺産登録を勧告したというような報道もあり、それを聞いて、古代の祭祀や信仰が大切に守られているという沖ノ島が、世界遺産へ行きたい人たち向けの観光ビジネスの場所となって島の自然や文化が荒らされてしまうことになるのではないかと少し不安に思ったのですが、それとは別に、その「ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)」には、『ユネスコ憲章』というものがありました。1946年の11月に発効となったものだそうです。

私は一部しか知らないのですが、その『ユネスコ憲章』の初めのほうには、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」、「お互いの慣習や生活を知らないことは、人類の歴史を通じて、世界の諸国民の間の疑いと不信との共通の原因となった。諸国民の間の生活や慣習の相違は、このような疑いと不信とを通じて、あまりにもしばしば戦争を勃発させた」、「恐るべき大戦争は終わったが、この戦争は、人間の尊厳と平等と相互の尊重とに関する民主主義の原則を否定し、その代わりに無知と偏見とに乗じて、人間や人種が不平等であるという原理を宣言したために起こった」と書かれていて、本当にそうだなと思いましたし、この文章を書いた昔の人は立派だなと思いました。「世界遺産」なるものを認定する機関のようにもなっているユネスコは、もともとは、戦争のない平和な世界を作ろうという目的で作られた機関でした。

国家権力の暴走を防ぎ国民の自由を守るための「三権分立」も少し怪しくなってきていると言われている日本ですが、今のところはまだ“平和国家”と言えるのだろうと思います。これからもそうであり続けるためには、国民が『日本国憲法』のことを少しでもより良く知って、世界を巻き込む大戦争が集結した直後の社会の中で生きていた日本人がこの憲法を作った時の理念や高い理想を、忘れないようにしなければいけないのだということを、この「憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた」の番組を見て思いました。良い特集でした。

憲法にも改憲の規定は書かれていますし、現行の憲法を一字一句変えてはいけないとまでは思いませんが、少なくとも自民党の憲法改正草案の内容はぞっとするほど気持ちの悪いものでしたし、あのような思想を根本的に持っている議員たちが今の憲法を変えようとしているのだということを思うと、やはり不穏な感じがします。それに、もしも今の憲法第9条を本当に変えたいと思うのなら、その前に日米地位協定を見直すようにすることのほうが先だと思います。日本が本当に主権国家になっているというのなら、アメリカから日本の制空権を返してもらったほうがいいように思いますし、沖縄県の辺野古の美しい海を埋めて新しく米軍基地を造るようなことはやめて、沖縄から、あるいは日本国内から、米軍基地を一か所でも多く減らすようにしたほうがいいように思います。

報道によると、与党は、今の第9条に自衛隊を認めることをはっきりと明記した第3項を加憲するという提案をしているそうですが、自衛隊が第9条に書かれていることを守る真に自衛のための組織だとするのなら、日本を普通の国と考えていた当時のGHQ民政局の方も言っていた通りに、特に「違憲」の存在にはならないのではないかとも思います。現行憲法のどこかを変えたいと考えるよりも、日本国憲法に書かれていることが今の日本社会の中にちゃんと実現されているかということを、考えたほうがいいのだと思います。(それにしても、またむやみに長い文章になってしまいました。ここまで来て気付きました。それでも、何かのきっかけでこの稚拙な文章にたどり着き、読んでくださった方、ありがとうございます。)

日本国憲法の施行から70年の日

今日は、「憲法記念日」で、1947年(昭和22年)に『日本国憲法』が施行されてから70年の日ですが、現在、70年前の日本の国会議員たちがまとめ、昭和天皇も新しい日本を建設するための憲法として認めていたという日本国憲法が、作られた時期がアメリカのGHQに占領されていた時期だったという理由で、国家権力への制限の多い日本国憲法の条文を気に入らない自民党などの国会議員によって改定されようとしています。

憲法でも憲法を改正すること自体は認められていますから、国民の大多数の中に、ある条文のここをこのように変えたいという意見が明確にあるのなら、憲法改正の発議がなされて国民投票が行われるようになることも間違ってはいないのかもしれませんが、国民の多くは憲法の内容をよく知らず、どの条文のどこをどのように変えたいということを明確に意識していないのではないかと思いますし、国民の間で政治の在り方や憲法の在り方についての議論が大して行われず、国会でもまともな議論がなされていない中で、日本国憲法はGHQに押し付けられた憲法だという嘘の噂を信じている今の自民党の議員さんや自民党の思想に賛同する党の議員さんたちによって、70年前から一字一句変わっていないのはおかしいから変えるべきだ、というような、改正のための改正が行われるということは、間違っているように思えます。

昨日の報道によると、安倍首相は、日米会談が行われても、これからは一部しか公表しないということにしたそうです。海上自衛隊の護衛艦「いずも」が初めて米艦防護の任務に就いたことも、政府は公式発表や国民への説明を行っていませんが、今日には、別の護衛艦の「さざなみ」も米艦防護の任務に就くことになって、広島の呉の港を出港したのだそうです。特定秘密保護法を作った今の自民党が、自衛隊が海外で武力を行使することができるようにした安全保障関連法を強行採決する頃、安倍首相は、安全保障関連法案について、「戦争法案(日本が戦争をできるようにするための法案)」だと言うのは「レッテル貼り」だと反発していましたが、一昨年前の秋に成立して昨年の春に施行された安全保障関連法がやはり「蟻の一穴」だったとするのなら、このままだと、日本国憲法の第9条の「第1項・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 第2項・前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。」はさらになし崩し的にされていき、「戦争法案」と呼ばれていたのはその通りだった、というようなことになっていくのかもしれないなと思います。

