「“9.11テロ”に立ち向かった日系人」

NHKのBSプレミアムで先日放送され、録画しておいた「渡辺謙 アメリカを行く “9.11テロ”に立ち向かった日系人」 を見ました。この番組は前編と後編に分かれていて、二日連続で放送されていました。

“9.11テロ”というのは、2001年に、先日アメリカ軍に殺害されたビンラディン容疑者が起こしたとされるアメリカ同時多発テロ事件のことで、その後アメリカがアフガニスタンやイラクと戦争を始めることになったきっかけとされる事件でもあります。大きな事件で、有名な事件でもあるのですが、まだアメリカ政府は隠していることがあるようで、真実に迫った検証はなされていないと思えます。何か不気味な事件です。

日本では「きゅう・いち・いち」と発音していますが、この番組の案内役の渡辺謙さんによると、英語では「ナイン・イレブン」とそのまま発音するようです。今までにも聞いたことがあるはずなのですが、私は渡辺謙さんが言うのを聞くまで、なぜか英語での呼び方があることを忘れていました。

この番組を、私は何気なく見ようと思って録画しておいたのですが、とても良い番組でした。私はアメリカで暮らす日系人の方たちのことを実際にはほとんど知らないのですが、昨年、橋田壽賀子さん脚本のTBSのドラマ「99年の愛~JAPANESE AMERICANS~」を見たので、そのドラマで描写されていたことを思い出しながら、この番組を見ていました。

「“9.11テロ”に立ち向かった」というタイトルの意味は、「“9.11テロ”直後アメリカ社会に起きた人種差別に立ち向かった」という意味だったように思います。

第二次世界大戦中(太平洋戦争中)、アメリカで暮らしていた日系人たちがアメリカ社会から差別を受け過酷な土地の強制収容所に送られたという歴史を踏まえ、そのような人種差別が“9.11”後もこれからも二度と起こらないようにとアメリカ社会に積極的に呼びかけた日系2世や3世の方たちの話でした。

渡辺謙さんは、“9.11”当時、69歳の運輸長官だったノーマン・ミネタさんに会いに言っていました。ノーマン・ミネタさんの日本名は、峯田良雄さんだそうです。

私は知らなかったのですが、ミネタさんはアメリカ本土からの初の日系議員だそうです。クリントン政権で商務長官になり、ブッシュ政権で運輸長官になった方だそうで、出身地のサンノゼの空港にはミネタさんの名前が入っているそうです。

戦時中、アメリカ人から日系人に対する不当な人種差別を受け、11歳の頃にワイオミング州のハートマウンテン強制収容所に家族と共に送られていたミネタさんは、アメリカ社会が同時多発テロへの怒りや恐怖心からアラブ系やイスラム系の人たちを人種差別してしまうことを危惧し、多くのアメリカの人たちが主張していた「人種プロファイリング」にも一貫して反対していたそうです。ミネタさんは運輸長官として、航空会社が特定の乗客を、国籍や民族、名前、肌の色、祖先、人種、衣服の特徴、宗教などによって差別してはいけないと話していました。

「アラブ系、イスラム系アメリカ人は、全てのアメリカ国民と同じだけの尊厳と敬意を持って接せられます。外見や肌の色で判断されることについて、私は実体験として知っています」と当時の会見で話していました。日系の人は強制収容所へ送られたのですが、白人のドイツ系やイタリア系の人たちは送られることがなかったそうです。

当時、日系人を強制収容所へ送ることに反対していたアメリカの政治家もいたそうです。司法長官のフランシス・ビドルさんという方です。自伝には、「全く必要のない冷酷なこと」だと書かれているそうです。ビドルさんは勧告書を提出したそうなのですが、陸軍長官のジョン・L・デヴィッドさんは日系2世も純粋な血統は日本人だと言い、今までに日系人による破壊活動が起きていないことはむしろ不穏で、そのようなことが起こる兆候であるという不思議な考えを主張して、ビドルさんの勧告書の5日後に日系人を強制収容所へ送ることを決定したそうです。ビドルさんは、“軍事的必要性”という言葉で人間の良識を示す機会を失ったと話していたそうです。

