「正解するカド KADO: The Right Answer」第1話から第3話

東京MXテレビやBSフジで4月から放送されている、「正解するカド KADO: The Right Answer」というアニメ作品を見ています。

東映制作のオリジナルアニメだそうです。

国際会議へ向かう外務省の総合外交政策局国連政策課の首席事務官で交渉官(ネゴシエーター)の真道幸路朗(声・三浦祥朗さん)の乗った旅客機(飛行機)が羽田空港を離陸した直後、突如上空に謎の立方体が現れ、乱気流に巻き込まれたように激しく揺れながら巨大な立方体の中に取り込まれてしまいました。しばらくして停止した機内で目を覚ました真道さんは、部下の花森瞬(声・斉藤壮馬さん)を残して一人で旅客機の外に出ようとするのですが、そこはまだ立方体の内部で、出口は見当たりませんでした。そこに未知の存在(声・寺島拓篤さん)が出現しました。252人の乗客の命を守るべく「ヤハクィザシュニナ」と名乗るその存在との交渉を試みた真道さんは、人類との接触を望むヤハクィザシュニナから日本政府と話がしたいと頼まれ、その仲介役を引き受けました。

羽田空港に出現した謎の立方体を「カド」と呼ぶことにした日本政府は、乗客を安全に救出するため、人間の脳に直接語りかけるように話すヤハクィザシュニナの通訳となった交渉人の真道さんの指示を受けて、話し合いの場として指定された羽田空港に徭沙羅花(つかいさらか、声・M・A・Oさん)を派遣しました。空港に殺到したマスコミの記者たちが見守る中、真道さんと共に日本政府との交渉の席に着いたヤハクィザシュニナは、自身を「ノヴォ」という異方(宇宙の外側の高次元世界のような場所)からの存在であること、「カド」が異方とこの世界との境界であることを説明し、異方とこの世界とをつなぐ球状の物質「ワム」を取り出すと、それが無尽蔵に電力を作り出す様を人類に見せ、その小さなガラス玉ような物質を大量に人類に供与すると提示し、「人よ、どうか正解されたい」と迫るのでした。

脚本は野﨑まどさん、演出は渡辺正樹さん、りょーちもさん、齋藤昭裕さん、作画監督は真庭秀明さん、総監督は村田和也さんという作品です。オープニングテーマは徭沙羅花 starring M・A・Oの「旅詩」という曲で、エンディングテーマはHARUCAさんの「永遠のこたえ」という曲でした(エンディングの映像は、少し昔のアニメのような印象を受けます)。ナレーションはなぜか(なぜか、と言ってはいけないかもしれませんが)俳優の上川隆也さんです。

「正解するカド」という謎のタイトルが気になって、何気なく見始めたアニメです。江戸川乱歩の小説『少年探偵団』を原作とした作品という理由で見始めた「TRICKSTER -江戸川乱歩『少年探偵団』より-」を途中で挫折してしまったため、深夜の30分アニメを見るのは久しぶりです。「正解するカド」は今は第3話まで放送されていて、私は第1話から見ているのですが、第1話の放送前に放送されたらしい第0話?は未見です(第0話があったことに気付きませんでした)。

第1話を見た時には、面白いのかどうかよく分からない話のようにも思えていたのですが、話に少し慣れてきた第2話からの第3話の内容は、急にSFと社会派の要素が強くなっていて、単純に面白く思えました。

ヤハクィザシュニナが世界各国の人の中でまず日本人に接触したのは、他の国に比べて物質的に豊かであるために心理的にゆとりがあり、「ユノクル」という心の方向性や共感性がヤハクィザシュニナのそれと近いからということが理由のようでした。ヤハクィザシュニナという存在が、宇宙人なのか未来人なのか神なのかは分かりませんが、宇宙の中の地球に生きる人類よりは賢く、高度な文明を持っていて、自身と接触することによって人間を「進歩」させたいと思っているようでした。アニメの物語の中のテレビ局の取材班の人が言っていたように、「未知との遭遇」です。

東日本大震災で周辺の町の土地を放射能で汚染させてしまう大爆発事故が起きても原子力発電所を今の日本政府が再稼働させたがっているように、都市に生きる人類の生活には電力が欠かせなくなっているのだとするなら、無尽蔵に電力(電気エネルギー)を作り出すことができる物質というのは、人類にとって、また各国の為政者たちにとって、とても魅力的なものなのだろうと思います。

