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映画「未来のミライ」のことなど

昨夜、日本テレビの「金曜ロードショー」で放送されていた2018年公開のアニメ映画「未来のミライ」を見ました。

昨年の2018年の公開当時話題になっていた映画という理由で、私も少し見てみることにしました。「本編ノーカット放送」ということでした。

病院で生まれたばかりの妹が家にやって来てからというもの育児と家事に忙しいおかあさん(声は麻生久美子さん)と建築家のおとうさん(声は星野源さん)にほぼ相手にされなくなり、寂しさから両親と妹に対して不満を抱くようになった4歳の長男のくんちゃん(声は上白石萌歌さん)が、「好きくない!」と感情的に叫んだ時に現れる中庭の広葉樹の持つ“不思議な力”(白昼夢?)で家族が家族になる前の別の側面を知り、家族の一員として成長していく、というような物語でした。

原案・脚本・監督は、細田守さんでした。オープニングに流れていた主題歌は、山下達郎さんの「ミライのテーマ」という曲でした。

数年前にこの映画のタイトルと未来から「みらいちゃん」がやって来るという設定の話を聞いた時、私は昔のテレビアニメ「ママは小学4年生」(とても好きで見ていました)の、水木なつみちゃんの未来から来た子供の「みらいちゃん」のことを思い出し、この細田守監督のアニメ映画はそのアニメのことをヒントにして考えて作られたものなのかなと、勝手に思いました。本当のところは、分かりません。

映画紹介の字幕には「アカデミー賞ノミネート作品」と書かれていました。この映画を好きな方もたくさんいるのだろうと思うので、あまりいろいろ言わないほうがいいのかもしれないとも思うのですが、今度は面白いといいなと思って見始めた私には、このアニメ映画の面白さがいまいちよく分かりませんでした。

建築家のおとうさんが建てたという戸建ての家は、迷路のようで面白そうではあるのですが、階段の多い、「バリアフリー」には程遠い家のように思えました。

映画を見ながら一番気になったのは、4歳の「くんちゃん」の声が絵と合っていないということです。私には、合っていないように聴こえました。上白石萌歌さんが悪いのではなく、監督はどうして、4歳の男の子の声を“子供”の声ではなく普通の大人の女性の声にすることにしたのでしょうか。もしも「くんちゃん」が小学生だったなら、それでもいいのかもしれないと思うのですが、公園の場面に登場していた子供たちの声は子供の声、あるいは子供らしい声だったので、どうして主人公の「くんちゃん」だけ声が子供ではないのだろうと、少し不思議に思いました。

日本の旧来の家族観というようなものも、盛り込まれていたように思います。男性と女性が出会って、その女性が妊娠をして、二人の子供が生まれて、ということの繰り返しを“家族の歴史”として描いているものは他にもあるのだろうと思うのですが、それをあまり良いものと思うことのできない私には、昨夜に見たこのアニメ映画の“家族”も、何となく、例えば住宅会社や生命保険会社のテレビCMでよく見る“家族”のように見えてしまいました。

昔の私が見ていた「ママは小学4年生」のアニメが良かったのは(きっと今見ても良い作品なのではないかと思います)、なつみちゃんと独身の叔母のいづみさんだけではなく、なつみちゃんのクラスメートたちみんなで(未来から来た)赤ちゃんのみらいちゃんを見守っていたからだったのかもしれません。不思議な未来の道具も出てきましたし、SFもの、学園ものの作品ではあると思うのですが、ごく普通の小学生として学校に通う日常の中でみらいちゃんを育てながら少しずつ“母親”になっていくなつみちゃんと“子供”のみらいちゃんの親子の成長物語でした。絵もかわいかったですし、オープニングやエンディングの主題歌のクラシックな雰囲気も良かったのです。

映画「未来のみらい」の中で、高校生の未来ちゃんが幼稚園児の兄のくんちゃんのことを、「くんちゃん」ではなく、あくまでも「お兄ちゃん」と呼び続けていたのは、妹の未来の兄であることを強く自覚してもらうためだったのかもしれません。

