映画「ヒトラーの忘れもの」

昨夜、映画「ヒトラーの忘れもの」を見ました。

2015年に公開されたデンマークとドイツの映画です。BSのスカパーで無料放送されるということを放送時間の直前に何気なく見た番組表で知り、この作品を見てみることにしました。監督と脚本は、マーチン・ピータ・サントフリートさんです。字幕の映画でした。

第二次世界大戦後の実話を基にした映画ということでした。1945年5月にナチス・ドイツが降伏した後、デンマーク政府に引き渡された捕虜のドイツ少年兵たちは、ナチス・ドイツ軍を憎むデンマーク軍により、ナチス・ドイツ軍がデンマークの西海岸の砂浜に埋めた約220万個の地雷の撤去を命じられ、エベ大尉(ミケル・ボー・フォルスゴーさん)の指導を受けた十数人の少年兵たちは、ラスムスン軍曹(ローランド・ムーラーさん)の指揮の下、危険な地雷撤去作業を行うことになりました。

デンマーク軍のラスムスン軍曹は、私の国から出て行けと、デンマークを傷つけたナチス・ドイツの少年兵たちを憎んでいたのですが、少し地雷撤去の練習をしただけのほぼ素人の少年兵たちが家に帰りたい気持ちを必死に抑えて毎日危険な浜で地道に地雷を除去する姿を見続ける中で、次第に少年たちを父親のように見守るようになっていきました。ラスムスン軍曹は、ドイツ兵を憎むエベ大尉たちによる嫌がらせからも、少年兵たちを守っていました。

静かで少し憂鬱な雰囲気の音楽と、美しく広がる草原や砂浜の風景が、少年兵たちの地雷の除去作業の緊張感を増していたように思います。美しい風景も、その地面の下に一定の間隔でたくさんの地雷が埋まっていると思うと、少しも安心して見ることができません。

少年兵が地雷の爆発に巻き込まれる瞬間も、その爆発を仲間の少年兵たちが目撃した瞬間も、特別な出来事ではないかのように淡々と描かれていたように思うのですが、それがまさに戦争時代の出来事であるような感じもして、見ていて辛い気持ちになりました。

ラスムスン軍曹も良かったですし、将校のセバスチャン・シューマン(ルイス・ホフマンさん)や、双子の兄弟のヴェルナー・レスナー(オスカー・ベルトンさん)とエルンスト・レスナー(エミール・ベルトンさん)などの少年兵たちが良かったということもあるのだと思います。

少年兵たちを普通の子供たちとして受け入れ始めていたラスムスン軍曹は、地雷撤去作業が終わって安全になったと思っていた浜辺で愛犬のオットーが地雷の爆発に巻き込まれて死んだことをきっかけに、甘やかし過ぎた、ドイツ兵を信じたのがいけなかったと、再び少年兵たちに対して厳しく接するようになったのですが、その場面も、軍曹の思いを理解して捕虜の少年兵に戻る少年たちの場面も、辛く思える場面でした。

撤去した地雷の中にちゃんと解体できていないものが混ざっていたのか、少年兵の誰かがわざと紛れ込ませていたのか、具体的なことは分からなかったのですが、それをトラックの荷台に積み上げていた少年兵たちは、一度に爆死しました。別の場所で作業中だった4人と作業を見張っていたラスムスン軍曹が爆発音を聞いて駆け付けた時には、すでに手遅れでした。

作業が終われば帰国できると思っていたセバスチャンたちは、テベ大尉によって、別の地雷撤去予定地へ移送されることとなりました。兵士といってもまだ子供だ、地雷撤去の素人だと考えていたラスムスン軍曹は、少年兵たちの移送を知って、彼らを帰国させてほしいとテベ大尉に直談判しに言ったのですが、子供といってもドイツ兵だと考えているテベ大尉は、それを冷徹に却下しました。ラスムスン軍曹は、4人の少年兵を探しに行き、セバスチャンたちをトラックの荷台から下ろすと、500m先にドイツとの国境があると教え、逃がしたのでした。

時々振り返りながら500mの草むらを走っていく少年兵たちの姿をラスムスン軍曹が見つめる最後も、緊張感の続く終わり方だったように思うのですが、とても良かったです。セバスチャンたちが走っている下にももしかしたら地雷が埋まっているのではないかとか、突然銃撃されてしまうのではないかとか、緊張しながら見ていました。セバスチャンたちは無事に国境を超えることができ、家族とも無事に再会することができた、ということだといいなと思います。