地球上の全ての人類を「進歩」させるために現れたらしいヤハクィザシュニナ(光のような存在として現れたので、異方での在り方が単体なのか複数体なのかもよく分かりません)が、人類をどこへ導くのか、あるいは魅力的なものを与えられた人類が欲望のために「進歩」できずに自滅することになるのか、人が選ぶべき「正解」とは何なのか、SF的な部分も含めて、続きが気になります。

「フル3DCGアニメーション」の絵は、きれいなのですが、小さい頃からセル画のアニメを見てきた私には、CGアニメの絵の何かぬるぬるとしたような動きには、まだあまり慣れません。先日に見た映画「アナと雪の女王」のようなディズニーのCGアニメーションの絵もまだ、見始めてしばらくの間は慣れないのです。

面白いのは、登場人物の絵(キャラクターデザイン)に、実際にいそうな人と少女漫画風?の人が混ざっているところです。真道さんやヤハクィザシュニナや徭沙羅花さんや物理学者の品輪彼方(声・釘宮理恵さん)は、いかにもアニメらしいというか、少女漫画の絵のようなデザインなのですが、「カド」の出現という未曽有の事態に対応するため首相官邸に集結した政治家などの政府関係者は、どちらかというとリアルな人のように描かれています。自民党の石破茂衆議院議員に似ている登場人物もいますし、特に総理大臣の犬束構造(声・中博史さん)は、2000年に急逝した小渕恵三元総理大臣に似ているように思えて、何となく、少し嬉しく思いました(小渕恵三さんは、突然の脳梗塞で亡くなったということなのですが、総理大臣の中では良い総理大臣だったという印象があります)。

突然の大きな出来事に政府関係者が対応をするという点では、昨年の映画「シン・ゴジラ」にも少し近いのかもしれませんし、専門用語も多くて、登場人物たちの名前や役職名なども少し憶え辛いというか、少し難しく思える部分もあるのですが、同じような未曽有の出来事でも、それが「ゴジラ」と異なるのは、「ヤハクィザシュニナ」が人と対話をすることができるというところなのかなと思います。「正解」のための「思考を続けること」と共に、相手に思いを伝えるための言葉をどのように使うかというような「コミュニケーション」の問題もこの作品のテーマの一つになっているのかなと思いました。

毎回の感想を書くことはできないかもしれないのですが、落ち着いた雰囲気で見やすいですし、録画をしつつ、展開が遅いような早いような「正解するカド」の不思議な物語の続きを、私ももう少し見ていこうと思います。

映画「クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃」

テレビ朝日の「ドラえもん クレヨンしんちゃん 春だ!アニメだ! 3時間アニメ祭り」の中で地上波初放送された映画「クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃」を見ました。

2016年の4月に公開された映画です。第24作目の「クレヨンしんちゃん」の映画だそうです。「地上波初放送」と書かれていましたが「ノーカット放送」とは書かれていなかったので、昨夜の映画は「ノーカット放送」ではなかったのかもしれません。

私は昨年にこの映画の予告編を見た時、夢がテーマになっているというのを面白そうに思え、また脚本が劇団ひとりさんだと知って、どのような「クレヨンしんちゃん」になっているのだろうと少し気になっていたので、放送されると知って見るのを少し楽しみにしていました。

巨大な魚に飲み込まれる夢を見た春日部市民たちが悪夢にうなされるようになった頃、ふたば幼稚園に春日部に引っ越してきたばかりの貫庭玉サキ(ぬばたまさき、声・川田妙子さん)という少女が転入してくるのですが、サキは幼稚園の誰とも友達になろうとはしませんでした。夜の夢の中では自由に夢を叶えることができるため、大人も子供も自分の夢を楽しむようになっていたのですが、大原ななこや水着の女性たちと遊ぶ夢を見る野原しんのすけ(声・矢島晶子さん)やアイドルになる夢を見る桜田ネネ(声・林玉緒さん)や漫画家になる夢を見る佐藤マサオ(声・一龍斎貞友さん)や石そのものになる夢を見るボーちゃん(声・佐藤智恵さん)と同じ夢の中で選挙に出馬する夢を見ていた風間トオル(声・真柴摩利さん)は、みんなの夢が何者かに吸い取られているのを目撃し、さらにその夢の中にサキがいないことに気付き、ねねちゃんの説得によりカスカベ防衛隊の一員になったサキが春日部市民の悪夢に関係しているのではないかと考えるようになりました。