0歳の未来ちゃんと犬のゆっこは、未来の未来ちゃんと人間の姿のゆっこが現れた時には消えるということだったのですが、主人公のくんちゃんは、未来の高校生の?くんちゃんと同時に存在することができていました。この設定の違いにも何か意味があったのかもしれないのですが、私にはその違いの理由がよく分かりませんでした。

この映画についてこのように思うのはあまり良くないことなのかもしれませんが(あるいは間違っているのかもしれませんが)、例えば、時々我がままで乱暴な少年になる欲求不満の4歳児のくんちゃんが、本当に怒りに任せて新幹線のおもちゃで0歳の妹の未来ちゃんを殴り殺してしまったというような、もう一つの怖い「未来」を止めるために、不思議な何かが、高校生の姿の“未来の妹の未来ちゃん”となって兄の前に現れたのかもしれないなという風にも、何となく思いました。

成長した未来の妹?が現れる話としては、数年前のテレビ朝日のアニメ「クレヨンしんちゃん」の、謎のしんこちゃんの回がとても面白かったです。しんこちゃんの正体は不明なのですが、成長した未来のひまわりのようでもありました。ある日「お兄ちゃん」になる長男の話としては、私は、羅川真里茂さんの漫画『赤ちゃんと僕』が好きでした。アニメ化もされていたようなのですが、私は漫画で知りました。登場人物の小学生のたちの複雑な感情も丁寧に描かれていて、とても良い作品でした。

私は数年前に見た細田守監督のアニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」も(その性的な雰囲気から)少し苦手に思えてしまっているのですが、細田監督のアニメ映画や新海誠監督のアニメ映画を見ていると、スタジオジブリの宮崎駿監督や高畑勲監督や近藤喜文監督、押井守監督、片渕須直監督のアニメ映画はすごいなと改めて思います(全ての作品を見たことがあるというわけではありませんし、個人的な好みの問題だと思います)。技術的なことというよりも、その物語性です。「クールジャパン」と称して政府も関わってきている日本のアニメは、本当に昔のアニメよりも内容が良くなっているのでしょうか。アニメ作品を時々しか見ていない私が気付いていないだけでしょうか。


ところで、これはアニメ映画とは全く関係のないことなのですが、この映画「未来のミライ」を見る前に何気なく見たNHKのEテレの「あしたも晴れ!人生レシピ」というトーク番組の、棋士の加藤一二三さん(ひふみん)の話が、とても良かったです。私はフジテレビの「アウトデラックス」が始まった頃にその番組の中で「ひふみん」のことを知り、面白い方だなと思ったのですが、そのひふみんさんの、神様を信頼し、失敗をしてもそれを悪いことだとは考えず、希望を持って喜んで生きるという、キリスト教の教えに基づいた誠実な話が、何だか感動的でした。良い話でした。ひふみんさんは、勝つことだけを良いとする考え方は怖いという風にも話していました。色紙には、「白はつでも実る」と書いていました。人生を最後まで楽しく、豊かに穏やかに生きようとしている加藤一二三さんは、すごい方だなと思いました。

あと、この日本テレビの映画「未来のミライ」の放送を見た後、私はテレビ朝日のスペシャルドラマ「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」の前編を見ました。私は、ゾンビの出てくる作品が基本的には苦手なのですが(気持ち悪くて、怖いからです)、小芝風花さん主演のNHKのドラマ「トクサツガガガ」がとても面白かったので、その流れから、小芝風花さん主演のこの「ラッパーに噛まれたらラッパーになるドラマ」も、もしかしたら面白そうかなと、見てみることにしたのです。

街中を徘徊していたり近付いて来たりするゾンビたちの描写はやはり怖かったのですが、でも、ゾンビに噛まれた人がラッパーゾンビになって自虐的だったり社会風刺的だったりする「ラップ」を歌い出すというところが妙に面白くも思え、物語のテンポも良かったですし、前編は最後まで楽しく見ることができました。後編も見てみようと思います。

「さらざんまい」最終回(第十一皿)

フジテレビの「ノイタミナ」枠のアニメ「さらざんまい」の最終話の第十一皿(第11話)を見ました。

分かるような分からないようなアニメだったのですが、何となく面白くて、毎週の物語を録画をしつつ私も楽しみにして見ていました。

最終話は、尊敬していた兄の誓(津田健次郎さん)を亡くして一人になってしまった久慈悠(声・内山昂輝さん)が、カワウソ(声・黒田崇矢さん)の作り出した兄の幻に導かれて「縁の外側」を目指し、過去の矢逆一稀(声・村瀬歩さん)と陣内燕太(声・堀江瞬さん)と過ごした時間の中から自分の存在を消そうとするのを、同級生の一稀さんと燕太さんの友情の前に思い止まり、そのつながりを失いたくないという強い思いから自分自身を取り戻していく、というような物語でした。

カッパ王国第一王位継承者のケッピ(声・諏訪部順一さん)の家臣だった、交番の警察官の新星玲央(声・宮野真守さん)と阿久津真武(声・細谷佳正さん)も、「絶望」を消滅させるために、さらざんまいの戦いの舞台に復活していました。

一稀さんの血のつながらない弟の春河(声・釘宮理恵さん)は、かっぱ橋商店街で吾妻サラ(声・帝子さん)やレオと対面していました。「皿」は生命の器、形あるものはいつか失われる、世界の縁は円く保たれた、しかし行き先が常に明るいとは限らない、希望も絶望も常に生命と共にある、喪失の痛みを抱えてもなお欲望をつなぐものだけが未来を手にできる、と言う声を聞いた春河さんは、分かったよ、僕は僕が選んだものを信じるよ、大切な人がいるから悲しくなったり嬉しくなったりするんだね、そうやって僕らはつながっているんだよねと納得していました。

夜空の星をつないだ形が、「終了」の「了」に見えました。

the peggiesの「スタンドバイミー」が流れるエンディングでは、髪を切って坊主頭にした中学生の悠さんが、少年刑務所に入っていました。3年後、君の人生はここから始まると刑務官に送り出され、出所した悠さんは、かつての実家だった蕎麦屋のそばを通り過ぎ、この世界はつながりに溢れている、みんながつながっている世界だ、だけど俺の人生は終わっている、失ったものは戻らないと考え、浅草の橋の上から川に飛び込んだのですが、「さらざんまいのうた」が聴こえてきて、お帰り悠!と悠さんの帰りを待っていた、高校生になった一稀さんと燕太さんと一緒に3人で水面に浮かび上がりました。

ケッピが「漏洩」させて見せていた、ある未来の世界では、一稀さんと燕太さんと悠さんは、サッカー選手になっていました。

これまでのサブタイトルの「つながりたい」の後の、「偽りたい」、「奪いたい」、「報われない」、「そばにいない」、「許されない」、「諦めない」、「裏切りたい」、「もう会えない」、「伝わらない」、「つながらない」が、未来にも繰り返されるものだったとは思いませんでした。サブタイトルの言葉もつながっていました。第十一皿のサブタイトルは、「つながりたいから、さらざんまい」でした。「つながりたいけど」と「つながりたいから」の違いも、心情をよく表しているように思えました。

オープニングテーマのKANA-BOONの「まっさら」は、最終話では最後に流れていたのですが、その後の、尻子玉を抜かれたカッパ姿の3人が隅田川の屋形船の屋根に乗って未来へ流れていく最後の絵もかわいかったです。

自分本位の欲望をカワウソの配下にいたレオとマブに引き出されてカパゾンビになってしまった、つながりたくても誰ともつながることのできない「縁の外側」に出てしまっていた“犯人”たちは、さらざんまいでカッパになった一稀さんたちに尻子玉を抜き取られた後は、どうなったのでしょうか。その存在が世界から、あるいは人々の記憶から、消滅したということなのでしょうか。

実はカッパだったアイドルのサラちゃんを応援していた、一稀さんの弟の春河さんは、最初から最後まで「愛」の人でした。欲望と愛は表裏一体となっていましたが、春河さんの場合は、欲望ではなく愛でした。

欲望を手放すな、欲望は君の命だという物語のテーマは、そのつながりの先にある未来へ向かって生きていく勇気を描いていたようにも思えました。一稀さんと燕太さんと悠さんの歌う「さらざんまいのうた」は、人生讃歌、生命讃歌だったのかもしれません。

原作はイクニラッパーさん、シリーズ構成・脚本は幾原邦彦さんと内海照子さん、音楽は橋本由香利さん、監督は幾原邦彦さん、助監督は松嶌舞夢さんでした。キャラクター原案はミギーさん、キャラクターデザインは石川佳代子さんでした。MAPPAとラパントラックの共同制作という作品で、クレジットの最後に「制作 シリコマンダーズ」と書かれていました。

私は、幾原邦彦さんの監督のアニメでは、「少女革命ウテナ」は未見なのですが、「輪るピングドラム」と「ユリ熊嵐」を好きで見ていました。「さらざんまい」も、面白かったです。もしかしたら、「生存戦略」も「好きを諦めない」も「欲望を手放すな」も、つながっているのかもしれないなと思います。

「さらざんまい」第一皿(第1話)

フジテレビの深夜の「ノイタミナ」枠の新アニメ「さらざんまい」の第一皿(第1話)を見ました。

物語の舞台は、東京の浅草の辺りでした。

浅草のご当地アイドル・吾妻サラ(声・帝子さん)とつながりたくて、命にように大切な「箱」を抱えてラッキー自撮りアイテムを探す日々を送る元サッカー部の中学二年生の矢逆一稀(声・村瀬歩さん)と、車上荒らしをしている転校生の久慈悠(声・内山昂輝さん)は、かっぱ橋道具街の黄金色のかっぱ像を壊してしまい、そこに現れたカッパ王国第一王位継承者を名乗る謎の生命体・ケッピ(声・諏訪部順一さん)と遭遇したのですが、ケッピをカエルと間違えた二人は、怒ったケッピに「尻子玉」を抜かれ、生きているけれど死んでいるカッパにされてしまいました。一稀さんの幼馴染みでサッカー部時代の一稀さんとは“ゴールデンコンビ”だったという陣内燕太(声・堀江瞬さん)は、部屋を飛び出した自分の大切な「箱」を追いかけてケッピと遭遇し、ケッピをカエルと見間違えて、カッパにされてしまいました。

三人は人間の姿に戻るため、カッパは戦士なのだと言うケッピの指示に従いながら、さらざんまいの力でゾンビと戦い、ゾンビから「尻子玉」を抜いてケッピに転送するというミッションをクリアしていくのでした。

原作はイクニラッパーさん、第1話の脚本は幾原邦彦さんと内海照子さん、絵コンテは幾原邦彦さんと武内宣之さんと柴田勝紀さんと松嶌舞夢さん、音楽は橋本由香利さん、演出は神保昌登さん、という作品でした。オープニングテーマはKANA-BOONの「まっさら」という曲で、エンディングテーマはthe peggiesの「スタンドバイミー」という曲でした。

作品の情報をほとんど得ないまま見始めることの多い私は、人間がカッパにされる話らしいというこのアニメの第1話を見始めるまで気付かなかったのですが、このアニメは幾原邦彦さんのオリジナル作品ということでした。有名な昔のアニメ「少女革命ウテナ」を私はまだ見たことがないのですが、2011年の「輪るピングドラム」や2016年の「ユリ熊嵐」は好きで見ていました。

丸い形の標識のような「ア」は、浅草の「ア」なのでしょうか。絵もかわいいですし、カッパになった三人のミュージカル風のさらざんまいの歌も面白かったです。

人々が大切にしている段ボール箱には、「Amazon」のような「kappazon」のURLの文字が書かれていたのですが、人々の「欲望」の象徴らしい「箱」が通信販売の箱というのも、何だか面白く思いました。カッパゾンビ?の箱も段ボール箱なので、水の攻撃に弱いようでした。

人間の姿に戻るためのさらざんまいの戦いには、自分の「箱」の秘密を漏洩されるという恐るべき副作用もあったようでした。第1話では、サラさんに女装してラッキー自撮りアイテムを撮影するという一稀さんの秘密が久慈さんと陣内さんにさらされていました。

物語の最後に画面に現れた「つながりたいけど、偽りたい」という第1話のサブタイトルが、「箱」(他人に知られたくない欲望)の秘密がさらされて落ち込む一稀さんを表しているようにも思えて、良かったです。

第1話には、カッパたちの他に、浅草の交番勤務の警官の新星玲央(声・宮野真守さん)と阿久津真武(声・細谷佳正さん)という人物も登場していたのですが、「欲望」と書かれた湯呑を使っているこの二人は一稀さんたちのように「欲望」を隠しているのとは少し違うようでした。イタチか何かの肉食小動物の絵(記号)は何を表しているのでしょうか。

「つながっても、見失っても。手放すな、欲望は君の命だ。」というのがこの作品のキャッチコピーのようなのですが、人間が生きるためには欲望が必要なのだということは、本当のことなのだと思います。自分をさらけ出してつながる、つながるために自分をさらけ出すということは、多くの人には簡単にできることではないような気がします。自分の秘密は秘密にしておきたいのに他人の秘密は暴きたいというような人々を風刺しているのかなとも思えたのですが、分かりません。哲学的な雰囲気があるところも良いです。

絵がかわいくて、物語の展開のテンポも良いので、意味がよく分からないままでも、この作品を楽しむことができるのだろうと思います(「輪るピングドラム」も「ユリ熊嵐」も、そうでした)。エンディングの、現実の世界と架空のアニメの世界が混ざった映像も良かったです。感想を書くことはできないかもしれないのですが、第一皿は面白く見ることができたので、第二皿も楽しみにして見てみようと思います。

「八月のシンデレラナイン」第1話のことなど

日曜日の深夜のテレビ東京の新アニメ「八月のシンデレラナイン」の第1話を見ました。

女子硬式野球部の話らしいと知り、2009年頃にTBSで放送されていたアニメ「大正野球娘。」(とても好きで見ていました)のような物語なのかなと、何となく気になって録画をしておいたものです。

第1話では、男子硬式野球部さえ存在しない市立里ヶ浜高校に入学した有原翼(声・西田望さん)とその幼馴染みの河北智恵(声・井上ほの花さん)が、協力すると言ってくれた担任の掛橋桃子(声・中村繪里子さん)の勧めで女子硬式野球同好会を作り、どの部活に入るか迷っていた同じクラスの野崎夕姫(声・南早紀さん)と宇喜多茜(花守ゆみりさん)を野球同好会に誘いました。スポーツは得意だけれど団体競技に苦手意識のある左利きの野崎さんと内気な宇喜多さんは、土手の河川敷で体験した、有原さんや河北さんや野球少年・少女たちとの野球の試合を楽しく感じ、野球同好会に入る決心をしたようでした。

クレジットによると、原作はアカツキという会社のスマートフォン用ゲームなのだそうです。原案は山口修平さん、シリーズ構成は田中仁さん、シナリオチームは田中仁さんと伊藤睦美さんと吉成郁子さんと大内珠帆さん、アニメーションキャラクターデザインは野口孝行さん、絵コンテは工藤進さん、演出は秦義人さんという作品でした。

「大正野球娘。」とは少し違っていたのですが(それは当然のことなのかもしれませんが)、何となくの気持ちで見始めた第1話は、意外と楽しく見ることができました。キャラクターの絵柄が例えば『りぼん』や『なかよし』などにありそうな少女漫画風というか、いわゆる“萌え系”ではないように見えたところも良かったのかもしれないと思います。

あと、槇原敬之さんの歌を好きな私としては、エンディングに流れて来たテーマ曲が「どんなときも。」だったことに少し驚き、嬉しく思いました。歌っていたのは、マッキーではなく、アニメの有原翼さんと野崎さんと河北さんと、まだ登場していないらしい東雲龍(声・近藤玲奈さん)の4人でした。


4月になっていろいろ新しい番組が始まり、この「八月のシンデレラナイン」を含め、アニメの新しい作品の中にも、もしかしたら私にも面白く思える作品があるかもしれないといくつか見てみたのですが、私が見ることのできそうな作品はなかなか見つかりません。

昨年の秋には、テレビ東京の深夜に放送されていた「軒轅剣 蒼き曜」と、アニメではないのですが東京MXで放送されていた「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀(サンダーボルトファンタジー トウリケンユウキ)2」(日本と台湾の共同制作の武侠ファンタジー人形劇です)を、私は好きで見ていました。最後まで面白く見ることができました。あと、特撮ヒーローものですが、テレビ朝日の「仮面ライダージオウ」もとても面白いので、まだ好きで見続けることができています(私は過去の「仮面ライダー」シリーズを知らないままなのですが、それでも大丈夫です。日曜日に放送された最新話は第30話「2019:トリニティはじめました!」です)。

あまりアニメを見なくなった今の私が言うことではないのかもしれませんが、夕方の時間にアニメが放送されなくなった近年には、子供向けの作品よりも大人の男性向けの(性的な要素が露骨に描かれるタイプの)作品が増えているというような印象があり、それが私には残念に思えています。かつてはサブカルチャーだったアニメを「クールジャパン」などと称して推奨するようになった今の政府は、その海外展開政策への投資に相次いで失敗して迷走しているそうなのですが、何となく、現在の日本のアニメ業界は活性期を過ぎて停滞期や衰退期に入っているのではないかと思います。

報道によると、政府(内閣府、文部科学省など)は、「未来社会を展望」した「我が国発の破壊的イノベーション」を起こす可能性のある「より大胆な発想に基づく挑戦的」で「革新的」で「ハイリスク・ハイインパクト」な研究開発に多額の国費(税金)を投じるという「ムーンショット型研究開発制度」(「ムーンショット」とはアメリカのアポロ月面着陸計画に因んだ名称だそうです)を創り、公募した研究開発アイデアの中から政府が認めたものを「ムーンショット目標」なる「国の野心的な目標」とし、それに1000億円規模の予算を付けるのだそうです。何というか、本当に良いものができるのならそのような政策があっても良いのかもしれないとも思うのですが、文部科学省は「私立大学研究ブランディング事業」という支援事業(東京医科大学の女子受験生差別と贈収賄の事件の報道で知りました)も打ち切ることにしたそうですし、その謎の新しい政策は今度は本当に大丈夫なものなのかなと、少し不安定な感じもします。

今朝のテレビ朝日の情報番組「羽鳥慎一モーニングショー」(何気なく録画をしておいたものを見たのですが、親が育児ストレスの発散のために投稿しているという「育児衝撃動画」が、最近頻繁に報じられている軽犯罪的な「不適切動画」や「迷惑動画」のようで衝撃的でした。それらの動画がインターネット上に長く残り続けるということについては、あまり気にならないのでしょうか)では、アニメ映画「君の名は。」の新海誠監督の最新アニメ映画「天気の子」の宣伝をしていました。映画「君の名は。」と同様に主題歌を担当するのはRADWIMPSだそうです。

予告編を見た印象では、映画「天気の子」は、主人公たちの行動が世界の運命を左右するというような、いわゆる“セカイ系”の男女の恋愛物語のようだったのですが、私は、「積乱雲」や「不思議な力を持った少女と出会う」と聞いて、スタジオジブリの宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」を思い出し、「雲の上で遊ぶ」と聞いて、藤子・F・不二雄の漫画原作の芝山努監督の映画「ドラえもん のび太と雲の王国」を思い出しました。もしかしたら違うのかもしれませんが、あるいはオマージュ的な作品でもあるのかもしれません。

毎回の感想を書くことはできないかもしれないのですが、第1話はそれなりに楽しく見ることができたので、次回の「八月のシンデレラナイン」も見てみようかなと思います。


ところで、昨夜、訓練中に青森県沖で消息を絶ったということが報じられていた、青森県三沢市の航空自衛隊三沢基地所属の“最新鋭”のF35Aステルス戦闘機は、今朝の報道によると、その機体の一部が海上に浮かんでいるのが確認されたそうです。防衛省は、墜落した可能性が高いとしているそうなのですが、今は行方の分からないパイロットの方の捜索を続けているそうです。ご家族の方は不安だろうと思いますし、早く見つかってほしいと思います。

また、2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所のメルトダウン事故によって福島県の大熊町の全域に出されていた避難指示の一部が解除されたという今日は、地域によっては雪が降るほど急にまた真冬のような気温に戻っているのですが(それでもやはり春です)、天皇陛下と皇后美智子さまのご結婚60年の記念日ということで、皇居では「天皇皇后両陛下御結婚満60年祝賀行事」の式典が行われているそうです。テレビの報道番組などでその式典の一部が紹介されるのかもしれません。

映画「平成狸合戦ぽんぽこ」

昨夜、日本テレビの「金曜ロードショー」でスタジオジブリのアニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」が放送されていました。

1994年に公開された、企画は宮崎駿さん、原作・脚本・監督は高畑勲さんというアニメーション映画作品です。

もう何度もこの枠で放送されていると思うのですが、私は今までこの映画をちゃんと見たことがなく、物語の途中から部分的にしか見ていなかったのだと思います。最初から最後までを今回初めて見ることができました。そして、この映画が確かに名作であることを、私も知ることができました。

「総天然色漫画映画」と映画の冒頭に出ていたのですが、昭和40年代の東京都の多摩ニュータウンの建設工事によって破壊されるようになった多摩丘陵に生きる狸(たぬき)たちの姿を借りて、自然への畏怖や敬意を失くした忙しい人間社会を風刺する民話風の社会派ギャグアニメでした。

今更かもしれないのですが、とても面白かったです。

落語のような講談のような語りは、三代目古今亭志ん朝さんでした。主な登場人物は、主人公の正吉(野々村真さん)、おキヨ(石田ゆり子さん)、鶴亀和尚(五代目柳家小さんさん)、おろく婆(清川虹子さん)、権太(泉谷しげるさん)、お玉(山下容莉枝さん)、青左衛門(三木のり平さん)、ぽん吉(現九代目林家正蔵の林家こぶ平さん)、文太(村田雄浩さん)、玉三郎(神谷明さん)、佐助(林原めぐみさん)、六代目金長(三代目桂米朝さん)、太三朗禿狸(五代目桂文枝さん)、隠神刑部(芦屋雁之助さん)、小春(黒田由美さん)、花子(永衣志帆さん)、お福(水原リンさん)、隣の神奈川県藤野町の山に住む林(加藤治さん)、人間に化けて暮らす変化狐の竜太郎(福澤朗さん)などです。

登場人物の狸が多いので、どの狸がどの狸なのか分からなくなってしまいそうでもあったのですが、見続けていると何となく分かってきます。

物語のテンポも良いのですが、展開が早いというか、様々な民話や童話や神話や歴史物語や百鬼夜行図などの要素が、それこそ変化のように、次々と現れては消えていくので、この「平成狸合戦ぽんぽこ」の物語は、他の作品よりも、最初から見ていないとついて行けなくなってしまう映画のようにも思えました。

私が今までこの映画を面白く見ることができていなかったのは、話の途中から見ていたからなのかもしれないなと思います。小さい頃は特に宮崎駿監督の映画を好きで見ていたということもあって(今も好きですが)、この映画の世俗的な感じも、当時の私には受け止めきれなかったのかもしれません。なので、私の場合は、今(昨夜に)面白く見ることができたのが、ちょうど良かったのだと思います。

山の自然や昔の日本の風景の描写がまたとても良かったのですが、多摩丘陵が巨大なショベルカーでざっくりと削り取られて平らになったり、リアルな描写の狸たちが人間に殺されたりという描写は、衝撃的でした。基本的にはコメディーなのですが、人間と狸の双方に死者が出るという(狸のほうが圧倒的に多く死んでいます)シビアな展開に、時々はっとさせられます。

映画では、自然環境を破壊する開発工事を行う人間たちを批判し、たぬきやきつね、うさぎやいたちなどのそこに生きるたくさんの動物たちのことも考えてほしいと訴えていました。人間の会社員の姿から元の狸の姿に戻った正吉さんの、視聴者に語りかける最後の言葉も良かったです。

土地開発を行う人間による自然破壊に疑問を投げかける映画だったので、狸たちが踊っていたゴルフ場から新宿副都心?の方角の夜景のエンディングの、クレジットにあった「特別協力・読売新聞社」という字幕を見て、何となくなのですが、もしも今の読売新聞社ならこの映画「平成狸合戦ぽんぽこ」に協力しないのではないかなということも少し思ってしまいました。

とにかく、とても面白かったです。最後まで、楽しく見ることができました。

予告によると、次週には、2013年に公開された宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」を放送するそうです。なぜかまだ一回しか放送されていないので、次が二回目の放送になるのではないかと思います。


ところで、昨日の報道によると、プロ野球選手の現役引退を表明したイチローさんが「国民栄誉賞」の受賞を打診され、三度目の辞退をしたそうです。受賞してもしなくても、イチローさんがすごいということに変わりはないと思うのですが、これまでの生き方を貫くところは、さすがというか、かっこいいなと思いました。

あと、昨夜には、2008年の福田康夫内閣(握手をした当時の北京オリンピックの男子柔道の金メダリストの石井慧選手に「腹黒くない、素直な人」と評されていた福田元総理大臣は自民党内で軽んじられて苦労していたという印象があります)の頃に国の財政難を理由に凍結されたという山口県と福岡県を結ぶ「下関北九州道路」の建設計画が2016年の安倍内閣で復活し、その建設工事のための調査を、安倍晋三首相と麻生太郎財務大臣(今もまだ言葉遣いがチンピラ風です)の気持ちを「忖度」して国の直轄事業とし、国家予算を付けた麻生財務大臣の元秘書という麻生派の自民党議員の塚田一郎国土交通副大臣が、昨夜に副大臣職を辞任したということが報道されていました。国会議員はまだ辞めないそうです。「下関北九州道路」の建設計画は、麻生副大臣の弟の方も推進しているものだそうですし、塚田議員が福岡県知事選挙の演説で話した「忖度」の内容は、事実なのだろうと思います。NHKなどのテレビの報道番組では、「忖度発言」という風に、「忖度」と発言したことが問題という風に伝えているようにも聞こえるのですが、塚田議員が繰り返し言った「忖度」という言葉より、「利益誘導」をしたということのほうが問題なのではないかと思います。「関門会」という会に所属する自民党や公明党の議員たちに混ざって安倍首相の名前も書かれていた国土交通省への陳情書(要望書)について、安倍首相はまた「知らない」としているようなのですが(森友学園事件や加計学園事件の時と、構図が似ているように思えます)、安倍首相が知らない間にご自身の名前が勝手に使われていた?その文書のことも、例えば記者たちに追及されたら(菅義偉官房長官などが)また「怪文書」と呼ぶのかもしれないなと、そのニュースを見て少し思いました。
プロフィール

Author:カンナ
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