「純と愛」最終回

NHKの連続テレビ小説「純と愛」の第26週(最終週)「生きる」の最終回までを見ました。

最終回は、台風で壊れオープンが延期になっていたホテル「サザンアイランド」の掃除をしながら、「“信じる”という言葉は人が言うと書く」からと、社長になった待田純(夏菜さん)が、何があっても、這いつくばるようにしてでも、自分は「待田純」として強く生きていくのだということを、自分自身にも言い聞かせるように、目の前の宮古島の海と昏睡状態の続く待田愛(風間俊介さん)に決意表明する、というような話で終わっていました。

認知症になった純の母親の晴海(森下愛子さん)の症状もそのままだったのですが、純さんのホテルを「魔法の国」と言い、宮古で新しい人生を生き始めたように、家族やみんなと穏やかに過ごしていて、認知症というよりは、過去の辛いことを表に出さないようにするためにあえてそのように“装っている”とも思えるような、明るい雰囲気があったような気がします。

私は、お正月の頃までは、この「純と愛」を比較的きちんと見ていたのですが、「里や」の辺りから、少しずつ、物語のテンションについて行くことができなくなってしまっていました。それでも、何となくの流れで、一応毎回見てはいたのです。

晴海さんが過度のストレスから?認知症になったことも、純の父親の善行(武田鉄矢さん)が晴海さんを助けようとして海で溺れて亡くなってしまったことも、愛が脳腫瘍で倒れたことも、手術後は意識不明の「ねむりひめ」の状態になったままでいることも、家族には何が起こるか分からないけれど、家族として生きていくためにはそれを受け止めなくてはいけないということだったのかなと思います。

最終回の純の「信じる」ための決意の言葉を聞きながら、何というか、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩の朗読のような話し方だなと思いました。それを意図したのではないのかもしませんが、朗読風に思えました。

その言葉の直後に、主題歌のHYの「いちばん近くに」が流れ、最後は無音でした。「純と愛」のいつものオープニングの荒井良二さんの絵が、クレジットと共に流れていました。オープニングの絵はかわいくて良かったのですが、私としては、最終回は、先日の日本テレビの「泣くな、はらちゃん」の時のように、最終回独自の何か新しい「純と愛」の王子様とお姫様の絵を放送してほしかったようにも思えてしまいました。

でも、最後の「まほうのくに」の写真は、ジュークボックスの隣に佇む笑顔の「社長の待田純さん」でした。

作(脚本)は、ずっと遊川和彦さんでした。日本テレビのドラマ「家政婦のミタ」が話題になっていた後に見ることになった同じ脚本家の方の「連続テレビ小説」でしたし、愛が人の心を読むことのできる“超能力者”だったような点も含めて、どのようなドラマになるのだろうと楽しみにして見始めたドラマだったのですが、途中から、その“超能力”もあまり活用されなくなってきましたし、「トラウマ」のようなものが消えていったということなので、それは愛や待田家にとっては良いことだったのだろうとは思うのですが、私には何か少し残念なようにも思えていました。

前半の大阪のホテルの大先真一郎(舘ひろしさん)や桐野富士子(吉田羊さん)たちが突然最終週にも登場していましたが、その前半の要素とも、もっとつながっているように描かれていてほしかったようにも思います。

脚本家の遊川さん自身が最初に話していたように、今までとは違う「連続テレビ小説」にはなっていたのかもしれないのですが、私には少し散漫としているところが多かったように思えてしまったドラマでした。

「石坂線物語」

NHKのBSプレミアムで放送されていた、NHK大津放送局制作の滋賀発地域ドラマ「石坂線物語(いしざかせんものがたり)」を見ました。

私は電車のことをよく知らないのですが、石坂線は、琵琶湖畔を走っている「京阪電車石坂線」だそうです。竹のような薄い緑色の2両編成の電車でした。

ドラマは、夜の10時からの1時間の放送だったのですが、3つの作品で構成されたオムニバスドラマでした。短編の3作品を、新人の女性車掌(寺田有希さん)と先輩の車掌(渋谷天外さん)と、昭和風の、電車の座席に座っている笑福亭松之助さんの演じる老人や前田旺志郎さんの演じる少年が、つないでいました。

1作目の「豆腐の味」(脚本は渋谷悠さん、演出は角田智慧理さん)は、将来の夢などを考えることができず、自分は味があるのだかないのだ分からない豆腐のようだと進路に悩む豆腐店の一人娘で高校3年生の柏崎和歌奈(森田涼花さん)が、最近亡くなった父親と、一人でお店を続けている母親(石野真子さん)の守っていた豆腐の味が町の人たちに愛されていることを知って、その郷里の豆腐の味を受け継いでいこうとするという物語でした。

