「テンペスト」第7回

NHKのBSプレミアム「BS時代劇」のドラマ「テンペスト」の第7回「再び王宮へ」を見ました。今回も良かったです。

孫寧温は真鶴(仲間由紀恵さん)の姿に戻り、流刑されていた八重山から再び王宮へ入ることになったのですが、大勢頭部(藤真利子さん)が八重山在番の手紙を受け取ったからか、なぜか側室の試験を受けることになっていました。道で会った多嘉良善蔵(藤木勇人さん)は、真鶴の姿を見て何だか懐かしいと言っていました。

八重山は田舎らしく、試験を受けに来ていた女性たちは真鶴を嘲笑していたのですが、お嬢様と女官から呼ばれていた真美那(上原多香子さん)だけは真鶴を気に入り、他の人たちのようにきれいな紅型の着物を着せていて、驚く女性たちに美人の真鶴は頭も良いはずだと断言していました。

側室になるつもりのない真鶴は、最初は試験に答えないようにしていたのですが、真鶴さんを信じると言っていた真美那のために仕方なく回答し、主席合格していました。次席は真美那でした。

真鶴と真美那は、尚泰王(染谷将太さん)と国母(若村まゆみさん)の前に呼ばれ、目の前の4枚の畳の内のどれかの上に座るということをしていました。畳の下には金色のハサミが置かれていて、その上に座った人が側室になるということでした。真鶴によると、これは王妃を選ぶ場合と同じだそうで、縁起を担いで奇数の畳の下に金のハサミが置かれるそうです。真鶴は4枚目に座り、真美那は3枚目に座っていて、真美那が側室に選ばれたのですが、真美那は真鶴と一緒でなければ嫌だと泣くような感じで言っていて、尚泰王も側室は王妃と違い一人でなければいけないということはないのではないかと国母に提案し、国母はあっさりそれを認めてしまい、真鶴も側室になることに決まってしまいました。真美那は、宜野湾親方(名高達男さん)の孫で、お嬢様育ちらしく?明るくて自由な発言をする人のようでした。真鶴の心の声が面白かったです。

表十五人衆になった喜舎場朝薫(塚本高史さん)は、宜野湾親方の親類で、真美那のいとこでもありました。親方の一人は、真鶴の見事な漢文による回答文の文字に見覚えがあると話していて、嫌な心持がするとつぶやいていました。

側室になった二人は機織をしていて、その時、真鶴は真美那のいとこの朝薫に妻子がいることを知り、浅倉さんもそうかもしれないと思っていました。

織った布を王妃に献上していたのですが、王妃が喜んでいるのを見た真美那が見かけによらず物の価値が分かる人で安心したと失礼に当たる言い方をしてしまったので、3年前は見習い女官だった思戸(二階堂ふみさん)に睨まれていました。そして、その後、思戸は王妃様からだという泥の入ったお饅頭を真鶴の部屋に持って来ていて、真鶴は吐きそうになりながらも美味ですと答えてその場を乗り切っていました。真鶴付きの女官たちはお見事でしたと感心していました。

真美那にもそのお饅頭が届けられたと思うのですが、真美那はどう乗り切ったのでしょうか。女官の話によると、出世した思戸は裏金を作り、自分のためには一切使わず見習い女官たちにお金を配るため、御内原の中に一大派閥を築いているそうで、真鶴は、かつての女官大勢頭部の思徳金(かたせ梨乃さん)の意志を引き継いでいるのだと気付いていました。

夜、尚泰王は思戸に側室の真鶴を呼ぶよう言っていたのですが、宜野湾親方に近い女官からお金を受け取り、真美那を送ることにしていました。琉球には、トキという占い師もいるそうで、宜野湾親方はその占い師から真美那の懐妊の日を占ってもらっていたということでした。機織をしている時に真美那はそのことを真鶴にはなして、トキを雇うお金がないならと、遊郭に評判のユタがいるという話をしていました。

