「百合子さんの絵本 ~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争~」

NHKの終戦スペシャルドラマ「百合子さんの絵本 ~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争~」を見ました。昨夜の9時から10時半まで放送されていたドラマです。

ドラマは、戦後の1977年(昭和52年)の、晩年の小野寺夫妻の場面から始まっていました。夫の小野寺信(まこと、香川照之さん)は、新聞社から何度も依頼されている、当時の軍人たちの座談会に参加するかどうかに悩んでいました。妻の百合子(薬師丸ひろ子さん)は、トーベ・ヤンソンの『ムーミンパパの思い出』などを訳す翻訳の仕事をしていたようで、当時の思い出を辿るように、1940年(昭和15年)の頃に遡っていました。

陸軍参謀本部の軍人の小野寺信さんは、東条英機内閣の統制派ではなかったためなのか、ある日、スウェーデンのストックホルムでの諜報活動を命じられました。中立国のスウェーデンでイギリスやアメリカやドイツやソ連の動きを探り、情報を日本の参謀本部に送るという仕事でした。しかし、信さんの情報は「弱腰」だとして参謀本部に信用されていないということでした。訪ねてきた軍人からそのことを教えられ、信さんの様子を見に行くことになった百合子さんは、4人の子供たちのまだ幼い末っ子の次男を連れて、昭和16年の1月、ストックホルムへ旅立ちました。

信さんは元気で積極的に諜報活動を行っていました。ドイツに占領されたポーランドから逃れてきたイワノフという協力者と情報のやり取りを行っていました。百合子さんは、信さんに頼まれて、鍵のかかる部屋で信さんがまとめた情報を参謀本部の制作したマニュアルに沿って暗号にして電信を送るという手伝いを始めることになりました。次男は、家政婦に預けていたのですが、信さんの話では、その家政婦も諜報部員だろうということでした。当時のストックホルムには、各国のスパイたちが集まっていたそうです。

百合子さんはストックホルムの街で、夏至祭りのために花で美しく飾った人々を見ていました。小野寺夫妻の送り続けた、日米開戦は避けるようにという趣旨の電報は、参謀本部に無視され続けていたようでした。昭和16年の12月8日、帝国海軍がハワイの真珠湾を攻撃すると、小野寺夫妻の生活は一変しました。連合国のスパイに見張られるようになり、次男は家政婦と散歩中にイワノフの知人の女性が射殺されるのを見てしまいました。

親戚の家に預けた子供たちから習字や手紙が送られてきて、国際電話で少しだけ話すことができた百合子さんは、子供たちのことを心配し、スウェーデンの絵本を潜水艦に乗せて日本へ送ってほしいと信さんに頼んだのですが、無理だと一蹴され、子供は二の次だとも言われて、私は軍人の娘だけれど今は軍人の妻になったことを後悔していると夫に訴えて嘆いていました。

昭和19年、日本は本格的な空襲に遭うようになりました。ストックホルムの小野寺家には、ヒトラーを尊敬していると話す不気味な駐ドイツ大使(吉田鋼太郎さん)も訪ねて来るようになりました。その大使も信さんの情報を「弱腰」と考えている人の一人のようでした。

昭和20年2月、信さんはストックホルムを出たイワノフの秘密の手紙から、「ヤルタ会議」が行われたという情報を得ました。それはドイツが降伏したらソ連が日本に侵攻するという密約でした。日本がアメリカとの仲裁をソ連に依頼しようとしているということを知っていた信さんは、百合子さんに頼んで、急いで参謀本部に「ヤルタ会議」に関する電信を送りました。しかし、その後参謀本部からは何の連絡もありませんでした。信さんと百合子さんが必死で日本へ送った緊急の電報は参謀本部の何者かに握りつぶされたのでした。

そして、8月6日、広島に原子爆弾が落とされ、9日には長崎に原子爆弾が落とされて敗戦が決定的になり、15日の終戦を迎えました。百合子さんと信さんは手紙を燃やし、翌年の昭和21年にスウェーデンから帰国したようでした。久里浜の港に到着すると、子供たちが百合子さんと次男を出迎えていました。信さんは、船を降りてすぐにアメリカ軍に捕まり、巣鴨プリズンに送られたそうです。

本や着替えを持って面会に訪れた百合子さんは、アメリカ人は自分のことを「閣下」と呼んでいる、閣下は朝からトイレ掃除をするのだと寂しそうに笑う信さんに、あなたは何度も戦争を止めようとした、あなたは本当の閣下だと言って励ましていました。

