「カーネーション」最終回

毎週楽しみに見ていたNHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」の、最終週(第26週)の最終回(第151回)までを見ました。

最終回は、イギリスでは前日が母の日だったという2006年の3月に92歳の小原糸子(夏木マリさん)が大往生した日の後の世界が描かれていて、それも少し斬新だなと思えたのですが、最後、2010年の糸子さんの幽霊?も楽しみにしていた自分の「朝ドラ」を、朝、病院のお年寄りの一人がロビーのテレビで見始め、「カーネーション」の第1回で小さい糸子(二宮星さん)がだんじり祭りへ行く父親を見送っていた場面がそのテレビで流れた後、尾野真千子さんの糸子と二人で歌を歌っていた場面があって、これからまたドラマが始まるかのようにオープニングの赤い服の女の子と椎名林檎さんの歌の映像が流れ始めて、そこに今までの糸子たちの場面も流れていて、私もドラマのいろいろな場面を思い出しました。オープニングのように終わるというのも斬新に思えたのですが、最終回としてきれいにまとまっている感じがして、とても良かったです。エンディングの「おしゃれ写真館」は、二宮星さんと尾野真千子さんと夏木マリさんの3人の糸子の揃った写真でした。

「カーネーション」は、とても良い「朝ドラ」になったのではないかと思います。渡辺あやさんの脚本では、登場人物たちの良い面もあまり良くないかもしれない面も同じくらいの比重で丁寧に描かれていたように思えて、それもとても良かったです。

第22週の土曜日の第127回最後、あるいは第23週の第128回から登場した夏木マリさんの糸子は、時代が一気に昭和60年になり、糸子自身も72歳になっていたということもあって、私としては、やはり夏木マリさんに代わって良かったのではないかと思いました。尾野真千子さんの糸子はとてもすてきでしたが、理香(小島藤子さん)という15歳の孫も登場しましたし、72歳から92歳までをもし“老けメイク”で演じることになったとしていたなら、それは少し不自然のようになってしまっていたのではないかと思います。

私はファッション界のことをよく知らないのですが、ドラマの中で日本や世界のファッションの変遷などを辿っていたのが楽しかったです。イブ・サンローランさんが引退したことなども盛り込まれていて、当時この話題をニュース番組で聞いた時のことなどを思い出しました。

私は前作の「おひさま」を途中で挫折してしまったためあまり見ていないのですが、「おひさま」でも今作の「カーネーション」と同じように戦争時代が描かれていたと思います。その「おひさま」と違い、「カーネーション」では、戦争に行った人たちは、戦死者となって帰ってきていました。葬列の場面が何度も登場するのは見ていて少し辛かったのですが、それを描くのはとても大切なことだと思いました。

どの回も良かったのですが、私としては特に、第15週や第16週の、二人の息子を戦争で失ってから長い間塞ぎ込んでいた安岡玉枝(濱田マリさん)と、パンパンと呼ばれる人になって身をやつしていた吉田奈津(栗山千明さん)とが、特に何かを言わなくても会っただけでお互いに精神的な支えになって、今までの苦しい思いを乗り越えて立ち直っていたところが、とても良かったです。

晩年の奈津が登場していたのも嬉しく思いました。その晩年の奈津は江波杏子さんが演じていたのですが、江波さんの奈津も今までの奈津の気高い?雰囲気があって良かったです。

第23週から最終週までは、それまでよりももっと時代の進み方が早く、あっという間だったような気がします。後半は感動の要素が強かったようにも思うのですが、ある日病気で倒れ、治療の結果一命を取り留めた後の翌朝から、なぜか世界の全てのものを美しいと思えるようになったという糸子の気持ちが、何となくですが、私にも伝わってきて、良かったです。そのような気持ちになることができたらすごいのだろうなと思いました。

15分のドラマの中に面白い要素も盛り込むというのは、意外と大変なことなのではないかと思います。でも、NHK大阪放送局の制作の「芋たこなんきん」もとても面白かったのですし、今回の「カーネーション」も毎回面白い場面がありました。

最終週のタイトルの「あなたの愛は生きています」は、カーネーションの花言葉でした。糸子の大往生の前も後も、世界の描写は華やかで明るいままで、糸子の存在感の優しい感じもあって、まさにこの言葉の通りのように思えました。

