FC2ブログ

映画「沈黙‐サイレンス‐」

昨日、NHKのBSプレミアムで放送されていた、遠藤周作の小説『沈黙』を原作としたアメリカのマーティン・スコセッシ監督の映画「沈黙‐サイレンス‐」を見ました。

2016年(日本では2017年)公開の、約2時間半の作品です。公開当時の映画の予告編や宣伝の映像の印象もあり、私には、怖く作られている映画のようにも思えていたのですが、BSプレミアムで放送されると知って見てみようと思い、楽しみにしつつ見始めました。

17世紀の江戸時代初期の長崎を舞台にした物語です。カトリック・イエズス会の宣教師であるポルトガル人のセバスチャン・ロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールドさん)とフランシス・ガルペ神父(アダム・ドライヴァーさん)は、島原の乱の起きた日本で布教活動をしていたクリストヴァン・フェレイラ神父(リーアム・ニーソンさん)が日本で棄教したという悪い噂を聞き、その真偽を確かめようと、マカオにいたキリシタン(キリスト教信徒)のキチジロー(窪塚洋介さん)の案内で、日本のトモギ村というところへ密入国しました。フェレイラ神父の行方を捜しながら、貧しい暮らしを余儀なくされている村の「隠れキリシタン」たちを相手に布教活動をしていたロドリゴ神父とガルペ神父は、しかし、宗門改役を勤める長崎奉行の井上筑後守(イッセー尾形さん)に気付かれてしまい、二人の存在を“異教徒”から隠そうとし続けた長老のイチゾウ(笈田ヨシさん)やモキチ(塚本晋也さん)たち日本の信徒が捕まって拷問の末に虐殺されるのを目の当たりにしながら、どれほど祈りを捧げても神の助けを得ることができないという現実に苦悩するのでした。

映画の前半では、幕府による残酷なキリシタン弾圧とそれに耐え続ける信徒たちの受難の様子が暗い色調で描かれ、後半では、日本にキリスト教を広めようとして来日したイエズス会のパードレ(神父、司祭)たちの信仰の迷いが描かれていました。

私としては、後半の、浅野忠信さんの演じる通辞とイッセー尾形さんの演じる井上筑後守が登場した辺りから、物語が面白くなってきたように思いました。通辞とロドリゴ神父、井上筑後守とロドリゴ神父の会話が、「対話」あるいは「問答」のようになっていたからです。

キリスト教(イエズス会)を信仰する者の側から見た日本の文化や宗教と、そうではない日本人の側から見た西欧の文化やキリスト教が異なるということが、バランス良く描かれていたように思います。原作が日本の遠藤周作の小説だからということもあるのかもしれませんが、スコセッシ監督は外国の方なのに日本のことをよく分かっているなという風にも思えました。

日本側(江戸幕府)を必要以上に悪く描いているということもありませんでしたし、むしろ日本の文化を理解した上で、日本人にキリスト教への信仰心が広く根付かないということも理解しているという印象でした。ある土地で花を咲かせた植物が別の土地では枯れてしまう、という例えが出ていましたが、キリスト教にとって日本は深い沼であるという井上筑後守の指摘は、何となく、当たっているようにも思えました。

幕府の側から考えると、私には、幕府の役人がキリシタンと思われる人たちに踏み絵を踏ませようとしていたのは、隠れキリシタンを発見するためというより、できる限り多くのキリシタンたちに生き延びてもらうためだったのではないかとも思えるのですが、どうなのでしょうか。

キリスト教の神父たちは、信仰心を守るための信徒の「苦役」や「殉教」をそれこそ教えに適うものとある種“美化”していて、踏み絵を踏むことができずに処刑されたキリシタンたちは、自らの信じるキリスト教の教えと神への信仰心のために、「形式だけ」だと言われても最後まで「転ぶ(改宗する)」ことができなかったのですが、日本の仏教に改宗して「沢野忠庵」と名乗るようになっていたフェレイラ元神父は、多くの日本人キリシタンが自分たちパードレのために踏み絵を踏むのを拒んでいたのではないかと考えていました。そうして神が沈黙する中、神を信じながらキリシタンたちが次々と処刑されていった現実から、もしもイエス様がここにいたら信徒たちの命を助けるために棄教するのではないかとロドリゴ神父に問いかけました。説得されたロドリゴ神父は、ついに踏み絵を踏むのでした。その直後、拷問死しかけていたキリシタンたちは、井上筑後守の家臣の通辞の指示ですぐに助けられるのですが、「転ぶ」ことを受け入れたロドリゴ神父は、今度は自分自身の信仰心の「弱さ」に直面し、苦悩することになるのでした。