そのユタは、「花風」にいる元聞得大君の真牛(高岡早紀さん)でした。暗い顔で相談に来たお客さんの津波古(遠藤憲一さん)は、海運事業に失敗し、妻を病気で亡くし、娘たちは遊郭に売られたことを悩んでいる人でした。遊郭にいる真牛なら娘の気持ちも分かるのではと思っていたようなのですが、真牛は一人も客を取らないから分からないと話していました。お客を金縛りにするのだそうです。それでも「花風」にいられるのは、占いで店を評判にしているかららしいのですが、自分はユタではないと言い、お金を取っていないからいつまでも出ることができないのだそうです。占いは、あくまでも「施し」ということでした。それを聞いた津波古さんが誇り高く強い人だと言うと、真牛は人ではなく神だと言い、海運業で失敗したのも、妻が亡くなったのも、娘が苦労しているのも、皆神の力だと思えば、そのうち良いこともあるかもしれない、お前が自分の弱さや強さにこだわらなければ、と話していました。人間、苦しい時はただ生き延びることだけを考えるのだと真牛は津波古さんに言っていたのですが、自分に向けて言っているようでもありました。

御内原の者はなかなか外に出ることができないらしいのですが、染料を採取するためならいつでも出ることができると聞き、真鶴は一人でサトウキビ畑へ行きたいと女官に頼み、外出していました。薩摩藩邸から出てきた浅倉雅博(谷原章介さん)の後を追いかけると、浅倉さんは質屋か古美術商のようなところへ来て、尾形光琳の硯箱を売っていたようでした。浅倉さんはまだ独身で、八重山にいる自分の命よりも大切な人にお金を送っているということを店主と話しているのを聞いた真鶴は、感激すると同時に八重山にお金を送っても役人が着服するだけなのにと心の中でつぶやいて泣いていました。

その真鶴に浅倉さんが気付くと、真鶴ははっとして逃げ、浅倉さんも真鶴を追いかけて二人はサトウキビ畑に来ていました。真鶴はサトウキビ畑に息を潜めて隠れていて、浅倉さんは、あなたは真鶴になって戻ってきたのか、本当にそうなら私はどんなに嬉しいかと呼びかけ、私はいつまでもあなたを待っていますと伝えて立ち去っていて、真鶴はサトウキビ畑の中で泣いていたのですが、どうしても出ることができなかったようでした。

その後、若いサトウキビを採取した真鶴は、自宅でオバア(平良とみさん)に会っていました。この家には今は誰も住んでいないそうです。真鶴は、誰と尋ねるオバアに、真鶴と申します、孫寧温の妹です、訳があって清国で暮らしていましたと答えていました。近くで真鶴の顔を見たオバアは、寧温そっくりと驚いて嬉しそうにしていました。

真鶴は、オバアに兄の嗣勇(金子昇さん)の居場所を訊き、そこを尋ねていたのですが、その場所は国王の墓でした。嗣勇は、最初は真鶴の幽霊が現れたと思ったようでした。現王朝に忠誠を近い、朝薫の命で墓守を任されているということでした。真鶴は側室になったことを伝え、朝薫には言わないでほしいと頼んでいました。また、琉球に嵐が迫っていると真鶴は兄に伝え、王府に伝えたいことがあったらここへ来るからそれを朝薫に伝えてほしいと頼んでいました。兄は、側室になってまでも琉球を救おうと考え続けている真鶴に驚いていたようでした。

浅倉さんが断崖から海を見ていると、大砲の音が聞こえ、大きな外国船がたくさん向かってくるのが見え、役人仲間に薩摩藩に知らせ、幕府にも知らせるように伝えていました。

首里城では、表十五人衆たちが尚泰王と話し合いをしていて、宜野湾親方は、米国艦隊は親書を持って王宮を表敬訪問したいと言っているが、表敬を受けることは交渉の用意があると捉えられることになり、交渉すれば香港のように占領されることになると尚泰王に話していました。

御内原にも那覇港の火矢(火砲)の音が聞こえていて、外国船は琉球へ立ち寄っただけかと考えていた真美那に、真鶴は、日本を開国するために琉球を占領しに来たのだろう、太平洋航路の要所を占領すれば幕府は開国せざるを得なくなると話していました。交渉を拒否すれば、八重山のように報復攻撃を受けるのだそうです。