コシノ三姉妹の母親の小篠綾子さんをモデルにした、着物の時代に洋服と出会った女の子のお話は、とてもすてきなお話でした。最後まで見ることができて良かったです。楽しかったです。

「家族八景」最終回

TBSの深夜枠のドラマ「家族八景 Nanase,Telepathy Girl's Ballad」の第10話(最終回)「芝生は緑 ~高木家編~」を見ました。

今回の第10話は、前回の第9話の続きで、市川家での仕事を終えて隣の高木家に来た人の心が読める家政婦の火田七瀬(木南晴夏さん)は、市川家と高木家の夫妻がお互いに隣家の夫妻に惹かれていることについて、「どんな誤解や錯覚にも真実は含まれているはず」と考え、「能力者としての倫理」で、その夫妻たちの願望を実現させようと、高木家の夫の輝彦(大河内浩さん)とその妻の直子(野波麻帆さん)に、市川家の妻の季子(星野真里さん)がお昼休みに商店街の喫茶店に行くことやその夫で設計士の省吾(西村和彦さん)が新しいスーパーの現場に行くことを教え、浮気をする二組をそれぞれ会わせていました。

輝彦さんと直子さんの意識を追いかけた七瀬は、二人が自分の予定通り浮気相手と会っていることを知って面白がっていたのですが、その二組が次に食事の約束をした場所が同じホテルの場所であることは予定ではなかったようで、少し心配をしていました。

食事をする約束の日、二組は鉢合わせてしまったようで、怒りながら帰ってきた直子さんは、輝彦さんが浮気をしていたかもしれないということだけではなく、急に黙り込んだ省吾さんのこともあんな男だとは思わなかったと怒っていました。その後、気まずい様子で自宅に戻って来た輝彦さんは、直子さんが怒っているのではないかと怯えつつ、その場で季子さんが急に泣き出したことに呆れていました。

お互いに浮気の確証がないため、二人とも相手への嫉妬心を抑えながら変な笑い方をして黙って椅子に座っていたのですが、急に七瀬に「おやすみ」と言い残してリビングを出て寝室へ向かい、七瀬によると、お互いに相手の身体に?挑戦と復讐をしていたということでした。

高木夫妻は、結局、お互いを「愛している」という結論に達していたようでした。そして、中年男女の貪欲さに負けたと言っていた七瀬は、高木家を出て行くことになったようなのですが、朝、高木家の部屋を出てエレベーターに乗ろうとした七瀬の目に映ったのは、左目にガーゼをつけて目の周りを紫色にしながらもなぜか笑顔でドアを磨く季子さんの姿でした。

今までいろいろな家庭の家政婦をしてきて、どのような性格の人間にも良い面と悪い面があると知り、「一角の人間学者になった」と思っていた七瀬でしたが、まだまだ私には分からない複雑な心が人間の中にはあると思い直し、自分の能力の持つ意味は分からないけれど、「ただ、人の心を覗く時、そこにはいつも驚きがある」と、これからもどこかの家庭で家政婦を続けて生きていくかもしれないことを思っていました。

第9話と同じく、脚本は上田誠さん、演出は堤幸彦さんでした。

物事や人の心理の裏側というか、別の側面には何か計り知れない複雑なものがあるということを示すためには、軽妙な展開の物語のほうが合っているということでもあったのかもしれないのですが、私としては、先の第8話を最終回にしたほうが良かったようにも思えてしまいました。

脚本家の方が違うためということもあるのかもしれないのですが、例えば第8話で、自分の能力によって人の心を支配できてしまうことを恐れ、人との積極的な関わりを避けてきたと話していた七瀬が、第10話では「能力者としての倫理」として、積極的に人の心を読んで操り、相手の“不道徳な”願望を実現させようとしたというのは、私には少し不自然のように思えました。

筒井康隆さんの原作小説『家族八景』を未読なので、小説とドラマの違いなどはよく分からないのですが、性的な要素が少し強かったように思え、それが私には少し苦手に思えてしまうところでした。私としては、第8話の他には、第3話が良かったように思います。

「3.11後を生きる君たちへ」

先日のNHKのEテレのETV特集では、吉本隆明さんの追悼企画で、2009年の1月に放送された「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」が再放送され、私も再びこの放送を見ていたのですが、その後の深夜に放送されて、録画をしておいた「3.11後を生きる君たちへ ~東浩紀 梅原猛に会いにいく~」という番組も、とても良かったです。

