ドラマ「川獺(かわうそ)」と、「ブラック・ユニバース」と、木村武山の屏風絵

昨夜、NHKの「第39回創作テレビドラマ大賞」を受賞した作品のドラマ「川獺(かわうそ)」を見ました。

どのような物語なのだろうと気になって、何気なく見てみることにしたドラマだったのですが、良いドラマでした。

ドラマの舞台は、高知県の漁港の町でした。

母親を亡くし、妊娠中の恋人の香山由美(岡本玲さん)と暮らしていた27歳の松浦保(堀井新太さん)は、ある日、叔母の須藤圭子(高岡早紀さん)から離れて暮らす父親の須藤明憲(勝村政信さん)の危篤の連絡を受けて14年ぶりに故郷の高知の町へ帰り、意識不明のまま入院中の父親と対面するのですが、かつて絶滅したはずのニホンカワウソを発見したと嘘の公表して世間を騒がせ、それをきっかけに母親と離婚をすることになった父親に対して抱いてきた複雑な思いを払拭することができずにいました。

どうして父親はあのような嘘をついたのかと苦しんでいたある時、カワウソの資料の並ぶ父親の書斎の本棚に父親の子供の頃の写真を見つけた保さんは、父親の同級生で元漁業組合長の磯貝信二さんに会いに行き、材木会社にいた磯貝さんから、明憲さんは漁港を工業団地の建設計画から守るためにニホンカワウソを発見したと嘘をついたのだと謝られました。

1970年、中学生の磯貝さん(中澤準さん)は、明憲さん(若山耀人さん)と、もう一人の同級生の町岡徹さん(土屋楓さん)と海岸で釣りをして遊んでいた時、天然記念物のニホンカワウソが飛び跳ねたのを見たのでした。

そしてその後、徹さんの母親からの手紙を見た保さんは、叔母の圭子さんの勧めもあって、香川に暮らす徹さんの母親に会いに行くことにしました。フェリーに乗って港に着いた保さんは、待っていた徹さんの母親の寿子(左時枝さん)から、徹さんと仲の良かった明憲さんについて話を聞きました。

ニホンカワウソの姿を目撃し、役場の人たちに聴取されることになった明憲さんは、見ましたと正直に答える徹さんの隣で、見ていませんと答えてしまい、ニホンカワウソがいたという証言はないことになってしまいました。明憲さんは、漁の網にかかったニホンカワウソの死体を見たことがあるという、水産加工会社を経営する父親から、ニホンカワウソがいたということになれば、保護のためにその漁が制限されてしまうかもしれないとして、見なかったと答えるようにと言われていたのでした。

ニホンカワウソを目撃した徹さんは、徹さんの父親がニホンカワウソを守ろうとしていたこともあって、その後も一人で川や海辺でニホンカワウソを捜し始め、夜の磯での事故で亡くなってしまったということでした。

徹さんが亡くなった後、嘘をついたことを後悔していた明憲さんは、寿子さん(伊勢佳世さん)に謝りに行き、寿子さんから、徹さんは明憲さんを巻き込みたくなくて一人でニホンカワウソを探していたこと、徹さんにとって明憲さんはかけがえのない友達だったということを言われていました。徹さんの父親がカワウソを探していた海岸に、徹さんも生きていると思う、と寿子さんが言うのを聞いた明憲さんは、自分が後悔しない道を探す、徹君がこの町にいるというなら一緒にカワウソを捜します、大切な人を思い続けて生きて行きたいのです、と寿子さんに手紙を出していました。

その父親の手紙を帰りのフェリーの中で読んだ保さんは、海岸の岸壁に立つ、入院しているはずの父親の姿を見ていました。

病室へ向かった保さんは、父親の明憲さんの手を握って涙を流していました。しばらくして明憲さんは、意識が戻らないまま息を引き取ったようでした。

最後、海岸に来ていた保さんのそばには、由美さんも来ていて、二人で顔を見合わせていました。

作・脚本は山下真和さんです。音楽は冬野ユミさん、演出は伊勢田雅也さんでした。

保さんは、父へのわだかまりの気持ちを解いていき、再び父親を尊敬することができるようになり、

現在の保さんの物語と、回想で描かれる保さんの過去や父親の過去の物語とが交錯している感じでもあったのですが、保さんの父親の明憲さんの14歳の頃のドラマも、一つのドラマとして成立しそうに思えました。