私は、大日本帝国憲法(明治憲法)の世の中を生きたことはありませんが、国際外交に失敗して敗れた第二次世界大戦で多くの自国民や他国民を死傷させたり苦しめりしたことを反省した当時の日本政府の人たちが真剣に考えて作ったであろう日本国憲法が、GHQに押し付けられた憲法だとは思いませんし(もしもGHQのみの影響があったとすれば、それは古い明治憲法の改正を迫られたというようなところかなと思いますが)、悪い憲法だとも思えません。日本国憲法は日本国の理念なのですし、そのような憲法を、70年経っているからという理由で変えたほうがいいとは思いません。憲法を改正するかしないかについてもちゃんと話し合われていないのに、改正することが前提にされているというのは奇妙なことです。今の日本に合わないところがあるのなら、憲法を改正しなくても、通常の法律を改正したり新しく作ったりすれば良いのではないでしょうか。

自民党に近しい日本維新の会などは、「経済的格差」の家庭の子供たちを救うという、「教育の無償化」のための憲法改正を提案しているそうですが、それもそのような法律を作れば良いことなのではないかと思います。自民党や維新の会は、憲法にしたほうが確実なのだと言いますが、法律だって一度作られたならそう簡単には変えられるものではないのですし、今の自民党などが3分の2の議席数を確保しているとして、そうして現行の憲法を変えるなら、憲法も確実なものではないということになります。日本国憲法は、シンプルなものであるほうが良いと思います。これまでのように「解釈」が有効になる部分が残されていても良いのではないかとも思います。(例えば、第二十四条の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」の「両性」が、異性だけではなく同性も指すという風に、解釈によって認められても良いのではないかなと思います。)

それに、「教育の無償化」のための改憲については、仮に憲法で「教育の無償化」を決めたとしても、今の日本国憲法に書かれている内容が70年経った今でもまだ完全には実現されていないように、「教育の無償化」の財源確保のためにあまり裕福ではない貧しい人たちの側からも結局お金を取るということになるのなら、「経済的格差」を埋めるものにはならないのではないかと思います。

数年の内に『日本国憲法』の内容が別のものになるかもしれないということへの不安は、「教育勅語」を教育現場で用いることにしたり、中学校の武道の中に「銃剣道」を含めたり、「テロ等準備罪」という名前の「共謀罪」を作ろうとしているような安倍政権の政治の手法を、戦後軍国主義を排して平和主義を掲げている日本の政府として信用できるかどうかによる、というところもあるのかもしれないとも思いますが、国会を軽んじ、南スーダンでの「戦闘」を隠し、自衛隊による米艦防護を始め、国家権力を強めて国民の義務を増やすための改憲の議論を推し進めようとしている与党は、また「強行採決」的な採決で決めていくのかもしれません。

私は、昔には保守派(右派、右翼)というのは、国旗を掲げて軍歌を大音量で流す謎のカーキ色の車を走らせる人たちというくらいの、あまり良くないイメージしかなかったのですが、その後、天皇皇后両陛下のことを大切に思っている人たちなのかもしれないと思うようになり、それなら怖そうに見えても実は良い人たちなのかもしれないと、保守勢力への少し怖いイメージはなくなりました。そうして数年前までは、保守派というのはそような人たちのことだと思っていたのですが、昭和天皇が良いものと認めて今上天皇陛下も大切に思っている現行の日本国憲法を、GHQに押し付けられただけの残念な憲法だと今の保守派の人たちが思っているとするのなら、そのような今の保守派については、私の保守派に対する漠然としたイメージが間違っていたか、保守派のように見える人たちが本当は保守派ではないか、なのかなと思います。

それに、これは日本国憲法のこととは関係なく、素朴な疑問なのですが、保守派の人たちが保守派の意見に対抗する意見を持つ革新派(左派、左翼)を「反日」と蔑むのは、一体どうしてなのでしょうか。安倍首相の意見に反対している人たちのことを「反日」(反日本?)と呼ぶのは、どうしてなのでしょうか。例えば、天皇陛下のお気持ちに反対する人たちをそう呼ぶのならまだ分からなくもないですが、意見が多少異なっても日本を良くしようと考えている同じ日本人を「反日」と敵対するように呼ぶのは、何か不思議なことだなと思います。

あと、政府に反対意見を訴えるデモを行う方たちが、「日の丸」を掲げていないということも、いつも少し気になります。私はデモのような政治的な集団行動に参加をしたことがなく(集団行動自体が苦手ということもあります)、報道などで見ることがあるくらいなのですが、幕末の明治維新の頃のように(仮に偽物であっても)「錦の御旗」を先に大々的に掲げたほうの部隊が「官軍」になるというような心理が現代でも続いているのだとするなら、首相官邸の前や国会議事堂の前や辺野古の海の前でデモ活動を行う方たちも、日の丸を掲げたほうが絶対に良いと思います。白地の中央に赤い丸の「日の丸」の旗は、単純に、シンプルできれいです。国旗の「日の丸」や国歌の「君が代」を国が国民に強制するようになることは嫌なことだと思いますが、国旗になっている日の丸の旗(戦国武将の武田信玄の旗にもありました)は基本的にはみんなのものなのだろうと思いますし、保守勢力?や政府(今は安倍政権)寄りの方たちのもののようにしておくのは、もったいないことであるように思います。
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