「梅ちゃん先生」最終回

NHKの朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の最終週(第26週)「上を向いて歩こう」の最終回を見ました。

前作の「カーネーション」を好きで見ていたことの流れで、私は、最初の頃は「梅ちゃん先生」を毎週楽しみにして見ていました。

戦争時代が終わり、ドラマの舞台の東京の蒲田の町が明るくなっていく様子も良かったです。

何をしてもいまいちぱっとしない下村梅子(堀北真希さん)が、自分の意志で大学教授の父親の下村建造(高橋克実さん)と同じ医者になることを志し、城南女子医学専門学校へ入るために受験勉強を頑張る様子はとても良かったですし、入学が決まった時は私も嬉しく思いました。

学校の同じ班の人たちと親しくなった梅ちゃんが、故郷の秋田の「はなちゃん」を心配する園田江美(白鳥久美子さん)のために、沢田弥生(徳永えりさん)、須藤雪子(黒川智花さん)、瀬川典子(西原亜希さん)と、まだ外国から入って来たばかりの「コーラ」を自作するというのも、意外と面白く思えていました。

でも、私にとってこのドラマを良かったと思えていたのは、第5週の辺りまででした。第6週以降も、医学専門学校で勉強をしている場面はあったように思うのですが、どちらかというと、梅ちゃんと周辺の人たちの恋愛関連の物語に移行してしまったような気がするのです。

私は、おそらくドラマのタイトルが「梅ちゃん先生」であることを受けて、医者としての梅ちゃんに期待してしまっていたのだろうと思います。それなので、何だか医者としての場面があまり描かれていないな、という気持ちが次第に強くなってきてしまいました。

梅ちゃんが一緒に仕事をしていた「坂田医院」の医師の坂田俊一郎(世良公則さん)が交通事故で突然亡くなってしまったことにも驚きました。

「梅ちゃん先生」は、やはり映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のような雰囲気の作品だったのだろうと思います。その映画作品を好きな方は、もしかしたら私のように「先生」に囚われることなく、毎週楽しくこのドラマを見ることができていたのかもしれません。あるいは、例えば、タイトルが単純に「梅ちゃん」とか、「蒲田の夕日」(音楽を担当した川井憲次さんによるこのドラマの「サウンドトラック」には、このタイトルの曲があるそうです)とかだったなら、良かったのかもしれません。

登場人物たちの思いが時々ナレーションで説明されてしまっていたようなところも、私には少し残念に思えていました。

そのような気持ちでいた私は、それでも一応録画をしつつ、このドラマを何となくの流れで見ていたのですが、9月も末になり、ついに最終回ということで、この人気ドラマの最終週の最終回を見たのでした。

今日の最終回は、朝の8時の放送時間に見ることができました。

最終回には、SMAPの「さかさまの空」の流れるいつものオープニングのかわいいジオラマの映像はありませんでした。

最終回は、昭和36年でした。神妙な顔で現れた建造さんは、梅ちゃんと梅ちゃんの義父の幸吉(片岡鶴太郎さん)に自分の秘密を打ち明けていて、その後、梅ちゃんに呼ばれてテレビの前に集まった下村家や安岡家の家族一同は、「NHKのど自慢」に出演している建造さんに驚いていたのですが、真剣な様子で「上を向いて歩こう」を歌う建造さんの声に合わせて、いつしかみんなで合唱をしていました。

事前にその計画を聞いていたらしい母親の芳子(南果歩さん)は、会場の座席に座って健造さんの応援をしていました。無事に歌い切ることができた建造さんにインタビューをしていたテレビの中のアナウンサーの方は、映像が少し不思議だったのですが、実際の当時の方だったのでしょうか。

姉の松子(ミムラさん)と竹夫(小出恵介さん)と梅ちゃんが、縁側で自分たちの名前についてや、平凡のように思える日常生活にもいろいろな出来事が起こることについて懐かしそうに話していました。

また、梅ちゃんは、病院にやって来た町の子供たちから「梅ちゃん先生」と呼ばれて似顔絵をもらって、嬉しそうにしていました。

そして最後は、庭に梅の花が咲き始めていることに気付いた梅ちゃんが、梅は一番最初に咲いて人々に希望を与える花だという、戦死した吉岡智司(成宮寛貴さん)の自分への優しい言葉を思い出して、そのような人になることができただろうかと自問しつつ、夫の安岡信郎(松坂桃李さん)に、これからも毎日をしっかりと生きていくことを笑顔で話していました。

