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「クローズアップ現代+」の萩原慎一郎さんの短歌の特集

昨夜の10時からのNHKの「クローズアップ現代+」では、学生時代にいじめに遭い、それが原因で精神的に不安定になって、その後非正規雇用で働きながら自らの思いを託す短歌を詠んでいたという、歌人の萩原慎一郎さんのことが特集されていました(私は録画をしておいたものを後で見ました)。

『滑走路』という短歌集が、今大きな話題となっているのだそうです。短歌の朗読は俳優の向井理さんでした。スタジオでは、ゲストのピースの又吉直樹さんが萩原さんの短歌について解説していました。私はこの短歌集のことも、萩原慎一郎さんのことも全く知らなかったので、「萩原」という名前を見て「萩原朔太郎」かと思ってしまったのですが、そうではありませんでした。歌人の萩原慎一郎さんは、32歳だった昨年に、自ら命を絶ったのだそうです。

番組の冒頭では、平成時代の初期に人気を博していたという俵万智さんの『サラダ記念日』から30年目の短歌集の再ブームのようにも紹介していたのですが、その後紹介されていた萩原さんの『滑走路』の短歌を聞いて、30年前とは異なる(ように思える)今の社会背景の暗さを思いました。

萩原さんの特集を見ながら、萩原さんのその短歌集は、英語に訳して海外で刊行しても、話題になりそうな作品に思えました。上手く生きることのできない人たち、生きづらさを抱えながら何とか今を生きている人たちは、たくさんいるのだろうと思います。

生前の萩原さんが使っていたまま残されているという、萩原さんのきれいに片付いている部屋の本棚には、たくさんの本が積み重なる形で収納されていました。俳句や短歌の才能のない私には、短歌で多くの賞を受賞していた萩原さんがとてもすごい人のように思えるのですが、萩原さんには短歌を詠む才能があるだけではいけなかったのでしょうか。

短歌の中には、夢や恋や、頑張っている人を応援する気持ちを詠んだ前向きなものもあるということでしたが、短歌を考えるその日その日によって、多少ポジティブになったりネガティブになったりという、気分の浮き沈みはあったのかもしれないと思います。ある人が優しい人であるということは、普通に考えるとポジティブなことだと思うのですが、優しくなるということは、結局、この世界を生き抜くことが難しくなるということでもあるのかもしれないとも思います。優しくなるということは、自分や他人の痛みや苦しみに敏感になるということでもあります。最近の日本社会に限ったことではないのかもしれませんが、世の中は意外と、そのような優しい人に冷たいところがあるような気がします。

番組で紹介されていた萩原さんの歌集『滑走路』の表紙には、滑走路の絵(写真でしょうか)が使われていたのですが、それを見て、私は、31歳だった2005年に踏切の事故で亡くなったという画家の石田徹也さんの「飛べなくなった人」の絵を思い出しました。ある人がその人の翼をどのように手にすることができるのかどうか、私には分かりません。もしも翼を手に入れることができ、用意された滑走路の上に立ったなら、その人は空を飛んで行くことができるのしょうか。その人は、一体どこへ飛んでいくのでしょうか。

萩原さんの短歌については読んだ人それぞれに感想があるのだろうと思いますが、又吉さんの感想や解説も良かったです。又吉さんが「誰がデザインしたのか分からないんですけど」と言って例に挙げていた、大学を卒業して、会社に就職して、結婚をして家族を持って、家や車を買って、勤め上げて、という風な、小さい頃から身近な大人や不特定多数の大人たちの誰かに植え付けられてきた「大人像」のような大人に今の自分がなっていないというような焦燥感が、確かに(紹介されていたいくつかの)萩原さんの短歌にはあるように思えましたし、その短歌にはっとする人の中にもあるような気がしました。私も歌集『滑走路』を読んでみたいと思いました。