ロドリゴ神父のモデルは、イエズス会のイタリア人宣教師のジュゼッペ・キアラだそうです。日本に来たジュゼッペ・キアラ神父は、強制的に棄教させられた後、「岡本三右衛門」という日本名(映画では岡田三右衛門でした)を名乗り、幕府の宗門改の仕事を手伝いながら、80歳代で亡くなるまで、江戸の小石川で軟禁状態の中、日本人と暮らしたそうです。映画の“後日談”で描かれていた、岡田三右衛門を名乗ったロドリゴ神父のように、キアラ神父も、死後には仏教式に荼毘に付されたそうなのですが(当時のキリスト教では火葬は忌避されていました)、映画では、日本人の妻(黒沢あすかさん)が棺の中のロドリゴ神父に密かに持たせた小さな十字架が、一つの救いになっていたような気もします。

ロドリゴ神父が“裏切り者のユダ”のような「弱い人間」として軽蔑していた、窪塚洋介さんの演じるキリシタンの青年・キチジローの存在感も、大きかったように思います。来日してから常に信仰心を試され続けてきたロドリゴ神父は、岡田三右衛門になった後、仲間の信徒たちを裏切って生き延びながらまだ信仰心を捨て去っていないキチジローと何度目かの再会をした時には、キチジローの存在を受け止めることができるようになっていました。髪型や風貌が絵(聖画)の中のキリスト像に重ねられているようにも見えたキチジローさんの「弱さ」(あるいは生き延びる「強さ」)をロドリゴ神父が信徒の一人として極度に嫌っているように見えたのですが、本当は、嫌っているというよりも、自分の信仰心を揺るがすものとして、恐れていたのかもしれないと思います。

苦しんでいたロドリゴ神父にとっての「悪魔の誘惑」は、信徒たちが殺されても自分の信仰心を貫くことだったのでしょうか。それとも、信徒たちを助けるために自分の信仰心を捨てることだったのでしょうか。ただ、映画の物語では、棄教を宣言して仏教に改宗したはずのロドリゴ元神父の中にくすぶるキリスト教の神(イエス・キリスト)への信仰心、心の底に残っている信仰心は、消えることはなかったのでした。

信徒に踏み絵を踏まない、踏ませないということをキリスト教がするということは、キリスト教は命を大切にする宗教だということと、矛盾してしまうように思います。信徒の現実の命を救うことよりも、現実の命を殺してでも貫く信仰自体のほうを大切にしているということになってしまうように思えるからです。しかし、キリスト教にも、仏教と同じように元のところから枝分かれしたたくさんの宗派があるようですし、現代のキリスト教のカトリックやプロテスタントの教えはまた、17世紀や18世紀、19世紀、20世紀のものとは変わってきているのかもしれません。

本当の信仰心とは何か、信仰とは何のためにあるのか、神とは何か、人間とは何か、人間が生きるとは何か、というような、根源的で普遍的なことを問いかけてくる作品であるように思えました。

私自身は、特に何かの特定の宗教の信者というわけではないので、無宗教かもしれないのですが、でも、無神論者でもないような気がしています。神さまという存在は(妖怪や妖精のように?)どこかにはいるのではないかと思っています。宇宙や地球の自然の中かもしれませんし、お守りや、磨かれた鏡や刀の中かもしれません。分かりません。そのような分からないものを「信じる」ということは、一体どういうことなのだろうと思います。

映画に描かれていたキリスト教の印象からすると、神への信仰とは、神が沈黙し続けているかどうか、神による人類(あるいは信徒のみ?)の救済の有無には関係がないようでした。神さまが助けてくれても助けてくれなくても、ただひたすら信じ続けることが信仰であるようでした。しかし、それは本当に「神」が望んでいることなのでしょうか。そのようなことを地球の各地の人類に望む「神」とは、一体何なのでしょうか。

映画の中でも少し描かれていましたが、例えば、神を信じて死ねば“天国”へ行くことができます、とするキリスト教と、神を信じて死ねば“極楽”へ行くことができます、とする仏教と、そこだけ考えると、どこが違うのだろうという気もしてきます。