NHKの「震災から一年 明日へ ―支えあおう― 東日本大震災プロジェクト」という企画の一つのようでした。

哲学者の東浩紀さんと東さんに賛同する20代から30代の10人ほどの若い人たちが、大震災から一年経つ3月10日に、京都で暮らす哲学者の梅原猛さんに会いに行き、“東日本大震災後”の人類はどう生きるべきかについて尋ねるという内容の番組でした。

16日に亡くなった吉本隆明さんも87歳でしたが、梅原猛さんも87歳なのだそうです。このことについても、何だかすごいなと思います。

人類がどう生きたら良いかということについて、梅原さんは、西洋哲学では答えが出ないと考え、日本文化の研究を始めたそうです。梅原さんは、今回の東日本大震災を「人災」を超えた「文明災」と捉えているそうで、今の「人間中心主義」の文明を変えなければいけないと話していました。

デカルトの「人間中心主義」の思想から始まったものが、産業革命につながり、科学技術は進歩したけれど、自然破壊や環境破壊につながったということでした。デカルト的な西洋文明は、自然支配や人間支配を行う「意志の文明」なのだそうです。

そこで梅原さんは、日本古来の文明の中に、何か新しい発見があるのではないかと考え、日本の古い文明や文化を研究してきたのだそうです。

梅原さんは、「草木国土悉皆成仏」の言葉を挙げて、日本の自然と共存共生する生き方や考え方が大切だと話していました。また、梅原さんは、宮沢賢治の童話の中で人間以外のものが人間の言葉を話したり、人間のような感情を持っていたるすることについて話をしていて、東さんはアニメのキャラクターを実在するように思う人がいることや日本では他の国と違って人間的なロボットが作られていることなどについて話していたのですが、それは、日本には古来の“アニミズム”の考え方が今現在でも強く根付いているという意味の話のようでした。

また、アイヌのイヨマンテ(熊送り)の例を出して、「永劫回帰」的に連続する生命があることや、自然に対する畏れの気持ちが大切だということを話し、その自然への畏敬の念が文明の中心になくてはならないのではないか、と話していました。「草木国土悉皆成仏」のような、自然と共存する思想は、世界共通の哲学になり得るということでした。

古代エジプトと日本の共通点は、太陽の神様と水の神様を祭る農耕の文明であることだそうです。でも、梅原さんによると、その自然と共生する古代の文明を、ギリシャ文明が破壊してしまったのだそうです。ギリシャには森がないと話していました。私はよく知らなかったのですが、ギリシャ文明は海賊の文明なのだそうです。

そのギリシャ文明を取り入れて西洋文明が発達し、現代の「原子力」の科学技術文明までつながっているのだそうで、梅原さんは、太陽と水の崇拝を人類は再び獲得する必要がある、そうしなければ人類は存続することができないのではないかと話していました。

それから、東さんは、先の大津波などの“怒る自然”とどのように共存するべきかについて尋ねていました。梅原さんは、自然の恐ろしさの一面に対して、古代の人たちは捧げものをして、恐ろしい自然を恵の自然に変えてきたと話し、西洋文明は、この自然の二面性を忘れているのだと話していました。

自然の怒りによって引き起こされてしまった大震災への備え?としては、いつも覚悟をしておくことだと東さんたちに話していました。確かに、それしかないような気がします。

西洋哲学からどのように脱却するべきかについて、梅原さんは、ハイデッガーの、自然と人間を分けて考える限り人間中心主義から逃れることはできないという考えや、「白楽天」という世阿弥の能の話を挙げていました。私はこの物語のことを知らなかったのですが、「白楽天」とは、中国の詩人の白楽天が九州に来て、中国の詩の良さを伝えようとしたそうなのですが、九州の住吉明神は日本の和歌は、人間のことだけを詠む中国の詩と違い、鶯のことも波のことも詠むことができると話し、納得した白楽天が中国へ帰っていく、という物語なのだそうです。

日本が世界に果たすことのできる役割とは何かについて、梅原さんは、日本は、広島や長崎の「原爆」の被害と福島の「原発」の被害という、西洋が経験していない西洋文明、科学技術文明のマイナス面を知っていると話し、西洋文明を取り入れなければ発展できないという時代は終わったというイギリスの歴史家のトインビーの言葉を引用して、新しい文明を作るべきだと話していました。西洋文明を否定するのではなく、東洋文明の良いところを、日本人が世界にアピールしたり、提案したりすることが大切ということのようでした。

