「長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~」

昨夜、フジテレビ開局55周年記念特別番組「長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~」を見ました。

「サザエさん」のアニメは今年の10月に放送45周年を迎え、それを記念した「サザエさんウィーク」の一環として夜の9時から放送された、2時間と少しのドラマです。

私の家のテレビには直前までテレビ朝日の「開局55周年記念」の「ミュージックステーション プレミアムライブスペシャル」をつけていたのですが、ドラマの始まる9時頃に嵐のライブの放送が始まるということになり、そのまま嵐を見ることにしたため、ドラマの最初の15分ほどは放送時間に見ることができず、録画をしておいたのを後で見るという見方をしてしまいました。

そのように途中から見始めてしまったドラマなのですが、14歳の頃の長谷川町子(尾野真千子さん)が、町子さんを弟子にした漫画家の田河水泡(三浦友和さん)に度々呼ばれてお菓子の材料?を混ぜたり、赤と黒のオセロで遊んだりする場面(私が見始めたのはこの辺りからでした)の構成が漫画のようで面白く、すぐにドラマの世界に惹き込まれて、最後まで見ることができました。とても面白かったです。

長谷川町子さんと『のらくろ』の田河水泡先生の他のドラマの主な登場人物は、町子さんが福岡の女学校へ上がってすぐに亡くなってしまったというおしゃれで家族思いで動物好きの父親の勇吉(イッセー尾形さん)、行動が早く、勇吉さんが亡くなって一年間は泣き暮らしていたそうなのですが、突然東京へ行くと言い出して娘たちの教育を始めた母親の貞子(松坂慶子さん)、母親の指示で藤島武二の弟子になり菊池寛の小説の挿絵を描いていたという姉の毬子(長谷川京子さん)、町子さんの漫画の面白さを判断する基準になっていたらしい妹の洋子(木村文乃さん)、朝日新聞の駆け出しの記者で鞠子さんの婚約者となる東学(あずままなぶ、徳井義実さん)、町子さんが取材をして知り合った九代目市川海老蔵(十一代目市川海老蔵さん)、そしてアニメのフグ田サザエ(声・加藤みどりさん)でした。

脚本は大島里美さん、監督は加藤義人さんでした。一つ一つの場面を丁寧に、また登場人物の個性もよく描かれていて、無駄に思えてしまうようなところもなくて、とても良かったです。

絵を描くのが大好きな元気な昭和2年の7歳の頃の町子さん(奥森皐月さん)は、山高帽の勇吉さんから新しいノートをもらって嬉しそうにしていました。父親の勇吉さんの思い出は、家族にとってとても大切なものだったようで、町子さんも頻繁に勇吉さんのことを思い出していました。

東京へ出てきた町子さんは福岡の言葉をクラスメートに笑われたりしていて、『のらくろ伍長』を読みながら田河水泡の弟子になりたいと言っていたのを聞き逃さなかった母親に田河水泡の弟子になるよう言われていました。姉の毬子さんの強い説得で人気漫画家の田河水泡に会うことができた14歳の町子さんは、父親の俳句を使った漫画を褒められて、田河水泡の弟子にしてもらうことができていました。それから15歳の頃、田河水泡を訪ねてきていた「少女倶楽部」の編集者に紹介され、「狸の面」という漫画で女性初の漫画家としてデビューしていたのですが、戦後に「サザエさん」の物語が創られたのも、町子さんの家族への思いがあったからのようでした。

福岡に戻っていた時「夕刊フクニチ」の4コマ漫画の連載を依頼された町子さんは、夫の東さんがビルマのインパール作戦で玉砕した連絡を受けてからあまり笑わなくなっていた姉を笑わせようと、姉によく似たサザエさんを生み出していました。「サザエ」の名前は「小さな家」という意味だと勇吉さんが教えてくれたのを浜辺で思い出した町子さんは、海の中の小さな家、という風にイメージして、サザエさんの暮らす磯野家やフグ田家のキャラクターを誕生させていました。サザエさんのお父さんの波平さんは、市長を務める「鹿児島のおじさん」の風貌に似ていたようでした。

漫画のアイデアは、実際に街で起きたのを町子さんが見たり聞いたりしたことなど、身近なところから出てきていたそうです。普通のことが面白いのだという田河水泡先生の教えが貫かれていたようで、福岡の「夕刊フクニチ」で始まった「サザエさん」の連載は、東京の「朝日新聞」に移っても大人気だったようでした。

母親の貞子さんの指示を受けた毬子さんが紙屋さんへ向かい、『サザエさん』の第一巻を出版したものの、本の型が横長の古いタイプ?だったために本屋さんから棚に並べるのを拒否されて、家が「返本」の在庫に埋まっていたというのも、その当時は大変だったと思うのですが、面白かったです。先見の明のある行動派の貞子さんは、本の型を変えて第二巻を出版すればいいと明るく言っていて、町子さんを支える「姉妹社」の代表となった毬子さんがそのようにすると、書店に並べられた第二巻を読んだ人たちから第一巻の注文が来るようになり、第一巻の在庫はあっという間に家の中からなくなっていました。

九代目市川海老蔵さんとの話も、何だか良かったです。ノイローゼの大学生によって世田谷の家を放火で燃やされそうになったり、苦情の手紙を送られてきたりしていろいろ落ち込んで銀座の街を歩いていた町子さんのところに、突然亡き父親の勇吉さんが現れたように(あるいは勇吉さんが遣わしたように)海老蔵さんが現れ、再会した町子さんは動揺して近くの喫茶店へ誘ってケーキを注文したのですが、少ししてインタビュー時の海老蔵さんが甘いものは苦手と答えていたことを思い出して、また少し落ち込んでいました。

漫画家としての自分の人生に迷っていた町子さんは、海老蔵さんから、今の自分たちの人生は運命なのだろうということを言われて、少し気分を持ち直していました。それでも、2年ほどするとまた落ち込む時期が来るというようなことが繰り返されていたようで、漫画のアイデアに行き詰まったり締め切りに追われたりすることもあったらしい町子さんは、ある日胃痛で倒れていました。町子さんの胃には潰瘍ができていたらしく、手術によって胃の五分の一を切除するほどだったそうです。

漫画を描き続けていた自分の人生をこれで良かったのかと迷っていた町子さんが、漫画をやめる、と思い切って家族に話すと、家族は、やめればいいよ、とこれまで頑張ってきた町子さんを認めていました。

入院している町子さんは、お見舞いに来た田河水泡先生からも、どの道を選んだとしても人生に迷いは尽きないだろう、だから自分の頑張りをもう少し認めてはどうかと言われ、漫画を楽しんで描く気持ちを新たにしていました。

それから一気に昭和60年になっていました。町子さんが65歳の頃、桜新町の「長谷川町子美術館」がオープンしたのだそうです。親子の行列ができていました。

ドラマの最後は、それを見届けて家に戻った町子さんが、部屋の机の上の紙から飛び出してきたサザエさんと会話をする場面でした。年を取っていた町子さんは、サザエさんと話すうちにサザエさんを生み出した若い頃の町子さんになって、あなたのせいでお嫁に行きそびれたと笑いながら、あなたがいたから私はこの窓の外とつながることができたと嬉しそうに言って、私が終わってもあなたは生きていく、それって不思議、すごくおかしい、と目を閉じて眠るように風を受けていました。

そのようなドラマの終わり方も、さわやかな感じがして良かったです。エンドロールによると、音楽は久石譲さんでした。

私は「サザエさん」を知っていても、原作者の漫画家の長谷川町子さんがどのような人であるかということは全く知りませんでした。でも、今回のドラマを見て、日本の女性漫画家の第一号の町子さんをすごいなと思ったり、かわいい性格の人だったのかもしれないと思ったり、尾野真知子さんの町子さんがさっぱりとしていて良かったということもあるかもしれないのですが、少し好きになりました。最後に紹介されていた若い頃のお写真を見た印象としては、やはり町子さんはサザエさんに似ているような気がしました。

ドラマの原作は長谷川町子さんの『サザエさん うちあけ話』だそうです。ドラマでは、「サザエさん」がアニメ化されるようになった経緯などは描かれていなかったのですが、長谷川町子さんという一人の漫画家の人生を約2時間のドラマにまとめるのは大変だったのではないかと思います。それでもドラマとしてとても良い作品になっていたと思いますし、最後まで楽しく見ることができて良かったです。

「サザエさん」の物語がそのまま日本の昭和史と重なるというところも、よく伝わってきました。今の新聞に毎日連載されている漫画もそうなのかもしれないのですが、「普通」の日常を面白く切り取って伝えることができるというのは、本当にすごいことだなと思います。

「ドクターX ~外科医・大門未知子~ 2」第7話

テレビ朝日の木曜ドラマ「ドクターX ~外科医・大門未知子~ 2」の第7話を見ました。

第7話は、帝都医科大学付属病院の主任教授選を巡って、講師から教授になった近藤忍(藤木直人さん)を擁立した外科統括部長の蛭間重勝(西田敏行さん)と、論文が認められて凱旋した教授の鷹野勉(浅野和之さん)を擁立した内科統括部長の馬淵一代(三田佳子さん)が、鷹野教授の連れて来た特別患者の膵臓癌の手術を選挙の道具として利用しようとする話でした。

鷹野教授が金沢の病院から連れてきた特別患者の浅井久恵(白川由美さん)は、厚生労働省の医政局長の母親で、医政局長というのはとても権力がある地位らしく、浅井さんの手術を成功させれば間違いなく選挙に勝つとして、蛭間部長や馬淵部長だけでなく他の医師たちも、浅井さんの手術に関わりたがっていました。

混雑していた食堂で席を探していたフリーランスの外科医の大門未知子(米倉涼子さん)は、広い席に一人で座って鰻重を食べている和装の老婦人に怖そうだと話しかけてそのテーブルの空いている椅子に座っていたのですが、その女性が浅井さんで、浅井さんが癌患者だと知った大門さんは私に切らせてと頼んでいたのですが、フリーランスをアルバイトだと思っていた浅井さんは軽く笑って、手術は鷹野先生にしてもらうと大門さんの申し出を断っていました。

蛭間部長は、近藤先生に執刀医を命じ、主任教授を目指して蛭間部長に従い続けてきた海老名敬(遠藤憲一さん)を助手に命じていました。

カンファレンスで馬淵部長側の鷹野教授は、研究してきたフォルフィリノックス療法という膵臓癌の治療法を提案していたのですが、それを聞いた大門さんは手を挙げて、その療法は効果に個人差がある、私なら癌を完全切除することができると蛭間部長に言い、蛭間部長は周囲の医師たちを扇動して、私、失敗しないので、と言う大門さんに拍手を送り、第二外科の代表のようにして、浅井さんの手術を任せることにしていました。

大門さんが浅井さんの執刀をすることに決まったのですが、鷹野教授を信頼している浅井さんは、絶対に失敗しないなんて断言する医師は信用できない、手術に失敗するというリスクを背負わないということは患者の命を背負わないのと同じで、あなたは私の命を背負っていないのだと、大門さんの手術を断固として拒否していました。

「失敗しないので」が通用しなかった患者は初めてだったらしく、大門さんは少し苛立っていて、鷹野教授から助手を頼まれたのも、いたしません、と断っていたのですが、カニを食べようとしていた浅井さんから手術は明日だと聞いて、急遽助手を務めることにしていました。

大門さんは手術をするにはまだ早いと思っていたようでした。浅井さんの手術が始まり、切除するために開腹した鷹野教授は、癌の様子を見てはっとしていたのですが、少しするとふらつき始め、突然その場に倒れ込んでしまいました。

大門さんが診たところ、鷹野教授は腸閉塞になっていたようでした。見学室の窓からは馬淵部長や蛭間部長がその様子を見ていたのですが、蛭間部長は鷹野教授の心配よりも、早く切れ!と、浅井さんの執刀医となるよう大門さんに命じていました。

鷹野教授がタンカーで運び出された後、浅井さんの手術を始めようとした大門さんは、インオペ(手術不可能)にしますと言って、蛭間部長の指示を無視して、浅井さんの切り口を閉じていました。

それからすぐに隣の手術室へ向かい、鷹野教授の手術を始め、24分ほどで終了させていました。

大門さんは、鷹野教授に手術をしてほしい願っている浅井さんの意向を汲んでそうしたようだったのですが、怒った蛭間部長は指示に従わなかった大門さんにクビを言い渡していました。

クビにされてしまった大門さんは、夜、蛭間部長に支払いを拒否されていた名医紹介所の神原晶(岸部一徳さん)と卓球場で映画の「ピンポン」のような感じで卓球をして遊んでいました。近藤先生と海老名教授は二人で飲みに行き、近藤先生は酔って医者もサラリーマンだとお客さんに絡んでた海老名教授を支えながら夜道を歩いていたのですが、卓球場で遊ぶ大門さんを二人で見かけると、そのような大門さんの自由さに感心したり少し落ち込んだりしていました。

それから10日ほど経っていたようなのですが、名医紹介所で禁断症状の手の震えが起きていた大門さんのところに、馬淵部長が訪ねてきていました。

馬淵部長は、ソファにいた猫のベンケーシーを退かすように座りながら、完治した鷹野教授が浅井さんの手術を成功させたことを大門さんや神原さんに伝え、もう一度自分が大門さんを雇うと言っていました。

蛭間部長の策略で?大門さんの営業に失敗していた神原さんは喜んでいたのですが、大門さんは、鷹野教授の薬物治療では手術の時にはまだ浅井さんの癌は小さくなっていなかったことに鷹野教授も馬淵部長も気付いていながら、選挙のための道具として患者を利用したのだと唖然とし、手術なめんな!と怒って外へ出ていっていました。

馬淵部長が帰った後、神原さんはかかってきた電話に出ていたのですが、お久しぶりですと話していたので、誰か知り合いのようでした。

脚本は林誠人さん、演出は松田秀知さんでした。

メロンと請求書を持ってきた神原さんを蛭間部長がジェスチャーで追い返していた場面も、何だか面白かったです。秘書の照井珠緒(笛木優子さん)が蛭間部長のよく分からないジェスチャーの通訳をしていました。

事務長の烏丸金男(笹野高史さん)が神原名医紹介所に大門さんのことで苦情を伝えにきた後、麻酔科医の城之内博美(内田有紀さん)と大門さんと神原さんと4人で麻雀をして仲良くなっていた場面も面白かったです。烏丸事務長の頭には赤ペンが貼り付いていました。

大門さんの「失敗しないので」が通用しない患者が登場するというところも、良かったように思います。白川由美さんの浅井さんの強気な雰囲気が良かったということもあるかもしれないのですが、失敗するかもしれないというリスクを背負わずに手術に臨む医者は信用できないというのを聞いて、なるほどなと思いました。

エンディングに流れてくるこのドラマの主題歌はSuperflyの「Bi-Li-Li Emotion」という曲なのですが、今回のエンドロールの映像はなぜかそのSuperflyの方が手術室で歌っているというものになっていました。

「ダンダリン 労働基準監督官」第9話

日本テレビの水曜ドラマ「ダンダリン 労働基準監督官」の第9話を見ました。

直前には嵐の櫻井翔さん司会の歌番組「日テレ系音楽の祭典 ベストアーティスト2013」の生放送があったため、ドラマは夜の10時30分から放送されていました。

第9話は、西東京労働基準監督署の監督・安衛課の課長の土手山郁夫(北村一輝さん)が、労働基準監督官として離婚した元妻の紺野みどり(西田尚美さん)の仕事環境を改善したことで、夫や父親として見直される話でした。

土手山課長が南甲府署の次長にならないかという話を署長の真鍋重夫(佐野史郎さん)から聞かされている頃、土手山課長の小学生の息子の雄一(渡辺哲史さん)が監督・安衛課の父親を訪ねて来て、対応した段田凛(竹内結子さん)に母親のお給料が減らされてしまったという相談をしていました。

土手山課長と一緒に派遣社員として清掃員の仕事をしていたみどりさんの職場である「ホテル梶川」を訪れた段田さんは、梶川社長(松田悟志さん)が「報酬を支払っている」と答えたことにはっとしていたのですが、それから二人でみどりさんに会って話を訊くと、みどりさんは派遣社員の契約が切れる頃、社長から、直接雇用したい、そうすれば今派遣会社に支払っている分の差額をお給料に上乗せすると持ちかけられ、職場の仲間の主婦たちと一緒に社長の言う通りの契約をすることにし、契約書にサインをしたようなのですが、その時契約書をよく読んでいなかったようでした。

段田さんによると、みどりさんたちは、その契約ではホテルの清掃の仕事を請け負っているということになっていたようでした。それは「個人事業主」ということになり、みどりさんたちがいわゆる「一人社長」ということになると、労働をしているのに「労働者」という扱いではなくなり、労働基準法では守ることができない状態になるようでした。

段田さんは、契約書をちゃんと読まないでサインをしてしまった土手山課長の元妻のみどりさんのことを「バカ」と言って泣かせていたのですが、労働基準監督官としてみどりさんに何もできないと諦めて落ち込んでいる土手山課長のこともバカだと言っていました。

働く人たちにはもっと自分の労働環境を知る努力をしてほしいと段田さんは思ってるようでした。そして、みどりさんのように契約書を読まないのも良くないが、主婦の無知につけこんで酷い契約をした社長が一番悪いと土手山課長に話していました。

「ダンダ化」してきた南三条和也(松坂桃李さん)と小宮瑠璃子(トリンドル玲奈さん)と温田祐二(水橋研二さん)と田中正一(大倉孝二さん)と段田さんは、土手山課長のためにもみどりさんたちの職場を改善する計画を立て、土手山課長を飲み会へ誘って説得していました。段田さんがその飲み会に参加するのは初めてのことでした。

土手山課長を説得した後6人は、人手が要るからと真鍋署長にも「休日出勤」への参加を促していました。土手山課長は、みどりさんの職場の主婦たちに、協力を頼みに行っていました。

そして日曜日、梶川社長のホテルでは、清掃員たちが客室の清掃しないという事態が発生し、連絡を受けた梶川社長は慌ててホテルへ戻って来て、清掃員の控え室のドアを叩いて仕事をしないなら契約不履行で訴えると怒っていました。

開いたドアの中に入った社長は、清掃員の主婦たちの隣に労働基準監督官たちがいることに驚いていたのですが、今まで通り朝の9時から夕方の5時まで働かないのなら給料をカットすると主婦たちを脅し始め、それを聞いた段田さんたちは、個人事業主は何時から何時まで仕事をするということを自分たちで決めることができるので、社長の指揮下にあるということなら、それは社長の契約違反だと言い、社長にみどりさんたちを直接雇ってこれまでの残業代などの賃金を支払うよう勧告していました。

みどりさんは、主婦を無知だからってなめないでください、と怒りの気持ちをはっきりと社長に言うことができていて、雇用形態とお給料の問題は解決したので、段田さんたちは急いでホテルの清掃の仕事を始めていました。

南三条さんの母親の恭子(石野真子さん)から南三条さんが父親のお墓参りに行かないことを相談されていたらしい土手山課長は、ダメな父親も好きでダメになったのではないと話していて、南三条さんも、いつまでも意地を張っているのもどうかと思うと自分のことを課長に話していました。

昔の熱心だった頃の土手山課長を再び見たように思えていたらしいみどりさんは、みどりさんを疑ったことを謝っていた職場の主婦たちに元夫の仕事名を訊かれて、労働基準監督官です、と少し誇らしい感じで答えていました。

働く人を守る仕事を終えてみんなと別れて先に帰る段田さんの後ろ姿を見ながら、南三条さんは「山のあなた」をつぶやき、小宮さんたちから何?と訊かれて、カール・ブッセですとドイツの詩人の名前を答えていました。

夜、帰宅した土手山課長は、みどりさんと雄一君がマンションの前で待っているのを見て動揺していたのですが、3人でお鍋を食べようとしていることを知って感動していました。

その頃、相葉社労士事務所の代表の相葉博美(賀来千香子さん)は、段田凛のファイルという謎のメールを受け取り、送られてきた段田さんの隠し撮りの写真を見ていました。メールを送ってきた人物は、電話に出た相葉さんに、あなたの無念を晴らすと言って電話を切っていました。

目先の利益ばかり追っていると信用を失うと言われていた梶川社長に経費削減の策を教えていたのは、相葉社労士事務所の社会保険労務士で南三条さんの元同僚の胡桃沢海(風間俊介さん)だったのですが、ホテルが是正された後、胡桃沢さんは梶川社長から契約を打ち切られてしまい、梶川社長に紹介されていた人物との商談も白紙になってしまったようでした。

帰宅途中の南三条さんは、路上で荒れていた野心家の胡桃沢さんに遭遇すると、段田凛もお前もどうして俺の邪魔ばかりするのかと絡まれていました。

邪魔なんかしていないと答える南三条さんに胡桃沢さんは、段田凛の大事なものは何かと尋ねていて、南三条さんは、あの人は労働基準監督官の仕事が一番大事なのだと思うと答えていました。

気をつけて帰るようにと言って南三条さんがその場を離れた後、まだ荒れている胡桃沢さんのところに一人の男性が近づいてきたのですが、それは相葉さんに段田さんの写真を送っていた人のようで、その人は自分のことを段田凛を殺したいと思っている男だと自己紹介していました。

帰宅した段田さんは、黄色のドアのポストに刺さっていた白い封筒を見つけて、不審に思いながらもその封筒を持ってドアを開け、鍵を閉めて玄関でその封筒の中を見ていました。封筒から出てきた赤い手紙には、ようやく準備が整った、大切なものが踏みにじられる痛みを知れ、と書かれていて、同封されていた段田さんと歩く南三条さんの写真を見てはっとしていました。段田さんの「大切なもの」は南三条さんということなのでしょうか。

脚本は秦建日子さん、演出は佐藤東弥さんでした。

第9話も、面白かったです。段田さんも、「南」と呼ばれても訂正しなくなった「ダンダ化」してきた南三条さんも、表情が緩やかになっていたというか、今までよりももう少し人間らしく?なっていたような気がしました。

南三条さんは、段田さんを気に入っている母親の恭子さんに、西東京監督署が面白くなってきたと仕事のことを楽しそうに話していて、そのことも恭子さんは喜んでいる様子でした。

久しぶりに真鍋署長が参加していたのも良かったと思います。

あと、段田さんが狙われているらしいミステリーの部分にも、少し展開がありました。相葉さんのパソコンに入っていた段田さんの写真は、段田さんを恨む謎の人物から送られてきていたものだったようでした。

最後の、柄本明さんの演じる謎の男性が荒れている胡桃沢さんに話しかけながら近づいてくる場面を見ていて、私は同じ日本テレビの連続ドラマだった「妖怪人間ベム」のことを少し思い出しました。

「ミス・パイロット」第7話

フジテレビのドラマ「ミス・パイロット」の第7話を見ました。

パイロット訓練生の小田千里(相武紗季さん)は、ANAの機長でチームAの教官の国木田孝之助(斎藤工さん)から不合格を告げられると、驚いている手塚晴(堀北真希さん)や小鳥翔(小柳友さん)、岸井泰治(間宮祥太朗さん)、山田一男(藤井流星さん)、諸星麻也(庄野崎謙さん)たちを残して、厳しい表情のまま一人で先に戻っていました。

晴さんから、どうして優秀な千里が不合格になったのかと訊かれた国木田教官は、パニックになるような人をパイロットにするわけにはいかないと、千里さんが目の前に飛んでいる別の訓練機を見て頭が真っ白になり固まっていたということを晴さんに話していました。試験時のその後の飛行機の操縦は、着陸まで隣のアメリカの教官が行っていたようで、この時だけではなく、訓練中の晴さんの後部座席に座っていた時にもニアミスをしそうだったことに驚いて青くなっていたということでした。

晴さんは、バディの千里さんが自分にそのような悩みを話してくれなかったことにも落ち込んでいました。翌朝、荷物をまとめて部屋の前に積んでいた千里さんは、晴さんとジョギングをしていたのですが、たくさん飛べたから満足していると軽く笑い、自分のせいだと困惑したりもう一度別の航空会社の試験を受けてパイロットになってと頼む晴さんに、私が不合格になったのはあんたのせいじゃないし、諦めたんだからほっといてよ、と苛立っていたのですが、それから少しして、言い過ぎたと謝っていました。

晴さんは、最後を楽しく過ごしたいという千里さんのためにみんなでパーティーをしようと企画して張り切っていたのですが、晴さんたち訓練生が講義を受けている頃、荷物を持った千里さんは、国木田教官の車に乗って、もしも自分の弱点について教官から早めに指摘されていたら、もっと早く脱落していたと思うというようなことを話しながら、空港の前に来ていました。