映画「ハクソー・リッジ」の後半と、「推しボン」

昨夜、映画「ハクソー・リッジ」を見ました。スカパー!で無料放送されていました。

2016年に公開された、メル・ギブソン監督のアメリカの映画です。

第二次世界大戦の頃のアメリカで良心的兵役拒否をし、衛生兵として従軍することになった敬虔なキリスト教のプロテスタント系の信者のデズモンド・ドスさんが、太平洋戦争の沖縄戦の戦場で、銃弾の飛び交う中、多くの傷ついたアメリカ兵の命を救ったという実話を基に描かれた映画です。デズモンド・ドスさんを演じていたのは、アンドリュー・ガーフィールドさんでした。

「ハクソー・リッジ」は、沖縄戦で日本軍が陣地としていた、浦添市の浦添城跡の南東にある「前田高地」のことだそうです。北側が急な崖になっているため、アメリカ軍はハクソー(Hacksaw、弓鋸)と呼んでいたのだそうです。

ただ、私が見たのは、映画の後半です。夜の10時半頃、この映画が放送されていることに気付いたのです。途中から見たので、もしも沖縄戦の映画だと知らずに映画の映像だけを見ていたなら、沖縄を舞台にした戦争の映画だとは全く気付かなかったかもしれません。そのくらい、映画の後半の場面には沖縄らしさのようなものは見えませんでした(アメリカ兵を狙う日本兵の集団と鳥居らしきものが見えるために、そこが日本の領地だということが分かる程度でした)。

映画によると、アメリカのヴァージニア州で生まれたデズモンド・ドスさんは、第一次世界大戦に従軍して精神を病んだ父親の家庭内暴力に苦しんでいたようで、母親に暴力を振るう父親に銃を向けたこともあったようなのですが、母親に必死に止められていました。

太平洋戦争に従軍することになったドスさんは、人を殺すことを避けるため、銃を持つことを頑なに拒否し、良心的兵役拒否が認められて衛生兵となり、沖縄の激戦地で「敵」の日本兵に次々と撃たれたり刺し殺されたりしていく「味方」のアメリカ兵の命を、神様、もう一人助けさせてください、もう一人助けさせてくださいと祈りながら救い出していました。映画では、崖の上から一人一人、アメリカ軍の陣地のある崖の下へロープで下ろしていました。

映画によると、ドスさんは、傷ついた日本兵も救おうとしていたようでした。また、洞窟の中で切腹をし、部下に介錯されて首を落としていた日本軍人が誰なのか、私には分かりませんでした。

沖縄戦では本当に多くの軍人や民間人が殺されたということなので、人間が肉片となって飛び散る血飛沫の描写も、リアルではないとは言えないように思えました。実際の戦争の現場は、映画よりももっと恐ろしいものだったのだろうと思います。

私はこの映画の後半しか見ることができていないのですが、私には、映画「ハクソー・リッジ」は、戦争と信仰の映画だったように思えました。アメリカ軍の兵士たちから「痩せっぽちの臆病者」とバカにされていたドスさんは、キリスト教の神への信仰心によって、あのような激戦地で勇気のある人道的な行動を取ることができたようでした。

史実として、沖縄戦、あるいは太平洋戦争は、アメリカ軍の勝利で終わっているので、この映画の戦争(沖縄戦)の場面は、アメリカ兵による日本兵への容赦のない反撃で終わりました。艦砲射撃もありました。反撃の最中、ドスさんも腕などを撃たれて負傷するのですが、落とした聖書を拾ってもらって安心したようなドスさんがタンカーで崖の下に運ばれる時の描写は、ドスさんが天に召されるかのような描写でした。

でも、大怪我を負っていたドスさんの命は助かったようでした。グアムやフィリピンでも救護活動をしていたという衛生兵のドスさんは、戦後、沖縄で仲間の兵士たちを救った功績により、良心的兵役拒否者としては史上初めて、アメリカ軍人の最高位の名誉勲章を授与されたのだそうです。そして、2006年に87歳で亡くなるまで、妻と仲良く暮らしながら、敬虔なクリスチャンとして生きていたそうです。映画の最後には、ドスさんやドスさんを知る元軍人の方々に取材をした時のドキュメンタリーの映像もありました。私はこの方のことを知らなかったのですが、デズモンド・ドスさんのような武器を持たない兵士の方が激戦地で多くの兵士たちを救ったというのは、本当にすごいことだと思います。