春日部市民の悪夢は、母親のサユリ(吉瀬美智子さん)を事故で亡くしてから毎晩悪夢にうなされるようになったサキのために、サキの父親で夢研究者の貫庭玉夢彦(安田顕さん)が開発した他人の夢の力を吸い取る機械によって引き起こされていました。夢彦は、娘を救うため、娘の悪夢を人々から奪った楽しい夢の力(ユメルギー)で緩和しようとしていたのでした。そのことに気付いたネネちゃんもマサオくんもボーちゃんも風間くんも次第に悪夢にうなされるようになり、絶対に嫌いにならないと約束したサキから離れて行ったのですが、いつも一人でいるサキが寂しそうなことを気にしていたしんのすけは、サキから事情を聞いてサキが母親からお守りとして渡されたぬいぐるみの「獏」に悪夢を食べてもらうことを思い付き、野原みさえ(声・ならはしみきさん)と野原ひろし(声・藤原啓治さん)が夢の中の夢彦の行動を抑えている間、妹のひまわり(声・こおろぎさとみさん)や白馬のようになった犬のシロと一緒に獏を探しに行くことにしました。

母親の死にショックを受けたサキは、自分がバカだったせいで母親は死んだと思い込み、自分を恨んでいるであろう母親の幽霊の悪夢に苦しんでいました。しんのすけたちと友達になり、その夢を奪い続けることに心を痛めるようになったサキは、父親の発明した装置を破壊し、意識を失って悪夢の世界に閉じ込められました。装置がなくても深いところでつながっている無意識でサキと同じ夢を見ることができると信じるしんのすけは、そのことを夢彦に訴え、そして、カスカベ防衛隊のねねちゃんとマサオくんとボーちゃんと風間くんと同時に眠り、サキと同じ夢の中に入って、サキを悪夢から救おうと奔走するのでした。

原作は臼井儀人さんの漫画『クレヨンしんちゃん』です。脚本は劇団ひとりさんと高橋渉さん、監督は高橋渉さんでした。

このような映画だったように思うのですが、とても面白かったです。私は「クレヨンしんちゃん」の映画を全て見ているというわけではなく、見たり見なかったりしているのですが、昔の「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」を好きな私としては、今回の「爆睡!ユメミーワールド大突撃」も良くできた「クレヨンしんちゃん」の映画だったように思いました。

貫庭玉サキの名字の「ぬばたま」は「夜」の枕詞ですが、夢が舞台の物語になっていたのも良かったですし、それが最終的にいわゆる“夢落ち”などにはならず、サキちゃんの現実を変えることで、サキちゃんが自らの悪夢(マイナス思考や負の感情)を消滅させることなくそれと上手く付き合いながら前向きに生きていくことができるようになっていくというところも良かったです。現実と夢と意識と無意識の話が、自然に展開しているように思いました。

もしも私が幼稚園生や小学生の頃に見ていたなら、映画「ドラえもん のび太の魔界大冒険」のメジューサ(リメイク作品の「のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」では美夜子さんの母親の魂だったという謎の設定に変わっていましたが)のようなサキちゃんのお母さんの幽霊の悪夢の場面はトラウマになったかもしれないとも思えたのですが、そのような場面のある作品のほうが心に残る作品になるようにも思います。

親子愛や兄弟愛や友情は、「クレヨンしんちゃん」には毎回描かれている要素だと思うのですが、今回の作品の中でも、父親が子供を守ろうとする愛情と母親が子供を守ろうとする愛情とが、丁寧に描かれていました。母親が死んだのはバカだった自分のせいだ、母親は自分を恨んでいるはずだと思い込んで苦しんでいたサキちゃんの悪夢に入ったみさえさんが、あなたは私の夢なのだと、亡くなったサユリさんに代わって母親の子供への思いを伝えていた場面もとても良かったです。