最後、参加をしていた中の一人の方が、大震災による多くの死とどう向き合えば良いのかと梅原さんに尋ねていました。その方は、多くの人たちが、この一年間、何かしなければと焦っていたのではないかというようなことを話していました。

梅原さんは仙台の生まれだそうで、梅原さんの母親も宮城県の石巻市の人なのだそうです。戦争でたくさんの死者に接し、その戦争時代を生きてきた梅原さんは、戦後、勇敢な人たちは戦死したのに自分は生き残ってしまったということに罪悪感があり、後ろめたさのようなものを感じながら生きてきたということを話していました。今回の震災が、戦争のイメージと重なったそうです。戦争の悲惨な状況を見て新しい哲学を作ろうと思った、それが鎮魂だったと梅原さんは話していました。

そして、思想とは「一粒の麦」であり、自分の蒔いた思想の種が育ってくれればいいなと思うと話して、ありがとうございました、と会を終えていました。

梅原さんと会った東さんは、千年以上続く日本文化の中に自分たちはいるのだということを改めて思ったようでした。次の世代の自分たち自身が考えていかなくてはいけないと話していました。

私も思想や哲学の話を聞くのが好きなので、楽しかったです。良い番組だったと思います。1時間ほどの番組だったのですが、実際には、3時間近く?話をしていたそうです。

梅原さんによると、梅原さんの京都の自宅の場所は、足利義政が最初に銀閣寺(慈照寺)を建てる予定の場所だったのだそうです。調べてはいないそうなのですが、その噂があるそうです。お庭には、池と石灯籠があり、公園のようにも見えました。周囲には山々が連なっている様子でした。最近、野生動物が多く出てくるようになってきたのだそうです。

自然と共存するということは、今までも行われてきていたように思うのですが、今までよりももっと、世界中で、その思想が必要になっているということなのかもしれません。アニミズムの考え方も、よくあるというか、私には自然のことのように思えているのですが、それは日本の中でだけで世界ではまだ珍しく、あるいは、もしかしたら日本の中でも少なくなってきているということなのかもしれません。

国会議事堂は石造りで、しかも都心にあるので、それがもし梅原さんの家のように、木造の建物で、森に囲まれた山村にあったなら、政治の流れは、自然や生き物を大切にするという穏やかな方向へ変わるのかなとも思いました。

私は東日本大震災の日を「3.11」と呼ぶ言い方に、まだあまり馴染むことができていないのですが、それでも一応私も「3.11後」を生きている人だと思うので、今までとは違う何かについても自分で考えていかなくてはいけないのかもしれないということを改めて思いました。

戦争時代を体験した梅原さんとは違うかもしれないのですが、梅原さんが話していたように、震災後、震災で亡くなった人たちがとても良い人たちだったという話を報道を聞くと、どうして私ではなかったのだろうという、何というか、罪悪感のようなものを、私も持っていました。今でも、時々そのような気持ちになります。

でも、私は、今の「東日本大震災後」は、先の昭和時代の「第二次世界大戦後(あるいは、太平洋戦後)」とは違うのではないかと思いました。何が違うのかはっきりとは分からないのですが、今回の震災後を戦後と「似ている」という意見を聞くと、そうではないような気がするのです。

ところで、今回の番組の内容とは関係がないのですが、以前、梅原猛さんは、「脳死は人の死ではない」という考えから、脳死臓器移植に反対ということを話していました。私も「脳死は人の死ではない」と思うので、当時梅原さんの意見を聞いた時には嬉しく思ったのですが、今でも梅原さんはそのような考えを持ち続けているのでしょうか。番組を見ていてこのことを思い出し、少し気になりました。

「カゲロウの羽」

日曜日のお昼の頃にNHKのBSプレミアムで放送され、録画をしておいた、NHK高知放送局開局80周年記念ドラマ「カゲロウの羽」を見ました。「高知発地域ドラマ」です。

「カゲロウの羽」というタイトルを聞いて、私は最初それが何のことか分からずにいたのですが、高知であることと、主人公の父親の楠木弦之助(石橋蓮司さん)が自宅の隣の工場で和紙を漉いている場面を見て、いつか何かの特集で見た「典具帖紙」のことを思い出しました。