父親と息子の絆の物語であり、父親の思いを受け継いで海岸でニホンカワウソを捜していた徹さんと、亡くなった親友の徹さんの思いを受け継いで海岸を守るためにニホンカワウソの目撃証言をした明憲さんの友情の物語でもあったのだと思います。

中学生の明憲さんと、徹さんの母親の寿子さんとの場面も、良かったです。

保さんがこれからニホンカワウソを捜す人、あるいは多津海岸を守る人になるのかどうかは分からないけれど、父がなぜ絶滅したはずのニホンカワウソを見たという嘘をついたのか、父がどのような思いで生きてきたのか、ということが分かって、本当の父親の姿を知って再び父親を尊敬することができるようになった保さんが、父親へのわだかまりの気持ちを解き、中途半端な態度で接してしまっていた恋人の由美さんと子供のことも率直に大切に思うことができるようになって、二人を自分の大事な存在として守る決意をした終わり方だったように思いました。

海岸の松の木のある黄土色の岸壁や、フェリー(連絡船?)から見る海の風景もきれいでした。

日本固有の種と言われているニホンカワウソが最後に目撃されたのは、1976年の、高知県の須崎市の新荘川という場所なのだそうです。河童の招待はニホンカワウソなのではないかという説もあるそうなのですが、昭和初期頃、毛皮の乱獲によって激減し、高度経済成長期の自然破壊などによって絶滅したとされているそうです。

ニホンオオカミもそうですが、ニホンカワウソも、まだどこかで生きているような気がします。私は直接見たことがないので分かりませんが、きっと人間に見つからないように、静かに生きているのではないかなと思います。


ところで、この「川獺」のドラマの後、NHKでは「ブラック・ユニバース~宇宙に抱かれる特別な夜~」という30分番組が放送されていました。宝石箱をひっくり返したような、とか、ビーズを散りばめたような、という感じの、きらめく小さな星々が濃紺の空を埋め尽くす、とても美しい星空の映像で始まり、一気に惹き込まれました。

ボリビアのウユニ湖の風景やチリの天文台、漆黒の太陽である皆既日食やブラックホール、ダークマターの研究のことが伝えられていたのですが、ゆったりとしたナレーションが、何となく、東京FMの「JET STREAM(ジェットストリーム)」のような感じにも思えました。美しい自然風景の映像を見ていると、本当に地球は美しい星なのだなと思います。夢のように思います。すてきな番組でした。

それから、私は、この「川獺」のドラマを見る前には、テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」を見ていたのですが(22年間出演していた司会の石坂浩二さんとアシスタントの吉田真由子さんが“卒業”となっていました)、その中で最後に鑑定されていた、木村武山の六曲一双の屏風が、とてもきれいでした。木村武山は、岡倉天心や下村観山のもとで新しい日本画に挑戦していた画家です。

砂金のような金地の屏風の右隻の下のほうには松の木が描かれ、白い山が見えていて、左隻の上のほうには天女が描かれていました。富士山の見える三保の松原の羽衣伝説を題材とした作品だそうです。中央に流れている淡くて白い雲が空の広さを感じさせる印象で、空間にはいくつかの散華が舞っていたのですが、その一つ一つが陶器のようにも見えました。保存状態がとても良かったこともあり、白色や金色やピンク色や水色、淡い緑色や紫色などがくっきりとした鮮やかな色合いの屏風絵でした。テレビの画面で見ただけでもきれいに見えたので、本物はもっと美しいのだろうなと思いました。私は詳しくは知らないのですが、番組の解説によると、病で右手が不自由になった武山が尼僧に勧められて左手で描くようになった「左武山」の頃の作品だそうです。

木村武山の天女の絵は、静岡県立美術館に「羽衣」という作品があるそうです。千葉の成田山新勝寺にも襖絵があるのだそうです。これからも大切になされるといいなと思いました。

安全保障関連法が施行されたこと

昨日の29日の午前0時、安全保障関連法が施行されました。

安全保障関連法は、憲法学者の方たちから憲法違反であると指摘される中、憲法解釈を変更しての強行採決によって成立した法律で、改正された10法と新設された1法の全11法でできているということが、報道で伝えられています。

自民党の政治家の方や支持者の方は、この法に反対の方たちが安全保障関連法のことを“戦争法”と呼ぶことを「レッテル貼り」だとか「当たらない」とか「的外れ」だという風に言っているのを聞くのですが、仮に戦争をすることを意図して作った法律ではなかったとしても、日本が「存立危機事態」に陥った時に使われる法律であるということが前提であるのだとしても、どのような時が「存立危機事態」なのかを決めるのは時の内閣だということくらいで具体的な判断基準は示されていませんし、集団的自衛権の(限定)行使の容認、武器の開発や輸出、武器の輸送、外国の兵士の輸送ができるようになるということなら、各地の各国の戦争や紛争や内乱などに、日本政府と政府が動かす自衛隊員の方たちが自ら近付いて行くものであるということは、言えるのではないかなと思います。(「戦争法」ではないのだとしても、それに対抗して政府が名付けた「平和安全法」でもないような気がします。)

神さまのもとで人類は平等だと言われていますが、神さまの姿が見えなくなっている現実の世界では、「法の下」でも、自分たちは平等であるという感覚をみんなが持って暮らすことはできていないような気がします。

「“戦争”アレルギー」というようなものではないと思いますが、権力者や支配者、為政者、軍人と呼ばれるような立場の人たちが“社会的強者”だとするなら、私は“社会的弱者”の側に入るので、例えば、外国の地で日本の部隊が武器を現地の人に向けて使用するようになったらどうなるか、というようなことを考える時には、動物の虐待の話や子供の虐待の話、性的暴力の話、弱い者いじめの話などを報道で聞いた時とも同じように、どうしても“社会的弱者”の立場で考えることになり、不安で憂鬱な気持ちになります。

それはもしかすると、私がどちらかというとマイナス思考(ネガティブ思考)だからなのかもしれませんが、いつか自衛隊(自衛隊というよりは、軍隊のようになってしまうのかもしれませんが)の方が誰かに殺されたり誰かを殺したりするようになってしまうということや、“銃後”の日本で暮らしている一般の人たちが“復讐”の標的となるかもしれないこと、71年前の沖縄戦や広島や長崎の原爆投下、大空襲の惨禍がまた新しく起きてしまうかもしれないことなどを、今回の「安全保障関連法」の施行された日本の行く先につなげて、予想して考えてしまうのです。

日本が軍事的に強くなることが世界を平和にすると考える「積極的平和主義」を唱える方たちや「抑止力」を主張する方たちは、きっと、どちらかというとプラス思考(ポジティブ思考)なのかもしれないなと思います。「集団的自衛権」は、当然のことかもしれませんが、少なくとも安倍首相がパネルで解説をしていたような、誰かと喧嘩になって殴られている友達を助けるとか、そのようなものではないのだと思います。

「安全保障関連法」には、「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律 及び国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案に対する附帯決議」という、長い名前の「付帯決議」があります。

「日本国憲法の下、我が国の戦後七十年の平和国家の歩みは不変であった。これを確固たるものとするため、二度と戦争の惨禍を繰り返さないという不戦の誓いを将来にわたって守り続けなければならない。」で始まる決議の文章です。

続いて、「その上で、我が国は国連憲章その他の国際法規を遵守し、積極的な外交を通じて、平和を守るとともに、国際社会の平和及び安全に我が国としても積極的な役割を果たしていく必要がある。その際、防衛政策の基本方針を堅持し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならないことを改めて確認する。さらに、両法律、すなわち平和安全法制の運用には国会が十全に関与し、国会による民主的統制としての機能を果たす必要がある。」とあります。

そして、「例外なく事前承認を求めること」、「自衛隊の活動について百八十日ごとに国会に報告を行うこと」、「自衛隊の部隊等が現実に活動を行う期間について戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を指定すること」、「核兵器、生物兵器、化学兵器といった大量破壊兵器や、クラスター弾、劣化ウラン弾の輸送は行わないこと」などが書かれています。

私はこの「付帯決議」のことを、昨夜のTBSの荻上チキさんのラジオ番組「セッション22」(後半)での憲法学者の木村草太さんの話で知りました。この「付帯決議」は自民公明の与党と、次世代の党と日本を元気にする会と新党改革の3つの野党の間で協議されて決められたものだそうで、与党側?にはあまり都合の良いものではないことから、また民進党(前民主党や維新の党)が協議に関わったものではないことから、ほとんど報道されていないのだそうです。

多くの国民は知らないのではないか、と木村さんは話していたのですが、確かに、少なくとも私は知らなかったので、そういうものもあるのかと思いました。

木村さんによると、この「付帯決議」は閣議決定されたものであることから、法律と同様の効力のあるものなのだそうです。「安全保障関連法」が暴走?させられるかもしれないのを抑止するための重要なものなのかなと思います。

