「The Partner~愛しき百年の友へ~」

TBSで放送されていた2時間ドラマ「The Partner(パートナー)~愛しき百年の友へ~」を見ました。

「日本・ベトナム国交樹立40周年スペシャルドラマ」として、TBSとベトナムテレビジョン(VTV)で共同で制作された作品ということで、昨日のこのドラマは、日本とベトナムで同時刻に放送されたのだそうです。

作品は、「ドキュメンタリードラマ」ではなく、実話を基に作られた「ドラマ」でした。

予告編を見た時には、少し複雑な話なのかなとも思えていたのですが、実際に見てみるとそのようなことはありませんでした。中心の物語は1905年頃から始まっていましたが、私は、当時のベトナムと日本との間にこのような歴史のあったことを知らなかったので、歴史のドラマとして、その話の内容そのものにも驚きましたし、見ていて面白かったです。

ドラマは、2013年の商社で働く鈴木哲也(東山紀之さん)が、ベトナムの会社へ契約交渉をしに行った際、グェン・タイン・ナム社長(ファン・フィン・ドンさん)からある石碑の写真を見せられ、そこに眠っている宝を見つけることができれば契約すると言われて、後輩の畠山紀彰(中丸雄一さん)と一緒にその石碑のことや、石碑を建てた「ファン・ボイ・チャウ」という人物のことや、石碑のある村の歴史を調べていくうちに、日本とベトナムの歴史や、石碑に刻まれている「浅羽佐喜太郎」という医師と「ファン・ボイ・チャウ」との間の友情を知っていく、という話でした。

物語は現代編と明治編に分かれていて、現代編は、妻に先立たれ、仕事の関係で知り合ったベトナムの女性のレ・ホン・リェン(グェン・ラン・フォンさん)と再婚する予定の鈴木さんと、亡くなった母親のことを忘れてしまうのではないかと不安になってリェンさんと打ち解けないようにしていた鈴木さんの娘のさくら(芦田愛菜さん)と、さくらと仲良くなろうと努力していたリェンさんが、家族になる物語でした。日本とベトナムは現在でもつながっているということを伝える現代編も悪くはなかったと思うのですが、私としては、「100年前」の明治編が良かったように思います。

その頃は、日本が日露戦争の勝利に沸いていた頃だったようでした。ドラマによると、ベトナムはフランスに支配されていて、フランス軍は、現地のベトナムの人たちを不当に逮捕したり、「ギロチン」で処刑にしたりしていたのだそうです。そこで、祖国ベトナムを救おうと、「ベトナム維新会」という革命の活動グループのメンバーは、武器を調達するために船で海へ出ようとしていたのですが、追って来たフランスの兵士たちに仲間たちは次々と撃ち殺され、数名だけが浜を離れることに成功したようなのですが、1905年の4月に日本の浜辺に到着していたのは、ファン・ボイ・チャウ(ファン・フィン・ドンさん)一人でした。

前羽村の浜辺に流れ着いたファンさんは、怪しい異人だとして村人たちに取り囲まれていたのですが、看護師のあかね(武井咲さん)が連れて来た医師の浅羽佐喜太郎(東山紀之さん)は、その人はペストに感染しているかもしれないと言って村人たちを追い払い、足を負傷しているファンさんを連れて帰り、治療を施していました。ファンさんも、最初は浅羽先生を疑っていたのですが、浅羽先生が良い人だと分かるようになると自分の名前を名乗って打ち解けるようになり、当時の日本とベトナムでは共通に使われていたという漢字で文章を書いて意思の疎通を図り、ファンさんはベトナムの現状と革命を起こすために武器を調達したいということを浅羽先生に訴えていました。

ファンさんの目的を聞いた浅羽先生は、なぜか知り合いだった先の総理大臣の大隈重信(柄本明さん)に会いに行って事情を話し、それから5月になるとファンさんと一緒に東京へ行って、大隈重信に紹介してもらった衆議院議員の犬養毅(武田鉄矢さん)と面会していました。

そこでも漢字を使って、ファンさんは自分の意志を大隈重信と犬養毅に伝えていました。大隈重信と犬養毅も、夕方になるまでずっとファンさんの話を熱心に聞いていました。しかし、犬養さんの意見は、日本はフランスとは友好関係にあるため、政治家としてはフランスと敵対して今の日本国民に無駄な血を流させるわけにはいかない、ファンさんたちが武器を調達しても今のフランス兵に勝てるものではない、という趣旨のもので、二人は、ベトナムが独立するためには武力以外の別の道を模索するべきだと伝えていました。犬養さんたちは、留学生を受け入れることを約束したようでした。

考え直したファンさんは、7月、フランス軍に見つからないように密かにベトナムに戻ると、町の若者たちに独立のための革命を起こすことを訴えに行ったり、妻子と暮らす王族の末裔のクオン・デ殿下(グェン・ビン・ミンさん)に会いに行って一緒に日本へ行くよう頼んだり、日本へ行く留学生を集めようとしたりしていました。

その年の8月、ファンさんは、3人の留学生を連れて日本に来ていたのですが、次第に200人近くに増えていったようでした。翌年の1906年の3月には、ついに殿下も来日していて、ファンさんは感激していたのですが、殿下の話によると、ファンさんは、妻と離婚し、ベトナムに自分のお墓も建てていたそうで、そのくらいの覚悟をして日本に来ていたようでした。