脚本は尾崎将也さん、最終週の演出は木村隆文さんでした。

「梅ちゃん先生」らしい、というか、日常のドラマらしい、家族が集まることが幸せというような、穏やかな最終回だったのだと思います。

このドラマをちゃんと見ることができなかった私には、いまいちよく分からなかったのですが、毎回を楽しみに見ていた方には、このような最終回で良かったのでしょうか。

ドラマ後の予告によると、10月にBSプレミアムで「梅ちゃん先生 ~結婚できない男と女スペシャル~」というスペシャルドラマが、2週に渡って前後編で放送されるそうです。こちらのほうが、もしかしたらですが、もう少しまとまった作品になっているのかもしれません。

2011年から続いた朝の連続テレビ小説の「おひさま」(私は途中で挫折してしまいました)、「カーネーション」、「梅ちゃん先生」は、内容は少しずつ異なるものの、戦前戦後の時代を描いた「昭和3部作」という印象でした。

TBSの昼ドラマだった「ぼくの夏休み」の前編は終戦までの1年の物語でしたが、今放送されているNHKの「負けて、勝つ」も、戦争直後の昭和の物語なので、最近はこのような“困難の時代”を家族や友人たちと共に前向きに自分なりに生きようとする人物たちの物語が人気なのだなということを、改めて思いました。

次回の作品「純と愛」は、「てっぱん」以来の現代を描いた作品のようでした。先日の「プロフェッショナル仕事の流儀」の最終回では、この次回作の脚本家の遊川和彦さんの特集が組まれていたのですが、何だか興味深い感じもして、面白かったです。「純と愛」も、楽しみにしたいと思います。

戸嶌光孚の漆と蒔絵の花入れ

昨夜、テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」を見たのですが、その最後の依頼品は、「戸嶌光孚の花入れ 一対」でした。

昭和25年に依頼主の方のお父さんが、京都の清岡長言さんという大正天皇の元侍従の方の約90坪のお屋敷を購入したそうです。家の引き渡しの時に、その家の蔵に入っていた品物の多くを骨董商の人たちがいろいろ持って行ったそうなのですが、残されていたものもあったそうです。

そして、依頼主の方が60年間放って置かれていたその蔵の中を最近になって整理したところ、「戸嶌光孚の花入れ」が出てきたということでした。依頼主の方は、この作品を売ったお金で、清岡さんの意志を継いでお屋敷と一緒に引き受けた天満宮のお社を修繕したいということを話していました。

最初に紹介されていた外箱のみを見た時には、私は焼物か何かが入っているのかなと思ったのですが、スタジオに登場したのは、竹で作られたとてもきれいな一対の、赤みがかった茶色の漆塗りの花入れでした。

全体の光沢のある漆は、何層にも塗り重ねられているものなのだそうです。

画面の左側に置かれていた花入れには金の蒔絵で秋の葛の葉が描かれ、右側に置かれていた花入れには夏の蝉が描かれていました。その浮き上がっているように作られた蝉が、本当に花入れに止まっている蝉のように見えて、すごいなと思いました。白い羽がオーロラのようにきらきらとしていたのですが、その部分は螺鈿細工でした。蝉の足と羽の線は、金蒔絵で描かれていたようでした。

戸嶌光孚(とじまこうふ)という京漆器作家の方を、私は知らなかったのですが、戸嶌光孚は、今はその名前が忘れ去られてしまっているという京漆器の名工なのだそうです。

番組で紹介されていたことによると、戸嶌光孚(1882-1946)は、京都の蒔絵師の家に生まれ、10代の頃から日本画を竹内栖鳳に学び、洋画を荒井忠に学んだそうです。

21歳の時に明治35年の第5回内国勧業博覧会に初入選を果たし、この頃の京漆器は殖産興業で次々と海外へ輸出され、好評を博していたそうなのですが、その後の世界各地の万博では、次第に工芸は絵画や彫刻よりも下だと思われるようになったそうで、明治40年の文部省美術展覧会(文展)でも、工芸部門は除外されてしまったのだそうです。