日本では、このような映画は作られないだろうなとも思いました。戦争の映画でしたが、信仰の映画であり、人の命を奪う映画ではなく、人の命を救うことの大切さを描いた映画だったように思います。戦死した兵士こそ英雄だというような言葉もあったので、必ずしも反戦の映画というわけではなかったのかもしれないとも思うのですが、人を殺さずに救うということの尊さが伝わってきました。映画の音楽も良かったように思います。


ところで、昨夜には、NHKのBSプレミアムで「推しボン!~あなたに効く!著名人の極上ブックガイド~」という、本を好きな俳優の東出昌大さんと「千夜千冊」の松岡正剛さんが、正剛さんの本棚が再現されたような部屋で、小説家の朝井リョウさんや漫画家のヤマザキマリさんやサバイバル登山家の服部文祥さんの好きな本や影響を受けた本について話し合うという本の番組が放送されていました。面白かったです。本棚の本(写真集)も最近よく見かけますが、私も好きな本に囲まれた暮らしがしたいなと改めて思いました。

番組では、松岡正剛さんに「悩み」を解決できるようなお勧めの本を紹介してもらっていたのですが、最後には、東出さんが、戦争を考えることのできる本について尋ねていました。正剛さんの紹介していた本は、フランスの社会学者・哲学者のロジェ・カイヨワさんの『戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ』という本でした。ユネスコ国際平和文学賞を受賞した本なのだそうです。私は未読なのですが、松岡正剛さんはすごい本を紹介するなと思うと同時に、東出さんが戦争を考える本について尋ねたというのも、何か良かったです。

映画「ヒトラーの忘れもの」

昨夜、映画「ヒトラーの忘れもの」を見ました。

2015年に公開されたデンマークとドイツの映画です。BSのスカパーで無料放送されるということを放送時間の直前に何気なく見た番組表で知り、この作品を見てみることにしました。監督と脚本は、マーチン・ピータ・サントフリートさんです。字幕の映画でした。

第二次世界大戦後の実話を基にした映画ということでした。1945年5月にナチス・ドイツが降伏した後、デンマーク政府に引き渡された捕虜のドイツ少年兵たちは、ナチス・ドイツ軍を憎むデンマーク軍により、ナチス・ドイツ軍がデンマークの西海岸の砂浜に埋めた約220万個の地雷の撤去を命じられ、エベ大尉(ミケル・ボー・フォルスゴーさん)の指導を受けた十数人の少年兵たちは、ラスムスン軍曹(ローランド・ムーラーさん)の指揮の下、危険な地雷撤去作業を行うことになりました。

デンマーク軍のラスムスン軍曹は、私の国から出て行けと、デンマークを傷つけたナチス・ドイツの少年兵たちを憎んでいたのですが、少し地雷撤去の練習をしただけのほぼ素人の少年兵たちが家に帰りたい気持ちを必死に抑えて毎日危険な浜で地道に地雷を除去する姿を見続ける中で、次第に少年たちを父親のように見守るようになっていきました。ラスムスン軍曹は、ドイツ兵を憎むエベ大尉たちによる嫌がらせからも、少年兵たちを守っていました。

静かで少し憂鬱な雰囲気の音楽と、美しく広がる草原や砂浜の風景が、少年兵たちの地雷の除去作業の緊張感を増していたように思います。美しい風景も、その地面の下に一定の間隔でたくさんの地雷が埋まっていると思うと、少しも安心して見ることができません。

少年兵が地雷の爆発に巻き込まれる瞬間も、その爆発を仲間の少年兵たちが目撃した瞬間も、特別な出来事ではないかのように淡々と描かれていたように思うのですが、それがまさに戦争時代の出来事であるような感じもして、見ていて辛い気持ちになりました。

ラスムスン軍曹も良かったですし、将校のセバスチャン・シューマン(ルイス・ホフマンさん)や、双子の兄弟のヴェルナー・レスナー(オスカー・ベルトンさん)とエルンスト・レスナー(エミール・ベルトンさん)などの少年兵たちが良かったということもあるのだと思います。