真鶴はどうするのでしょうか。次回予告によると、孫寧温が復活しているようでした。次回もとても楽しみです。

あと、真牛のところにその後も津波古さんが来ていたのですが、その時は明るい表情になっていて、水夫として清国へ向かうことになったそうで、相談ではなく、お土産は簪がいいかと真牛に尋ねに来ていました。真牛はそんなものはいらないと拒否していて、あなたの力になりたい、感謝をしたいと言い、生きて戻ることができたらまたここへ来ますと言って帰ろうとしていた津波古さんに、近く王族の子が生まれると出ているから、最上級の絹と脚付きの銀杯をたくさん買うようにと教えていました。それで、津波古さんと別れたのですが、真牛は急にはっとして、遊郭のベランダから簪を買って来るのだ、無事に戻って来るのだとどこかにいる津波古さんに向けて叫んでいました。

そして、その直後に廊下で真牛に会った女将(小林幸子さん)は真牛の目を見て驚き、慌てて鏡を覗いた真牛はもっと驚いていました。目の鮮やかな緑色が消えて、茶色になっていました。もし真牛が神から人になったという意味だとするなら、真牛の霊能力も消えてしまうということなのでしょうか。真牛の運命もまた変わりそうで、そのことも気になりました。

「チーム・バチスタ3 アリアドネの弾丸」第8話

フジテレビのドラマ「チーム・バチスタ3 アリアドネの弾丸」の第8話を見ました。

東城医大の庭で宇佐美壮一(福士誠治さん)に左の肩の下の辺りを撃たれた田口公平(伊藤淳史さん)は救命救急センターに運ばれ、「チーム・ジャネラル」の佐藤伸一(木下隆行さん)と和泉遥(加藤あいさん)が田口さんの担当になっていて、「ジェネラル・ルージュの凱旋」を見ていた私としては、この場面も楽しかったです。二人は田口さんを絶対に助けてほしいと必死になっている白鳥圭輔(仲村トオルさん)に驚いていました。

和泉先生によると、田口さんが一命を取り留めることができたのは、撃たれた位置が大動脈を外れていたことと、銃弾が貫通していたことだったようでした。「貫通」と聞いた白鳥さんは、MRI室のガラスの壁に自分が書いた、宇佐美さんが北山錠一郎(尾美としのりさん)に向けて放った弾丸の速さの数式を見直していました。

警察庁長官官房情報統括室室長の斑鳩芳正(高橋克典さん)は、田口さんを撃った宇佐美さんの弾丸を庭で拾っていたようでした。そして、桜宮署の刑事の玉村誠(中村靖日さん)に北山さんの死の真相は隠しておくように言い、少し戸惑っていた玉村さんは、失礼しますと言って斑鳩さんと別れていました。

20年前の「松崎事件」の再審が行われ、DNA鑑定によって女子高校生殺害の犯人とされた松崎行雄(六平直政さん)の無罪が確定し、松崎さんと支援の会の人たちは喜んでいました。記者会見の場にいた斑鳩さんは、記者たちから謝罪をしないのかと問われると、一人の刑事が20年前のDNA鑑定に誤りがあったことにずっと責任を感じて悩んで先日自ら命を絶った、北山審議官は立派な警察官だったと涙をこらえながら話して会見を終えていて、謝罪の話はどこかへ行ってしまったようでした。

白鳥さんと田口さんと事務長の三船大介(利重剛さん)は会見の様子を病院のテレビで見ていたのですが、斑鳩さんが北山さんの死を無駄にしないと話していたのはこのことだったのかと少し呆れていたのですが、田口さんだけは演技ではなく本当に涙をこらえているようだと思っていました。法医学教室准教授の笹井スミレ(小西真奈美さん)と助手の須賀秀介(市川知宏さん)は、斑鳩さんが、当時警察に頼まれてまだ確実ではないDNA鑑定をしたスミレさんの法医学者の父親に責任があるように言っているのを聞いて、黙って画面を見つめていました。

放射線科准教授の島津吾郎(安田顕さん)は解放され、警察官の斑鳩さんが冤罪となった松崎さんにも自分にも謝らないことを嘲笑していたのですが、斑鳩さんは、島津さんの過去を調べるように部下に命じていました。

Aiセンターに戻った島津さんは、縦型MRIの磁場の調節を素早く終えていて、白鳥さんと田口さんは、先日熊本の野島医師(おかやまはじめさん)が試した時の画像を示して、すぐにできるのならその時にはなぜ磁場の調節ができていなかったのかを尋ねていました。島津先生はごまかしていたのですが、白鳥さんは、画像が下に行くほど鮮明になっている画像に疑問を感じていました。

