「天皇の料理番」第10話

TBSテレビ60周年特別企画の日曜劇場「天皇の料理番」の第10話を見ました。

大正5年(1916年)の1月、宮内省の大膳寮の厨司長となった秋山篤蔵(佐藤健さん)と俊子(黒木華さん)は再婚をしたようで、俊子さんの両親と共に福井の武生の秋山家でお正月を過ごしていました。俊子さんのお腹に子供がいることが分かると、篤蔵さんは兄の周太郎(鈴木亮平さん)の仏壇に手を合わせて子供が無事に生まれてくることを祈っていました。

大膳寮では、廊下が長過ぎて出来立てのシチューが冷めるということを宮前さん(木場勝己さん)と話していた篤蔵さんは、女官(伊藤かずえさん)と共に厨房に現れた節子皇后(和久井映見さん)と対面していました。篤蔵さんは節子皇后のことを宮様と呼んでいました。

それから時代は一気に進み、大正12年(1923年)の8月になっていました。篤蔵さんの家には3人の子供がいて、俊子さんは生まれたばかりの子供を背負いながら日々の家事をこなしていました。遊びに来ていた「バンザイ軒」の森田梅(高岡早紀さん)は、秋山家の2番目の女の子に上野動物園のチケットをプレゼントしていました。

「精養軒」の山上辰吉(柄本佑さん)と二人で食べた屋台の海老のてんぷらの味に感動し、天皇陛下にもてんぷらを召し上がっていただきたいと考えていた篤蔵さんは、療養中の天皇陛下(大正天皇)を心配して日光の御用邸へ向かい、節子皇后に相談していました。土曜日に料理を作る許可を得たのですが、その日は上野動物園に行くと子供に約束をした日でもあったので、篤蔵さんはどのように子供に話すべきか迷っていました。

篤蔵さんと俊子さんは、子供たちには、料理人だということは話していたのですが、「天皇の料理番」であるということは秘密にしていました。しかも、料理人というのは、当時は「ろくでなし」の人がなる仕事というイメージがあったらしく、そのことで友達にからかわれたという小学生の長男の一太郎さんは、父親の仕事について作文に「料理人」と書けずに悩んでいたのでした。

俊子さんは、料理人の仕事に好感を持っていない一太郎さんが、父親の稼いだお金で用意されたご飯を食べなくなった市太郎さんを心配して、魚のうろこを取るという料理のお手伝いをさせてお小遣いを渡して、一太郎さんが「バンザイ軒」でご飯を食べることができるようにしていました。「バンザイ軒」で食事をしていた一太郎さんは、厨房の料理人の腕に傷があるのを見て、ため息をついていました。

夜、帰宅した篤蔵さんは、俊子さんは熱を出して寝込んでいることを知って心配していたのですが、布団から起き上がった俊子さんは、厨司長である篤蔵に病気がうつることを心配していました。熱を出した母親を残して、荷物を持って再び家を出て行く父親の姿を見た一太郎さんは、料理人のくせに、と父親のことを罵り、それに怒った篤蔵さんは、一太郎さんを叩こうとしたのですが、代わりに止めに入った俊子さんを叩いてしまいました。俊子さんは、一太郎さんを説得できていない自分の責任だと伝えて、怒りの収まらない篤蔵さんをそのまま仕事に送り出していました。

そして、9月1日、九條公爵邸の台所で辰吉さんと料理を作り終えた篤蔵さんは、関東地方を襲った大地震に巻き込まれていました。篤蔵さんが外に出ると、公爵邸の屋根瓦は剥がれ落ち、公爵邸のあった高台から見下ろすことのできた街には火災が発生していました。

慌てて走り出した篤蔵さんは、まず大膳寮へ向かい、宮前さんたちに会って、お上の無事を確認していました。それから、宮前さんに言われて、自宅にいる俊子さんと子供たちの無事を確認をしに行こうと皇居の門を出ようとしたのですが、広場にたくさんの人たちが避難して来ているのを見て立ち止まっていました。これからはお国のために働くのだという兄の言葉を思い出し、篤蔵さんよりも長生きしますと言ってくれた俊子さんの言葉を祈るような気持ちで信じることにした篤蔵さんは、急いで大膳寮に引き返し、被災した人たちのために、みんなで炊き出しの準備を始めることにしていました。

皇居の平川門が開かれ、敷地内に受け入れられた被災者たちは、篤蔵さんたちからおにぎりやすいとんを受け取っていました。配っている最中、鈴の音を聞いた篤蔵さんは、俊子さんが来ているのかとその姿を探していたのですが、バケツの転がる音のするほうを見た篤蔵さんは、その子供が一太郎さんであることに気付いて駆け寄っていました。

父親の姿を見てほっとしたらしい一太郎さんは泣き出し、お母さんに頼まれてお湯をもらいに来たのだということを話していました。俊子さんは、お産婆さんとして、救護所で子供が生まれそうな女性を診ていました。お湯を持ってきた一太郎さんが、どうしてお父さんの仕事のことを教えてくれなかったのかと母親に訊くと、俊子さんは、お父さんは一太郎さんがもしも「御用達の札」をもらってきてほしいと学校で頼まれたら困るだろうということを心配していたのだということや、真心を込めて料理を作る料理人が偉いのであって一太郎さんに「天皇の料理番」だから偉いのだという風には思ってほしくなかったのだということを話して答えていました。

翌朝、割れたお茶碗を持って炊き出しに並んだ家族は、篤蔵さんの手からすいとんを受け取って、ありがとうと嬉しそうにしていました。篤蔵さんは、子供たちを守って生きていてくれた俊子さんに、ありがとうと伝えていました。

一太郎さんは、学校の作文に、誇りを持って堂々と、お父さんは料理人だと書くことができていました。そして、料理人の仕事は少しも恥ずかしい仕事ではなく、お父さんの手から受け取った料理を食べた人たちはみんな幸せそうな顔をしていたという趣旨のことを書いていました。

脚本は森下佳子さん、演出は山室大輔さんでした。

節子皇后(貞明皇后)が登場したのには少し驚いたのですが、「皇居編」の第10話も、面白かったです。

篤蔵さんと俊子さんは関東大震災に遭っていたのですが、家族の心配をしながらも、「天皇の料理番」としての務めを全うする篤蔵さんの使命感と、篤蔵さんの仕事や生き方を尊重して謙虚に家庭を守る俊子さんの意志の強さがバランス良く描かれていて、良かったです。

料理人は「ろくでなし」がする仕事だと友達に言われて落ち込み、家庭よりも仕事を優先する父親に反発していた長男の一太郎さんが、料理人としての父親の姿を理解して、父親を尊敬し始めるところも良かったです。一太郎さんは、母親の俊子さんにも言われたように、お父さんには家族の他にも大切にしたい人がたくさんいるのだと、「天皇の料理番」である父親の篤蔵さんのことを納得していました。

日常でももっとそのようなところを出したらいいのに、と一太郎さんは思っていたようなのですが、当時の料理人たちには、何か常に怖い顔をしている人が多かったということなのでしょうか。(例えば、小林薫さんが演じていたドラマ「深夜食堂」の「めしや」のマスターのようなイメージだったのでしょうか。)

宮前さんは、子供たちには宮内省の役人だと話していると篤蔵さんに話していたのですが、「華族会館」の宇佐美さんや、「英国公使館」の五百木さんも、「料理人」ということでは、当時の世間の人たちからはあまり良く思われていなかったということなのでしょうか。私にはよく分からないことなので、どうだったのかなと、少し気になりました。

一太郎さんが作文を読んでいた授業参観には、俊子さんは梅さんと一緒に来ていたのですが、最後、学校を出た俊子さんは急に胸の辺りを押さえて苦しみ出していました。

どのような展開になるのかは分からないのですが、次回の物語(第11話になるのですが、このくらいの時間帯の最近の連続ドラマには珍しく、次回はまだ最終回ではありませんでした)も、楽しみにしたいと思います。

「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」展

先日、千葉県の千葉市美術館で「開館20周年記念展」として開催されている、「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画 『マネジメントの父』が愛した日本の美」という展覧会を見に行きました。

千葉市美術館が私には少し遠い場所にあるということもあって、見に行こうかどうか迷っていたのですが、NHKのEテレの「日曜美術館」で今回の展覧会の特集を見て気になったということもあり、行ってみることにしました。

思っていたよりも、展覧会場にはたくさんのお客さんがいたのですが、混雑をしているというほどではなかったので、比較的自由に作品を見ることができました。

「マネジメントの父」と呼ばれている経営学者のピーター・F・ドラッカー(1909年にオーストリアに生まれ、2005年にアメリカで亡くなったそうです)が日本美術と出会ったのは、展覧会場の解説によると、1934年のロンドンの6月の土曜日の午後、雨宿りをしようとしてバーリントンアーケードのどこかの建物に入って偶然日本美術展を見ることになったことがきっかけなのだそうです。

そうして、初来日をした1959年頃から、日本美術の収集をはじめたのだそうです。

江戸時代の日本絵画のコレクションとしては、ジョー・プライスさんのコレクションが有名なのだろうと思います。経営学に詳しくない私は、ドラッカーさんの本では、『経済人の終わり』という第二次世界大戦の頃のドイツの「ファシズム」の社会が分析されている初期の著作を読んだことがあるという程度なので、「日曜美術館」での特集を見るまで、経営学者のドラッカーさんが日本美術のコレクターであったことを知りませんでした。

ドラッカーさんの日本の水墨画コレクションは、ドラッカーさんによって「山荘コレクション」と名付けられ、日本では、昭和61年頃(1986年から1987年頃)に展覧会が開催されたことがあるそうで、今回の展覧会は、約30年振りの「里帰り」のコレクション展だということでした。作品リストによると、初公開を含む111点の作品が展示されていました。

会場の入り口の大きなパネルには、「正気を取り戻し、世界の視野を正すために、私は日本画を見る」というドラッカーさんの言葉が書かれていました。

ドラッカーさんの使っていたブラザーのタイプライターや、ルーペ、レターオープナー、書簡、名刺、富士登山をした時の杖、出版された本、日本から贈られた勲章、銀のお皿、黒色の帽子、「PFD」のデザインの金色のカフスボタンなどの品々も展示されていて、その次に、水墨画のコレクションの数々が展示されていました。

序章「日本美術との出会い」、1章「1960年代、初期の収集」、2章「室町水墨画」、3章「水墨の花と鳥 動物画の魅力」、4章「聖なる者のイメージ」、5章「禅画 江戸のカウンターカルチャー」、6章「文人画の威力」、終章「書斎に吹く風 クレアモントのドラッカー」、という風に展示されていたのですが、その各章のパネルにドラッカーさんの言葉が書かれていたのも、良かったように思います。

鎌倉時代や桃山時代の作品もあるのですが、特に室町時代と、江戸時代の作品が多くありました。作者の有名無名に関わらず、感性で好きな作品を選んで購入したのだそうです。

それでも、片寄っているというような感じは全くありませんでした。

良い作品がたくさん展示されていたのだと思うのですが、私としては、尾形光林の「蔦図」、狩野探幽の「波に兎」(うさぎがとてもかわいらしかったです)、伊藤若沖の三幅の「梅月鶴亀図」、谷文晁の「月夜白梅図」(小さな花をびっしりと付けた太い梅の木の幹が月明かりの差す雲間に向かって上昇していくような迫力がありました)、立原杏所の「葡萄図」(墨の濃淡でぶどうが描き分けられていました)、渡辺崋山の「蓮花遊魚図」(白い蓮の中央の黄色と透明な川底の淡いオレンジ色や青緑色の小石と小魚がとても涼やかでした)。

それから、伝一之の「白衣観音図」(紙の色は薄暗く褪せていたのですが、観音様の姿は高貴で美しかったように思います)、長沢芦雪の「娘道成寺図」(クローズアップされた鐘の下に大蛇に変わる瞬間の清姫の袖だけが見える構図が斬新で、映画の一場面であるようにも思えました)、白隠慧鶴の「半身達磨」(「直指人心 見性成仏」は悟りを示す大切な言葉なのだそうです)、仙がい義梵(がいの文字は崖の山冠のないものです)の「鍾軌図」(一刀両断!と鬼を勢い良く斬っている漫画のような絵です)、久隅守景の「山水図」、与謝蕪村の「山水図」(松の道を行く二人がこちらを見ていました)、田能村竹田の「涼月談心図」、中林竹洞の「夏冬山水図」(冬の雪山の図の岩肌が角張っているのが結晶のようで、木の枝に積もる雪は真珠の粒のようでした)、横井金谷の「蜀道積雪図」(山道や細い橋を話しながら進んでいく8人が賑やかそうでした。絵には色が着いていたのですが、白い雪の降っている感じが細かくてきれいで、少し大きめの掛け軸だったのですが、スノードームの中のようでした)、桑山玉州の「雪竹図」、与謝蕪村の「牧馬図」(左上のほうから強く吹く風の描写が印象的でした)などの作品が、良かったです。

会場の解説にあったドラッカーさんの言葉によると、日本美術はトポロジー(位相幾何学)であり、何が空間を区分しているかではなく、空間が何を区分しているかに重点が置かれているために、デザイン的なのだそうです。そして、日本の水墨画には、真実の永遠の世界があるのだそうです。

禅画について、印象主義は「見せる」もので、表現主義は「知らしめる」ものだということと比較して、禅画は深い精神的真実を「体験させる」ものだというドラッカーさんの言葉も、何だかすごい分析だなと思いました。20世紀初頭の西欧の表現主義が、300年前の日本で成功していた、という言葉もあったのですが、もしそうだとすると、その頃の西欧の文化が少し後に幕末や明治の日本にすぐに馴染んだということについても、やはりそのような下地が日本には早くからあったからなのかもしれないなと思いました。

「カウンターカルチャー」というのは、「反体制文化」という意味だそうです。私は今まで「禅画」を特に「カウンターカルチャー」だと思ったことがなかったので、ドラッカーさんの分析に少し驚いたのですが、江戸時代の禅画の自由さが「反体制」という日本文化にあるとするなら、そのような自由さを生み出すことのできた禅の僧侶の精神や江戸の社会は、本当に度量の深いものだったのだろうなと思います。「サブカルチャー」も良いものだと思うのですが、禅画が「サブカルチャー」ではなく、既存の価値観に対抗する新しい価値観を持った「カウンターカルチャー」であるということが、すごいことなのだと思いました。

文人画は、会場の解説によると、ドラッカーさんのコレクションの約3分の1を占めているのだそうです。ドラッカーさんは、学者が絵を描く文人画について、自分自身の全人格を表現するものと分析をしていたようでした。文人画と共にいることで、自分自身を学ぶことができると考えていたのだそうです。

そして、ドラッカーさんは、書斎の壁にピンを刺して好きな掛け軸(扇画1点を除き、コレクションは全て掛け軸の作品なのだそうです)を飾り、掛け軸をご自身の生活の一部にしていたのだそうです。

ドラッカーさん自身が「良い先生」に教わりながらその鋭い感性で選び抜いた日本画が、ドラッカーさんの生活を豊かにしていたのだということがよく伝わってくる展覧会だったように思います。ドラッカーさんのような、日本美術をとても好きで良く分かる方が作品を蒐集し、大切に保管してくれていたからこそ、今の時代の私も展覧会で日本美術のいくつかを見ることができているのだということも、また改めて思いました。

今回の「ドラッカー・コレクション」の千葉市美術館での展覧会は28日までということなのですが、その後、長野県信濃美術館と山口県立美術館へ巡回するのだそうです。私の場合は今回の展覧会への行き帰りはやはり少し遠く思えたのですが、でも、展覧会そのものは良かったと思いますし、私も見に行くことができて良かったです。

「明日もきっと、おいしいご飯~銀のスプーン~」第4週

フジテレビのお昼のドラマ「明日もきっと、おいしいご飯~銀のスプーン~」の第4週、第16話から第20話を見ました。

大学1年生の早川律(高杉真宙さん)は、6歳の弟の雨宮路加(山口祐輝さん)を実の母親の雨宮真也(河井青葉さん)からしばらく預かることになりました。

母親の恭子(富田靖子さん)は、週に一度は路加君に会いに来てほしいと真也さんに話して連絡先を書いたメモを手渡していたのですが、真也さんは、そのメモを握り潰したり開いたりしながら、日曜日に早川家にお昼ご飯を食べに行くべきかどうか迷っていました。

中学生の弟の調(前田旺志郎さん)と妹の奏(田附未衣愛さん)は、真也さんが日曜日に来るかもしれないうっかり路加に話してしまい、喜んだ路加は、奏に教わりながらお守りの「ミサンガ」を母親へのプレゼントのために編んでいました。

第4週の物語も良かったと思うのですが、第3週までとは異なり、脚本は西井史子さんで、演出は島崎俊樹さんでした。そのためかどうか分からないのですが、これまでとは少し雰囲気が違うような感じがしました。

本当の親子でも気持ちがすれ違うことがあるというようなテーマで描かれていて、早川家と雨宮家の問題も描かれていたのですが、今週は主に、律の従姉で怪我のためにバレリーナになることを諦めて帰国していた鈴井環(岩田さゆりさん)と母親のみつ子(芳本美代子さん)がお互いに気を使い過ぎてすれ違ってしまう様子が描かれていたように思います。

怪我をしてバレエの道を諦めた環さんは、娘にはバレエを頑張ってほしいという母親の夢を裏切ってしまったのではないかと思って傷ついていたようでした。

母親のみつ子さんは、バレエを諦めた娘はバレエを忘れたいと思っているのに、母親の自分のせいでバレエから離れることができずに苦しんでいるのではないかという風に思ったようで、ある日、環さんの部屋のベッドの下に、投げ入れられたようにあったトゥシューズを見つけると、それをきっかけに、リビングに飾っていたバレエの賞状やトロフィーや記念の写真などを一気に段ボール箱に片付け始め、捨ててしまったのでした。

帰宅してそのことに気付いた環さんは、大切な思い出が捨てられたことにショックを受け、ママは私の気持ちが分かっていないと怒って家出をしていました。

缶詰工場の事務員のアルバイトを辞めた環さんが家出をして新しく勤め始めた先は、真也さんが「雇われママ」として勤めているクラブでした。

環さんの父親の圭介(小林博さん)は、環さんが出て行ったことを妻からのメールで知って帰宅していたのですが、リビングから突如消えた娘の思い出の品については、なぜか一言も触れていませんでした。

その後、律に居場所を教えられて、心配してそのお店に向かった圭介さんは、酔いつぶれてお店で眠り込む娘のことを、よろしくお願いしますとママの真也さんに頼んでいました。

頼まれた真也さんは、親切にも、酔った環さんを自分の部屋に連れて帰っていたのですが、環さんがママと寝言を言うのを聞いて、翌朝、環さんに、居場所がある今のうちにそこに戻るよう伝えて帰していました。

母親と仲直りをするために、律と父親と自宅に戻った環さんは、母親も自分に会いたくないのではないかと寂しそうにしていたのですが、しばらくして段ボール箱を抱えて帰宅したみつ子さんから捨てられたはずのシューズを手渡されて驚いていました。

みつ子さんは、一人でごみの集積所へ行き、自分が捨てた環さんの思い出の品を探しに行っていたようでした。律は知らなかったのですが、環さんの父親の圭介さんと恭子さんは知っていたようでした。環さんは、ママのことが大好きだとみつ子さんに言い、みつ子さんも、環が今もこれからも一番の宝物なのだと話していました。

そうして、仲直りした二人が買い物に出かけた後、環さんのトロフィーや写真などを並べ直していた律は、圭介さんから、律が建築家になるというのは、律が6歳の頃から言っていた「夢」だったということを言われて、建築家になりたいという自分の「夢」を思い出したように取り戻して、嬉しそうにしていました。

路加が母親へのプレゼントを作ったり、「招待状」を贈ったりして日曜日のお昼に母親が来るのを待っていたという件は、最後の律のナレーションによると、真也さんは結局来なかったということで終わっていました。

もしかしたら、次週の最初のほうに描かれるということもあるのかもしれないのですが、少なくとも第20話では、日曜日の路加の描写などはありませんでした。

第4週の物語では、真也さんが環さんの気持ちを救うという形にもなっていたのだと思うのですが、何となく、主人公の律の心配や真也さんへの期待感は、少し空回りをしているような印象でもありました。

また、「首に縄をつけてでも」という律の台詞も、私としては、少し荒く聞こえるそのような言葉の表現は、このドラマの律には似合わないような気がしてしまいました。

あと、まだ律の本当の父親らしき人物(和田聰宏さん)は、真也さんの写真の中にしか登場していませんでした。

今週の物語の印象では、ドラマの展開は少しゆっくりとしてきたような気もしますし、次回予告の映像では、なぜか「洋食屋みさき」の小川絹江(藤田弓子さん)も真也さんに会いに行くようだったのですが、悪い人が登場していないというところは続いていますし、これからの物語も楽しみにして見ていこうと思います。

「永遠のぼくら sea side blue」

日本テレビのスペシャルドラマ「永遠のぼくら sea side blue」を見ました。

テレビ東京で生放送されていた「テレ東 音楽祭(2)」は録画をしておくことにして、夜の9時からはこちらのドラマを見てみることにしました。脚本は渡辺千穂さん、演出は西村了さんでした。

少し前に予告編(ドラマのCM)を見た時には、海を舞台にした男女8人の恋愛と友情の青春群像劇、という感じのドラマなのかなというくらいの印象でした。そのため、ドラマを見る前の私は、勝手に夏の物語なのかと思っていたのですが、そうではなく、冬の頃の季節の物語でした。登場人物たちは、みんな冬の服を着ていました。

そして、ドラマは、「男女8人」ではなく、海を好きな大学3年生と4年生の「男女7人」の物語になっていたように思います。

主な登場人物は、ドラマの主人公で海の風景写真が「新江ノ島水族館」の優秀賞を受賞した大学3年生の松岡あおい(有村架純さん)、あおいさんを好きで人生の目標として追いかけている幼馴染みの永田拓(山崎賢人さん)、日本海洋大学の海洋生物研究ゼミ「UMI LABO」の学生の芹沢亮(浅香航大さん)、飯野奏介(矢本悠馬さん)、丹羽麗子(清野菜名さん)、あおいさんが憧れていた先輩の山内航汰(窪田正孝さん)、航汰さんの元彼女の佐伯夢花(成海璃子さん)、そして、あおいさんが水族館ですれ違った写真家の近藤瞬二(東出昌大さん)でした。写真家の近藤さんを含めると「8人」になるのですが、近藤さんの登場場面は最初のほうと、最後のほうに少しだけでしたし、7人と関わっているというほどではなかったように思います。

そして、その近藤さんを含めると、ドラマ開始3分ほどですでに5人が登場し、冒頭からの開始5分で8人全員が出揃うという展開で、大学生の7人はすぐに親しくなっていました。

海が好きで写真が趣味のあおいさんは、水族館に来る子供たちのための「ワークブック」の表紙の写真を撮ることになり、拓さんと共に「UMILABO」に出入りをするようになったある日、「珊瑚の産卵」を7人で目撃したり、無人島に航汰さんと二人で取り残されたりして、いつしかずっと好きだった航汰さんと付き合うようになるのですが、航汰さんと別れたと言っていた、複雑な家庭環境で育った航汰の元彼女の夢花さんを精神的に不安定にしてしまい、大学生のそれぞれが自身の進路に迷う中、「UMI LABO」は解散の危機に陥っていく、というような話でした。

主な登場人物の7人(あるいは8人)の「群像劇」というほどでもなかったように思うのですが、「友情ドラマ」のほうはともかく、特に航汰さんとあおいさんの「恋愛ドラマ」の部分は、少女漫画風というか、何というか、私としては、いわゆる「ベタドラマ」であるような感じもしてしてしまいました。天候が荒れて無人島に取り残された二人が洞窟で雨宿りをしながら朝を迎える、という展開には、少しぞっとしました。

7人の大学生たちは、自身の将来について、大学院に進学をするか就職をするかで迷っていたのですが、あおいさんは、父親の知り合いの会社に就職をすることが一応決まっていたようでした。あおいさんの後を追う拓さんは、自力でその会社に就職をしようとしていたようでした。

しかし、仲直りをした夢花さんから完成した「ワークブック」を受け取り、航汰さんの「あとがき」を読み、面接の直前に航汰さんが空港に来るということを拓さんから聞いたあおいさんは、拓さんと二人で面接を辞退し、見送る拓さんを残して一人で空港へ向かい、倒れた親と小さい弟たちを助けるために?大学を辞めて実家に帰ろうとしていた、両思いの航汰さんと再会し、航汰さんと一緒に海の研究をするために大学院へ進学することを決意するのでした。

この二人の「恋愛」の部分は、私にはよく分からないようにも思えたのですが、ただ、子供たちに向けて作られた「ワークブック」の最後の青い丸の中に書かれていた航汰さんの「あとがきにかえて」の言葉が、良かったです。

それは、大きな海に簡単に飲み込まれてしまうような小さくて弱い生き物であるぼくたちが強くなる方法は、ワクワクすることだ、という趣旨の言葉でした。

「ワクワクすること。その気持ち、それがキミの力を無限にします。奇跡を起こすことだってできるはず。キミにもできそうでしょ?キミの明日を決めるのは、キミだよ。また海で会おう!」と書かれていました。

航汰さんの言葉を聞いていて、そうかもしれない、と私も思いました。そして、今の私は、「ワクワクすること」からは、遠ざかっているのだろうなという気がしました。

その最後の「あとがき」の言葉が良かったので、少しほっとしたのですが、それにしても、やはり最後まで、「永遠のぼくら sea side blue」のドラマの中の季節は「夏」にはならず、「冬」のままでした。一体なぜ6月の末というこの初夏の季節に放送をすることにしたのでしょうか。ドラマの中の季節と同じくらいの季節に放送をしたほうが良かったのではないかなと、少し思いました。

また、劇中に使われていた音楽がシンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」や、カーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」だったのも、私には何となく、少し安易な感じがしてしまいました。

でも、最近は小説や漫画が原作となっている作品が多いように思うので、原作のない、オリジナルドラマだったところは、良かったのだと思います。冠雪の富士山と海の風景も、きれいでした。「ワクワクすること」が今の私にも見つかるといいなと思いました。

「ランチのアッコちゃん」第7回

NHKのBSプレミアムの「プレミアムよるドラマ」の「ランチのアッコちゃん」の第7回を見ました。

高潮物産の第2営業部の派遣社員だった澤田三智子(蓮佛美沙子さん)は、宣伝部の契約社員になっていました。

宣伝部では、クリスマス市場に向けた新商品のシャンパンの販売促進のための宣伝を企画していたのですが、宣伝に起用しようとしていたタレントさんのダブルブッキングが発覚したために企画を考え直さなくていけなくなってしまうという事態に直面していました。

三智子さんの元上司で、移動ポトフ屋さんを開いていた黒川敦子(戸田菜穂さん)は、バレンタインデーの日を最後に、三智子さんの前に姿を見せなくなっていたようだったのですが、ある日のお昼、会社の前に来ていた原田ちひろ(野呂佳代さん)が契約社員に昇進したお祝いに出してくれたスイカ付きのスムージーを三智子さんが食べようとしていると、スイカは体を冷やすのよ、と二人の前にアッコさんが現れたのでした。

今日はお店を早めに閉めたというアッコさんは、暖かくなってポトフが売れなくなってきた、本当は暖かい日に熱いものを食べた方が体に良いのに、などといつものように食べ物について熱く語っていました。

そして、契約社員になった三智子さんが、お茶汲みばかりで派遣社員の時の仕事とほとんど変わらないと愚痴を言うのを聞いたアッコさんは、千利休の話を持ち出して、お茶を入れるということはその場を支配できるということでもあるのだとか、イギリスでは会社でも裁判所でも3時のティータイムを大切にしているとかの持論を展開した後、プロとしてティータイムを用意するから、来週から5日間、午後3時に宣伝部の社員を会議室に集めて30分だけ会議を開くようにと、三智子さんに指示していました。

戸惑いながらも三智子さんは、月曜日の午後3時、イギリスのメイドさん風の姿で会社に現れたアッコさんの「ティータイム」を受け入れることになりました。

会議室には、宣伝部の木村さん(吉田ウーロン太さん)、二階堂さん(西尾まりさん)、庄野さん(八木のぞみさん)、青島さん(高橋努さん)が集まっていて、謎のメイドさんの紅茶を待っていました。最後に部屋に入ってきた山川部長(鶴見辰吾さん)は、アッコさんの姿を見て三智子さんを廊下に呼んでいたのですが、何かあると思いながらも、元高潮物産の社員のアッコさんの存在を認めることにしていました。
 
アッコさんは、砂時計で時間を計りながら、紅茶の準備をしていました。やる気のなさそうな4人の社員は、アッコさんのことを不審そうに見ていたのですが、アッコさんが配った焼きたてのショートブレッドとアールグレイの紅茶の味には心を動かされたようでした。

三智子さんの紅茶のカップの下にはメモが挟まれていて、三智子さんはアッコさんの指示に従い、もしも金曜日までに良い企画ができなかった場合は責任者として自分の案を通しても良いかということを山川部長に提案し、許可を得ていました。

火曜日には、アッコさんは、きゅうりのサンドウィッチとダージリンの紅茶を用意していました。4人の社員たちは、その味にも感動していて、二階堂さんは、小学校の頃にカルメ焼きを作ったことを思い出して、おいしかったのは学校で食べたからなのかもしれないと話し、庄野さんや青島さんや木村さんや三智子さんと共に、「非日常性」や「意外性」はシャンパンの販促にも使えるのではないかとアイデアを詰めようとしていました。

しかし、山川部長が会議室に入ってくると、4人の社員たちの会話は終わってしまいました。社員たちがやる気を失いかけている原因は、自説を押しつけてくる山川部長にあったようでした。みんなと一緒にシャンパンの宣伝の仕方について考えている山川部長のクリスマス観は、他の社員たちには共有できない、バブル時代のクリスマス観だったのでした。

脚本は泉澤陽子さん、演出は青島太郎さんでした。

第7回も面白かったです。

契約社員になった三智子さんの髪型が、以前の黒川部長や、第2営業部の清水主任(堀内敬子さん)のような髪型になっていたのですが、「キャリアアップ」をするとあの髪型になるのでしょうか。それとも、アッコさんのような女性への憧れから、同じ髪型にしてみたということなのでしょうか。

アッコさんが午後3時のティータイムを用意するメイドさんになっていたのも、その「形から入る」姿が意外で、似合っているという感じではなかったようなところも含めて、面白かったです。それに、確かに、お茶の時間のような時間は大切かもしれないなと思いました。

あと、前回のバレンタインデーの頃からということなのだと思うのですが、三智子さんが付き合い始めて3か月という、古書店「ハティフナット」の店主で児童文学を書く夢を持つ笹山隆一郎(成田凌さん)のことを、付き合う前はすてきに見えていたけれど付き合ってみると少し頼りなく思えてきたと内省していたところも何だか面白かったですし、その笹山さんが、三智子さんからどのような時にシャンパンを飲むかと訊かれて、浮かれているみたいだからシャンパンは飲まないと答えていたのも、笹山さんの感じが出ているように思えて、面白かったです。笹山さんのシャンパンのイメージは、もしかしたら、「バブル」の山川部長の考えにも近いのかもしれないなとも思いました。

今回は水曜日になって午後3時の会議の時間が近づいてきたところで終わっていたのですが、全8回のドラマなので、次回が最終回です。来週の最終回も楽しみにしたいと思います。
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Author:カンナ
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