4か月ほどして、信さんは釈放されたようでした。戦後、生活と闘うことになった信さんは、なかなか仕事が見つからず、スウェーデンの知人を頼って貿易の仕事を始めたそうです。百合子さんが頼まれて絵本の翻訳をするようになったのはその仕事が少し軌道に乗り始めた頃だったということでした。そして、昭和52年になりました。

元軍人の座談会への参加を断り続けていた信さんに、百合子さんは、ある新聞記事を見せました。それは、戦後“政財界のご意見番”となった瀬野という人物のインタビュー記事だったのですが、その人は戦時中には参謀本部で諜報部員たちからの電報を読んでいたということでした。自分を英雄のように語るその記事を読んだ百合子さんは、このような人がいて、あなたのような人がいると話し、記事を読んだ信さんは、事実を話すために座談会への出席を決めました。

しかし、その会に参加していた元軍人たちは、当時のことを思い出話として楽しそうに話しているという感じでした。信さんは、戦争を止めようとした電信や「ヤルタ会議」の電信を握りつぶされたという話を思い切って話したのですが、参謀本部には大局を見ることできなかったのだろうと言うくらいで、情報を握りつぶした結果に原爆を落とされたことの責任を誰が取っているのかという信さんの質問には答えることができませんでしたし、誰の責任かを追求しようという雰囲気もそこにはありませんでした。

座談会に失望した信さんは、虚しい気持ちで百合子さんのもとへ帰っていました。それから百合子さんと二人でクラシックの、ベートーヴェンの「交響曲第九番」を聴くコンサートへ出かけていたのですが、それはスウェーデンにいた頃以来だったということで、二人は音楽を聴きながらそれぞれ戦時中や戦後の大変だった頃のことを思い出していました。

家の押し入れで、戦時中に子供たちに送ったスウェーデンの絵本を見つけた百合子さんは、そのことを信さんに話していました。そして、信さんと結婚したことを後悔していないと伝えた百合子さんは、二人で当時のことを記した本を書こうと信さんに提案していました。子供たちに戦時中のことを離してこなかったという信さんは、百合子さんといちょう並木を歩きながら、思い出話として子供たちに当時のことを少しずつ話していこうかなと思い始めていたようでした。

作(脚本)は池端俊策さん、音楽は千住明さん、演出は柳川強さんでした。ドラマの原案は、岡部伸さんの著書『消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い』だそうです。

予告編を見て、私もこのドラマを見るのを楽しみにしていたのですが、とても良かったです。

香川照之さんの演じる夫の信さんも、薬師丸ひろ子さんの演じる妻の百合子さんも良かったですし、物語の展開も、構成も、音楽も良かったです。

百合子さんが子供たちに送った絵本は、エルサ・ベスコフさんの『リーサの庭の花まつり』という絵本だそうです。

「百合子さんの絵本」というタイトルもとても良かったと思うのですが、その百合子さんの絵本は、百合子さんにとって、スウェーデンのストックホルムで夫と諜報活動をしていた頃の思い出や、戦時下を生き抜いた自分たちの象徴、戦時中にも失わなかった美しいものを求める心、正しい心の象徴、というようなものなのかなと思いました。

日本の参謀本部の軍人たちは、日本が負けていく事実を受け止めようとせず、自分たちの期待する情報以外は信じずに取り上げようともしなかったようで、参謀本部の場面はなかったのですが、結果的には、小野寺夫妻の送り続けていた日本のための重要な情報は参謀本部に無視され続けていたようでした。

百合子さんの絵本は、あるいは、諜報活動で得ていた情報が正しかったことが認められなかった自分たちの人生を肯定するものの象徴でもあったのかもしれません。

日本が敗戦し、百合子さんが手紙の原稿を燃やしている場面で流れていた、途中で「ボンボン」と子供の声で歌っている外国語の歌も、何だか良かったです。何の歌なのか私には分からなかったのですが、優しい雰囲気の曲で、その場面を見ていて少し悲しい気持ちになりました。「第九」の「歓喜の歌」がテーマ曲のように流れていたのも、良かったです。

ドラマに登場していた、小野寺夫妻の暮らしていた北欧のスウェーデンの風景もきれいでした。

小野寺信さんは、「諜報の神様」とも呼ばれていた方だそうです。祖父と父親が偉大な軍人だったらしい百合子さんは、佐佐木信綱(加藤剛さん)の和歌の会にも参加していました。実話を基にしたドラマということのようだったので、いつか小野寺夫妻についてのドキュメンタリー番組があるといいのかもしれないということも、少し思いました。

ともかく、とても良いドラマだったので、私も見ることができて良かったです。正しい行いをした人はそのことを後世に伝えなくてはいけないというような言葉がドラマの最初の方で言われていたのですが、確かにそうかもしれないと思いました。この物語は、ドラマの中の小野寺夫婦の伝えようとしたそのような正しさを伝えるものだったのかなとも思いました。

「ワンス・アポン・ア・タイム4」第16回

NHKのBSプレミアムで放送されている海外ドラマ「ワンス・アポン・ア・タイム4」の第16回を見ました。

ルンペルシュティルツキンのゴールド(ロバート・カーライルさん)の闇の王の剣で大人の姿に戻ったピノキオのオーガスト(アイオン・ベイリーさん)は、レジーナ(ラナ・パリーヤさん)の火で脅かされて、香港で出会った魔法使いのドラゴンも絵本の作者を探していた、引き継いだ資料でこのストーリーブルックの町を見つけたのだと話しました。

レジーナは、煙となって白雪姫のメアリー・マーガレット(ジニファー・グッドウィンさん)に入り、エマ・スワン(ジェニファー・モリソンさん)やチャーミング王子のデヴィッド・ノーラン(ジョシュ・ダラスさん)やフック船長のキリアン(コリン・オドナヒューさん)に、ゴールドさんがストーリーブルックに戻って来ていること、今はその別荘にいること、何か悪いことをしようとしているということを手短に伝えました。

ピノキオやレジーナを心配しているエマは、ベル(エミリー・デ・レイヴィンさん)にゴールドさんが戻っていることを話し、闇の王の短剣はどこにあるのか尋ねたのですが、ベルはキリアンに預けたといい、エマとキリアンは、それはゴールドさんが化けていたのだろうと推測し、次の手段を考え始めました。

キリアンは、アースラ(メリン・ダンジーさん)に近づくことにしました。彼女にハッピーエンドを返すのだとエマに言って、それからアースラを森の中に呼び出しました。

アースラが現れると、キリアンは、ハッピーエンドを返す代わりにルンペルシュティルツキンの計画を教えてほしいと頼み、意外そうにしたアースラは、その取引に応じることにしました。

昔、アースラは、海の神・ポセイドンの娘の人魚姫でした。アースラの母親は、人間の海賊に殺されたため、ポセイドンは人間を憎んでいました。アースラには、亡き母親譲りの美しい歌声がありました。父親のポセイドンは、アースラの声を利用して人間の乗った船を沈没させるという復讐を繰り返していました。

フック船長は、ある夜の酒場で美しい歌声の娘に出会うのですが、それはアースラでした。アースラは、母親の形見である自分の歌声で人間に幸せな気持ちになってもらいたいと考えて、父親の蔵から腕輪を盗み、ヒレを人間の足に変えていました。酒場で歌っていたのは、旅費を稼ぐためでした。アースラの歌を聴いて、ルンペルシュティルツキンへの復讐で満たされていた気持ちが少し和らいだフック船長は、アースラを自分の船に乗せると約束し、翌朝港に来るよう言いました。

ストーリーブルックの港に来たキリアンは、アースラのハッピーエンドはジョリー・ロジャー号にあると言ったのですが、船は今は魔法の森にありました。アースラは、キリアンが持っていた船の一部を借りて、触手を海につけました。すると、波が立って扉が開き、船が現れたのですが、ジョリー・ロジャー号はなぜかボトルシップになっていました。

昔の港の酒場では、フック船長は何者かに拉致され、ジョリー・ロジャー号に連れて来られたのですが、待っていたのはアースラの父親のポセイドンでした。ポセイドンは、アースラを自分の元に引き留めるため、アースラの歌声を巻き貝の中に閉じ込めようとしていました。フック船長は、その貝を渡され、アースラの声を奪うことができたなら、その代わりに、ルンペルシュティルツキンの身体の自由も奪うことのできるイカの墨を渡すと言われました。

船にやって来たアースラは、フック船長から父親が来たことを聞かされ、父親の蔵からイカの墨を盗んでくるよう言われました。しばらくして、アースラは、蔵からイカの墨を盗み出してきました。しかし、船に現れた父親のポセイドンが取り戻してしまい、苛立ったフック船長は、貝殻にアースラの歌声を閉じ込めてしまいました。そして、貝殻を壊さないようにすることと引き替えに、自分に二度と近づかないことを約束させ、二人を海に追い返しました。

海に戻ったアースラは、父親に反発し、強い女神だった昔のアースラのようになると言って、父親の杖の魔法で自分の足をタコの足に変えてしまいました。そして、父親を上回る力を持つようになったようでした。

現代のストーリーブルックでは、キリアンは、ベルと一緒にいたウィル・スカーレット(マイケル・ソーチャさん)に、船を戻してほしいと頼みました。ワンダーランドにいたことのあるウィルは、ワンダーランドのキノコのエキスをキリアンに渡しました。その液体を一滴慎重にかけると、ボトルシップは元のジョリー・ロジャー号の大きさに戻りました。

船内の部屋の棚の中に、貝殻が保管されていました。しかし、一瞬光った貝殻の声は、アースラの中に戻りませんでした。アースラは、やはり悪役にはハッピーエンドは訪れないと激怒し、それでもゴールドさんの計画を教えてもらおうと慌てて銃を向けてきたキリアンをタコの足で掴んで海に放り投げました。

少しして、キリアンは人魚のアリエルに助けられました。王子と暮らしているはずのアリエルは、ジョリー・ロジャー号を手に入れた海賊の黒ひげがアレンデールの女王を瓶詰めにした、自分も瓶に閉じ込められそうになったというようなことをキリアンに話していました。キリアンは、アリエルから、悪役にハッピーエンドが来ないのはいつも間違った方法で手に入れようとしているからなのではないかと言われました。

その頃、エマたちは、ゴールドさんに別荘に侵入し(メアリー・マーガレットによると悪役の家はいつも裏口の鍵が開いているそうです)、クルエラ(ヴィクトリア・スマーフィットさん)を気絶させて、ゴールドさんに嘘をつくと鼻が伸びる妖精の魔法をかけられて「作者が閉じ込められている扉」のことを話してしまったオーガストを助け出しました。エマもオーガストも再会を喜んでいました。

しかしその時アースラが戻って来ました。アースラはメアリー・マーガレットを人質に取ったのですが、そこにアリエルに助けられたキリアンが来ました。キリアンは、アースラの父親のポセイドンを連れて来ていました。

アースラの声を戻すためには、貝殻の持ち主だった父親の協力が必要でした。父親は、アースラの歌声を聞くと亡くなった妻を思い出して辛かったが、妻の分身が生きていると考えるべきだったと謝り、声を返すことにしました。貝殻に閉じ込められていた声はアースラに戻り、アースラは美しい歌声を取り戻しました。穏やかな気持ちに戻ったアースラは、再会した父親と昔のように一緒に暮らすことにしたようでした。

ヘンリーに渡した資料を探しに出ていたレジーナとゴールドさんとマレフィセント(クリスティン・バウアー・ヴァン・ストラテンさん)のもとに向かったクルエラは、私たちの中に裏切り者がいた、アースラだったと伝えました。

オーガストは、メアリー・マーガレットの部屋で休んでいたのですが、そこにレジーナが来たことに驚いていました。エマが信用していると知ると落ち着き、ヘンリー(ジャレッド・ギルモアさん)の持っていた扉の描かれた紙を見て、作者はこのページの中に閉じ込められているのだと言いました。

そして、海に帰るアースラは、キリアンに、ルンペルシュティルツキンは救世主のエマの心を闇で満たそうとしているのだと教えていました。

第16回も、面白かったです。アースラの過去の物語だったのですが、父親との場面は普通のホームドラマのようでもあったような気がします。アースラに歌声の戻る場面は、何だか感動的でした。

レジーナは、ロビン・フッド(ショーン・マグワイアさん)と森で出会い、再会を喜んでいた時にそこに現れた悪い女王のレジーナに襲われるというような夢を見ていたのですが、レジーナ自身は、悪い女王はロビン・フッドを守ろうとしていたのではないかと感じたようでした。レジーナの中でまた何かが変わっているということなのでしょうか。

オーガストは、作者の閉じ込められている扉は扉の描かれている絵本のページの紙そのもののことだということをエマたちに教えていましたが、次回予告の中では、ヘンリーがその扉のための小さな鍵を手にしていました。