宗教とは、人間がある場所で生きるために作り出したものであるということは、確かにそう言えるでしょうか。しかし、宗教教育も一種の「思想教育」です。日本を西欧のキリスト教国の植民地化政策から守るために禁教令を出した幕府側にとっての宣教師たちによる日本国内でのキリスト教の布教、来日した宣教師たちにとっての日本の宗教への改宗は、どちらも「思想教育」なのではないかと思います。(無宗教の私としては、時々家のドアの前に現れる何かの宗教の信者たちの不気味な布教・勧誘活動を、今すぐに止めてほしいと思っています。信教の自由は憲法で認められていますが、自分の信じる宗教に他者を引きずり込もうとしないでほしい、自分の信仰心を他者にしつこく押し付けようとしないでほしいと思います。)

先日に再放送されていたNHKのドラマ「大仏開眼」でも描かれていましたが、天皇家の方たちは、仏教の伝来後、長らく仏教を信仰していました。その歴史を考える時、約150年前、明治の時代を迎えた天皇家の方たちは、明治新政府側から「神道」のみに、あるいは「皇祖(先祖)信仰」のみに改宗させられたことを、どのように思っていたのだろうかと思います。同じように、神道の国教化を目指す明治政府の指示に従って「廃仏毀釈」をした全国各地の人々は、どのような気持ちでそれまでの「仏」への信仰心を捨てた(棄教した)のだろうかと思います。

江戸時代の隠れキリシタンの方たちは、江戸時代が終わった後も当時の秘密の信仰スタイルをそのまま継承する隠れキリシタンと、カトリックやプロテスタントの通常の信仰スタイルに戻る潜伏キリシタンとに分かれたそうです。しかし、明治時代以降、キリスト教は日本に根付いたと言えるでしょうか。キリスト教系の学校は数多く建てられていますが、信徒が増えたというほどではないような気がします。確かなことではないかもしれないのですが、何となく、日本人に広まった“キリスト教”は、クリスマスや結婚式くらいなのではないかなとも思います。

とにかく、映画「沈黙‐サイレンス‐」は、静かで思慮深い、とても良い映画でした。無宗教?の日本人の私にはよく分かる物語であるようにも思えたのですが、海外の、あるいは日本のキリスト教徒の方たちがこの映画を見たらどう思うのだろうかということも、少し思いました。一人一人の「信仰」というものについてを問う重い物語なので、面白かったという表現ではいけないのかもしれないのですが、でも、とても面白かったです。イッセー尾形さんの演じる、キリスト教の教え自体を否定しているわけではないようでもあった長崎奉行の井上様の何となくコミカルな雰囲気も良かったのですが、そのようなところも含めて、重いだけではない、エンターテインメントの映画作品でもあったのだと思います。蝉しぐれの聴こえる映画の最後には、「日本の信徒と司牧者に捧ぐ 神のより大いなる栄光のために」という言葉が字幕で出ていました。

「夢の本屋をめぐる冒険」のこと

NHKの夜10時45分頃から二夜連続で放送されていた、「夢の本屋をめぐる冒険」を見ました。

亡き祖母(大方斐紗子さん)の小さな本屋を受け継いだ店長(門脇麦さん)と、本屋観の違いと経費削減のためにクビにされかけているアルバイト店員(千葉雄大さん)が、世界各地を旅してすてきな本屋を見てきた先代のノートを見つけ、その夢のような本屋さんに思いを馳せる、という物語の、ドラマと紀行ドキュメンタリーで構成された番組でした。

第一夜「フランス編」では主に戦前から続いているパリの「シェイクスピア・アンド・カンパニー」、第二夜「中国編」では南京市の最先端の「先鋒書店」とその支店が紹介されていたのですが、本を大好きな人が本を必要とする人々のためにある街に小さな書店を作り、その書店が少しずつ地元に暮らす人々の生活に欠かせないものになって、次第に地元の人々だけではなく世界中の人々にも愛される、おしゃれで優しい書店になっていくという歴史も、とても良かったです。

