「死生観のジレンマ~今、死ぬということ。~」

先日の深夜にNHKのEテレで放送されていた「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」の「死生観のジレンマ~今、死ぬということ。~」を見ました。

「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」は、1970年代以降に生まれた若手の論客たちが日本の問題点を語り合う番組です。面白いので時々見ています。今回は、番組の司会の社会学者の32歳の古市憲寿さんが、27歳の劇作家・演出家・脚本家・女優の根本宗子さん、同じ32歳の作家の羽田圭介さん、38歳の僧侶の小池龍之介さんを訪ねて、生や死について対談をしていました。

いつもはたくさんの人たちでスタジオや会場に集まって賑やかに語り合っているという印象があるので、「死」が個人的なブームになっているという古市さんが同世代の対談相手から死生観を聞くという今回の静かな感じは良かったです。

私としては、古市さんと同い年という羽田さんの話を面白く思いました。羽田さんは、死者は生者に迷惑をかけてはいけないと思うと、お墓を持つことを拒否していました。羽田さんの書斎の壁に作られていた本棚は作家の部屋とは思えないほどがらんと空いていて、本の類がほとんどなかったのですが、デジタル化できるものはデジタル化していると話していたので、電子書籍にしているのかもしれません。体験にお金を使いたいというようなところもそうなのですが、“ミニマリスト”の方のようでした。

古市さんは、以前に東京MXテレビの「田村淳の訊きたい放題」に出演した時にも話していましたが、「生まれ変わり」を信じているそうです。羽田さんは、信じているんですか、と意外そうにしていましたが、それも面白いなと思いました。お墓を見るのも怖いらしい古市さんは、今できないことを来世ですればいいとポジティブに諦める手段として「生まれ変わり」を信じているようでした。

私も「生まれ変わり」(輪廻・転生)をある程度には信じていますが、私自身は特に何に生まれ変わりたいとも思いません。修行をしなければいけないと言われると困るのですが、私は「死ぬと『無』になる」という説を好意的に捉えているほうなので、どちらかというと生き死にを繰り返す輪廻からは、解脱したいです。

鎌倉の僧侶の小池龍之介さんは、声の小さい方という印象があるのですが、人は生きるために死を遠ざけようとしているというような話が印象的でした。今の日本の子供人気も若作りも、確かに、死から遠ざかろうとしているのだという説によく当てはまるように思いました。死にたいなと思っていても、お腹が空いて何かを食べてしまうなら、本当にはまだ死にたくないということなのだろうなと思います。僧侶の小池さんにとっては、生きているものはいつか死ぬということは自明のことなのだろうと思いますが、身内や親しい人が亡くなった時、当然のことだから何とも思わないのか、僧侶ではない一般の多数の人と同じように悲しい気持ちになるなどして泣くのか、どうなのかなと少し気になりました。古市さんから小池さんに訊いてほしかったです。

それにしても、「人(生物)は必ず死ぬ」というのは、本当でしょうか。その前提は、正しいのでしょうか。私は「仙人」の存在も何となく信じているのですが(いるといいなと思っています)、人は必ず死ぬと思うのは、今生きている人々が何かの理由で「死なない人」に出会ったことがないだけなのではないかなという気もするのです。

それから、昨夜の「クローズアップ現代+」は、「92歳の“安楽死宣言” 橋田壽賀子 生と死を語る」でした。

『安楽死で死なせて下さい』という本(私は未読です)を出版した、TBSのドラマ「渡る世間は鬼ばかり」などの脚本家の橋田壽賀子さんに、武田真一キャスターが話を聞いていました。対談場所は、橋田さんが一人暮らしをしているという静岡県の熱海の自宅でした。長い間その場所で脚本を執筆している、何度も塗りを重ねたという朱色のテーブルがありました。

橋田さんは、今の「天涯孤独」の状況からだけではなく、子供の頃から、人に迷惑をかけないで生きたいと思ってきたようです。死を考えることは真剣に生きることであり、今を諦めずに、死を見つめて懸命に生きることが大切だと話していました。「安楽死」の本を書いたけれど、病気にはなりたくないから薬を10種類くらい飲んでいるとも話していました。

「自死(自殺)」はしたくないと考えている橋田さんが「安楽死」(医師による自殺幇助)を日本でも法的に認められるようになってほしいと思っているのは、生も死も人によってさまざまだから、「生」の選択肢が増えたほうがいいのと同じように、「死」の選択肢も増えたほうがいいとの考えからのようでした。

死が身近なものになっていた戦争中に山形に疎開をした時、橋田さんは、広い田んぼに稲穂が育っているのを見て、日本は死なない、それなら私も死なないと思ったのだそうです。

橋田さんの熱海の自宅の窓からは海が見えていたのですが、年を重ねて仕事が減ってくる中で、死を考えるようになったということでした。

番組では、「安楽死」を自ら希望して実行した海外の方や、「安楽死」を望む寝たきりの妻の思いに苦しむ夫の方や、「安楽死」を否定する方のことも紹介していました。

ただ、出演してい方の話していた「自分の我を通す」ということは、例えば、安楽死を望んで自然な寿命?よりも早めに死ぬと決めることにも、安楽死を望まずに延命治療や介護を受けながら生きると決めることにも、その方の暮らしている環境によって、どちらにも使うことのできる考え方であるように思いました。意識があるのであるなら、少しも自分の思いを通さずに毎日を過ごすことは難しいことであるように思います。

私は、「安楽死」と聞くと、森鴎外の小説『高瀬舟』を思い出します(瀕死の弟を苦しみから救おうとして弟の望み通りに死なせた兄が殺人罪に問われる話だったように思います)。「自殺」ではない「安楽死」を、「(医師による)自殺幇助」と言い換えると、少し不穏な感じもしてしまうのですが、誰もが死に方を選べるようになるといいなということは、私も思います。

殺されたり、事故にあったり、自然災害にあったりする場合の死に方は選ぶことができないかもしれませんが、病気や老衰などで?死ぬまでに時間がある場合には、好きな死に方、というほどではないにしても、安楽な死に方を本人が自由に選ぶことができるような世の中になるといいのではないかなと思います。生まれることを選ぶことはできないように思いますが、死ぬことをある程度選ぶことは、新しい法律が作られれば、できるような気がします。

この世に生み出されて生き始めたなら苦しくても本当に死ぬまで生きなければならないというのは、意外と大変なことだと思います。

武田キャスターは、橋田さんから、武田さんは大丈夫ですよ、一生懸命に生きていらっしゃるから、と言われていました。もしかしたら私は、懸命には生きていないのかもしれません。小さな世界の眠いような毎日を、ただ漠然と生きているだけなのかもしれません。