今回にはワンダーランドの話題も出ていましたが、扉には「不思議の国アリス」の物語が関わっているのでしょうか。

ベルがルンペルシュティルツキンのゴールドさんのことを本当に嫌いになっているようなところも、少し気になりました。

白雪姫とマレフィセントの過去が描かれるらしい次回の物語も、また楽しみにしたいと思います。

第27代総理大臣の浜口雄幸の特集

一昨日のNHKのBSプレミアムの「英雄たちの選択」は、「昭和の選択」でした。終戦の日の近い夏の頃に時々放送されているような気がします。「英雄たちの選択」と同じく、番組の司会は歴史学者の磯田道史さんと渡邊佐和子アナウンサーです。

今回の「昭和の選択」は、「“ライオン宰相”が夢見た平和~軍縮に挑んだ男 浜口雄幸~」でした。

解説は、歴史学者の川田稔さん、元国連事務次長で軍縮専門家の阿部信泰さん、軍事史学者の小谷賢さん、歴史学者の一ノ瀬俊也さんでした。

第27代総理大臣の浜口雄幸(濱口雄幸)のことを、私は日本史の授業で少しだけ習った以外には、ほとんど知りませんでした。子供の頃から無口であまり笑わない人だったという浜口雄幸さんと一緒に写真に収まっている銅像のライオンは、総理官邸前のライオンなのだそうです。私は浜口さんが「ライオン宰相」と呼ばれているということも知りませんでした。

浜口雄幸(おさち)さんは明治3年に今の高知県の土佐に3人兄弟の末っ子として生まれ、今でも生家は残っているようですが、父親は役人で、離れには畳の敷かれた静かな勉強部屋があって、学校の成績はいつも一番という優秀な人だったそうです。一度大蔵省の官僚になったそうなのですが、上司と衝突して左遷されるなどしたこともあるそうで、政治議論の盛んだった土佐出身の浜口雄幸さんは、官僚を辞めて政治家を志すようになり、昭和4年(1929年)に59歳で総理大臣となったそうです。浜口雄幸さんの所属していた、当時の与党は立憲民政党で、大惨敗と当時の選挙後の新聞に書かれていた野党は立憲政友会でした。立憲政友会を支持していた人々が資本家や地主だったのに対して、立憲民政党を支持していたのは普通の会社員などの中間層の一般市民たちだったそうです。

浜口さんは、世界の平和のために「平和愛好」の理想的概念を具体化する政治を行おうとしていたそうで、面倒な問題を「後回し」にしない政治家でもあったそうです。

浜口さんが政治家になった頃は、第一次世界大戦が終わった「戦後」でした。しかも、日本はロシア軍を撃破した「戦勝国」でした。世の中には、これからは平和な世の中になるという空気が流れていたそうです。ただ、「世界恐慌」の時期とも重なっていました。そして、日露戦争時に拡張されていた軍備は、軍事費のために市民の生活が圧迫されることを防ぐために、縮小されることが検討されていたそうです。軍縮をすれば米英から国を守ることができなくなると主張していた軍部は、世の中が平和な方へ進みそうになる中、自分たちの存在意義を守るために軍縮に反発していたというところもあったようでした。

昭和5年には、ロンドン海軍軍縮会議が開かれ、第一次世界大戦の「戦勝国」である、イギリス、アメリカ、日本、フランス、イタリアの五か国が参加したそうです。浜口さんは若槻禮次郎元総理を首席全権として派遣して、アメリカの求める「対米6割」を「対米7割」にしたいという交渉を行ったそうです。

若槻元総理の交渉によって、アメリカが少し譲歩して対米7割に近い数字となり、潜水艦もゼロになりそうになっていたのが半分の数になったのですが、それでも浜口雄幸さんは、ロンドン海軍軍縮条約に反発する海軍の軍令部長の加藤寛治の対外強硬の姿勢に悩み、1週間経っても結論を出すことができなかったそうです。

国際協調の路線を進みたいと思いながらも、「艦隊派」の軍部や右翼の強い反対のある中、国内が混乱するかもしれないことを考えて迷っていた浜口さんの決断を後押ししたのは、浜口さんの方針を支持する多くの市民たちと、昭和天皇でした。

昭和天皇は使いを送って浜口さんを呼び出し、早く決断をするよう伝えたのだそうです。(当時のこの出来事について、「統帥権干犯問題」を提起した立憲政友会の人たちや右翼の人たちは全く知らなかったのでしょうか。)