Aiセンターの会議に来た斑鳩さんは、島津先生には協力できないと言った後、島津先生が止めるのを無視して調べた島津先生の経歴を公表していたのですが、それによると、島津先生は松崎元被告の息子であり、北山さんが死ぬのを事前に知っていながら、警察に連絡せず、死なせたということでした。

島津先生は、縦型MRIのシステムエンジニアの友野優一(矢柴俊博さん)のパソコンのパスワードを見つけ出しロックを解除した後、北山さんと宇佐美さんの会話の録音を聞き、慌てて磁場を下の位置に合うように調整し直していたのでした。白鳥さんの説明によると、MRIの磁場は脳の位置に合うように設定されているため、そのままだと宇佐美さんの撃った弾丸は北山さんの眼球から上のほうに流れて頭骸骨を貫通し、MRIを爆発させてしまうということだったようで、島津先生は、北山さんの頭の中で弾丸が止まるように磁場を調節したということでした。

そして、調節し終わった直後に北山さんがやって来て、島津さんはあえて北山さんが入れた睡眠薬入りのコーヒーを飲み、眠っていたということでした。

島津先生は白鳥さんの推理を認めたのですが、それは縦型MRIを守るためだったと答えていて、父親を犯罪者扱いした北山さんが確実に死ぬことのできるようにした、北山さんの命よりもMRIのほうが大事だと言うと、怒った斑鳩さんは島津さんを殴り倒していました。

スミレさんは、島津さんに父親のDNA鑑定のことを謝っていたのですが、島津さんはあなたに謝られても仕方がないという態度でした。当時、科学の力を信じていた島津さんは、自分の身を守るために養子縁組をすることにしたようで、拘置所で泣いて無罪を訴える父親の話を聞かずに書類を見せてサインをしてもらったようで、そのことを今は後悔しているようでした。スミレさんは自分も父親を責め、それを謝る前に父親が亡くなってしまったことを話し、釈放された父親に会いに行くことを勧めていました。

支援の会の人たち(甲本雅裕さん、升毅さん)が開いていた松崎さんの釈放記念のパーティに島津さんは行っていて、島津さんの姿を見た父親は「吾郎」と呼んで泣いていました。

その会の様子を逃亡中の宇佐美さんが外から覗いていて、斑鳩さんと公衆電話から連絡を取っていました。斑鳩さんは戻って来いと言っていたのですが、宇佐美さんは、もし松崎さんが冤罪ならまだ逮捕されていない「松崎事件」の本当の犯人?を見つけるという話をしていました。二人は北山さんの意志を引き継ぐようです。

それから、最後、なぜか「松崎事件」と同じような手口の事件が起きたようでした。

冤罪が確定して釈放された松崎さんを陥れるためでしょうか。それとも、松崎さんが本当に犯人なのでしょうか。一度疑われてしまうと、犯人でないことが証明されなければいけなくなってしまうので難しいです。支援の会の人たちも何だか怪しく思えてきます。

北山さんの死については一応解決したのだと思いますが、もう一つの事件とまだ関わりがあるのでしょうか。島津さんは、未必の故意というよりは、白鳥さんが言っていたように、どちらかというと自殺幇助の罪になるのかもしれませんが、宇佐美さんも北山さんも島津さんが磁場を調整したことには気付いていませんでしたし、斑鳩さんがいろいろ隠しているので起訴はされないのかもしれません。

「カミスン!」と神聖かまってちゃん

昨日の夜、何気なくTBSの「カミスン!」を見ていたのですが、神聖かまってちゃんが出演して、演奏を披露していました。

神聖かまってちゃんの音楽をラジオで聞いたことがあるくらいの私が、神聖かまってちゃんとの子さんを初めて見たのはNHKのETV特集で、それ以上の詳しいことを私はほとんど何も知らないのですが、SMAPの中居正広さんが司会の生放送の音楽番組に出演すると知り、楽しみにしていました。

番組案内には、「神聖かまってちゃん?」と「?」が付いていたので、番組に登場するのかどうかということも気になっていたのですが、ちゃんと出演していました。

披露していたのは、新作アルバム『8月32日へ』の中からの「23才の夏休み」という曲だったのですが、の子さんはほとんど歌詞を無視して歌っていて、というか、何か話したり叫んだり、舞台の檻?から飛び出して倒れたりしていて、中居さんはテーブルの上のモニターを厳しい表情で凝視しながら固まっていました。

中居さんは固まっていたのですが、カメラさんはの子さんを丁寧に追いかけていました。の子さんが“ナルト”をカメラのレンズに貼り付けたり取ったりするのを面白く映していました。

生放送で「死して屍」?と繰り返し叫んでいたのも、何だかすごかったです。曲が終わった後、の子さんはそのまま司会の中居さんのところに向かっていて、中居さんは少し怯えているようでした。真面目に演奏していたバンドのメンバーたちがの子さんに戻ってくるように言っていたのですが、の子さんは中居さんにナルトを渡そうとしていたり、歌詞の内容が伝わらなかったと言われていたり、草なぎ剛さんのほうがもっと大人しいとか聞いたりしていました。最後は明るい感じのの子さんで終わっていて、何となくほっとしました。

私としては、面白い「カミスン!」だったのですが、次にどこかのテレビの生放送の音楽番組に神聖かまってちゃんが出演するのは難しそうだなとも思いました。

ところで、私には少し「あらびき団」のようにも思えた初回の「カミスン!」とは異なり、今は普通の音楽番組のような演出になっているように思います。出演者の順番も不明ですし、トークの部分も意外と長くて落ち着いています。コンセプトを少し変えたのでしょうか。それとも、初めからこのような番組にする予定だったのでしょうか。

「IS(アイエス)」第7話

テレビ東京のドラマ「IS(アイエス)~男でも女でもない性~」の第7話を見ました。

今回は、伊吹憲次(井上正大さん)の父親の宗一(大杉漣さん)から憲次を好きなら巻き込まないでほしいと頼まれてショックを受けていた星野春(福田沙紀さん)が、大切な人に嘘をついたり嘘をつかせたりすることに耐えかねて、母親(西田尚美さん)に自分の気持ちを訴え続けることに疲れてしまった相原美和子(剛力彩芽さん)のためにも、自分がISであることを周囲の人たちに告白し、ISのままでも普通に暮らせることを証明しようと決意する話でした。

春がISであることを隠していることについて話を聞きに行っていて、「しずくの会」の乾しず江(堀田貴子さん)は、税理士事務所の中でも乾さんがISであることを知っているのは同じISの職員一人だけで、他の人は自分を女性だと思っていると話し、税理士になる前はデパートの婦人服売り場の販売員をしていて、親しかった友人にISであることを打ち明けたところ、すぐに噂が広まって白い目で見られるようになり、付き合っていた男性とも別れることになって、一人でも生きることができるように税理士を目指すことにして努力をしてきたという話をして、ISであることを隠すのは、嘘をついているのではなく、生きる術なのだと春に教えていました。

美和ちゃんの父親の賢一(西村雅彦さん)は出張中のようでした。美和ちゃんは、母親から仲直りがしたいから一緒に買い物に行こうと誘われて嬉しそうにしていたのですが、母親は密かに手術をするための診察の申し込みをしていて、母親に促されて美和ちゃんがタクシーを降りた場所は病院の目の前でした。美和ちゃんは、母親がISである自分をまだ隠そうとして、騙して病院に連れて来たことにショックを受けていました。

春の幼馴染みの齋藤礼音(入江甚儀さん)を呼び出した美和ちゃんは、春が女性らしくなっていくことを気持ち悪いと思わないのかと礼音さんに尋ねていて、話を聞いていた礼音さんは、いくら美和子さんでも怒りますよと答えていて、でもすぐに美和ちゃんに謝っていました。

美和ちゃんが家に戻ってくると、帰ってこない美和ちゃんを心配していた母親に怒られていました。美和ちゃんは、恋愛をして結婚をして子供を産むことだけが幸せなのか、私にできないことを押し付けないでほしいと床に座り込んで泣いてしまったのですが、すると母親は美和ちゃんを抱きしめて、美和ちゃんの子供を産んであげる、美和ちゃんのためなら何でもすると必死に言っていて、美和ちゃんは呆然としていました。

星野家では、春の妹の夏(山谷花純さん)が兄の春のことで悩んでいました。春が近所の噂になっていることや、好きな人に兄が女子高校生の姿になっているところを見られるのが嫌だったようで、ある日、付き合っている人がいるなら家に連れて来るようにと父親の太郎(高橋ジョージさん)と母親の陽子(南果歩さん)に言われて、家に連れて来るなんてできない、お兄ちゃんが恥ずかしいと言って外に飛び出してしまいました。

夏は追いかけて来た兄に謝っていたのですが、春は、好きな人に嫌われたくないという妹の気持ちをよく理解していて、妹に嘘を付かせてしまっているということに悩んでいました。

夏の思いに気付かなかったと落ち込んでいた陽子さんは、母親の宮原和江(丘みつ子さん)に来てもらっていたのですが、陽子さんのように子供の様子をよく見ている母親らしい和江さんは、まずはお団子でも食べようと言って陽子さんを和ませていました。とても良かったです。

通学路を歩いている春の前に現れた美和ちゃんは、手術を受けることにした、母親との関係に疲れたと春に話していました。手術をした後は、過去のことを一切忘れて新しい暮らしをする予定ということでした。春は、手術をしたら後悔するのではないかと伝えていたのですが、春や春の環境に憧れていたという美和ちゃんは、春はずっとそのままでいてねと泣きながら言って、別れていました。

春は、自分がISであることを学校で話したいと思うと家族に相談していました。美和ちゃんが手術をすることを決めた話もして、春は、美和ちゃんはもう一人の自分だと思う、自分はこの家に生まれて恵まれていたけれど、美和ちゃんのような家のほうが多いのかもしれない、自分も美和ちゃんのようになっていたかもしれないと話していました。ISのままでも普通に暮らせることを証明したいと言い、家族には迷惑をかけるかもしれないと言っていたのですが、両親も妹も、春を誇りに思うと言って、ISだと告白することに賛成していました。

母親に断られて美和ちゃんに会わせてもらえなかった春は、美和ちゃんの留守番電話にメッセージを入れて、明日のお昼休みにみんなに言うからそれを見届けてほしいと伝えていました。それから、春は伊吹さんに会い、もう会えない、誰かに星野と付き合っていたのかと聞かれたら、「秘密」について相談されていただけだと答えてほしいと話して、何も納得できていない伊吹さんを残して走り去っていました。

翌日、春は、放送委員だったらしい宇佐美はじめ(武田梨奈さん)から放送室の鍵を借りていて、校長室の校長先生にISであることを告白すると一応知らせてから放送室に向かっていました。担任が追いかけてくるのを無視して放送室に入って内側から鍵をかけていました。

放送で伝えるということは全校生徒に向けて事実を話すということのようなのですが、他に生徒たちはどう思うのでしょうか。拒絶する人や、受け入れる人や、特に何とも思わない人など、様々な人がいるとは思うのですが、高校生ですし、いじめや嫌がらせには繋がらないといいなと思います。

春を見届けるために登校しようとしていた美和ちゃんは、母親にハサミを突き付けられて家から出ることができないようにされていました。母親の直子さんの狂気のような必死さが怖かったです。美和ちゃんは母親から逃れることができるのでしょうか。

「死とどう向き合うか」

先日、NHKのEテレ(旧教育テレビ)の「Q ~わたしの思考探求」を見ました。

プロレスラーの中邑真輔さんと千葉大学教授の広井良典が「死とどう向き合うか」というテーマで話していたのですが、この番組は再開されるのでしょうか。それとも、番組の冒頭に「スタジオの場面は3月6日に収録しました」というような字幕が出ていたことからすると、東日本大震災の件で放送延期になっていたものを先日の土曜日に放送したということでしょうか。

今年の東日本大震災に関わらず、何か大きな災害や戦争でたくさんの人々が一度に亡くなると、それまで死を考えていなかった、あるいは考えないようにしていた人たちも、急に死生観について考えるようになるのかもしれません。

中邑さんや広井教授は、大震災に関わらず、死について考えていた人たちでした。私も「死生観」と言うほどしっかりしたものは持っていないのですが、死について考えることがよくあります。広井教授によると、学生たちも死についてのレポートを書いてくることが多いそうです。

死を怖いと思っている方もいると思いますが、私は死そのものを怖いと思うことはありません。ただ、痛いのが苦手な私は、死ぬのは痛そうだなと思って恐れていたことがあります。小さい頃、私は死ぬのは火葬場で焼かれる時だと思っていたのです。それで、後になって、亡くなった人は生きたまま火葬場で焼かれるのではないと親から聞いて知り、死そのものを怖いと思うことはなくなりました。

死は無であるという考え方は、広井教授によると、唯物論的な考え方だそうです。今のところ死んだことのない、あるいは死んだことを忘れている私は、死んだ後は無になると確信することはできないのですが、何となく、そうであってほしいなと思っています。仏教的な考え方の場合、もし今の私が“輪廻”の中にいるのなら、早く“解脱”をしたいように思えるのです。

広井教授は、思考実験として、「不老不死になる」、「24時間以内に死ぬ」、「0歳から人生をやり直す」、の3つの中からどれを選ぶかと中邑さんに尋ねていて、中邑さんは「24時間以内に死ぬ」を選んでいました。

よく言われる「人はいつか必ず死ぬ」というのも、本当のことなのでしょうか。私としては、もし「仙人」と呼ばれる人がこの世界のどこかにいるのなら、人は必ず死ぬと言い切ることはできないのではないかと思います。先日の新聞記事によると、地球の生物の9割は未確認生物なのだそうですし、延命治療や臓器移植や遺伝子操作による“不死”ではなく、全く健康状態の、不死や不老不死の人もどこかにいるかも知れません。

死を思うことによって充実した人生を送ることができるという意見は、私にはよく分かりません。いつも心のどこかで死を恐れていなければ、生きていることを実感することができないのだとするなら、常に生きていることを実感することが良いことだとは私には思えません。

誰の死であったとしても、人の死そのものを悲しむのだとするのなら、毎日のように報じられる殺人事件や事故や自殺の死者のことも、常に悲しまなくてはいけないはずなのですが、ニュース番組のキャスターも毎日喪服を着てはいませんし、テレビ関係者が亡くなった場合以外は、それほど悲しんでニュースを読んでいるようにも思えません。

なぜか“大震災”の時とは違うのです。

お葬式でみんなは泣いていますし、きっと死は「悲しいもの」なのだと思います。でも、本当に死は悲しいものなのでしょうか。死は生と同時にあるように思えるのですが、生まれたばかりの0歳の子供にそれを思う人は意外と少ないのではないでしょうか。

私は死についての話を聞いたり考えたりするのは好きなほうなので、死を考えることを後向きだとも思わないのですが、私の周囲の“前向きな”人の中にはそのような話を「面倒」だと思う人もいるので、なかなか話すことができません。

ただ、死を悲しまないと、あるいはそのように表現をしないと、悲しんでいる人からは冷たい人だと認識されてしまうと思います。考えるのではなく、もっと感情的にならなければいけないのかもしれないとは思うのですが、私には少し難しいように思えます。私の中ではまだ、死は悲しいことというよりも、何というか、不思議なことなのです。人の死だけではなく、いろいろな生き物の死も、無生物という呼ばれ方もする死なないものに関してもです。

誰かの死を悲しむ人は、死そのものを悲しんでいるのではなく、死ぬまでの経緯や生前のその人のことを想って悲しんでいるのかもしれないとも思います。でも、身近な人の死と見知らぬ人の死とは、本当は同じなのではないでしょうか。「死とどう向き合うか」という今回のテーマは、「身近な人の死とどう向き合うか」という意味だったのでしょうか。もしそうだったとしても、死そのものを外して考えることはできないと思います。

番組の最後、自分が死んだ後、誰かに思い出してもらいたいという話も出ていました。このような話もよく聞きますが、これも私にはまだよく分かりません。誰かが思い出しても思い出さなくても、証拠があってもなくても、その人が存在していたという事実はあると思います。また、仮に死が無であるとするならば、“生きていた証”というようなものは無くても問題のないものではないでしょうか。

「死者は生きている人の心の中で生き続ける」という意見は宗教的だなと思います。以前、美輪明宏さんも言っていたのですが、お葬式に来る人の数でその人の生前の価値が決まるという考え方も、私にはよく分からないことです。もし人に価値を付けるのだとしても、葬列者の数はその亡くなった人の価値には何の関係もないはずだと思います。

でも、どのように生きて、どのように死ぬかを考えている人はすごいと思います。私にはまだそれを考えることができないからです。

久しぶりにこの番組を見ることができて楽しかったです。ゲストや教授によってテーマに対する意見は様々なものがあると思いますが、そのような意見を聞きながら自分なりに何となく考えてみるのは面白いです。
プロフィール

Author:カンナ
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