「渡る世間は鬼ばかり」最終回

TBSの橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の最終シリーズ(第10シリーズ)の最終回2時間スペシャル(第47回)を見ました。

21年間続いていた連続ドラマがついに終わってしまいました。少し寂しいですが、これで終わったとは思えないような、穏やかな日常の続きを願うような終わり方でした。とても良かったです。このような長いドラマが作られることは、これからはなかなかないのだろうと思います。

昨日は「直前スペシャル」という、これまでのお話の簡単なダイジェストと、ドラマの出演者の角野卓造さん、泉ピンコさん、吉村涼さん、えなりかずきさんの小島家や、宇津井健さん、長山藍子さん、中田喜子さん、野村真美さん、藤田朋子さんたち岡倉の人々がロケに行ったりする映像の特別番組が夜の7時から放送されていて、私はこの番組も見ることができたので、およそ4時間、「渡る世間は鬼ばかり」を見たのでした。

この直前番組でも小島家のみなさんが泣いていたので、本編がもう始まっているのかと思うほどでしたが、それほどこの長いドラマが出演俳優の方々の人生に溶け込んでいたのだなとも思えました。良かったです。

最終回は、「幸楽」の部屋をアメリカから帰ってくるお姑さんのために改装するところから始まっていました。古くなった畳の部屋を、洋風のフローリングの部屋に変えていました。

お姑のキミ(赤木春恵さん)が久子(沢田雅美さん)とその娘で孫の加奈(上戸彩さん)に支えられながら「幸楽」に帰ってきた場面を見て、何だかとても嬉しくなりました。キミさんは「幸楽」へ戻って来ることができたことがとても嬉しい様子で、嫁の五月(泉ピン子さん)にも会いたかったと、とても穏やかになっていて、幸せそうで、見ている私も幸せな気持ちになりました。

孫の加奈は、アメリカでは毎日庭で園芸を楽しんでいたという祖母のために改装された部屋が日当たりが悪くて狭いことを気にして、母親が用意していたベランダから富士山が見えるという高層マンションの部屋で暮らすよう提案し、「幸楽」で暮らしたいというキミさんを説得して連れて帰っていました。

キミさんは、孫の親切心を思って断れない様子だったのですが、久子さんが加奈を送って空港へ行っている隙に、荷物をまとめて一人で「幸楽」へ戻って来ていました。その場面がとても良かったです。キミさんはアメリカへ行っている間もいつも「幸楽」のことを考えていたそうで、白衣を大事にしていました。五月さんは、「幸楽」はお母さんのお店ですと言い、お店に出ていたいというキミさんの希望を叶えて応援することにしていました。「大きい女将さん」と気付いて話しかけてきた常連のお客さんと明るく話しているキミさんがとても楽しそうで良かったです。“行列のできるラーメン屋さん”になった「幸楽」は、以前よりもかなり忙しいとのことなのですが、キミさんのような人もお店には必要なのだと思いました。リビングで小島家のみんなが集まって食事をしている場面も穏やかで良かったです。キミさんは、良い時に帰ってきた、ありがたいと話していました。

結婚式を控えた小島眞(えなりかずきさん)は、結婚式の招待状を手渡しするため、親戚の家を回っていました。

双子の子供の母親になった大原葉子(野村真美さん)の家では、夫の透(徳重聡さん)が家事全般を率先してよく手伝っていて、そのことに眞君は感心していました。眞君は家庭よりも仕事を優先する亭主関白?の夫になる予定のようでした。

旅行会社で仕事中だった岡倉文子(中田喜子さん)と高橋亨(三田村邦彦さん)は、離婚したことで以前よりも相手を思いやることができるようになったというようなことを眞君に話していました。亨さんは、離婚した自分は結婚式には出ないほうがいいのではないかと言っていたのですが、眞君と文子さんと金田利子(山下容莉枝さん)に出席を勧められて、眞君の友人として出席することにしていました。文子さんは、ハワイにいる望(冨田真之介さん)にも一応招待状を送ってほしいと頼んでいました。

野田家を訪れた眞君が、“知らない人”に驚いている様子が面白かったです。 野田勇気(渡邉奏人さん)が玄関に出たのですが、部屋に案内した竹下美雨(京野ことみさん)や、ソファで横川良武(吉田理恩さん)と遊んでいた合田篤(小林海人さん)や、美雨さんの娘の春菜(小林星蘭さん)や、野田家の長男の武と離婚した横川佐枝(馬渕英俚可さん)が一緒に生活をしていることを知らなかったようで、説明されると、不思議そうというか戸惑うような感じで「へえ」と応対していました。

帰ってきた良(前田吟さん)と弥生(長山藍子さん)に眞君が招待状を渡すと、良さんは、珍しいことだから子供たちにも結婚式を見せたいと言い、合計8人を招待してほしいと頼んでいて、眞君は快諾していました。

結婚式の場面はありませんでした。披露宴には、長谷部力矢(丹羽貞仁さん)とまひる(西原亜希さん)も出席し、隣の席が森山壮太(長谷川純さん)だったことにまひるさんは戸惑っていました。その席には、おやじバンドの中本源太(山本コウタローさん)と川上哲也(井之上隆志さん)も座っていました。あと、田島周平(岡本信人さん)、その妻で“大きい女将さん”と仲の良かった聖子(中島唱子さん)、松本達夫(榎本たつおさん)たち厨房の人も来ていて、他には、眞君の大学時代の友人で浅草の手ぬぐい屋さんの吉野杏子(渋谷飛鳥さん)や、野々下加津(宇野なおみさん)も来ていました。杏子さんは、加津ちゃんや聖子ちゃんに手ぬぐいを配っていました。少し遅れて来た英作(植草克秀さん)の姿を見て、先に席についていた日向子(大谷玲凪さん)が手を振っていました。

眞君たちが席を回って挨拶をしている時、兄に連れられて行った「おかくら」で壮ちゃんを見た母親(坂口良子さん)から、旅館は継がなくていい、本当に相手のことが好きならと積極的になれるはずだと言われていたまひるさんは、自分から壮ちゃんに「結婚してください」と言っていて、勢いで「はい」と答えた壮ちゃんはすぐに冗談ですよねと聞き返したのですが、まひるさんが本気だと分かり、「俺みたいな男で良かったら」と答えていて握手をしていて、まひるさんはやっと言えたと兄に言い、力矢さんも喜んでいました。それを見ていた青山タキ(野村昭子さん)も喜んで、岡倉大吉(宇津井健さん)を呼んでいました。