海軍の艦艇派の加藤寛治たち幹部は、今度は元帥の東郷平八郎に相談したそうなのですが、東郷平八郎は昭和天皇に説得され、艦艇派への協力をやめたということでした。

そうして、10月、ロンドン海軍軍縮条約は批准され、帰国した全権団を、東京駅ではたくさんの市民たちが出迎えたのだそうです。

しかし、その約1か月後の11月14日、浜口さんは、陸軍の演習の視察や昭和天皇の行幸への付き添いなどを兼ねて東京駅のホームを歩いていたところ、右翼の佐郷屋留雄という青年に至近距離の背後から銃撃されて、腹部や骨盤を損傷し、その時にも意識ははっきりとしていたそうなのですが、翌年の夏に亡くなったそうです。61歳ということでした。葬儀にはたくさんの市民が参列したのだそうです。

浜口さんが撃たれる9年前の、大正10年(1921年)の11月4日の原敬首相の暗殺事件以降、首相の乗降時の駅のホームには一般の人の立ち入りが制限されていたそうなのですが、人々に迷惑をかけてはならないという浜口さんの意向から、この時の一般の人の立ち入りは制限されていなかったのだそうです。

東京駅には、原敬首相の暗殺事件の場合と同じように、濱口雄幸さんの襲撃事件のプレートもあるそうなのですが、私は読んだことがありませんでした。今度東京駅へ行った時には探してみようと思います。浜口さんを撃った愛国社という右翼団体に所属していた犯人の佐郷屋留雄は、原敬首相を暗殺した犯人の中岡艮一と同じく、一時は死刑判決を受けながら、なぜか恩赦によって減刑され、出所したのだそうです。

浜口雄幸総理大臣が凶弾に倒れるという時の場面を見ていて、私も悲しい気持ちになりました。浜口雄幸元総理大臣は、自身の平和愛好の政治信念を貫いた立派な方だったのだと思いました。

番組では、浜口雄幸さんが凶弾に倒れた時に来ていたというスーツが紹介されていました。ツイードのような、少し厚めのスーツでした。記念館に保管されているそうです。緊急手術のために、スーツは裁断されたそうです。

また、司会の磯田さんは、浜口雄幸の書の大きな掛け軸を紹介していました。ポケットマネーで購入したものだそうです。「長作閑人楽太平」と太い字で書かれていました。長く閑人となって太平を楽しむという意味の、南宋時代の陸游という詩人の言葉だそうです。「やせ馬に 山また山や 春霞」という俳句も紹介していました。浜口雄幸さんは大変な時代に内閣総理大臣を務めていたのだろうと思います。

昭和6年の8月26日に浜口さんが亡くなる前の4月に第2次若槻内閣が発足したそうなのですが、その頃には「満蒙(満州とモンゴル)は日本の生命線である」ということが言われるようになっていて、9月18日には、柳条湖事件をきっかけに満州事変が勃発し、10月には「十月事件」という陸軍の一部の幹部によるクーデター未遂事件も発生し、後に大政翼賛会の顧問となる安達謙蔵が「挙国一致」を主張したことから、第2次若槻内閣は退陣に追い込まれ、日本は軍国主義の道を進んでいくことになるということでした。

大政翼賛会は、立憲民政党や立憲政友会などの合流した団体で、1940年(昭和15年)10月から1945年(昭和20年)6月まで、戦時中の約5年間ほど存在していた日本の「公事結社」で、それは「政党」とは違うものなのだそうです。

浜口雄幸総理大臣を支持していた人たちが、右翼青年の凶弾に倒れた浜口さんが総理大臣を辞めた後には、「満州事変」などの軍拡の方を熱狂的に支持していったということが、私には何かいまいちよく分からないことのように思えました。

「満州事変」を支持したという人々は、浜口さんを支持していた市民とは別の市民なのではないかと、単純に考えるとそのように思うことができると思うのですが、どうなのでしょうか。番組では、不況の世の中に不満を感じていた市民たちは目先の生活を優先したのだろうというようなことが言われていました。満州事変を支持していたとされる当時の一般市民の方たちが、実際にどのように思っていたのかは分かりませんが、そのようなことは、「特定秘密保護法」や集団的自衛権の行使や武器輸出のできるようになる「安全保障関連法」が成立したり、「日本国憲法」が改定されるかもしれない問題などのある、「戦後71年」でありながら新たに不穏な空気の流れている今の時代にも通じる現象であるように思えました。