京漆器の存続に危機感を抱いた光孚は、若い仲間たちと研究団体を設立し、伝統と写実を融合させた新たな京漆器を作ることにしたそうです。

そして、大正時代、京都を代表する京漆器の名工となった光孚の作品は、皇室に収められるようになったそうです。

番組で紹介されていた「枝垂桜蒔絵手箱」(泉屋博古館分館所蔵)は、金地に少し盛り上がるような感じで満開の桜が描かれていて、とても豪華でした。皇室献上品ということで、菊の御紋が箱の蓋の上に描かれていました。

大正5年の作品で、大正天皇の即位の礼で献上されたという「双鶏置物」(三の丸尚蔵館所蔵)は、その蒔絵の部分を光孚が担当したのだそうです。全体的にふわっとした金色で、赤い鶏冠の部分にもよく見ると金粉が散らされているのだそうです。

皇太子御結婚の儀には、高村光雲や板谷波山(この方のことも私は知らないでいるのですが、日本の近代陶芸の先駆者の方だそうです)と共に、「御棚飾品一式」を献上したそうです。

その棚の中央辺りに置かれていた「蒔絵香盆 岩に浪」(大正13年の作品、三の丸尚蔵館所蔵)が、光孚の作品ということでした。荒々しい波の表現は、従来の京漆器にはないものなのだそうです。(そのお盆の上に置かれていた緑色の小さな丸い器は、安藤重兵衛の「七宝香合宝相華文様」という作品でした。これも、とてもかわいかったです。)

この後、光孚は、地位も名誉も捨てて、漆絵の制作に没頭するようになったのだそうです。漆絵は、岩絵の具と違い、粘性が強くて乾きが遅いため、繊細な表現をするのが難しいそうなのですが、光孚は挑戦することにしたそうです。

番組で紹介されていた掛け軸の鯉の滝登りの絵も、とてもきれいでした。鯉が淡い色の細い線で細かく描かれていて、水の中を泳いで登って行くの動きにも透明感があって、涼しい印象で、驚きました。

あくまでも漆芸の地位向上のために、光孚は漆絵を制作していたそうなのですが、漆絵というのが馴染みのないジャンルだったため、結果的に、世間から忘れ去られてしまったということでした。

光孚は、昭和21年に64歳で亡くなったのだそうです。

戸嶌光孚の花入れを鑑定結果した鑑定士の、富山大学准教授の大熊敏之さんは、戸嶌光孚の作品の実物はほとんどないと話していました。海外のコレクターの中には、持っている人がいるそうなのですが、日本では現存作品があまり知られていないということでした。

今回の一対の花入れは、工芸史的にも価値が高いのだそうです。葛の葉の平蒔絵は、単純に見えても、よく精製された良い粉を使っていて、塗りが見事だと大熊さんは話していました。

蝉の左眼の部分が剥落していなければ、「500万円」だということだったのですが、直さずに、このままにしておくほうが良いそうです。表面をカビが少し覆っているのが残念ということも言っていたのですが、それも無理に取ろうとしないほうが良いそうです。

蔵の中に放って置いていた間に葛のほうの箱がネズミにかじられてしまっていたということについては、番組では特に何も言っていませんでした。

最後に大熊さんは、依頼主の方に、要請があったら展覧会に出品して、光孚の作品を世の中に知ってもらってほしいと話していました。

歴史的に価値のある作家の貴重な作品ということなので、本当に国立博物館などに収められていてもおかしくないような作品なのかもしれません。

元侍従の清岡さんの家では、例えば玄関や床の間などに、この花入れを飾っていたことがあったのでしょうか。詳しいことは私にはよく分からないのですが、とてもすてきな花入れでした。

「つるかめ助産院」第5回

NHKの「ドラマ10」の「つるかめ助産院 ~南の島から~」の第5回を見ました。

「さようなら」と書いた手紙を残してトクさん(柳沢慎吾さん)のタクシーから降りた小野寺まりあ(仲里依紗さん)を、美波間島に来た夫の小野寺達也(溝端淳平さん)と「つるかめ助産院」の助産師の鶴田亀子(余貴美子さん)が捜していたのですが、その途中、亀子さんは、話の中でまりあさんが捨て子だったことを言い、それを初めて聞いたという小野寺さんは、まりあさんとの縮まらない距離感の理由を察したように納得していました。

亀子さんは、崖の上の大きな仏像の石碑の後ろに、幽霊のような白い服を着た透明な人影を見て、その人が「ごめんね」と言うので驚いていたのですが、その人のそばに行こうとして、崖の下にまりあさんがいるのを見つけていました。