仲人の金田典介(佐藤B作さん)の司会で披露宴が始まると、勇さんと五月さんと眞君と貴子(清水由紀さん)さんが車椅子の父親の道隆(武岡淳一さん)と一緒に会場へ入ってきました。眞君が車椅子を押していました。父親の道隆さんが幸せそうで良かったです。勇さんと金田さんと中本さんと川上さんと田口誠(村田雄浩さん)のおやじバンドが演奏をしていて、明るい披露宴になっていました。

最後の挨拶の時、お父さんと呼んで、すでに眞君は泣きそうになっていました。眞君は泣きそうになるのをこらえながら、一生懸命働いて育ててくれてありがとうと感謝の気持ちを伝えていました。五月さんは、お母さん、と呼ばれて涙を流していて、泉ピン子さんが本気で結婚式の収録に出たくないと思っていたと話していたことを思い出しました。本当の披露宴の場面のようだなと思えました。わがままな僕をたくさんの愛情で包んでくれてありがとうと伝えていました。貴子さんは、私はお父さんの子供に生まれて本当に幸せですと伝えていました。

眞君は、道隆さんの希望で結婚式をしただけなので、まだしばらくは「幸楽」の2階で暮らす予定だそうです。まだ一人前ではないから、と大吉さんに説明していました。新婚旅行へも行かないそうで、若い人の考えることは分からないと言いながらも、勇さんも五月さんもとても嬉しそうでした。

最後は、自宅のリビングで勇さんと五月さんとキミさんの3人が話している場面でした。ここで3人で暮らしていくのだろう、もっと長生きしてくださいと五月さんは言っていたのですが、キミさんは椅子に座ったまま眠っているようでした。

穏やかな日常が続くことを幸せに思えるような終わり方で良かったです。そのような幸せな日常が続くといいなと思います。

ドラマの最後、「またいつかこの家族たちのことを御報告出来る日の来るのを願っております」という脚本家の橋田壽賀子さんの言葉が出ていました。いつか、スペシャルドラマなどが作られるのかもしれません。

石坂浩二さんのナレーションや季節によって変わる着物の柄のオープニングも、よく続いていたなと改めて思いました。

私は加津ちゃんが小島家に預けられたばかりの頃に「渡る世間は鬼ばかり」のシリーズを見始めたので、私としては、加津ちゃんには、野田家のように、小島家の家族として残っていてほしかったです。あるいは、菊屋さんという和菓子屋さんでの生活が描かれるといいなと思っていたのですが、菊屋さんも登場しなかったですし、加津ちゃんの場面はほとんどなく、それが私には少し残念に思えました。

橋田さんの脚本は説明的な台詞が多いと言われるようなのですが、ドラマをじっと見ていなくても、また見逃した回があったとしても、話の内容が分かるように作られているので、すごいなと思います。会話の内容というか、台詞には厳しい言葉も多かったのですが、それは誇張しているからかなと思いながら見ていました。その時の時事問題が入っているのも面白かったです。

私は祖母の影響で途中から見始めたのですが、そこから「渡る世間は鬼ばかり」を最後まで見ることができて楽しかったです。長い間、ありがとうございました。

ジョー・プライスさんと江戸美術

NHKのBSプレミアムの「極上美の饗宴」の「シリーズ アメリカ・秘蔵の江戸名画」を見ました。録画しておいたものをようやく見ることができました。

全3回のシリーズで、第1回は「若冲 リアルを超える極彩色」、第2回は「若冲 大胆緻密な水墨画」、第3回は「忘れられた傑作たち」でした。

番組の放送が久しぶりのように思え、今回のシリーズの予告を見て楽しみにしていました。伊藤若冲の特集と知って、最近若冲の特集をよく見るなと思えたのですが、それは以前同じくBSプレミアムの「若冲ミラクルワールド」を見ていたからだということを思い出しました。

今回のシリーズのテーマは「アメリカ・秘蔵の江戸名画」でしたが、アメリカ各地にある江戸名画を紹介するというのではなく、ジョー・プライスさんのコレクションの江戸名画の特集ということでした。“プライス・コレクション 秘蔵の江戸名画”です。

アメリカのカリフォルニアのニューポート・ビーチという場所の、浜辺のすぐ上の海を見渡すことのできる丘に不思議な外観のプライスさんの家があり、斜めのようなデザインの障子のある部屋の中で81歳のプライスさんはコレクションを見せてくれていました。

江戸の美術作品を千点あまり所蔵しているというプライスさんは、若冲の着色画を10作品、水墨画を11作品所蔵しているそうです。若冲の作品について、感動的な色彩で、色の使い方や重ね方や陰影の付け方が完璧だと話していました。

プライスさんのコレクションを多く保管しているのは、「ロサンゼルス郡立美術館」だそうです。そこには、朝鮮の絵を模写したという伊藤若冲の「虎図」や「旭日雄鶏図」などがあり、その中の「竹梅双鶴図」という、2羽の丹頂鶴が描かれていて、後ろの鶴が手前の鶴の羽をくわえている絵を北海道の自然公園の方に見てもらっていたのですが、飼育員の方によると、2羽の鶴は夫婦で、外的に接近した雌の羽を噛んで後ろに下がるように伝えているところということだそうです。若冲の観察力もすごいのですが、そのような鶴たちの行動があると知って、それにも驚きました。

また、普通は丹頂鶴の目は全体が真っ黒なのだそうですが、若冲の絵の中の鶴たちの目は黒い瞳の周りを黄色で囲まれているということでした。でも、その鶴は架空の存在ではなく、実際に阿寒の鶴センターに、金目と呼ばれるとても珍しい鶴がいました。百羽に一羽いるかいないかと説明されていたので、品種ではなく、突然変異のようなものかなと思いました。飼育員の方は、デフォルメはあるとしても、それを感じさせない生き生きとした絵だと話していました。