私は小さい頃は、アンデルセンの絵本の『人魚姫』のような、海の泡になって完全に消滅するという死に方を、いいなと思っていたのですが、後に絵本ではない原作の短編小説を読んで、海の泡となった後に風の精霊となった人魚姫が“善行”を積んで「死なない魂」を得ていつか別の存在(人間)に生まれ変わるために長い時間(300年)を彷徨うという終わり方になっていることを知り、人魚姫の死に方ではダメだと思うようになりました。

遺体を焼却しても、灰が残ってしまいます。完全に消滅するためには、完全ではないかもしれませんが、地球の全ての物質は原子やその集まりの分子からできているそうなので、手塚治虫の漫画『W3(ワンダースリー)』にもあるように、物質として形作られている生物の細胞が一瞬にして原子・分子レベルに分解されれば良いのではないかなと、今は思っています。現実の世界ではまだしばらく出来ないことだろうと思いますし、SF的な考えかもしれませんが、それが一応今の私の夢の死に方、消え方です。

理系ではない私が知らないだけで、もしかしたら、どこかの科学者がそのような機械を開発中かもしれません。もしもいつかそれが可能な世界になったなら、きっとお墓問題もすぐに解決すると思いますし、世界中のごみ問題もすぐに解決すると思います。そもそも、地球自体がなくなってしまうかもしれませんが。

あるいは、やはり死んだ後の自分の死体のことなど、気にしないようにすればいいのかもしれません。自分が死んだ後にもこの世界が残っているとする時、その世界でまだ生きている人たちには多少迷惑をかけてしまうかもしれませんが、それもおそらく数時間のことです。その後は、みんなそれぞれの生活に忙しい中で、少しずつ忘れていくのだろうと思います。私も誰かを忘れているかもしれませんし、私が誰かに忘れられることも、それほど怖くないです。

小さい頃の私は、死ぬことは生きたまま火葬場の焼却炉で焼かれることだと思っていました。祖父のお葬式の印象からだと思います。それで「死」をとても恐れていて、死ぬ夢やお墓の夢を繰り返し見ては怯えて憂鬱な気持ちになっていたのですが、小学校中学年頃になって、死は生きたまま火葬場で焼かれることではないと気付き、死ぬ時は痛そうで嫌だなという思いは残ったものの、「死」そのものに関しては、怖いイメージはなくなったように思います。

夏に没後1000年の展覧会が開かれていた、奈良で生まれて比叡山で修業を積んだという平安時代の僧侶の恵心僧都源信は、『往生要集』の作者で、阿弥陀如来の来迎を受けて極楽浄土へ生まれることを願う浄土信仰を広めた方だと言われています。源信が人々に示した死後のイメージ、極楽や地獄のイメージは、後世に多くの影響を及ぼしたのだそうです。

極楽浄土や地獄のような場所が実際にあるのかどうかはよく分かりませんが、源信の影響が強いということは、もしも源信が死後の世界を描かなければ、日本では極楽や地獄はないことになっていたかもしれないということでしょうか。極楽よりも、地獄のほうがイメージしやすいのは、この世が地獄だからだそうです。昔にその説を聞いた時、なるほどなと思いました。この世界が誰にとっても最高に素晴らしい世界であったなら、誰もそのさらに上の世界を想像しようとはしないかもしれません。


ところで、昨夜、バハマのアバコ島の美しい水中洞窟を紹介する番組の後に久しぶりに見たテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」では、朝井閑右衛門の油絵の花瓶に入ったバラの花の黄色がとてもきれいだったのですが、最後に鑑定されていた勾玉と管玉について、小さな翡翠の勾玉の7個が「本物」という鑑定結果の解説を聞いて、勾玉などに「偽物」があるということを私は初めて知りました。というか、勾玉に「偽物」があるということを今まで考えたことがありませんでした。翡翠や瑪瑙や水晶などの天然素材で作られているものなら、全部「本物」の勾玉なのではないかと思っていました。あるいは、鑑定団としては、古い時代のものを「本物」としているということでしょうか。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇室の三種の神器の一つにも入っていますが(三種の神器を直接見た人は現代には一人もいないそうです)、解説によると、勾玉は、日本以外では朝鮮半島の南にあった古代の韓国から出土しているそうです。韓国で出土した勾玉は、新潟の糸魚川の翡翠を使ったものだそうです。勾玉そのものが日本から韓国に伝わったのか、韓国から日本に伝わったのかはまだ分かっていないそうですが、出土している勾玉の中では、日本の縄文時代のものが一番古いそうです。長い縄文時代のいつ頃なのか分かりませんが、もっと古い旧石器時代のもの?が出土する可能性はないのでしょうか。もしももっと古い時代のものが見つかったなら、勾玉は日本発祥と決まるのかもしれません。勾玉の形は胎児(人間の、でしょうか)を模ったものという説があるそうなのですが、その説の通りだと何となく不気味にも思えるので、そうではないといいなと思います。

「列島誕生ジオ・ジャパン」と、アイヌ民族の遺骨のことなど

先日のNHKで放送され、録画をしておいた「NHKスペシャル」の「列島誕生ジオ・ジャパン」の「第1集・奇跡の島はこうして生まれた」と「第2集・奇跡の島は山国となった」を見ました。50分ずつの放送でした。

島国であり山国であり美しい四季のある日本列島の成り立ちを、約3000万年前からの地殻変動や地質の研究から考える番組でした。

他局の有名な作品から取ったようなテーマ名の駄洒落や司会の和久田麻由子アナウンサーのギャグ?など、「NHKらしくない」と言わせるところがとてもNHKらしい演出で、私には、VTRだけのほうが良かったようにも思えたのですが、そのVTRの科学ドキュメンタリーの部分はとても面白く、最後まで興味深く番組を見ることができました。

私は日本列島がアジア大陸から切り離されてできたものだということは以前に聞いて知っていましたが、二つに切り離されたものが一つにつながってできたものだということは知らなかったので、日本は二本だった、ということに驚きました。言葉は駄洒落的ですが、その解説はとても分かりやすかったです。

地震の話の時にもよく聞きますが、日本の下には、西の大陸側のユーラシアプレートと、北の北アメリカプレートと、東の太平洋プレートと、南のフィリピン海プレートがあります。その動きによって、大陸から切り離された大地は日本列島になったそうです。番組では、後に日本列島になる一部分が大陸から切り離されていく様子がCGで紹介されていました。東日本のほうは反時計回りに、西日本のほうは時計回りに大陸から離れ、そのバラバラの島が、プレートの動きによって組み合わさり、海底火山のマグマから作られた巨大な花崗岩の浮上や太平洋沖の島々の衝突や大地の隆起によって、後に一つの細長い山国の、清流の水と樹々の豊富な日本列島になったのだそうです。

アジア大陸のところに現在の地名が書かれていなかったので、私はそれがどこだろうかと気になって、本棚の地図を取り出して見てみました。岐阜県の飛水峡にあるチャート(放散虫という珪酸質の骨格を持つ海のプランクトンの死骸が堆積してできた赤茶色の石の層です)は、ロシアのハバロフスクにあるチャートと同じなのだそうで、そのことから、番組では、その辺りは昔はつながっていたと結論付けられていました。番組のCGの地図によると、日本列島は、日本海側は石川県の能登半島や富山県の富山湾、太平洋側は静岡県の伊豆半島の辺りで東西に分かれていました。でも、ユーラシアプレートの図で考えると、そこに伊豆半島は入っていません。伊豆半島は北アメリカプレートかフィリピン海プレートの上にあります。番組で紹介されていた和歌山県の紀伊半島のように、地下の巨大な花崗岩によって浮かんできた大地は、全て中央構造線から南の地ということになります。地図と併せて見ると、番組で紹介されていた解説がよりよく分かるような気がしました。

岐阜県の飛水峡の辺りが今のハバロフスクの辺りから別れた東日本だとすると、図のユーラシアプレートの線の区切られ方のように真っ直ぐなものではないのだろうとも思いますが、ともかく、地図で見ると、能登半島のあった辺りは今の朝鮮半島の北朝鮮のハムフン(咸興)という町の辺りと重なるようでした。アジア大陸の今のロシアの辺りから切り離された大地が東日本(東北日本)に、今の朝鮮半島の辺りから切り離された大地が西日本(西南日本)になったようでした。アジア大陸の隙間に海水が入り込み、日本海になっていました。

大きな山脈が多いのは東日本ですし、番組によると、大地の作られ方だけではなく山の作られ方も、東日本と西日本とでは異なっていました。「天下分け目の関ケ原」というわけではないかもしれませんが(関ヶ原も岐阜県です)、東日本や西日本など、何気なく使っていた日本列島をざっくりと二つに分ける言葉が、実は地質学的なものだとは知りませんでした。

「ジオ・ジャパン」の番組で紹介されていた日本列島成り立ちの説が正しいのかどうかは、地質学に詳しくない私にははっきりとは分かりませんが、面白い説だなと思いました。

それにしても、日本列島が今の形になるまでの変化の単位が1万年ということに驚きます。今年は西暦2017年なので、皇紀で言うと(皇紀とは、日本書紀の記述に基づいて神武天皇の即位の年を元年と定めた紀年のことだそうです)皇紀2677年ですが、1万年は2千年の5倍です。

番組によると、日本列島の中で最後にできたのは今の千葉県の房総半島の辺りということなのですが、それでも50万年前なのだそうです。

BS朝日で放送されていた「ダイワハウススペシャル 沖ノ島 ~藤原新也が見た祈りの原点~」では、7月にユネスコの世界文化遺産に登録された福岡県の宗像市の沖にある宗像大社の神領(御神体島)で、沖津宮が鎮座する女人禁制の沖ノ島のことが紹介されていたのですが、録画をしておいたこの「沖ノ島」の番組よりも「列島誕生ジオ・ジャパン」の番組のほうを先に見て悠久の歴史の流れに圧倒されたため、沖ノ島の信仰も古いもののはずなのですが、ホモ・サピエンスと呼ばれている今の人間の歴史と同じくらい、宗教の歴史は古いといっても新しいものだなと思いました。

日本の本州で発見された最古の人骨は、静岡県の浜松市で発掘された浜北人(浜北原人)のものだそうです。約1万4000年前のものなのだそうです。

先日の報道によると、138年前の明治時代に北海道の札幌市内のアイヌ民族の墓地からドイツ人旅行者がドイツへ持ち出した遺骨が、7月31日に外交ルートを通じて日本に返還されたそうです。盗掘されたアイヌの方の遺骨が返還されるのは初めてのことだそうです。北海道のアイヌ協会の方たちは、アイヌ民族の遺骨を研究資料として保管している大学や国立の博物館などに、返してほしいと頼んでいるそうなのですが、なぜかなかなか返してもらえないのだそうです。

NHKのBS1の「国際報道」の番組では、日本のアイヌ民族だけではなく、アメリカのネイティブアメリカンやオーストラリアのアボリジニの遺骨にも「返還問題」があるということを伝えていました。私は、先住民族の方の遺骨が研究資料として盗まれていたということも知らなかったのだと思います。「返還問題」のことも知りませんでした。

オーストラリアでは返還の動きが進んでいて、メルボルン博物館のアイヌ民族の遺骨も日本に返還されることになったそうなのですが、日本国内に保管されているアイヌの遺骨の返還は、進んでいないのだそうです。国内の12の大学には1600体以上の遺骨が保管されているそうなのですが、返還されたのはなぜかそのごく一部なのだそうです。

アイヌ協会の方は、「全身骨」で返してもらいたいと話しているそうです。それはそうだろうと思います。

国の方針では、身元が分かっている遺骨は子孫に返還するとしているため、身元の分からない大部分の遺骨はいつまでも返還されないそうなのですが、その一方で、研究者の中には、今遺骨を返すのは時期尚早だと考えている人もいるそうです。

国立科学博物館の篠田副館長は、研究を続けていけばアイヌ民族の成り立ちが細かく分かる、自分の祖先がどんな生活をしていたかは遺骨の研究なしにはなかなかできない、という風に話していました。でも、研究に必要だというのなら、研究に必要なデータだけを大学や博物館に残して、本物の遺骨は返還すればいいのではないでしょうか。あるいは、アイヌの方たちの許可を得た遺骨を研究に使うようにすればいいのではないかなと思います。遺骨を勝手に盗掘されたアイヌの方たちは、先祖の遺骨を埋葬したいと訴えていました。

NHKのBSプレミアムのスーパープレミアム「玉木宏 音楽サスペンス紀行 マエストロ・ヒデマロ 亡命オーケストラの謎」と「『死の都』に響いた『未完成交響曲』~1943.9.28 戦火のワルシャワ公演を再現する~」は、指揮者・作曲家の近衛秀麿さんの特集でした。ナチスの弾圧にあえぐポーランド人音楽家たちは、秀麿さんの指揮で、ナチスの軍人たちを前に、シューベルトの「未完成交響曲」を演奏したそうです。私は、秀麿さんのことを、以前にNHKのBS1で放送されていた「戦火のマエストロ・近衛秀麿 ユダヤ人の命を救った音楽家」で知ったように思います。

近衛文麿さんの特集でしたが、8月の戦争関連の特集でもあったのだろうと思います。戦争時代を直接生きていない私は、今年もまたいくつかの戦争関連の特集の番組を見ることができるといいなと思います。

昨夜には、NHKのBSプレミアムで新潟県の長岡の花火大会を生放送していました(今日はBS日テレで生放送するそうです)。昭和20年の8月1日の長岡空襲の翌年に長岡市民が復興に立ち上がって「長岡復興祭」を開催し、昭和22年に花火大会が復活したということでした。花火大会の前日の8月1日には、白菊という大玉の花火を打ち上げるそうなのですが、それは、慰霊の花火なのだそうです。

「ジオ・ジャパン」の番組では、日本列島は“奇跡”の島だということが繰り返されていたように思います。和食のおいしい出汁も、日本列島の急流の水があるからできるのだと伝えていました。急流の水はミネラル分が解け出す前に流れる、と言っていたので、軟水だということなのだろうと思いますが、番組の中では軟水だとは言っていませんでした。

日本列島は“奇跡の島”なのかもしれませんが、地球も度々“奇跡の星”だと言われています。日本列島以外の地にも、この地球の中に“奇跡”と人が呼ぶような地はあるのだろうと思います。そのように日本の美しい自然を絶賛しながら、一方では政府が、東日本大震災の東京電力福島第一原子力発電所の事故のことを忘れたかのように原子力発電所の再稼働や新設を計画したり、10万年も毒性が消えないという核のごみ(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場の建設を船着き場のある海辺の町に計画したり、在日米軍基地を建設するために沖縄の辺野古の海のサンゴを破砕して埋め立てたりしているというのを、とても不思議に思います。

地球温暖化という現象が本当であるなら、日本の四季がいつまで続くのかどうかも分かりません。例えば私が小学生の頃は、真夏でも気温が30度を超える日があるのは珍しいことだったように思います。紅葉が12月になるようなこともありませんでした。今このように考えても全く意味のないことではあるのですが、もしも人間がいなかったなら、あるいは人間が今のように蔓延る前には、地球は、今の日本列島を日本人が“奇跡の島”と呼ぶ以上に、もっと美しい場所だったのだろうと思います。

「海洋アドベンチャー タラ号の大冒険2」

「海の日」の昨夜、NHKでは「海洋アドベンチャー タラ号の大冒険2 太平洋横断 サンゴの危機を救え!」が放送されていました。昨年の「タラ号の大冒険」の続編です。

放送されると知って私も見るのを楽しみにしていました。フジテレビの「月9」枠の新ドラマを見た後に見たので、最初の約30分は見ていないのですが(一応録画をしてあります)、今回も良かったです。面白かったです。番組のナビゲーターは、北野武さんと西島秀俊さんでした。

東京湾にもサンゴが増えるようになったのは、黒潮の北上によるのだそうですが、昔は海藻が森のように生えていた岩が地球温暖化で磯焼けをして、荒野のように何もなくなったところにサンゴが生えたということを、私は知りませんでした。漁師さんにとっては、網がサンゴに引っかかって破れてしまうことも多く、魚を獲り辛くなったということもあるのだそうです。

タラ号の日本の最終目的地は、沖縄の北谷の港だったのですが、沖縄の北の硫黄鳥島の周辺の海には、温暖化の進んだ後の、珊瑚礁の未来の姿を見ることができるということでした。そこは、海底火山のCO2(二酸化炭素)が泡のように噴き出している場所で、海洋酸性化が進み、サンゴが「ソフトコーラル」という骨のない状態になってしまう場所でした。海底は赤い大地のようでした。

伊豆の式根島の辺りの海でも、その様子を見ることができました。「ph」の値が「6」の時はまだ大丈夫だそうなのですが、「8」近くになると危険だそうです。魚は全く泳いでいないそうで、貝には、貝殻のカルシウム成分が解けたことによる、穴が開いていました。

石垣島と西表島の間の石西礁湖の水温は、以前は25度から28度だったそうなのですが、最近は30度にまで上がり、サンゴの白化が進んでいるそうです。白化したサンゴがあまりにも輝くような真っ白だったので、きれいだなと思ってしまったのですが、それはサンゴの死にかけている姿でした。その海のサンゴの97%が白化し、半数が死滅したそうです。

しかし、復活しているサンゴもいるということでした。読谷村でサンゴの養殖をしている金城浩二さんは、太陽の熱に強いウスエダミドリイシというサンゴの養殖(一種の品種改良のようなものでしょうか)に成功したのだそうです。死滅するサンゴと復活するサンゴの違いについては、体内のバクテリアに理由があるのではないかと考えられているそうなのですが、はっきりとは分かっていないそうです。金城さんは、海をきれいという人はいても、海を心配する人は減っているので、近くの海(里海)を心配する人を増やさなくてはいけないというようなことを話していました。

地球の平均気温は、産業革命の時代と比べると、今は1度上がっているそうです。たけしさんと西島さんが、体温が36.5度の人が37.5度になるとふらふらするという話しをしていたのがとても分かりやすかったように思いました。1.5度上がるととても危険だそうなのですが、地球全体の平均気温の1度の差も、とても大きなものなのかもしれないなと思いました。

地球温暖化というか、海洋の酸性化は、2万5千年前のシベリアを起点に大規模なものが起きていたそうです。CO2やメタンガスの発生によって、生物の95%が死滅したのだそうです。CO2が約1万年の間出続けていたそうで、その時代は、地球史上最大の絶滅時代だったそうです。

もしもそうだとするのなら、ざっくりと考えると、今の時代に生きている生物は、死滅しなかった5%の生き残りの進化した生物だということになります。「1度」が大きいように、「5%」も実は多いのかもしれません。現状維持や若返りは地球環境にとっても、とても大切なことなのかもしれませんが、地球の回復力(自然治癒力)にも、やはりすごい力があるのだろうと思います。

アメリカの水爆実験によって被曝したマーシャル諸島のビキニ環礁の海が、それでも時間をかけて少しずつ復活しているように、大自然は人間によって壊された部分を少しずつ元の姿に戻していく、あるいは環境に合った新しい姿に変えていくのかもしれないなと思います。

だからといって、今の人間が今のきれいな海の環境を壊して良いはずはありません。昨日は「海の日」ということで、日本テレビでは、「アサヒ飲料スペシャル これぞニッポンの海~美しい海に魅了された人たち~」という番組が放送されていました。お昼頃に放送されていたものだと思います。私は録画をしておいたものを後で何となく見たのですが、紹介されていた鹿児島の奄美諸島の海や沖縄の小浜島の海は、青くて透明で、本当にとてもきれいでした。

美しい海や川や滝の風景を見ていると、いつもとても嬉しい気持ちになるのですが、その一方で、BSフジの「プライムニュース」では「海の日スペシャル」として「レアメタル・天然ガス 海洋資源大国への戦略」という特集が放送されていたようでした(私は未見です)。

同じ「海の日」に、海の美しさの保護を訴える番組と、海の環境破壊を伴う海洋資源開発を勧める番組とが放送されているのが何だか矛盾しているようにも思えて、少し不思議な感じがしました。

安倍政権が在日米軍基地の移設計画を巡って9月にも新たな護岸建設工事を始めようとしているということが先日報じられていた、沖縄の辺野古の海のサンゴ礁のことは、NHKの「タラ号」の特集でも、日本テレビの「ニッポンの美しい海」の特集でも、伝えられてはいませんでした。

太平洋プロジェクトで日本に約2か月寄港していたタラ号は、4月20日に北谷の港を離れたそうです。サンゴの何種類かを採取したそうです。何かサンゴ礁の未来が良くなるような、良い発見があるといいなと思いました。

フランスの海洋探査船タラ号は帆船なのですが、帆船には敬意が払われているというたけしさんの話も良かったです。私も帆船を見るのは好きなのですが、帆船が船界でそれほどに尊重されているとは知りませんでした。

最近の夏の大雨も、簡単に30度を超えてしまう気温も、「地球温暖化」が原因なのでしょうか。それとも、他に何か、まだ科学的には解明されていない原因によるものなのでしょうか。酸性雨は直ったようなのですが、光化学スモッグはまだ直っていないそうです。東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故による周辺の海への放射性物質の汚染が直っているのかどうかは、私には分かりません。昔の水爆実験やチェルノブイリの事故の際には、汚染された空気や水が、すぐに地球全体に広まったと聞いたことがあります。キリスト教やユダヤ教の『旧約聖書』のノアの箱舟の話は、伝説かもしれませんが、実際に起きていたことかもしれません。突然海の底に沈んだというアトランティス大陸やムー大陸のことはよく分かりませんが、イタリアの古代都市のポンペイがヴェスヴィオ火山の大噴火の火砕流や火山灰によって数時間のうちに滅亡したということは、発掘された遺跡から証明されています。

生物は必ず死ぬと言われていますし、都市も世界も、滅亡する時には滅亡するのだろうと思います。でも、その滅亡を今の人間の生き方で防ぐことができるというのなら、私も含めて、微力でも、今ある美しいものを守ることができるように生きていくことができるといいなと思います。

映画「僕だけがいない街」

先日のフジテレビで放送されていた映画「僕だけがいない街」を見ました。録画をしておいたものです。

2006年、ピザ店で配達のアルバイトをしている売れない漫画家の藤沼悟(藤原竜也さん)には、自分でも気付かないある瞬間に同じ時間が繰り返されるようになるということが度々あるようでした。悟さんはそれを「リバイバル」と呼んでいました。自分の時間を普通に動かすようにするためには、その直後に起きると思われる事件や事故の原因を取り除いて“運命”を変える必要がありました。

ある日のアルバイト中、小学生が交通事故に巻き込まれるのを防いだ悟さんは、その時自分が別の車に撥ねられて入院をすることになるのですが、その結果、同じアルバイトをしている社交的な性格の片桐愛梨(有村架純さん)と親しくなり、息子を心配して北海道から出て来た母親の藤沼佐知子(石田ゆり子さん)とアパートの2階の部屋で一緒に暮らすことになりました。

母親と買い物をした帰り、悟さんはまたリバイバルの状態になりました。何か気になることはないかと息子に言われた母親は、街を見渡し、男性が小さい少女を自分の車に乗せて連れて行こうとしているところを見つけました。男性は視線に気付き、少女を置いて車で走り去りました。佐知子さんが誘拐事件を未然に防いだため、その時点のリバイバルは終わったのですが、18年前に北海道で起きた連続児童誘拐殺害事件の犯人は逮捕された白鳥潤(林遣都さん)ではなかったのではないかと気付いて知人に連絡した佐知子さんは、その夜、悟さんが帰宅する直前に侵入者に刺殺されてしまいました。

帰宅して母親の遺体と電話番号の書かれたメモを発見した悟さんは、警察に通報した後、アパートの部屋の窓の下の物音に気付き、逃げていく人物を窓から飛び降りて追跡しようとしたのですが、それに失敗すると、血塗れの自分が犯人だと疑われると思い込んで逃走したため、母親殺しの容疑者として警察に追われることになりました。リバイバルで母親が殺される前に戻ろうと考えた悟さんが強く念じると、次の瞬間、自分の意識が1988年の北海道の小学生時代の自分に入っていることに気付きました。

母親の命を救うためには18年前の連続児童誘拐殺人事件を回避しなければならないと気付いた小学生の悟さん(中川翼さん)は、被害者の一人となった同じクラスの児童の雛月加代(鈴木梨央さん)を事件から救うために奔走することになりました。この時初めて、同級生の加代さんが母親の雛月明美(安藤玉恵さん)から虐待されていたことを知った悟さんは、警察に相談しても相手にされないということから、担任の八代学(及川光博さん)に相談しました。八代先生から、虐待のことには気付いていたが児童相談所に通報しても取り合ってもらえない、虐待のことはまだ他の先生にも話していないから二人だけの秘密にしたいと言われた後、加代さんを守るよう勇気付けられ、一人で孤独な加代さんを守る作戦を考え始めました。

2006年の雑誌の情報から、加代さんが誘拐されて殺された日が自分の誕生日だと知っていた悟さんは、自宅で開く誕生日会に加代さんを呼び、赤い手袋をプレゼントしました。夕方、加代さんを自宅まで送った悟さんが、事件を乗り越えたと思った翌日、学校に加代さんは来ていませんでした。悟さんが加代さんの自宅へ向かうと、近くのごみ捨て場に加代さんの洋服などが捨てられていて、それを見た悟さんは、加代さんが死亡したことを悟りました。

2006年の自分の意識に戻った悟さんは、母親が殺された現実が変わっていないことを知るのですが、今度は愛梨さんに匿われることになりました。親戚の家で暮らす愛梨さんは、父親がチョコレートを万引きしたと疑われた結果家族が離散したという過去から人を信じようとしていて、悟さんのことも信じようとしていました。しかし、愛梨さんの暮らす家は何者かに放火され、愛梨さんは火事に巻き込まれてしまいました。愛梨さんの入院中、悟さんは、母親のメモにあった番号に電話をかけ、母親の知人の新聞記者の澤田真(杉本哲太さん)と会い、匿ってもらっていたのですが、病院を抜け出して悟さんと会う約束した愛梨さんが警察に尾行されていました。悟さんは、愛梨さんから、お店に来ていた西園という人物のことを教わっていた時、待ち合わせ場所の土手に現れた警察官たちにその場で逮捕されてしまいました。

そこで悟さんは、再び1988年の北海道の小学生の悟さんになりました。加代さんの怪我に気付いていた友人の小林賢也さんを仲間にした悟さんは、誕生日会の後、加代さんを「誘拐」し、街の一角に放置されていた改造された廃バスの中に匿うことにしました。夜、不審者の侵入に気付いた加代さんは、翌日、そのことを悟さんと賢也さんに話しました。3人はバスの中に連続児童誘拐殺人事件の犯人の持ち物と思われるマスクやロープや長靴や冷凍用のスプレーや練炭などを見つけ、藤沼家に遊びに来ていた澤田さんに話すと、すぐにバスを離れました。加代さんは、藤沼家に泊まることになりました。母親の佐知子さんは、担任の八代先生に電話をかけて相談しました。