「人種プロファイリング」に反対していたミネタさんは、アメリカのマスコミから批判されていたそうです。ミネタさんは、批判されたことについて尋ねる渡辺謙さんに、「これは正しいことなのです。そう考えたら揺るがないことです。自分の正しいと思う意見を主張し、耐えること、引き下がらないこと、直面している問題を明確にし、感情的に判断しないことです」と話していました。

イスラム教のモスク建設に反対してデモをする人たちやイスラム教の経典を地面に叩きつける人たちについて、ミネタさんは「みんな感情に駆られている。パールハーバーを忘れないと言っていた人たちと同じで、戦闘機に乗る日本人と、カリフォルニアの日系人との違いを考えない、あるいはどうでもよかったのだろう」というようなことを話し、「状況を丁寧に見て判断を下し、その判断を守り抜くことです。反論にも耐えられる判断を下したい」と渡辺謙さんに話していました。

ミネタさん意外の日系人も、「人種プロファイリング」に反対する活動をしているそうです。渡辺謙さんは、キャシー・マサオカさんという方に会いに行っていました。日本名は正岡義枝さんという、日系3世の方でした。マサオカさんは、同時多発テロ事件直後、おびえるイスラム教徒の女性の声をラジオで聞き、事件に無関係の女性が外出を怖がるような状況は「正しくない」と思い、すぐに行動を起こしたそうです。

日系3世のマサオカさんは、高校生の頃まで強制収容の事実を知らなかったそうです。ドラマの「99年の愛」でも描かれていましたが、子供たちがアメリカ人を恨まないように、誰かに報復されないように、アメリカ社会に溶け込めるようにと考えて、親たちはあえて語らなかったそうです。マサオカさんは大学で歴史を学び、1981年頃、アメリカ政府に対して日系人の強制収容に関する謝罪を求める活動を始めたそうです。差別を受けていた日系の人たちに、その実態を証言してもらうこともしていたそうで、その時初めて聞いたと話していました。

カリフォルニア州のマンザナー強制収容所の跡地で行われる慰霊祭には、お互いを理解することが大切だと考えたマサオカさんたちの呼びかけで、イスラム系と日系の学生たちも参加しているそうです。月に一度、モスクや日系人のゆかりの場所を訪問しあっているそうです。

ノーマン・ミネタさんも学生たちに会い、「一人の人間として誇りを持ち、それを他人と共有しましょう。君たちの祖先にも誇りを持ってほしいと思います。宗教、言語、芸術も、先祖が出身国から持ってきた全てのものを他人と共有し、お互いを知ることが重要です。恐怖心は、未知から生まれる。何かについて、誰かについて、知れば知るほど恐怖感は消えていきます」と話していました。

戦後、ミネタさんは選挙に立候補して、今まで耐えてきた日系人の期待を背負って当選し、アメリカ本土から選ばれた初の日系人議員となったそうです。当時の選挙を担当していたヨシヒロ・ウチダさんという方が話していました。ミネタさんは、「自由と平等を守る差別のない国」を作ることを目指していたのですが、それは初めから日系人だけのためではなく、全ての人種のためだったそうで、ミネタさんは人種を超えた支持を得て、議会でも信頼されていたそうです。

そして、1980年代から強制収容所の問題に取り組み始め、いろいろな人種の人たちにも証言をしてもらい、「422号法案」という法案を作り、最も基本的な人権を奪った強制収容所の不当性を認め、アメリカが謝罪すること、同じことの繰り返されないよう教育をすること、日系人に保証金を支払うことなどを訴えていました。

ミネタさんは、今の日系人の社会が、最初に日本から移民してきた日系1世の払った大きな犠牲と努力した人々の上に成り立っていると話し、今もマイノリティとして扱われているから、50%余計に努力しなければ平等には扱われない。努力を怠らず、正しい行いを続ける。それが日系人の精神文化ですから」と話していました。