自殺をするのではと心配した亀子さんは、死んじゃだめと言ってまりあさんの頬を叩いていたのですが、まりあさんは崖の下に咲いていたきれいな明るい濃いピンク色の小さな花を見ていただけだったようで、叩かれたことを少し不服に思っていたようだったのですが、顔よりもここが痛いと胸を押さえて、亀子さんが熱心に心配してくれたことを嬉しく思っていたようでした。

その時、気分の浮き沈みについて話していたまりあさんは、近くに来た看護師のエミリー(佐藤仁美さん)の顔を見て吐きそうになり、ベトナムから来た研修生のパクチー嬢(水崎綾女さん)の顔を見て吐きそうになっていました。サミー(中尾明慶さん)には何ともなかったのですが、亀子さんには吐きそうになっていて、亀子さんによると、それは“つわり”の症状で、神経が過敏になり、特定の体臭に反応しているということでした。

そのため、小野寺さんと話し合いをしに行くまりあさんの付き添いは、サミーさんになりました。まりあさんのお腹に子供がいることを知らなかった小野寺さんは、サミーさんからまりあさんにつわりがあることを聞かされて戸惑って、少し苛立ち気味に問いただそうとしていました。まりあさんは、子供の父親はサミーさんだと嘘を付いて、とりあえず否定しないでいたサミーさんを、小野寺さんは殴ろうとしたのですが、まりあさんの前から姿を消した人にそのような資格があるのと思うのなら殴ってもいいと言われて、何も言い返すことができずにいました。

まりあさんは、私のことで苦しまないでくださいと言って、小野寺さんと別れていたのですが、その後、サミーさんの肩で泣いていました。

パーラーでトクさんと酔いながら聞いたおばあ(平良とみさん)の歌が頭から離れないらしい小野寺さんは、産科医の長井朗(伊東四朗さん)に挨拶をして、東京へ帰ったようでした。

まりあさんは、「つるかめ助産院」の中を怒りながら落ち着きなく歩き回っていたのですが、亀子さんによると、それも妊娠中の女性に特有の?症状であるようでした。

「つるかめ日誌」というノートを、亀子さんはまりあさんに渡していました。そこにパクチー嬢の弟の手紙に書かれていたように「かんぱれ(がんばれ)」と書いてあるのを読んだまりあさんは、「かんぱれません」と返事を書き、何か身体の不快感や思いを伝えるための交換日記のようなことを始めていました。

亀子さんは、妊婦は「アホ面」でいればいいのだとイラストで伝えていて、まりあさんはそのような顔で島を散歩していました。症状が治まるまでは、無理をせず、辛い気持ちも不快感も、全部表に出して良いようでした。

ある日、中庭で長老と話をしていた亀子さんは、まりあさんが親に捨てられた子供なら、私は親に殺されそうになった子供だと言って、小学校に進学する直前に両親が一家心中をしようとして車ごと海に落ち、自分だけ助かったことを話していました。

崖で見た幽霊は母親だったのではないかと亀子さんは考えていました。年を取るにつれて母親に似てきたと話していました。話を聞いていた長老は、助かってくれてありがとう、生きていてくれてありがとうと亀子さんに伝えていました。

まりあさんは偶然その話を聞いていたのですが、その翌朝、まりあさんのつわりの症状は治まってきたようで、亀子さんが近くに来ても吐きそうになることは全くなくなっていて、亀子さんは喜んでいました。

まりあさんは、本当の母親を知らない自分に子供を育てることができるのだろうかと思っていたようなのですが、上原理恵(麻生祐未さん)に、少しずつ母親になっていくのだということを教えてもらっていました。お母さんに変身する、という不思議な踊り?を上原さんから伝授されていて、最初の頃のまりあさんだったなら面倒そうにしていたのだろうと思うのですが、この時のまりあさんは戸惑いながらも少し楽しそうに一緒に踊っていました。まりあさんの周りには“母親”がたくさんいるから大丈夫という亀子さんの言葉も良かったです。

それから3ヶ月が経ったようで、「つるかめ助産院」の玄関の上にはお正月飾りのようなものが飾られていました。ヘアサロンで仕事をしていたまりあさんのお腹も少し大きくなっていました。

まりあさんは、東京の育ての母親の安西涼子(賀来千香子さん)から届いた手紙を受け取り、困って亀子さんに代わりに読んでほしいと渡していました。まりあさんは、東京の両親に美波間島にいることを伝えていなかったようなので、義母の涼子さんは小野寺さんから聞いたのかもしれません。

その手紙には、まりあさんからもらった手紙の内容にショックを受けたこと、迷った末、まりあさんのいる沖縄の美波間島へ行くことにするということが書かれていました。亀子さんが何を書いたのか尋ねると、まりあさんは、つわりの頃に辛い勢いで、涼子さんの亡くなった子供の代わりにバレエやピアノの習い事をさせられたことが嫌だったというようなことを書いたことを思い出していました。

船で島に来た涼子さんを出迎えていたまりあさんは、母親の姿を見て、その場に倒れ込んでいて、驚いた涼子さんが駆け寄っていました。

脚本は水橋文美江さん、演出は佐々木章光さんでした。

今回も良かったです。今回のドラマを見ていて、子供を生むことについて、何か不安な気持ちでいる女性の方が見たなら、現実的にはもっと私の想像のできないほどの辛いこともあるかもしれないのですが、でも、少し気持ちが楽になることもあるかもしれないなと思いました。

孤独な気持ちでいるのだとしても、「つるかめ助産院」にたどり着いたまりあさんは、やはり幸せな人だなと思います。

「渡る世間は鬼ばかり」スペシャルの後編

TBSの橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の「ただいま!!2週連続スペシャル」の後編を見ました。

本間のお母さんは施設へ入ることが決まったようで、様子を見に行ったという本間英作(植草克秀さん)は、すぐに友達ができるだろうと言っていました。英作さんは、母親がいなくなったマンションの部屋を出て、診療所で暮らしたいと考えていたのですが、妻の長子(藤田朋子さん)と娘の日向子(大谷玲凪さん)は、「おかくら」で暮らすことができないのなら、そこから近い今のマンションで暮らしてほしいと話していました。

少し迷っていた英作さんは、日向子ちゃんの料理に釣られて?その部屋に残ることに決めていました。長子さんは、英作さんの訪問医療の忙しい仕事を応援して、家族の今の生活の在り方を認めていました。

「幸楽」に戻って来ていた小島眞(えなりかずきさん)は、10日経ってもまだその理由を両親に話していませんでした。同じく理由を聞かされていない貴子(清水由紀さん)は、両親になら説明をしているかもしれないと心配して「幸楽」へ来たのですが、小島の両親が何も知らないことを知ると、父親の大井道隆(武岡淳一さん)の介護をするのに精一杯で眞さんのことまで手が回らない自分が悪いと謝っていました。

母親のキミ(赤木春恵さん)のお世話をするために毎日通っていた勇(角野卓造さん)は、父親の介護を一人で頑張りたいという貴子さんの気持ちを理解していたのですが、眞君の母親の五月(泉ピン子さん)は、不満そうにしていました。

その後、貴子さんが実家に来たことを聞いた眞君は、貴子さんが自分のことを思っていることに喜んでいたのですが、また自分の甲斐性とか、お金の話ばかりしていて、道隆さんの介護を誰かに任せて、貴子さんを父親の介護から解放したいという考えを両親に話していました。

眞君の先輩の長谷部力矢(丹羽貞仁さん)と長谷部まひる(西原亜希さん)の部屋には、母親の里子(坂口良子さん)がやって来て、祖母のマキ(淡島千景さん、今回は登場していませんでした)の健康診断の結果末期の膵臓癌であることが判明したということを伝えていて、力矢さんとまひるさんは、孫の結婚を楽しみにしている祖母を安心させたいと、実家の兵庫の有馬の旅館で、二人同時に結婚式を挙げることを思いついていました。

森山壮太(長谷川純さん)の作ったお弁当を食べた里子さんは、これなら旅館の調理場を任せても大丈夫だと安心して、「おかくら」で仕事中の壮ちゃんに会いに来て、娘と結婚する意志を確認し、喜んでいました。

フリーのカメラマンの金沢育美(寺島咲さん)にプロポーズをしたい力矢さんは、眞君に、レストランに呼んだ育美さんに自分の気持ちを伝えて、結婚してくれる気持ちがあるかどうかを確認してもらうことを頼んでいました。直接振られた場合の精神的なショックを和らげる作戦のようでした。

必死に頼まれた眞君は、長谷部先輩の代理で育美さんに気持ちを伝え、育美さんも力矢さんのことが好きだということが分かると、離れた場所で不安そうに待っていた力矢さんに大丈夫だということを言い、力矢さんはまた眞君を伴って育美さんに会いに行き、僕みたいな男と結婚してくれるなんて、という感じで、頭を下げながら何度もお礼を言っていました。

結婚が決まった力矢さんとまひるさんでしたが、兄と妹はどちらも別々に独立して暮らすことがとても不安な様子で、結婚をしてもまだしばらくはここで暮らそうとか話していました。育美さんも、壮ちゃんも、それを理解してくれるのでしょうか。

結婚式は、数日後の28日に行われることになり、結婚式の場面は描かれていなかったのですが、岡倉大吉(宇津井健さん)も結婚式に出席したようでした。ホスピスに入っていたマキさんも、孫たちの結婚を喜んでいたそうです。壮ちゃんは、まだ何年かは「おかくら」で修行を続けるということでした。

「おかくら」には、ハワイでホテルマンの仕事をしている高橋望(冨田真之介さん)が来ていました。岡倉文子(中田喜子さん)と、文子さんの旅行会社で仕事をしている元夫の高橋亨(三田村邦彦さん)は、望君からルリコさんという人との婚約の報告を受けていました。ルリコさんはマウイのホテル王の娘だそうで、その父親のホテル王は、亨さんが再婚した妻とその実家に奪われていたホテルの権利を買い取ってくれたのだそうです。

両親に再び再婚をしてほしいと願っている望君に、文子さんたちは、仕事の仲間として最高だから今のままでいるということを話していて、望君は少し寂しそうにしていたのですが、両親の気持ちを尊重して理解していました。

文子さんと望君は、双子を育てている大原葉子(野村真美さん)の家に結婚の報告をしに行っていました。仕事人間だった葉子さんは、夫の透さんに設計の仕事を全て任せて、双子の子育てに専念することにしていたようでした。ハワイでの結婚式には行くことができないけれど、双子が大きくなったら会いに行くと約束していました。葉子さんは、大変だけれど、子育てをしている今がとても幸せだと話していました。

文子さんと望君は、野田家にも挨拶に行っていました。

望君は、野田良(前田吟さん)とその妻の弥生(長山藍子さん)、孫の勇気(渡邉奏人さん)、縁を切った息子の妻の横川佐枝(馬渕英俚可さん)その息子の良武(吉田理恩さん)、里子の合田篤(小林海人さん)、良さんと庭師の仕事をしている竹下美雨(京野ことみさん)、娘の春菜(小林星蘭さん)の、大勢での食事風景に驚いていました。

良武君は、以前よりも背が高くなっていたような気がしました。勇気君と篤君と良武君は、親のいない子や片親に育てられている子たちが自分の思いを伝えることのできるサイトを作っていたようで、一緒に頑張ろうと応援する会合を開きたいということを、良さんに提案していました。

子供たちの気持ちを理解していた良さんは、公民館を借りて、「おかくら」の大吉さんにそのことを説明して、50人分のお弁当を頼んでいました。

大吉さんは、「幸楽」の勇さんに「おやじバンド」を頼んだようでした。田口誠(村田雄浩さん)も準備をしていて、愛(吉村涼さん)はまた少し不満そうだったのですが、さくら(小宮未鈴さん)は応援していました。

金田典介(佐藤B作さん)、中本源太(山本コウタローさん)、川上哲也(井之上隆志さん)も仕度をして「幸楽」に来ていて、5人は楽しそうに出かけると、公民館に集まっていた子供たちの前で「手のひらを太陽に」を演奏していました。

長谷部先輩や壮ちゃんたちの結婚式から帰った眞君は、貴子さんと義父の道隆さんのいる部屋に戻り、貴子さんに、勇さんが探してきた夜の料亭の受付の仕事を紹介していました。

貴子さんがいない夜間は自分が早めに帰宅してお父さんのお世話をすると言う眞君から、もっと家のお金を増やすために働きに出るようにと突然切り出された貴子さんは、驚いて反発していたのですが、その後、眞君の気持ちを理解していた父親からの、眞君が貴子さんの介護疲れを解消したいために仕事に行くよう言っているのだからそのようにしなさいという内容の手紙を読み、眞君にお礼を言って、仕事に行くと伝えていました。

貴子さんの言葉を聞いて眞君も泣いていたのですが、眞君は自分の考えを身近な人に丁寧に説明をするのが苦手のようでした。

それから貴子さんは仕事を始めたようで、仕事風景の場面はなかったのですが、自宅で眞君がチャーハンを作るのを一緒に楽しそうに手伝っていて、その様子を見ていた道隆さんも嬉しそうにしていました。

最後は、石坂浩二さんのナレーションで、「幸楽」で忙しく仕事をする五月さんが、自分の幸せについて考え、自分の周囲の人たちが幸せでいることが自分の幸せなのだと心の中で思っていることが伝えられていました。

いくつかの問題が解決されたり、新しく結婚をする人がいたり、様々な家族の物語はこれからも続いていくという感じの終わり方でした。前編よりも少し詰め込まれている感じはしたのですが、後編も安定感があって良かったと思います。いつかまた今回のように、スペシャルドラマとして放送されることがあるのかもしれません。

「サマーレスキュー」最終回

TBSの日曜劇場のドラマ「サマーレスキュー ~天空の診療所~」の最終回(第10話)を見ました。

明慶大付属病院で心臓外科医の速水圭吾(向井理さん)が執刀することになった、稜ヶ岳山荘の主人の小山雄一(笹野高史さん)の心臓の手術は、日が傾き始める前には終わっていたようでした。

病院のビルの屋上にいた速水さんと教授の倉木泰典(時任三郎さん)を、看護師の平原あかり(小池栄子さん)が緊急の感じで呼びに来ていたのですが、それは小山さんが意識を取り戻したということを知らせに来たもので、病室では、小山さんの娘の遥(尾野真千子さん)が速水さんやあかりさんや医師の高井聡志(佐藤二朗さん)に感謝をしていました。

ザックから落ちたお守りを拾って下山していた小山さんの妻の雪乃(三浦理恵子さん)も病院に到着し、受付で入院場所を訊こうとしていると、教授の沢口哲夫(松重豊さん)が声を掛けて、5階のICUにいると教えていました。雪乃さんは、目の前の人が山の診療所の立ち上げメンバーの沢口さんだと気付き、主人から話を聞いていますと笑顔で挨拶をしていて、沢口さんはまた少し複雑そうにしていました。

みんなは、目を覚ました小山さんに、山小屋を続けてくださいとお願いしていて、小山さんも頷いていました。

夜、速水さんは、沢口教授の娘で婚約者の光香(市川由衣さん)を外に呼び出し、久しぶりに連絡をもらって嬉しかったと言う光香さんに、ごめんと謝っていたのですが、いろいろ話し出す前に、光香さんが納得したようにそれを遮って、私のことも好きだったけれど、山の診療所のことをもっと好きになったのだろうと言って、笑顔でさようならと、自分から離れて行っていました。別れた、ということだったのでしょうか。

23日の閉鎖の日が迫っていた稜ヶ岳では、速水さんや倉木さんが怪我をした3人の登山客の治療を行い、付添い人と一緒に下山をさせていて、見送っていたあかりさんとアルバイトの井上幸治(山崎樹範さん)は、診療所の最後の患者さんになるかもしれないと話していました。

みんなで記念写真を撮ろうと診療所の前に集まっていると、そこへ登山の服装をした沢口さんがやって来て、看板を付けたのは自分だから下ろすところも見届けたいと話していました。

それから、速水さんは、遥さんから聞いた願い事が叶うとの言い伝えのある稜連岩という小山さんが倒れていた場所へやって来ていたのですが、そこに来た倉木さんと沢口さんから、自分たちが間に合わなかったために遥さんの母親を助けることが出来なかった話を聞いていました。

遥さんは母親の則子さんの日記を引き出しの中から取り出し、庭で読んでいました。病院では、その日記について雪乃さんが小山さんに尋ねていて、小山さんはそれはお守りのようなものだと言い、特に最後のページが重要だと言っていました。

遥さんの母親は、何かを祈るために稜連岩へ行く途中、事故に遭ったということだったのですが、遥さんが読んでいた最後のページには、「沢口君と倉木君が立派な心優しいお医者さんになって、たくさんの命を救ってくれるように祈ろう」と書かれていました。事故に遭う前の則子さんが書いたもののようでした。

遥さんは、稜連岩から戻って来た速水さんと倉木さんと沢口さんに母親の日記を見せ、倉木さんが言葉に詰まりながら朗読していました。亡くなった母親が優しい自慢の母親だったことを改めて思った遥さんは、母が生きていたら、今年はきっと速水先生のために祈ったと思うと話し、母親に代わって、立派なお医者さんになってたくさんの命を救ってくださいと伝えていました。