翌朝、悟さんと母親の佐知子さんは、加代さんを連れて雛月家へ向かいました。数日間家に戻らなかった加代さんを叱った明美さんは、娘を探そうともしていなかったことを藤沼親子に責められて、持っていた雪かきのシャベルで佐知子さんを叩こうとしたのですが、その時、八代先生と児童相談所の職員が現れ、加代さんはすぐに保護されることになりました。

それでも、2006年の母親は殺されたままでした。真犯人を見つけ出さなければ未来を変えることができないと気付いた悟さんは、クラス内で孤立している美里さんに声をかける八代先生の姿を見かけました。ある日、クラスでアイスホッケーの試合を見に行った悟さんは、一人で会場を出て行く美里さんを追いかけ、会場の裏から白鳥食品の車が出て行くのを目撃しました。近くにいた八代先生に頼んで車を出してもらい、美里さんが乗っているかもしれないその車を二人で追いかけていた悟さんは、しばらくして、八代先生こそが連続児童誘拐殺人犯であることに気付きました。しかし、気付いた時には遅く、悟さんは八代先生に捕まり、橋の上から川に突き落とされてしまいました。

目を覚ました悟さんは、2006年の病室にいました。そばにいたのはピザ店の愛梨さんではなく、悟さんの妻となっていた加代さん(森カンナさん)でした。加代さんにはもうすぐ子供が生まれそうでした。人気漫画家?になっていた悟さんは、弁護士になっていた同級生の小林賢也(福士誠治さん)に会いに行き、八代先生のその後を訪ねました。八代先生は結婚して西園姓になり、市議会議員として生きていました。18年前に起きた連続児童誘拐殺害事件は、その後も続いていたようでした。

愛梨さんは、ピザ店のアルバイトではなく、駆け出しのカメラマンになっていました。土手で会った愛梨さんは、悟さんのことを知らなかったのですが、悟さんは愛梨さんのことを憶えていました。そうして、西園市議会議員となった八代先生と再会した悟さんは、子供たちを救うために殺したのだと主張する八代先生ともみあいになった際に首を切られ、警察を伴って駆け付けた賢也さんの目の前で死亡し、八代先生は現行犯逮捕されました。

最後は、10年後の2016年、家族や友人たちが、自分の命と引き換えに殺人犯を捕まえた悟さんのお墓参りをする場面でした。悟さんの年上の友人だった白鳥潤さんは、この世界では最初から逮捕されなかったのか、あるいは冤罪が晴れたのか、一緒にお墓参りに来ていました。カメラマンの愛梨さんは、藤沼悟の描いたヒーロー漫画を心の支えにして生きていました。

原作は、三部けいさんの漫画『僕だけがいない街』だそうです。脚本は後藤法子さん、音楽は林ゆうきさん、監督は平川雄一朗さんでした。

映画のエンディングに流れていた主題歌は、栞菜智世さんの「Hear ~信じあえた証~」という曲だったのですが、何となく、2時間ドラマのエンディングの曲のようにも思えました。

「僕だけがいない街」というタイトルだけを聞いたことがあり、そのタイトルが何となく気になって、内容もよく知らないままではあったのですが、この映画を見てみることにしました。私は原作の漫画を未読なので、それと比べることはできないのですが、映画は、SFミステリー風の作品として、それなりに楽しく見ることができたような気がします。

2006年の大人の悟さんの世界と1988年の子供の悟さんの世界を行ったり来たりする作品で、現代の本人が過去の世界に行く「タイムスリップ(タイムトラベル)」というよりは、現代の本人の意識が過去の自分の意識に入る「タイムリープ」の作品でした。

1988年の世界で加代さんを助けることができずに終わった場合、2006年の世界の母親は犯人に殺されたままで、1988年の世界で加代さんを助けることができた場合、2006年の世界の母親は殺されることはありませんでした。また、前者の世界の悟さんは愛梨さんと付き合う感じになっていましたが、後者の世界の悟さんは加代さんの夫になっていました。

八代先生が犯人であるという部分は、悟さんに加代さんの虐待のことを相談された時、加代さんの虐待に気付いていながらその情報を他の教師と共有していなかったというところや加代さんの行動パターンを把握していたというところからも、分かりやすくなっていたように思います。児童の虐待のことを二人だけの秘密にしようと提案するとか、怪し過ぎます。

加代さんを助けたことが、というよりは、やはり真犯人が八代先生であると気付いたことが、悟さんの未来の世界を大きく変えるきっかけとなったようです。

ただ、「タイムリープ」で大人の自分の意識を持って小学生時代の自分になった悟さんは、小学生になりきり過ぎていたようにも思います。小学生になった悟さんが加代さんを守るためにした行動は、大人が思い付く行動という感じではありませんでした。何というか、例えば『名探偵コナン』のコナン君が、高校生の工藤新一であることが周囲の大人たちに知られないようにわざと小学生らしく振る舞う感じというか、そのような印象でした。悟さんの「大人の頭脳」があまり活かされていなかったような気がするのです。

母親の友人の記者の澤田さんも、連続児童誘拐殺人事件の解決にほとんど何の役にも立っていませんでした。記者の澤田さんや警察が廃バスを調べたのかどうかも描かれていないので分かりませんでしたが、記者も警察も、結局八代先生には辿り着かなかったようでした。澤田さんも白鳥さんも、この映画の中で、もう少し意味のある存在であってほしかったように思います。

小学生の悟さんが八代先生によって川に突き落とされた後のことも、描かれていないので分かりません。川に突き落とされた悟さんが生きていたのだとするなら、2006年の病室で目を覚ました悟さんは、川に突き落とされた後生きて発見された悟さんなのかもしれませんが、2006年から1988年にタイムリープして戻った悟さんであるなら、その間の18年?をどのように生きていたのでしょうか。

単純に、「当初の2006年」とは異なる「もう一つの2006年」になったということを表していたのかもしれませんが、私には、少し不自然に思えてしまいました。

西園を名乗っていた八代先生が悟さんに告白していた殺人の動機(純粋さが汚れる前にその子供を救いたかったというようなもの)が、少し「ベタ」であるようにも思えました。

それにしても、最初の2006年の世界の古い新聞や昭和犯罪史を特集した雑誌などに載っていた1988年の加代さんが殺人者の八代先生による被害者だとしても、悟さんがタイムリープして助けようとして失敗した1988年の世界の加代さんは、八代先生に殺されたわけではなかったのではないかと思います。殺され方が他の被害者たちとは異なっていたようですし、リビングのソファの上で発見された加代さんの遺体は、母親からの虐待の後にしばらくして死亡したものなのではないでしょうか。