夢には、眠っている間に見るようなタイプの夢と、将来の希望としての夢とがありますが、今回の映画ではその両方の「夢」が扱われていました。理想の夢の場面も楽しく思えたのですが、アイドルになって「グッド・ナイト・ベイビー」という昔の歌を歌うネネちゃんが熱愛発覚を疑うファンに脅かされるようになったり、売れっ子漫画家になったマサオくんが編集者に追い詰められるようになったり、ボーちゃんが犬の散歩コースの道端の石ころになったり、立候補して選挙カーで演説をしていた風間くんが選挙に出馬できるのは25歳になってからだと母親に叱られて叩かれたりという、夢が現実に潰されていく場面も面白く思えました。単純に話として面白いということでもあるのですが、大人の作った現実が子供の夢を少しずつ潰していく、子供の夢の芽を少しずつ摘んでいくというようなことは実際にもあることのように思えて、それをこの映画の中で描いているということが、何というか、誠実であるようにも思えました。

「クレヨンしんちゃん」の映画には著名人がそのまま登場しているということもよくあるように思いますが、この映画には、元カリスマホストの城咲仁さんや俳優の大和田獏さんや芸人のとにかく明るい安村さんが登場していました。例えばその時人気の芸人さんが登場する場合、数年後にこの映画を見た人がその人を見て誰だか分からないようになったらどうするのだろうということを、私は勝手に少し心配に思えてしまうところがあるのですが、この映画の中のとにかく明るい安村さんの場面は、とにかく明るい安村さんだということを知らない人が見たとしても、映画の中のしんちゃんが怯えていたように、悪夢的だろうと思いました。

映画の物語が子供向けに作られ過ぎていないようなところも良かったのだと思いますし、感動の押し売りというか、登場人物がやたらに泣くタイプの「“泣ける”映画」という雰囲気になっていなかったところも、私としては好きでした。コメディーとシリアスのバランスが良く、しかも全体的にはシンプルで、優しくて、すっきりとした気持ちで見終えることができました。

自分自身の夢の大きさが玉のように目に見える形になって現れるというのも、面白いなと思いました。現実的ではない夢でも良いのなら、私の夢も?ユメミーワールドでは少しは大きめの玉として現れるかもしれません。

手書きのような線の絵の雰囲気も良かったですし、オープニングの粘土のアニメもかわいかったです。エンディングテーマのメツメイシの「友よ ~ この先もずっと…」という曲も、映画に合っているように思えて良かったです。最後、カスカベ防衛隊の一員になったサキちゃんは、大学で夢の研究を続けることになった父親の関係で外国に渡っていたのですが、父親と一緒に元気に暮らしているようで、映画の中のことなのですが、ほっとしました。

映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」がとても良いので、その作品と「クレヨンしんちゃん」の他の作品とをつい比べてしまうのですが、夢の話だった「ユメミーワールド」も良かったように思います。私には何となく無くても良いように思えるギャグの部分もあったのですが、サキちゃんの個性も良かったですし、父と娘の話というのも「クレヨンしんちゃん」としては新鮮な印象でしたし、ともかく、最後まで楽しく見ることができて良かったです。

映画「アナと雪の女王」

フジテレビで地上波初放送されていた、2013年公開のディズニーのアニメーション映画「アナと雪の女王」を見ました。

視聴者や芸能人やフジテレビアナウンサーたちが映画の主題歌?の「レット・イット・ゴー~ありのままで~」を歌うエンディングの映像が不評だったという放送です。その部分は私にもとても謎に思えましたが、ともかく、録画をしておいた有名な「アナと雪の女王」の映画をようやく見ることができました。

「本編ノーカット放送」ということで、確かに物語の部分はそうだったのかもしれないと思うのですが、登場人物たちが歌うミュージカルの場面には、カラオケのように歌詞の字幕が出ていました。

ただ、そのようなところはあっても、この映画を一度も見たことがなかった私には、地上波初放送の本編を、それなりに楽しく見ることができたように思います。

映画「アナと雪の女王」の原案はハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『雪の女王』で、「ディズニープリンセス」の映画なのですが、ディズニー史上初のダブルヒロインの映画(二人のディズニープリンセスを主人公とした映画)ということでした。

私は「ワンス・アポン・ア・タイム」というNHKのBSプレミアムで放送されていたアメリカのドラマの中に登場していた「アナと雪の女王」しか知らなかったので、この映画が地上波で放送されると知って見るのを楽しみにしていました。