渡辺謙さんは、2月のハートマウンテン強制収容所跡地を訪れていました。気温はマイナス25度で、体感温度はマイナス33度で、その場所に来た渡辺謙さんは、風が強くて雪がつぶてのようで目を開けることができないようで、サングラスを掛けていました。「厳しい」どころではないそうです。強制収容所は過酷な土地を選んで建てられていたようで、「99年の愛」のドラマの舞台のマンザナー強制収容所の場所も、風が強いために砂嵐が大変で目を開けることができないほどで、雑な作りのバラックの隙間からも砂が入ってきていました。

渡辺謙さんは、終戦後も家族でこの地に残った日系2世の73歳のハヤコ・スラゴウスキーさんという方を尋ねていました。ハヤコさんは4歳で家族と共に収容所へ送られ、7歳で出たそうで、両親は悲しんでいたと思うけれど、自分はまだ小さかったので特に悪い思い出はないと話していました。ハヤコさんの父親は15歳の時に広島からアメリカへ渡り、ロサンゼルスで生鮮食料品店を営んでいたそうです。でも、終戦後、お店も家具も全て他人に奪われたらしいと聞き、この地に残って農業を始めることにしたそうです。

お金も水もなく、生活はとても苦しかったようなのですが、働きづめでも両親は愚痴を言わず、独立記念日やクリスマスには家族でいつもお祝いをしていたと話していました。

『ハートマウンテン文藝』という雑誌が作られていたそうで、そこには当時の日系人の心情が書かれていると、渡辺謙さんが読んでいたのですが、その「豆腐礼讃」という詩は、私が聞いても良かったです。自分たちをお豆腐に例え、その製造工程を過酷な運命に重ね合わせているようなユーモアのある詩でした。過酷な現状を明るく乗り越えようというよりは、受け入れて前向きに生きようとしているように思えました。

ミネタさんによると、それはポジティブとはまた違う心の強さであり、日系人独特の精神力なのだそうです。「我々の日本的な考え方、『シカタガナイ』から来ています。現状の中で最善を尽くすという意味です。軍や政府に強制収容され、どうすることもできず『シカタガナイ』と考え最善を尽くしたのです」とミネタさんは渡辺謙さんに話していました。

そして、強制収用決定から46年後の1988年の8月10日、レーガン元大統領はアメリカ政府の過ちを認め、日系人に謝罪をし、再発防止や補償について約束してくれたそうです。これで日系人の「名誉の回復」ができたようでした。

私は知らなかったのですが、ワシントンの国会議事堂のすぐ近くに日系人のための記念碑がありました。中央の記念碑には、2羽の鶴が鉄条網(有刺鉄線)に絡まっている像が作られているのですが、ただ苦しそうというよりは、鶴たちが自らの身体に絡まる鉄条網を外そうとしているような、少し力強い印象を受けました。この像の周りの壁には、全ての収容所の名前が刻まれているそうです。ミネタさんのメッセージもあり、「第二次世界大戦中も民主主義を強く信じ続けた者たちの屈しない心を称える」と書いてあるそうです。

法律が成立した日は最高の気分だったそうで、「良かった!」とミネタさんは笑っていました。

同時多発テロ後、運輸長官のミネタさんは、「人種プロファイリング」などしなくても空の安全は守れるはずだと、「TSA」という国の警備組織を発足させたそうです。私にはそれがどのようなものなのかよく分からないのですが、アメリカのFBIと麻薬取締局と国境警備隊を合わせたものよりも大きい組織だそうです。

それまでのアメリカの航空会社は、安く契約した民間の警備会社に空港の安全検査を任せていたそうです。これも私にはよく分からないのですが、ファーストフード店のアルバイト?よりも安いお給料で雇っていたそうです。驚きました。それからは、TSAという組織の国の警備員が、全ての乗客の安全のために、安全検査を行うことになったそうです。

「人々は、より多くの人々の幸せのために何かを手放す必要がある。馴染みのものを手放さなければ進歩しない」というようなことを、ミネタさんは話していました。

ミネタさんは、2006年に運輸長官を引退したそうです。最後に、渡辺謙さんやスタッフの方たちを案内していたのですが、そこの壁に掲げられていた中央の肖像画はミネタさんの肖像画でした。大きく描かれたミネタ長官の左側に、小さく少年のミネタさんとご両親が描かれ、その背景にはハートマウンテンの山と強制収容所のバラックが描かれていました。日系人の歴史の物語を伝えたいのだそうです。