狡猾で用意周到な人物だと言われていた八代先生は、これも勝手な想像なのですが、悟さんから加代さんの虐待のことを職員室で相談された時点で、恐らく、加代さんへの興味(孤独な加代さんを誘拐して殺害しようという考え)を失っていたのではないかと思います。そして、もしもそうであるとすれば、悟さんの誕生日会に参加した後の加代さんが、八代先生に殺されるはずはないのです。

「僕だけがいない街」というタイトルから、最終的には悟さんが死ぬのだろうという予想はしていました。ハッピーエンドのような、ハッピーエンドではないような、何とも言えない終わり方のようにも思えましたが、悟さんがそのまま生きていたなら、タイトルと合わなくなってしまいます。この作品は、「僕だけがいない街」というタイトルが、何よりも秀逸であるように思います。孤独だった小学生の頃の加代さんの、「私だけがいない街」の作文も良かったです。私だけがいなくなった街のことを考えると気持ちが少し軽くなる、というような内容でしたが、その内容は、私にもよく分かるような気がしました。

映画「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」

2016年に公開されNHKのBSプレミアムで放送された、イギリスのBBC制作のドラマシリーズの特別編の、映画「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」を見ました。

私はBSプレミアムで放送されていたドラマ「SHERLOCK(シャーロック)」のシリーズを好きで見ていたので、この映画が放送された時にも嬉しく思っていたのですが、ドラマの劇場版というのは日本の場合はあまり成功していないような印象があるので、「シャーロック」の場合は大丈夫だろうかと、少し見るのを怖く思っているうちに、何となく録画をしておいたままになってしまっていました。それが先日、来月の7月に「シーズン4」となる新作の三作が放送されるということを知り、改めて再放送もされるそうなのですが、昨年の5月に録画をしておいたままになっていたものを今更ながら見てみることにしたのです。(映画は2016年公開ということですが、冒頭のプレミアムシネマの字幕には、「2015年 イギリス」と出ていました。)

映画(吹き替え版です)は、「シーズン3」の第3回「最後の誓い」の、親友のジョン・H・ワトソン(マーティン・フリーマンさん)とその妻で外国の諜報部員だったメアリー・ワトスン(アマンダ・アビントンさん)を守るために新聞社社長のマグヌセンを殺したことでイギリスを出ることになり、兄のマイクロフト・ホームズ(マーク・ゲイティスさん)とワトスン夫妻に見送られて飛行場を飛び立ったシャーロック・ホームズ(ベネディクト・カンバーバッチさん)が、その直後の、イギリス中のテレビに死んだはずのジム・モリアーティ(アンドリュー・スコットさん)の姿が映し出されるという出来事のために呼び戻されたところの続きから始まり、1895年のヴィクトリア朝のイギリスのロンドンの世界の、第二次アフガン戦争に軍医として従軍して負傷して帰国したジョン・ワトソンがベイカー街の221Bでシャーロック・ホームズと暮らし始めるという物語に変わっていました。

探偵のホームズと医者で作家のワトソンは、スコットランドヤードのレストレード警部(ルパート・グレイヴスさん)から、白いウェディングドレス姿でベランダに立ち2丁の銃で道行く男性たちに向かって銃弾を撃ち続けていたエミリア・リコレッティ(ナターシャ・オキーフさん)が、そのまま銃口を銜えて自殺をした結婚記念日の夜に阿片窟に現れ、夫のトーマス・リコレッティ(ジェラルド・キッドさん)を銃殺したという事件について訊かされ、自殺をした妻が幽霊となって現れて夫を殺した事件の真相を探ることになりました。

霊安室でホームズは、男装の?フーパー(ルイーズ・ブリーリーさん)に案内されて、鎖で巻かれて保管されていた、急に右手の指に血が付いていたというエミリアの遺体を確認しました。「私にも鋭い分野がある、ホームスにも鈍い分野がある」とフーパ―に話していたワトソンは、エミリアは敗血症を患っていたのではないかと診断していました。その頃、ワトソンの妻のエミリーは、マイクロフト・ホームズに呼ばれて密かにある任務を命じられていました。

数か月後、ワトソンは妻のエミリーと暮らすためにホームズの221Bの部屋を出ていたのですが、忙しいワトソンは妻とすれ違いの生活を送っていたようでした。朝電報でホームズに呼び出されたワトソンは、二人でディオゲネスクラブへ向かい、「完全沈黙」のルールを守って受付の人と手話で話しながら、食べ過ぎで太っているホームズの兄のマイクロフトと会いました。マイクロフトは、「敵」が近付いているが正しいのは向こうだと弟に教え、レディ・カーマイケルと会うよう言いました。

221Bを訪ねて来たレディ・カーマイケル(キャサリン・マコーマックさん)は、マイクロフトと知り合いだった夫のサー・ユースタス・カーマイケル(ティム・マッキナリーさん)のもとにある朝オレンジの種が5つ届けられ、それを見た夫が死だと呟き、エミリア・リコレッティの幽霊に地獄へ連れて行かれると恐れるようになった、という話をして、夫を助けてほしいと二人に相談しました。

幽霊について考えるワトソンと幽霊など存在しないと断言するホームズは、ユースタスが殺される事態を阻止するため、カーマイケルの屋敷へ急ぎ、夜の間庭の小屋から屋敷を見張ることにしたのですが、リコレッティの幽霊が窓辺に現れたように見えた直後、夫人の叫び声が聴こえ、二人で小屋を飛び出して屋敷のガラスを割って中へ入りました。自分たちの割ったのとは別のガラスの割れる音が聴こえていたホームズは、廊下に倒れている、胸に短剣の突き刺さったユースタスの遺体を発見しました。到着したレストレード警部は、ホームズに、遺体にメモが残されていることを教えました。メモには「MISS ME?(会いたかった?)」と記されていました。ホームズが兄のマイクロフトに呼ばれて会いに行くと、兄は血の付いたそのメモを持っていて、リストを渡すよう言いました。ホームズはリストを渡さず、モリアーティが会いに来るということを考えていました。

ハドスン夫人(ユーナ・スタッブスさん)は、2日間瞑想し続けているというホームズを心配していました。ホームズは、次々と浮かんでくる小さな新聞記事を手に取って眺め、悪魔が来るのを待っているのだと言いながら注射を見ていたのですが、すると、そこへライヘンバッハの滝に落ちて死んだはずのモリアーティ教授が現れました。モリアーティは、人間は埃のようなものだと言っていつもの狂気を見せながら、持っていた拳銃を銜えて引き金を引き、自らの後頭部を破壊してもなお生きている姿をホームズに見せ、人間は落ちるから死ぬわけではない、地面に着くからだと言いました。