ハーバード大学の教授の方が、プライスさんの家で「紫陽花双鶏図」と「雪芦鴛鴦図」をクローズアップ撮影して、色の乗せ方を細かく調べていました。それによると、鶏の羽は絹目が見えるほどの薄塗りで、脚は油絵のように厚塗りをして、その質感を出していることが分かったそうです。また、鴛鴦の雌が水の中に頭を入れているのは中国画の影響だそうなのですが、中国の絵と違い、若冲は陰影を付けて立体感を出し、くちばしの付け根のところにも薄く黄色を塗っていることが分かったそうです。自然から感じ取った生命感を表そうとしたのだろうと教授は話していました。

第1回では、日本画家の中島千波さんが若冲の「紫陽花双鶏図」の雄鶏の頭の部分の再現に挑戦していました。

自身のアトリエで「紫陽花双鶏図」の拡大写真を見た中島さんは、鶏と一体になっていないと描けない、一瞬を捉えて血が通っているように描いている、生きているものを生きている以上に描けるのは自分の他にはいないと自信を持って描いていたのではないか、と話していました。

若冲が描いた順番を推理しながら再現するということで、中島千波さんは、若冲はまず下絵を描いてから描き始めたのではないかと考え、モノクロのコピーを絹地の下に固定して面相筆で細い輪郭線を写し取っていました。中島さんは、細い線で描かれていることに驚き、羽の一枚一枚を細かく色分けしていることにも驚いていました。アトリエの白い棚にはたくさんの岩絵の具が並んでいたのですが、中島さんは、思っていた以上に微妙な色で難しいと言い、困ったとか参ったとかつぶやきながら、羽の着色に苦戦していました。

中島さんは鶏冠の周囲の羽に塗られた胡粉の白色が重要だと気付いていました。この白によって羽に輝きが出るということでした。中島さんは、最後に赤い鶏冠の白い点々を描き入れて、模写を完成させていました。3日間描いていたそうです。本物以上に見えるように描かないと本物には勝てないと中島さんは話していました。

第2回では、水墨画家の藤原六間堂さんがプライスさんの自宅を訪れ、若冲の「鶴図押絵貼図屏風」を間近に見ながら、床に和紙を広げて、その屏風の中の手前と奥に鶴のいる絵を模写していました。

「鶴図押絵貼図屏風」は、若冲が80歳を過ぎた頃の作品だそうです。紙の色がとても白く残っていて、薄い墨と濃い墨で斬新な構図の鶴の姿が描かれていました。思い切り良くさっと簡単に描かれているように見えるのですが、鶴には表情も動きもあって、面白い絵でした。

模写を始めた藤原さんは、最初に胴体から描いたのではないかと話していました。手前の鶴の背中の線と胸の線は別けて描かれているそうなのですが、藤原さんによると、線を描こうと集中するとその丸みに意識が向かなくなってしまうそうです。鶴のバランスが難しいと話していました。

後ろの鶴の薄い墨の線の筆のかすれているところは、丸めて少し広げた和紙を絵を描いている和紙の下に置いて描かれたもののようでした。藤原さんは、最後に鶴の顔を描いて、模写を完成させていました。模写と比べると、若冲のほうが手前の鶴の頭が小さく、身体の楕円形の丸みがふんわりとしていて頭が胸の羽の中に埋まっているような感じで、薄い墨の色はより薄いように思えました。藤原さんは、鳥を触っているつもりで描いていることがすごく伝わったと話していました。模写をして、改めてさすがだなと思えたそうです。

日本美術を研究している学習院大学の小林忠教授によると、若冲の頃の水墨画は中国の「山水画」で、若冲の水墨画のように墨の濃淡の変化が急なものは、中国の山水画からすると“邪道”であり、若冲の水墨画は中国のものとは全く異なるものなのだそうです。若冲にとっては、理想郷を描く山水画よりも、目の前の命を描くことのほうが面白かったのだろうと小林さんは話していました。

若冲が85歳で亡くなった歳に描いたという「鷲図」の掛け軸を、プライスさんは床の間に飾っていました。その「鷲図」と30代後半の頃に描いたという「松に鷹図」を動物園の飼育員の方に見てもらっていたのですが、飼育員の方によると、「松に鷹図」の白い鷹が片足を上げている姿は、リラックスしている状態を表しているそうで、「鷲図」の黒い鷲が羽を膨らませて頭を低くして遠くを見つめている姿は、敵を見定めようとして身構えている状態を表しているそうです。プライスさんは、「鷲図」の鷲は、若冲の自画像ではないかと話していました。鷲が少しも恐れずにまっすぐに見つめているのは、迫り来る死ではないかということでした。

1929年のオクラホマに生まれたプライスさんは、大学卒業後に父親の経営する石油パイプラインの会社に入社し、父親の資産を受け継いだのだそうです。プライスさんは日本画とは縁のない生活を送っていたそうなのですが、父親の会社のビルを設計していたフランク・ロイド・ライトと出会い、1953年、ニューヨークのライトに会いに行った時に浮世絵に興味のあったライトと一緒に入った骨董店で伊藤若冲の「葡萄図」の掛け軸と出会って魅了され、一度ホテルに戻った後でもう一度一人で骨董店へ行き、思い切って「葡萄図」を購入したのだそうです。プライスさんは、墨で描いただけなのに、葡萄の実には重さが感じられ、蔓には成長する力が感じられると話していました。

フランク・ロイド・ライトは、自身の建築について、「自然の構造を完全に把握してからそれ以上の世界を構築しようとしている」と話していたそうで、ライトに影響を受けていたプライスさんは、その自然を知り尽くしそれ以上の世界を作るという思想を、若冲の絵の世界にもあることを見つけたようでした。

「葡萄図」は若冲の40歳代の頃の作品だそうです。プライスさんは、若冲には葡萄棚は必要なかった、その意味では写実的とは言えないが、見ているとこれほど葡萄らしい絵はないことに気付くと話していました。若冲の絵は、その生き物の本質を捉えていて、絵でも十分に命の力が伝わってくるということでした。