そうして見始めた物語は思っていたよりもざっくりと進んでいて、アレンデール王国の王宮に暮らす魔法の能力を持つ姉のエルサと魔法の能力のない普通の妹のアナの両親である国王夫妻はあっと言う間に海難事故で亡くなり、小さいエルサとアナには身内がお互いしかいないという状況になっていました。

アナを助けようとしたエルサの氷の魔法がアナの頭に入ってしまった時、両親は急いでアナを石の精霊(トロール)のもとへ連れ行き、アナを治した石の精霊は、髪が白くなるという後遺症が残ったアナを心配して不安に怯えるエルサに、自分の能力を恐れてはいけない、恐れたら敵になってしまうから、と話していたのですが、精霊の話を一緒に聞いていた両親は、魔法をコントロールできるようになるまではとエルサに手袋を渡し、王宮の自室に籠もるようにしてしまいました。

映画を見ながら、エルサが自分の能力を恐れるようになったのには、この両親の考え方の影響もあったのではないかなと思いました。

前向きな性格の妹のアナ(声・神田沙也加さん)が氷屋さんのクリストフ(声・原慎一郎さん)とトナカイのスヴェンの協力を得て、他人を傷つけることを恐れるあまりに雪山に氷のお城を作って閉じこもってしまったことでアレンデール王国をそれとは知らずに雪に覆われたままにしてしまった心配性の姉のエルサ(声・松たか子さん)の氷のように閉ざされた心を真実に愛によって解放しようとする話で、二人のプリンセスが主人公ということでしたが、アナの“冒険物語”の部分が長かった印象もあるので、どちらかというとアナが主人公の映画だったように思います。

脚本はジェニファー・リーさん、監督はクリス・バックさんとジェニファー・リーさん、製作総指揮はジョン・ラセターさんという作品でした。

アナとエルサが相手を助けようとした「真実の愛」が、異性間の愛ではなく、姉妹愛だったところが、ディズニープリンセスのアニメ映画の中では新しい要素だったのかなと思いました。

対人関係を怖がるエルサの不安な気持ちが鋭い氷で表現されていたのも良かったです。もしも私にも氷の魔法があったなら、エルサのようになっていたかもしれないなと思います。

「ディズニープリンセス」の映画なので主人公のアナとエルサの姉妹は王国の姫なのですが、もしも二人が一般市民だったならどうなっていたのだろうということも、少し思いました。

国王夫妻が海の事故で亡くなってから、エルサの戴冠式が行われるまでの間、国を誰がどのように治めていたのかというようなところも、具体的には描かれていなかったので不明ですが、そのようなところも含めて、「昔々あるところに」で始まりそうな、「おとぎ話」らしい話であったように思えました。

雪だるまのオラフの性格や話し方がとても面白かったのですが、エンドロールを見てオラフの声がピエール瀧さんだと知って驚きました。ピエール瀧さんはすごいなと少し驚きました。

アナを演じていた神田沙也加さんの声も、エルサを演じていた松たか子さんの声も良かったです。雪山へ行った女王エルサが「ありのまま」の自分で生きる決意をしたのが私には少し急であるように思え、アナに助けられたエルサが「愛」に気付いて「恐れ」から脱却していたところも少し唐突であるように思えたのですが、それでも、「アナと雪の女王」が人気の映画であるということは私にも分かったような気がしました。面白かったです。いつか字幕版や吹き替え版の"完全版”を見てみたく思いました。

映画「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」

昨日のテレビ朝日で放送された映画「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」を見ました。

「新・のび太の日本誕生」は、映画ドラえもんの第10作の「のび太の日本誕生」のリメイク作品として2016年の3月に公開された、ドラえもんの映画の第36作です。

とても好きで小さい頃に何度も何度も繰り返し見ていた「のび太の日本誕生」(原作と脚本は藤子・F・不二雄さん、監督は芝山努さん)が「リメイク」されると知った時には、「のび太の魔界大冒険」のリメイク作品の「のび太の新魔界大冒険 ~7人の魔法使い~」をテレビ放送で見た時の新作オリジナルのエピソードの残念さのことを思い出し、「日本誕生」の物語も奇妙な変更のされ方をしてしまうのだろうかと気になっていたのですが、公開時に意外と評判が良かったという印象もあったため、声優の方が一新されている今回の「新・のび太の日本誕生」の地上波初放送を見るのを、私も少し楽しみにしていました。