2作目の「おかえり」(脚本は仲田真紀子さん、演出は板垣麻衣子さん)は、大津の高校を卒業してから10年後、東京で映画監督になるという夢に挫折し、密かに長浜で野鳥を保護するアルバイト生活を送っていた斎藤直哉(内野謙太さん)が、高校時代の同級生でシングルマザーになっていた中村詩織(浜口順子さん)に再会し、母親として頑張っている中村さんの意見を聞いて、再び映画監督を目指すことを決意し、東京で映画の仕事をしていると嘘をついたまま会わずにいた、息子を心配している大津で暮らす母親の嘉子(朝比奈潔子さん)に会いに行くという物語でした。

3作目の「華の火」(脚本と演出は三島有紀子さん)は、数ヶ月前に4歳だった一人娘の華(川嵜鈴乃さん)を幼稚園での事故で亡くした悲しみと喪失感から立ち直ることができず、携帯電話で撮影した生前の華ちゃんとの会話を続け、現実と非現実との境にいるような状態になっていた藤居葉子(冨樫真さん)が、幻の華ちゃんを走ってくるバイクから助けようとして携帯電話を川へ落として壊してしまった後から、少しずつ、目の前の存在と関わり始め、ある日乗った石坂線の車内で足元に転がってきた華ちゃんの青いビー玉を拾うと、向かいの窓に広がっていた琵琶湖の夜空に、お祭りの日でもないのに花火が上がっているのが見え、その華ちゃんの火を見て、いつの間にか電車に乗っていた夫の幸太郎(井之上チャルさん)と一緒に、自分を母親にしてくれた華ちゃんに感謝をして、もう一度お母さんになりたいと願うという物語でした。

冨樫真さんの葉子さんの半狂乱の雰囲気がすごくて、ドラマを見ていた私にも、悲しい気持ちがとても良く伝わってきました。

華ちゃんを失って不安定になっている妻の葉子さんを心配していた夫の幸太郎さんは、電車の隣の席に座っていた少年(前田旺志郎さん)に組み紐を渡し、その少年は、携帯電話を壊して華ちゃんの姿に会えなくなって落ち込んでいた葉子さんに組み紐を渡し、葉子さんはその代わりに華ちゃんの好きだったヤクルトのような飲料水を少年に渡し、その少年は、駅でぼんやりとしていた、華ちゃんの事故に責任を感じている幼稚園の井川先生(井村空美さん)にヤクルトを渡していました。

井川先生は、そのお礼に飴を渡そうとしたのですが、いつの間にか少年の姿はなく、その後、幻の華ちゃんを助けるために突然道路に飛び出すような形になっていた葉子さんを怒鳴りつけてしまったことを反省して落ち込んでいたバイクの青年(本田力さん)のそばを井川先生が通りかかり、見ず知らずのその青年にヤクルトを渡して励ましていました。

花火が上がると、走っていたはずの2両編成の電車は止まり、電車の色はビー玉のような青色になり、そして琵琶湖の上の夜空に咲いた華ちゃんの火を、葉子さんと幸太郎さんだけではなく、井川先生もバイクの青年も、謎のおじいさんも少年も、みんなで一緒に見ていたのが、少し不思議な雰囲気でした。

「華の火」には、「それは、すべての人に見えない」というサブタイトルがついていたのですが、その感じも、何だかとても良かったです。

「電車は大きな揺りかご、大丈夫と励ましてくれる」、「優しさを積んだ電車が走る街、それが私の故郷」、「戻らないと決めた駅 おかえりと迎える母が居る」などの言葉が、いつも石坂線の電車に乗っている笑福亭松之助さんのおじいさんによって、ドラマの合間に読まれていたのですが、それは石坂線が募集した「電車と青春 21文字のメッセージ」というものだったようでした。

その言葉もこの「石坂線物語」のドラマに合っていて、あるいはその言葉のほうがドラマよりも先に作られたのかもしれませんが、ほのぼのとしていて良かったです。3作品ともに良いドラマでしたし、つなぐ部分も、さわやかな感じがしました。見ることができて良かったです。

特集ドラマ「ラジオ」

昨夜、NHKの特集ドラマ「ラジオ」を見ました。夜の10時から11時15分まで放送されていたドラマです。

ドラマは、東日本大震災の一か月後に地元の人たちが作った宮城県の女川町の臨時災害放送局「女川さいがいFM」で、震災から10か月ほど経った頃からラジオDJを務めることになった女子高校生の「某ちゃん」の「ブログ」を、原作として作られたものだそうです。