少年兵たちを普通の子供たちとして受け入れ始めていたラスムスン軍曹は、地雷撤去作業が終わって安全になったと思っていた浜辺で愛犬のオットーが地雷の爆発に巻き込まれて死んだことをきっかけに、甘やかし過ぎた、ドイツ兵を信じたのがいけなかったと、再び少年兵たちに対して厳しく接するようになったのですが、その場面も、軍曹の思いを理解して捕虜の少年兵に戻る少年たちの場面も、辛く思える場面でした。

撤去した地雷の中にちゃんと解体できていないものが混ざっていたのか、少年兵の誰かがわざと紛れ込ませていたのか、具体的なことは分からなかったのですが、それをトラックの荷台に積み上げていた少年兵たちは、一度に爆死しました。別の場所で作業中だった4人と作業を見張っていたラスムスン軍曹が爆発音を聞いて駆け付けた時には、すでに手遅れでした。

作業が終われば帰国できると思っていたセバスチャンたちは、テベ大尉によって、別の地雷撤去予定地へ移送されることとなりました。兵士といってもまだ子供だ、地雷撤去の素人だと考えていたラスムスン軍曹は、少年兵たちの移送を知って、彼らを帰国させてほしいとテベ大尉に直談判しに言ったのですが、子供といってもドイツ兵だと考えているテベ大尉は、それを冷徹に却下しました。ラスムスン軍曹は、4人の少年兵を探しに行き、セバスチャンたちをトラックの荷台から下ろすと、500m先にドイツとの国境があると教え、逃がしたのでした。

時々振り返りながら500mの草むらを走っていく少年兵たちの姿をラスムスン軍曹が見つめる最後も、緊張感の続く終わり方だったように思うのですが、とても良かったです。セバスチャンたちが走っている下にももしかしたら地雷が埋まっているのではないかとか、突然銃撃されてしまうのではないかとか、緊張しながら見ていました。セバスチャンたちは無事に国境を超えることができ、家族とも無事に再会することができた、ということだといいなと思います。

現実には、地雷撤去を命じられた2000人以上のドイツ兵捕虜の半数が命を落としたということのようでした。デンマークは、1939年にドイツの占領下となったそうです。1940年4月のヴェーザー演習作戦で、ドイツ軍はデンマークとノルウェーに侵攻したのだそうです。デンマークの浜辺に埋まっていた無数の地雷は、映画の解説によると、連合国軍の上陸を防ぐために埋められたものでした。1945年の5月にドイツ軍が降伏したことにより、デンマークへの占領政策は終わったそうです。

映画の邦題は「ヒトラーの忘れもの」で、そのタイトルも良いと思うのですが、原題は「Under sandet」(砂の下に、という意味の言葉だそうです)で、英題は「Land of Mine」だそうです。デンマーク軍のラスムスン軍曹は「私の国(Land of Mine)」と言っていましたが、「Mine」には地雷という意味もあるので、地雷の国とか、地雷の地という意味も兼ねているのかなと思いました。

簡単に設置できるけれど簡単には取り除くことができない地雷という武器は、今も世界各地で大きな問題として在り続けていますが、恐ろしい武器だということを改めて思います。ドイツの少年兵たちとデンマークの軍曹の葛藤と交流の物語としては、浜の近くの家で母親と二人で暮らしている小さな女の子との交流の場面も含め、ファンタジー的な雰囲気もあったように思うのですが、一人の兵士である前に一人の人間である、デンマーク人もドイツ人もみんな同じ人間であるということが丁寧に描かれていた、とても良い映画でした。脚本も、映像も、音楽も、良かったです。反戦の思いが強く静かに伝わってくる美しい映画でした。偶然にではあるのですが、私もこの映画を見ることができて良かったです。映画「ヒトラーの忘れもの」は当時のアカデミー賞にノミネートされた作品ということなのですが、今の日本ではこのような映画を作ることは難しそうだなということも少し思いました。