ベトナムからの留学生たちは、学校で日本語を習ったり、武術の実習をしたり、留学生が多くなると、浅羽先生の考えで浅羽医院の部屋を借りて勉強をしたりもしていたのですが、1907年の6月に日仏協約が締結されると、1908年の9月にはベトナム人留学生解散命令というのが下り、留学生たちは日本で勉強を続けることができなくなってしまったようでした。

留学生たちは、ベトナムに戻ったら処刑されるのではないかと怯えていました。ベトナムの独立を熱心に考えていた留学生のチャン・ドン・フォン(レ・ホン・ダンさん)は、絶望をしたためか、自殺をしてしまったらしく、その姿を見たファンさんは、自分のせいだと嘆いていました。

浅羽先生は、ファンさんたちを助けてほしいと犬養さんに頼みに行き、犬養さんはベトナムへ帰国するための100枚の船券を用意することにしたようでした。

その頃浅羽先生は、結核を発病して血を吐いていました。逃げていたファンさんたちは日本の警察に追われることになり、殿下も一緒にどこかの古いお寺の中に隠れていたのですが、そこへずっとファンさんのことを心配していた浅羽先生がやって来て、みんなにおにぎりを渡して帰っていたのですが、机の上に残されていた包みの中には、「あなたの志のために」のメモと共に、たくさんのお金が入っていました。そのお金は、浅羽先生が外国で結核の治療をするための費用として長い間貯めていたものだったようでした。浅羽先生は、軍医になりたいという夢が結核のために消え、半分死んでいるように余生を生きていた自分がファンさんに出会えたことで生きる意味を取り戻した、いつしかファンさんの夢が自分の夢になっていたのだというようなことを、あかねさんに話していました。

1909年1月、東京にいたファンさんは、浅羽先生にもらったお金を使って革命を訴えるための本を作り、ベトナムへ送ろうとしていたのですが、警察に見つかり、そこにあった本は燃やされてしまいました。

ファンさんは逮捕を免れたのか、あるいは後に何かの理由で保釈されたのか、あるいは振り切って逃げていたのか、2月になると、密かに浅羽医院を訪れて浅羽先生に会いに来たファンさんは、国外退去命令が出たと、日本を去ることを浅羽先生に伝えていました。先生に助けられたのに革命を果たすことができなかったと謝るファンさんに、浅羽先生は革命の気を自分で消してどうするのかと励まし、ファンさんは、また必ず会いに戻って来ますと言って、浅羽先生と別れていました。

それからしばらく経ち、1918年の2月に日本の前羽村の浅羽医院を訪れたファンさんは、廃墟になった病院を見て呆然としていたのですが、そこへ元看護師のあかねさんが来て、浅羽先生はファンさんが日本を出た翌年に亡くなったこと、妻のまさ(吹石一恵さん)もその後病死し、一人娘のゆき江さんは親戚の家預けられたということを話していました。

あかねさんによると、浅羽先生は、ファンさんの身に危険が及ばないようにするために、ファンさんの名前を自分の記録に残さなかったそうで、村人たちにも、ファンさんのことは秘密にするようにと話していたのだそうです。それを聞いたファンさんは、浅羽先生のお墓のある東浅羽村の村人たちと一緒に浅羽先生のための記念碑を村に建てることにしたのですが、村人たちに危険が及ばないようにするために、私の名前はいらないと、その石碑に自分の名前を刻まなかったということでした。それでも、村人たちの勧めもあって、写真には納まることにしたようでした。ファンさんや留学生たちを家族のように思っていたあかねさんは、名前はなくても二人の思いは私が語り継ぎますと、ファンさんに話していました。

2013年の商社の鈴木さんは、ナム社長から探すように言われていた石碑の宝というのは、ファンさんと浅羽先生の国境を越えた友情と絆のことだったのだと気付き、私たちは良いパートナーになれそうですね、というナム社長と無事に契約をすることができていました。

1905年に初めて日本に来たファンさんが、日本とベトナムを行ったり来たりしながら、ベトナムをフランスの支配から独立させるという志を祖国の人々に伝え続け、そうしてベトナムの独立が果たされたのは、1940年のことだそうです。

日本の警察やベトナムに駐留するフランス軍から追われていたらしい革命活動家のファンさんがどのようにベトナムと日本の間を移動することができたのか、仲間たちが殺されていた「ベトナム維新会」はどうなったのか、日本から国外退去命令が出された後のファンさんがどこでどのように暮らしていたのか、帰国した留学生たちや殿下はどうなったのか、生きて日本に戻って来たファンさんが石碑を建てた後どこへ行ったのか、無事にベトナムの独立を見届けることはできたのか、などのことがドラマを見ながら気になっていたのですが、そのような辺りは、今回のドラマの中では描かれていませんでした。

でも、活動家のファン・ボイ・チャウさんと医師の浅羽佐喜太郎さんという二人の人物のつながりの強さには驚きましたし、すごいなと思いました。結核を患っていた浅羽先生は、43歳か44歳の若さで亡くなってしまったのだそうです。

以前、NHKのドキュメンタリー番組か何かで、フランスからベトナムを独立させたいと願っていたファンさんたちのように、欧米列強から中国の清国を独立させたい若者や、清国から李氏朝鮮を独立させたい若者たちが、日本の協力を頼って留学に来ていたという話を聞いたことがあります。今回のドラマで描かれていたことによると、日仏協約締結後の日本政府はファンさんたちの「東遊(トンズー)運動」と呼ばれる独立運動への協力を続けることはできなかったようなのですが、民間の人たちの間では協力が続けられていたようですし、武力蜂起ではなく人材育成の方向を勧められたのをファンさんたちが続けた結果、長い時間はかかったかもしれないのですが、ファンさんたちの活動はその目的を達成することができたようでした。

ドキュメンタリーのような説明の場面もほとんどなかったので、歴史に疎い私には、細かいところで分からない部分も多く、もう少し当時やあるいはベトナムが独立するまでの歴史の解説も付けてほしかったようにも思えたのですが、それでも、100年ほど前の日本とベトナムのことを少しでも知ることができて、楽しかったです。

エンドロールのクレジットに書かれていたことによると、脚本は谷口純一郎さん、脚本協力は西森英行さん、演出は武藤淳さんでした。そのためか、日本語での会話が多かったような印象があります。ベトナム語を話すことのできない私には、その点では見やすくもあったのですが、何かもう少し、例えば鈴木さんの家庭内では、ベトナム語が使われていても良かったような気もしました。

「屍活師~女王の法医学~」

フジテレビの「金曜プレステージ特別企画」のドラマ「屍活師~女王の法医学~」を見ました。

私はこのドラマのCMなどを見る機会がなく、どのような内容なのかよく分からないまま、「新感覚」という説明書きを読んで何となく見てみることにしたのですが、思っていたよりも面白く、比較的落ち着いた雰囲気で作られていたこともあって、最後まで見ることができました。

ドラマの原作は、私は未読なのですが、杜野亜希さんの漫画『屍活師~女王の法医学~』だそうです。脚本は寺田敏雄さん、演出は河野圭太さんでした。

主な登場人物は、神奈川中央大学医学部法医学教室の准教授の桐山ユキ(松下奈緒さん)、臨床医を志し2浪をして医学部に入ったのに法医学教室に来ることになって戸惑う医学部4年生の犬飼一(横山裕さん)、神奈川県警東部署の刑事の村上衛(松重豊さん)、村上さんの部下の刑事の真崎達也(山中崇さん)、法医学教室で桐山さんの助手を務める井畑信二(橋本じゅんさん)と高峰霞(青谷優衣さん)、事件の関係者は、朝の海で水死体となって発見された笠井和磨(笠原秀幸さん)、笠井さんの恩師で、慶明大学で酵母菌の研究をしている有名な大学教授の白木田稔(風間杜夫さん)、笠井さんの大学時代の友人で今は大学講師をしている遠山俊平(柏原収史さん)、大学時代は笠井さんの友人で遠山さんの彼女だった鈴原美弥子(松山愛里さん)、笠井さんの母親の笠井初江(岩本多代さん)でした。

笠井さんの遺体を調べることにした桐山さんは、法医学教室の台の上の笠井さんに、私が話を聞くから何でも話してと声をかけ、井畑さんや高峰さんと一緒に遺体の解剖を始めていました。臨床医志望の犬飼さんは、桐山先生に今からでも臨床医のほうに変えてもらおうと、気が進まない様子で法医学教室に来ていたのですが、桐山先生に名前を名乗ると「ワンコ」というあだ名を付けられ、一緒に助手を務めることになっていました。

その頃、刑事の村上さんは、身代金目的で誘拐された糖尿病の6歳の男の子の監禁場所が分からないまま、犯人の男性がビルの屋上から転落死してしまったという事件の捜査もしていて、村上さんはインシュリンの薬を投与しなくてはいけない子供を早く助けるため、笠井さんの解剖の前にその犯人の解剖をして子供の監禁を特定してほしいと桐山さんに頼んでいました。

桐山さんは、村上さんによると、元は脳外科医だったそうなのですが、誰かを殺してしまった?らしく、その後誰も死ななくて済む法医学の医師に転向したようでした。それでも村上刑事は、桐山さんのことを解剖医として高く評価していて、信頼しているようでもありました。

子供のことを聞いて犯人の遺体を調べることにした桐山さんは、胃には何もなかったため、肺を調べることにしたのですが、肺の辺りは赤く腫れていました。落ちる直前、屋上の縁にいた犯人は咳込んでバランスを崩したということを聞いた桐山さんは、犯人の職歴を真崎刑事に調べてもらったところ、犯人が昔工場へ勤めていたことを知り、ベリリウムに反応したものだと気づいていました。

そうして居場所が分かったようで、子供は無事に救出されていて、その様子を法医学教室のテレビのニュースで見ていた犬飼さんは、遺体の解剖で人を救うことができるということを少しずつ感じていったようで、「遺体なんか」と言ってしまったことを反省し、法医学教室に残ることにしていました。

海で発見された笠井さんの遺体は、死後3日ほど経っているということだったのですが、解剖の結果溺死ではなく絞殺されたものでした。笠井さんは5年前に同級生の美弥子さんを刺殺した罪で服役し、3日前に出所したばかりだったことから、美弥子さんの元恋人の遠山さんに復讐されたのではないかと、警察署では考えられていました。

犬飼さんは、笠井さんの母親のもとに棺に入った遺体を届けに行ったのですが、笠井さんの母親は美弥子さんの事件は冤罪で、本当の犯人は友人の遠山さんではないかと考えていたようでした。