「のび太の日本誕生」は、現代の日本には安心して家出をすることのできる誰のものでもない土地がないと考えタイムマシンで7万年前の日本に家出をしたドラえもんとのび太くんとしずかちゃんとスネ夫とジャイアンが、時空乱流に巻き込まれて現代の野比家に現れた本物の原始人のヒカリ族のククル少年と出会い、奇襲に遭ったククルの家族や村人たちを凶暴なクラヤミ族とトコヤミの宮の不死身の精霊王ギガゾンビから救うために立ち上がる、という物語です。

そうして見始めた昨夜の「新・日本誕生」は、ノーカット放送ではなかったかもしれないのですが、始まり方が昔の「日本誕生」とほとんど同じだったことに感動し、特に前半は、その台詞や展開が昔の映画と重なるように思えて、少し安心しました。のび太くんが作り出したペガとグリとドラコが同じくらいの比重で描かれているように思えたところも、良かったです。「日本誕生」に現代的な設定を加えてグレードアップさせたものであるようにも思えていました。

ただ、遮光器土偶のツチダマが登場する辺りの後半からは、昔の「日本誕生」とは違う雰囲気に変わっていたような気がします。

私はおそらく「日本誕生」を見て遮光器土偶という存在を知ったので、今でも遮光器土偶を見ると「日本誕生」のツチダマのことを思い出すのですが、「新・日本誕生」のツチダマは、原作や昔の「日本誕生」で描かれていたものや歴史の教科書や博物館で見る遮光器土偶と違い、声や形に人間味がありました。しかも、種類の異なる土偶が全部で5体いました。

上手く伝えることができないのですが、何というか、遮光器土偶というものへの「神秘性」のようなものが失われていたように思います。「リニアモーターカーごっこ」から逸れてしまったのび太くんが吹雪の中マイナス50度の寒さに耐える場面からも、「寒さ」の描写が少し失われていたように思います。ラーメンを見ると思い出す「ラーメンのお汁、飲んでおけばよかった」というようなのび太くんの名台詞もなくなっていて、少し説教的な場面に代わっていました。タイムパトロールの船が扮していたマンモスもいませんでした。その代わりに、のび太くんが吹いたククルの犬笛によってすぐにペガとグリとドラコが助けに現れたのですが、ククルの犬笛と狼のエピソードも「新・日本誕生」オリジナルのものでした。ツチダマが形状記憶セラミックで出来ているということをドラえもんは知らずにドラミちゃんが突き止めて兄に教えるという部分も、のび太くんのママが家出をしたのび太くんを心配する場面が多かったのも、そうでした。

近年の新しいドラえもんの映画に多いように思われる(といっても私は新しいドラえもんの映画をまだ3作か4作しか見たことがないのですが)「感動」を描くための演出も過剰であるように思えたのですが、それとは別に、全体的に説明的な台詞が多かったという印象もありました。

歴史の勉強になる、という部分もあるとは思いますが、それほど台詞や図で細かく説明をしなくても、物語がしっかりと作られていたなら、映画を見ている幼稚園生や小学生の想像力で十分に分かるのではないかなと思いました。

後半の最後のほうは特に、昔の「日本誕生」よりも“冒険活劇”の要素が出ていたように思います。

私は昔の映画「ドラえもん のび太の日本誕生」を好きで何度も見ていたので、どうしてもそれと比べてしまうところがあって、「新・のび太の日本誕生」だけを見ている人のほうが、このリメイク作品をもっと面白く見ることができたのではないかなと思います。タイムパトロールがペガとグリとドラコを空想サファリパークに連れて行くとのび太くんに話す場面も、ペガとグリとドラコとのび太くんの別れの場面も、私は、やはり昔の作品の場面のほうが好きでした。

ドラえもんの映画の物語はSFとファンタジーの世界の物語だと思うのですが、昔の作品にはあった未知のものへの怖さのような感覚が、「感動」を多めに盛り込もうとしているように見える近年の新しいドラえもんの作品の中には、あまり描かれないようになっているのかなと思います。

昔の作品と比べるのはあまり良くないことであるとは思いながら、やはり、新シリーズになってもドラえもんのオープニングの主題歌は「ドラえもんのうた」のままのほうが良かったように思いました(例えば、声優さんが一新する際に、大山のぶ代さんの声の部分を今の水田わさびさんの声に変えたカバー曲にするというようなことはできなかったのでしょうか)。そして、「日本誕生」のエンディングのテーマ曲の「時の旅人」が良かったということも、改めて思いました。

「時の旅人」の作詞は武田鉄矢さんで作曲は堀内孝雄さんで歌は西田敏行さんだったのですが、今から思うと、昔のドラえもんの映画のテーマ曲の多くは武田鉄矢さんが作っていたものだったということは、すごいことであるように思えます。何というか、子供へ向けた作品なのに子供向け過ぎないというか、子供に媚びない渋さというか、あるいはむしろこの映画を見て成長していくであろう子供の未来に寄り添っているというか、そのようなところをすばらしく思います。今は「タイアップ」が多いのだと思いますが、何十年か後に映画を見た時にも台詞や演出や音楽に違和感が少ないような作品を作ってほしく思います。

映画「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」の脚本と監督は八鍬新之介さんでした。つい昔の映画と比べてしまってばかりいたのですが、でも、良いところもたくさんあったように思いますし、少なくとも「のび太の魔界大冒険」のリメイク作品を見た時よりは、最後まで楽しく見ることができました。

今日から公開となる新作(第37作)は映画「ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」だそうです。「のび太のふしぎ風使い」を含むそれ以降は、映画のタイトルが(ダサいと言ってはいけないのかもしれませんが)少し幼い人向け過ぎるような気もします。でも、イラストレーターの丹地陽子さんとヒョーゴノスケさんという方の手がけた「のび太の南極カチコチ大冒険」の6種類のポスターは、絵画的で詩的で、とてもすてきでした。私はインターネット上の画像で見ただけなのですが、東京の新宿駅の地下通路に明日までの期間限定で飾られているそうです。

「龍の歯医者」後編

NHKのBSプレミアムの長編アニメ「龍の歯医者」の後編「殺戮虫編」を見ました。

前編の「天狗虫編」の物語の続きです。

天狗虫と一体化した先輩の柴名(声・林原めぐみさん)との戦いの最中、抜け落ちそうになっていた龍の歯を引き戻そうとして、龍の歯と一緒に激戦地となっている地上に落ちていった新米の“龍の歯医者”の野ノ子(声・清水富美加さん)と「黄泉帰り」をしてその後輩となった元敵国・セルペナーダの少年兵のベル(声・岡本信彦さん)は、地上とは決して交わることがないという龍の歯の粉々になった中から出てきた龍の居場所を示すものを奪いに来た、ベルを殺したセルペナーダ軍の傭兵部隊の隊長のブランコ(声・松尾スズキさん)から逃げ、日本軍の地上部隊に助けられました。

柴名姐さんと通じていたブランコたちは、龍の歯を持った野ノ子を連れて逃げる日本兵を襲って龍の歯を奪い、それから日本軍の飛行機を奪い、日本軍の基地のある龍の背中に乗り込もうとしていました。野ノ子とベルも飛行機に飛び乗り、ブランコに乗っ取られた飛行機が龍にたどり着くのを防ごうとしたのですが、柴名さんとブランコの策略通り、歯の戻ろうとする力によって、飛行機は龍の背中に不時着しました。

日本軍たちは不死身のようなブランコ隊長とセルペナーダ兵に次々と殺されていきました。そして、ブランコは、龍の背中の上の日本軍の基地のような建物の最上階にある、龍宮という神殿を目指して階段を昇って行きました。龍宮では神官たちが龍の「親知らずの歯」を御神体として守っていたのですが、ブランコの目的はその御神体の歯を奪うことでした。

一方、柴名さんは、12年前に天狗虫との戦いで死んだ医師の竹本さんの魂を蘇らせるため、龍の歯の中に飛び込んでいき、歯の奥で竹本さんと再会することができたのですが、それは柴名さんの願望(欲望)によって現れた幻でした。竹本さんとの再会に失敗した柴名さんは、竹本さんの幻から派生したさらに大きな虫歯菌に取り込まれてしまいました。その虫歯菌は龍の歯の奥から外へ飛び出し、歯を痛めた龍は空を飛ぶ力を失って少しずつ地上へ近付いていきました。

龍の歯から外へ飛び出し、戦争中の地上へ躍り出た巨大な蛇玉のような虫歯菌は、敵も味方も関係なく、戦っている兵士たちの頭部を次々と切断しながら伸びていきました。

虫歯菌に兵士たちが殺害されていくのをどうすることもできずに野ノ子と見ていたベルは、虫歯菌が殺しているのは「殺意」を持った人たちであるということに気付きました。よく見ると、死体の山の中に無傷のままの数人の影が見えました。野ノ子は、龍の歯を龍に戻しに行くことにし、見習いのベルにも一緒に来るよう命じました。ちょっとやることがあるからとベルに言われた野ノ子は、下で待っていると告げると急いで走っていきました。

ベルは、床に落ちていた日本兵のピンが付いたままの拳銃を拾うと、一人で龍宮へ向かい、龍宮に安置されていた御神体の親知らずの歯を抱えて階段を下りて来たブランコに銃口を向けました。ブランコは、人を撃ったことがない少年兵のベルを臆病者だと見下していたので、そのようなベルに銃口を向けられ、すぐにベルを撃とうとしました。そうして引き金を引いた直後、「殺意」を持ったブランコの首は虫歯菌に切断されました。ブランコに撃たれたベルもそのまま命を落としたようでした。

野ノ子や先輩の悟堂(声・山寺宏一さん)たちは、龍の歯を戻して柴名さんを取り込んでいた虫歯菌の動きを止めました。戦場の殺戮も止まり、戦争そのものも止まりました。柴名さんは、天狗虫と一体化した時のままの姿に戻り、生きて死ぬ運命に抗う道を求めて飛び立っていきました。

龍宮には御神体が戻り、歯の痛みが治った龍は落とした柄杓を拾って再び空へ浮かび上がりました。龍の歯の周辺には、死者の遺品が溢れ出ていて、その中にはベルが最後に持っていた拳銃もあったのですが、それがベルのものであることに気付く歯医者はいませんでした。ベルが死んだことを知らない野ノ子は、ベルを捜しながら龍の背中の上を歩いていました。

原作は舞城王太郎さん、脚本は舞城王太郎さんと榎戸洋司さん、監督は鶴巻和哉さん、音響監督は庵野秀明さんという、NHKとスタジオカラーとドワンゴの制作の作品です。

後編は、このような話だったように思います。

映画の世界観というか設定は、前編を見た時と同じように、私にはまだ少し難しいようにも思えたのですが、長いエンドクレジットのところで流れていた、RINKUさんという方が歌う小沢健二さんの「ぼくらが旅に出る理由」の歌が、この作品によく合っていたように思いました。

戦争の起きている世界が舞台の、生と死をテーマにしたシリアスな物語でしたが、最終的には、「生きるって楽しい!」という悟堂さんの台詞や、死ぬ運命を受け入れて生きていくということも含めて、生きることを積極的に肯定する話になっていたのかもしれないなと思います。

後編の冒頭の飛行機(旅客機)の場面は、現代の場面ということだったのでしょうか。乗客の外国人の女性は窓の外の雲の中に現れた台風を飲み込む龍の姿を見て驚いていましたが、客室乗務員の日本人の?女性はそのような龍の存在をよく知っていたようでした。

あの世とこの世の境界にいるような存在の“龍”や“龍の歯医者”や“虫歯菌”が何を表しているのかということは、はっきりとは描かれていなかったのですが、龍は“神の国”としての日本を“戦争”の悲劇から守っていたようでもありました。間違っているかもしれませんが、もしかしたら、再び軍国主義化していくかもしれない流れを拒絶するものとしての日本国憲法の第9条のことが関わっている物語でもあったのかなという風にも、少し思いました。

このアニメの物語がすごく面白かったかどうかということは、私にはまだよく分からないのですが、でも、映像や物語の展開から最後まで目を離すことのできない作品でした。私には少し苦手に思えてしまう描写もありましたが、それでも、完成度の高い作品になっていたように思います。私はまだ一度しか見ていないのですが、もう一度前編から見直したなら、また何か作品に対する印象が変わるかもしれません。ともかく、私も見ることができて良かったと思います。
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