どちらの本屋さんも、本屋さんは本を売るだけの場所ではないということがよく分かる本屋さんでした。

「シェイクスピア・アンド・カンパニー」にはタイプライターやピアノが置かれていたり、作家志望の人を受け入れる宿泊スペースもあったり、「先鋒書店」には手紙を書く場所があったり、郵便ポストが置かれていたりしていました。本屋さんは、訪れる人々の交流の場であり、憩いの場であり、公共図書館のようであり、イベント会場でありました。本屋さんが多目的であるということは、多様性を受け入れる、新たな可能性を見出すということにもつながっているのかもしれないなと思いました。

「先鋒書店」の洗練された店内の映像を見た時、私は、昨年の秋に東京日本橋の「コレド室町テラス」にオープンした台湾の「誠品書店」の店内を少し思い出したのですが、先鋒書店の、中国各地に遺る歴史的な建物を活かした書店はすごいなと思いました。中国の南京市が(例えば日本の東京のように)現代的な建物と歴史的な建物とが融合している都市だということも、私はこの番組の映像を見て知りました。

本が好きという門脇麦や千葉雄大さんの読書や書店についての青春時代?の話も、良かったです。

ドラマは、すごい本屋さんの存在を知って本屋を辞めようとしていた店長と引き留めようとしていたアルバイト店員が、本屋に入ったものの普段本を読まないので選び方が分からないという就職活動中の青年(青木柚さん)のために、本を選ぶ手伝いをするところで終わっていました。

数年前から、日本国内や世界各地の美しい本屋さん(書店、古書店)や図書館を紹介する本(写真集)が出版されていますが、この番組のタイトルの「夢の本屋」には、「夢のような本屋さん」というだけではなくて、「夢を見つけることのできる本屋さん」という意味も入っているのかもしれないと思います。

映像の印象では、もしかしたら新型コロナウイルス感染拡大前に取材されたものなのかなと思うのですが、本を買う場合にはやはり、私としては、インターネットの通信販売のシステムを使うよりは、できれば街の本屋さんへ行って直接手に取って選びたいものだなと思います。

この番組が2回で終わりなのかどうかは分からないのですが、見ることのできたフランス編と中国編は楽しかったです。街には本屋さんが必要だということもまた改めて思いました。

「最後の米沢藩主 上杉茂憲 沖縄の民のため『義』を貫いた男」

先日のtvk(テレビ神奈川)で放送されていた、「最後の米沢藩主 上杉茂憲 沖縄の民のため『義』を貫いた男」を見ました。

番組表を見ている時に偶然見つけて、何だろうと気になって録画をしておいた番組だったのですが、「山形テレビ開局50周年・琉球朝日放送開局25周年記念番組」として、出羽国米沢藩が廃藩置県で山形県になる前の第13代藩主で、明治政府ができた後には宮内庁に入庁していた上杉茂憲が、明治14年(1881年)に第2代沖縄県令に任命され、旧慣温存政策の取られていた沖縄の民の貧しさを強いられている過酷な生活と向学心を知り、中央政府に県令を解任されるまでの2年の間に、私財を投じて沖縄県民を支援し続けていた、ということを伝えるドキュメンタリー番組でした。良い特集でした。

番組のナビゲーターは、俳優の眞島秀和さんでした。眞島さんは米沢市出身で、上杉家の藩校「興譲館」を引き継いだ県立米沢興譲館高校の卒業生なのだそうです。番組の中でその高校を訪ね、校内にあるという、上杉家の資料室を見学していました。

上杉家を研究している『小説・上杉鷹山』を著した小説家の童門冬二さんによると、上杉茂憲が当時沖縄県令に任命されたのは、いじめのようなものだったのではないかということでした。『沖縄の殿様 最後の米沢藩主・上杉茂憲の県令奮闘記』を著した直木賞作家の高橋義夫さんは、沖縄の上杉茂憲のゆかりの場所を訪ね歩いていました。

上杉謙信や上杉景勝や上杉鷹山の流れを汲む上杉茂憲という人のことを、私は名前を聞いたことがあるという程度にしか知らなかったのですが、最後のお殿様だった上杉茂憲さんもまた誠実な、とても立派な人だったようでした。

虐げられて困窮している沖縄の民の生活を良くしようと、沖縄本島や久米島や宮古島や石垣島などを見て歩き、現在の八重瀬町立東風平小学校のある地域の人々の、教育にかける情熱に感動して、私費で東京の学習院への留学を後押ししたりしたそうです。留学生の中には、後に「琉球新報」の創設者になった方や、後に沖縄の自由民権運動の父と言われる謝花昇さんもいたそうです。

上杉茂憲の遺言書を開いていた、旧米沢藩上杉家第17代当主の上杉邦憲さんは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の名誉教授だそうです。上杉茂憲沖縄県令は、通訳を務めていた高良次郎さんを東京に留学させたそうなのですが、そのひ孫の高良祐之さんは、現在弁護士をしているそうです。

元沖縄県知事の稲嶺惠一さんも、上杉茂憲の功績を語っていました。

米沢市にある国指定の史跡・上杉家廟所には、第13代藩主の上杉茂憲の碑もあるそうです。番組の冒頭では、小学生が上杉家の霊廟へお参りに来ていたのですが、それは山形と交流のある沖縄の東風平小学校の児童の方たちだったようでした。

番組の最後のほうで、高橋さんは、嘉数高台公園の展望台から、在日アメリカ軍の普天間飛行場(普天間基地)の置かれている風景を眺めていました。上杉茂憲による再三の沖縄改革案を明治政府が黙殺したという歴史は、沖縄に冷たい今の政府の政策にも通じているように思えました。もしも今、上杉茂憲さんのような人が日本の政治家の中にいたらどうなるのだろうかと思います。


ところで、これは最後の米沢藩主の上杉茂憲さんと沖縄の話とは全く別のことなのですが、昨日の報道によると、広島地方裁判所が、75年前の広島に原爆が投下された直後に放射性物質を含むいわゆる「黒い雨」を浴びて健康被害を受けた原告の84人の住民たちが被爆者と認めてほしいと訴えた裁判、「黒い雨」訴訟に原告側の勝訴の判決を出したことについて、国と広島県と広島市が控訴したそうです。加藤勝信厚生労働大臣は、「十分な科学的知見に基づいたとは言えない判決だ」と述べたということなのですが、被爆者の高齢化が進んでいる戦後75年のこの期に及んでまだ原告の被爆者の方たちの被爆の事実を認めないのかと、政府の態度にがっかりしました。被爆者の方たちが不安になっているように、もしも、「黒い雨」訴訟を引き延ばすことにした現在の政治家や官僚たちが高齢の被爆者が亡くなるのを待っているのだとするのなら、本当に冷酷だと思います。「援護対象地域の拡大」や「黒い雨の降雨地域の拡大」をこれから検討することと、原爆の「黒い雨」を浴びた被爆者の方たちを被爆者と認めることは、別々にできることであるように思います。

「黒い雨」訴訟の勝訴判決の出た後、広島県と広島市は、当初は、国に控訴しないよう求めていました。それが昨日の記者会見報道の中では、国に強く要請されたからと、国に代わって(国と一緒になって)控訴した理由を述べていました。どうして湯崎英彦広島県知事と松井一実広島市長は、「国の強い要請」なるものに折れてしまったのでしょうか。広島や長崎の被爆者の方たちの控訴しないでほしいという思いを受け止めずに、国と「国の強い要請」を受けた広島県知事と広島市長が控訴したことは、政治判断としては、とても寂しいものだと思いました。

映画「誰も知らない」

映画「誰も知らない」を見ました。

今年の4月頃にNHKのBSプレミアムで放送され、録画をしておいたものです。2004年に公開された是枝裕和監督の有名な映画なのですが、今度こそ見ようと思いながら、私は今まで見たことがなかったのです。その映画を、今回ようやく見ることができました。

映画の冒頭には、東京で起きた実際の事件をモチーフにした作品であることが字幕で示されていました。

ある秋の日、アパートの一室に母親の福島けい子(YOUさん)と息子の明(柳楽優弥さん)が引っ越してきて、けい子さんは息子を連れてアパートの大家の吉永夫妻(串田和美さん、岡元夕紀子さん)に挨拶をしに行くのですが、明さんを小学6年生の一人息子のように紹介したけい子さんには、他に長女の京子(北浦愛さん)と次男の茂(木村飛影さん)と次女のゆき(清水萌々子さん)というそれぞれ父親の異なる子供たちがいました。けい子さんは、学校に通わせていない長男の明さんと京子さんに家のことを任せ、スーツケースに隠して部屋まで運んだ、同じく学校に通わせていない茂さんとゆきさんには、いつも静かにして決して部屋の外へ(ベランダにも)出ないよう言い聞かせていました。

明さんは、駅前の商店街のコンビニエンスストアで食材を買ったり水道光熱費を支払ったり、仕事に出かける母親からもらった数万円のお金を生活費として家計をやりくりしていたのですが、ある冬の日、仕事でしばらく帰れないと書かれた母親からの置手紙をテーブルの上に見つけ、それから少ない生活費で、妹や弟たちと子供だけの4人暮らしを始めることになりました。

同じくらいの年齢の子供たちと話すようになったり、カップラーメンの空き容器に土を入れて集めてきた草花の種を植えて家庭菜園をしたり、学校で女子生徒たちからいじめられている不登校の中学生・水口紗希(韓英恵さん)と公園で知り合ったり、親のいない明さんたちは明さんたちなりに日々の生活を続けていくのですが、けい子さんが家を留守にしてから数か月後、電気もガスも水道も止まり、世の中から隠れるように暮らしている子供たちの心身は次第に追い詰められていきました。

紗希さんが大人の男性を相手に援助交際をしていることを知ってショックを受けたある夏の日、思い通りにならない理不尽な環境に苛立って家を飛び出した明さんは、中学校の校庭にいた少年野球の監督(寺島進さん)に声を掛けられて少年野球に参加し、少しすっきりとした楽しい気分でアパートに戻りました。しかし、部屋にいた京子さんと茂さんと紗希さんの前には、椅子から床に落ちたまま動かないという、小さな末妹のゆきさんが横たわっていました。

頼れる大人のいない世界で明さんは、ゆきさんを治療するための医療品を盗みました。その甲斐もなくゆきさんが亡くなると、沙紀さんと二人でゆきさんの好きだったお菓子の「アポロ」をコンビニエンスストアでたくさん買い込みました。そして、夜、ゆきさんの遺体を収めたスーツケースを紗希さんと二人で空港近くの空き地に運び、埋葬するのでした。

監督・編集・脚本は是枝裕和さん、撮影は山崎裕さん、音楽はゴンチチという作品でした。

母親と子供たちの他の主な登場人物は、明さんが“父親”として生活費を頼ろうとしていたタクシー運転手の杉原(木村祐一さん)とパチンコ店の店員の京橋(遠藤憲一さん)、明さんがよく行くコンビニエンスストアの店長の中延司(平泉成さん)、ぼんやりしているようでよく見ているコンビニの店員の宮嶋さなえ(タテタカコさん)、明さんに賞味期限切れの食品を裏口で渡すようになったコンビニの店員の広山潤(加瀬亮さん)でした。

ゆきさんを埋葬し終えた明さんと紗希さんが乗った朝のモノレールの場面で流れていた、タテタカコさんの「宝石」という曲も、良かったです。

映画「誰も知らない」は、2003年に制作された作品ということなのですが、17年前の映画とは思えないほど鮮烈でした。2020年の今にこの映画を見たばかりの私が言うことではないかもしれないのですが、2018年の是枝監督の映画「万引き家族」につながる作品であることがよく分かるような気がしました。

映画「万引き家族」では子供の視点と大人の視点の両方に重点が置かれていたように思いますが、その15年前の映画「誰も知らない」では子供の視点に重点が置かれていました。

母親に置き去りにされた子供たち、あるいは親に捨てられた子供たちの日常が、繊細に、淡々と描写されていたように思います。

少年時代の柳楽優弥さんの演じる明さんの表情が見事だったということもあると思うのですが、全体的に会話も少なく、説明も少なく、そのような「間」も良かったのだと思います。

親の都合に振り回されている明さんたちは、学校に通うこともできずにいたのですが、もしかしたら子供たちは無戸籍だったのかなということも、少し思いました。

映画では、東京で暮らすシングルマザー家庭の貧困が描かれていたように思うのですが、明さんがお金をもらいに行っていた“父親”らしき男性たちも、決して豊かではない、貧しい生活を送っていました。都会に埋もれている貧困の問題と、助けになる大人の不在という問題が、子供たちの日常を通して伝えられていたようにも思えました。

母親が帰って来ないことを警察や児童相談所へ相談して見てはどうかと宮嶋さんに言われた明さんは、そんなことをしたら4人一緒に暮らせなくなる、前にややこしくなったことがあると不安そうに拒否していました。

秋から冬、春、夏へと変わっていく、一年間の四季の移ろいも印象的でした。映画「万引き家族」も、冬から次の冬の物語だったように思います。

映画の物語の中に出てきた飛行機やモノレールやスーツケースの印象が最後にがらりと変わるのが、ミステリー的でもあったのですが、物語は、夏の明るい日差しの中に終わりました。

映画「万引き家族」にも亡くなった家族の遺体を埋める場面があり、それが家族をさらに家族として結び付ける要素になっていたように思いますが、それも映画「誰も知らない」を少し発展させたものだったのかもしれません。ゆきさんを埋葬した後、明さんと京子さんと茂さんの兄妹には、明さんよりも少し年上の不登校気味の紗希さんも加わり、新しい家族のようになっていました。

この映画では、映画「万引き家族」と違って、大人たちが直接子供たちの「生活」に介入してくることはありませんでした。平泉成さんの演じるコンビニの店長は、自分の生活さえそれなりに良ければ他のことは気にならないという感じの、よくいる大人?の代表的人物だったのかなと思います。

YOUさんの演じる母親のけい子さんがファストフード店で明さんに言っていた「私は幸せになっちゃいけないの?」という言葉は、けい子さんだけではなく、全ての人に当てはまる言葉であるようにも思えました。普通に考えると一般的には、子供たちを見捨てたり置き去りにしたりする親が悪いという風になりそうなのですが、子供の一人の明さんを中心に描かれていた映画「誰も知らない」では、誰が悪いと、誰かを責めるような描写はなかったような気がします。

ただ淡々と、誰かを突き放すのでもなく、感情的に寄り添うのでもなく、子供たちがとにかく懸命に「生きている」ということだけを静かに表現しているような映画でした。僅かなお金を渡された子供たちだけで毎日を生きていくこととその限界を、丁寧に映し出しているように思えました。

社会の「秩序」や「規範」や「常識」の外に置かれている人たちを見守る視点の低さが、温かいのだと思います。東京の片隅で世界から忘れられたように、取り残されたように生きている人たちの、“普通の人々”に溢れた街の群衆の中の孤独が、妹のゆきさんのことを「どうしよう」と考えながら走り回っていた明さんの周囲に見える、白昼の商店街の明るさによって深められていたように思います。

柳楽優弥さんの演じる13歳か14歳くらいの明さんは、いわゆる「ヤングケアラー」でもあるのだと思います。でも、明さんや京子さんたち自身がそれを自覚しているわけではありませんでした。子供たちだけで暮らす“日常”に戻った明さんたちが夏の日差しの中を歩いていく後ろ姿で終わる終わり方も、良かったです。

私は映画のモチーフになったという現実の事件のことを知らないのですが、映画を見終わって、映画の中の明さんたちはその後どうなったのだろうと思いました。きっと、あのままではいられらくなるのだろうと思います。

あと、例えば、この映画の中の子供たちは小銭を使っていたのですが(次男の茂さんは自動販売機の下にお金が落ちていないかを探したりもしていました)、もしもこれから日本がほぼ「電子マネー」しか使わないという世の中に変わったなら、明さんのような子供たちはどうするのだろうということも、少し気になりました。「グレーゾーン」というと少し暗い感じがしますが、「空白地帯」というか、「余白」というか、「ゆとり」というか、様々な人々の暮らす社会の中には、そのようなところも必要であるような気がします。

上手く伝えることができないのですが、とにかく、映画「誰も知らない」は、とても良い映画でした。重い、というのとは、少し違いました。明さんたちの動きや表情を見ているだけで物語が分かるように思えるほど、少しずつ成長していく明さんたちの感情の揺れ動きの細やかさが、子供たちの動きや表情で見事に表現された映画でした。どうして私は17年間この映画を見ていなかったのだろうと思うのですが、今見たからこの映画を良いと思えたということももしかしたらあるかもしれませんし、私としては、今見ることができて良かったです。

「今 互いに抱き合うこと -コロナ禍に読む聖書-」

先週の早朝に放送され、録画をしておいたNHKのEテレの「こころの時代~宗教・人生~」の、「今 互いに抱き合うこと -コロナ禍に読む聖書-」を見ました。

福岡県北九州市にある東八幡キリスト教会(天井から小さな照明が星のように下がっているように見えました)の牧師の奥田知志さんに、新型コロナウイルス感染拡大の影響による人々の孤立や社会の分断をどのように乗り越えていけばいいのかについて話を聞く特集でした。とても良かったです。

生活困窮者や社会から孤立した状態にある人々を支援するNPO法人「抱樸(ほうぼく)」を運営している牧師の奥田さんによると、「抱樸」というのは、木を伐り出したばかりの材木をそのまま抱く、という意味だそうです。

キリスト教の『新約聖書』の「マタイによる福音書」にも書かれている「インマヌエル」という、神は我らと共に、という意味ヘブライ語の言葉を引き出していた奥田さんは、誰かを一人にしない、共に生きる、ということの大切さを話していました。私は、奥田さんの話を聞きながら、「ウビ カリタス イビ デウス」(愛あるところに神おわします)という言葉を思い出し、また、弘法大師空海が共にいるという意味の仏教の真言宗の「同行二人」という言葉を思い出しました。神様が共にいます、ということは、愛が共にあります、ということと同じであるような気がします。

今から約4年前の2016年7月26日の未明に起きた、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」での大量殺傷事件の犯人と面会したことのある奥田さんは、「津久井やまゆり園」の職員でもあった犯人の青年が、障害者は“生産性”がない、“不幸”しか生み出さないと繰り返し述べていたことについて、突然の事故で脳に重い障害を負った娘と生きているというある女性が大変だが不幸だと思ったことはないと話していたということを語りながら、大変であることと不幸であることは違う、大変だけれど面白かった、大変だけれど楽しかったということはいくらでもある、犯人の青年は大変であることと不幸であることを同一視しているのではないかと話していました。

そのままのその人を抱く、受けとめるという「抱樸」の精神によって、自分も相手もお互いに傷つくかもしれないけれど、それを避けていては、共に生きる、ということは実現し得ないということのようでした。

「マタイによる福音書」の「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである。」というイエス・キリストの言葉は、食べ物に触れる前に手を洗うかどうかということが、異教徒、異文化を持つ人々への差別、貧しい人々や病を抱えた人々への差別につながるということを訴えている言葉でもあるようでした。「口から出て来るもの」というのは、「人の心から出て来る言葉」です。汚い言葉、汚い心が世界を汚しているということは、今現在の人間界を考えても、よく分かることだと思います。

もしかしたら自分が(イエスを裏切ったとされる)「ユダ」になってしまうかもしれないと奥田さんが話していたように、自分はどうだろうかと常に反省することも、大切なことなのだと思いました。

新型コロナウイルスの世界的大流行によって、人々の中にあった闇が外へ出てきたということを話していた奥田さんは、「ヨハネによる福音書」の「光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった。」という言葉について、光は闇の先に見えてくるものではなく、闇の中にすでにあるものであり、私たちはその光を探し続けなければいけないという風に話していました。

私は、この話を聞きながら、「一隅を照らす(照一隅)」という、天台宗の最澄の言葉を思い出しました。「一隅を照らす」は、昨年の12月4日にアフガニスタンで銃撃されて亡くなった、NGO「ペシャワール会」の医師の中村哲さんの好きな言葉でもあったそうです。

イエス・キリストと出会い、社会的に弱い立場にある人々、「困っている人」から「困った人」と見なされるようになった人々、孤立した人々に徹底して寄り添う牧師の奥田さんたちは、自らが闇の中の光になろうとしているのではないかと、番組を見ながらすごいなと思ったのですが、特に何の力もない私も含め、この世界に生きる一人一人が闇の中の光、一隅を照らす灯になろうとすることが、世界の今と未来を少しでも良くしていくためには大切なことなのかもしれないなと思いました。いろいろ考えることのできる、良いお話を聞くことができて、良かったです。


ところで、4月に第1回が放送された後、新型コロナウイルス感染拡大の影響で放送延期となっている「シリーズ それでも生きる 旧約聖書『コヘレトの言葉』」という牧師の小友聡さんと若松英輔さんの対談は、今年の秋以降に放送される予定なのだそうです。感染拡大の「第2波」が来て、感染が確定した死者の数が1000人を超え、医療機関が逼迫している(経済活動を最優先する政府はこのことについてはまだ認めていないようなのですが)という中、どのようになるのかは分かりませんが、いつか放送が再開された時には、録画をしつつ、またお話を聞きたく思います。
プロフィール

Author:カンナ
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪・草花
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム