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映画「万引き家族」

先週の土曜日にフジテレビで放送されていた、2018年公開の是枝裕和監督の映画「万引き家族」を見ました。

東京の下町にある日陰の小さな庭つきの古い木造の家に暮らしている日雇い労働者の柴田治(リリー・フランキーさん)とその妻でクリーニング店のパートの信代(安藤サクラさん)、信代さんの妹で風俗店で働く高校生の亜紀(松岡茉優さん)、治さんと信代さんの長男の学校に通ったことがない祥太(城桧吏さん)、治さんの母親の年金受給者の初枝(樹木希林さん)の「家族」に、冬のある日、部屋の外に一人で出されてお腹を空かせていたところを治さんと信代さんが連れ帰った、親から虐待を受けている「ゆり」を名乗る少女(佐々木みゆさん)が加わることになったところから、そうして少しずつ「普通じゃない家族」ではいられなくなっていく「家族」の日常が描かれていました。

「柴田家」では血のつながりのない人たちが一つの家に集まって「家族」となり、祖母、父、母、姉、弟、妹として、初枝さんの家で仲良く暮らしていたのですが、そのようなある日、祥太さんの「万引き」をいつも見て見ぬふりをして咎めずにいた駄菓子屋の主人(柄本明さん)から「妹にはさせるなよ」と注意された祥太さんは、「万引き」はしてはいけない悪いことなのではないかという“社会の常識”に気付き、迷い始めるのでした。

初枝さんが老衰で亡くなると、「犯罪」は加速しました。「家族」の犯罪への抵抗のなさに違和感を感じるようになっていった祥太さんは、スーパーマーケットでの「万引き」が見つかりそうになった「妹」のりんを助けるため、派手に「万引き」をして店員たちを引き付けるように逃走すると、道路の塀を乗り越え下の道に転落し、怪我をしました。

そうして、その万引き事件は警察沙汰となり、行方不明になって捜索願が出されていた子供の誘拐事件に加えて、死体遺棄事件としても「柴田家」の人々は捜査されるようになりました。

疑似家族を作って暮らしていた治さんと信代さんたちには、前の本当の家族に対して、暗い記憶がありました。前の本当の家族よりも、犯罪と嘘でつながっていた今の疑似家族のほうが真の家族でした。

でも、そこへ、家の持ち主である初枝さんの死と、万引きは犯罪で悪いことだという“社会の秩序を保つための常識”が入ってきて、疑似家族のつながりは断絶され、バラバラになってしまうのでした。自分たちの家族は“血のつながりのある家族”ではなかったのだという現実が、冷たく押し寄せてきました。初枝さんが言っていたように、「家族」の生活は「長くは続かない」ものでした。

映画の物語は、冬に始まり、雪の降る冬で終わっていました。「普通じゃない家族」だった柴田家の一年間の物語でした。

現代の日本社会の貧困の連鎖の問題が描かれていたのだと思うのですが、当然のことながら、それだけを伝える映画ではありませんでした。

柴田家の中の一番下の子供として「家族」から大切にされるようになっていった「りん」だった北条じゅりさんは、警察官(高良健吾さん、池脇千鶴さん)に「保護」された後、虐待の加害者でもある本当の両親(山田裕貴さん、片山萌美さん)のもとへ帰されたのですが、また一年前と同じように、親からほったらかしにされていました。じゅりさん自身が何も言わなかったとはいえ、警察官や北条夫妻のところに集まっていた記者たちは、その本当の両親が実は娘を虐待しているということには気付いていなかったのでしょうか。マスコミが一斉に報道していた“誘拐の被害者”としてのじゅりさんへの世間の関心は、すぐに失われていったようでした。

再び一人の時間を過ごすようになっていた「りん」は、翔太さんと見たビー玉の青色の光を見ていました。廊下の台に乗り、壁の外側を覗き込んでいた「りん」が、その壁を乗り越えていきそうに見えたのですが、その後のことは描かれていないので分かりません。

映画の物語を見ていた私には、“社会の常識”が柴田家の家族の居場所を壊し、つながり(絆)を断ち切ってバラバラにしてしまったようにも思えました。でも、「柴田家」がどのような家族だったのかということや、「犯罪」の加害者や被害者として分けられるものではないということを知っているのは、映画の一視聴者として、「柴田家」を客観的に見ることができているからなのだろうと思います。映画の物語世界の中の人たち、例えば、警察官や記者や世間の人たちは、私が(現実の)隣の家の家族の本当の姿を知らないように、知らないのです。それもまた、普通のことです。

映画の中の亜紀さんはあのまま生きていくことができそうにも思えるのですが、治さんと信代さんと引き離された小学生の祥太さんや「りん」だったじゅりさんは、どこかで生きていくことができるとするなら、どのように成長し、どのような人間として現実社会で生きていくのだろうと思います。

血のつながりのある家族から捨てられていた人たちは、祥太さんの読んでいた『スイミー』のように、一つの大きな「家族」(親子や兄弟姉妹など)という塊となって、社会の冷たい波の中を生き抜こうとしていました。捨てられていた「家族」が拾われて、新しい「家族」として、世の中の片隅でささやかに生き抜こうとしていました。何が本当の家族かということは、その家族によって、その家族を構成している一人一人によって、異なるのではないかと思います。ただ、私には、「血のつながり(血縁関係)」だけが人間の集まりを「家族」にするものだとは思えません。「家族」とは何か、私にはまだはっきりとは分からないのですが、できる範囲で助け合いながら、お互いに多少の愛着を持ちつつ、“居場所”として、一緒に穏やかに暮らす事のできる人たちの集まり、というくらいでも良いのではないかなと思います。犯罪はしてはいけないことだけれど、そうせざるを得なかったのだとするなら、その過程には何があったのか、環境はどうなのかということなども、考えなくてはいけないのだろうと思います。

結末の寂しさは、でも、映画の物語の終わり方としては良かったように思います。俳優さんたちも、とても良かったです。「本編ノーカット放送」だったこの映画の冒頭には「PG12」という字幕表示が出ていて、私には少し苦手に思えてしまうような場面も一部にはあったのですが、それも含めて「柴田家」の家族があの時間を生きていた物語であるように思えました。完全版ではないのですが、見ることができて良かったです。

「反骨の考古学者 ROKUJI」

NHKのEテレの「ETV特集」の「反骨の考古学者 ROKUJI」を見ました。

森本六爾という奈良県出身の考古学者の特集でした。

森本六爾さんは、日本の弥生時代の研究の道を切り開いたアマチュアの考古学者で、松本清張の短編小説『断碑』の主人公のモデルになった方でもあるそうです。私は、六爾さんのことを知りませんでした。

1903年(明治36年)に奈良県の磯城郡織田村大泉(今の桜井市)に生まれた六爾さんは、大正時代の半ばの少年時代には、田原本町の唐古池を遊び場にしていたそうです。そして、ある日、六爾さんは、唐古池の泥の中から、小さなくぼみのある土器の欠片を見つけたそうです。

これまで埋もれていたという、六爾さんの「野帳ノート」という全16冊の研究ノートが調査されるようになり、六爾さんの考古学研究に関する新事実が次々と発見されているということでした。

六爾さんの20歳の頃の最初のノートには、「1923年7月7日 自立」と書かれていました。三輪尋常高等小学校などの代用教員を務めていた六爾さんは、1924年(大正13年)、歴史学者の三宅米吉に招かれて上京し、東京高等師範学校で働きながら、帝室博物館に通って、232個の「遺物」を観察したり実測したりしていたのだそうです。

論文も次々と発表していたそうなのですが、ある日、六爾さんは、帝室博物館を出入り禁止にされたということでした。それは、植物学者の牧野富太郎さんが若い頃、最初は自由に出入りしていいとされていた東京帝国大学を途中で教授たちの嫉妬によってされて出入り禁止にされたのと同じ理由のようでした。

六爾さんは、遺物を見る時には、その背後にある歴史や文化の躍動を見なければならないと考えていたそうです。

その頃(明治時代や大正時代)は、例としては元佐賀藩士の歴史学者の久米邦武さんが東京帝国大学の教授の職を追われるという事件(久米邦武筆禍事件)が挙げられていたのですが、明治政府の作った歴史教科書では『古事記』や『日本書紀』の「神話」を基に日本の国の成り立ちを教えるなどしていたために、「弥生時代」を考えることさえタブーとされていたのだそうです(日本の文化が大陸から伝来した文化の影響を受けているということを、当時の政府は認めたくなかったのだそうです)。

そのような時代の中で、六爾さんは、1927年(昭和2年)7月に「考古学研究」を創刊し、アカデミズムに対抗して、大陸からの文化の流れを、当時には珍しい言文一致の読みやすい文体の洗練された言葉で論文にまとめ、広く紹介することにしたようでした。学問的情熱に溢れた方だったようです。

その頃、六爾さんは、考古学の集まりで、浅川ミツギさんという虎の門女学校の数学教師と出会いました。男性たちが女性の美を仏像で例えていた話もなんだか面白く思えたのですが、そこで美は内部に宿ると、天平仏を美しいとした六爾さんは、1か月後、父親宛ての手紙の中で、女流考古学者と結婚したことを報告したそうです。六爾さんはミツギさんのことを、知力の輝きのある人と評していました。

番組には、大伯父が六爾さんという福岡市の博物館の学芸員の方も出演していました。六爾さんは、豊かな想像力で遺物の背後にある歴史や文化を見出しながら、弥生研究に邁進していたそうです。長崎の壱岐の原ノ辻遺跡で甕棺を調べ、福岡の甕棺と比較して、文化の流れを掴もうとしていました。全体像を掴むために、断片的な遺物を一つにつなぎ合わせようとしていました。

アカデミズムに属さない在野の郷土史家や研究者たちと協力して、弥生研究を続けていた六爾さんは、雑誌の売れ行きが悪く、学会からも無視される中、考古学の知見を得るため、1930年から2年間、フランスのパリへ留学することにしたそうです。生活費も教師である妻のミツギさんのお給料に頼っていたようなのですが、渡航費用もミツギさんが働いて集めたということでした。

パリに着いた六爾さんは、博物館や美術館で東アジアの文化が一緒くたにされている現実に落胆し、早めに帰国しようと考えたそうなのですが、せっかく留学した夫の六爾さんからの手紙を読んだミツギさんはショックを受け、早く帰ることは無意義だ、せめて語学だけでも身に着けて帰るようにとの返事を出したのだそうです。ミツギさんは、しっかりした人だったようです。

パリ留学中の六爾さんは、数学者の岡潔や縄文時代を研究していた歴史学者の中谷治宇二郎(雪の結晶を研究していた物理学者の中谷宇吉郎の弟です)、小説家の林芙美子などと出会い、アンドレ・ジッドやモーパッサンなどの文学にも触れ、ポール・ヴァレリーの詩に感銘を受けたそうです。「消えた葡萄酒」の詩が紹介されていました。社会科学としての考古学に目覚めた六爾さんは、人間の創作物を文明として、一つ一つを体系化することにしたそうです。

帰国した六爾さんは、一千個?の弥生土器を集めて実測図を作るという計画を立てました。その矢先に、古代の日本の食料の「籾」に関する論文が発表され、六爾さんは、12年前に唐古池で拾った小さなくぼみのある土器の欠片のことを思い出したということでした。

弥生時代が農業の時代と考えた六爾さんは、全国の在野の研究者に呼びかけ、土器の籾痕について報告を寄せてもらったそうです。六爾さんとミツギさん夫婦も、一緒に土器を探していたようでした。そして、集大成となる論文『日本原始農業』を書き上げたそうです。私は未読なのですが、大陸から伝来した稲作が九州から関東へ広がっていったことや土器には煮炊き用と貯蔵用の2種類あることなどを、当時の社会や人々の暮らしを描いて解説しているのだそうです。弥生時代は農耕文化、農耕社会だったことを伝えるものでした。

森本六爾さんは、現代の弥生時代研究の基礎を作った考古学者でした。講演会はとても苦手だったようで、1933年(昭和8年)の東京帝国大学での「低地性遺跡と農業」という講演は上手くいかず、賛否ある六爾さんの説を聴いた教授たちからは冷たい言葉を投げかけられていたようだったのですが、若い同世代の地理学者が握手を求めたというように、理解してくれる人もいたようでした。アカデミズムの競争社会の中を生きる大学教授たちが“アマチュア考古学者”の六爾さんの説を認めようとしなかったのは、水田の跡や農耕道具が発見されていなかったからでもあったそうです。

1935年(昭和10年)、六爾さんがパリから帰国した後、妻のミツギさんは結核に感染したそうです。六爾さんは、ミツギさんの好きな梶井基次郎の『檸檬』を、ミツギさんの隣に座って朗読して聴かせていたそうです。結核のために聴覚も衰えていたというミツギさんは、その年に亡くなったそうです。31歳でした。2か月後、六爾さんも、32歳で亡くなったそうです。

六爾さんが亡くなった翌年、道路工事のために唐古池の水が抜かれた際、泥の中から、弥生時代の土器や農具や、100を超える竪穴住居の大集落の遺跡が発見されたそうです。唐古池の場所は、唐古・鍵遺跡と呼ばれるようになりました。

六爾さんには、六爾さんの遺志を継ぐ藤森栄一さんや小林行雄さんや杉原荘介さんという弟子たちがいたそうで、六爾さんが亡くなって2年後の1938年、弥生式土器の集成図録がまとめられたそうです。杉原さんは、静岡の登呂遺跡を発見したそうです。明治政府による「神話」を基にした日本史が、「科学」を基に書き換えられていったのでした。

明治生まれの考古学者の六爾さんは、時代を先駆けていた、「一粒の籾」(一粒の麦?)だったのだと思います。今はまた、縄文時代や弥生時代に関する新しい発見がなされているそうなのですが、今のように歴史研究ができるのは、六爾さんのような方がいたからなのだと思います。

番組は、ドキュメンタリー(語りは井上二郎アナウンサーでした)とドラマで構成されていたのですが、このドラマ(脚本と演出は三好雅信さんという方でした)の場面も、誠実に作られている感じがして、とても良かったです。六爾さんの妻のミツギさんが生涯を語るドラマだったのですが、六爾さんを演じていたハライチの岩井勇気さんとミツギさんを演じていた伊藤沙莉さんが良かったのだと思います。写真と似ていたということもあるかと思うのですが、映像もきれいでしたし、静かで文学的な温かい雰囲気があって、良かったです。

明治時代や大正時代には「弥生時代」を語ることがタブー(禁忌)だったということも、私は知らなかったので、驚きました。そのような学問的自由さの少ない中で、森本六爾さんは、発掘された遺物の現物をよく調べ、積み重ねた事実と豊かな想像力で遺物の背後にある歴史や文化の躍動を見出し、「弥生時代」が大陸から伝来した農耕社会だったことを明らかにしていったようでした。

現代の研究では、弥生時代が完全に農耕社会に移行した時代ではなく、東北地方では区分としては弥生時代の頃に、狩猟採集の縄文時代の文化に復帰しているということも分かっているそうです。弥生土器は、1884年(明治17年)に東京本郷の弥生町の貝塚で発見されたことからそう名付けられたそうなのですが、教科書の一覧表にあるような、どこからどこまでがどの時代という区分は、実際には曖昧で、グラデーションの状態になっているものなのだろうと思います。

六爾さんとミツギさんは、日本の考古学の近代化に全力を注いだ夫妻でした。当時の大学の教授などの“アカデミズムの権威”からはほぼ無視されていたということでしたが、反骨精神を貫いて研究を続けていた、まさに「一粒の籾(麦)」だった森本六爾さんたち在野のアマチュアの研究者たちのおかげで、縄文時代や弥生時代のある、今の日本の歴史があるのだなと思いました。有名な、偉大な南方熊楠さんも、当時のアマチュアの研究者でした。

日本テレビの「THE MUSIC DAY 2019 ~時代~」の最後の嵐の歌(3曲のメドレーでした)を聴いた後、何となく気になって見始めた「反骨の考古学者 ROKUJI」は、とても良い特集でした。面白かったです。


ところで、この特集とは別のことなのですが、今年の4月末か5月の初め頃にBS1で放送され、録画をしておいた「いつかまた会おうセウォル号事故・子どもたちの動画メッセージ」も、とても良かったです。語りは、上白石萌音さんでした。「生きて会おう」というイェスルさんのスマートフォンの動画に残されていた最後の言葉を、「一生懸命に生きていればいつかまた会える」と理解するようにして、それを支えに前向きに生きてみることにした、5年前の事故で亡くなった高校生の一人のイェスルさんの母親と妹さんや、事故から生き残った75人の生徒の一人のエジンさんたち遺族の方々の悲しみが、その事故の被害者ではない私には本当には分からないことだとは思うのですが、辛かったです。

また、今年の1月に再放送され、録画をしておいた「こころの時代~宗教・人生~」の、作家の辺見庸さんの「“在る”をめぐって」という特集も、とても良かったです。2018年の夏に放送された番組ということだったのですが、社会的に弱い立場にある人の人権や命が蔑ろにされていくような政治の行われている2019年の今のことでもあるように思えました。一年経ったくらいでは世の中の“空気”は変わらないということなのかもしれませんが、むしろ今のことでもあるようなところに、何か不思議な感じもしました。日々のニュースに接しながら感じる違和感を、辺見庸さんがまとめて整理して語ってくださったというような、そのような印象でもありました。見ることができて良かったです(まだ録画をしたままになっているドキュメンタリー番組などもいくつかあるのですが、見ることができるといいなと思います)。

映画「新聞記者」

先日、6月28日に公開された映画「新聞記者」を映画館へ見に行きました。

東京新聞の記者の望月衣塑子さんの著書「新聞記者」を原案とした映画です。公開している劇場が多くないようなのですが、私の行った時の劇場はチケット完売の満席でした。映画を見る前にパンフレットを買おうと売り場へ向かったのですが、見本も何も置かれておらず、店員さんに尋ねると、売り切れです、すみませんと告げられ、買うことができませんでした。公開されてからまだ数日なのに完売しているのかと驚き(限定販売だったのでしょうか。映画のチラシさえありませんでした)、残念に思ったのですが、そのくらい人気の映画なのかと、映画を見るのがより楽しみにもなりました。

そうして、劇場の座席に座り、照明が薄暗くなって、しばらく他の映画などのCMが流れた後、映画「新聞記者」の本編が始まりました。

ある日、東都新聞の社会部の記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョンさん)のもとに、両目が黒く塗りつぶされた謎の羊の絵と共に内閣府による大学新設計画に関する極秘情報が匿名のFAXで届けられました。韓国人の母親と有能な新聞記者だった日本人の父親のもとアメリカで育ち、日本の新聞社で記者として働く吉岡さんは、同僚の倉持大輔(岡山天音さん)や編集局長の陣野和正(北村有起哉さん)と相談しながら、大学新設計画の真相を探るべく調査を始めました。

一方、内閣情報調査室の官僚の杉原拓海(松坂桃李さん)は、臨月を迎えた妻の奈津美(本田翼さん)と暮らしながら、上司である内閣参事官の多田智也(田中哲司さん)の下での「国を守る」ための仕事に葛藤していました。警察官僚たちが送り込まれ、公安警察よりも立場の強くなった内閣情報調査室は、官邸のために動く組織となっていました。内閣情報調査室の官僚たちが多田参事官に命じられる任務は、「安定した政権」を維持するための、インターネットのSNSやマスコミを使った、政権に都合の悪い情報を打ち消す「操作」でした。多田参事官は、政権を批判するデモ隊に参加する一般市民を「犯罪者予備軍」としてチェックし、官僚に監視させてもいました。

葛藤する日々の中、妻の出産予定日が近づいていたある夜、杉原さんは、外務省時代の元上司・神崎俊尚(高橋和也さん)と再会しました。そして、5年前に外務省内のある出来事の全ての責任を背負い込んだ神崎さんから、俺みたいになるなよと言われた杉原さんは、数日後、神崎さんがビルの屋上から身を投げたことを知りました。そこからは、国会議事堂が見えました。妻の伸子(西田尚美さん)と高校生の娘は、神崎さんについて多くを語ろうとはしませんでした。

なぜ神崎さんは身を投げたのか、東都新聞の吉岡記者と出会って「闇」の存在にはっきりと気付き始めた杉原さんは、真相を明らかにするため、行動を起こし始めるのでした。

監督は藤井道人さん、脚本は詩森ろばさん、高石明彦さん、藤井道人さん、製作は河村光庸さん、制作はスターサンズ、配給はイオンエンターテイメントという作品でした。

現在公開中の映画なので、物語について私があまり詳しく書かないほうがいいかと思うのですが、社会派政治サスペンスとして、とても良くできている映画でした。

何となくでも日々の報道番組を見ている人、新聞記事などを読んでいる人、第二次安倍晋三内閣以降の政治問題、例えば、武器の製造・輸出入や集団的自衛権の行使を容認した安全保障関連法の成立や、日本初の神道の小学校を設立しようとしていた森友学園問題、国家戦略特区を使って獣医学部を新設した大学を開校した加計学園問題、それに伴う公文書の改ざんや隠蔽や破棄、財務省近畿財務局の職員の方の自殺事件、フリージャーナリストの伊藤詩織さんが現職の総理大臣の友人の男性による性暴力の被害者になった事件などの近年の報道を少しでも知っている人には、よく分かる映画というか、かなり現実の日本の政治や社会と重ねて見ることのできる映画であるように思えました。

元文部科学省事務次官の前川喜平さんや東京新聞の記者の望月衣塑子さんが、吉岡記者の見ているテレビのメディアの報道の在り方を考える討論番組に出演しているという形で映画に出演していたところも、良かったです。

私は新聞記者でも官僚でもないのですが、世の中を少しでも良くしていくためには、世の中を少しでも良くしていきたいと考える一人一人が小さな行動であってもしていかなくてはいけないのだということを、改めて考えることのできる映画でもあったように思います。

内閣府による大学新設の真相を国民に報せることを決意した吉岡記者たちとは対照的に、内部告発の決意を折り取られるように、幸せな家庭生活を人質に取られるように、多田参事官に脅され、追い詰められていく官僚の杉原さんの葛藤と、嗚咽と、憔悴とが、息が詰まるようで、その中に日本の将来への見えにくい絶望感が満ちているように思えました。

メディアとは何か、報道とは何か、新聞記者は何のために存在するのか、公務員とは何のために存在するのか、日々の報道に多少なりとも接している私のような一市民はどう考え行動すべきなのかという根本的な問題が突き付けられる映画でした。

この国の民主主義は形だけでいいんだ、という多田参事官の言葉に、ぞっとしました。映画には、国会議事堂の姿は映されますが、多田参事官の「上」にいるであろう総理大臣や官房長官や大臣たち政府高官の政治家や秘書たちの姿は出てきません。この映画に描かれていることは、今の日本だけで起きていることではないのかもしれませんが、映画を見終わって、日本は怖いなと思いました。眩暈と頭痛がしてきました。社会派のサスペンス映画なのですが、ある種のホラー映画でもあると思います。

「安定した政権」が良いのだと、映画の多田参事官(実際の現政権の議員たちやそれを支持する方たち)は言いますが、本当でしょうか。この場合の「安定した政権」とは、何のことでしょうか。現政権の長期化を「安定」と表現するのは、間違っているように思えます。それは「安定」というより、例えば、ビルの谷間の奥の日陰の地面の上にいつまでも残る濁った水溜まりの「淀み」のようにも思えます。

吉岡さんが知り得た事実、杉原さんが神崎さんの後任の都築亮一(高橋努さん)の保管資料から知り得た事実は、日本政府とアメリカ軍との間の軍事機密でもありました。衝撃的でもあり、先月に最終回を迎えたTBSのドラマ「インハンド」の後半の3話を思い出すものでもあり、現実にあり得そうと思えるものでもありました。

一昨日の報道によると、日本国内には存在しないエボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱、南米出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱などの致死率の高い危険な病原体となるウイルスの生体を輸入し、東京都武蔵村山市の国立感染症研究所村山庁舎の「バイオセーフティーレベル4(BSL4)」施設で保管するという政府(厚生労働省)の計画を、武蔵村山の地元市民の反対の声もある中、藤野勝市長が容認したのだそうです。施設の近くには、保育園も幼稚園も小学校も中学校も高校も大学も病院もあります。安全だと繰り返す政府は、2020年に開催予定の東京オリンピック・パラリンピックによる外国人客の増加をウイルスや細菌の輸入の理由にしていますが、なぜ今日本のその場所なのかということも含め、本当の理由と目的はよく分かりません。

映画の本編の直後、暗転した画面のエンドクレジットのところに流れていた主題歌は、OAU(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)の「Where have you gone」という曲でした。私はこの映画の主題歌がOAUの歌であることを知らなかったのですが、テレビ東京のドラマ「きのう何食べた?」を好きで見ていたので、何となく、ギターの温かみのある音がそのドラマの主題歌の「帰り道」に似ているように思いました。英語の歌詞の歌だったのですが、日本語の歌詞の字幕がありました。本当に、日本はこれから何処へ行くのだろうと思います。

映画「新聞記者」について、よく作ったな、勇気があるな、などと思ってしまうのは、現代の閉塞感漂う社会の“空気”が影響しているからなのかもしれませんが、この映画が今の時代の日本で公開されたということ自体に意味があるような気がします。

今度の参議院議員選挙は、7月4日に公示され、21日に投開票が行われるそうです。政治のことにまだあまり詳しくない私は、選挙権を持つようになってからは、多少面倒だなとは思っても(といって、インターネット投票があったほうが良いようにも思えません)それを放棄したことは一度もなく、一応毎回行くようにしているのですが(当日の投票が無理な場合は、期日前投票もあります)、映画を見終わって、今の私にもできることとして、今度の参議院選挙へもちゃんと行こうと改めて思いました。

選挙では、それぞれ個人の考えで、これが良いなと思うところや、これは嫌だなと思うところを見つけて、何となく良さそうな立候補者の方に投票すればいいのではないかなと思います。私が一票を投じた候補者の方が当選することもありますし落選することもありますが、落選という結果になったとしても、私は私の一票が無駄だったとは特に思いません。少なくとも、全体の投票率には反映されます。選挙権を持つのに選挙へ行かないということは、最大多数の与党を支持しているということになりますし、いつかこのまま民主主義が消滅することにもつながってしまうように思えます。

映画の中の官僚の杉原さんは、あの後、どのように生きていくのでしょうか。父親の無念も一身に引き受けている新聞記者の吉岡さんは、「誤報」を恐れず、真相追及と報道の信念を貫くことができるのでしょうか。映画では多くは描かれていませんが、何かの事情で「官邸」に従い続けている官僚の多田参事官にも、もしかしたら、杉原さんのような、神崎さんのような、葛藤の日々があったのかもしれません。

現在の日本、あるいは近未来の日本の政治の闇を描いた気骨のある社会派サスペンス(あるいはホラー)作品としてだけではなく、単純にエンターテインメント作品としても最後まで面白く見ることのできる映画でした。杉原さんを演じる松坂桃李さんも、吉岡さんを演じるシム・ウンギョンさんも、吉岡さんの直属の上司の陣野さんを演じる北村有起哉さんも、不気味な多田参事官を演じる田中哲司さんも、とても良かったです。国会議事堂前での本当のデモのドキュメンタリーのような映像も混ざっていたので、より今の日本の現実と重なっているように思えたのかもしれませんし(今報道されている、自由と民主主義を守ろうとしている香港の人々の大規模なデモは、一党独裁政権への抵抗運動だと思います。一部の若者による香港政府の議会への破壊行為を暴力として非難するだけではなく、なぜそのような行為が行われたのかの背景を考えたほうがいいと思います)、フィクションなのかノンフィクションなのか分からないようにも思えました。上手く伝えることができません。面白かったといえば確かに面白かったのですが、面白いというよりはやはり怖い映画であり、映画を見終わった後からじわじわと、描かれていた出来事の一つ一つが思い出される映画だと思います。

新聞も新聞記者も、権力の監視をし続けるジャーナリズムというのは世の中に必要な大切な存在です。その方たちのおかげで、ぼんやりとしている私も毎日のニュースを、その中のほんの少しだとしても、知ることができています。政府の広報紙のようになってしまっている大手新聞社の記者の方の中にも、行政府の官僚の方たちの中にも、本当にこれでいいのだろうかと葛藤を抱えている方たちはいるのではないかと思います。そして、もしもそうなら、葛藤を抱えている人がいるということは、その世界にはまだ希望が残されているということでもあるような気がします。

今の日本の政治の報道に自由さがなくなってきているということは、映画でも描かれていたように、海外の記者の方たちにも知られていることなのだろうと思います。日本で公開されるだけではなく、海外の国々でもこの映画「新聞記者」が公開されるといいのではないかなと思いました。

映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」

先日、2014年に公開された映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を見ました。吹き替えではなく、日本語字幕版です。見たいなと思いながら今まで見ることができずにいたこの映画を、私もようやく見ることができました。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの暗号機「エニグマ」の解読に取り組んだイギリスの数学者アラン・チューリングを描いた伝記映画です。

映画の原作または原案はアンドリュー・ホッジスさんの伝記『Alan Turing: The Enigma』で、主演はベネディクト・カンバーバッチさん、脚本はグレアム・ムーアさん、音楽はアレクサンドル・デスプラさん、監督はモルテン・ティルドゥムさんという作品でした。

物語は、1951年のマンチェスターの自宅が空き巣被害に遭った大学教授のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチさん)が警察官のロバート・ノック刑事(ロリー・キニアさん)の聴取を受ける場面から始まり、イギリスがドイツに宣戦布告をした1939年にブレッチリー無線機製造所を訪れ、海軍中佐アラステア・デニストンの指揮下に入ってヒュー・アレグザンダー(マシュー・グッドさん)やジョン・ケアンクロス(アレン・リーチさん)、ピーター・ヒルトン(マシュー・ビアードさん)たちと共にエニグマ暗号機の解読に取り組んでいた頃の話を中心としながら、寄宿学校でいじめられていた1927年のチューリング少年(アレックス・ローサーさん)が数学の得意な同じクラスのクリストファー・モーコム(ジャック・バノンさん)に救われ、親友となったクリストファーの影響でクロスワードパズルにのめり込むようになっていった頃の話とが、ノック刑事に過去を語るチューリングさんの回想の中で、行ったり来たりしながら描かれていました。

協調性のないチューリングさんは、一人で暗号解読装置の設計を考え続け、デニストン中佐に装置造りのための資金援助を断られると、その上司で「MI-6」の一員でもあるスチュアート・ミンギス少将(マーク・ストロングさん)を通じてウィンストン・チャーチル首相に直接手紙を送り、資金提供を約束したチャーチル首相からチームの責任者に任命されました。するとチューリングさんは、すぐにキース・ファーマンとチャールズ・リチャーズをチームから外し、新聞に難解なクロスワードパズルの広告を掲載して、優秀な人物を探し始めました。そして、ケンブリッジ大学の卒業生のジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイさん)がチューリングさんの作ったパズルのテストに合格しました。男性ばかりの職場で働くことを両親に反対されているとブレッチリー・パークへ来ることを断るクラークさんを説得するため、チューリングさんは、クラークさんが女性事務員たちと同じ場所で働けるようにし、一緒に暗号解読装置の設計プロジェクトの仕事を行うことができるようにしました。時として誰も想像しないような人物が想像できない偉業を成し遂げるのだと説得されて、唯一の女性メンバーとなったクラークさんは、社交力を発揮してチューリングさんと仲の悪かったヒュー・アレグザンダーたちと仲良くなり、チューリングさんとの間を取り持ってチームの結束力を強めていくという役割も果たしていました。チューリングさんは、チームメイトと仲良くなろうと、赤いりんごを配っていました。

エニグマ暗号の解読は、朝6時から深夜0時までの18時間以内に行わなくてはいけませんでした。深夜0時を過ぎると、朝から取り組んできた暗号解読の作業がが一からやり直しになるのでした。チューリングさんは、普通に解読しようとすると2000万年かかるという作業を20分でできるようにする画期的なマシンを開発しようとしていました。一人で机に向かって設計図を書き、休憩時間にはランニングをするという日々の中、翌年、研究施設の倉庫に設置されたのが、たくさんのローターが回る大きな情報解析マシンでした。電気的頭脳、デジタル計算機だと研究仲間たちに紹介したチューリングさんは、そのマシンをクリストファーと名付けて大切にしていました。

クリストファーは、寄宿学校時代のチューリングを同級生たちの暴力(床下に閉じ込められたこともあったようでした)から救い出してくれた同じクラスの友人でした。数学が得意な秀才のクリストファーは、頭が良過ぎるために多くの同級生たちの間では異質な存在となっていたチューリング少年を、時として想像できないような人物が想像できない偉業を成し遂げると励まし、きっと君はこれに向いているよと読んでいた暗号解読の本を渡しました。

一方で、チューリングの存在を疎ましく思っているらしいデニストン中佐は、チューリングのことをソ連の二重スパイなのではないかと疑っていました。ヒューたちは、チューリングを信じ、アランのマシンは戦争に勝つための唯一の可能性だとデニストン中佐を説得してくれました。デニストン中佐は、マシン開発に対して1か月の猶予を認めました。

チューリングは、結婚をしてほしいと考えている両親のために実家に帰ろうとしていたクラークさんを引き止めるため、針金で指輪を作ってプロポーズをしました。しかし、チューリングは、同性愛者でした。ダンスパーティーの時、そのことを隠してクラークさんと結婚することについて、何気なくジョン・ケアンクロスに訊こうとしたところ、ジョンは、同性愛者だということには気付いていた、でも違法なのだから誰にも言うなと、クラークさんには秘密のままにしておくことを提案しました。

1951年のマンチェスターの警察署では、同性愛の罪に問われようとしているチューリングを助けたいノック刑事が、上司から30分の時間をもらい、チューリングを聴取していました。マシンは人間のように思考しますか、とチューリングの論文を読んだノック刑事が尋ねると、チューリングは、マシンは人間とは違うから違う風に考える、違う風に考えるということは考えないということではない、脳が違う風に動くから違う風に考える、人間の脳もワイヤーで出来た脳もそうだと答えました。

チューリングは、自身の論文「イミテーション・ゲーム」に書いた、会話をしている相手が人間かマシンかを人間が判定するゲーム(テスト)をノック刑事に行うことにしました。戦時中に何をしていたのかと訊かれたチューリングは、当時のことを話し始めました。

デニストン中佐が認めた期限まであと1か月という頃、解読方法を考えていたチューリングは、クラークさんの友人のヘレンさんがドイツ人の恋人との無線でのやり取りについて話しているのを聞きました。「CILLY」という同じ5文字を打っているという話を聞いたチューリングは、ドイツ軍は愛で戦争に負けたと叫び、急いで研究所へ走り出しました。仲間たちも走って研究所へ戻りました。繰り返されている同じ言葉は何かを調べることにしました。

そして、朝6時の通信に「天気」と「ハイル」と「ヒトラー」という3つの言葉が必ず含まれていることに気付いたチューリングたちは、マシンの通信指示をセットし直し、動かしました。しばらくすると、マシンの動きは止まりました。文字を並べると、「KMSジャガーが北緯53度24分」などとなりました。チューリングたちは、最新のナチス・ドイツ軍の通信を見事に傍受することができました。エニグマの解読に必要な単語は「ハイル・ヒトラー」だけで十分だったのでした。エニグマ暗号解読のためのマシンは完成しました。クロスワードパズルでナチスを打ち破ったと、みんなは喜んでいました。

しかし、イギリスの旅客船団を狙うUボートの動きを掴んだことをヒューたちがデニストン中佐に連絡しようとすると、チューリングは電話を叩き壊して止めました。ヒューは、チューリングを殴り飛ばしました。チューリングは、今動いたらドイツ軍にエニグマ暗号機を解読したことを知られてしまうと慎重になり、旅客船団を救うことより戦争に勝つことを優先しました。ピーターは、兄を助けたいと頼んだのですが、チューリングは聞き入れませんでした。

MI-6のミンギス少将は、チューリングと相談し、イギリス軍とドイツ軍の双方に嘘の情報をリークして、エニグマ暗号機解読の秘密を「ウルトラ」として守りながら、ナチス・ドイツ高官を盗聴し続けました。そのようなある日、チューリングは、ジョンの机の上に印のついた聖書を見つけました。「マタイ第7章」を開いたチューリングは、ビール暗号のことを知り、ジョンがソ連との二重スパイだったことに気付きました。ジョンは、この秘密を話したら君の秘密を話すとチューリングを脅しました。

実はミンギス少将が、ナチス・ドイツ政権を倒すため、疑い深いチャーチル首相の背後で、ソ連のスターリンに情報を流すための二重スパイとしてジョンを採用していたようでした。ミンギス少将は、今度はチューリングをジョンの見張る自分のスパイにしようとしていました。危険を感じたチューリングは、クラークさんにブレッチリー・パークを去るように言い、婚約解消を告げました。同性愛者であることも告げたのですが、しかし、そのことに気付いていたクラークさんは別れようとしませんでした。クラークさんは、仕事を続けたいとも考えていました。困惑したチューリングは、君のことを暗号解読に利用しただけだと言いました。すると、クラークさんはチューリングの頬を叩き、ピーターやヒューやジョンが言っていたことは正しい、あなたはモンスターだと告げて研究所へ戻りました。

戦争はその後2年続き、1945年の5月7日ナチス・ドイツが無条件降伏し、連合軍が戦争に勝ちました。

ミンギス少将は、チューリングたち6人に、全て燃やせ、破壊し、火をつけろと命じました。戦時中の「秘密」をどこかで話したら処刑すると脅したのでした。

1951年の警察署でチューリングの話を聞いていたノック刑事は、信じられないと呟きました。私は人間か、マシンか、戦争の英雄か、犯罪者かとの問いに、私には判定できないとノック刑事が答えると、チューリングは、それでは君は私の助けにならないとノック刑事を突き放しました。

寄宿学校時代、チューリング少年は、愛の告白を暗号で書いた手紙をクリストファーに渡そうとして、渡すことができませんでした。校長先生に呼び出されたチューリング少年は、クリストファーが結核で亡くなったことを教えられました。

ケンブリッジ大学のアラン・チューリング教授がわいせつ罪で逮捕されたというニュースが流れました。その後、チューリングを心配して家を訪ねて来た元婚約者のクラークさんは、チューリングの手の震えに気付きました。チューリングは、判事から2年服役するかホルモン治療を行うかの選択を迫られ、薬物治療を受けることを選んだようでした。服役を拒否したのは、開発途上にある大事なマシンの研究を続けるためでした。

独りで耐えないでとクラークさんに言われたチューリングさんは、独りじゃない、今まで一度も独りだったことはない、クリストファーは実に賢くなった、治療を続けなければあの連中が彼を取り上げてしまう、そんなことはさせないでくれ、私は独りになりたくないと泣き出しました。

クラークさんは、心の不安定なチューリングさんを少しでも元気付けようとクロスワードパズルを見せたのですが、チューリングさんの手の震えは止まりませんでした。君は仕事や夫、普通の暮らしを手に入れたと言うチューリングさんに、クラークさんは、今日私は消滅していたかもしれない街の列車に乗った、あなたが普通じゃないから世界はこんなに素晴らしい、時として誰も想像しないような人物が想像できない偉業を成し遂げるのよ、と伝えました。

その後、一人になったチューリングは、マシンの部屋の電気を消し、その暗い部屋の中へ消えていきました。

最後、終戦直後のチューリングたち6人が、夜の研究所の庭で、エニグマ暗号機解読関連の資料を赤々と燃やしていました。

1年間の強制的ホルモン投与の後、アラン・チューリングは1954年6月7日自殺した、彼は41歳だった、1885年から1965年までに英国法により約4万9000人の同性愛の男性がわいせつ罪で有罪となった、2013年エリザベス女王はチューリングに“死後恩赦”を与え、前例のない彼の偉業を称えた、エニグマの解読は戦争終結を2年以上早め、1400万人以上の命を救ったと歴史家たちは見ている、この事実は50年以上も政府の機密扱いだった、彼の成果が“チューリングマシン”の研究へとつながった、今我々はそれをコンピュータと呼ぶ、との解説の字幕がありました。

「エニグマ」にはドイツ語で「謎」という意味があるそうなのですが、戦時中イギリス軍はエニグマ暗号解読の秘密を守るために多数の自国民を死なせた歴史があり、戦後イギリスはドイツ軍から奪ったエニグマ暗号機をイギリス領の各国において使わせてその国の情報を傍受していたという歴史もあるそうなので、チューリングたちの解読の功績が50年以上機密扱いとされていたという背景には、もしかしたら、そういうこともあるのかもしれないなと思いました。

とても良い映画でした。第二次世界大戦中のイギリスの軍事的な秘密と、天才数学者のアラン・チューリングの個人的な秘密とが重ねて描かれていたのですが、普通とは何か、人間とは何かということを問う、普遍的な映画作品になっていたように思います。

私は、エニグマ暗号機のことは少しだけ聞いたことがあったのですが、数学者のアラン・チューリングのことはよく知らないまま、ベネディクト・カンバーバッチさんが第二次世界大戦中の天才数学者を演じる暗号解読映画というくらいのざっくりとした情報だけでこの映画を見始めました。でも、これは当然のことかもしれないのですが、それだけの映画ではありませんでした。

映画の話の全てが実話というわけではないのかもしれませんが、ベネディクト・カンバーバッチさんが周囲からは変わり者と見なされる天才数学者のアラン・チューリングを繊細に演じていたこの映画は、戦時中の科学者を描いた歴史映画でもあり、唯一の理解者だった大好きな親友クリストファー・モーコムを突然亡くした孤独なアラン・チューリングの大きな喪失感を描いた映画でもあったように思います。

間違った見方かもしれないのですが、この映画を一種の恋愛映画として見ると、アラン・チューリングが目指していたのは、10代で亡くなった親友のクリストファー・モーコムの心を創り出し、再会することだったように思えます。

校長先生に呼び出されたチューリング少年が、君とクリストファーは親しいな、親友かと訊かれて、彼のことはよく知りません、友達じゃありませんと頑なに否定していたことも、もしかしたら、象徴的なことだったのかもしれません。

チューリングは、電気的頭脳の完成を急いでいました。41歳で命を絶ったチューリングが、もしもクリストファーに会うために戦前からコンピューターや人工知能の研究に取り組んできたのだとするなら、何というか、それもまたすごい純愛というか、一途さであるように思えます。この映画をアラン・チューリングが恋を失った話とするのは、少し違うのかもしれませんが、でも、私にはそのようにも見えました。

チューリングの遺体のそばに落ちていた食べかけのりんごからは青酸カリが検出されたそうです。

数学者アラン・チューリングの名誉は2013年にイギリスの“死後恩赦”というものによって回復したようですが、同じく同性愛の罪に処せられた他の約4万9千人の人々の名誉も回復したのでしょうか。戦時中の功績などとは関係なく、同性愛を罪にすること自体が間違っていたということが認められるといいなと思います。

普通とは何か、人間とは何か、人間と動物の違いは何か、人間と機械の違いは何かということは、これからの未来の社会ではますます問われていくことと思います。最近は、日本人らしいというような、何人らしさという言葉も時々聞くのですが、何人らしさとは、何でしょうか。一体、人間らしい言動とは、何でしょうか。

日々のニュース番組などを見ていると、政治家や経済界やマスコミの人々が人間のことを「人材」という風に「木材」のように呼ぶのも、少し気になります。まだ先のことかもしれませんが、人間と人間のような思考力を持つ機械とが共生する日は来るような気がします。人間とは違う脳で違う風に考える機械たち(あるいは人間以外の存在たち)は、この世界をどのように見て、変えていくのだろうと思います。

上手く伝えることができないのですが、とても良い映画作品でした。結末は悲しいのですが、私もこの映画を見ることができて良かったです(私がこの文書をここへ書くことができているのも、アラン・チューリングさんのアイデアと研究のおかげでした)。

映画「亡国のイージス」と、ペトラ遺跡のナバテア王国の特集のこと

数日前にBS-TBSで放送され、録画をしておいた映画「亡国のイージス」を見ました。

2005年に公開された映画で、原作は、私は未読なのですが、福井晴敏さんの小説『亡国のイージス』です。監督は阪本順治さんです。公開当時から人気の作品だったように思うのですが、私は今まで見たことがなかったので、今回放送されると知り、見てみることにしました。もしかしたら「本編ノーカット放送」というわけではなかったのかもしれませんが、でも、映画を見る前に思っていたよりも、面白かったです。

海上自衛隊の話ということしか知らないまま映画を見始めたので、まさか、自衛隊のイージス艦(ミサイル護衛艦)が憂国の副艦長と幹部自衛官たちと外国(某国と呼ばれていました)の工作員たちに乗っ取られるというサスペンスの展開になるとは思いませんでした。

自衛隊の専門用語などが私には少し分かり難く思えた部分もあるのですが、よく分からないままでも物語を見続けることができました。

主な登場人物は、海上自衛隊ミサイル護衛艦「いそかぜ」の先任伍長の仙石恒史(真田広之さん)、『亡国の楯』という論文を遺した防衛大学校の学生の父親で副艦長の宮津弘隆(寺尾聰さん)、砲雷長で三等海佐の杉浦丈司(豊原功補さん)、船務長の竹中勇(吉田栄作さん)、砲雷科水雷士で三等海尉の風間雄大(谷原章介さん)、第一分隊砲雷科二等海士の菊政克美(森岡龍さん)、艦長の衣笠秀明(橋爪淳さん)、防衛庁情報局(DAIS)の内事本部長の渥美大輔(佐藤浩市さん)、DAIS局員の服部駿(池内万作さん)、内閣情報官の瀬戸和馬(岸部一徳さん)、内閣総理大臣で自衛隊のトップでもある梶本幸一郎(原田芳雄さん)、海上訓練指導隊群訓練科長の溝口哲也三等海佐と身分を偽っていた工作員のホ・ヨンファ(中井貴一さん)、その妹?のチェ・ジョンヒ(チェ・ミンソさん)、ドンチョル少尉(安藤政信さん)、第一分隊砲雷科一等海士で実は防衛庁情報局(DAIS)の特殊部隊員の如月行(勝地涼さん)です。

「辺野古ディストラクション」という出来事の後、自衛隊員に成りすました工作員たちがアメリカ軍基地から盗み出したアメリカ軍開発の新型兵器によって日本の首都・東京が人質として壊滅の危機にさらされるのを、政府が同じ兵器を使って「いそかぜ」を撃沈させようと決断する中、工作員に捕まった如月さんを「いそかぜ」に救出に向かった仙石先任伍長や、東京の内閣情報官の瀬戸さんたちが阻止しようと奮闘する、という話だったように思うのですが、自衛官同士による“自衛艦内戦争”という印象でもありました。

国力とは財力や軍事力ではなく文化と愛国心だが、今の日本人はそれを失っているし、どのような日本にしていきたいのかという国家の意思もない、日本の防衛の要であるイージス艦は守るべき国を亡くしているのだ、今の日本に守るべき価値はあるのだろうか、日本は一度滅んだほうがいいのではないか、というような「論文」に共感した憂国の幹部自衛官たちが工作員と共に自衛隊、あるいは日本に反旗を翻す“反乱軍”になるという物語の映画に、当時の自衛隊がよく協力したなという風にも少し思えたのですが、意外とよく出来た映画だったように思いました。

誰が敵で誰が味方なのか、迷路のような護衛艦内のどこに敵がいてどこに味方がいるのか分からないまま、命を狙い合うゲリラ戦の恐ろしさが、艦内での戦闘の場面によく表れていました。

たくさんの死者が出ていたので、現実に起きたなら相当すごいニュースになるのではないかと思うのですが、映画の中では「いそかぜ」が東京湾の上で犠牲になったことで、東京や東京周辺の地域は無事で、報道の場面もありませんでした。護衛艦内の殺傷事件、あるいは自衛隊内のテロ事件は、護衛艦が沈没したということ以外には特に公開されなかったのでしょうか。多くの国民(東京都民)は、自衛隊の中で何が起きていたのかを知らないまま“平和”な日本の日常を生きていました。

真田広之さんの演じる仙石先任伍長は、なかなか強くて、最後まで人間的な冷静さを失わない人でした。自分の教えを守って一瞬考えた結果撃たれてしまった如月さんに先任伍長が言っていた、考える前に考えるんだ、という台詞も良かったです。

工作員も含め、登場人物の全員が、恐らく、自分たちの「国」のことを真剣に考えていたのだろうと思います。殺戮の場面が怖くもあったのですが、悪い人たちが殺し合いをしているという風には見えませんでした。映画では、反乱軍は米軍からの日本の独立を考えているようにも思えたのですが、政府は、特殊な爆弾を使って東京湾上の「いそかぜ」を爆撃しようと計画していました。

事件後、自衛隊のトップの梶本総理大臣は、不祥事の責任を取って総理大臣を辞任したのでしょうか。描かれていなかったので、あるいはカットされていたので、よく分かりませんでした。宮津副艦長と共に護衛艦「うらかぜ」を撃沈させたヨンファさんが工作員になった背景も、詳しくは分かりませんでした。

母親に自殺され、父親を殺したらしい如月さんは、街を放浪していたところ、警察ではないと言う防衛庁情報局の人たちに声をかけられ、DAISの一員となったようでした。絵が得意な人で、仙石さんは、如月さんに絵を描くことを勧めていたのですが、救助されて一命を取り留めたらしい如月さんは、仙石さんに新しく描いた絵を送っていました。

この映画はアクション映画とも言えるかもしれないと思うのですが、エンターテインメント性が高いというよりは、自衛隊とは何か、国防とは何かを考えるための、真面目に作られた映画のように思えました。登場人物の個性というか、生き方の背景がもう少し丁寧に描かれていたなら、人間ドラマとしてももっと面白く見ることができたのではないかなと思います。

日本政府が沖縄県名護市の辺野古の海で米軍基地(滑走路)の新設工事を強行していたり、アメリカ政府から陸上配備型弾道ミサイル防衛システムのイージス・アショアを買ったり、F-35戦闘機を大量に買ったり、東京都の横田基地(横田飛行場)に配備されたCV-22オスプレイが周辺の空を飛んだりしている今(昨日のテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」の玉川徹さんの「そもそも総研」でも特集をしていました。実弾が装備されていると思われる機関銃の銃口を地上の住宅地に向けたまま飛行演習を行っているそうなのですが、それが本当なら、誤射される可能性もあるということになります。日本の合意を得て日米地位協定に基づいた訓練をしています、という趣旨の米軍側の回答も謎です。横田基地周辺の騒音も大きいそうです。ベトナム戦争の頃、沖縄県の東村高江では、アメリカ軍が住民をベトナムの人に見立ててゲリラ戦の訓練を行うということをしていたのだそうで、その訓練の手法が今度は東京都民に対して行われているのではないかということでした。本当に米軍基地問題は沖縄だけの問題ではなく日本全体の問題なのだと思います)、映画「亡国のイージス」は14年前の2005年に公開されたということですが、物語の内容自体はそれほど古くはなっていないようにも思いました(映画に登場する俳優さんたちが若く見えるということと、携帯電話などの家電製品からは、14年前の作品らしいような印象を受けました)。

現実的には、現職の幹部自衛官たちが突然“反乱軍”や“革命軍”になるということはないと思うのですが、もしかしたら、映画の中の人たちのように悩んでいる人はいるのかもしれないなと思いました。

訓練中の死亡事故のことも描かれていましたが、私も含め、多くの一般国民は、自衛隊のことをほとんど知らないような気がします。そのため、映画から、自衛隊の方たちは人知れず頑張っているのだということもよく伝わってきたように思いました。すっきりとした終わり方というわけではなかったと思うのですが、「ノーカット」ではなかったためかもしれません。でも、今回見ることができて良かったと思います。日本の不戦や反戦や非戦の平和が、第二次世界大戦後の束の間のものとしてではなく、これからもずっと続いていってほしいと思います。


ところで、これはこの映画とは全く関係のないことなのですが、先日のNHKのBSプレミアムの「英雄たちの選択」の1時間半スペシャル「ローマ帝国×驚異の砂漠都市 幻の王国のサバイバル戦略」という、番組初めての世界史の、ヨルダンの世界文化遺産のペトラ遺跡の、紀元前のローマ帝国やエジプトやパルティア王国(アルサケス朝パルティア)という大国に挟まれた資源豊かな小国・ナバテア王国の特集も、とても面白かったです。

様々な周辺国の文化を取り入れて発展させたというナバテアの文化も、遠くの湧水を都市全体に行き渡らせる水道技術も、大国と交渉しながら渡り合う小国としての生き残り戦術も、すごいなと思ったのですが、天才的な数学者や技術者がいたのかもしれないナバテアの高度な文明は、ナバテアが紀元後にローマ帝国に支配されてしまった後には、ほとんど廃れて、その辺りの人類の歴史の中では途切れてしまったのでしょうか。大地震がきっかけとも考えられているそうなのですが、もったいなく思えました。でも、ペトラの周辺では、それから、ペトラの水道を使った農業が始まったのだそうです。昔の人間よりも現代の人間のほうが優れていると考えるのは、間違っているのかもしれません。司会の歴史学者の磯田道史さんもナバテア王国を戦国時代の真田家に少し例えていたのですが、私も番組を見ながら、ナバテアの王は、武田信玄の家臣となった「表裏比興の者」とも呼ばれていたという信濃の戦国武将の真田昌幸みたいな感じだったのかなと思っていました。世界史を日本史に重ねて考えるのも、面白いと思います。歴史に詳しくはないのですが、どこの国の歴史でも人類の歴史だからいろいろ似ているところがあるというのは、確かにそうなのだろうなと思います。
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