昨日の安倍首相の会見では、(参議院の選挙の前なので、ということは否定していましたが)まだ駆けつけ警護等は実行しないということが言われていました。今は、現地で戦闘を行うことになった時のための訓練や救護活動の準備などを行っているそうです。

自衛隊は救助隊であるようなイメージが私にはあるので、日本にいる人や世界の各地にいる人を守る自衛隊の方の命も、守られてほしいように思います。現地の人たちに「日の丸」を付けた人や日本人が安全な人だと思われなくなってしまう、ということにはならないようにしてほしいと思います。

テレビの報道番組などで「安全保障関連法」の反対派の方たちのデモの様子が報道されると、賛成派の方たちは、賛成派の意見(デモの様子?)が伝えられないと思うのかもしれませんが、昨年に憲法学者の方が「憲法違反」であるということを表明するまでは、メディアはほとんど反対派の方の意見を伝えていませんでした。賛成派というか、容認派や諦め派の意見を報道することが多く、憲法学者が反対しているという後ろ盾を得てそこから反対派の方たちの意見を拾う報道を始めたというような印象が、私にはあります。

あと、これは「安全保障関連法」の反対派の方のデモの映像を見ていていつも何となく思うことなのですが、デモを行っている方たちは、「安保法制反対」や「民主主義を取り戻せ」などのいろいろな種類のプラカードの中に、どうして「日の丸」の旗を掲げないのでしょうか。

私はデモに参加をしたことも、デモを直接見かけたこともないので、これも勝手な意見なのかもしれないとは思うのですが、おそらく、賛成派の方や安倍首相支持派の方のデモでは、国旗が掲げられているのではないかなと思います。反対を訴える方も、日本のためを思って反対を主張しているのですから、国旗を掲げたほうがそのことがより分かりやすく伝わるのではないかなと思います。

先日の報道ステーションで紹介されていた、第二次世界大戦中のドイツのナチ党のヘルマン・ゲーリングの、「国民は指導者たちの意のままになる。それは簡単なことで、自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者に対しては愛国心が無く国家を危険にさらす人々だと批判すればいいだけのことだ。この方法はどこの国でも同じように通用する。」という言葉は、衝撃的でしたが、確かに現代でも簡単に一般国民の間に「通用する」ことになってしまうものなのだろうと思いました。

「安全保障関連法」が施行され、これから日本や日本を取り巻く環境がどのように変わっていくのかは分かりませんが、特定秘密保護法や安全保障関連法が、「日本国憲法第九条」の改正にはつながらないといいなと思いますし、日本を戦のほうへ向かわせる道を塞いでいた壁を壊してしまう「蟻の一穴」にならないといいなと思います。そして、私も無力ながら、冷静に、これからも少しずつでも考えるようにしていたいと思います。

「ストレンジャー ~バケモノが事件を暴く~」

テレビ朝日のドラマスペシャル「ストレンジャー ~バケモノが事件を暴く~」を見ました。

夜の9時から放送された、2時間と少しのドラマでした。

ある朝の都内の公園で、絞殺された後に頚動脈に二つの穴を開けられて血を抜かれている女性の変死体が発見されました。シリアルキラーによる連続殺人事件として、刑事の熊谷明生(音尾琢真さん)と共に捜査を行うことになった刑事の佐伯章二(萩原聖人さん)は、その夜、別の公園で何者かに首を絞められて殺されていた伊東香織(宮下かな子さん)を発見して警察に通報した、この街に引っ越してきたばかりだと言う三杉晃(香取慎吾さん)を警察署で聴取しました。

また、香織さんが殺害される少し前には、車の助手席で首を切って自殺をしようとしていた女性が、何者かの通報によって救急車で運ばれる時にはすでに応急処置を受けていたという出来事もあり、佐伯刑事は、女性を助けて名乗り出ない謎の人物は無免許の医者なのだろうかと考えつつ、その自殺未遂の女性の出来事と、血を抜き取られていなかった香織さんの事件とに“刑事の勘”で何かのつながりを感じていました。

殺された日が二十歳の誕生日だった香織さんが幼い頃暮らしていた児童保護施設の関係者に過去の話を聞いた佐伯刑事は、14年前、両親を事故で喪った5歳の香織さんをその一年後に施設に連れて来たと思われる、香織さんが「お兄ちゃん」と呼んでいた人物の似顔絵を探してもらい、香織さんが描いた似顔絵の人物が「あきら」という名前であることを知ると、三杉晃のことを思い出しました。

「三杉晃」をインターネットで検索してみた佐伯さんは、そこで『私と三杉晃』という1950年に出版された絶版本を見つけ、図書館で探してその本を読み、不老不死となった同級生の三杉晃と再会したことを記した民俗学者の息子の稲村史郎(益岡徹さん)に会いに行き、稲村さんの亡き父親の持っていた三杉晃の写真を見せてもらい、稲村さんの隣に写っている人物が最近聴取した三杉晃とそっくりであることに衝撃を受けるのでした。

不老不死の三杉晃の存在に半信半疑の思いを抱きながら、連続殺人事件の捜査を続けていた佐伯刑事は、新たに女性の遺体が発見された現場の野次馬たちの中に三杉晃の姿を一瞬見たように思い、それを確認しようと、映像を見返していました。熊谷刑事は、そこに映っていたある男子大学生に事情を聞くことにして、佐伯刑事と共にその大学生の部屋に入ったのですが、そこでは何も見つけることができませんでした。

熊谷刑事と佐伯刑事が困惑していると、佐伯刑事の元に電話がかかってきました。三杉晃からでした。佐伯刑事がその場所へ急ぐと、そこには別の男子大学生が気を失って倒れていて、その部屋の一角の箱の中に冷凍保存された母親の遺体を見つけ、近くの冷蔵庫の中に被害女性の血の入った複数の瓶を見つけたのでした。そうして、殺した母親を生きていると思い込むことで自分に新たな役割を作り「吸血鬼」の仕業に見立てた事件を繰り返していた連続殺人犯は逮捕されました。

普通の人間として生きていれば100歳を超えているはずの三杉晃は、もともと大正時代の医者で、妻と幼い娘を交通事故で喪ったことから森の奥で服毒自殺をしようとしていた時、バンパネラの末裔の真理亜(中条あやみさん)に声をかけられ、一緒に行こうと差し伸べられた手を掴んでいました。自身もパンパネラとなった三杉晃は、亡くなった自分の娘と同じくらいの、両親を交通事故で亡くした香織さんと一年間暮らした後、二十歳になったら迎えに来ると言って銀のかんざしを渡し、香織さんを児童擁護施設へ送り出していました。そして、香織さんが二十歳を迎えた日、約束の公園へ向かっていた三杉晃は、途中で自殺未遂をした女性を見つけて手当てをしたことで、生きている香織さんと会うことができなくなったのでした。

真理亜は、4件目のまだ新しい被害者の血痕に触れて、その血の記憶から犯人の姿を見ていました。三杉晃は真理亜と共に犯人の部屋に侵入し、真理亜に噛み付かれて倒れた男子大学生から香織さんのかんざしを取り戻し、男子大学生を佐伯刑事たちに逮捕させたのでした。男子大学生は、本物の吸血鬼と会った時の記憶を失ってはいるものの、佐伯刑事に見せられた三杉晃の写真には怯えた様子を見せていました。

過去に囚われるならその記憶を消すべきだと考える真理亜とは反対に、まだ人間に近い三杉晃は、香織さんが生きていた証として忘れないようにしたいと決意していました。そして、佐伯刑事に存在を知られた三杉晃は、真理亜さんと共に再び街を離れることとなりました。

脚本は鈴木勝秀さん、監督は本広克行さんでした。

ドラマの原案は、萩尾望都さんの漫画『ポーの一族』です。私は未読なのですが、タイトルは聞いたことがありますし、有名な少女漫画作品ということは知っています。(ポーということは、エドガー・アラン・ポーのことでしょうか。エドガー・アラン・ポーの小説は、私も好きです。)

作品中では、「ヴァンパイア(バンパイア、吸血鬼)」のことは「バンパネラ」と呼ばれていました。吸血鬼ではあるのですが、人間の血を吸うこともありながら、普段は赤いバラの花の生気?を吸い取るというエネルギーの採り方をしているようでした。採ったエネルギーは、他者に与えることもできるようでした。

三杉晃と真理亜さんは気を抜くと鏡に映らないことがあるようで、古書店の店主の前島康夫(段田安則さん)からそのことを注意されていたのですが、前島さんもバンパネラの一人だったのでしょうか。はっきりとは描かれていなかったように思います。また、三杉晃と真理亜さんは本当の家族ではなかったですし、三杉晃に再会した稲村さんの本に書かれていた「不老不死の一族」の「一族」は、そうなるために血を分けたものというくらいの大きな意味で使われているのかなと思いました。

吸血鬼というか、不老不死の人物が登場するドラマとしては、珍しい作品になっていたように思うのですが、「バケモノが事件暴く」というサブタイトルは、ドラマには合っていなかったように思えました。今時、と言うことではないかもしれないのですが、吸血鬼を「バケモノ」と呼ぶのは、何となく古めかしいというか、少し的外れであるようにも思えました。

それに、ドラマの中のバンパネラの三杉晃は、事件を暴こうとしていたのではありませんでした。香織さんを殺した加害者から、香織さんとの思い出のかんざし(自分の娘との思い出の品でもあるかんざし)を取り戻そうとしただけであったように思えました。

三杉晃が存在を知られないようにしているのに同じ名前を使い続けているというのも、私には少し不思議に思えました。戸籍上は死んだことになっているかもしれない三杉晃が各地の学校の教師になっているということも謎に思えるのですが、存在を知られたくなさそうなのにどうしてたくさんの生徒に出会う教師にならなければいけないのか、どうして普通の人間(普通の社会人?)のように暮らさなければいけないのかということも、少し不思議に思いました。

何かもっと自由に生きることはできないのかなとも思ったのですが、「不老不死」も、ある年齢以上には老いることなくいつまでも死なないというだけで、普通の社会で身を潜めるように静かに暮らすということになると、意外と不自由なのかもしれません。

このドラマは三杉晃が主人公なので、三杉晃と真理亜さんのバンパネラ生活を描くことは作品としては重要なことであるかもしれないのですが、私には、佐伯刑事の場面のほうが、“刑事ドラマ”として丁寧に描かれていたように見えました。熊谷刑事や長井監察医(菅原永二さん)と佐伯刑事の会話も自然な印象でしたし、佐伯刑事が養護施設へ行って香織さんの過去を調べたり、三杉晃のことが書かれている本を調べていくところなど、ミステリアスな物語であるという感じが出ていて、良かったです。

バンパネラとしての三杉晃や真理亜さんのCGの映像(鏡に映ったり映らなかったりするところや、目が赤く光るところなど)も、良かったように思います。

ただ、ドラマの劇中音楽は、私には少しうるさいというか、騒々しいというか、過剰であるようにも思えてしまいました。CMに変わる直前にこれから先の物語の予告映像を入れるところや、CMが終わった後の部分がCMの前の部分と重なっていたところなども、私には、あまり良くなかったように思えました。

物語のテーマになっていたのは、「吸血鬼」や「不老不死」というよりは、「記憶」だったのかなと思います。生きていることは奇跡なのだとか、ある人が生きていた証を残すためにもその人のことを忘れないでおこうとか、ドラマの最後のほうは少し道徳的になっていました。

どのような物語なのだろうと楽しみにして見始めた昨夜のこのドラマは、比較的ゆっくりとした展開のドラマだったので、私は途中少し眠い気持ちにもなってしまったのですが、それでも、この先の物語はどうなるのだろうと気になりながら、最後まで見ることができました。

このドラマの物語が面白かったかどうかということとは少し異なるのですが、主人公を“不老不死の吸血鬼”とするのなら、あるいは、事件性のある物語や“刑事ドラマ”ではないほうが良かったのかもしれないなと思います。

先週まではTBSで香取慎吾さん主演の日曜劇場「家族ノカタチ」が放送されていたので、今回の「ストレンジャー」がそのドラマのちょうど終わった後の放送になっていたのは、(あえてそのようにしたのかもしれませんが)良かったように思いました。

「真田丸」第12回

NHKの大河ドラマ「真田丸」の第12回「人質」を見ました。

第12回は、徳川家康(内野聖陽さん)が小牧・長久手の戦いを行った天正12年(1584年)の春、越後の上杉景勝(遠藤憲一さん)に支援要請の手紙を送っていた真田安房守昌幸(草刈正雄さん)は人質として次男の真田源次郎信繁(堺雅人さん)を上杉へ差し出すこととなり、家臣の矢沢三十郎頼幸(迫田孝也さん)と共に春日山城の景勝の元で暮らすことになった信繁が、景勝と直江兼続(村上新悟さん)が守ろうとしている越後の実際の国力を知り、民の話を聞くことしかできないと嘆く景勝の悩みを「策」で解決する、という話でした。

上杉謙信の時代の活気を取り戻したいと話していた景勝と城下町へ出かけて神社のそばを通りかかった信繁は、アサリ漁を行う浜の取り合いでもめていた二つの村の代表者が鉄火起請(赤く焼けた鉄の棒を手のひらに受け取って指定の台の上まで落とさずに運ぶことができたほうの主張が正しいとされる神判の一種)をさせられそうになっているのを見かねて、自分と奉行とで鉄火起請を行おうと切り出し、慌てた奉行が鉄火起請の中止を命じると、村の代表者に漁を日で交代してはどうかと提案し、代表者が潮の心配をしているのを聞いた景勝が、潮の変わり目で交代してはどうかと提案し、問題はすっきりと解決したようでした。

上杉は、昌幸に人質のほかに沼田城も要求していたので、手紙を読んだ昌幸も嫡男の真田源三郎信幸(大泉洋さん)も困惑していたのですが、引き渡さないという判断で正解だったようでした。景勝と兼続は、一度自分たちを裏切った真田昌幸を信用することにしました。

上杉は真田家の味方をするということが書かれた上杉景勝の起請文を受け取った昌幸は、徳川家康と手を切る決断をし、家康宛に手紙を送っていました。悔しがる家康に、側室の阿茶局(斉藤由貴さん)は、真田を潰してはどうかと提案していました。

徳川は上田城へ向けて侵攻を初めました。昌幸は、籠城をしない作戦を考えていました。信繁を気に入っている景勝は国力の少ない中でも真田を助けたいと思い、そのような景勝の思いを察していた兼続は、真田のために100人ほどの兵を集めていました。そうして、合戦に参加したいと気合を入れている人質の信繁を真田へ送り出していました。

作(脚本)は三谷幸喜さん、演出は田中正さんでした。

第12回も面白かったです。

今回は信繁が上杉の人質となる話だったのですが、民を救いたいけれど国力がないと迷って弱気になっている景勝を信繁が元気付けて、真の御屋形様になってもらおうとする話でもありました。

ドラマを見ていた私には、遠藤憲一さんの演じる景勝が、何となく、少しずつ、テレビ朝日の金曜ナイトドラマの「民王」の総理大臣の武藤泰山にも見えてきて、景勝を支えるしっかり者の兼続が泰山の秘書の貝原さんにも見えてきて、そのようなところも面白く思えていました。

きり(長澤まさみさん)と梅(黒木華さん)のやり取りも楽しかったですし、家柄のことで梅さんを気に入らない薫(高畑淳子さん)が生まれたばかりの孫を隠れながら見に行く感じも、コミカルで面白かったです。

予告によると、次回は信繁の“青春編”のクライマックスだそうで、第一次上田合戦が描かれるそうです。次回の「真田丸」も楽しみにしていようと思います。

「精霊の守り人」第2回

NHKの「放送90年 大河ファンタジー 『精霊の守り人』」の第2回を見ました。

第2回は、新ヨゴ国の帝(藤原竜也さん)が放った刺客の狩人たちから、水の精霊の卵を宿した第二王子のチャグム(小林颯さん)を辛うじて守った直後に森の中で気を失ってしまった女用心棒のバルサ(綾瀬はるかさん)が、幼馴染みで呪術師見習いのタンダ(東出昌大さん)に助けられて傷の手当てを受けた後、タンダと同じヤクーという先住民族の村の子供から、「精霊の守り人」が水の精霊の卵を食べに来る土の精霊のラルンガに殺された話を聞く、というものでした。

呪術師のトロガイ(高島礼子さん)は、川の中でナユグという、映画「もののけ姫」のシシ神様のような顔の異界の存在と対話をしようとして、トロガイに会いに来た星読博士のシュガ(林遣都さん)に溺れていると勘違いされて引き上げられてしまったのですが、そのシュガは、聖導師(平幹二朗さん)に騙されて?建国神話の闇の部分の記録文書があるということを教えられて向かった地下の書庫に閉じ込められてしまいました。

トロガイは、やって来たのが明らかに自分の敵である場合だけ、臭いで察知することができるのでしょうか。シュガの時には殺気が感じられないと言って気付かずにいて、バルサを倒しに来た狩人のジン(松田悟志さん)が近づいて来た時には部屋の中で普通に食事を続けていました。でも、そのトロガイさんの感じは、何となく面白く思えました。

ジンは、ラルンガという見えない土の精霊に腕を掴まれ、その腕を精霊に持って行かれたか、バルサに斬り落とされたかしていました。

脚本は大森寿美男さん、演出は片岡敬司さんです。

第2回はというか、第2回もというか、バルサが過去の自分を思い出すという形での、少女時代のバルサと短槍の師匠のジグロ(吉川晃司さん)との思い出の場面が多かったような気もしました。

先週の第1回を見た時よりは見慣れてきたこともあると思いますし、物語が決して面白くないということではないのですが、上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』やその他のシリーズ作品を未読の私には、物語に登場する「用語」をちゃんと聞き取ることができないということもあって、そのようなところが少し難しいようにも思えます。

ドラマを見ている人の中には私のように原作を未読の人も多くいると思うのですが、聞き慣れない外国語風の名前の多いファンタジー作品であるため、私には、通常の時代劇よりも劇中に登場する専門用語が分かり辛いような気がします。でも、もう少し見ていくうちには、分かるようになっていくのかもしれません。

100年に一度生まれるという水の精霊の卵が土の精霊に食べられて孵化しなくなると干ばつになると言われていたのですが、今の新ヨゴ国の土地にはたくさんの滝や川があって水が豊富なので、ヤクーの村長?の身内が土の精霊に殺されたというのはいつのことなのかなと少し気になりました。私が聞き逃してしまったのだと思うのですが、よく分かりませんでした。それとも、干ばつになるというのは言い伝えで、実際には卵が食べられたことで干ばつになったことはないのでしょうか。それとも、孵化しなくても、食べられても、どこかに水の精霊の卵があるというだけで、水の豊かさは確保されるということなのでしょうか。

あと、私は勝手に「精霊の守り人」とは、精霊の卵を宿したチャグム王子を守るバルサのことなのかと思っていたのですが、そうではなく、精霊の卵を体内で守るチャグム王子のような人のことでした。

トロガイによると、土の精霊の活動は雪が積もる冬の間は抑えられるのだそうです。

ところで、この「精霊の守り人」の第2回を見た後、Eテレの「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」では、このドラマの原作者で文化人類学者でもある上橋菜穂子さんと、獣医師の齊藤慶輔さんという方の対談番組が放送されていました。私は、この後放送されます、という予告編を見て何気なく見て見ることにしたのですが、面白かったです。

怪我をした野生動物の治療を行っているという獣医師の齊藤さんによると、大きなワシの羽が電線に当たって感電するということは、私も聞いたことがあったのですが、カエルを捕りに道路に降りたフクロウが車のヘッドライトの眩しさに動揺して撥ねられてしまうとか、北海道のオオワシが風力発電の回転する大きな羽に気付かずに叩き落されてしまうとか、私は全く知らなかったので、そのようなことがあるのかと、驚きました。

できる限りのことはやった、と思う医師はすぐに臨床医を辞めるべきだという齋藤さんの言葉も、すごいと思いました。地球をガイアという一つの生き物と考えて、自分はその白血球になりたいと思ったというのも、すごいなと思いました。この世界や宇宙全体が何かの一つの大きな生き物で、私も私の周囲の人たちも、その体内の構成要素の僅かな一つであるかもしれないということは私も考えたことはあるのですが、だからといって、その中の何になりたいと考えたことはありませんでした。このように言うのは少し間違っているかもしれないのですが、建設的な方だなと思いました。

上橋さんの現代の再生医療についての話も良かったです。生物は生まれたら死ぬように出来ているから、どれほど医療技術が進んでも、人の身体は人を滅ぼそうとするかもしれない、という説を聞いて、そうかもしれないなと思いました。お二人の対話は、「生態系のピラミッド」から外れ生態系を一気に潰すこともできるようになった人間は一体これからどこへ向かうのだろうというような、哲学的な話で終わっていました。

日本や先進国については、報道などで「少子化」とか「少子高齢化」だと言われていますが、世界全体では、人類は増えているのでしょうか、それとも減っているのでしょうか。私の小さい頃は、これからは世界中で人口密度が高くなって、食料や資源を巡る争いが起こるだろうと言われていました。そのため、その頃の私は、人類(ヒト)は増えるよりは減ったほうがいいのだろうと思っていました。今でも少しそう思ってしまうところはあるのですが、上橋さんが対談の中で、人類が増えていると話していたので、実際はどちらなのだろうと少し気になりました。

政治家や経済人の方たちは、労働者の確保のためや税金の徴収のために人口を増やしたいと思っているのかもしれませんが、もしも地球が(あるいは宇宙が)大きな一つの生き物のようなものだとするなら、人類の増減も、他の生き物たちの増減も、気候の変動も、地震も津波も雪崩も噴火も、同じ自然の意思というか、大きな流れの中の一つの現象なのかなという気がします。
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Author:カンナ
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