プライスさんが江戸時代の日本画の収集を始めていた1960年代の頃、日本で人気があったのは俵屋宗達の作品や浮世絵で、若冲を知る人はほとんどいなかったそうなのですが、辻惟雄さんの『奇想の系譜』によって、次第に忘れられていた伊藤若冲の絵が注目され始めたのだそうです。

プライスさんが「紫陽花双鶏図」などを購入したという京都の骨董店の店主の柳さんによると、プライスさんは1時間以上黙って絵を見ていて、自分の完成に合うものだけを購入していたそうです。日本の美術品は外国人に発見されることが多く、プライスさんがいなければ若冲の人気は出なかったと思うと話していました。2000年に開催された展覧会により、日本でも若冲の人気は決定的になったそうです。

プライスさんは、若冲が実物以上に自然を美しく描いていることに感動しているそうです。自然を超越し、これほど美しく描くことができるのは若冲以外いないと話していました。

若冲の絵には、「葡萄図」に限らず、枯れたものや虫食いの穴のあるものがそのまま描かれていることも多いのですが、銀閣寺で知られる京都の慈照寺で華道の「立て花」という様式を教えている花方教授の方は、枯れることは生きることに向かっていくことで、若冲は、花盛りの時だけが美しいという感覚ではなかったのではないかと話していました。

私は「立て花」という様式を知らなかったのですが、この華道では、花器の中に剣山の代わりの短く切りそろえた藁の茎の束を置き、そこに野原や水辺から採ってきた草花をまっすぐに立てるそうです。虫食いのあるものや盛りの過ぎたものも美しいと考え、堂々と飾るのだそうです。難しそうにも思えるのですが、とてもすてきな花の生け方だと思いました。生けるまでの準備に時間をかけるそうで、「立て花」には、現在、過去、未来という時間の流れも入っているとのことでした。

自然に優劣はなく、どのような命の瞬間も等しく美しいということを、若冲は水墨で表そうとしたのではないかということでした。

「鯉魚図」は、私には一瞬アロワナにも見えたのですが、勢い良く水から飛び出した鯉の上半身が描かれていて、その表現について寺田克也さんという漫画家の方は、時代を超えていると話していました。ヒレは翼のような役目をしているそうです。寺田さんは、水墨画による抽象化は“純化”ということで、ものの本質を描くことがデフォルメにつながるというようなことを話していました。

第2回の最後の、東京大学での「鷲図」を見る人の視点の実験の結果は、鷲が止まっている木の幹の下にあり、また丸い波の上の白い岩?の辺りの右上に向かって描かれた力強い線は、視点を絵全体に向けるように計算されて描かれたものだというものだったのですが、私にはいまいちよく分かりませんでした。

でも、伊藤若冲が最後まで水墨画の可能性を追求していたということは、私にもよく伝わってきました。いつ見てもすごい作品群だなと思います。

「極上美の饗宴」の今回のシリーズでは、私としては特に第3回の「忘れられた傑作たち」がとても良かったです。

最初に紹介されていたのは、葛蛇玉という江戸中期の大阪で活躍していた絵師の「雪中松に兎・梅に鴉図屏風」という大きな作品でした。葛蛇玉は、プライスさんが作品を購入するまで作品の存在が不明の、幻の絵師だったそうです。

闇の世界が描かれているため、プライスさんの部屋の障子を閉めて明かりを消して暗い中で屏風を映していたのですが、映像を見ているだけの私にも、屏風に描かれた黒い闇から白い雪が浮かび上がっているように見えました。

防衛大学の井上准教授の話によると、上田秋成の『雨月物語』が著されたように、当時は「闇」がブームだったそうです。

『雨月物語』の「雨月」とは、闇の世界を表し、それは光がなくて見えないというだけの世界ではなく、見えないけれど別のある力の働く世界だそうで、それを捉える心が当時の人々にはあったのだそうです。井上さんによると、そのもう一つの世界に光を当てたのが上田秋成だそうで、私はその話を聞いて、上田秋成の作品が好きだった江戸川乱歩が、そのもう一つの世界を「今一つの世界」と言って憧れていたことを思い出しました。

第3回では、水墨画家の打矢悳(しん)さんがプライスさんの自宅を訪れ、「雪中松に兎・梅に鴉図屏風」を目の前に見ながら、床に大きな和紙を広げて右の「松に兎」を模写していました。

打矢さんのことも私は知らなかったのですが、冬の雪景色の表現に定評のある方だそうです。打矢さんは、蛇玉の雪と闇の絵を見てすごいと驚いていて、奥へと誘われていく感じだと話していました。

闇の部分の墨のグラデーションは、「片ぼかし手法」という、刷毛全体に墨をつけてからそれを半分水で落として塗る手法で描かれているそうです。元は木の枝を立体的に表すために作られた手法らしいのですが、蛇玉はこれを闇の奥行きを出すために使ったそうです。墨の薄いところは雪原の盛り上がっているところとなり、墨の濃いところが深い闇となり、遠近感が出るのだそうです。

また、雪の描写は、若冲の絵でもそうであったように、胡粉の絵の具を付けた筆を吹いて、紙に吹き付ける技法で描いていました。大きな作品の時は意外と大変そうな手法だなと思いました。大きい雪の粒は、ポタポタと絵の具を紙の上に垂らして描いていました。そして、打矢さんの模写が完成していました。とても本物の作品に近い模写だったように思えました。

兎や松の枝など、手前にあると思わせるものの近くの雪の粒は大きいのだそうです。粒を大きく描くことで、それが近くにあるものだと思わせることができるのだそうです。粒の大きさの実験をしていた女子美術大学の教授は、蛇玉の闇はバーチャルリアリティのように見ている人の環境全体を包み込むと話していました。

この蛇玉の作品をプライスさんに売ったのは、京都の骨董店の梶さんという方の先代の方だそうで、プライスさんは「良い絵だ」と言って誰の作品か分からない異色の作品を買っていったのだそうです。「あんな色彩の」と話していた店主の方によると、当時人気だった屏風は、源氏物語や洛中洛外図や琳派の作品だそうです。

数年前に見つかったという葛蛇玉の掛け軸も紹介されていたのですが、それは静岡県立美術館の所蔵のもののようでした。竹に玉をくわえている蛇がぶら下がっているという絵で、左下に「賛」という漢文の文章が書かれているのですが、内容は、夢の中に現れた蛇から玉を授かったことで絵の才能を得たという、「蛇玉」の名前の由来の説明だそうです。この文章の部分は木版だそうで、美術館の方は、名刺のように配ったのではないかと話していました。

最近、『雨月物語』の「夢応の鯉魚」の鯉の絵師のモデルは蛇玉ではないかという説があるそうなのですが、番組で紹介されていた滋賀県の安土城考古学博物館の「鯉魚図」という3つの掛け軸を見て、私にも何となくそうかもしれないと思えました。特に中央に置かれていた、鯉が飛んでいる絵の勢いがすごかったのですが、氷を割って飛び出しているという説明を聞いてさらにすごい鯉だなと思いました。滝登りをして最終的に龍になる鯉のように思えました。

次に紹介されていた「紅白梅図屏風」は、とても明るくて華やかできれいな作品でした。江戸初期の作品だそうです。金色の背景のとても豪華な作品なのですが、なぜか作者不詳なのだそうです。

一見すると、赤い梅よりも白い梅のほうが多いように見えました。八重咲きの花には厚みがあって、立体感があって、きらきらしているようにも見えました。また、赤色や金色の短冊がところどころに下がっているのがとても優雅な雰囲気でした。はっきりとは分からないのですが、短冊にはススキや桔梗の花が描かれているようでした。

学習院大学の小林教授によると、短冊を描くことで古典的な雰囲気になり、お花見など、何か華やかな儀式の際に使われた屏風ではないかということでした。

次の作品は、江戸中期の山口素絢の「夏冬白鷺図屏風」という、一面に銀箔が貼られている作品でした。発表された当時よりもおそらく黒くなっているためだと思うのですが、銀箔の四角が幾何学的に見えて不思議な雰囲気でした。

森徹山という江戸後期の京都の絵師の未完の大作という「松に鶴図屏風」は、もっと不思議に思えました。井上さんのナレーションでも言っていたように、本当に現代の作品のようでした。現代日本画の美術展に展示されていても違和感がないような気がしました。

右の松の幹の真っ黒な墨で強く描かれているところは、本当に触るとパラパラとはがれ落ちてきそうな松の感じが出ているように思えました。屏風にはたくさんの飛来してくる鶴が描かれているそうなのですが、研究者が数えたところ、千羽いるそうです。子供の鶴も描かれていてかわいかったです。松の黒い線で屏風の余白の白さが際立っているように思えるのですが、中央を横切っている海の灰色がかったというか、少しくすんだような水色が、全体を引き締めているという印象でした。

次の作品は、またとても豪華な作品でした。「簗図屏風」という江戸初期の作品ということなのですが、この作品も作者不詳なのだそうです。

簗(やな)というのは、川に設置する竹で作られた鮎を獲る掛けのことだそうです。作品では、簗や背景の空が金色で表現されていました。銀色の雲は切り金の手法で描かれ、緑色の銀杏の後ろのキラキラした金色は砂子で表現されているそうです。メトロポリタン美術館の研究者の方が金色の成分を調べたところ、空の雲は純金で、雲は銀を混ぜた金で、竹の金にも銀が混ざっているということでした。銀を混ぜたほうが明るくなるからではないかということでした。

簗の部分は、竹の丸さが出るように、胡粉を盛り上げてその上に金箔を置く手法で表現されているそうで、プライスさんの部屋を薄暗くして簗に少しだけ陽の光が当たるようにすると、確かに立体感が出ていて、光の反射の変化もありました。

昔、鮎は朝廷や神社に献上される魚だったそうです。岐阜の長良川で鮎の簗漁をしている方に「簗図」を見てもらいどのような場面かを訊いていたのですが、漁師の方によると、水の色は茶色で流れが強いように見え、それは雨が降って川が増水し川の水が濁った跡で、この時に鮎がたくさん獲れるということでした。また、夜中から明け方にかけて鮎は獲れるため、夕暮れ時か明け方を描いた絵ではないかということでした。漁師の方の説明が論理的でとても分かりやすかったです。

「簗図」の川の黒く見える輪郭のところも銀で描かれていることが分かり、それをCGで再現していたのですが、最初は川面は日の光を浴びて白く輝いていたようでした。もしこの色が本当だとするのなら、私は、明け方の川の描写だったのかもしれないと思います。

最初にこの豪華な屏風を見た時、私はとても偉い人に献上されたものだったのではないかと思っていて、小林教授も、無署名・無落款は署名することが許されないような高貴な人のために作られた屏風だったのではないかと話していたので、やはりそうなのかもしれないと思っていたのですが、今年の8月に亡くなられたという中谷さんという表具師の方は、全く別の意見を持っていたということでした。

生前直接この作品を展覧会で見ていた中谷さんは、この「簗図」は、商家の家訓を表現するために作られたと考えていたそうです。簗も、土手の籠も、鮎を狙うカワセミも、商売上の仕掛けや基礎や機会を逃さないことなどを暗示しているというのです。高貴さとのあまりの落差に私は意外な感じがしたのですが、どちらが真実かはまだ分からないそうなので、それも何だか面白いなと思いました。

「簗図」の画風は、江戸時代の今の山口県の辺りで活躍していた「雲谷派」と呼ばれる絵師の集団のものにとてもよく似ているそうです。

京都国立博物館の山本さんによると、「簗図」の芦の形と雲谷等益の「芦鶴図屏風」の芦の形がそっくりで、蟹の形もそっくりということでした。確かに、芦の後ろの川の描き方もよく似ていました。あと、花鳥画には珍しく銀杏が描かれているということがポイントだそうです。

スタッフの方がプライスさんに「簗図」と雲谷派の銀杏の説明をしたところ、プライスさんは雲谷等的の「四季花鳥図屏風」を壁の棚から出してくれました。私にはよく分からなかったのですが、銀杏の葉脈の描き方などよく似ているということでした。

地方の絵師がいかにすごい腕を持っていたのかがよく分かります、というナレーションを聞いて、以前のこの番組で、彫金家の正阿弥勝義が岡山での暮らしを続けていたためになのか、なぜか帝室技芸員になることができなかったと聞いたことを思い出しました。都市で活躍できなければ埋もれてしまうということは、とても残念なことだと思います。日本の画家だけではなく、外国の作家でも歴史に埋もれてしまっている人はいるのかもしれません。

小林教授は、日本人は作品そのものよりも名前を見ていると話していて、私も気をつけなければいけないなと思いました。

最後、ジョー・プライスさんは、これからも世界中のどこを探してもないようなすばらしい作品を発掘し、他の人々にも見てもらいたいと話していました。江戸絵画の鑑賞法は、リラックスしてじっくりと楽しむことだそうです。どれも絵師たちが丹精込めて描いた唯一無二の作品で、想像を超えた美しさを放っていますと話していました。

プライスさんのような方がいなければ、私もいろいろな作品を見ることはできなかったのだということを改めて思いました。プライスさんは江戸美術の伝道師なのだと思います。

今回のシリーズもとても良かったです。特に第3回では、私の知らない絵を見ることができて楽しかったです。

「ミニドラ」がいたはずの世界

先日のテレビ朝日のサッカー番組「やべっちF.C.」の「ハーイ!やべっち」のコーナーに、ドラえもん(声・水田わさびさん)が出演していて、来年の2012年の9月3日はドラえもんの生誕100年前だと言っていました。

私はリニューアルしてからの「ドラえもん」のアニメを見ていないので、生誕100年前記念のイベントをしているということを知らず、ドラえもんが矢部さんに話しているのを聞いて、確かにそうだったと気付きました。向ヶ丘遊園の跡地に作られた予約制の「藤子・F・不二雄ミュージアム」にも私はまだ行っていませんが、そのミュージアムが9月3日に開館したのも、このドラえもんの誕生日だったからなのだと思い出しました。

でも、私としては、今年のことでもある「2011年」を思うときはいつも「ドラミちゃん ミニドラSOS!!!」という映画を思い出します。

「ドラえもん のび太の日本誕生」と同時上映されていた作品だったのですが、この映画が放映されたのは1989年の3月11日だそうです。ドラえもんの映画が好きだった私は、おそらく映画館でも見たと思うのですが、憶えているのは、小さい頃、私はこの映画がとても好きで、テレビで放送されたものを録画したビデオを何度も繰り返し見ていたということです。ミニドラがかわいくて、とても楽しい映画でした。

それなので、「2011年」と聞くと、私は、のび太くんの子供ののびスケくんたちと、未来デパートから届いたミニドラと、ドラミちゃんが活躍していた、映画の中の2011年の東京のことを思い出します。そして、実際の未来である今の世界との違いにがっかりもしてしまいます。

漫画やアニメの「ドラえもん」で描かれている「未来」は、いつも未来らしい未来のように思えていました。小さい頃の私は、未来、あるいは21世紀の世界は、あのような世界になるのだと漠然と思い込んでいました。今でも少しそう思ってしまう時があります。

未来らしい未来というものがどのようなもだったのかということを、上手く伝えることができないのですが、科学の発達した、きれいで楽しい、色で言えばオーロラのように揺らめく虹色や銀色の世界のような印象です。

「ドラミちゃん ミニドラSOS!!!」で描かれていたような未来は、今の世界ではまだ実現していませんし、もしそのような未来の世界が当時の私の未来にあったとするのなら、それはきっとパラレルワールドでのことなのだと思います。

私には、2001年の9月11日や今年の3月11日の出来事などによって「世界が変わった」というようには、あまり思えません。

21世紀全体についてはまだ1割しか過ぎていないので、この先の未来世界のことはまだよく分かりませんが、2011年の今の世界が、のびスケくんや大人になったのび太くんたちの世界ではなかったということは、はっきりとしてしまったように思います。

元々「ドラえもん」の世界のことなので、それと実際の現実世界が同じであるはずがないとは思うのですが、私は勝手に思い込んでいたので、その違いを少し残念に思ってしまうのです。

今から続くはずの未来の世界は、どのような世界になるのでしょうか。「未来は私が作る」とか「子供たちの未来は今の大人に責任がある」というようなことを述べることのできるような、前向きさや積極性や行動力や実行力は、今の私にはありません。

小さい頃に思っていたような未来の世界というのは、「将来」と呼ばれる未来とは、何というか、これも上手く伝えることができないのですが、少し違うような気がします。

運命によって決まっているものではなく、未来は、今生きている人たちによって作られるものだということは、私にも分かります。そのことから、未来というものはなく、あるのは今だけなのだという意見も、分かるような気がします。

でも、私は時々、世界と私は無関係であるというような気持ちにもなってしまいます。何かとても大きなスクリーンのようなものが私の周囲を取り囲んでいて、私はそれに投影された世界を受け取っているというような印象を受けることもあります。

“生きている実感がない”などというようなことではなく、単純に、今の世界を私が作っているような感じはしないということです。

よく夢を持ったほうが良いと言われているのを聞くことがあるのですが、その夢というものは現実的に許容されるものでなくてはいけないのだろうと思います。そうでなければ、夢はそれを持つ人の“生きる支え”と呼ばれるようなものにはならないと思うからです。

「ドラえもん」の世界は、今でもとても好きなのですが、最近「ドラえもん」を思うと、私は“未来”と現在との違いを思うようになってしまいました。今の「ドラえもん」を見ている幼稚園生や小学生たちは、未来の世界をどのように思い描いているのでしょうか。21世紀に生まれた方たちにとっても、“未来”は「22世紀」以降のものでもあるのでしょうか。少しだけですが、気になります。

「フィレンツェ・ラビリンス ~15世紀の私を探して」

BSジャパンで放送されていた、アクサ生命×杏ドラマスペシャル「フィレンツェ・ラビリンス ~15世紀の私を探して」を見ました。2時間ドラマです。

ノンフィクションライターを目指す雑誌記者の森下典子(杏さん)が、女性誌の企画で会った京都で暮らす前世を見ることのできる夫人から、あなたの前世は15世紀のルネサンス期に活躍したフィレンツェの天才彫刻家のデジデリオ・ダ・セッティニャーノだと言われたことをきっかけに、イタリアのフィレンツェへ行き、デジデリオについて調べる5日間の話でした。

私は未読なのですが、原作は、森下典子さんの『前世への冒険―ルネサンスの天才彫刻家を追って』というドキュメンタリー小説だそうです。また、この本は、元々『デジデリオラビリンス―1464・フィレンツェの遺言』というタイトルで1995年に発表されていたそうです。

ドラマの部分とドキュメンタリーの部分が混ざっているようなドラマでした。杏さんの演じる森下さんがインタビューをしていた慶応大学の教授や、サンタ・クローチェ教会の神父さまや、出生地とされるセッティニャーノ村の郷土史家の方など、役者さんが演じていたのではなく、実際の人物のようでした。

このドラマは、私としては、ドラマというよりは、フィレンツェの観光案内や、美術案内のような印象を受けました。ドラマ仕立てのドキュメンタリー番組という雰囲気でした。

私は彫刻家に詳しくなく、デジデリオという彫刻家のことも初めて知りました。郷土史家の方に話によると、ミケランジェロがデジデリオの彫刻に憧れてセッティニャーノ村の石工の町で修行していたこともあるそうで、私が知らないだけで特にイタリアやヨーロッパのほうではとても有名な彫刻家なのだろうと思いました。デジデリオはレオナルド・ダ・ヴィンチにも影響を与えたそうなのですが、デジデリオの名前の後ろの「ダ・セッティニャーノ」も、「ダ・ヴィンチ」が「ヴィンチ村の」であることと同じように、「セッティニャーノ村の」という意味のようです。

デジデリオの代表作は、アッシジのフランチェスコが作ったと言われているサン・クローチェ教会にある「カルロ・マルズッピーニの墓碑」と、メディチ家が建てたというサン・ロレンツォ教会にある「サクラメントの祭壇」だそうです。

デジデリオは1430年に生まれ、34歳の時に肺結核で亡くなったのだそうです。霊視できる夫人によると、デジデリオは、ポルトガルの王族と町の女性との子供で、小さい頃にセッティニャーの石工の町に里子に出されたのではないかということでした。そのデジデリオには、異母兄弟の弟がいて、それはのちにポルトガルの枢機卿になった王族出身のドン・ジャイメという人だったということでした。ジャイメはとても優秀な人で、ローマ法王になるかもしれないほどの人だったそうです。

サン・ミニアート・アルモンテ聖堂に、部屋全体がそのドン・ジャイメ枢機卿のお墓という場所があり、バルジェッロ美術館の館長さんはそれはロッセリーニの作だということだったのですが、森下記者が神父さんからパスポートと引き換えに借りたポルトガル語で書かれたリスボン大学の教授の著作の本の中に、ドン・ジャイメ枢機卿のお墓の彫刻はロッセリーニ工房に依頼されたものだけれど、顔の部分だけはデジデリオが作ったという記述を見つけていました。

デジデリオ作の天使像は、人間の子供らしく描写されているのですが、何となくふわっとしていて、かわいい感じがしました。教会の奥の部屋の青年の胸像も、穏やかな表情で洋服の描写もとても細やかで、最初それはドナテッロの作ということだったのですが、教会の方によると、実は最近デジデリオの作品ではないかと言われているということでした。そう思って見ると、それはデジデリオの天使像の雰囲気に近いように私にも思えました。

デジデリオがイタリアでは有名な彫刻家だとするなら、ジャイメ枢機卿の彫刻の顔の部分だけはデジデリオが作ったということを隠す必要はないのではないかとも思いました。それとも、それは本当にリスボン大学の教授だけが唱えていた説だったのでしょうか。

デジデリオと弟のジャイメの過去の場面などは、森下記者の想像によるもので、史実として残されているものではないのだろうと思います。でも、500年前の歴史の謎として、面白いなと思いました。

私はこのドラマを何気なく見ることにしたのですが、デジデリオという彫刻家のことも少し知ることができましたし、見て良かったです。森下記者は、“前世の自分”を探しに来たことで、結局は、現在の自分を見つめ直していたということだったように思います。

“前世”については、占いのようなものとしては面白いとは思うのですが、信じているというほどではなく、私にはよく分かりません。

霊視できる女性から前世はヨーロッパの貴族出身だと言われた森下記者が何だか怪しいなと思っている場面を見て、以前テレビ朝日で放送されていた「オーラの泉」という番組を思い出しました。国分太一さんが司会の、美輪明宏さんと江原啓之さんがゲストの芸能人の方の霊視をしていた番組です。私はこの番組を何度か見たことがあるのですが、その中でも芸能人の方の前世は「ヨーロッパの貴族」と言われていることが確かに多かったような印象があります。また、「武家の奥さん」と言われている方も多かったように思うのですが、それは、会社員の奥さんや役人の奥さんと言われるのと同じことなのだろうと思いました。

もしも前世があるのなら、後世もあるのだろうと思います。また、誰にでも前世があるというのなら、今の自分は後世の誰かの前世かもしれないということにもなると思います。今の私を前世とする人が後世に現れたことを考えると、その人はかわいそうだなと思います。ドラマの森下記者も言っていたように、前世を指摘されるのなら、立派な人や有名な人だったと言われるほうが楽しいと思うからです。

数年前、日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』という漫画を貸してもらって読んだことがあるのですが、これも前世をテーマにした作品でした。発表された当時、“前世ブーム”という社会現象も起きていたそうです。

前世を知りたいと思うのは、それが今の自分に何か影響を与えている、あるいは影響を与えてくれると思うからではないかと思います。今の自分を変えたいという気持ちもあるのではないかと思います。

森下さんは雑誌の企画で前世を見てもらっていましたが、私もそのような機会でもなければ、霊視や占いのできる方に見てもらったりすることはないだろうと思います。自分で少し考えてみるというくらいでは前世を思い付くことはできないのですが、もし私にも前世の人がいて、それが立派な人だったとするのなら、その後世の人物が私であることは申し訳ないような気がします。でも、あるいは私の前世の人も、今の私のような人だったかもしれません。そう思うと、少し気が楽になります。

「ドン★キホーテ」最終回

日本テレビの土曜ドラマ「ドン★キホーテ」の最終話(第11話)を見ました。

なかなか感想を書くことはできなかったのですが、私はこのドラマを毎週楽しみにして見ていました。一話完結のドラマで、毎回面白かったのですが、最終回も面白かったです。脚本は、大石哲也さんと根本ノンジさんでした。最終回は大石哲也さんの脚本でした。

最終回は、鯖島さんと鯵沢さんのどちらが6代目の京浜連合総長に指名されるかということと、病弱だった娘の健康を心配するあまり小学校にも通わせない潔癖症の母親の問題が描かれていました。

5代目総長の鰯原修三(鈴々舎馬風さん)の提案で、「極道かるた」で次期総長を決めることになっていたのも面白かったです。「極道かるた」とは何だろうと思いながら見ていたのですが、絵柄や言葉が極道らしい雰囲気の面白いかるたでした。

鯖島さんは鯵沢さん(小木茂光さん)よりもかるたが得意だったらしく、入れ替わっている鯖島さんと妻のあゆみ(内田有紀さん)、若頭の兵頭(松重豊さん)、組員のヤス(山根和馬さん)とケン(青木健さん)に、心の目で見るという独特のかるた取りの指導をしていました。

鯖島組と鯵沢組は引き分けていたので、最後に鯵沢組からは兎田さんが、鯖島組からは児童相談所の仕事を抜け出していたらしい城田さんが参加することになったのですが、城田さんは鰯原総長のくしゃみに反応してフライングをしてしまい、鯖島さんは潔く鯖島組の負けを認めていました。

児童相談所の仕事に戻った城田さんは、病院で母親から離れた娘を連れ出した難波さん(市川実和子さん)や児玉恭子(紺野まひるさん)、松浦幸子(成海璃子さん)から娘を受け取ると、西脇宗佑(三宅弘城さん)が待っていた車に向かったのですが、その病院のある公園の前には鯖島組の事務所があり、ちょうど鯖島組が鯵沢組の組員の秋山からの刺客に襲われているところだったため、銃弾がタイヤに当たって車は使えなくなってしまいました。兵頭さんが刀で銃弾を弾いていたのも何だか楽しかったです。

追いかけてくる母親から娘を引き離すため、城田さんは通りかかった女性から自転車を借り、子供用の椅子に女の子を乗せてヘルメットをかぶせて、商店街を走り去っていました。

自転車の前に乗った女の子は楽しそうに、街の匂いや看板の文字について城田さんに訊いたりしていました。途中で出来たてのコロッケを買っていて、食べる前には手を洗うと言う女の子のために城田さんがお豆腐屋さんで水道を借りていたのも良かったです。

児童相談所で娘を心配して待っていた母親は、娘が楽しそうに話すのを聞いて、医師からも言われていたように、娘が健康に成長していたことを実感したようでした。タクシーを呼ぶのを断って、娘と歩いて帰りますと言って児童相談所から帰っていきました。

鯖島組の事務所から出た時、公園から秋山が鯖島さんを狙って発砲してきて、公園を横切っていた幼稚園児たちは先生たちと逃げていたのですが、一人の逃げ遅れた園児を守ろうとして、鯖島さんの城田さんが背中から撃たれてしまいました。

“殉職”しそうな鯖島さんの城田さんが面白かったです。死にそうになったり、言い残したことがたくさんあって生き返ったりを繰り返してしていました。二人は会えて良かった、お互いに入れ替わって良かったと言っていて、そして、ついに死にそうに?なっていたちょうどその時、空にあの赤黒い怪しい雲が現れて、城田さんと鯖島さんは元に戻っていました。鯖島さんは痛くなくなり、元に戻った城田さんが痛がっていました。血は全く出ていなかったのですが、それも何だか良かったです。

鯖島さんと城田さんが喜んでいると、二人の後ろで何と兵頭さんと西やんが入れ替わって慌てていて、最初の鯖島さんと城田さんのようにスーツを取り替えていて、面白かったです。鯖島さんたちは、戸惑っている兵頭さんと西やんを放っておいていました。

かるたで潔く負けを認めていた鯖島さんが6代目総長に選ばれていて、鯖島組のみんなは喜んでいました。鯵沢組は鯖島さんの傘下になったようで、鯵沢さんがお祝いに来てサルサの演奏も手伝っていました。秋山は破門にされたようです。元に戻った鯖島さんがあゆみさんから何だか知性がなくなったと言われていたのも面白かったです。城田さんは、メガネをかけて児童相談所の仕事に向かっていて、職員たちから雰囲気が変わったと言われていました。

二人はお互いの雰囲気を残しつつ元に戻ったようで、成長物語でもあったように思えました。児童相談所を舞台にしていたのですが、道徳観や人情を押し付けていないような作りも、私には良かったです。

あと、城田さんの扱いが上手かった所長の水盛ミネコ(小林聡美さん)も良かったです。幸子の母親代わりのミネコさんは、落ち着いて受験勉強ができるようにと幸子に自宅の合鍵を渡していて、ずっと施設に預けられていた幸子は鍵を持つのは初めてだと喜んでいました。そして、性格も前向きになったようで、なぜ幸子が友人関係を続けているのか分からないような派手な友人たちとも対等に付き合えるようになっていました。

全体的に面白かったのですが、松田翔太さんの鯖島さんと、高橋克実さんの城田さんがとても良かったです。最初は、「入れ替わり」の設定に重点が置かれているのかと思っていたのですが、「入れ替わり」はそれほど問題にされていないように思えました。鯖島さんと城田さんの雰囲気が自然な感じで、楽しくて、見ている私もほとんど気にならなかったからかもしれません。怪しい雲の謎も分からないままだったのですが、それも気にならなかったです。もしかしたら鯖島さんたちの前にも誰かが入れ替わっていて、あの雲が出る度に、これからもどこかで誰かが入れ替わったり元に戻ったりするのかなと思いました。

「ドン★キホーテ」という『ドン・キホーテ』からのタイトルも最初は少し不思議に思えていたのですが、オープニングの絵本の映像の雰囲気も明るくて良かったですし、スペイン風の?音楽も良かったです。“極道”の雰囲気が「ごくせん」の大江戸一家のように明るく描かれていたのも良かったです。毎回安心して見ることのできる、とても楽しいドラマでした。
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