高知県の仁淀川のある街を舞台にした45分ほどの、最近の地域ドラマでは少し短めのドラマだったのですが、さわやかな作品でとても良かったです。昨年の8月の頃に、NHKで「仁淀川 知られざる青の世界」という特集を見て、私は初めてこの清流のことを知りました。仁淀川の水の海へ出るまでを、四季を追って紹介する番組で、写真家の高橋宣之さんが美しい風景を切り取っていました。本当に透明な美しい水の流れている川で、映像を見ていて、とても驚きました。川の青い色は「仁淀ブルー」と呼ばれているそうです。昨日のNHKスペシャルでも「仁淀川 青の神秘」というタイトルで放送されていました。映像は少し違っていた部分もあったように思うのですが、再編集をした番組だったように思います。ドラマの中で三郎さんが持っていた雑誌の水中のカワガラスの写真は、高橋さんの撮影した「ブルーエンジェル」だったのかもしれません。

ドラマの主人公は、小学校で給食指導をしている42歳独身の楠木小夜子(あらいすみれさん)でした。土佐典具帖紙を作る和紙職人の楠木弦之助(石橋蓮司さん)の父親と30年近くの二人暮らしをしていたある日、近所の郵便局の奥さんの村山敏子(角替和枝さん)が持ってきたお見合い写真の相手の香川県の医師で47歳の崎岡直也(槌谷大作さん)に、小学2年生の子供がいると聞いて、最初は断ろうとしていた崎岡さんと会うことにしたのですが、お見合いの途中、急患の連絡を受けた崎岡さんは病院へ戻らなければならなくなり、小夜子さんは、父親から一人で家に帰るよう言われた息子の晴(込江海翔さん)を自宅で預かることにしたのでした。

小夜子さんの父親の弦之助さんは無口な職人さんなのですが、5歳の頃に母親を亡くしたという晴君も無口な子で、その二人の雰囲気が何だかとても良かったです。

ドラマの冒頭で、中学生の頃の小夜子さん(梶原妃菜子さん)が、雨の音のする中、仁淀川の沈下橋という橋の手前で佇んでいて、現在の大人の小夜子さんもその橋を渡ることができずに迂回していたのですが、それは、大雨の日、小夜子さんを迎えに行った母親のゆみこさんが、増水した仁淀川の鉄砲水に流されて亡くなってしまったためでした。

それ以来、小夜子さんは父親と二人で暮らしていたようなのですが、それまで結婚をせずにいたのは、父親を一人にすることを心配しているからということだけではなく、母親の死の原因が自分の嘘にあったことを後悔していたからでもあったようでした。

母親の亡くなった日、小夜子さんは幼馴染みの宮田三郎(荒川良々さん)の家のコウゾを採る仕事を手伝いに行くと母親に言っていたようなのですが、本当は男子生徒と街へ遊びに行っていたようでした。母親が自分の嘘を信じて、三郎さんの家に小夜子さんを迎えに行こうとして沈下橋を渡ろうとし、鉄砲水に流されてしまったということでした。

弦之助さんと一緒に和紙漉きをした晴君が、そのはがきの大きさの和紙に亡くなった母親へ「お誕生日おめでとう」と書いているのを見た小夜子さんは、その日だったらしい晴君の母親のお誕生日のお祝いのケーキや料理を作り、晴君も喜んでいました。

朝、弦之助さんが作って置いてくれたらしい白い和紙の凧を、小夜子さんと晴君が仁淀川の川原のところで揚げていた場面も、さわやかでした。

晴君が帰る日、弦之助さんは工場に掛かっていた、紅や梅の色のような濃く明るいピンク色の、とても薄い典具帖紙を晴君にプレゼントしていました。向こうが透けて見えるほどとても薄い和紙なのですが、簡単に千切れることのないほど丈夫な紙でもあるようで、「カゲロウの羽」と呼ばれているそうです。この羽でどこまでも飛んで行ける、と聞いた晴君は、小夜子さんと道を歩きながら、その和紙を光に透かしながら、風にふわふわとさせていたのですが、強い風が吹いた時に飛ばされてしまい、晴君は舞う和紙を追いかけて走り出し、坂を下って沈下橋の上を走り、晴君を追いかけた小夜子さんも思わず橋を渡り、和紙のために仁淀川へ落ちそうになった晴君を捕まえると、小夜子さんはその場に座り込んでいました。