主人公の女子高校生の「某ちゃん」というあだ名は、友達がつけたものだそうですが、その人は津波に流されてしまい、もう名前の由来を知ることはできないのだそうです。

漁師の父親(豊原功補さん)とかまぼこ店で働く母親(西田尚美さん)と一緒に仮設住宅で暮らしていた「某ちゃん」(刈谷友衣子さん)は、無力感のようなものから少し引きこもり気味の生活をしていたのですが、ある日、その様子を見かねた母親の後輩で蒲鉾店の社長の國枝(吉田栄作さん)に「女川さいがいFM」の放送局へ連れて行かれ、そこで宮城太郎(新井浩文さん)や笹山ユキ(安藤サクラさん)、某ちゃんと同じく女子高校生の岡崎えみ(夏居瑠奈さん)、男子高校生らしき阿部健夫(藤原薫さん)、熱心なリスナーの山之里勝(山本浩司さん)と出会い、ラジオDJをすることになったのですが、「はしゃいで」という指示に対応することができず、マイクの前で話すことも苦手のようで、順番になっても黙っていることが多く、放送局を辞めようとしていました。

辞めようとして、某ちゃんは自らのリクエスト曲を宮城さんにかけてもらうことにしたのですが、その「負け犬」(ザ・スターリンというバンドの歌だそうです)がラジオから流れ終わり、某ちゃんが帰ろうとしていると、某ちゃんへの一通のメールが届き、仲間たちとバンドをしていた頃のことを思い出したという東京で暮らす飛松さん(リリー・フランキーさん)からのそのお礼のメールを読んだ某ちゃんは、ラジオはすごい、と感動し、ありがとう、こんにちは、と繰り返していて、その時から、「女川さいがいFM」でのDJの役割を続けることにしたようでした。

話すことが苦手な様子の某ちゃんは、父親に勧められて、自分の思いや考えを直接伝えるための「ブログ」を始めることにしていたのですが、十数人の読者がいつの間にか200万人になり、某ちゃんの言葉に反発する人たちからのコメントの書き込みも増えていました。かまぼこ店の社長が、某ちゃんの文章の言葉に感動し、もっとたくさんの人たちにも読んでもらおうと、「SNS」で広めた結果だったようなのですが、自分の文章が誤解されて伝わっていたことを思い知った某ちゃんは、動揺して、悲しんでいました。

リスナーの飛松さんからのメールのお便りは頻繁に届き、某ちゃんは町の実情を発信する仕事を続けている中で、次第に自分ともう一度向き合うことができるようになり、取り戻さなければいけないものは自分自身なのだと思い至り、自分の進路を、推薦で決まった東京の大学へ行くことに決めていました。

某ちゃんもえみさんも、東京の大学へ行くことを、女川の町を捨てるようで辛いとも思っていたようだったのですが、今の自分のままでは女川を復興させることはできないという思いから、決意をしていたようでした。

仮説の家の前で母親に話した後、父親の姿を見て、某ちゃんは両親の前で泣き出していました。

それから、一人娘を遠くの街へ送り出すことに決めた両親に見送られてバス停へ来た某ちゃんは、バスから降りて来た飛松さんと会っていました。薬剤師の飛松さんは、東京に避難している間に、女川への思いを強めたようで、女川町に戻って来たのでした。

石巻へ向かうバスに乗る某ちゃんに、某ちゃんと同じ年頃の娘がいたという飛松さんは、名前を教えて、と訊いていたのですが、某ちゃんは、私は某ちゃんです、どこにでもいます、と答えてバスに乗っていました。飛松さんも、納得したように、某ちゃんを見送っていました。

行く道で仲間たちに見送られていた某ちゃんがバスの座席でラジオをつけると、「女川さいがいFM」から、以前飛松さんがリクエストした「応援歌」(THEイナズマ戦隊というバンドの歌だそうです)が流れてきていました。

某ちゃんは、走っていくバスの中でラジオから流れる応援歌を聞いていたのですが、あるところから、突然「女川さいがいFM」のラジオの音声は途絶えて雑音に変わっていました。

そして、某ちゃんを乗せたバスは、女川の町を離れて、外灯の点き始めた道路を真っ直ぐに進んで行っていたのですが、その最後の場面がとても静かで、緊張感があって、町を離れていくというか、その町の外へ出て行ったのだという雰囲気がよく伝わってきて、印象的でした。

脚本は一色伸幸さん、演出は岸善幸さんでした。

ドラマで言われていたように「被災地」と「被災地外」とに分けるとしたなら、私はおそらく「被災地外」に暮らしているので、そこでたくさんの大切なものを失った某ちゃんたちの悲しみを、本当には理解することができないかもしれません。

実話を元にしたドラマということなので、テレビの取材が悲惨な状況を探しに来ることや、瓦礫の受け入れを拒否されているというような問題など、現実の問題が描かれていたのは、とても生々しいというか、リアルなものに思えました。

そのようなところは、見ていて辛く思えていたのですが、その「被災」の重さのようなものを、ドラマの中で少し吹き飛ばすようにしていたのが、音楽でした。

ドラマの中で使われていたパンクとか、ロックとか呼ばれるような音楽について、私は何も知らないのですが、最初に「負け犬」という音楽がかかった時、“自虐的”な感じがして面白く思えて、「負け犬」以外の具体的な歌詞は聞き取ることができなかったのですが、「負け犬!負け犬!」と繰り返すのには少し笑ってしまいました。

「おーい!お前!がんばれや!俺がそばで見ててやるから」というような歌詞の「応援歌」も、とても良かったです。

ドラマのところどころに読まれていた「某ちゃん」のブログの言葉は、内容も良かったのですが、その詩のような文章力に感心しました。

ドラマの中では、2011年の3月11日の前の女川町に戻ることができたら何をしたいか、というような話が出て来ていましたが、元々頑張っていた人たちが、自分の暮らした町や他の町で、新たに頑張り始めるというドラマだったのかなと思います。

少し気になって、何気なく見ることにしたドラマだったのですが、とても良いドラマでした。

「ビブリア古書堂の事件手帖」最終回

フジテレビの月9枠のドラマ「ビブリア古書堂の事件手帖」の最終回(第11話)を見ました。前編だった先週の第10話の続きの後編です。

今回の後編は、乱歩の作品をテーマにした物語の「解決編」なのですが、乱歩の『二銭銅貨』の暗号の解読方法の辺りも描かれていたため、私としては、例えばこれから実際に『二銭銅貨』を読もうとしている方や、あるいは今ちょうど読み始めたばかりというような方にとっては、あまり見ないほうがいい最終回だったのではないかなというようにも、少し思えてしまいました。

鹿山直美(横山めぐみさん)が昨年亡くなった父親の鹿山明(須永慶さん)の部屋のソファの中から取り出した白い箱の中には金庫の鍵が無く、「ビブリア古書堂」の店主の篠川栞子(剛力彩芽さん)は、母親の智恵子(安田成美さん)が先に来て持ち去ったのではないかと疑っていました。

アルバイト店員の五浦大輔(AKIRAさん)と「ビブリア古書堂」へ戻ると、戻って来ていた智恵子さんは、江戸川乱歩コレクターの鹿山さんが金庫の中に隠しているのは、乱歩が自ら破り捨てたと書き残している『押絵と旅する男』の第一稿ではないかと言い出し、鹿山さんの父親が、当時その現場の名古屋の大須ホテルの従業員だったという経歴があることを指摘していました。

智恵子さんは、暗号を解く協力をする代わりに、鹿山家の乱歩コレクションを山分けにしようと娘の栞子さんに持ちかけていたのですが、栞子さんはそれを断って、母親が鹿山さんの自室のソファの中から奪った金庫の鍵を返すように言っていました。

鍵が椅子の中から見つからなかったことを聞いた智恵子さんは、少しはっとしたような感じで、詰めが甘いわね、と言っていたのですが、その後、“せどり屋”の志田肇(高橋克実さん)と大輔さんと一緒に藤波明生(鈴木浩介さん)のカフェで話し合っていた栞子さんが、直美さんからの連絡で鹿山家へ駆けつけると、そこには金庫の鍵を手にした智恵子さんが待っていました。

智恵子さんは、栞子さんの話から、「少年探偵団」シリーズの一部が隠されている別の場所に気付き、鍵を発見したようでした。

栞子さんは、ポプラ社版の中に光文社版と講談社版の「少年探偵団」シリーズが混ざっていることに気付き、希少価値のあるものは子供の手の届かないところに置かれていたのではないかと考えて部屋を見回すと、栞子さんたちが入ってきた部屋のドアの内側に、『大金塊』などの置かれた本棚がありました。ドアを閉めると、部屋の中からすぐに本棚が見えるのですが、開けておくと壁側に隠れているので見えないという本棚でした。

智恵子さんは、金庫の鍵の他に“ニ銭銅貨”も見つけたようで、それを栞子さんに見せていたのですが、それは暗号文のないものだったようでした。

声の出ない車椅子の来城慶子(高木澪さん)と貴城邦代(松田美由紀さん)の暮らす鹿山さんの別邸を訪れた栞子さんと志田さんと大輔さんは、コレクションのガラスケースの中の“二銭銅貨”に暗号文を見つけていました。栞子さんは、鍵を貸してほしいと、慶子さんと一緒に智恵子さんに頼んでいて、智恵子さんは、少し考えた末に、翌朝に返してもらうという約束で、栞子さんに鍵を渡していました。

“ニ銭銅貨”を見ていた大輔さんから、志田さんは、それが「大正十二年」の刻印のあるものであることを知って不審に思っていました。栞子さんは、その年が「新青年」に『二銭銅貨』が掲載された年だと気付き、新青年版の『二銭銅貨』と桃源社版の『二銭銅貨』の暗号の違いを指摘し、鹿山さんは、愛人の慶子さんに、新青年版の「暗号」を解読し、金庫を開けてほしいと思っていたのではないかと推理していました。

そして、金庫の鍵と、「1915」のダイヤルと、暗号文の解読結果の「ヒショウエジマ」のボタンで、金庫は開きました。中には原稿用紙が収められていて、その一枚目には「押絵と旅する女」という題名が書かれていました。

貴城姉妹に頼まれて、栞子さんたちは、書庫へ行っていたのですが、大輔さんが『江川蘭子』の初版本を落としそうになっていた時のことを思い出し、私たちは騙されていたと、慌てて慶子さんのところへ向かったのですが、そこにいたのは、慶子さんの振りをしていた妹の邦代さん(高木澪さん)で、本当の姉の慶子さん(松田美由紀さん)は、原稿を持って家を出ていた後でした。

慶子さんは、病気の妹の頼みなら暗号解読に協力してもらえるだろうと考えていたようでした。慶子さんに追いついた栞子さんに、慶子さんは、乱歩の世界へ入りたかったのだと話していました。栞子さんは、慶子さんに原稿を見せてもらい、一枚目に書かれている鹿山さんのペンネームの「えじまひしょう」は、鹿山さんが好きだった『大金塊』の主人公の「みやせふじお(宮瀬不二夫)」のローマ字のアナグラムではないかと教えていました。

慶子さんは、『押絵と旅する男』のように、蜃気楼の見えるという富山県の魚津へ旅に出ることにしていたようでした。慶子さんと別れた栞子さんは、慶子さんにとっては暗号解読のプロセスも大切な「乱歩の世界」の要素だったのだということを、帰り道で大輔さんと話していると、前方から智恵子さんが歩いてきて、栞子さんの前に立ち止まり、慶子さんの文字を見て姉妹の「入れ替わり」に気付いたことを鹿山さんの父親が拾っていた「押絵と旅する男」の第一稿は、全部ではなく、断片的なもので、鹿山さんは、その断片に自分の小説を組み合わせて、乱歩との合作小説にした「押絵と旅する女」を作り、乱歩の世界へ入りたいという慶子さんへのプレゼントにしたのではないか、慶子さんが栞子さんに見せた原稿は鹿山さんが書いたその数枚だけだったのではないか、ということを話していました。

そして、突然家を出てから10年間連絡もせずに帰らなかったことについて、人生を賭けなければ手に入れることのできない貴重な古書を探しているのだと説明し、それがどのような本か「知りたくない?」と尋ねていました。

母親の失踪を怒っていた栞子さんは、「私の子供だから」心配していないと言われて、涙を流していたのですが、母親が探している本については、教えてもらおうとしていませんでした。

智恵子さんは、これから貴城慶子さんに会いに行き、第一稿を受け取った後、すぐに外国へ発つ予定だと言い、その気になったら追いかけて来なさい、と栞子さんに話して、再び栞子さんの前から去って行きました。

その夜、大輔さんは、「本を読めないなんてもったいない」という栞子さんの言葉を思い出して、『押絵と旅する男』を読もうとしていたのですが、まだ治っていなかったらしい本を読むことができないという病のために、断念してしまったようでした。

翌朝、「ビブリア古書堂」へ出勤してきた大輔さんは、栞子さんが智恵子さんと一緒に外国へ行ってしまったのではないかと心配していたようだったのですが、栞子さんは古書堂に残っていて、本を読もうとしたが数ページで断念してしまったということを話していた大輔さんに、長くなりますよ、と言って、楽しそうに『押絵と旅する男』の物語の解説を始めていました。

脚本は相沢友子さんで、演出は松山博昭さんでした。

今までのようだったならば、エンディングでは『押絵と旅する男』の内容が簡単に紹介されていたのだろうと思うのですが、最終回には、ドラマの中で扱った小説の内容を紹介するといういつものエンディングはなく、ドラマの本編が終わると同時に終わっていました。私としては、いつものエンディングがあったほうが、まとまりのある終わり方になったのではないかと、少し残念に思いました。

これまでの回と同じように、ドラマの内容が“ミステリー”であるとしても、ドラマの中に登場する本(今回なら乱歩作品)自体は、それほど問題ではなかったのかもしれません。

最終回は、何というか、全体的に散漫としているようにも思えてしまい、あまりすっきりとしない終わり方だったように思います。謎の存在だった、栞子さんの母親の智恵子さんが、私には面白く思えていたのですが、その智恵子さんの場面も、中途半端のままに終わってしまったように思えてしまい、少しもったいなかったようにも思いました。

智恵子さんと栞子さんの確執などを描くのなら、それを最終回(第10話と第11話)にするよりは、スペシャルドラマか何かの別の機会にしたほうが良かったのではないかなとも思えました。

それとも、これで終わりなのではなく、いつか続編を放送する予定なのでしょうか。

私は三上延さんによる原作の小説を未読のまま、ドラマのみを見ていたので、登場人物に違和感があるということは無かったのですが、同じ“安楽椅子探偵”だとしても、主人公の栞子さんよりも最後のほうに少ししか登場しなかった母親の智恵子さんの性格のほうが面白かったことや、栞子さんの弟の存在感が薄かったことなどは、少し気になりました。

最終回では志田さんの活躍も場面もそれほど無かったですし、以前の月9ドラマの「鍵のかかった部屋」に似た演出のドラマではありましたが、今作では、“3人組”の要素はあまり活かされていなかったように思います。

古書店を舞台にしているというところは良かったと思いますし、私も毎回比較的楽しく見ることができました。でも、ところどころ、本を落としたり、燃やしたり、水につけたりと、もう少し本を大切に扱ってほしいと思える場面もあり、その辺りも含めて、何かもう少し惜しいドラマだったようにも思います。

「泣くな、はらちゃん」最終回

日本テレビの土曜ドラマ「泣くな、はらちゃん」の最終話(第10話)を見ました。

かまぼこ工場をお休みしている越前さん(麻生久美子さん)を心配している田中さん(丸山隆平さん)と紺野清美(忽那汐里さん)に、矢口百合子(薬師丸ひろ子さん)は、越前さんがノートの中の漫画世界へ入ってしまったことを話していました。紺野さんが越前さんの行動を、勇気があると言うと、矢口さんは、勇気なのだろうかとつぶやいて、工場を出て行っていました。

その頃、漫画世界の居酒屋の越前さんは、「私の世界」を歌うはらちゃん(長瀬智也さん)と穏やかな時間を過ごしていました。マキヒロ(賀来賢人さん)と、あっくん(清水優さん)と、笑いおじさん(甲本雅裕さん)と、たまちゃん(光石研さん)は、隣のテーブルで漫画雑誌を読んでいたのですが、カウンターのユキ姉(奥貫薫さん)は、越前さんのことを大丈夫なのかと心配していました。

越前さんの家へ来ていた矢口さんは、越前さんのお母さんの秀子(白石加代子さん)と弟のひろし(菅田将暉さん)と一緒に越前さんの部屋へ来て、机の上に置かれていた越前さんが絵になっている漫画のノートを手に取り、出てくるのよ、と言いながら揺さぶっていました。

漫画の居酒屋には地震が起こり、越前さんは驚いていました。はらちゃんは、戻りますか、と訊いていたのですが、越前さんがいや!と答えるので、越前さんを庇って、落ちて来る枠を避けていました。

越前さんが出てこないので、矢口さんがノートを開くと、開いた瞬間、漫画世界は絵になり、地震で壊れていたものも修復されて元に戻っていました。

元の世界へ戻らなくてもいいのかと訊かれていた越前さんは、家族は泣いてくれるかもしれないけれど、私がいなくてもあの世界は何も変わらない、私なんかちっぽけでどうでもいい人間なんです、とみんなに話していて、それを聞いていたはらちゃんは、そんなことを言う越前さんは好きではありません、と言い、越前さんも世界もすばらしいのに、越前さんはどうして自分や世界と両思いになろうとしないのか、自分と世界と両思いになってください、と越前さんを説得していました。

その頃、越前さんの部屋にいたひろしは、帰ってきてもらうよ、とつぶやき、なわとびの縄に漫画のノートを結んで自転車を走らせて、がさつに引きずっていました。

漫画世界には再び地震が起こり、外の世界へ帰ることにした越前さんは、はらちゃんと一緒に、落ちて来る枠の中へ入ることにしていました。ユキ姉や笑いおじさんやたまちゃんやマキヒロやあっくんは、一人じゃない、俺たちがいると読んでいた漫画の台詞のようなことを言って、はらちゃんと越前さんを送り出していました。

ひろしはブレーキの利かなくなった自転車でかまぼこ工場へ突進していて、そこへ越前さんとはらちゃんが現れていました。工場を飛び出してきた田中さんと紺野さんと矢口さんは、越前さんが戻ってきたことにほっとしていて、矢口さんは、よく帰って来たねと越前さんを抱きしめていました。

ひろしは、姉の越前さんがいなくなったら自分が働かなくてはいけなくなるからと言っていて、少し怒った越前さんは、越前さんを好きではありませんと言っていたはらちゃんが、急に越前さんと「新婚さん」になりたいと言い出したことにも怒りながら、ノートを拾って二人で自宅へ帰っていました。「新婚さん」も、玉田工場長に教えてもらっていたことのようでした。

秀子さんは、ただいまと帰って来た越前さんたちにお帰りと言って、素直に二人の帰宅を喜んでいました。

部屋の机の椅子に座った越前さんは、怒りも収まったようで、それからはらちゃんと初めて会った時のことを思い出して、はらちゃんと一緒に笑っていました。話しながら、はらちゃんは自分の胸の辺りを押さえて、チクチクすると言い出し、越前さんは、それは「せつない」ということで、辛いけれど大切なものなのだと教えていました。

越前さんも、チクチクすると言っていたので、はらちゃんは「両せつない」だと言っていました。今の自分たちの状況を「ラブラブ」だと表現していた越前さんは、それを「新婚さん」の幸せな状態だけれど、その時期は短いことが多いものだと説明していました。

心の強いはらちゃんに感心していた越前さんは、越前さんは弱いのですかと訊かれて、弱い神様では困りますよねと答えていました。少しずつ、強くなろうとしているようでした。

家の外では、なぜかお祭りが始まっていて、お神輿が来ていました。お神輿を見たはらちゃんがお神輿を担ぐとは何かと尋ねると、秀子さんは、神様によろしくお願いしますとお願いすることと教えていて、それを聞いたはらちゃんは、非番だった警官(小松和重さん)に越前さんのいる世界を守ってほしいと頼んで、パートの長沼さん(稲川実代子さん)たちにも誘われて、お神輿を担ぎに行っていました。この世界はすばらしいと大きな声で言いながら、近所の子供たちとお神輿を担いでいました。

翌朝、家を出ると、外には雪が降っていました。手のひらの上で消える雪に驚くはらちゃんに、越前さんは、世界を真っ白にすることもあるものだと教えていました。玄関から出てきた秀子さんは、風邪を引くからと、越前さんに赤い傘を渡し、はらちゃんにも黄色い傘を渡して、いってらっしゃいと二人を送り出していました。はらちゃんの黄色の傘が少し小さかったような気がするのですが、それも何だかかわいかったです。

かまぼこ工場の手伝いをしていたはらちゃんが、田中さんと営業へ出る途中、越前さんは、長沼さんの作った雑なかまぼこを見て、注意しようか迷っていたのですが、思い切って声を掛けていました。やる気かと好戦的な長沼さんに、越前さんは、戦いは好きではありませんが、防御はしますと言い返していていて、それを聞いた長沼さんは、かわいくないわね、と言いながら、でも少し楽しそうに、かまぼこを直すことにしていました。

はらちゃんを乗せて車を走らせていた田中さんは、はらちゃんが漫画世界へ帰ることを聞いて、もっと訊いてください、と寂しそうにしていました。「かもめ」を教えていた田中さんは、それから「まぐろ」とか、「うさぎ」とか、「灯台」とかを、はらちゃんに教えていました。

田中さんにもらっていた悪魔の絵の飴を持っていた紺野さんは、はらちゃんが帰ると聞いて、つまらないと言っていて、何でもないと答えた後、神様をよろしくお願いしますと頼むはらちゃんに、悪魔は神様によろしくしないのと言って、元気でな、と挨拶し、はらちゃんが出していた親指の向きを上向きに直していました。

その頃、漫画世界の居酒屋では、笑いおじさんたちが漫画雑誌を揺さぶって、登場人物を出そうとしていて、この場面も面白かったです。

夜、はらちゃんと越前さんは、矢口さんと焼き鳥屋さん(おでん屋さん?)へ来ていました。はらちゃんがおいしそうにかまぼこを食べていると、矢口さんは、みんな自分の世界だけを世界の全てだと思ってしまい、少し変わった人がいると、変な人だと排除しようとしてしまうということを話していました。そして、この世界も誰かの描いている漫画の世界かもしれない、漫画ってすごいんだよ、と楽しそうに話していました。

矢口さんは、離れていても越前さんとは両思いだと自信を持っているはらちゃんに、もし越前さんにはらちゃんの他に好きな人ができたらどうするの、と訊いていたのですが、驚いて、少し考えていたはらちゃんは、越前さんが幸せなら自分も幸せだと答えていて、矢口さんは、その気持ちが「愛」だと教えていました。はらちゃんの「愛」に、越前さんは涙を流していました。

元気で、頑張って、とはらちゃんに挨拶をして、越前さんの耳元で何か言って別れていた矢口さんは、少しして、赤い小さいお財布のようなところからペン先を取り出して見ていたのですが、急に漫画を描く気力を取り戻していたようで、スキップをしながら帰っていました。

越前さんと部屋に戻ったはらちゃんは、この世界と両思いになってください、両思いは幸せです、愛です、と越前さんに話し、辛い時はいつでも来ます、と寂しそうな越前さんに伝えていました。二人で漫画のノートを持つと、越前さんは結婚式の「ケーキ入刀」みたいだと言っていて、今度来た時に教えるとはらちゃんに言いながら、一緒にノートを開いていました。

漫画のノートを開くと、はらちゃんと越前さんの絵の部分が白抜きの輪郭だけになっていたのですが、はらちゃんは一瞬絵になって越前さんの目の前から消え、そのまま外の世界に残った越前さんは、絵の輪郭のほうが、ノートの中から消えていました。

黄色の傘を持ったまま漫画世界の居酒屋へ戻ったはらちゃんに、みんなは、お帰り、はらちゃん、と声を掛けていました。たまちゃんが調子はどう?と訊くと、はらちゃんは、幸せです、と答え、外の世界とつながっている天井に向かって、「神様、愛です!」と叫んでいました。

それから何日か過ぎたのか、ある朝、弟のひろしはなぜか独自の「はらちゃん」の漫画を描き始めていました。書店には、矢口さんの「矢東薫子」の新連載のお知らせのチラシが貼られていました。田中さんは副工場長になっていて、工場長代理だった越前さんは、工場長になっていました。

神社で「初恋は片思い」を披露していた紺野さんは、聴衆の一人だった田中さんから、誰に片思いをしているのかと訊かれて、田中さんの胸ぐらを掴みながら、お前だよ!と告白していて、驚いた田中さんは、すいませんでしたと謝っていました。

帰宅した越前さんは、ノートを開き、続きの漫画を描き始めていました。机の上には、はらちゃんにもらった猫の飴がありました。そして、工場長になったことを、嬉しくないわけじゃない、とはらちゃんの台詞に書いていました。愚痴は減り、マキヒロやたまちゃんの台詞も増えていました。あっくんは白い犬を抱えていて、ユキ姉は、「殺すしかないね。ってほどでもないか」と穏やかになっていました。笑いおじさんは、また笑い出し、みんなも一緒に笑っていたのですが、周辺には猫がいたり、花が咲いていたり、居酒屋も少し広くなっていたり?、漫画の世界は明るく楽しい世界になっていました。

白衣のまま、越前さんは海辺に来ていて、漫画のノートのはらちゃんに、私は生きています、と話しかけていました。この世界とはまだ両思いではないけれど、はらちゃんは片思いはすばらしいと言っていたから、私はこの世界に片思いです、と今の状況を素直に受け入れていました。

そして、はらちゃんの絵を見ながら、会いたいなと言っていた越前さんは、ノートを振ろうとして、ふと思い直して止めて、さっと走り出していました。

最後、これはいつのことなのか、雨の中、工場の前の広いところを走っていた越前さんは転んでしまい、鞄の中から飛び出した漫画のノートも雨に濡れていたのですが、すると、傘を持った人の影が越前さんのそばに現れていて、それは黄色い傘を差したはらちゃんでした。「はらちゃん!」と越前さんが呼ぶと、はらちゃんは「はい!両思いのはらちゃんです!」と元気に答えていて、それから雨が止んで、二人は笑顔で向き合っていました。

脚本は岡田惠和さん、演出は菅原伸太郎さんでした。

今回のエンディングには、はらちゃん以外の漫画世界の人たちも登場していました。最後は、ハートの形になる赤い糸で結ばれている漫画の絵のはらちゃんと越前さんが振り向いて、笑顔で手を振っていました。

明るくて、とてもかわいい終わり方で、本当に良かったです。

漫画の世界から外の世界へ出てくるという「はらちゃん」の設定も見ていて楽しかったですし、登場人物たちの性格も、穏やかで良かったです。主題歌の、かもめ児童合唱団の歌う「私の世界」も、TOKIOの「リリック」も、どちらもドラマの世界観に合っていて、それもとても良かったです。

はらちゃんは、本当に強くて優しい人でした。「自分と両思いになってください」、「世界と両思いになってください」とはらちゃんが越前さんを励ましているのを聞いて、何だかドラマを見ている私がはらちゃんに言われているような気もしてきて、切実な感じがして、少し嬉しいような、悲しいような気持ちになりました。

はらちゃんが漫画の世界へ帰るということには、特に時間制限のようなものはなく、どうしても今帰らなくてはいけない、すぐに帰らなくてはいけない、帰ったら二度と会うことはできない、というようなことはなかったと思うのですが、外の世界の越前さんたちも、漫画世界のはらちゃんたちも、「別れる」という雰囲気になっていました。

最後の場面からすると、越前さんが困っている時にははらちゃんはこれからも来てくれるということのようだったので、越前さんとはらちゃんの関係は、のび太くんとドラえもんのような関係なのかなとも思いました。

最終回の録画に失敗してしまった(本当にショックです。ドラマを見終わってから気付いたのですが、録画の予約はできていたはずなのに、なぜか「未録画」になっていました。私には時々このようなことがあるのです。)ことはとても残念なのですが、最終回も放送時間に見ることができ、最後まで見ることができて、本当に良かったです。「泣くな、はらちゃん」は、とてもかわいくて、すてきな作品でした。
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Author:カンナ
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