でも、9.11から約10年後の今年の5月にオバマ大統領がビンラディンを殺害し、その後、我々アメリカはイスラムと戦っているのではないとオバマ大統領は言っていたのですが、アメリカ国民は“愛国心”でお祭り騒ぎのようになっていて、その後、「乗客の不安」を理由に、二人のイスラム教の聖職者がテネシー州の空港で飛行機の搭乗を拒否されるという事件があったそうです。

番組は、悲劇を繰り返さないために、我々は過去の歴史の教訓から何を受け取るのか、また受け取ることはできるのか、とまとめられていました。

私は、今回の番組で伝えていたような方たちのことをほとんど知りませんでした。でも、本当に正しくて強い人たちだなと、番組を見て何だか感動しました。また、日系移民の人たちのドラマを見た時にも思ったことで、上手く伝えることができないのですが、日系人たちのほうが、日本にいる日本人よりもより日本人らしいような気もしました。「空気を読む人」ではなく、「正しいことを貫く人」のほうが、ずっと日本人らしい感じがします。私の中の武士道的なイメージです。

例えば最近、ロシアが北方領土を実効支配したり、中国が日本の領海に侵入したり、北朝鮮が日本人を拉致したり、韓国が竹島を乗っ取ろうとしていることなどを聞くと、私はその国に対してとても残念な気持ちになるのですが、そのことと、日本でおそらく穏やかに暮らしているであろうその国の人とは全く別で、差別をしてはいけないのだと改めて思いました。感情的になるのは危険なことだなと思います。

間違った状況下でも正しいことを主張することができ、それが受け入れられる世の中であるといいなと思います。

今の日本では、菅首相や民主党政権下で、民主党寄りのマスコミも一緒になって、何か弾圧のようなことが起きているように思えて、少し不穏な感じがします。

何だろうと気になって何気なく見た番組でしたが、とても良い番組で、見て良かったです。

長くなってしまいました。

苦手な数学と、学ぶこと

NHKの「クローズアップ現代」の「大人がハマる“数学ブーム”の謎」という特集を見ました。

キャスターの国谷さんも数学が苦手だと話していたのですが、私も数学が苦手なほうで、世の中に数学ブームが起きているということもほとんど知らなかったのですが、今、数学関連の書籍がたくさん出版され、売れているのだそうです。

私は小学校の頃の算数は好きだったのですが、“数学”になってから苦手になってしまいました。アルファベットや数字や数学用の記号だけで構成されている「公式」や「方程式」を暗記することが苦手になってしまったのです。それなので、テストの時は、問題を解くことが最終目的なら問題用紙に公式を書いておいてくれればいいのになと思っていました。テストでどうしても公式を思い出すことができない時は、仕方がないので、時間はかかるのですが、紙の空いているところにたくさんの式や絵?を書いて問題を解きました。

番組によると、数学を学ぶことで論理的思考法が身に付くそうなのですが、私としては、論理的であるのはどの学問でも同じことで、数学だけに言えることではないのではないかとも思いました。

和算がブームになっているというのは、私も聞いたことがあります。私はまだ和算を試したことはないのですが、面白そうだなと思いました。発想が自由な感じがしました。

数学の問題でも、私は平面図形や空間図形の問題はまだ大丈夫なのですが、関数や確率などが苦手です。あまりにも私ができていないのを見かねた数学のできる同級生が、宿題の問題の答えを教えてくれたことを思い出します。

私は、数学と自然や宇宙とつながる幾何学の話や難問に挑んだ天才数学者の話を聞くのは好きなのですが、「博士の愛した数式」という映画には挫折してしまいました。“数学は美しい”というような考え方が、私にはあまりよく分かりませんでした。

スタジオに来ていた竹内さんという作家の方は、数学は言語で、その言語を知ると世界の見方が変わるというようなことを話していました。でも、それも、他の学問にも言えることではないでしょうか。どの学問にも言語が必要ですし、言語そのものが論理的なのだと思えるので、数学を学ぶことで論理的思考法が養えるというのは、何か少し違うような気がしてしまいました。物事をシンプルに考えることができるようになるということも、数学だけの特性とは思えませんでした。

でも、やはり数学が得意な人はすごいと思います。新しい式を発見した数学者も、誰かが過去に発見した式を使って問題を解く人もすごいなと思います。数学を学び直そうと努力している方たちも立派だなと思いました。

「100分 de 名著」という番組を私は見ているのですが、昨日は福沢諭吉(初編は小幡篤次郎と共著)の『学問のすゝめ』の最終回でした。この番組の中でも、自ら学ぶことの大切さが説かれていました。番組によると、たくさんの本を読み、内容を他の人たちにも伝え、身に付いた知識を実践して自分の生活や世の中に役立てることが大切なのだそうです。

あらゆる方面の知識を得るためには、おそらく乱読も必要なのではないかと思います。でも、私も本を読むのですが、乱読はなかなかできていません。自分の好きな本、あるいは好きそうな本ばかりを読んでしまいます。同じ好きな本を繰り返し読むこともよくあります。

そして、本を読んでも、私の場合は記憶に残るものと残らないものがあるのですが、記憶に残らない本を読んだ場合のそこに書かれていた知識は、どこへ行ってしまったのでしょうか。もし私の頭のどこかに残っているとするなら、それは今は思い出すことができなくても、いつか何かの役に立つのでしょうか。知識を得るために本を読むということは、もしかしたら意外と難しいことなのではないでしょうか。

個人の知識を“引き出し”と例えているのをよく聞きますが、私にはそのような引き出しはほとんどない、あるいは引き出しがあったとしても、『ドラえもん』ののび太くんの机のタイムマシンにつながる引き出しのように、何かを入れておくことができないようになっているのではないかと思えてしまいます。

私も今まで本当に何かを学んできたのか、今何かを学んでいるのか、何かを学び直したほうがいいのか、番組を見ながら少し気になりました。

及川光博さんと檀れいさん

及川光博さんと檀れいさんが結婚したというニュースを私は今朝知って、とても嬉しい気持ちになりました。2010年の「相棒 season8」の「元日スペシャル」を思い出したからです。

ドラマは、京都を舞台にした千利休に係わる歴史ミステリー風の話で、檀れいさんは、神戸尊さんの学生時代の恋人の細野唯子さんを演じていました。亀山さんがいなくなって最初の「元日スペシャル」で、私は、その話の内容そのものは少しいまいちのようにも思えていたのですが、神戸さんと唯子さんの雰囲気はよく合っていて、神戸さんは、というよりも何となくミッチーは檀れいさんのことが好きそうだなと思いながらドラマを見ていたということもあって、今回のお二人の結婚を報道で知って、とても嬉しく思えたのです。

報道で使われていた写真も、とてもさわやかですてきな雰囲気だったのですが、結婚のためにお二人で撮った写真なのでしょうか。本当にお二人は合っているなと思いましたし、また勝手なことなのですが、杉下右京さんの水谷豊さんも喜んでいるだろうなと思いました。

神戸さんと唯子さんの雰囲気が何となく良かったので、私としては、いつかまた、例えば片山雛子(木村佳乃さん)や月本幸子(鈴木杏樹さん)のように、唯子さんが再び登場する回があるといいなと思っていたのですが、なかなかそのような作品は作られず、今ではそれはもう難しいのかもしれません。

でも、本当に良かったです。及川光博さん、檀れいさん、ご結婚おめでとうございます!

「テンペスト」第2回

NHKのBSプレミアム「BS時代劇」のドラマ「テンペスト」の第2回「王妃処分」を見ました。

第2回は、踊童子になった兄の孫嗣勇(金子昇さん)を御内原にいる国王の姉の聞得大君(高岡早紀さん)に人質に取られた孫寧温(仲間由紀恵さん)が、聞得大君の“犬”となってしまった自分に苦しむ話でした。

王妃(若村麻由美さん)と女官の大勢頭部(かたせ梨乃さん)は聞得大君を失脚させようと画策し、王妃誕生祝の聞得大君の祈祷中に香炉が落ちるようにしていたのですが、聞得大君は二人の話を聞いた女官見習いの少女からその計画を事前に知り、王妃が聞得大君は偽物だと言った後、香炉の台の後ろに火を落として隠れていた人を外に出していました。香炉を落としたのは王妃の弟だったようで、首里天加那志と呼ばれる国王の尚育王(高橋和也さん)は、聞得大君に呼ばれてその場にいた寧温に全ての決定を任せることにしていました。

国王は、寧温をとても信頼しているようで、科試に合格して銭蔵?の担当になった役人は、寧温のことを妬んで国王の寵愛を受けていると多嘉良善蔵(藤木勇人さん)に話していました。その蔵に積まれていた壺には琉球特産の泡盛が入っているそうです。

王妃は男子禁制の御内原に実の弟を入れた罪で退妃処分となり、寧温は役人たちから冷たい目で見られていました。王妃は金城という税金の取立てができない遠くの土地に行くことになり、大勢頭部は女官見習いの少女の下に付くことになりました。

寧温は、御内原の女同士の争いをバカバカしく思い、女に生まれて良いことは一つもないと嘆いていたのですが、そこに薩摩の用事で薩摩藩士の浅倉雅博(谷原章介さん)が来ていて、宦官の寧温が真鶴かもしれないことをほのめかしていた雰囲気だったのですが、そのことは言わないでいました。浅倉さんには気付かれていたのでしょうか。

喜舎場朝薫(塚本高史さん)は、友達の寧温が間違ったことをしているなら殴るべきなのに、なぜか守りたくなると感じて、戸惑っていました。

聞得大君は、寧温を連れて、洞窟の前でノロたちと雨乞いの儀式をしていました。寧温は儀式を見ていただけなのですが、龍の子の力が何か雨乞いに作用したようで、雨が降って来ていました。女性は神だと言う聞得大君は、男性が政治を取り仕切っているために琉球の政治は悪くなっていると考えているようでした。裏金が御内原の王妃に係わっていることが分かると国王に迷惑がかかるため、聞得大君は王妃を退妃処分にしたそうで、いずれ王妃に戻しても良いと考えていると寧温に話していました。

寧温は、琉球の財政が破綻していることを聞得大君に話したのですが、聞得大君はお金は薩摩から借り入れればいいと言い、寧温の意見を聞き入れませんでした。聞得大君は、かつて真鶴に言葉を教えたり本を貸したりしてくれた宣教師で医師のベッテルハイムさんを捕らえて薩摩に引き渡そうとしていて、寧温は、薩摩がベッテルハイムさんを殺し、列強が攻めて来ても薩摩は大和の国を守るだけで琉球を守ってはくれないと説明すると、薩摩に利用されていることに気付いていない様子の聞得大君は、薩摩に琉球への愛着を持ってもらえば良いと言って、科試の問題を試験前に薩摩藩に流すように寧温に命じていました。寧温は反対していたのですが、聞得大君は薩摩の者を王宮に入れる予定のようでした。

朝薫が徹夜で科試の問題を考えていたのですが、寧温はそれを裏切ることにもなってしまいました。聞得大君の命令に従い、崖の上で科試の問題を持って薩摩藩士を待っていると、そこに来たのは浅倉さんで、寧温は罪悪感からか動揺して、自ら背後に広がる海に落ちて行きました。

第2回も面白かったです。オバア(平良とみさん)が寧温のために食事を持って来てくれた場面もとても良かったです。オバアが登場するとほわっとした和やかな雰囲気になります。

「チーム・バチスタ3 アリアドネの弾丸」第3話

フジテレビのドラマ「チームバチスタ3 アリアドネの弾丸」の第3話を見ました。今回も良かったです。

冒頭で、法医学教室准教授の笹井スミレ(小西真奈美さん)はキャンプ中のテントの中で亡くなった二人の大学生の司法解剖をしていたのですが、同じ時刻に一酸化炭素中毒で亡くなったと思われていた二人のうちの一人の死亡推定時刻がもう一人よりも6時間も早かったのは、早く亡くなったほうの人の心臓に小さな穴が開いていたからだったと分かったようです。それで、この方は他の人よりも酸素を取り込む量が少ないため、早く意識がなくなったのだそうです。