ついに看板を外すことになり、みんなは診療所の周りに集まっていました。倉木先生に頼まれて外すことになったのは、自分が決定した閉鎖にやはり少し寂しそうな様子だった沢口さんでもなく、今年貢献した速水さんでした。

看板はフックに引っかかっているような状態だったのですが、風の強い山で大丈夫だったのでしょうか。速水さんが、ここは衣料の原点を教えてくれた学校のような場所でした、ありがとうございました、と挨拶をして、すっと看板を外すと、倉木さんは、速水さんに、看板を預かっていてほしいと話し出していました。

実は大学病院を辞めて来たと言った倉木さんは、何年かかるか分からないけれど、山の診療所を復活させたいとみんなに伝え、フリーの医者になったから、これから山を好きな医師に声を掛けたりして、いろいろな大学病院が連携して、ボランティアで運営することができるようにしたいと話していました。

速水さんはドイツ留学を決めていたようでした。きっと山に戻ってくるという速水さんに、いつかまた山で会おうと言って、みんなは別れていました。

綿毛のチングルマが群生していた岩場の尾根のようなところを、下山する速水さんと見送りに来た遥さんが歩いていたのですが、その二人の後ろの山と空の風景がとてもきれいでした。速水さんは、ドイツ留学は3年間だけれど、それよりももう少し長くなるかもしれないと話して、遥さんに手を振って下山の道を歩き出したのですが、少し歩いた二人は、同時にお互いに振り返って、それからもう一度手を振って別れていました。

翌年の夏の場面になり、遥さんは、チョモランマへ行ったらしい倉木さんと一緒に稜ヶ岳へ来ていました。倉木さんの働きかけによって、山の診療所は1年で復活していたようでした。

患者さんの治療が行われていると聞いて、医師がいなければ治療は行えないはずだと驚く遥さんの前に、稜ヶ岳診療所から現れたのは、速水さんでした。倉木さんとの登山中、遥さんは速水さんから届いたというドイツの病院での写真を倉木さんにも見せていたのですが、速水さんは日本に戻って来ていたのでした。

速水さんによると、ドイツの教授に話して、夏の間だけ日本に帰国することが認められたのだそうです。

“サプライズ”に遥さんが驚いていると、そこへ怪我をした登山客が診療所を目指してやって来て、山の事故は本来自己責任なのにと話すと、速水さんは、全力で治療をするのが医師の責任ですと答えていました。

脚本は秦建日子さん、演出は日比野朗さんでした。

最終回は、私には少し残念なものに思えてしまったのですが、この「サマーレスキュー」らしいと言えば、まさにそうだったようにも思います。

現在の実際の山の診療所が、いくつかの病院の共同経営だったり、ボランティアによって運営されていたりするように、初めからその設定だったなら、閉鎖騒動が出ることもなく、「臨時総会」を開く必要もなかったのかもしれないと思います。

僅か1年後に診療所が再開される展開にも、少し驚きました。診療所の看板は夏の山の閉鎖の日に下ろされたので、実質的には、診療所が閉鎖された影響は登山客にはなかったのだろうと思います。それは悪いことではないはずなのですが、ドラマとしてはどうなのかなと、少し思えてしまいました。

最初に思っていたよりも山の診療所での治療の場面は少なかったですし、登山客に対して安全な登山を促すような内容というわけでもなかったように思います。速水さんの成長物語だったとしても、その成長はとても早い段階で完了していたような気がします。

恋愛要素がほとんどなかったところは、私としては良かったのですが、速水さんと婚約者の光香さんとのことは、あまりにも薄い感じに思えてしまいました。光香さんが別れを切り出しに来た理由も、私にはよく分からなかったのですが、光香さんが速水さんにさようならと言った後、稜ヶ岳に来た沢口さんも、そのことに何も触れていなかったので、光香さんから特に何も聞いていなかったのかなと思いました。

山の診療所というテーマも良かったと思うので、特に後半の展開は、私には少しもったいなかったように思えてしまいました。

ただ、やはり高い山と空の風景の映像は毎回とても美しくて、ドラマを見ながら、ところどころ、私も何か清々しい気持ちになることができました。その点は、とても良かったです。
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