橋に恐怖心のあった小夜子さんは、最初は晴君に手をつないでもらっていたのですが、少しして、仁淀川の周囲の静かで穏やかな雰囲気に気付いた感じになって、辺りを見渡していました。そして、晴君を迎えに来た崎岡さんに気付いた晴君は父親のところへ走り出し、小夜子さんもごく自然にその後を歩いていて、バードウォッチングと写真が趣味の三郎さんを驚かせていました。

敏子さんの「オーダー」が「通販」だったところも面白かったのですが、盛大な結婚式をしないと決めた小夜子さんのために、敏子さんは白いワンピースを送ったようで、いつも黒い感じの地味な洋服ばかり着ていた小夜子さんは、その半袖の白いワンピースを着て父親に挨拶をしようとしていたのですが、娘からの挨拶の場面のテレビも消していた弦之助さんは、早めに逃げてしまったようで、代わりに玄関に置いてあったのは、とても薄くてきれいな、仁淀川の水色の大きな「カゲロウの羽」でした。

その羽の色は、三郎さんが小夜子さんに話していた、黒いカワガラスが仁淀川に潜った瞬間に見せる青い輝きでもあったようでした。

3ヶ月後の小夜子さんの手紙によると、晴君は、自分のことを「おばちゃん」と言っていた小夜子さんを、お母さんと呼ぶことにしたようでした。良かったです。

脚本は大山淳子さん、演出は堀内裕介さんでした。

仁淀川や典具帖紙という地域ドラマらしい要素も良かったのですが、自分の嘘で母親を死なせてしまったことを誰にも言えずに苦しんでいた小夜子さんが描かれていたことや、娘の嘘と苦しみを知ってからも、川の流れのように、自然に事態を受け留める弦之助さんが描かれていたことも、良かったように思います。

ところで、2008年に放送されていた、池端俊策さんの脚本で、緒形拳さんや田中裕子さん、玉山鉄二さんの出演していたNHK広島放送局の開局80年記念ドラマ「帽子」が、先日、NHKのBSプレミアムで再放送されていました。当時の初回の放送や、先日のこの再放送も含め、もう4回くらいこのドラマを私は見たのではないかと思います。とてもすてきなドラマで、見始めるとつい最後まで見てしまいます。

これからもすてきな地域ドラマが作られるといいなと思います。

「新・皇室入門」という番組

土曜日の深夜というのか早朝というのか、午前3時頃、フジテレビで「新・皇室入門」という番組を放送していました。私は前日に番組表を見てこの番組のことを知り、何だろうと思い、一応録画をしておくことにしました。

その録画をしたものを見たのですが、番組によると、10代や20代の若年層は天皇家に対して「何の感情も持っていない」、つまり「無関心」なのだそうで、これからの日本を担う若者たちがこれほど皇室に無関心で良いのか、という心配?がこの番組の基礎になっていたようでした。

番組が行ったアンケートの表が示されていたのですが、それによると、「尊敬・好感」よりも「何の感情も持っていない」のほうが多く、半数以上になっていました。例えば20代では、62%の人が「無関心」なのだそうです。10代から70代以上の全てに「反感」の人がいることにも少し驚いたのですが、それは一応、一桁でした。

スタジオゲストには、評論家の金美齢さん、学習院女子大学教授の畠山圭一さん、元NHKのキャスターで外交評論家の磯村尚徳さん、そして旧皇族竹田家の竹田恒泰さんが来ていて、天皇や皇室についての話をしていました。

畠山さんは、天皇家があることで日本はまとまっていると話し、旧皇族の竹田家の竹田恒泰さんは、アメリカのマッカーサー元帥の話をして、天皇陛下は自らの命を投げ出しても国民を守り、毎日国民の幸せを祈る存在なのだと話していました。

サンマリノ共和国のカデロ大使という方は、古い歴史を持つ天皇がいるのは日本しかなく、神秘的なイメージがあると話していました。今上天皇の人柄にも惹かれたそうです。

125代続いているという2600年の長い伝統を持つのは日本の天皇家だけで、そのことに対する敬意が外国に方たちにあるのだそうです。

また、2000年の5月に反日感情の強いオランダを訪問した天皇皇后両陛下の姿に接して日本人に対する嫌悪の気持ちが好印象に変わったという現地のダニエラ記者は、両陛下について高い格式を持っていたと話していて、それについて、金美齢さんが、国民全員の幸せを祈る存在として、格式の高さは必要で、それがあるから天皇陛下の姿を見る人を感動させる、格式の高さを約2600年の間保つのはすごいことで、そのために選挙権も宗教の自由の発言の自由もなく、ただ祈るために存在するというようなことを話し、スタジオに来ていた一般の人たちの中の女子大学生の人の意見に対して、ラッシュアワーの電車に乗れなどというのはとんでもない意見だと話していました。