東城医大のMRI室で亡くなっていたAiのシステムエンジニアの友野優一(矢柴俊博さん)の死亡推定時刻は、MRI室に置いてあった液体ヘリウムとアクリル製の棺?によって操作されたもので、実際の死亡推定時刻は、午前1時頃だったようです。

田口公平(伊藤淳史さん)と白鳥圭輔(仲村トオルさん)は、スミレさんに友野さんの死亡推定時刻に間違いがある場合の話を聞きに行き、Aiでも解剖でも見出すことのできない毒性の低いガスによる中毒死があるということから、MRI室の液体ヘリウムとAiで遺体を診断する時のためのアクリル製の棺に気付いたのでした。

液体ヘリウムは友野さんが最後に計測したところから量が減っていて、白鳥さんは、誰かが友野さんを気絶させた後、アクリル製の箱をかぶせてヘリウムガスを入れたのではないかと推理していました。友野さんは、一度意識を取り戻したものの、棺を動かす体力もなくそのまま窒息死してしまったようで、低温のヘリウムガスで冷やされたことから、午後9時頃という実際よりも早い死亡推定時刻となったのではないかということでした。

白鳥さんは、放射線科准教授の島津吾郎(安田顕さん)を疑ったのですが、島津さんは、もし自分が友野さんを殺すならMRIの磁場を調節してもらってからにすると言い、まだ残されている友野さんのCT画像を友野さんが殺害されたとして調べ直すことにし、喉の画像から首を絞められた痕があることを見つけて白鳥さんと田口さんに教えていました。

桜宮署の刑事の玉村誠(中村靖日さん)は、白鳥さんと田口さんからアクリルの棺の指紋を調べてほしいと頼まれ、友野さんの指紋を検出したことを報告してくれたのですが、一度事件性無しと判断され、遺体も焼かれてしまった後にもう一度捜査をし直すことは難しいと話していました。白鳥さんは、犯人に自供させるしかないと、自ら犯人を捕まえることを決意していました。

警察庁長官官房付情報統括室室長の斑鳩芳正(高橋克典さん)は、20年前のDNA鑑定のミスで冤罪になった事件について会見をしていたのですが、冤罪だとは思っていないと、ミスを認めて謝罪をするようなことはしていませんでした。警視監の北山錠一郎(尾美としのりさん)は、当時その事件の担当刑事だったようで、当時のDNA鑑定と今のAiは同じようなもので、その未熟な技術を世間がもてはやしてしまうことは危険だと考え、Aiセンターに反対しているようです。

田口さんは法医学教室の助手の須賀秀介(市川知宏さん)に声を掛けて、解剖時に臓器を入れるポリバケツを洗う手伝いをしていました。そこにスミレさんもやって来て3人で洗いながら話していたのですが、スミレさんの父親も法医学の医師だったようで、法医学が医学界では立場が低い?ということから、スミレさんが法医学の道に進むことには否定的だったようです。スミレさんは、日本人が死亡原因の解明には関心がないことを指摘して、世間がAiで遺体を見ればいいと思い込み、解剖することがなくなるのは危険だと考えているようでした。

少し馴染んできた田口さんに、須賀さんは友野さんが亡くなった日、スミレさんのところに見知らぬ男性が訪れていたのを見たと話し、その後来た白鳥さんに誰だったのか追及されていると、テレビに映っていた斑鳩さんの姿にはっとしていて、白鳥さんはその男性が斑鳩さんだと気付きました。でも、スミレさんは白鳥さんの質問には答えず、捜査令状を持って来てと言って笑ってごまかしていました。

宇佐美壮一(福士誠治さん)が友野さんの弔いのための青い花を持って来ていたのが謎でした。遠くてよく分からなかったのですが、きれいな青い花は、デルフィニウムでしょうか。

宇佐美さんは自分で花瓶を用意してMRI室に飾ったのでしょうか。その後、島津さんが友野さんのショスタコーヴィチのCDの音楽を流して聞いていたのも謎でした。
プロフィール

Author:カンナ
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