千里さんは、パーティーに参加しないことや教官に荷物を持ってもらわないことを、面倒臭いでしょう、と自分でも自虐的に笑いながら、教官と握手をして別れていました。

宿舎に戻ってきて、教官から千里さんが帰国の途についたことを聞いた晴さんは、千里さんが晴さんのために残していったという勉強のノートを国木田教官から受け取ってまたショックを受けていたのですが、部屋に戻ってしばらくして、千里のメッセージがあったと、ノートを抱えて階段を下りてきていました。

晴さんが読み始めたのですが、岸井さんには、パイロットとして優秀だけれど答えを先延ばしにする癖を直さないと信用を失うということ、小鳥さんには、優し過ぎて優柔不断になりやすいこと、山田さんには、もう少し慎重になったほうがいいこと、諸星さんには、皮肉屋でチームプレーが苦手なタイプだけれどアメリカに来てからは自分から仲間と打ち解けるようになったことなどが書かれていて、みんなは千里さんが自分たちのことをよく見ていたことに驚き、自分たちは千里を見ていなかったのかもしれないと反省していました。

国木田教官宛のものもあって、そこには教官のようなパイロットになりたかったと書かれていました。お世話係のロイ(ボブ・サップさん)には、お料理おいしかった、日本に来たら連絡してと書いてあったようでした。

羽田空港では、グランドスタッフの鈴木倫子(菜々緒さん)と阿倍野すず(桜庭ななみさん)が帰国する千里さんを迎えようと待っていたのですが、そこには千里さんの姿はなく、FOC副センター長で機長の篠崎一豊(岩城滉一さん)は、急いで千里さんの行方を捜し始めていました。

篠崎機長は、千里さんがいないという連絡を国木田教官にしていたのですが、お前を教官にしたのは訓練生たちの気持ちを理解できると思ったからだ、それがこの様かと怒っていました。篠崎さんは怒った後に言い過ぎたことを少し謝っていたのですが、それから国木田教官は、みんなにも千里さんの失踪を話し、手分けをして、別の空港やホテルなどに千里さんの名前はないか尋ねていました。

しばらくして、千里さんが別の航空会社の便で帰国していたことが判明していました。でも、それが本当に千里さんなのかどうか不安に思っていた晴さんは、全部自分に責任があると謝る国木田教官から、試験の勉強をするように言われていたのですが、試験を受ける気持ちにはなれないと、千里さんの後を追いかけるように外に飛び出していました。

晴さんは全速力で走っていたのですが、国木田教官は後から車で晴さんを追いかけて来ていました。晴さんは、自分の百倍も千倍もパイロットになりたい気持ちの強かった千里さんが今どれほど辛い思いをしているだろうかと苦しんでいたのですが、バディとして千里さんから信用されていなかったのかもしれないということを思って嘆き、パーティーをするなんて言わなければよかったと後悔していました。

明け方宿舎に戻ってきた晴さんは、国木田教官に言われたことも汲み取って、千里のためにもパイロットになると教官に話し、それから2013年の3月15日に最終試験に向かい、みんなと一緒に無事に合格したようでした。

最後、5人は新人パイロットとして帰国し、空港にはそれぞれ家族や友人が出迎えに来ていました。晴さんのところには特に誰も来ていなかったようでしたが、それよりも晴さんは、千里さんのことを気にしていたようで、千里さんに電話をかけていました。日本にいた千里さんは、晴さんからの電話には気付いていたのですが、それには出ずに「退職願」を持ってどこかへ歩きだしていました。

脚本は池上純哉さん、演出は澤田鎌作さんでした。

寮母の三枝かのこ(藤澤恵麻さん)が篠崎機長のところに千里さんの母親を案内していたのですが、篠崎機長は千里さんの母親(筒井真理子さん)に久しぶりと声を掛けていました。千里さんのパイロットの父親の関係の知り合いなのでしょうか。

最終試験の場面の描写などはなかったのですが、千里さんや晴さんや国木田教官が問題に向き合おうとする様子は丁寧に描かれていたように思えたので、良かったです。

弱みを人に見せないところが弱点だったのだと国木田教官は千里さんのことを言っていましたが、私も(千里さんのように優秀ではないのですが)千里さんのようなところが少しあるので、ドラマを見ながら何となく千里さんの気持ちが分かるような気がしました。

そのこともあって、私としては、完璧主義の千里さんがとりあえず無事に帰国していたことに、ほっとしました。

「ターナー展」

先日、上野の東京都美術館で開催されている「ターナー展」を見に行きました。

秋晴れで少し暖かかったので、上野の公園内にはたくさんの人がいました。改装された東京都美術館にもたくさんのお客さんがいて、チケット売場にも「混雑しています」と書かれた貼り紙があったのですが、そのまま会場の中へ入ることにしました。確かに少し混雑していたとは思うのですが、チケットを買うのにも行列ができていたわけではなかったですし、思っていたよりもスムーズに、私も展示されているターナーの作品を一つ一つ見ていくことができました。

ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775ー1851)は、イギリスの国民的な画家なのだそうで、ロンドンのテート美術館には、ターナーの特別の展示室があるそうです。

私は、ターナーの作品のことを、「印象派」のようだなということ以外はあまりよく知らないでいたのですが、以前NHKのBSプレミアムで放送されていた「極上美の饗宴」という番組での特集で、ターナーの絵にはターナー自身の見た世界の自然な姿が凝縮されて描かれているのだということを知って、少し好きになりました。

ターナーの作品が「印象派」の画家たちの作品に似ているのではなく、「印象派」の画家たちが、ヨーロッパで初めて「風景画」を描いたというターナーの革命的な作品の影響を受けて、後に「印象派」と呼ばれるようになる作品を描いたのだそうです。

初夏の頃に見た「夏目漱石の美術世界展」にもターナーの作品が展示されていたのですが、今回の展覧会でも「チャイルド・ハロルドの巡礼」が展示されていました。この絵の背の高い丸い葉の木が、「坊っちゃん」に登場する松の生えている「ターナー島」のモデルかもしれないのだそうです。

展示は、「初期」、「崇高の追求」、「戦時下の牧歌的風景」、「イタリア」、「英国における新たな平和」、「色彩と雰囲気を巡る実験」、「ヨーロッパ大陸への旅行」、「ヴェネツィア」、「後期の海景画」、「晩年の作品」の10のテーマに分かれていました。

有名な鉄道の絵も展示されていると私は勝手に思い込んでいたので、その作品が展示されていなかったことは少し残念に思えたのですが、会場の解説に「久しぶりの大回顧展」とあったように、ターナーの活動を全体的に知るものとして、見応えのある展覧会になっていたように思います。

美術番組などで紹介されるターナーの作品には油彩画が多いと思うのですが、今回の展覧会には水彩画も多く展示されていて、それが私には少し意外な感じがしました。

しかも、普通の白い紙ではなく、なぜか「青い紙」に描かれていたものが多かったように思います。その色の紙しかなかったからというよりは、何か意図があってあえて青い紙に描いたのだろうと思うのですが、その意図がどのようなものかは、会場の解説にはなく、私にはよく分からないままです。でも、下地の青い色による透明な暗さのようなものから、何かその風景の空気が伝わってくるような気がしました。水彩で描かれた「ペットワースの庭園のシカ」も、小さな絵だったのですが、空の色もきれいで、走っている鹿たちの感じが何だかかわいかったです。

ターナーの愛用していたというパレットや金属の箱に入った絵の具も展示されていて、その中の青色や黄色の粉は、ターナーが好んで使っていたウルトラマリンブルーやクロムイエローだということでした。会場の解説には、「ぎらつくような黄色」と書かれていたような気がするのですが、ターナーのその眩しい光の黄色には、クロムイエローが使われているのだそうです。「月光、ミルバンクより眺めた習作」の月の光も、絵の中から輝いているように見えました。

「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」もすうっとするような絵で、私は何となく、川合玉堂の虹の絵を思い出しました。日本の絵には自然を描いたものが多いので、ターナーの描いた自然の絵がヨーロッパ初の風景画だと聞くと、少し不思議な感じもします。

今回の展覧会で見たターナーの作品の中で特に印象的だったのは、「レグルス」という作品でした。とにかく陽の光の眩しい作品だったのですが、その絵の右下に貼られていた解説を読んで驚きました。

「レグルス」というのは、紀元前264年から紀元前241年にカルタゴと共和制ローマの間で繰り広げられていた第1次ポエニ戦争の時のローマの将軍の名前だったのですが、そのローマの将軍のレグルスは、チュニスの戦いと呼ばれる戦に敗れてカルタゴ軍の捕虜となり、和平交渉(あるいは停戦交渉)をするよう持ちかけられたものの、提示された条件の悪さのために交渉を行うことができないまま、暗い洞窟の牢に閉じ込められ、拷問されて瞼を切り取られてしまったのだそうです。

そうして暗い洞窟の牢を出されたレグルスは、眩しい太陽の光によって失明してしまったそうなのですが、このターナーの「レグルス」に描かれた光景は、その失明する直前のレグルスが見た最後の風景だということでした。

絵の解説を知らなくても美しい絵だと思うのですが、解説を読んで背景を知ってから見ると白い光に包まれて霞んでいく世界が改めて悲しく、上手く伝えることができないのですが、絵を見ていて泣きそうな気持ちになりました。この作品は風景画というよりは歴史画だと思うのですが、この作品の中にもターナーが追い求めていたという「崇高の美」は現れていたのではないかなと思います。

「グリゾン州の雪崩」は、勢い良く落ちてきた雪崩が民家を押しつぶす様子が描かれた絵でした。実際の現場を見て描いた絵だそうで、そうだとすると「報道写真」のようでもあるのかもしれません。

ターナーはフランスやイタリアやプラハなど各地を旅行し、旅先でスケッチをしていたそうなのですが、もしターナーの時代にカメラがあったなら、ターナーはやはりカメラを使って撮影をしたのでしょうか。

先の日曜日に放送されていたNHKのEテレの「日曜美術館」での説明によると、油絵の具を立体的に使ったのも、ターナーが初めてのことなのだそうです。すごいなと思いました。

チケットの表に使われていた絵は、「スピッドヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船」という絵でした。空の厚めの雲や手前の小舟の浮かんでいる波の荒れている様子もすごいのですが、背後の海を進む大きな船はすっとしていて、その感じが少し不思議にも思えたのですが、その対比とはまた別に、ターナーの描く帆船の線はきれいだなと思いました。

八角形の額に収められていた「平和-水葬」は、洋上でコレラのために亡くなった友人の画家デイヴィッド・ウィルキーの水葬の場面を描いたものだそうです。

船があまりに黒いので、私は夜、あるいは日の暮れる頃の出来事だと思い込んでいたのですが、そうではなくて、日中の出来事だそうです。中央の燃えている友人の棺を強調するために、船を黒く描いたのだそうです。解説によると、友人の死を悲しんでいたターナーは黒くすることができるのならもっと黒い色にこの船を塗りたかったのだそうです。手前の水面付近を飛ぶ黒い鳥は、ターナー自身かもしれないということでした。

「ディナン・ブヴィーニュ・クレヴクール:日没」という小さな青い紙に描かれた水彩画も良かったです。「荒れた海とイルカ」の絵を見て、イルカがどこにいるのか探したのですが、はっきりと描かれていたわけではなかったので、もしかしたらこれがイルカなのかな、という感じでした。でも、何となく珍しいような気もして、面白く思いました。

「戦争、流刑者とカサ貝」は、これも八角形の額に入った絵で、ナポレオンを描いたものだったのですが、何というか、色の使い方もはっきりとしていましたし、構図がシュールレアリスム風というか、近代美術の雰囲気があって、1842年の絵とは思えないような感じがしました。

展覧会場の最後に展示されていたのは、「湖に沈む夕陽」という作品でした。絵そのものは、光も空気も明るい色使いで描かれた絵なので、印象派の日の出の絵につながる作品という感じにも思えたのですが、描かれている内容は明るいような寂しいような、何か少し複雑な雰囲気があったように思います。

ターナーの死後に発表された絵だそうで、会場の解説には、ターナーにとってこの絵は完成だったのだろうか未完成だったのだろうかというようなことが書かれていました。私には分からないことなのですが、光と水と空気の雰囲気を追求していたということなので、それならどれほど完成しているように見えても未完の作品であるということもあるかもしれないなと思いました。

印象派など後の時代の画家たちが江戸の美術品を見ていたというのは最近よく聞くのですが、ターナーがそのような日本美術を見たことがあるかということは、展覧会の解説では特に言及されていなかったように思います。

そのため、ターナーは日本の絵を見たことがなかったのかもしれないとも思うのですが、仮にそうだとして、もし見ることができていたなら、日本の人がターナーの絵を好きになるように、ターナーも風景の描かれた日本の美術作品を好きになっていたのではないかなと思いました。

今回のターナーの展覧会のチラシの表紙にも使われている「ヴァティカンから望む、ローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」の絵を会場で見ていた時には、私は全く気付かなかったのですが、「日曜美術館」での説明によると、絵の構図は左の四角い建物と中央の青空の下にヴァチカンの広場を望む風景と右の回廊の3つに分かれているそうです。視点を誘導するものらしいのですが、回廊の奥の台の上には本当はラファエロの像があって、そのラファエロが動き出して、自分の絵の準備をしている、という絵なのだそうです。

絵の中のラファエロの顔が何だか楽しそうだったのですが、そのような解説を聞いて、いわゆる「ユーモア」のある絵というか、面白い絵だったのだなと思いました。

何となく野心家のような印象もあるターナーが自分のことを語りたがらない「秘密主義」の人だったというのも、私は会場の解説で知りました。奥さんの存在を画家仲間たちにも教えなかったとか、二人の娘の結婚式にも出席しなかったとか、面白くも思えるのですが、どうしてなのだろうと、少し気になります。

今の世の中には風景画はありふれたものになっているので、そのことだけを思うと、ターナーの風景画も見過ごしてしまいそうになるのですが、自分の見た風景の空気感や光や水の動きをそのまま伝えたいという思いを絵で表現することで貫くというのは、本当にすごいことなのだなと思いました。

今の現代の画家の方たちも、風景画を描いているのでしょうか。それとも、写真や映像の溢れる現代ではもうターナーの絵のような風景画はほとんど描かれていないのでしょうか。

もしも今ターナーが生きていたなら映画監督になっていたのかもしれないと思ったのですが、もし画家であるとしたなら、今度は絵の世界でどのような革命的なことをしたのだろうと思います。画家ではない私が考えても仕方のないことなのかもしれないのですが、今回のターナーの展覧会を見ていて、現代では新しい絵画とはどのようなものなのだろうということも、何となく気になりました。新しく描かれたものが新しいものということではないように思えます。

10月の上旬頃から始まっていた今回のターナーの展覧会を、私も見に行くことができて良かったです。
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