そこで、現代の場面になりました。着陸した飛行機の中で精神の迷宮の中にいたシャーロックの意識が戻りました。シャーロックは、夢の中で解決しかけていた、昔のリコレッティの花嫁の事件の真相にたどり着くため、再び迷宮の中に潜りました。

1895年のロンドンのホームズは、コカインを使ったことをワトソンに注意されて目を覚ますと、メアリーが危険だと言って、二人で今は使われていないという古い教会へ向かいました。そこにいたメアリーは、ホームズと驚くワトソンを中へ案内し、秘密結社の儀式が行われている様子を見せました。ホームズは、儀式に割って入ると、エミリア・リコレッティの事件の真相を語り始めました。

エミリアには初めから協力者がいました。派手な格好でベランダから銃を乱射したエミリアは、自殺をしたように見せかけ、阿片窟へ向かって夫を殺害し、その後自殺をして、協力者が用意したエミリアによく似た女性の遺体と入れ替わっていたのですが、それは自分の夫と自分を裏切った元婚約者、男性社会に対する復讐のためでした。秘密結社を作っていた協力者は、男性社会の中で参政権も与えられずに虐げられている、主婦を始めとする女性たちでした。

ホームズがユースタスを殺すに至ったリコレッティの事件の真犯人はレディ・カーマイケルだと推理した時、そこにウェディングドレスを着たリコレッティの花嫁が現れたのですが、それはモリアーティでした。モリアーティは、戸惑うホームズに、ここに現実はない、これは君の夢の中だと言いました。

現代のシャーロックは、自分の推理を確実にするため、リコレッティの墓を掘り返すことにしました。シャーロックは、エミリア・リコレッティのお墓にはエミリアの遺体と入れ替わったもう一人の遺体が治められていると考えていました。他にやるべきことがあるだろうとワトソンが怒ってメアリーと帰った後、シャーロックは兄とレストレード警部補との3人で墓地を掘っていたのですが、夜になって深いところから出て来た棺の中に入っていたのは、朽ちて白骨化した一人の女性の遺体でした。シャーロックがその下をさらに掘り進めようとしていた時、忘れない、というエミリアの歌声が聴こえ、ミミズのたかるエミリアの遺体が棺から出て穴の中のシャーロックの上に落ちてきました。

1895年、ホームズは滝の手前の崖の上に倒れていて、目を覚ますと、そこにはモリアーティがいました。モリアーティは、自分をホームズの弱点だと言い、精神の宮殿の中でホームズと一緒に死ぬことを望んでいました。しかし、モリアーティがホームズと一緒に滝壺に落ちようとしていた時、そこへワトソンが助けに現れました。ワトソンは、銃口を向けてモリアーティから親友のホームズを引き離し、ホームズと二人でモリアーティを滝壺へ突き落しました。そして、どのように戻るのかと訊かれたホームズも、初歩的なことだよとワトソンに答え、滝壺へ向かって飛びました。

シャーロックは、飛行機の中で目を覚ましました。そしてすっきりとした様子で、兄に言われて取り出した薬の?リストを破り捨てて飛行機を降りました。メアリーに続いて降りようとするワトソンに、兄は、弟のことをよろしくと頼み、弟が破ったメモを拾って手帳に挟んでいました。手帳には「赤ひげ」と、昔の犬の名前が書かれていました。

ヴィクトリア朝のロンドンの、221Bの部屋に戻ったホームズとワトソンの二人は、ホームズが失敗した事件でもある今回のエミリア・リコレッティの事件の題名を考えていて、ワトソンが「忌まわしき花嫁」と名付けていました。パイプをふかしながら、夢で見たことのいくつかをワトソンに話して聞かせていたホームズは、僕は時代を超える男だと笑っていました。

脚本はスティーヴン・モファットさんとマーク・ゲイティスさん、監督はダグラス・マッキノンさんでした。

原案はアーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの思い出』の「マスグレーヴ家の儀式」ということなのですが、ドラマの時と同じく、他の物語の要素もいろいろ混ざっていたように思います。

ドラマの特別編を映画化したものだということなのですが、確かにそのような印象でした。ドラマのシリーズを好きで見ていた私としては、最後まで楽しく見ることができました。21世紀のロンドンを舞台にしたドラマの「シャーロック」の物語と、19世紀のロンドンを舞台にした小説の『シャーロック・ホームズ』の物語とが同時に描かれているというところも、面白く思いました。幽霊や骸骨の出てくるホラーの部分も良かったですし、婦人参政権運動のことが扱われていたようなところも良かったように思います。

ただ反対に、コナン・ドイルの探偵小説は読んだことがあるけれどベネディクト・カンバーバッチさん主演のドラマシリーズは見たことがないというような方にとっては、映画としてはよく分からない作品になっていたのではないかなと思います。例えばテレビ朝日のドラマ「相棒」の劇場版のように、やはりドラマを「シーズン3」まで見ている人のための映画なのだろうと思います。

ドラマ「シャーロック」のシャーロックとワトソンは、初めから名探偵シャーロック・ホームズと医師のジョン・ワトソン博士であって、シャーロック・ホームズやジョン・ワトソンの子孫というような存在ではないので、今回の映画の中の過去の19世紀のロンドンの世界も、本当の過去の世界というよりは、シャーロックの精神の迷宮(夢)の中の世界だったのだろうと思いますが、花嫁事件はシャーロックのいる現代を遡る本当の過去の世界で起きていた事件ということだったので、二つの過去がシャーロックの中で同時に存在していたというか、そのようなところも、シャーロック自身の「迷宮」を表していたのかなと思いました。現代でも人気のある名探偵シャーロック・ホームズは、まさに「時代を超える男」なのだと思います。

あと、家の埃のほとんどが実は人の皮膚の剥がれたものだということを、モリアーティとホームズが話していましたが、私は埃の多くは洋服などの繊維なのではないかと思っていたので、少し驚きました。

夜のカーマイケル家の庭の小屋の中で、ワトソンが、どうして独りでいるのかということをホームズ(懐中時計にアイリーン・アドラーの写真を入れているのをワトソンに見つかって少し慌てていたようでした)に問い詰めていた場面などは、このドラマらしい場面でもあったように思います。「高機能社会不適合者」を自称するシャーロックと、そのようなシャーロックを人間的な存在にするワトソンとの友情が魅力的です。兄のマイクロフトが弟を心配するという兄弟愛の要素も、今回の映画(特別ドラマ)の中ではこれまでのドラマの時よりも増えていたような印象がありました。

ともかく、何となく見ることができずにいた、映画「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」を、私も最後まで楽しく見ることができて良かったです。感想を書くことができるかどうかは分からないのですが、今度放送されるという新作の「シリーズ4」のドラマも楽しみです。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム