水俣病の給付の申請が打ち切りになるということ

先週放送され、録画をしておいた、NHKの「クローズアップ現代」の「水俣病“真の救済”はあるのか ~石牟礼道子が語る~」を見ました。

今年の6月頃、総合テレビで「NHKアーカイブス」のシリーズ環境「水俣からの問いかけ」という番組が放送されていて、それを見て、改めて水俣病の問題や「公害病」問題の怖さを思いました。

今回の番組は、環境省と細野環境大臣が、3年前に作られた水俣病特別措置法(水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法)に基づく給付の申請を、今年の7月31日まで(つまり、明日です)の期限と定めたことについての特集でした。番組では、主に熊本県の水俣病が取り上げられていたのですが、新潟県の昭和電工から第二水俣病(新潟水俣病)も同時に申請が打ち切られるのだそうです。

小学校でも習うほど重大な事件なのですが、「公害の原点」と言われる「水俣病」は、「チッソ」という化学工業会社の工場が約12年間に渡って海に流し続けた廃液によって熊本県の水俣湾一帯がメチル水銀で汚染され、汚染された魚や貝類を食べるという食物連鎖によって引き起こされた、中毒性の中枢神経疾患だそうです。

番組によると、初めてこの病気の症状が保健所に届けられたのは、56年前のことだそうですが、政府は一度も環境被害や健康被害の調査を行わなかったのだそうです。

“認定患者”となったのは2200人ほどで、その他にまだたくさんの“未認定患者”がいて、近年の水俣病特別措置法に申請している人は5500人超で、さらに埋もれている患者の数は広がっているということということなのですが、そのような中、政府は、今月末にその申請を打ち切ってしまうのだそうです。

申請をすることができても、その審査基準はとても厳しいそうで、番組では水俣湾周辺の地図が示されていたのですが、それによると、救済措置法の対象地域は水俣湾周辺のごく一部の限られた狭い範囲で、湾の水俣市側の半分というか、「チッソ」の工場の場所の向かい側の、天草諸島は含まれていないようでした。

インタビューに答えていた、祖父の代から漁業をしているという藤下さんという方は、手足がつったり、震えたりする症状があり、昨年、水俣病と診断されたそうなのですが、藤下さんの暮らす場所が対象地域から外れているため、メチル水銀に汚染された魚をどれほど多く食べてきたのかということを証明した書類を提出するようにと役所に言われ、父親の不知火海での漁業許可書を提出したところ、これでは汚染された魚を食べたことの証明にはならないとして、救済されなかったのだそうです。

藤下さんは、人間の身体を書類だけで審査することに疑問を感じ、書類のない人はどうするのか、細野環境大臣が言った「あたう限り(できる限り)」は申請者を募るだけであって、心から救済する気持ちがあるのか分からないと話していました。

政府が設定した認定と未認定の線引きは、対象地域だけではなく、年齢でもなされているそうです。

政府は、水俣病が公式確認された昭和31年から「チッソ」が排水を停止した昭和43年と、一年後の昭和44年の12月までに汚染された魚などを食べた人たちを水俣病の対象とし、昭和44年の12月以降に生まれた人たちについては、発症の可能性無しと判断し、判断救済措置法の対象から外し、非該当としているのだそうです。

今年の6月に亡くなった、水俣病の診察や研究をしていた医師の原田正純さんは、年齢で区切ることに疑問を呈していたそうで、「チッソ」が水銀を止めた途端に環境がきれいになるわけがない、昭和43年で終わりではないことは間違いないと話していました。

昭和48年の熊本大学の調査でも高濃度の汚染された魚や貝が見付かったそうで、水俣湾の有機水銀を含むヘドロの処理が終わったのは、排水が停止されてから22年後の、平成2年のことだそうです。

それでも日本政府は、合理的な理由があるとして、7月31日で救済策を打ち切ることに決めてしまったそうです。

政府と被害者の間の線引きを巡る争い結果、埋めることのできない溝ができているということでした。

水俣で育ったという作家の石牟礼道子さんは、現在85歳で、パーキンソン病の症状を抱えながら水俣病の問題の発信と作家活動を続けているそうです。キャスターの国谷さんが石牟礼さんを訪ねていました。

石牟礼さんは、特措法の“救済”という言葉はいかにも官僚用語で、一番最初の段階から、基礎調査、地域調査をすべきだった、一軒の家に患者さんがいたら必ずと言っていいほど家族全員が何かの症状を持っている、天草でも案の定被害者が出て来たが、行政は地域を区切って被害者を減らそうとしている、魚を食べた証明書を出さないと対象地域外では救済の大正にならないという条文を作った人は、50年前や60年前の証明書を持っているのかしらと思う、と話していました。

線引きが繰り返されることについては、政府や行政がごまかしているのは、大変な事件だと思っているに違いないからで、自分たちの手落ちを隠すというか、正当化したいのだと思うと話していました。

そして、石牟礼さんは、日本は経済成長路線でやってきたが、国の方針の中に人間性の善なるもの、徳義というか、精神的な成長を、国民と共に遂げるということをやってこなかったと言い、患者さんたちと東京へよく行ったが、すでに亡くなってしまった患者さんの一人が「日本という国はなかった」と言っていた話をしていました。

石牟礼さんが話していたのは、熊本地方の言葉でだったのですが、その方は、「東京まで行ったが、日本という国はどこにあるか分からなかった」、「日本という国は、他人が作ってくれるのではない、自分たちで作らないと、無いのだ」と話していたそうです。

水俣病の問題では、最初から“人間の希望”が失われているということでした。人間の希望について、石牟礼さんは、希望にはいろいろあるが、最低の希望は分かりあう努力をすることで、分かりあえないということが一番切ないと国谷さんに話していました。

石牟礼さんが話していた、4年前に69歳で亡くなったという杉本栄子さんという方の言葉が、何というか、とてもすごくて、とても悲しい感じがしました。

「道子さん、もう私たちは許すことにした。全部許す。日本という国も許す。チッソという会社も許す。いろいろ差別した人も許す。許さないと、苦しくてたまらない。」、そして「みんなの代わりに私たちが病んでいる。」と言い、それで「許す」と言った杉本さんは、死ぬ前に、「でも、道子さん、私はまだ生きたい。」と言って、亡くなったそうです。

私たちは許されている、代わりに病んだ人たちから許されて生きているのだと、石牟礼さんは話し、罪なことですね、と言っていました。

国に学んでほしいことは何かという国谷さんの質問に、石牟礼さんは、田舎の人の純朴な、良いものをたくさん持っている人の心をズタズタにした、水俣の心をズタズタにしてしまいましたと答え、「今日も無事に生きた、明日も今日くらいに生きられれば良いと思っている人たち、特別出世をしたいとか考えない人たちが、この世にはたくさんおられます、普通に生きている人たちの行く末を、普通に生きているということは大事なことですよね」と、被害者の気持ちを理解して、普通に生きることができることの大切さを理解してほしいということを伝えていました。

水俣病というか、有機水銀中毒事件の全貌は、まだ明らかになっていないそうです。私もこの事件や病気について、あまり詳しく知らないままです。

「チッソ」という会社のことも、私はよく知らないのですが、とても大きな会社のようで、何かの理由で国に守られているのだろうと思います。

それなので、今回の特集を見て、水俣病という公害と政府の問題は、例えば東京電力の福島第一原子力発電所の爆発事故や放射性物質が空気中や海中に流出している事件と政府の問題にも共通点があるように思えて、また少し怖く思いました。

被害者の数を減らすために何かの細かい条件をつけて線引きをするとか、一時金や補償金を一括で支払うとか、事実をごまかすとか、政府が味方をして被害を出した会社や社長を守るとか、似ているように思いました。

今の政府が消費税を上げるのだとしても、そこから得たお金は、おそらく被害者、あるいは被災者の本当の救済のためには使われないのだろうなと、何となくなのですが、思いました。

良い特集だったのですが、救われない人たちがあまりにも多いように思えて、どうすればいいのか、私にはよく分かりませんでした。公害や原発事故などの、人災による環境汚染の被害者は、一体政府によって救われるということがあるのでしょうか。福島の原子力発電所で現場作業をしている方たちも、いつか何かの健康被害が起きた場合、きちんと認められて補償をしてもらえるのでしょうか。

言い続けなければ、そのうちいつの間にか、なかったことや被害が少なかったことにされてしまうのではないかなと、また少し不安に思います。

給付申請の締め切りは、明日までだそうです。明後日以降は、どうなるのでしょうか。いつか“救済”のための法律が復活することもあるでしょうか。

石牟礼さんが話していた、分かり合う努力をすることが大切だということは、本当に大切なことなのだろうなと改めて思いました。

ロンドンオリンピックの開幕

昨日、ロンドンオリンピックが開幕しました。

昨日の朝、NHKでロンドンオリンピックの開会式が放送されていたのを、私も少し見ることができました。

007のダニエル・グレイグさんがエリザベス女王を迎えに行き、2匹のコーギー犬や国民に見送られていたイギリスの柄の白のヘリコプターからパラシュートで会場に降りるという演出など、とても面白かったですし、「ピーター・パン」や「メリー・ポピンズ」や「101匹わんちゃん」や「不思議の国のアリス」や「ハリー・ポッター」などのイギリス生まれのファンタジー作品の登場も、とても楽しかったです。

夜もずっとオリンピックの試合の放送があって、昨日の夜の7時半から、私はサッカーの女子(なでしこジャパン)の予選の2試合目のスウェーデン戦を見ていたので、日本テレビのドラマ「ゴーストママ捜査線」は録画をしておくことにしました。

ところで、テレビ東京では、夜の7時から隅田川花火大会の様子が放送されていて、初のスカイツリーからの映像もありました。夕闇に包まれた街の夜景がとてもきれいだったのですが、花火大会が始まって、展望台の高さから映されていた大玉の打ち上げ花火は、夜景の光の中に溶け込んで、とても小さく見えました。

それから、柔道や、重量挙げの試合、体操の男子予選などを見たりしていました。日本の今大会初のメダルは、柔道の平岡選手の銀メダルでした。惜しかったのですが、でも、良かったです。

体操の男子予選は、ミスが相次いでしまっていたのですが、吊り輪や平行棒では良くなっていて、何とか決勝に進出することができたようなので、少しほっとしました。

開催地が日本と8時間差のあるロンドンということで、今日の夜もずっとオリンピックの中継があります。途中で眠くなってしまうかもしれないのですが、男子サッカーの日本代表とモロッコ代表との試合も見る予定です。

あと、今日の夜は、TBSでオリンピックの中継があるため、ドラマ「サマーレスキュー」はお休みのようです。

オリンピックの「裏番組」になってしまった場合、その放送時間にドラマを見ることは難しくなるのではないかと思うので、オリンピックの期間中は、ドラマは、むしろ「お休み」のほうが良いということもあるのかもしれないなと思いました。

NHKのBSプレミアムで先週から放送されている「SHERLOCK(シャーロック)」のシーズン2も、私は放送時間に見ることはできないかもしれないので、録画をしておこうかなと思います。

「東野圭吾ミステリーズ」第4話

フジテレビの木曜劇場のドラマ「東野圭吾ミステリーズ」の第4話「レイコと玲子 ~心」を見ました。

第4話は、ある雨の夜、少年犯罪を専門としている有名弁護士の浅野葉子(観月ありささん)が、自宅マンションの駐輪場に隠れていた、自分には記憶がない、自分が誰なのか分からないと怯える少女(大野いとさん)を自室に連れ帰り、持ち物から「レイコ」と名付けて、記憶を取り戻す手助けをしていたのですが、翌日、会社役員の前村哲也(川井つとさん)が少女に刺殺されるという事件が発生していたことを知ると、再び駐輪場へ行き、そこで目撃証言のあった赤い傘と狂気のナイフを発見し、心理カウンセラーで友人の藤川真一(吉田栄作さん)の多重人格かもしれないという意見を聞いて、小さい頃に親から虐待を受けていた自分の姿を重ねて共感するようになり、前村さんの事件を捜査していた今西刑事(平田満さん)や藤川さんが山下玲子の多重人格障害を疑問視していても、子供の性格の「性善説」を信じて更生の道を模索しようとし、本来の玲子さんの姿を見逃してしまう、というような話でした。

玲子さんが親から虐待を受けていたというのは、今西刑事の調査で分かったことなので、本当のことだったようです。虐待を受けていた子供が、被害を自分が受けたものではないと考えるようになり、多重人格になってしまうということがあるそうなのですが、玲子さんに会った藤川さんや今西さんは、主人格にとって重要な名前や住所などの情報も忘れているということから、玲子さんは本当に多重人格者なのか、そのように演じているだけなのではないかと疑っていました。

男性恐怖症の玲子さんは、隣の部屋に住む、駅前の学習塾に勤めている市原早苗(中村ゆりさん)への依存度を強め、早苗さんと付き合っているのではないかと思い込んだ同僚の福沢浩司(山中聡さん)をナイフで切り付けたりしていたのですが、福沢さんが密かに付き合っていたのは、塾に通う生徒の母親の前村加津子(浅見れいなさん)で、それは殺された前村さんの妻でもありました。

福沢さんの怪我から玲子さんが早苗さんのために凶暴になることを知った加津子さんは、自分の夫を玲子さんに殺させようと計画し、早苗さんが前村と付き合っていると嘘を教えたようで、玲子さんは雨の夜、殺人を実行したのでした。

この計画を推理していた浅野さんが藤川さんと急いで前村家へ向かうと、そこには警察が来ていて、加津子さんが福沢さんに殺されたことを今西刑事から教えられていました。遺産か何かのお金のことでもめて、殺人事件になったようでした。

残された子供が警察官に連れられていて、それを見ていた浅野さんは、どのような親の元に生まれた子供でも、そのことでその子供を不幸にさせたくないということを今西刑事たちに話し、子供を守るという「自分の役割」を果たそうと決意していました。

一年後、裁判で精神障害が認められ、玲子さんの無罪が確定したようでした。浅野さんは、かつて自分を虐待した母親に会いに老人ホームへ行ったようで、認知症になっていて娘のことを覚えていなかったことや、優しい人になってホームの人たちから慕われていたことなどを、少しほっとした様子で藤川さんに話していました。

藤川さんと一緒に病院の廊下を歩いていた浅野さんが、病室の玲子さんに無罪のことを伝えると、喜んでいた玲子さんは突然面白そうに笑い出し、本来の自分は凶暴な姿のほうだと、驚く浅野さんに示し、自分は「変われない」のではなく、「変わらない」のだと話して、解放されて楽しそうに病室を出て行っていました。

玲子さんが二重人格者ではなかったという事実を知った浅野さんでしたが、直後の記者会見ではそのことを隠し、更生を願うことだけを伝えていました。そのまま野放しの状態になった玲子さんは、赤い傘を振り回しながら、気楽そうに繁華街を歩いていました。

第4話の脚本は川村泰祐さんと山本健介さんで、演出は川村泰祐さんでした。

このドラマでは一応二重人格でしたが、「多重人格者」が引き起こす事件の話は、ドラマや映画などの物語によく登場するということもあって、意外と難しいように思います。実は演技だった、というところもそうなのですが、今回も「世にも奇妙な物語」風に思えてしまいました。でも、それも含めてこのドラマを楽しめば良いのかなとも思えました。吉田栄作さんの藤川さんや平田満さんの今西刑事さんも、良かったです。

連続ミニドラマでは、ナビゲ-ターで幽霊の倉敷編集長(中井貴一さん)が、ミステリー小説では良い人そうな人が実は怪しいのだとか、もはや誰も信じられないとか、言っていました。今回の最後に登場した疑わしい人物は、倉敷さんの妻でした。

「家族、貸します ~ファミリー・コンプレックス~」

日本テレビの「金曜ロードSHOW!」の、初の特別ドラマ企画「家族、貸します ~ファミリー・コンプレックス~」を見ました。

オリジナルドラマで、原作と脚本は、劇作家の鴻上尚史さんでした。鴻上さんがテレビドラマの脚本を書いたのは初めてのことだそうです。演出は、久保田充さんでした。

人助けのために家族を貸すという、いわゆる“レンタル家族”の仕事を行う人材派遣会社「ファミリー・ロマンス」の面接を受けに来た、就職試験に10社以上落ち続けているという小橋紅子(田中麗奈さん)は、社長の山室修司(玉木宏さん)と社員の澤香織(吹石一恵さん)による簡単な面接ですぐに仮採用されることが決まり、ある結婚式に新婦側の招待客として参加することになり、嘘をつくのが本当に人助けになるのかと疑問を感じて社長に尋ねていたのですが、社長によると、新婦は風俗店で仕事をしていた人で、そこで出会った新郎と新婦は、そのことが知られると新郎の両親から結婚を反対されるということで、レンタル家族の依頼をしてきたようでした。

小橋さんは、その次の仕事として任された、癌で余命半年と宣告されて「エンディングノート」を作りたいから妻と娘を貸してほしいと依頼してきた一人暮らしの工業会社社長の戸崎龍之介(竹中直人さん)の娘として、戸惑いながらも接しているうちに、“本当の娘”として戸崎さんの寂しさを察するようになり、戸崎さんを救おうと、山室社長や戸崎さんの妻役の尾野恵(山口いづみさん)も巻き込んで奔走していました。

山室社長は、依頼者に同情しすぎてはいけないと小橋さんに言っていたのですが、母親にきちんと育ててもらえていない様子の小学生の藤崎航(石田竜輝さん)と関わりすぎて、航少年は、会社に入り浸るようになっていました。それでも、社長は航君のことを後悔していないらしいと、澤さんから聞いた小橋さんは、社長に言われた「自分にしかできないこと」を全うしようと決めていました。

戸崎さんは、遺産の一部を小橋さんに残したいという意思を弁護士に伝えていて、そのことで、家を出て行った本当の妻の戸崎千恵子(筒井真理子さん)や娘の茜(馬渕英俚可さん)は戸崎さんと小橋さんを問い詰めていて、説明をしようとしていた戸崎さんは、突然吐血して、倒れてしまいました。

本当の妻と娘は、戸崎さんに会いに行きたくないと主張していて、弁護士さんの話から戸崎さんに正太さんという息子がいることを知った山室社長は、戸崎さんと正太さんの不仲を、父親と自分の不仲に重ねていたようでした。

澤さんが小橋さんに話していたことによると、山室社長は、小さい頃に両親が離婚して父親に育てられていたようなのですが、父親は息子に興味がなく、父親が再婚した義母も、山室社長のことを相手にしない人だったようでした。

息子の正太(染谷将太さん)は戸崎さんの病状を知っていて、それでも会いに行こうとはしなかったので、社長が代わりに思いを伝えるからと、父親への不満や怒りを打ち明けてもらっていました。

正太さんの不満は、父親が自分よりも仕事を大事にしていたということだったようでした。正太さんの希望は全て却下され、父親の会社の後継者になるようにと、厳しくされていたようでした。山室社長は、現在の正太さんの写真を見せると、戸崎さんは喜んでいたのですが、正太さんの役になった社長がそのまま怒りを伝えると、戸崎さんはショックを受けて、怒っていました。

戸崎さんは、結局、本当の家族とは和解をすることのないまま病院で亡くなってしまったのですが、小橋さんが編集した「エンディングノート」鑑賞会に、理解のある妻のはづき(安藤サクラさん)と一緒に来た正太さんは、明るい父親の様子を見て、また、正太のことが大好きだったけれど、そのことを正直に伝えることができずに追い詰めてしまったと謝る父親の言葉を聞いて、涙を流していました。

その後、戸崎さんの件で心境の変化のあった山室社長は、母親の由紀子(藤吉久美子さん)が看病を続ける父親の博(中原丈雄さん)のお見舞いに行っていたのですが、博さんは何か身体に麻痺があって、山室社長のことを認識していたようなのですが、話をすることはできず、山室社長はまた来ますと言って、帰っていました。私にはよく分からなかったのですが、父親に付き添っていた母親は、山室社長の本当の母親だったのでしょうか、それとも、義母だったのでしょうか。

小橋さんは、家族を貸すという、社会に需要のある仕事の難しさと同時に、面白さも知ったようで、仮採用から正式採用になっていました。

ドラマの最後の画面に出てきたタイトルは、なぜか勢いのある劇画調の文字で書かれていました。

ドラマを見る前に思っていたよりも、意外と面白かったです。“豪華キャスト”のドラマだったのですが、特に竹中直人さんの戸崎さんが良かったように思います。

あと、息子を名門の私立の小学校へ入学させたい佐々木夏希(虻川美穂子さん)の夫役を務めていた山室社長は、面接官だった校長の黒田美紀(濱田マリさん)から、その後、佐々木家のことを引き合いに出されて、自分の娘を離婚した夫に会わせたくないからと、父親として会ってもう二度と会わないと説得してほしいと依頼され、別の家族がいる振りをして、黒田さんの娘を遠ざけるということもしていたのですが、娘はもっと父親に会いたいような様子でした。

小橋さんは、父親の明弘(三遊亭円楽さん)とも母親の桃子(朝加真由美さん)とも仲が良く、特別な問題のない家庭で育った人のようでした。

小橋さんの家族と、山室社長以外の家族以外は登場していなかったのですが、問題のない家庭で育った人と問題のある家庭で育った人とでは、どちらのほうが割り切って“レンタル家族”の仕事をすることができるのでしょうか。それとも、この場合の“想像力”や“演技力”には、育った家庭環境は関係ないでしょうか。

番組の最後にナビゲーターの加藤清史郎さんが希望していた“シリーズ化”については、よく分からないですが、最近は、実際にも“レンタル家族”の仕事があるそうなので、昔「世にも奇妙な物語」で見た時には不思議な仕事だなと思ったのですが、現実味のある話なのかもしれないなと思いました。

吉川霊華の展覧会

先日、東京国立近代美術館で開催されている「吉川霊華展 近代にうまれた線の探求者」を見に行きました。

吉川霊華は、明治8年の5月4日に東京の湯島に生まれ、昭和4年の3月25日に腸チフスによって54歳で亡くなった日本画家だそうです。

私は、吉川霊華という画家のことを知らなかったのですが、ポスターなどに使われていた「清香妙音」(会場の解説によると、絵の女性は和泉式部の幽霊だそうです)がとてもきれいだったので、「線の探求者」とはどのような画家なのだろうと少し気になり、展覧会を見に行くことにしました。「霊華」という名前にも、不思議な感じがしていました。

私の行った時間にはお客さんはそれほど多くなく、落ち着いて作品を見ることができました。

「出品作品一覧」の表にも書いてあるのですが、展示されていた吉川霊華の作品に美術館の所蔵のものは少なく、ほとんどの作品が「個人蔵」の作品でした。

この展覧会は、「藐姑射之処子(はこやのしょし)」(解説によると、雪のように色白で、山奥で霞を食べて暮らしているという中国の荘子の逍遥遊に登場する伝説の少女を描いたものだそうです。全体的に白く、ベージュがかった灰色の、涼しそうな、すうっとした線で描かれていました)という作品が東京国立近代美術館に来たことをきっかけに企画されたものだそうで、30年ぶりの吉川霊華の回顧展になるのだそうです。

会場に入ると、正面に大きな龍の絵が天井から床に斜めに展示されていました。「神龍」というタイトルの昭和44年の作品で、京都の方廣寺の天井画ということでした。力強く描かれていて、龍の背中はワニの背中のようにも見え、龍の上唇?は、めくれて内側が見えていて、舌が伸びていました。構図は、その隣のガラスケースに展示されていた「小下図」と同じでした。

17歳の頃の作品も展示されていて、驚きました。若い頃から絵の才能を発揮していた方のようでした。

スケッチブックの展示も、とても良かったです。画家のスケッチブックの展示は、私には、面白い時と、それほどでもない時があるのですが、吉川霊華のスケッチブックの展示は何だか見応えがあって面白かったです。

「線の探求者」の通り、優雅な細い線や勢いのある太い線や淡い線や広い線など、いろいろな線で人物や風景が描かれていたのですが、スケッチの絵を見ていると、確かに一人の作者による線と絵なのだということが、私にも何となく分かりました。

スケッチブックの絵の端には細かい説明書きがあるものもありました。スポーツをしているような普通の人の絵が描かれていたのも面白かったのですが、吉川霊華は、掛け軸の絵画作品には、そのような自らが生きていた時代の一般の人の絵は描かなかったのでしょうか。

描かれていたのは、吉川霊華自身が好きで研究していたという、日本や中国の古典文学を画題とした作品が多かったように思います。たくさんの本を読んで勉強していて、29歳の頃には、すでに文人の雰囲気が漂っていたのだそうです。

吉川霊華は、大正5年頃に鏑木清方や平福百穂と「金鈴社」を結成したそうなのですが、例えば鏑木清方の作品は、もっと自由に描かれているように思うので、吉川霊華が古典にこだわっていたとするのならば、それはどうしてなのかなと少し不思議に思いました。

でも、「正しき伝統の理想は、復古であると同時に未来である」という言葉を、吉川霊華は残しているそうなので、その古典作品の中に自身の線の探求に相応しいものを見ていたのかなと思いました。

展覧会場には、吉川霊華の作品が展示されていたのですが、吉川霊華さんという人がどのような人であるかということを解説した展示はなく、人物像については、私にはよく分からないままです。

書も得意な人だったようで、絵の余白部分に文字の書かれている作品も、たくさん展示されていました。40ほどの石や木の印鑑もありました。

冷泉為恭の作品を模写したという作品も展示されていました。「醍醐寺仁王経法本尊像(西方)模写」という作品は、たくさんの虫食いの穴?まで細い線で丁寧に描かれていて、そのままコピーをしたもののようにも見えて、すごいなと思いました。

吉川霊華が17歳の頃に描いたという明治25年の「楊柳観音像」、明治37年の「美人弾琴」、同じ年の「逍遥」、大正7年の「藐姑射之処子」、大正9年「香具耶姫昇天 竹取物語」などの女性たち(楊柳観音は女性ではないかもしれないのですが、女性的に描かれています)の絵が、とてもきれいでした。

「香具耶姫昇天 竹取物語」は、「藐姑射之処子」と同じように展覧会のチラシにも掲載されていた絵なのですが、ふわふわとした厚い雲から藍色の空に浮かぶ満月が覗いているところがとても軽やかで、何というか、このような空を見た時の嬉しい感じを思い出すような絵でした。

私としては、特に「逍遥」という作品がとても良かったです。比較的大きめに、紙いっぱいに天平時代のような髪型の女性の顔の左側を見せた後ろ姿が描かれていて、菱川師宣の「見返り美人図」のような雰囲気もあったのですが、白とベージュのような色で統一されているのが落ち着いていて、ゆったりとした曲線がアールヌーボーのような感じというか、ミュシャの絵の女性のようというか、何となくそのような感じもして、とてもすてきでした。「作品一覧」によると、この作品は「個人蔵」ではなく、新潟県立近代美術館と万代島美術館の所蔵作品だそうです。

不思議に思えたのは、「筑摩祭」という作品です。私はこのお祭りのことを知らなかったのですが、解説によると、女性が情を交わした(付き合ったという意味でしょうか)男性の数だけ頭にお鍋をかぶって見物客の間を練り歩くというようなお祭りだそうで、奇妙なお祭りがあるのだなと思いました。一体何を目的に作られたお祭りなのでしょうか。「伊勢物語」の中にも登場しているお祭りだそうで、夏の季語にもなっているそうです。

七夕の風習を描いた作品も展示されていて、私が行った時にはもう過ぎてしまっていたのですが、季節感があって良かったです。

第7回の帝国美術院展覧会(帝展)に出品された「離騒」という大きな作品は、紀元前300年頃の楚の時代の中国の政治家で詩人の屈原が、陰謀に巻き込まれて国を追われることになった状況を描いたものだそうです。少しずつかすれたような線が、細いのですが、強くて、存在感がありました。

「稚児文殊」は、会場の最初のガラスケースの明治44年の京都の方廣寺の作品と、最後のガラスケースの大正12年の静嘉堂文庫美術館の作品と、二作品展示されていたのですが、稚児文殊の乗っている青い獅子の表情が少し違っていて、私は、最初のもののほうが迫力が出ていたように思います。

今の私にはまだ「書」という筆で書かれた文字の芸術世界というものが全く分からないのですが、そのような世界を理解した上で作品を見ていたならば、もっと面白く思えたのではないかなと思いました。

それは、「古典文学」についても同じなのですが、例えば「源氏物語」や「伊勢物語」など、大和絵や工芸作品などによく扱われている作品の知識が私にはほとんどないので、絵に添えられた解説文を読まなければ、絵の具体的な内容や主題を、私はほとんど理解することができないのです。

それなので、展覧会場の絵を見た後、「物語や道釈人物を画題としているからといって、敬遠しないでください。」と書いてある主催者の言葉をもう一度読んで、確かにその通りだなと思いました。吉川霊華の作品は、とてもすてきでした。

私にとっては、今まで知ることのなかった日本画家の展覧会ではあったのですが、今回見に行くことができて、少し知ることができて、良かったです。

その後、まだ時間があったので、常設展も見に行きました。8月からは、リニューアルオープンのために一時閉館になるそうです。
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