「いとの森の家」

NHKのBSプレミアムで放送され、録画をしておいた、NHK福岡放送局制作の福岡発地域ドラマ「いとの森の家」を見ました。

福岡県の糸島市を舞台にしたドラマでした。東京で暮らしている主婦の加奈子(永作博美さん)は、小学校4年生の時に東京から糸島の分校に転校した時の一年間親友だった咲子(渡辺真起子さん)に呼ばれ、同窓会に参加するため、35年ぶりに糸島を訪れることとなりました。咲子さんは、子供の頃の夢を叶えて、地元でカフェを開いていました。

そして、物語は、夫とケンカ中で家を出るように糸島に来た加奈子さんと、実は癌を患っていた咲子さんが、35年前の、森の奥で一人暮らしをしていた“おハルさん”(樹木希林さん)という不思議なおばあさんと出会った小学生の頃の思い出を辿る中で、死刑囚の慰問を続け、毎日を大切に生きていたおハルさんの生き方と向き合い、今の自分の人生にも幸せを見出すことができるようになっていく、という話でした。

原作は、私は未読なのですが、東直子さんの小説『いとの森の家』です。脚本は坂口理子さん、演出は木寺一孝さんでした。

ドラマは「前編」と「後編」として二日連続で放送されていたのですが、小学生時代の楽しい思い出が描かれていた「前編」(前半)よりも「後編」(後半)の物語のほうがシリアスでした。

おハルさんの家で遊んでいた小学生の加奈子さん(濱田ここねさん)たちは、おハルさんが死刑囚の慰問を続けていることを知ってから、おハルさんの行動に否定的な町の大人たちの考えもあって、おハルさんとは何となく疎遠になっていました。加奈子さんは、おハルさんのことが気になっていたのですが、東京へ戻ってから、その後のおハルさんのことは分からないままになっていました。咲子さんたちは、突然森の家からいなくなったおハルさんについて、おハルさんは自殺をしたと思っていたようでした。

そのため、誰もおハルさんの森の家には近づいていなかったようだったのですが、加奈子さんは、死刑囚の慰問を行っていたおハルさんに取材を申し込んだことのある記者の話から消息を探り、晩年のおハルさんが入所していたというホスピスにたどり着くのでした。加奈子さんは、ホスピスの院長(品川徹さん)から、日系移民としてアメリカで暮らしていたおハルさんが太平洋戦争中にはアメリカの収容所に入れられていたことを聞くのですが、院長によると、少女時代のおハルさんは、日系二世の息子をアメリカ兵として送り出していた日本人の夫婦を追い詰める大人たちに協力し、その結果その夫婦が収容所の片隅で自殺をしてしまったという出来事について、深く後悔していたようでした。首を吊った夫婦の姿を忘れることができず、逃げるように日本へ戻ってきたというおハルさんは、それから生と死のことをいつも考えて過ごすようになったようでした。

加奈ちゃんには残酷なことが起きませんように、幸せな人生でありますように、とおハルさんが森の家で祈ってくれたことを、加奈子さんは思い出していました。

それから、おハルさんの遺品の手紙の束の中から、小学生の頃の加奈子さんが書いた糸島の思い出を綴った作文を見つけた加奈子さんと咲子さんは、おハルさんに教えてもらった“シナモンの木の命”のことや、楽しい明日が来ることを素直に待ち遠しく思っていた頃のことを思い出していました。

何でもないことが大切、これまでのことが全部良かったことだと思えることが本当の幸せということかもしれない、と森の家のおハルさんの幻影が現代の加奈子さんに語りかけている場面も、良かったです。加奈子さんは、自分が幸せだということに気付いていたようでした。

カフェを辞めようかと考えていた咲子さんは、もう少しお店を続けることにしていました。思い出のシナモンをエプロンのポケットに入れてお守り代わりにしていました。加奈子さんも東京へ戻り、「ただいま!」と元気にマンションの部屋のドアを開けていました。

自然溢れる糸島の風景が穏やかでした。前半は、糸島の紹介も兼ねていたのだろうと思うのですが(土器や黒曜石が出土するそうです)、後半は、普遍的な物語になっていました。アメリカでの日系移民の戦争のことも、当時の実際の写真と共に盛り込まれていて、多面的な展開になっていて、良かったように思います。

この「いとの森の家」のドラマに戦争のことが盛り込まれていたのは、原作通りということもあるのかもしれないのですが、今年が「戦後70年」の年だったこともあるのかもしれません。数日後に始まる来年は「戦後71年」の年でもありますが、「安全保障関連法案」というものが成立し、それによって武器の輸出入をすることや武器を携えた自衛隊が海外の戦地へ派遣されるかもしれないことが決まってしまった今年は、もしかしたら、ある意味では「“戦後”の終わり」の年だったのかもしれないなと思います。

ともかく、このドラマの樹木希林さんの演じるおハルさんが、とても良かったのです。小学生たちには、何というか、おハルさんは不思議な魔女のおばあさん(当然のことながら、良い意味です)のようにも見えたのだろうなと思いました。森の中のすてきな家で一人で暮らしている、子供と猫を大切にするおハルさんを、町の大人たちがもっと受け入れることができたなら、おハルさんの暮らしはもっと幸せなものになったのかもしれないなとも思いました。私にはすごく面白いドラマだったというのとは少し異なるかもしれないのですが、それでも、良いドラマだったように思います。

ドラマスペシャル「赤めだか」

TBSの年末ドラマ特別企画「赤めだか」を見ました。夜の9時から11時半頃まで放送されていたスペシャルドラマです。

原作は、私は未読なのですが、落語家の立川談春さんのエッセイ『赤めだか』です。

高校生だった17歳の佐々木信行(二宮和也さん)は、中学生の時に行った芸能鑑賞会で落語家・立川談志(ビートたけしさん)に出会い、漫才ブームが起きていた1984年の春、両親(寺島進さん、岸本加世子さん)の反対を押し切る形で立川談志に弟子入りするために東京へ出て行き、立川流の門を叩くのですが、立川流では弟子にアルバイトを禁止していたため、生活をするためには両親の援助が必要でした。両親を説得することができなかった信行さんは、両親は突然不慮の事故で死んだと咄嗟に嘘を付き、その心意気が評価されたのか、新聞配達のアルバイトをする許可が下りました。

そして、信行さんは、チラシの裏に談志が書いた「立川談春」という名前を与えられて、念願の立川談志の弟子となり、兄弟子の立川談々 (北村有起哉さん)や立川関西 (宮川大輔さん)、立川ダンボール (新井浩文さん)たちと共に、談志師匠の家の家事や雑用をこなす毎日を送っていました。

庭のツツジの花を過って殺虫剤で枯らしてしまって談志師匠に怒られていたダンボール兄さんは、父親が病に倒れたことをきっかけに弟子を辞めることになりました。ある日庭を見ていた談志師匠から1万円で高級な金魚を買ってくるよう言われた談春さんは、再会したダンボール兄さんと焼肉を食べてしまい、残りのお金で一匹百円の赤めだかを十数匹買うと、それを高級な金魚だと言って談志師匠の庭の水の張った鉢に放していました。

兄弟子の志の輔(香川照之さん)から、雑用をしたくないなら「二ツ目」を目指せと教えられた談春は、両親から4年という条件で援助してもらうことができるようになると、アルバイトを辞めて、古典落語を憶える努力を始めました。稽古をつけてくれるようになった談志師匠から褒められるようにもなるのですが、風邪を引いたある日、くしゃみが止まらないことを理由に師匠の稽古を断ると、それ以来一切稽古をつけてもらえなくなり、ある時から一年間築地の魚河岸で働くよう言いつけられてしまうのでした。

破門になりたくなかった談春さんは、談志師匠の言いつけに従って築地の魚河岸でシュウマイを売ることになるのですが、やる気がないために失敗ばかりしていました。志の輔さんから、魚河岸で働くのを断ってそのまま残ることができた新弟子がいると聞いた談春さんは、放送作家の高田文夫(ラサール石井さん)の紹介で入門したというその弟弟子の志らく (濱田岳さん)に文句を言いに行こうとするのですが、談志さんに稽古をつけてもらっていた志らくの落語の上手さに動揺するのでした。談志師匠は、隠れている談春に聞こえるような声で、現実が正解だ、と現実を分析した上で行動を起こすことの大切さを説き、心を入れ替えた談春は、店主(柳家喬太郎さん)がリズミカルにお金を数えているのを見て、人の多い築地で働くということが落語家になるための修行になっているということに気付いていきました。

仕事を辞める際に魚河岸の女将さん(坂井真紀さん)から渡されたお金は、お給料として渡してしまうと全部使ってしまうかもしれないということで、談志師匠に言われて少し差し引いて貯めておかれていたものでした。談志師匠の優しさを改めて知った談春さんは、弟弟子の志らくへの嫉妬心を捨てることができるようになり、談志師匠の弟子として、以前よりもいろいろよく気が付くようになっていました。

祖母(正司歌江さん)のために落語家の修行に励んでいた弟弟子の志らくと二人で、「勉強会」を開く許可を談志師匠にもらった談春は、立川流の落語を聞きに集まっていたたくさんのお客さんたちの拍手に喜ぶのですが、その後志らくが「文七元結」の稽古をしているのを見て、お寿司屋の大将(さだまさしさん)に頼まれてお客さんの前で落語を披露することになった時、そこで「文七元結」を披露し、それが落語界の常識では前座に許されていない難しい噺だったために、宿敵の文芸評論家の林修一(リリー・フランキーさん)から批判されたりもするのですが、談志師匠はむしろ談春が難しい噺を憶えたことを褒めていました。そうして談春は、兄弟子の談々と関西、弟弟子の志らくと4人で、談志師匠が突然提示してくれた、「二ツ目」になるための昇進試験を受けることになるのでした。

昇進試験には、五十席の古典落語の他に、太鼓の演奏や都々逸や長唄まで入っていました。提出するメモに急いで書いた「寿限無」の披露に失敗した談春さんは、試験に落ちたと思っていたのですが、談志師匠は4人に合格点を与えました。4人は一緒に「二ツ目」となることができたのでした。誰かの連帯保証人になって借金取りに追われていた談々さんは借金を少しずつ返すことができるようになり、関西さんは落語をバカにしていたテレビ局のディレクターの同級生からの手のひら返しの取材の依頼を堂々と断り、志らくは談志師匠の稲庭うどんを祖母に送り、実家に帰った談春さんは、家を出る直前にも食べていたカレーを母親に頼んで作ってもらっていました。

1988年の3月、談々と関西と談春と志らくは、家族や友人やたくさんのお客さんたちの前で二ツ目昇進の挨拶をして、舞台の上で一人ずつ落語を披露していきました。談志師匠も落語を披露し、お客さんたちを笑わせていました。

それから精進して、談志師匠の言う通りに売れた談春は、2015年の12月、落語の会場の客席で談志師匠が笑っていたのを一瞬見ていました。

脚本は八津弘幸さん、演出はタカハタ秀太さんでした。

落語のことをほとんど知らない私は、「ルーズヴェルト・ゲーム」でイツワ電器の坂東社長を演じたり、「下町ロケット」で佃製作所の殿村経理部長を演じたりしている立川談春さんのことしか知らなかったのですが、そのような私にも、このスペシャルドラマを最後まで楽しく見ることができました。演技の中には、「アドリブ」もたくさん入っていたのかもしれないと思うのですが、そのようなオリジナリティも、きっと“立川流”なのだろうなと思いました。

立川談志さんをビートたけしさんが演じるというのも、ドラマを見る前の私には少し意外に思えていたのですが、雰囲気があって良かったです。談志さんは、優しくて合理的な方で、時々弟子たちに無理なことを要求しながらも、弟子たち一人一人のことをちゃんと見ていた方だったのかもしれないなと思いました。

その他の登場人物も、年末の特別企画のドラマに相応しく?“豪華キャスト”でした。談春さんが来る前にいたという兄弟子の立川談かん(柄本時生さん)は、ビートたけしの弟子になると言って談志師匠からたけしさんへのウイスキーの瓶を渡されていたのですが、その本当のダンカンさんは、配達員の人の役で少しだけ登場していました。落語家の春風亭昇太さん、春風亭小朝さん、三遊亭円楽さん、歌舞伎役者の中村勘九郎さんも出演していました。

ナレーションは、談春さんがファンだったらしい、薬師丸ひろ子さんでした。ドラマの本編の直前と最後に少し登場していたナビゲーターの笑福亭鶴瓶さんは、立川談志さんに褒められた思い出を語っていたようだったのですが、本当に少しだけだったので、中途半端のようにも思えてしまいました。もう少し長く聞くことができたほうが良かったのではないかなとも思えました。

いつまでも高級な金魚になることはない「赤めだか」は、談志師匠の弟子である談春さんの謙虚さであり、誇りでもあるのだろうなと思います。私は原作を未読なのですが、何というか、落語に対する愛と、落語家・立川談志への敬意に溢れた作品なのだろうなと思いました。

また、単純に、落語家さんはすごいなと思いました。たくさんの噺を憶えてお客さんたちの前で面白く披露するというのは、大変なことなのだろうと思います。一人芝居なのだと思いました。

このドラマの放送の前に直前番組として放送されていたメイキング映像では、二宮和也さんや北村有起哉さん、宮川大輔さん、濱田岳さんは本当にたくさんのお客さんたち(600人ほどいたようです)の前で落語を披露していたようなのですが、ドラマ本編では、その部分は少ししか放送されていませんでした。談志師匠役のビートたけしさんも、たけしさん風に落語を披露していたようですし、笑っていたたくさんのお客さんたちは本当に楽しかったのだろうなと思いました。

落語の稽古をつけた談志師匠が「俺のリズムとメロディ」を憶えるようにと談春さんに言っていたのですが、落語が「リズムとメロディ」だと聞いて、なるほどなと思いました。そのためか、ドラマの劇中の音楽も、リズミカルでメロディラインのきれいな曲が多く選曲されていて、テンポの良い展開に合っているように思えて、良かったです。

まさに落語家を目指す若者たちの「青春グラフィティ」でした。ほぼ実話というところも、すごいなと思いました。2時間半ほどのドラマだったのですが、あっという間でした。面白かったです。

映画「戦場のメリークリスマス」

例えば先の映画「スター・ウォーズ」のシリーズように、有名な作品だけれど私は見ることができないままになっていたという作品(たくさんあるのですが)の一つに、大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」がありました。

映画自体を見たことがなくても、坂本龍一さんの作曲したこの映画のテーマ音楽は、「戦場のメリークリスマス」と聞けばすぐに思い出すことができますし、おそらくテレビでも何度も放送されている作品だと思うのですが、これまで何となく見ることができずにいたのです。それが、NHKのBSプレミアムでクリスマスの夜に放送されるということを知り、今度はちゃんと見てみることにしました。

映画「戦場のメリークリスマス」は、日本とイギリスとニュージーランド合作の、1983年の作品でした。原作はサー・ロレンス・ヴァン・デル・ポストさん、脚本は大島渚さん、ポール・マイヤーズバーグさんです。

1942年のジャワ島を統治していた日本陸軍の俘虜収容所(捕虜収容所)を舞台にした、日本の軍人とその捕虜となった英国軍の兵士の出会いと別れの物語だったのですが、冒頭の「事件」にも描かれていたような、男性同士の同性愛的な精神に貫かれた映画だったように思え、このような映画だったのかと少し驚きました。

坂本龍一さんの演じる収容所の所長のヨノイ大尉は、捕虜(俘虜)として連れて来られた、デヴィッド・ボウイさんの演じる英国軍少佐のジャック・セリアズに一目惚れをし(そのように見えました)、日本軍の命令に反抗的な態度を取るセリアズを他の反逆者たちのようには罰することができませんでした。セリアズは、最終的にはヨノイ大尉とは別の軍人から残酷な処罰を下されることになるのですが、処刑される前の、セリアズの行為に対するヨノイ大尉の驚きと動揺は、ヨノイ大尉の部下が言っていたように、ヨノイ大尉にとってセリアズが「心を乱す」存在だということを自覚させたものだったのかなと思いました。

ビートたけしさんの演じるハラ・ケンゴ軍曹と、トム・コンティさんの演じる英国軍の中佐で通訳のジョン・ロレンスの関係性も、少し変わっていました。ロレンスさんは穏やかな人で、そのためなのかどうかは分からないのですが、自分は日本人のヨノイ大尉やハラ軍曹の性格をよく理解していると感じていて、時に粗暴なハラ軍曹から不当な暴力を受けても、何か心を通わせているところがありました。

「戦場のメリークリスマス」というタイトルから考えると、戦争の映画だと思うのですが、確かに「戦場」ではあるものの、具体的な戦闘の場面は全く出てきません。女性も登場人物としては登場していませんでした。後半から唐突に描かれたセリアズの過去の回想場面は、イングリッシュガーデンのお花畑とセリアズの弟の少年合唱団のようなきれいな歌声が印象的でもあるのですが、それは、生徒会長だったセリアズが寄宿学校の男子生徒たちからいじめられていた新入生の弟を恥ずかしく思って積極的に助けることをせず、見て見ぬ振りをしてしまったということを、セリアズ自身が深く後悔していた記憶でした。

その過去の苦い出来事から、セリアズは兵士として戦争に参加し、捕虜となった後には、捕虜仲間を助けるために奔走していたようでした。

タイトルにある「クリスマス」の場面は、クリスマスの夜に、少し酔ったハラ軍曹が、処刑される予定になっていたロレンスとセリアズを独自の判断で牢から出すというところにありました。部下の葬儀では僧侶のようにお経をあげていたハラ軍曹は、”サンタクロース”になったつもりでいたようでした。「メリークリスマス!」と笑いながら二人に声をかけていました。収容所では、捕虜たちが静かにクリスマスの歌を歌っていました。

最後は、その4年後の、日本が敗戦した翌年の1946年に、収容所に入っていたハラ軍曹がロレンスと再会する場面でした。戦中と立場が逆転したハラ軍曹は、呼び出しに快く応じて訪ねて会いに来てくれたロレンスと少し話をした後、帰り際のロレンスを呼び止めて、最後に「メリークリスマス!」と言うのですが、そのビートたけしさん演じる満面の笑みのハラ軍曹の顔とそれが制止した直後の暗転した背景のエンドロールの音楽に、一気にとても悲しい気持ちになりました。悲しいのですが、とても良かったです。ハラ軍曹の「メリークリスマス!」は、永遠の別れの言葉でもあったのだろうと思います。戦場で軍人同士として出会った日本人と捕虜となった英国人、欧米人たちとの文化的な共通点が、「クリスマス」という行事だったのかもしれないなと思いました。

何というか、「戦場のメリークリスマス」は、紛れもなく第二次世界大戦(太平洋戦争)を描いた戦争映画なのだとは思うのですが、ファンタジーのようでもあり、リアルでもあるような気がしました。リアルに思えたのは、戦地での出来事の部分というよりも、丁寧に描かれていたように思えた、登場人物の感情の部分かもしれません。ヨノイ大尉が、見殺しにしたセリアズの髪の一部を切って遺髪として持ち帰るという場面も、ヨノイ大尉(戦後処刑されたということでした)のセリアズに対する敬意を表していたようでした。

最初は私にはどのように見れば良いのか分からないという感じでもあったのですが、でも、見なければ良かったという気持ちにはなりませんでした。私の印象としては、「戦場のメリークリスマス」は、何か不思議な戦争映画でした。この映画が映画界でどのように評価されているのかは私には分からないのですが、登場人物の配役も合っていたように思いますし、テーマ音楽はやはり美しく聴こえました。見ることができて良かったと思います。

映画「スター・ウォーズ」シリーズの旧二作品を見たこと

これまで私は有名なアメリカのジョージ・ルーカス監督の映画「スター・ウォーズ」のシリーズを何となく見たことがないままになっていたのですが、これほど世間で話題になっている?大人気作の「スター・ウォーズ」のシリーズを一作も見たことがないというのは良くないのではないかというような気がしてきたということもあり、日本テレビの「金曜ロードSHOW!」の枠で放送されるということを知って、第一作という「新たなる希望」(1977年)を見てみることにしました。

そして、録画をしておいたものを見たのですが(「ノーカット」ではなかったように思います)、おしゃべりな人型の「Cー3PO」と電子音と光で意志を伝える「R2-D2」というロボットの動きがとてもかわいらしく、コントや漫才のような掛け合いも面白くて、まずそのような点だけでこの映画をすぐに楽しむことができるようになりました。

映画を知らなくても聞いたことのある有名なテーマ音楽も、有名なキャラクターのことも、ようやく知ることができました。お姫さまを救い出して「悪」を倒すという冒険活劇的な物語の展開も分かりやすかったように思います。あと、主人公のルーク・スカイウォーカーの師匠のオビ=ワン・ケノービがかっこ良かったです。居合の達人のような雰囲気でもありました。オビ=ワン・ケノービやダース・ベイダーが身につけていた「フォース」という謎の力は、念動力や透視能力などの超能力とか、“気”とか、そのような感じのものなのでしょうか。何となくなのですが、日本的な感じもしました。

その翌週に放送された、ダース・ベイダーの少年時代?のアナキン・スカイウォーカーを主人公とした「エピソード1/ファントム・メナス」(1999年)は、オビ=ワン・ケノービの若い頃の物語でもありました。この作品も面白かったのですが、第1作目から22年後に制作された映画ということもあって、CGが多用されていて、当然のことかもしれないのですが、“手作り感”は薄くなっていたように思います。楽しみにしていたC-3PO(アナキン少年が作りかけのままにしていました)とR2-D2の登場場面も少なく、そのようなところは私には少し残念に思えました。でも、ともかく2作品の物語を最後まで楽しく見ることができたので、「スター・ウォーズ」シリーズの他の作品もいつか見てみたいなと思いました。

クリスマスと年賀状

今日は、イエス・キリストの誕生日とされているクリスマスの日ですが(ご存命なら今年で2015歳です)、「メリークリスマス!」という英語は、日本語では「良いクリスマスを!」、「すてきなクリスマスを!」、「楽しいクリスマスを!」という訳になるそうです。私は何となく「クリスマス、おめでとう!」という意味なのだと思い込んでいたのですが、間違っていたようでした。

それに、日本では24日のクリスマス・イブのほうがクリスマスらしいような気がします。25日のクリスマスの夜だと、すぐに26日になってしまうからかもしれません。26日からは、一気に“お正月”色の強い年末になります。

25日は、日本では郵便局が設けた年賀状を出す期限の日でもあります。私も特に中学生くらいまでの頃は、年賀状を書くのをお正月の行事としてそれなりに楽しく思っていたのですが、近年の私は、年賀状は25日までにお出しください、というような言葉に、少し憂鬱な気持ちになるようになってきました。

そして、私は、「年賀状ください」という今年の嵐の5人の(奇妙な)CMを見て、世間の常識としてはやはり年賀状は出したほうがいいものなのかなと少し不安な気持ちにもなり、年賀状など書きたくないなと思うことに一種の罪悪感を感じるようにもなったのですが、少なくとも今年は、個人的な年賀状を出さないことにしようと決めました。誰かに会った際にお正月の挨拶をするだけにします。それで多分、誰も困らないように思います。

サンタクロースがいるかいないか、ということが世の中で話題になることも、近年は少なくなってきているような気がします。

私はサンタさんからクリスマスプレゼントをもらったことがあるので、24日の夜にトナカイのソリに乗って世界中の良い子たちにプレゼントを運ぶサンタさんは実際にいるのだと思ってきました。今でも一応サンタさんはいると思っているのですが、ある時からサンタさんにプレゼントをもらえなくなっているということもあり、最近は少し複雑な気持ちにもなってきました。

前にも書いたことがあるかもしれないのですが、例えばサンタクロースの存在を信じている人が親なったとして、その子供が目を覚ましたクリスマスの朝、サンタクロースからのプレゼントは本当に無事に届いているのでしょうか。届いていなかったらどうするのだろう、と気になります。いわゆる“サプライズ”なのだとしても、子供に「嘘」を付くことになるかもしれない気持ちは、私にはまだよく分かりません。分からないのですが、考えただけで何だか少し心配のような気持ちになります。

今日は25日なので、朝、サンタさんからのクリスマスのプレゼントに気付いて喜んだ子供はたくさんいるのだろうと思うのですが、本当にサンタさんが来てくれたのだといいなと思います。サンタさんはいるのだと、何となくでも信じたいのです。あるいは、もっと割り切って考えることができるようになると良いのかもしれません。
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Author:カンナ
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