磯村さんは、イギリス王室のダイアナ元妃が事故死した事件を上げて、「開かれた皇室」というけれど、日本の皇室は神秘的なところを残しているからこそ続いているのだというようなことを話していました。

畠山さんの学生の「ソフトパワー」の話が印象的でした。番組によると、ソフトパワーというのは、自国の社会的価値観や文化や政治が他国に好印象を持たれることによって外交的に有利に働くことだそうです。畠山さんのところにそれについて調べていた学生がいたそうで、その学生は最初は皇室外交もソフトパワーの一種だと考えていたそうなのですが、研究するうちに、皇室外交はソフトパワーではなく、そもそもパワーではなく、自らを全く主張しない外交であることに気付いたそうです。ただひたすら相手に誠意を持って接し、相手の良いところを引き出し、そのような姿勢で外交に臨み、それがいつの間にか相手を包み込んでしまうという外交なのだそうです。

天皇陛下のご学友の織田さんの、本を借りようとしたら国の本だから書き込みをしてはいけないと言われた話も面白かったです。

畠山さんは、国民がいて受け継いできたからこそ天皇家の長い伝統は続いてきたので、その事実が何よりも天皇家の価値を物語っているのではないかというようなことを話していました。また、磯村さんは、本物の品位を体現しているのが天皇陛下だと話し、今流行している“絆”のことを言って、天皇制はいわば日本人の絆なのだと話していました。

最後に、金美齢さんは、天皇陛下のお言葉を疑う人がいないということ、みんなが天皇陛下のお言葉を正しいと思い、素直に受け入れることが一番大切なことだと思うと話していました。

3時台という不思議な時間帯で放送されていた番組で、私は初めて見たのですが、意外と良い番組だったと思います。私は毎回見ることができているというわけではないのですが、民放では早朝に15分ほどの皇室の番組を放送していて、その流れの番組かなと思いました。

先日の3月11日、東日本大震災の一周年追悼式に天皇皇后両陛下が出席なさっていました。手術を終えたばかりの天皇陛下が式に出席なさったことも、天皇陛下が万が一倒れた時にすぐに対応できるようにという理由で美智子さまが和装をなさっていたということも、本当にすごいなと思いました。

追悼のお言葉の中で、天皇陛下は「安全な国土を目指して進んでいくこと」、「人々が安心して生活できる国土が築かれていくこと」を大切だと伝えていました。式に出席していた野田首相や政府関係者の人たちは、どのような気持ちで陛下の願いを受け取ったのでしょうか。

番組の画面の下のほうでは視聴者からのメールが紹介されていたのですが、そこにもあったように、天皇皇后両陛下は、日本人の模範であり、理想の姿なのだろうと私も思います。

番組の結論としては、若い人たちが皇室に無関心なのは、皇室について知る機会が少ないからなのだ、というものだったように思います。私も皇室や天皇制について詳しくないので、例えばテレビ番組でも、もっと定期的に皇室と日本についての基礎的な特集を組んでほしいように思いました。

NHKの教育テレビなどでも放送されると良いと思うのですが、みんなが知っているものと思っているからなのか、それとも特に意識していないからなのか、あるいは、何か理由があってそのような基礎を伝えることが規制されているのか、よく分からないですが、今のところ、NHKでも民放でも、確かにこのような基礎を教えてくれる番組はないように思います。

近年問題になっている男系男子の問題や女性宮家の問題や女系天皇の問題なども、私にはいまいち難しく、何が正しいのか、まだよく分かりません。

本などを読んで自分で調べるのが一番良いのかもしれませんが、テレビやラジオなどたくさんの人たちに分かるところで分かりやすく丁寧に放送することも大切なことなのではないかと思います。また、テレビ局が「皇室に関心を持ってほしい」と強く願っているのであれば、今回のような番組は、お昼とか、夕方とか、夜の9時頃までの“ゴールデンタイム”のような時間に放送したほうが良かったのではないかなとも思いました。
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Author:カンナ
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