「滝沢秀明の火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」

昨夜、NHKのBSプレミアムのドキュメンタリー番組「滝沢秀明の火山探検紀行 巨大カルデラの謎に迫る」を見ました。

滝沢秀明さん主演のフジテレビの連続ドラマ「家族の旅路 家族を殺された男と殺した男」が放送されていた今年の2月頃、鹿児島県の薩摩半島の南の沖の海底火山の「鬼界カルデラ」に世界最大級の溶岩ドームを確認したという神戸大学海洋底探査センターの論文がイギリスの科学誌「サイエンティフィック・レポーツ(リポーツ)」の電子版に掲載され、その著者の中に滝沢さんの名前も連なっているとして話題になっていました。

そして、その頃、神戸大学の調査チームの一員として滝沢さんが参加した時の様子が番組としてNHKのBSプレミアムで放送されると言われていたので、放送されたら見てみようと、私も楽しみにしていました。

神戸大学の鬼界カルデラの調査は、2016年から2017年にかけて行われたものでした。昔、その薩摩半島の南の沖の辺りには鬼界ヶ島という島があり、それに因んで鬼界火山と名付けられたものが鬼界カルデラという名前になったそうなのですが、東西約22kmで南北約19kmという楕円形状の鬼界カルデラは、約7300年前の海底火山の噴火によって誕生したものだそうです。その大噴火は、過去1万年の間の噴火としては世界最大の噴火であり、それによってできた広大なカルデラも、その中にある巨大な溶岩ドームも、地球最大のものなのだそうです。

鬼界カルデラの地層はアカホヤとも呼ばれているそうなのですが、番組によると、約7300年前の大噴火の時の火山灰は福井県の水月湖の底の地層からも発見されたのだそうです。地図では朝鮮半島のほうにも届いていたようなのですが、風に乗って東日本の東北地方の辺りまで届いていたということでした。大噴火の影響で、九州地域の縄文時代の人たちが滅亡したとも言われているそうです。もしも発掘することができたなら、火山の噴火で滅亡したイタリアのポンペイのように、当時の人々の暮らしが見つかるのでしょうか。

滝沢さんは、薩摩硫黄島の硫黄岳を訪れていました。高さ100mの巨大な岩の壁のような外輪山は、4㎞続いているそうです。番組の解説によると、海底火山の奥に溜まっていた巨大なマグマによって海底が一気に沈んだ時にその衝撃で吹き上がったものが冷えて固まったもののようで、イメージとしては、いわゆる「ミルククラウン」というか、静かな水の表面に水滴を落とした際に一瞬飛び出す輪のような壁のようなものというか、そのような感じでした。

硫黄島は青い海に囲まれているのですが、島のすぐ近くの海の色は茶色やオレンジ色や緑色に変色していました。活火山の硫黄岳の熱成分による変色だそうです。山には、崩れ落ちたらしい大きな岩がごろごろとしていました。ガイドの方は、滝沢さんに、硫黄島から見える島を紹介していたのですが、海の向こうに見えていたその島々は、種子島や屋久島や口永良部島でした。

山を登っているとガスの探知機の音が鳴り、滝沢さんたちは途中からガスマスクを着けて進んでいました。灰色の斜面からは火山の白い煙がところどころから噴き出していて、硫黄の黄色の結晶が見えました。特殊な温度計で調べると、159度ありました。900度のところもあるそうです。硫黄の結晶のオレンジ色の部分は、高温のために溶けた硫黄だということでした。辺りが濃い霧のようになっていたのが、奇跡的な風の流れで晴れると、今は平らかになっている噴火口が見えました。もしも次に噴火する時にも、そこから噴火する可能性が高いそうです。

滝沢さんが潜っていた硫黄島の周辺の海の底からは、泡が噴出していました。滝沢さんは、泡のカーテンのようだと表現していたのですが、炭酸水のようにも見えましたし、泡の混ざった琉球ガラスのようにも見えました。とてもきれいでした。泡の吹き出していた海底の温度は50度だそうです。温泉のような感じなのかもしれません。硫化水素?の成分のために泡を素手で触ると少しピリピリするということでした。

水温の変わる境目が、色の違いではっきりと分かりました。海中を黄色に濁らせていた泥のようなものは、硫黄の湯の花だそうです。不思議な海の中を滝沢さんがアオウミガメと泳ぐ光景は、「浦島太郎」の話のようにも見えました。

今は「ジオパーク」になっているという硫黄島では、昔、硫黄が採取されていたそうなのですが、硫黄は火薬を作るための材料として使われていたのかもしれません。滝沢さんは、島の三島村の子供たちと線香花火を作って遊んでいました。パチパチと長い火の出るきれいな線香花火でした。

2016年の秋に神戸大学海洋底探査センターの教授の巽さんや鈴木さんの鬼界カルデラの調査が始まると、その調査に参加することになった滝沢さんは、カルデラの外輪山や昭和硫黄島や溶岩ドームの計5か所から溶岩の石を採取する仕事を任されました。成分を分析するためには「新鮮な岩」が良いということで、滝沢さんは冷却摂理の出ている溶岩をいくつかハンマーで割って、風化していない白っぽい部分の残されている岩を鈴木先生に渡していたのですが、海中の外輪山の(その廊下のような隙間も摂理だったようなのですが)絶壁の風景もきれいでした。切り立った岸壁の様子から、7300年前に海底がマグマによって一気に沈んだ時の感じが伝わってくるように思いました。

島のすぐそばの海中の泡の吹き出していた辺りには魚の姿は見えなかったように思うのですが、島の港の茶色の海からは滝沢さんがたくさんの魚を釣っていて(鯛もいました)、滝沢さんがダイビングをして岩を採りに行ったところにはたくさんの小さな青い魚や黒い魚たちが泳いでいました。

滝沢さんの採取した溶岩を神戸大学が分析した結果、2017年の秋に、鬼界カルデラの体積約32立方㎞の?溶岩ドームは、約7300年前の鬼海カルデラができた時の残りの溶岩でできたものではなく、その後に別の新しい噴火でできたものだということが分かったのだそうです。それは、再び鬼界カルデラの辺りで火山の大噴火が起きる可能性があるということを意味していました。

巽教授によると、1%の可能性があるということでした。それは決して低い数字ではなく、熊本城が崩壊した熊本地震についてもそれまで国は可能性を1%と出していたので、1%の可能性というのは明日起きてもおかしくないということだと、巽教授は滝沢さんに話していました。

番組は、地球の一部としての鬼界カルデラの火山や海の自然風景と、これからの日本の防災の研究に役立つものとしての鬼界カルデラの成り立ちを伝えるものでした。今突然自然災害が起きることを考えると、そこで暮らす人間としてはやはり怖くも思えるのですが、地球は生き続けているのだということを、番組を見ていた私も改めて思いました。

滝沢さんは、火山大国・地震大国の日本に生きる日本人としてもっと火山と向き合い、自然と人間の共存について考えていきたいというようなことを、最後に話していました。滝沢さんは、ジャニーズ事務所のアイドルであり俳優のタッキーでもありますが、本当に“火山探検家”のように見えました。単純にかっこいいなと思えたという部分もあるのですが、鬼界カルデラの島や溶岩や風や海を体験し、島の小中学校の運動会にも参加していた滝沢さんの、感動が素直に伝わってくるようなシンプルな感想も良かったです。約1時間半のドキュメンタリー番組だったのですが、最後まで楽しく、興味深く見ることができました。とても面白かったです。

映画「帝一の國」

先週のフジテレビの「土曜プレミアム」で地上波初放送されていた映画「帝一の國」を見ました。

昨年の2017年の4月に公開された東宝映画です。公開当時、映画の予告編などで男子生徒たちが褌姿で和太鼓を叩く場面などを見て、妙なテンションの映画だなという風にも思えていました。それでも、もしかしたら面白いのかなと何となく気になって、内容を知らないまま、地上波初放送というこの映画を見てみたのですが、映画を見る前に思っていたのとは違い、とても面白かったです。

映画の原作の古屋兎丸さんの漫画『帝一の國』を私は未読なので、漫画と映画とを比べることはできないのですが、通産省の高級官僚である父親の赤場譲介(吉田鋼太郎さん)にピアノを弾くことを禁じられ、総理大臣になって自分の国を作ると決意して政財界に強力なコネを持つ日本一の名門・海帝高校に進学した赤場帝一(菅田将暉さん)が、将来の総理大臣の椅子に最も近いとされる生徒会長を目指して男子生徒たちと生徒会会長選挙を戦い抜く、というような物語は、政財界の中心にいる親たちの野心とも重なる、男子生徒たちの友情と政治的権力闘争の物語でした。

学園ものなので人が多いのですが、1年生の帝一さん以外の主な登場人物は、帝一さんの親友の榊原光明(志尊淳さん)、帝一さんを潰そうとする幼なじみの東郷菊馬(野村周平さん)、実直な性格で人望の厚い大鷹弾(竹内涼真さん)、次期生徒会長候補者の2年生で“狂犬”と恐れられる氷室ローランド(ローランド・氷室=レッドフォード、間宮祥太朗さん)、同じく次期生徒会長候補者の2年生で生徒会会長選挙の民主化案を打ち出す穏やかで理知的な森園億人(千葉雄大さん)、全校生徒から信頼されている現生徒会長の堂山圭吾(木村了さん)、帝一さんの幼なじみで交際中の帝一さんと電話で会話をする白鳥美美子(永野芽郁さん)です。

脚本はいずみ吉紘さん、音楽は渡邊崇さん、監督は永井聡さんでした。

永野芽郁さんの演じる美美子さんが糸電話で帝一さんと話しているのを見て、永野芽郁さんが主演を務める今のNHKの連続テレビ小説の「半分、青い。」の主人公の鈴愛さんが糸電話で話していたことを思い出しました。帝一さんの親友で発明家?の光明を演じていた志尊淳さんもNHKの「半分、青い。」に第4週から出演していますが、NHKのドラマ「女子的生活。」で主人公のトランスジェンダーのみきさんを演じていた印象が私にはまだ残っているので、志尊淳さんは、ジェンダーレスというかボーダーレスというか、そのような人物を演じることが多い方なのだなと思いました。

「時は昭和」と始まっていたのですが、「昭和」らしい雰囲気は、「通産省」(通商産業省、現在の経済産業省)以外には、それほどなかったような気がします。でも、昭和の空気感は少なくても、登場人物の人物像や世界観がしっかりと作られていたので、違和感はありませんでした。原作の漫画のことも何も知らずに見始めても、すぐに物語に惹き込まれました。海帝高校の生徒会の高速拍手やマイムマイムのリズム感覚も良かったのだと思います。私は録画をしておいたものを見たのですが、見終わるのがもったいなく思えるほどでした。

エンディングのクレジットの部分に流れていた主題歌は、クリープハイプの「イト」という曲でした。最後、帝一さんは生徒会長就任式でピアノを弾いていて、何の曲だと訊く菊馬に、光明は「帝一の一番好きな曲。『マリオネット』」と答えていました。それを聞いた大鷹弾が「あやつり人形か」と呟いた直後の、帝一さんの正面を見据えた「君たちのことだよ」のラストカットが、とても鮮やかでかっこよかったです。主題歌のクリープハイプの「イト」の前奏の流れてくるエンディングの入り方もとても良かったのですが、ただ、映画のエンドロールの部分については、エレキギターを持った永野芽郁さんの美美子さんが踊るという映像で本当に良かったのかなという風にも少し思えてしまいました。

今活躍している人気俳優さんたちが多数登場しているポップな感じの映画なので、本編とは何の脈絡もないような美美子さんのかわいいダンスのエンディングでも今は良いと思うのですが、例えば10年後に見た時にも違和感なく見ることができるのかなと、少し気になりました。あるいは、あえてそのナンセンスな感じを物語と現実とを切り離すように最後に持って来たということなのかもしれないなとも思います。普遍的ではなくても、「今」を切り取ることは大事なことなのかもしれません。

ともかく、映画「帝一の國」は、とても面白い作品でした。社会の縮図のような学校でトップを目指す男子高校生たちの真っ直ぐな青春映画でした。私も見ることができて良かったです。楽しかったです。
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Author:カンナ
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