現実には、地雷撤去を命じられた2000人以上のドイツ兵捕虜の半数が命を落としたということのようでした。デンマークは、1939年にドイツの占領下となったそうです。1940年4月のヴェーザー演習作戦で、ドイツ軍はデンマークとノルウェーに侵攻したのだそうです。デンマークの浜辺に埋まっていた無数の地雷は、映画の解説によると、連合国軍の上陸を防ぐために埋められたものでした。1945年の5月にドイツ軍が降伏したことにより、デンマークへの占領政策は終わったそうです。

映画の邦題は「ヒトラーの忘れもの」で、そのタイトルも良いと思うのですが、原題は「Under sandet」(砂の下に、という意味の言葉だそうです)で、英題は「Land of Mine」だそうです。デンマーク軍のラスムスン軍曹は「私の国(Land of Mine)」と言っていましたが、「Mine」には地雷という意味もあるので、地雷の国とか、地雷の地という意味も兼ねているのかなと思いました。

簡単に設置できるけれど簡単には取り除くことができない地雷という武器は、今も世界各地で大きな問題として在り続けていますが、恐ろしい武器だということを改めて思います。ドイツの少年兵たちとデンマークの軍曹の葛藤と交流の物語としては、浜の近くの家で母親と二人で暮らしている小さな女の子との交流の場面も含め、ファンタジー的な雰囲気もあったように思うのですが、一人の兵士である前に一人の人間である、デンマーク人もドイツ人もみんな同じ人間であるということが丁寧に描かれていた、とても良い映画でした。脚本も、映像も、音楽も、良かったです。反戦の思いが強く静かに伝わってくる美しい映画でした。偶然にではあるのですが、私もこの映画を見ることができて良かったです。映画「ヒトラーの忘れもの」は当時のアカデミー賞にノミネートされた作品ということなのですが、今の日本ではこのような映画を作ることは難しそうだなということも少し思いました。

「滝沢秀明の火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」

昨夜、NHKのBSプレミアムのドキュメンタリー番組「滝沢秀明の火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」を見ました。

滝沢秀明さん主演のフジテレビの連続ドラマ「家族の旅路 家族を殺された男と殺した男」が放送されていた今年の2月頃、鹿児島県の薩摩半島の南の沖の海底火山の「鬼界カルデラ」に世界最大級の溶岩ドームを確認したという神戸大学海洋底探査センターの論文がイギリスの科学誌「サイエンティフィック・レポーツ(リポーツ)」の電子版に掲載され、その著者の中に滝沢さんの名前も連なっているとして話題になっていました。

そして、その頃、神戸大学の調査チームの一員として滝沢さんが参加した時の様子が番組としてNHKのBSプレミアムで放送されると言われていたので、放送されたら見てみようと、私も楽しみにしていました。

神戸大学の鬼界カルデラの調査は、2016年から2017年にかけて行われたものでした。昔、その薩摩半島の南の沖の辺りには鬼界ヶ島という島があり、それに因んで鬼界火山と名付けられたものが鬼界カルデラという名前になったそうなのですが、東西約22kmで南北約19kmという楕円形状の鬼界カルデラは、約7300年前の海底火山の噴火によって誕生したものだそうです。その大噴火は、過去1万年の間の噴火としては世界最大の噴火であり、それによってできた広大なカルデラも、その中にある巨大な溶岩ドームも、地球最大のものなのだそうです。

鬼界カルデラの地層はアカホヤとも呼ばれているそうなのですが、番組によると、約7300年前の大噴火の時の火山灰は福井県の水月湖の底の地層からも発見されたのだそうです。地図では朝鮮半島のほうにも届いていたようなのですが、風に乗って東日本の東北地方の辺りまで届いていたということでした。大噴火の影響で、九州地域の縄文時代の人たちが滅亡したとも言われているそうです。もしも発掘することができたなら、火山の噴火で滅亡したイタリアのポンペイのように、当時の人々の暮らしが見つかるのでしょうか。

滝沢さんは、薩摩硫黄島の硫黄岳を訪れていました。高さ100mの巨大な岩の壁のような外輪山は、4㎞続いているそうです。番組の解説によると、海底火山の奥に溜まっていた巨大なマグマによって海底が一気に沈んだ時にその衝撃で吹き上がったものが冷えて固まったもののようで、イメージとしては、いわゆる「ミルククラウン」というか、静かな水の表面に水滴を落とした際に一瞬飛び出す輪のような壁のようなものというか、そのような感じでした。

硫黄島は青い海に囲まれているのですが、島のすぐ近くの海の色は茶色やオレンジ色や緑色に変色していました。活火山の硫黄岳の熱成分による変色だそうです。山には、崩れ落ちたらしい大きな岩がごろごろとしていました。ガイドの方は、滝沢さんに、硫黄島から見える島を紹介していたのですが、海の向こうに見えていたその島々は、種子島や屋久島や口永良部島でした。

山を登っているとガスの探知機の音が鳴り、滝沢さんたちは途中からガスマスクを着けて進んでいました。灰色の斜面からは火山の白い煙がところどころから噴き出していて、硫黄の黄色の結晶が見えました。特殊な温度計で調べると、159度ありました。900度のところもあるそうです。硫黄の結晶のオレンジ色の部分は、高温のために溶けた硫黄だということでした。辺りが濃い霧のようになっていたのが、奇跡的な風の流れで晴れると、今は平らかになっている噴火口が見えました。もしも次に噴火する時にも、そこから噴火する可能性が高いそうです。

滝沢さんが潜っていた硫黄島の周辺の海の底からは、泡が噴出していました。滝沢さんは、泡のカーテンのようだと表現していたのですが、炭酸水のようにも見えましたし、泡の混ざった琉球ガラスのようにも見えました。とてもきれいでした。泡の吹き出していた海底の温度は50度だそうです。温泉のような感じなのかもしれません。硫化水素?の成分のために泡を素手で触ると少しピリピリするということでした。

水温の変わる境目が、色の違いではっきりと分かりました。海中を黄色に濁らせていた泥のようなものは、硫黄の湯の花だそうです。不思議な海の中を滝沢さんがアオウミガメと泳ぐ光景は、「浦島太郎」の話のようにも見えました。

今は「ジオパーク」になっているという硫黄島では、昔、硫黄が採取されていたそうなのですが、硫黄は火薬を作るための材料として使われていたのかもしれません。滝沢さんは、島の三島村の子供たちと線香花火を作って遊んでいました。パチパチと長い火の出るきれいな線香花火でした。

2016年の秋に神戸大学海洋底探査センターの教授の巽さんや鈴木さんの鬼界カルデラの調査が始まると、その調査に参加することになった滝沢さんは、カルデラの外輪山や昭和硫黄島や溶岩ドームの計5か所から溶岩の石を採取する仕事を任されました。成分を分析するためには「新鮮な岩」が良いということで、滝沢さんは冷却摂理の出ている溶岩をいくつかハンマーで割って、風化していない白っぽい部分の残されている岩を鈴木先生に渡していたのですが、海中の外輪山の(その廊下のような隙間も摂理だったようなのですが)絶壁の風景もきれいでした。切り立った岸壁の様子から、7300年前に海底がマグマによって一気に沈んだ時の感じが伝わってくるように思いました。

島のすぐそばの海中の泡の吹き出していた辺りには魚の姿は見えなかったように思うのですが、島の港の茶色の海からは滝沢さんがたくさんの魚を釣っていて(鯛もいました)、滝沢さんがダイビングをして岩を採りに行ったところにはたくさんの小さな青い魚や黒い魚たちが泳いでいました。

滝沢さんの採取した溶岩を神戸大学が分析した結果、2017年の秋に、鬼界カルデラの体積約32立方㎞の?溶岩ドームは、約7300年前の鬼海カルデラができた時の残りの溶岩でできたものではなく、その後に別の新しい噴火でできたものだということが分かったのだそうです。それは、再び鬼界カルデラの辺りで火山の大噴火が起きる可能性があるということを意味していました。

巽教授によると、1%の可能性があるということでした。それは決して低い数字ではなく、熊本城が崩壊した熊本地震についてもそれまで国は可能性を1%と出していたので、1%の可能性というのは明日起きてもおかしくないということだと、巽教授は滝沢さんに話していました。

番組は、地球の一部としての鬼界カルデラの火山や海の自然風景と、これからの日本の防災の研究に役立つものとしての鬼界カルデラの成り立ちを伝えるものでした。今突然自然災害が起きることを考えると、そこで暮らす人間としてはやはり怖くも思えるのですが、地球は生き続けているのだということを、番組を見ていた私も改めて思いました。

滝沢さんは、火山大国・地震大国の日本に生きる日本人としてもっと火山と向き合い、自然と人間の共存について考えていきたいというようなことを、最後に話していました。滝沢さんは、ジャニーズ事務所のアイドルであり俳優のタッキーでもありますが、本当に“火山探検家”のように見えました。単純にかっこいいなと思えたという部分もあるのですが、鬼界カルデラの島や溶岩や風や海を体験し、島の小中学校の運動会にも参加していた滝沢さんの、感動が素直に伝わってくるようなシンプルな感想も良かったです。約1時間半のドキュメンタリー番組だったのですが、最後まで楽しく、興味深く見ることができました。とても面白かったです。

映画「帝一の國」

先週のフジテレビの「土曜プレミアム」で地上波初放送されていた映画「帝一の國」を見ました。

昨年の2017年の4月に公開された東宝映画です。公開当時、映画の予告編などで男子生徒たちが褌姿で和太鼓を叩く場面などを見て、妙なテンションの映画だなという風にも思えていました。それでも、もしかしたら面白いのかなと何となく気になって、内容を知らないまま、地上波初放送というこの映画を見てみたのですが、映画を見る前に思っていたのとは違い、とても面白かったです。

映画の原作の古屋兎丸さんの漫画『帝一の國』を私は未読なので、漫画と映画とを比べることはできないのですが、通産省の高級官僚である父親の赤場譲介(吉田鋼太郎さん)にピアノを弾くことを禁じられ、総理大臣になって自分の国を作ると決意して政財界に強力なコネを持つ日本一の名門・海帝高校に進学した赤場帝一(菅田将暉さん)が、将来の総理大臣の椅子に最も近いとされる生徒会長を目指して男子生徒たちと生徒会会長選挙を戦い抜く、というような物語は、政財界の中心にいる親たちの野心とも重なる、男子生徒たちの友情と政治的権力闘争の物語でした。

学園ものなので人が多いのですが、1年生の帝一さん以外の主な登場人物は、帝一さんの親友の榊原光明(志尊淳さん)、帝一さんを潰そうとする幼なじみの東郷菊馬(野村周平さん)、実直な性格で人望の厚い大鷹弾(竹内涼真さん)、次期生徒会長候補者の2年生で“狂犬”と恐れられる氷室ローランド(ローランド・氷室=レッドフォード、間宮祥太朗さん)、同じく次期生徒会長候補者の2年生で生徒会会長選挙の民主化案を打ち出す穏やかで理知的な森園億人(千葉雄大さん)、全校生徒から信頼されている現生徒会長の堂山圭吾(木村了さん)、帝一さんの幼なじみで交際中の帝一さんと電話で会話をする白鳥美美子(永野芽郁さん)です。

脚本はいずみ吉紘さん、音楽は渡邊崇さん、監督は永井聡さんでした。

永野芽郁さんの演じる美美子さんが糸電話で帝一さんと話しているのを見て、永野芽郁さんが主演を務める今のNHKの連続テレビ小説の「半分、青い。」の主人公の鈴愛さんが糸電話で話していたことを思い出しました。帝一さんの親友で発明家?の光明を演じていた志尊淳さんもNHKの「半分、青い。」に第4週から出演していますが、NHKのドラマ「女子的生活。」で主人公のトランスジェンダーのみきさんを演じていた印象が私にはまだ残っているので、志尊淳さんは、ジェンダーレスというかボーダーレスというか、そのような人物を演じることが多い方なのだなと思いました。

「時は昭和」と始まっていたのですが、「昭和」らしい雰囲気は、「通産省」(通商産業省、現在の経済産業省)以外には、それほどなかったような気がします。でも、昭和の空気感は少なくても、登場人物の人物像や世界観がしっかりと作られていたので、違和感はありませんでした。原作の漫画のことも何も知らずに見始めても、すぐに物語に惹き込まれました。海帝高校の生徒会の高速拍手やマイムマイムのリズム感覚も良かったのだと思います。私は録画をしておいたものを見たのですが、見終わるのがもったいなく思えるほどでした。

エンディングのクレジットの部分に流れていた主題歌は、クリープハイプの「イト」という曲でした。最後、帝一さんは生徒会長就任式でピアノを弾いていて、何の曲だと訊く菊馬に、光明は「帝一の一番好きな曲。『マリオネット』」と答えていました。それを聞いた大鷹弾が「あやつり人形か」と呟いた直後の、帝一さんの正面を見据えた「君たちのことだよ」のラストカットが、とても鮮やかでかっこよかったです。主題歌のクリープハイプの「イト」の前奏の流れてくるエンディングの入り方もとても良かったのですが、ただ、映画のエンドロールの部分については、エレキギターを持った永野芽郁さんの美美子さんが踊るという映像で本当に良かったのかなという風にも少し思えてしまいました。

今活躍している人気俳優さんたちが多数登場しているポップな感じの映画なので、本編とは何の脈絡もないような美美子さんのかわいいダンスのエンディングでも今は良いと思うのですが、例えば10年後に見た時にも違和感なく見ることができるのかなと、少し気になりました。あるいは、あえてそのナンセンスな感じを物語と現実とを切り離すように最後に持って来たということなのかもしれないなとも思います。普遍的ではなくても、「今」を切り取ることは大事なことなのかもしれません。

ともかく、映画「帝一の國」は、とても面白い作品でした。社会の縮図のような学校でトップを目指す男子高校生たちの真っ直ぐな青春映画でした。私も見ることができて良かったです。楽しかったです。

「極夜 記憶の彼方へ」

昨夜、NHKのEテレの「ETV特集」の「極夜 記憶の彼方へ~角幡唯介の旅~」を見ました。

TBSの「CDTV祝25周年SP」(司会は中居正広さんでした。25年間の総合ランキングの1位はSMAPの「世界に一つだけの花」でした)から流れてくる歌を何気なく聴いた後、「新・情報7daysニュースキャスター」の北海道日本ハムファイターズから移籍したメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスのデビュー戦から3試合連続でホームランを打って投打で活躍している“二刀流”の大谷翔平選手の「ショウ(翔)タイム」の特集(大谷選手は本当にすごいなと思います。あと、私もスポーツニュースなどで見る大谷選手を大谷さんと呼んでいたので、アメリカの野球解説者の方が「オオタニサーン!」と呼んでいるのも面白く思います)を見たりしていたので、昨夜のこの「極夜 記憶の彼方へ」を私は途中から見たのですが、探検家の角幡唯介さんという方がハンディビデオカメラで映していた極夜の北極圏の幻想的な風景、雪と氷の極限的な暗闇の環境に圧倒されました。

「極夜」というのは日中の時間帯でも太陽が昇らずに夜のような状況になっている現象のことで、反対の言葉は「白夜」です。探検家の角幡さんは、12月の初め(5日?)から2月の末(21日?)という約3か月の間、懐中電灯やデジタルカメラなどの人工的な光の他には月や星の光のみというほとんど真っ暗の北極の世界を、そりを引く犬たちと共に旅していました。

しばらくしてたどり着いた小屋がシロクマに屋根を破壊されて荒らされていたり、持参した犬の食べ物が尽きたりという現実的な死の気配にも角幡さんは直面していたようだったのですが(万が一には犬を食べるという選択肢も考えたそうです)、ビデオカメラに映された雪と氷と湖の見えるモノクロの世界が不思議で、その様子を私はテレビの前で見ながら、そのような世界を一人で進む探検家の方は勇気があるなと思いました。映像では、とても暗く見えていたのですが、実際にはどのくらいの明るさでその場所の風景が見えていたのでしょうか。

宇宙を歩いているかのよう、凄まじいまでの美しさと容赦のない冷たさと静寂さだと、探検家の方はその北極の極夜の世界を評していました。1月26日頃、地平線が少し白み始め、2月になると、空はもう少し明るくなっていました。そして、21日の頃には、強風に吹き飛ばされる青白い雪がドライアイスの煙のような地平線の上に丸い太陽の金色の光が輝いていました。

探検家の方は、その太陽のことを火の玉だと言っていました。極夜の後の太陽の光を、出生の時に見たであろう光に重ねていました。その方の話していたように、古代の人々の見たり感じたりしていた月や星や太陽の光は、現代の日本で暮らしていると見えない光、感じることのできない光なのかもしれないなと思いました。

探検家の方の歩いていた極夜の冷たい北極の場合と同じに考えてはいけないかもしれませんが、例えば、私も以前に「戒壇巡り」や「胎内巡り」と呼ばれるお寺の地下の真っ暗な洞窟のような場所を恐る恐る歩いたことがあるのですが、出口付近から外の光が差し込んでいるのが見えた時には、ほっとしました。そして外へ出て、その明るさに感動しました。朝やお昼に外が明るく平和であるということは、普段には“普通”のことだけれど、本当には“普通”のことではないのだと思いました。

北極でも南極でも、極夜の終わりを告げる太陽の光には、実際に気温が上昇するというだけではなく、安心して、気持ちも温かくなるのかもしれないなと思います。ギリシャ神話の春の女神のペルセポネの話を思い出します。良い特集でした。

映画「レッドタートル ある島の物語」と、高畑勲監督が亡くなったこと

今年のお正月の頃に日本テレビの深夜の「映画天国」という枠で地上波初放送、ノーカット放送されていた、2016年のスタジオジブリのアニメーション映画「レッドタートル ある島の物語」を見ました。録画をしておいたものを一昨日にようやく見ることができました。

この作品は、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門特別賞受賞作品、第44回アニー賞インデペンデント最優秀長編作品賞受賞作品だそうです。

原作・脚本・監督はオランダ出身のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットさん、脚本はパスカル・フェランさん、アーティスティックプロデューサーは高畑勲さん、音楽はローラン・ペレズ・デル・マールさんという作品でした。

スタジオジブリの映画なのにどうして「金曜ロードショー」の枠での放送ではないのだろうと少し不思議にも思っていたのですが、映画を見て、確かに「金曜ロードショー」向きの映画ではないようにも思いました。

自然の風景がとても丁寧に描写されている、とても静かなアニメーション映画でした。映画の中には音楽らしい音楽も使われているのですが、ほとんどが雨の音や波の音や風で木が揺れる音や鳥の声などの自然の音で、登場人物も、驚いたり叫んだりする際に発声する以外には言葉を発しませんでした。

物語は、ある嵐の日の荒れた海に飲み込まれた一人の男が、無人島に漂着して砂浜で目を覚ます、というところから始まりました。数日後、男は、時々スコールの降る無人島を脱出しようと島の竹林の竹を使って筏を作るのですが、海に漕ぎだしてしばらくすると、何かに筏を壊されてしまいました。再び作った筏も壊され、死んでいたオットセイの皮で作った服を着て、椰子の実を積んで3作目の筏を漕ぎ出した男は、ふと海面に浮かび上がってきた赤いウミガメと目を合わせた矢先、その赤ウミガメに?また筏を壊されてしまいました。憤りながら、島の浜へ戻った男は、夕方、赤ウミガメが浜に上がってきたのを見つけると、竹を掴んで赤ウミガメの前に立ち、怒りにまかせてその頭部を叩いて甲羅を返し、裏返ったままの甲羅を踏みつけて立ち去りました。その翌日の夜、男は死んでいる赤ウミガメを見て、その赤ウミガメ殺したことを後悔しました。男は、ヒレをさすったり、海水を頭にかけたりして、赤ウミガメを生き返らせようとしたのですが、その甲羅は音を立ててひび割れました。しかし、赤ウミガメの死にショックを受けていた男がよく見ると、そのカメのヒレは人間の腕に変わっていました。そして、白い甲羅の中にいたのは、長い赤い髪の人間の女でした。男は驚いて、甲羅の中で眠る人間の女のために池の水を汲みに行き、強い日差しから守るために女の上に笹の葉の屋根を作りました。女は甲羅を海に帰し、同じように筏を海に帰した男に、自分から近付いていきました。

そうして、しばらくして、男と女の間に男のの子が生まれたようでした。2歳くらいになった男の子は浜辺で瓶を拾い、大切にしていました。男の子は、人間と赤ウミガメの子供なので、海の岩場の深い水の中に落ちても、すぐに出口を見つけることができました。カメたちともすぐに仲良くなりました。

息子が10歳代の中頃くらいに成長したある日、海辺で鳥たちが騒いでいました。いつの間にか水が引いた岩場に魚が打ち上げられているのを見た女は、大津波が島に近付いていることに気付き、男の手を引いて慌てて走り出しました。少年も津波を見て島の奥へ走ったのですが、津波はあっという間に島に到達し、竹林を破壊して進みました。少年も、両親も、大津波に飲み込まれてしまいました。

積み上がった竹の間で目を覚ました少年は、津波に荒らされた島の中、両親を捜し回りました。泥の中に脚を怪我した母親を見つけると、カメたちと海を泳いで、竹に掴まって浮いている父親を見つけました。親子3人は再会することができました。それから、散乱している竹を集め、燃やすなどして島を片付けました。

数年後、青年に成長した息子は、両親に島を離れる決意を打ち明けました。両親はカメたちと島を離れる息子を見送ると、再び二人で生き始めました。二人とも、髪は白髪になっていきました。ある満月の夜の星空の下で、年老いた男は眠るように息を引き取りました。隣で眠っていた女は、夫の異変に気付いて飛び起きると、夫の腕をさすりながら、赤ウミガメの姿に戻り、海に帰っていきました。

このような物語の、絵本のようなアニメーション映画でした。

ところどころ実写の映像なのではないかと思えるような絵になっていたようにも思います(現代のアニメーションなので、そもそもセル画の作品というわけではないのかもしれません)。月の満ち欠けで時の経過が描かれていました。空や海の青色、夜の星空や雨雲やオットセイの灰色、竹林の緑色、夕日やウミガメの赤色などの様々な色が、とても鮮やかでした。

最後は、黒い背景に小さな文字のみのエンドロールでした。

男性と女性が出会って子供を生んで、二人で子供を育てて、成長して離れていく子供を見送って、年老いて死に別れる、という展開だけを見ると、近年のCMの映像としてもよくある、ありふれた生活者の話のようにも思えるのですが、冒頭から、何というか、神話的な物語、昔話風の物語であるように思えました。

シンプルな絵とストーリー展開は、最初からそのように作られたというよりも、削り落とされて洗練されたものというような雰囲気でした。

映画の題名は、原題の英語では「ザ・レッド・タートル」、フランス語では「ラ・トルテュ・ルージュ」と書かれていたのですが、筏を壊した赤ウミガメ(アカウミガメなのかどうかは分かりません)は、最初から、主人公の男と仲良くなりたくて近付いたということなのでしょうか。それとも、無人島に閉じ込められた孤独な男の魂が引き寄せたものというような意味だったのでしょうか。海に浮かぶ筏を下から打ち壊した“犯人”が赤ウミガメなのか、何か別のものなのかは不明です。

男のそばを離れない砂浜の小さなカニたちの動きがかわいくて、ジブリ作品らしいといえばジブリ作品らしかったように思います。ただ、これまでに私がよく見てきたジブリ作品とは異なり、物語の中に、生物の生と死が繰り返し描かれていました。津波が島を襲う場面もありましたが、この作品の中では、生も死も、何かドラマティックなものや特別なものとしてではなく、あっけないものとして描かれていたような気がします。男が島に来て最初に見たオットセイも、林の竹も、カニも、魚も、巨大なムカデも、赤いウミガメも、みんなあっけなく死にました。男の足の上を歩いていたムカデもそうだったのかもしれませんが、黒い蟻たちや、死体に集る蠅の羽音が、生物の死を常に感じさせるような印象でした。

この物語は、異類婚の話(異類婚姻譚)でもあるのだろうと思います。日本昔話風のタイトルにするなら、「赤亀女房」かなと思います。男と女(死んだ赤ウミガメ)の間に生まれ、成長して島を離れた青年が、その後どうなったのかは、描かれていないので分かりません。父親が知っている大陸(島と海の向こう側の世界)にたどり着くことができたのかもしれませんし、その前にどこかで命を落としたかもしれません。主人公の男は、結局、この島で生き、老いて亡くなりました。男は漂着した時から老いて死ぬまでずっと島で生きていたのかもしれませんし、島で数日生きた後、オットセイのように、いつかの夜にすでに亡くなっていたのかもしれません。

赤ウミガメが死んでいたかどうかということも、はっきりとはしていないのですが、裏返されたまま青空の下の強い日差しの浜辺で動かなくなっていた赤いウミガメの甲羅が割れたのは、赤ウミガメは死んだという意味だったのではないかなと思います。赤ウミガメを殺してしまったことを後悔していた男は、生き返ってほしいと強く願う中で、赤ウミガメの魂を引き寄せ、結びついたということなのかもしれません。

男と出会った女が死んだ赤ウミガメの魂の変身した姿であったなら、あるいはそれが、嵐の海で死んでいた、または死んでいたかもしれない、漂着した無人島を脱出できなかった男の幻覚なのだとしても(女がひび割れた甲羅を海に帰したのが弔いであったなら、男が作りかけの筏を海に帰したのも弔いであり、覚悟でもあったのだろうと思います)、このアニメーション映画の物語を貫いていたのは、生よりも死でした。男(とその息子)は時々「夢」を見ていましたが、眠るということも、一種の死なのかもしれないと思います。男の死を見届けた女が赤ウミガメの姿に戻って帰っていった海が、普通の海ではなく、例えばニライカナイのような、この世ではないあの世のような、異界であるようにも見えました。

映画「レッドタートル ある島の物語」は、宗教的な意味では決してなく、でも、どちらかというと少しスピリチュアル的(精神的、霊的)な意味の、魂の物語であるように思えました。

スタジオジブリの作品としては、例えば「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」や「魔女の宅急便」や「耳をすませば」や「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」などの作品のように(「風の谷のナウシカ」はトップクラフトと徳間書店の作品で、厳密にはスタジオジブリの作品ではないようです)、何度も見たことがあるのに「金曜ロードショー」で放送されるとまた見てしまうという感じの映画とは、少し違うように思います。でも、もしかしたら数年後にこの作品をまた見たくなることもあるのかもしれません。私は、2013年の夏の宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」や秋の高畑勲監督の映画「かぐや姫の物語」も好きなのですが、なぜか、地上波(「金曜ロードショー」)では、どちらもまだ一度しか放送されていないような気がします。

番組の最後に、鈴木敏夫プロデューサーがスタジオジブリの次回作となる、宮崎駿監督の長編アニメ映画「君たちはどう生きるか」について少しだけ話していたのですが、宮崎駿監督は、オランダ出身のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の映画「レッドタートル ある島の物語」を見て、また長編作品を作りたい、スタジオジブリの最後の作品は自分の作品にしたいという風に思って、引退を撤回したということでした。タイトルは、吉野源三郎さんの小説『君たちはどう生きるか』から取ったそうなのですが、内容はそれとは異なる“冒険活劇ファンタジー”になるそうです。

最近、反戦ジャーナリストで戦後に岩波書店の雑誌『世界』を創刊した吉野源三郎さん(もともとは『真実一路』や『路傍の石』などを書いた小説家の山本有三さんが執筆する予定だったそうです)の小説『君たちはどう生きるか』を原作とした羽賀翔一さんという方による漫画版が大人気ということで、本屋さんの店頭にその関連本と共に平積みにされているのですが、私は未読です。吉野源三郎さんの小説のほうも、昔に古書店で見かけて読もうとして、軍国少年たちの登場するその何となく説教臭い雰囲気(しかも道徳的にはそれほど斬新なことが言われているわけでもないように思えました)から、途中で読むのをやめてしまったことがあるのですが、でも、この小説が書かれた戦前という時期(この本が出版される前年の昭和11年には皇道派の陸軍青年将校たちによる二・二六事件が起きていますし、昭和12年・1937年には日本軍の侵攻していた中国で盧溝橋事件が起きています)を踏まえた上で読み返したなら、今度はもう少し面白く読むことができるのかもしれません。


ところで、これは今日の報道で知ったことなのですが、この映画「レッドタートル ある島の物語」ではアーティスティックプロデューサーを務めていた高畑勲監督が、昨日亡くなったのだそうです。82歳だったそうです。肺がんで、昨年の夏頃から入退院を繰り返していたのだそうです。高畑勲監督には、スタジオジブリのアニメ映画以外に、昔のフジテレビの「世界名作劇場」の「アルプスの少女ハイジ」(「世界名作劇場」ではないかもしれません)や「母をたずねて三千里」や「赤毛のアン」や、数年前にNHKで再放送されていた「未来少年コナン」の印象もあるのですが、最近、藤子・F・不二雄の漫画『ドラえもん』のアニメ化にも関わっていたと知り、そうだったのかのかと、驚きました。同じスタジオジブリの作品でも、もしも宮崎駿監督のものとはまた別のリアリティが追及されていたように思える作風の作品を作る高畑勲監督がいなかったなら、日本のアニメの世界はもっと全く違ったものになっていたのかもしれないと思います。高畑勲監督、ありがとうございました。
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