以前、NHKの特集(「その時歴史が動いた」や「日本人は何を考えてきたのか」や「知恵泉」など)を見て第56代総理大臣の石橋湛山のことを知った時、とても立派な人だったのだろうなと思えたのですが、今回の特集を見て、第27代総理大臣の浜口雄幸も立派な人、人格者だったのだろうと思いました。

総理大臣を務めていた期間の短い人は、歴史の教科書には少ししか記述されていないですし、どのような人であったかということも伝えられません。あるいは、何かの事情で、あえて影を薄くさせられているのかもしれません。

人格的に優れた人、賢くて誠実で優しい人が政治家になるのは難しいのかもしれないというような印象もあるのですが、そのような政治家の方が今の時代やこれからの時代にも現れるといいなと思います。

とても良い特集でした。私も昔の、自国が他国に脅かされないようにするために自国も他国を脅かさないようにするという平和外交と不況の中で市民の生活を少しでも良くするために国内の軍縮に務めた、浜口雄幸(濱口雄幸)元総理大臣のことを少しでも知ることができて良かったです。今の私たちが少しでもましな政治を選ぶためには浜口雄幸元総理大臣のような人がいたことを知る必要があるのだということを司会の磯田さんが話していましたが、本当にそうだなと思いました。

「ヤッさん~築地発!おいしい事件簿~」第2話

テレビ東京の「金曜8時のドラマ」の「ヤッさん~築地発!おいしい事件簿~」の第2話を見ました。

蕎麦屋「はし田」で食い逃げをした高校生のミサキ(山本舞香さん)がかなりの蕎麦好きと知り、預かって更生させることにした銀座のヤッさん(伊原剛志さん)は、ミサキさんが蕎麦職人になるために女手一つで育ててくれた母親の反対を押し切って北海道から上京してきたという「身の上話」を聞くと、オモニ(板谷由夏さん)の家に下宿させることにしたミサキさんに蕎麦を食べてはいけないという禁止令を出し、ミサキさんの指導はタカオ(柄本佑さん)に任せて、ふらりとどこかへ出かけてしまいました。

タカオさんは、ミサキさんを連れてミサキさんが食い逃げをした蕎麦屋を回り、食器洗いの手伝いなどをしていたのですが、その一方で、雑誌の記事のせいで「はし田」に迷惑をかけてしまったお詫びとして、店主の橋田さん(里見浩太朗さん)を説得して許可を得て公式ホームページを作ることにしました。ホームページの完成後、タカオさんは、「食才人」と名乗る人気ブロガーにお店を称賛してもらい、良い噂はSNSで広まって「はし田」は“行列のできる蕎麦屋”になりました。橋田さんは困惑しながらもお客さんたちからの写真撮影の依頼などに応じていたのですが、帰ってきたヤッさんはその状況を知って常連客が入れずに帰っていくとタカオさんを一喝し、叱られたタカオさんは食才人に「はし田」のことを書かないでほしいと伝えました。すると、毎日大行列のできていた「はし田」にはお客さんが一人も来なくなりました。SNSで「はし田」の悪口が広められていたのでした。

脚本は大島里美さん、演出は小林義則さんでした。

第2話も楽しく見ることができました。

第2話は、大学へ進学してほしい母親の陽子(奥貫薫さん)の反対を押し切って蕎麦職人になるために上京してきたミサキさんが母親と向き合うまでの物語が中心になっていたように思うのですが、それと、人気グルメ系ブロガーの食才人(児島一哉さん)の仕掛けたインターネットでの評価やコメントに左右されて「はし田」に行列を作ったり来なくなったりするお客さんたちの問題が、バランス良く描かれていたような気がします。

ヤッさんや橋田さんが気にしなくていいと繰り返しタカオさんに言っていたように、SNSを見て大行列を作っていたお客さんたちが来なくなると、お店にはまた常連のお客さんたちが戻って来て、それまで通りの落ち着いた「はし田」に戻っていました。

ヤッさんから東京の定時制高校へ通うように言われて失踪してしたミサキさんは、築地の仲買人の正一(上地雄輔さん)からもらった無料チケットで東京タワーの展望台に来ていたようでした。ヤッさんの蕎麦禁止令は味覚を育てるためのものだと知ったタカオさんは、東京タワーにいたミサキさんに会うと、そのことを伝えて、「はし田」で修行をすることができるようになったということも伝えました。

誕生日をオモニの韓国料理店でお祝いしてもらっていたミサキさんは、母親に会ったほうがいいとヤッさんに説得されて、ヤッさんが北海道からヒッチハイクのトラックで?連れて来ていた母親の陽子さんと再会し、本気で蕎麦職人になりたいのだという思いを母親に伝えていました。タカオさんがミサキさんの良さや信念の強さを一緒に陽子さんに伝えていたのも、“兄貴”らしい雰囲気が出ているように思えて良かったです。

ただ、築地市場の場面や「一文無しの宿無し」の場面は、第1話よりも少なくなっていたような気がします。実はお坊ちゃま?だったヤッさんのキャラクターの良いところ(特殊性)はそのような部分にもあると思うので、私としてはもう少しあってほしいような気がしたのですが、あるいは、その特殊性が薄くなることによってこのドラマを見やすく思う方もいるのかもしれないなとも思いました。

今回の最後、いつものように街を走っていたヤッさんとタカオさんは、街頭の大型テレビで有名シェフの立てこもり事件の報道を見ていたのですが、それが次の物語につながるようでした。次回も楽しみにして見てみようと思います。


ところで、これはこのドラマとは全く関係のないことなのですが、このドラマの前、テレビ朝日ではアニメ「クレヨンしんちゃん」が放送されていて、昨夜には5月の「ぶりぶりざえもんの冒険」の「覚醒編」と「閃光編」に続き、再び「ぶりぶりざえもん」が登場していました。2000年に亡くなった塩沢兼人さんが声を演じていたぶりぶりざえもんは、今年から神谷浩史さんに代わって復活したのですが、見かけと無関係?のかっこいい声が救いのヒーローのぶりぶりざえもんのダメさや面白さを際立たせているのだと思うので、私も神谷浩史さんの声でのぶりぶりざえもんの復活を嬉しく思えている一人です。昨夜の「天下統一編」も、とても面白かったです。くノ一三姉妹の突然のアンジェリカも含め、いつもながら(新しくなってからはまだ3回目ですが)テンポの良いコントのようでした。最近は「クレヨンしんちゃん」の毎回の物語をちゃんと見ることができているというわけではないのですが、謎の「しんこちゃん」はまだ時々登場しているのでしょうか。

「営業部長 吉良奈津子」第2話

フジテレビの「木曜劇場」のドラマ「営業部長 吉良奈津子」の第2話を見ました。

第2話では、営業開発部の部長の吉良奈津子(小山奈津子、松嶋菜々子さん)は、広告業界を渡り歩いている派遣社員の今西朋美(中村アンさん)から教えられた、自然に見えるつけまつげで急成長中の会社「マイキュート」と広告の契約を結ぼうと考えて、宣伝販売の責任者の織原サキ(高橋メアリージュンさん)に名刺を渡し、「東京コスメフェア」で「マイキュート」のブースにくるお客さんを集めるため、後輩のクリエイティブディレクターの高木啓介(松田龍平さん)が関わっていた大手の「リナージュ化粧品」との新しい契約に奔走していた第一営業部と衝突していました。

脚本は井上由美子さん、演出は河毛俊作さんでした。

派遣社員の今西さんが担当した仕事は成功し、織原さんは2千万円の雑誌の広告の契約を東邦広告と結んだので、第一営業部長(堀部圭亮さん)や営業局の常務の斎藤良一(石丸幹二さん)からは「リナージュ化粧品」の社長が契約を辞めたので会社は2億損したと怒られていたのですが、吉良さんを迷惑に思っているようだった営業開発部は少しだけまとまってきていました。

営業開発部が「マイキュート」と契約を結んでいく部分は良かったと思うので、広告会社の営業部の“お仕事ドラマ”が中心に描かれるのなら良いと思うのですが、私としては、奈津子さんとのSNSによる連絡で子供が腹痛になっていると嘘をついたり、小山家を乗っ取ろうと?したりする謎のベビーシッターの坂部深雪(伊藤歩さん)の部分は、無いほうが良いような気もしてしまいました。

現実に起きているかもしれないことなのだとしても、唐突なサスペンス要素は見ていて少し落ち着かないというか、不安に思えてしまいますし、“お仕事ドラマ”の部分が散漫になってしまうような気もします。

育児休業後に職場復帰を果たして管理職に移動になった勝気な女性を描くドラマとして、実際に外で仕事をしながら子供をベビーシッターの方に預けている方も見るようなドラマだとするのなら、ドラマの中のベビーシッターさんは安心できる人物として描かれていたほうが、安心して見ることができて良いのではないかなと思いました。
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