笠井さんの母親から、遺体を解剖するあなたたちのような医者がいてくれるおかげで遺された人は救われると言われた犬飼さんは、少し嬉しそうにしていて、そのことを桐山さんにも話していました。

村上刑事たちは、出所した笠井さんが携帯電話で母親以外に唯一連絡をしていた遠山さんを任意で聴取したのですが、遠山さんからは何も聞き出すことができませんでした。

しかしその後、遠山さんは大学の建物の中で首を吊って亡くなっているのが発見されました。桐山さんは、警察署が自殺と決めかけていた遠山さんの遺体を解剖することにしたのですが、その最中、犬飼さんは、桐山さんが、遠山さんの遺体の上に現れた凍えて震えているような遠山さんの幽霊のような姿をみていることに気づいて、驚いていました。ほかの人たちには全く見えていなかったようなのですが、犬飼さんには桐山さんと同じようにその幻影が見えていました。

遠山さんの遺体の体温の低さから、遠山さんが凍死のような状態で仮死状態になった後首を吊られて殺されたと考え、村上刑事たちが調べたところ、遠山さんは大学の低温実験室で亡くなったことが分かったのでした。

笠井さんが殺したことになっている美弥子さんの刺殺体を解剖したのは神奈川中央大学だったようで、その結果美弥子さんのお腹の中の子供は、笠井さんのDNAの型と一致したということでした。大学の白木田教授の部屋にあり、遺体の第一発見者は笠井さんの恩師の白木田教授で、笠井さんはその隣のトイレの中で手首を切っているところが発見されたということで、その後取り調べを受けた笠井さんは、美弥子さん殺しを自供し、子供のことも認めたということでした。

しかし笠井さんの母親は、中学生の頃白血病で骨髄移植を受けて助かった息子は誰よりも命の大切さを知っているはずで、そのような息子が友人を殺したり自殺を図ったりするはずはないと信じていました。

犬飼さんは、遠山さんが亡くなった後には遠山さんを疑っていたことを後悔していた笠井さんの母親から、高校生の頃の笠井さんが、最初は文学部志望だったのに、パソコンで何かを見て、慶明大学の医学部へ行ったということを聞いていました。そのことを桐山さんに話すと、桐山さんは、いつもは犬飼さんを走らせていたのですが、今度は自ら笠井さんの母親に会いに行き、パソコンを借りて調べていました。

そこに入っていたのは、白木田教授の講演の動画だったのですが、そこで白木田教授が話していたのは、骨髄バンクに登録していた自分の骨髄が移植に使われて中学生の子が助かって嬉しいという話でした。

村上刑事と真崎刑事と桐山さんと犬飼さんは、慶明大学の白木田教授に会いに行き、美弥子さんの子供は笠井さんの子供ではなく、本当は白木田教授の子供だと伝えていました。

美弥子さんは、子供を産んでもいいかと白木田教授に言いに行き、断られたので、持ってきていたナイフで死のうとしていて、それを白木田教授が止めようとした時、誤ってナイフが美弥子さんに刺さってしまったようでした。

白木田教授の骨髄の移植で救われた笠井さんは、偶然その様子を見ていて、白木田教授の力になるのは今しかないと、警察に電話をかけようとしていた白木田教授を止めてその手から美弥子さんの血の付いたナイフを取ると、罪をかぶるためにそのままトイレへ入り、手首を切って自分の血を流したということでした。

その血から採取した笠井さんのDNAと、美弥子さんの子供のDNAが一致したため、警察は笠井さんの供述通り笠井さんの子供と断定し、笠井さんは服役したのですが、笠井さんの血のDNAは、もとの骨髄の持ち主の白木田教授のDNAと同じであるため、そのことを知っていた笠井さんは、白木田教授の身代わりになることができたのでした。

桐山さんは、大学に保管されている当時の美弥子さんの書類を見直し、犬飼さんに笠井さんの毛根のついた毛髪を棺の中から取りに行かせて、最新の技術で本当の笠井さんのDNAの型を調べ直して、美弥子さんの子供が笠井さんの子供ではないことを証明していました。

その鑑定書類を、こんなもの、と白木田教授が言うのを聞いて、桐山さんは、これは笠井さんの最後のメッセージだと怒っていました。そうして自分の罪を認めた白木田教授は、事件当夜のことを話し、それから笠井さんの出所後のことを話していました。

白木田教授は、警察の発表で美弥子さんの子供が笠井さんの子供だと言うことを知って、笠井さんと美弥子さんが結託して自分を陥れようとしていたのだと思うようになっていたようでした。そして、事件から5年後の出所後に自分の前に現れた笠井さんを見て、白木田教授は、笠井さんが自分をゆすりに来たと思って、笠井さんの首をタオルで絞めて殺し、海に捨てたようでした。

笠井さんから、遠山さんは白木田教授のことを疑っているけれど、先生は堂々としていれば大丈夫、自分さえ口をつぐんでいれば分からないという風に言われていた白木田教授は、笠井さんを殺した後、遠山さんを低温実験室に呼び出して閉じこめて仮死状態にし、首吊り自殺に見せかけて殺したということでした。

桐山さんは、白木田教授に改めてDNAを採取させてほしいと頼んだのですが、白木田教授は断ったので、桐山さんは突然その保身ばかりの白木田教授を殴り飛ばし、口から出た血を採取していました。村上刑事からは証拠能力はないと言われていたのですが、桐山先生自身が納得するためのもののようでした。

ドラマの主人公は、松下奈緒さんの桐山さんではなく、本当は横山裕さんの犬飼さんだったのかもしれません。ナレーションのような部分も、犬飼さんの心の声でした。その心の声で、桐山さんが唐突に白木田教授を殴って血を採ったのを見た犬飼さんが、この人の犬になってもいいと思った、というのを聞いて、ドラマを見ていた私も、何だかよく分からないのですが笑ってしまいました。桐山さんから「ワンコ」と呼ばれていた犬飼さんでしたが、助手になるだけなら何も「犬」にならなくてもいいのではないかなとも思えたのですが、桐山さんのことを心の中で「女王」と呼び始めた犬飼さんには、下僕の精神?があったのかもしれません。

犬飼さんは、桐山さんから命じられていた故障中の電子レンジの修理を終え(偶然叩いたら直っていました)、そのレンジで無事に温めることができたカップのご飯?を一緒に食べながら、遺体の上に死者の姿が見えたことを話していたのですが、桐山さんはごまかしていて、でも、そのような犬飼さんのことを楽しそうに見ていました。そして最後、犬飼さんは、もうしばらくその法医学教室にいることに決めたようでした。

「屍活師」という言葉を私は知らなかったのですが、ドラマの桐山先生が解剖室の額を見ていた犬飼さんに教えていたことによると、「屍は活ける師」という意味の言葉だそうです。

以前報道番組で伝えられていたのですが、最近の日本では法医学を目指す学生も、助成金も、遺体の解剖を行う回数も減っているそうで、このような事態は先進国では珍しく、危険なことなのだそうです。

ドラマでも伝えられていたように、遺体の解剖をする医師は大切ですし、そのような医師のいるおかげで亡くなった人も遺族も救われるのかもしれないと、今回のドラマを見ていて改めて思いました。生きている人の怪我や病気を治す医師と同じように、死者の解剖を行う医師も人を助けて活かしているのだと思います。

今回のドラマでは、法医学の専門用語などもそれほど多くはなく、字幕なども全くなかったのですが、分かりにくく思えるようなところはなかったような気がします。ただ、もしも5年前の捜査でのDNAの採取の時、笠井さんの血ではなく初めから毛根の細胞から採っていたなら、このような「冤罪」の事件にはならなかったのかもしれないなと思いました。

エンディングのピアノの音楽は、松下奈緒さんの演奏だったようでした。登場人物も多くなく、特別無駄に思えてしまうような描写もなかったように思えましたし、音楽も静かで、会話などの雰囲気も穏やかで(桐山さんは時々鋭かったのですが)、最後まで楽しく見ることができました。

「新感覚」というほどではなかったようにも思うのですが、死者の“メッセージ”を生前の様子の映像で受け取って調査の参考にするというのは、面白いように思いました。桐山さんと村上刑事にも何か共通する過去の出来事がありそうでしたし、もしかしたらいつか続編を作る予定なのかもしれないのですが、桐山さんにだけでなく、犬飼さんにも死者の姿が見えたというところも良かったです。

「ワンス・アポン・ア・タイム」第2回

NHKのBSプレミアムで放送されている海外ドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム(Once Upon a Time)」の第2回を見ました。

メイン州のストーリーブルックという町の時間は、白雪姫の娘の28歳のエマ・スワン(ジェニファー・モリソンさん)が滞在を決めたことで動き出し、8時15分から進んだ時計台の針を見た、エマの息子で白雪姫の孫?の10歳のヘンリー・ミルズ(ジャレッド・ギルモアさん)や、ヘンリーの小学校の担任で本当は白雪姫のメアリー・マーガレット(ジニファー・グッドウィンさん)は嬉しそうにしていたのですが、ヘンリーの養母でストーリーブルックの町長のレジーナ・ミルズ(ラナ・パリーヤさん)は不思議そうにしていて、エマがまだ町に残っていることを知って、カウンセラーのアーチー(ラファエル・スパージさん)に圧力をかけ、エマをヘンリーのカルテを盗んだ犯人にしようとしたりしていました。

ヘンリーは、養母に気づかれないために秘密の「コブラ作戦」と名付けて、メアリー先生にもらったおとぎ話の本の最後の方のページを破り取り、読んでほしいとエマに渡していました。

エマは、町の人たちが自分の過去を思い出すことができないまま10年以上もぼんやりと暮らしているということをヘンリーに聞いて驚いていたのですが、実の息子であるヘンリーの話を信じることにしたようでした。

ジミニー・クリケットらしいアーチーのところからカルテを盗んだ犯人にされたエマは、保安官のグレアム(ジェイミー・ドーナンさん)に逮捕されていたのですが、ヘンリーと警察署へ来たメアリー先生は、エマを信じると言って保釈金を払ってくれたようでした。ヘンリーもメアリー先生も、エマがシナモンを好きだということを知っていて、カプチーノ?にかけていました。

一方、過去のおとぎの世界(魔法の森)では、レジーナ女王は、魔法を交換したという友人の、オーロラ姫に呪いをかけたことがある悪い魔女のマレフィセントをお城に呼び、自分の魔法を返してほしいと頼んでいました。

闇の呪いを使う代償は大きいと言ってマレフィセントは断っていたのですが、レジーナ女王は呪いの魔法を封じ込めていた杖を無理矢理奪い、巻物を取り出していました。

森で呪いの準備をしていたレジーナ女王は、手下たちの毛を集めて火の中へ投げ入れると、最後に一緒に箱に入っていた獣の心臓を入れたのですが、なぜか呪いは完成しませんでした。

洞窟の牢屋に閉じこめられているルンペンシュティルツキン(ロバート・カーライルさん)にその理由を訊きに行ったレジーナ女王は、この世で一番愛するものの心臓を入れなければいけないと言われて、大切な馬を殺したと答えていたのですが、馬ではダメだと言われていました。

お城へ帰ったレジーナ女王は、側近のおじいさんに相談していたのですが、その人はレジーナの父親だったようでした。レジーナには、自分の結婚を白雪姫に邪魔されたという過去があるらしく、そのことで白雪姫のことを恨み、白雪姫が幸せになるのを何としても阻止したいと思っていたようなのですが、レジーナの父は、そのようなことは早く忘れて、もう一度新しい幸せを得るために努力をするべきだと、レジーナを励ましていました。レジーナは、涙を流しながら父の言葉を聞いていたのですが、やはり白雪姫への憎しみの気持ちを断ち切ることはできず、「この世で一番愛するもの」だった父親のことを殺してしまったようでした。

森の火にその心臓を投げ入れて呪いを完成させたレジーナ女王は、その近くに建てていた父親のお墓に感謝のお参りをしていたのですが、その父親の名前は「ヘンリー」でした。

最後、逮捕されそうになって怒っていたエマの倒したりんごの木の世話をしていたレジーナ町長を、ルンペンシュティルツキンだった町の持ち主?のゴールドが訪ねてきていました。ゴールドだけは過去の記憶を持っているのでしょうか。おとぎの世界のレジーナ王女が約束していたように「頼むよ」とレジーナ町長に声をかけると、レジーナは何も言い返すことができなくなっていて、何か少し思い出そうとしていたようにはっとしていました。

脚本はアダム・ホロウィッツさんとエドワード・キッツィスさんで、今回の演出はグレッグ・ビーマンさんでした。

第2回も、とても面白かったです。やはり物語としてよくできているように思いました。ヘンリーから白雪姫の娘と言われているエマが、メアリー先生に何のキャラクターなのかと訊いて、白雪姫だと答えるのを聞いて驚いていた場面も、何だか良かったです。

おとぎ話のキャラクターたちが過去の記憶を失ったまま現実世界の人間として暮らしているという設定は、とても魅力的で面白いのですが、ドラマを見ていて、例えば、生まれ変わりの物語にも似ているような気がしました。

「本当の自分」という言い方ではもしかしたら間違っているかもしれないのですが、現実のある人物と、もう一つの世界のある人物が同一人物としてつながっていくというような物語は、壮大な感じもしますし、上手く伝えることができないのですが、何というか、少し泣きそうな感じにもなります。

でも、とにかく、おとぎ話や神話の世界の人が本当に存在するような感じがしてくるのは、単純に、楽しいです。

「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」

フジテレビで放送されていた「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」を見ました。関西テレビ放送開局55周年記念ドラマとして制作された作品だったようでした。

ドラマの原作は、『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』という宮崎克さん(原作)と吉本浩二さん(漫画)による作品だそうです。私は未読です。

ドラマの主な登場人物は、手塚治虫の漫画にも他の漫画にもほとんど興味のないままなぜか秋田書店に入社した編集者の小田町咲良(大島優子さん)、小田町さんの先輩編集者の石坂嗣雄(田中圭さん)、小田町さんをタイムスリップさせる謎の男(小日向文世さん)、昭和時代の秋田書店の編集者の赤城和也(岡田義徳さん)、今では「マンガの神様」と呼ばれている有名漫画家の手塚治虫(草なぎ剛さん)、『週刊少年チャンピオン』の二代目編集長の壁村耐三(通称・カベさん、佐藤浩市さん)、手塚治虫のマネージャーの梅谷幸隆(眞島秀和さん)、手塚プロのチーフアシスタントの福山義一(マギーさん)、手塚プロに作られたアニメ部にアルバイトとしてやってきた水島裕樹(浅利陽介さん)、平成の時代の小田町さんに呆れられていた漫画家志望の狭間士郎(中村靖日さん)でした。

ドラマの舞台が最近ニュースになっていた秋田書店だったので、ドラマを見初めて少し驚いたのですが、描かれていたのは主に昭和時代の秋田書店のことでした。私は漫画のことをあまりよく知らないのですが、そのような歴史のある出版社なら尚更、報道されていたことが事実だとするなら、もったいないことのように思いました。

手塚治虫の作品の中でどうして『ブラック・ジャック』に絞られていたのだろうとも思ったのですが、ドラマによると、それは、その頃、手塚プロのアニメ事業も失敗するなど手塚治虫さんの作品の人気が低迷していた中で『週刊少年サンデー』?に断られた漫画を『週刊少年チャンピオン』が連載することになり、4回で終わる予定だった医療ものの『ブラック・ジャック』が大好評となったことで、その作品が手塚治虫人気の復活のきっかけとなったからだったようでした。

他の漫画家より5倍描くのが早いけれど、10倍仕事を引き受けてしまうためにいつもギリギリの状態で仕事をしていたという「天才漫画家」の手塚治虫は、「天才」というよりは、諦めず、妥協をせず、ギリギリまでごだわって、絶えず努力を積み重ねる職人のような人だった、ということがドラマでは描かれていたように思います。

秋田書店の編集者の小田町さんは、手塚治虫の『ブラック・ジャック』の生誕40周年の企画を頼まれ、倉庫で手塚治虫の『ブラック・ジャック』をもっとよく読むように指示されていたのですが、それほど興味なさそうに読んでいると、漫画の中から出てきたらしい怪しい男性に何も分かっていないようだと言われ、キャラクターの絵に「オムカエデゴンス」と言われて、突然、昭和48年の秋田書店にタイムスリップしていました。

小田町さんの服装も、今風の服装からその時代の服装にいつの間にか変わっていました。

そうして昭和48年や昭和52年の時代の秋田書店の編集者となった小田町さんは、秋田書店を訪れていた手塚治虫や『ブラック・ジャック』の連載を決めた壁村編集長、手塚プロのスタッフや他の出版社の編集者たちと出会い、また、地獄の?世界初だという2時間のアニメ作りに接して、熱意を持った仕事への向き合い方を学び、小田町さん自身の編集者としての仕事に対する考え方にも変化が生じていました。

仕事場を抜け出してディズニーのアニメ映画を見に行ったり、「黒いベレー帽がないと描けない」とか「スイカがないと描けない」とか「チョコがないと描けない」とか時々わがままなことを言い出したりする手塚治虫にも、手塚治虫に振り回されつつ穏やかに受け止めて仕事を続けるスタッフたちにも、小田町さんは少し苛立っていたのですが、漫画家が漫画を描ける時間を作るのが編集者の仕事だという壁村編集長の言葉や、「大丈夫。僕にできるんだから、あなたにだってできますよ」という手塚治虫の口癖だったという言葉を聞いたり、机とコピー機の間に段ボールを敷いて仮眠を取る手塚治虫の姿を見たりするうちに、次第に自分の仕事への考え方を見直すようになっていました。

アニメの完成を見る前に、小田町さんは現代へ戻って来ていたのですが、漫画家を目指して漫画の原稿を持ち込む人に対しても、真面目に、親切な態度で接するようになっていました。

現代の秋田書店の倉庫で、小田町さんは、『紙の砦』という漫画の本を開いてみていたのですが、小田町さんをタイムスリップさせた謎の人物は、その中に登場していた、手塚治虫に漫画を描く力を与えた?本当の「漫画の神様」だったようでした。

脚本は古家和尚さん、演出は三宅喜重さんでした。

最近では、「漫画」は日本政府が世界へ推奨するほどの日本の文化的なものになっているようなのですが、私はあまり漫画のことをよく知りません。小学生や中学生の頃は、少女漫画や少年漫画など、買ったり借りたりして時々読んでいたのですが、最近は読んでいないですし、最近の漫画作品についても、ほとんど知らないままです。

『ブラック・ジャック』も、私はまだ数巻しか読んだことがないのですが、今回のドラマを見ていて、この作品と野球漫画の『ドカベン』が同時代の作品だったと知り、少し意外な感じがしました。私には『ブラック・ジャック』のほうが昔の作品のように思えていたのですが、それは手塚治虫に「巨匠」とか「古典」のような印象があったためかもしれません。

また、ドラマによると、『ブラック・ジャック』と「バンダーブック」という2時間のアニメ作品は、『三つ目がとおる』(私の好きな作品です)などのいくつかの作品と同時に並行して作られていたようなので、そのことにも驚きました。本当に他の人の10倍仕事を引き受ける人だったのかもしれないなと思ったり、スタッフの方たちも大変だったのだろうなと思ったりしながら、ドラマを見ていました。

草なぎ剛さんの手塚治虫が、実際の手塚治虫さんに似ていたのかどうかということなどは、私には分からないことなのですが、飄々としていたり、いろいろ表情が変わったり、本当に漫画を描くのが好きで全部自分一人で面白い作品を書き上げようとしていた人だったのかもしれないなということは、よく伝わってきたように思います。

手塚さんは、壁村編集長のことは「カベさん」と呼んでいたのですが、他の若い編集者やスタッフのことは名字の後ろに「氏」を付けて呼んでいて、そのようなところも、何だか面白かったです。小田町さんも手塚治虫さんからは最後まで「小田町氏」と呼ばれていました。

いつか、何かのドキュメンタリー番組で、私は、漫画家の浦沢直樹さんの特集を見たことがあるのですが、そこで『二十世紀少年』の物語の展開を出版社の担当の編集者の方が「売れる」ように一緒に考えたり変えたりしているのを見て、驚いたような記憶があります。それまで私は、作者が全て自分一人で作品を作っているのだと思っていたのです。でも、現実には、作品(あるいは作品の世界)は作者だけではなく、担当のスタッフと共同で作られているようでした。世の中へ出すための、売るための作品とするには、作者が自由に好きなように描くことができるというわけにはいかないのかなと、少し寂しく思ったような気がします。

そのため、今回のドラマで手塚治虫の作品の内容を手塚治虫自身が考えて編集者に聞かせているの見て、昔の方がもう少し自由だったのかもしれないなと思えたのですが、どうだったのでしょうか。

「タイムスリップ」の仕組みなども特に描かれておらず、小田町さんの洋服が毎日替わる不思議さなども含めて、そのような点はよく分からないままだったのですが、同じ1日のうちに戻ってきていたらしい現代の小田町さんに変化をもたらす出来事としては、そのような「タイムスリップ」の展開も良かったのだと思います。

「才能」ではなくて「努力」、というところは、「努力をし続けることができるという才能」という風にも思えてしまうかもしれないのですが、「僕にもできるのだから、あなたにだってできますよ」という台詞には、何となく、そのまま受け止めるなら、ほっとするようなところもあるように思います。ドラマを見る前に思っていたよりも、最後まで楽しく見ることができました。

「はじまりの歌」

NHKの夜の7時半から放送されていた特集ドラマ「はじまりの歌」を見ました。

ドラマを見るまで私はこのドラマのことをよく知らなかったのですが、「NHK全国学校音楽コンクール開催80回記念ドラマ」ということで、その課題曲となっている小山薫堂さんの作った「ふるさと」の歌がドラマの中で使われていました。「紅白歌合戦」で嵐が歌っていた歌です。

ドラマは、かつて教師を目指し、大学で教職員資格を取得したものの、先輩に誘われて何となくカメラマンのアシスタントとなり、独立して旅雑誌の仕事を任されることとなった中原航(松本潤さん)が、編集長の宮田さん(山寺宏一さん)の指示で撮影に向かった故郷の山口県萩市で、小学校の教師をしている元恋人の井町夏香(榮倉奈々さん)と再会し、井町さんに頼まれて合唱コンクールへの出場を目指している小学生たちのためにピアノの伴奏者を努めながら、母親の死後漁師の仕事を辞めて渡し船の船頭の仕事をしている実家の父親(國村隼さん)や母親代わりだった姉の美波(戸田菜穂さん)、その息子の蒼太君など合唱部の小学生、酒屋や萩焼の窯を継いで懸命に仕事をしている同級生たち(尾上寛之さん、石田卓也さん、徳永えりさん)の生き方に触れ、また突然再会した小学生時代の音楽の先生(由紀さおりさん)から、母親を亡くした自分が合唱の力で元気を取り戻していたことを聞かされて当時の自分を思いだし、何となく続けていたカメラマンの仕事を辞めて再び教師になることを目指すことを決意する、という話でした。

脚本(作)は荒井修子さん、演出は笠浦友愛さんでした。

航さんが最初に撮影していた萩市の写真は、吉田松陰などの銅像や歴史的建造物や食べ物などだったのですが、それを編集長に送ったところ、気持ちが入っていないと注意されてしまい、なぜか次にはがらりとテーマを変えて、家族や友人や小学生など、萩市で生きる人たちを写し始めていたのですが、次に送ったその新しい写真を褒めていた編集長に、やはり秋だからということで雑誌の特集が萩から京都に変わることになったと伝えられて「萩をバカにされた」と怒り、そのこともあって、今が正念場だと言われていたカメラマンの仕事を辞めることにしたようでした。

最後、町のお祭りの夜、航さんは教師の井町さんにその決意を打ち明けていたのですが、教師の先輩の井町さんは、航の考えていることは分かると言って笑っていました。そして、手をつなごうとした航さんの手を、最初は驚いたようにぱっと振り払っていたのですが、すぐに気持ちを切り替えて、今度は井町さんの方から手をつないで、二人で次々と上がる打ち上げ花火を見ていました。

このエンディングの時に流れていた曲は、小学生たちの合唱による「ふるさと」ではなく、嵐が歌う「ふるさと」でした。

ドラマの中で合唱部の小学生たちは、「気球にのってどこまでも」を歌い、「ふるさと」の情景を思い浮かべる練習のために地元の海や山へ遊びに行っていたのですが、小学生たちの歌う場面は、その辺りで終わっていたような気がします。

合唱の良さを伝えるということが、このドラマのテーマだったのではないかなと思うので、もしそうだとするのなら、花火の時のエンディングの歌も、小学生たちの合唱による「ふるさと」を使ったほうが良かったような気もします。

ドラマの中の小学校は、実際に今でも使われている小学校なのでしょうか。夏みかんの実の生っているのも、歴史的建造物の多い萩の町の風景も、夜景も、とてもきれいでした。

戸田菜穂さんの演じていた姉が活気のある魚市場で働いていたり、父親が町の人たちの足となる渡し船の船頭を務めていたり、萩という町の美しさは伝えられていたように思うのですが、ただ、今回のドラマの舞台がどうして萩なのか、ということは、よく分かりませんでした。各人の「ふるさと」ということなら、舞台となる故郷の場所は、全国のどこでも良いように思えるからです。

NHKではよく「地域ドラマ」が作られていますが、今回の「はじまりの歌」も、山口県の萩市の地域ドラマということなのでしょうか。でも、もしそうだとすると、それにしては地域の何を紹介するのかという要素が比較的少なかったような気もします。

生き方に迷っている主人公が故郷へ行ったことをきっかけに自分の人生を見つめ直し再出発をするというテーマも、最近のこのようなドラマによく使われているテーマのように思うのですが、作りやすいのかもしれないですし、見やすいものでもあるのかもしれません。

父親が倒れて渡し船が休業になるというところもありましたが、その父親はすぐに退院していましたし、全体的に物語自体は明るく、最後が花火で終わるというのも、昨日が秋分の日だったこともあり、何となく夏の終わりの感じがあって、良かったような気がします。
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