「おっさんずラブ」

30日の深夜に放送されていたテレビ朝日のドラマ「おっさんずラブ」を見ました。

「年の瀬恋愛ドラマ」の「第3夜」ということなのですが、私が見たのはこの「おっさんずラブ」だけです。もしかしたら面白そうかなと思い、何となく見るのを楽しみにしていたのですが、とても面白かったです。

クリスマス前後の東京を舞台にした物語で、主人公は、文房具などを作っている会社の商品開発部に所属する33歳独身の春田創一(田中圭さん)でした。

母子家庭の母親に家を出て行かれた一年前から、デザイン部に所属する8歳年下の家事の得意な後輩の長谷川幸也(落合モトキさん)とルームシェアをして一緒に暮らしていた春田さんが、ある日、直属の上司でバツイチの黒澤武蔵(吉田鋼太郎さん)のスマートフォンに大量の自分の隠し撮り写真を見つけたことを機会に黒澤さんから「好きだ」と告白をされ、そのことを相談した長谷川さんからも告白をされて、突然訪れた謎のモテ期に大混乱する、という話でした。

確かに会社員の男性同士の「衝撃のラブコメディー」ではあったのですが、二人になると部下の春田さんのことを「はるたん」と呼び、手作りのおいしいお重のお弁当を持参するという、実は乙女系の“おっさん”だった黒澤さんを演じる吉田鋼太郎さんの、怖いようなかわいいような部分も含め、ちゃんとしたラブコメディーでした。

女性が好きなのに、突然身近な同性に告白をされてしまった春田さんの困惑ぶりや、「え?何?怖い、キモい」という率直な感想もリアルであるように思いましたし、春田さんのことを好きで、春田さんの良いところを10個言うことのできる上司の黒澤さんとダメなところを10個言うことのできる後輩の長谷川さんの繊細な感情も丁寧に描かれていたように思います。

主な登場人物の中の唯一の女性は、春田さんの同期で湊あすか(宮澤佐江さん)でした。春田さんは、男に告白された悩みを、さっぱりとした性格のあすかさんに相談する内に、あすかさんを女性としても意識するようになっていきました。でも、その唯一の女性のあすかさんは、仕事はできるのですが、部屋の掃除や料理などの家事をしないズボラな女性でした。

クリスマスパーティーでの出来事を別の後輩に言い触らされて春田さんまで「ゲイ」といいうことにされてしまうという、という場面もありましたが、それによって黒澤さんや長谷川さんが追いつめられたり苦しんだりするという展開にはなりませんでした。あくまでも、大困惑し続けるのは主人公の女性好きの春田さんです。そのようなところも、良かったように思います。

クリスマスプレゼントとして手編みのマフラーを春田さんに贈っていた黒澤さんのラブレターによると、黒澤さんがバツイチになったのは、春田さんを好きになったからでした。新入社員として入ってきた春田さんに「恋」をした黒澤さんは、自分の気持ちに気付き、嘘は付きたくないと妻と離婚をしたということでした。

そのような少し重めの告白の場面に、かわいい絵が使われていたのも楽しく思いました(エンドクレジットによると、「ヨーロッパ企画」の方による絵でした)。

あすかさんに相談しながら、春田さんは、黒澤さんの気持ちにちゃんと正面から向き合い、黒澤さんの「付き合ってください」には「ごめんなさい」と即答したのですが、人としては大好きで、上司としても尊敬していると伝えていて、「はるたん」にはっきりと振られた黒澤さんは、元の上司の黒澤部長として春田さんのことを「春田」と呼んで、春田さんの元を去って行きました。

黒澤部長を振ったことで少し傷付いていた春田さんは、あすかさんを女性として意識しようと、あすかさんの部屋へ行ったのですが、あすかさんのズボラな暮らしぶりに唖然とし、それでもあすかさんを抱きしめてみたのですが、その時脳裏にちらついたのは、料理が得意な後輩の長谷川さんの姿だったのでした。

テーブルの上に作り置きの夕食と「野菜もとってください」という趣旨の簡単なメモを残して部屋からいなくなった長谷川さんを慌てて追いかける春田さんと、年末だから実家に帰ろうとしていただけだった長谷川さんとが、橋の上で再会する場面からの急展開とそこからのエンディングも、何というか、ラブコメディーとして、見事だったように思います。

単発ドラマであるのが何となく惜しく思えるような感じでもありますが、単発だからこそ良いのかもしれないとも思います。

田中圭さんや吉田鋼太郎さん、落合モトキさん、宮澤佐江さんという俳優さんたちが良かったということもあるのだと思います。少し怖いような、少し気持ち悪いような(同性愛だからということではなく、異性愛でも同じです)、それでいてかわいいような、良い意味での少女漫画的な全体の雰囲気が、もしも他の俳優さんだったなら、このようにはならなかったのかもしれないとも思います。

脚本は徳尾浩司さん、演出は瑠東東一郎さんでした。エンディングに流れていた歌は、アニメ「キテレツ大百科」の「はじめてのチュウ」の英語版?でした。東京タワーやレインボーブリッジのある風景もきれいでしたし、ドラマの最後の春田さんの「平気かも」の台詞にも、エンディングの黒澤さんと子犬の映像にもほっとする感じの、衝撃的だけれどとても楽しい年の瀬の?ラブコメディーでした。見てみることにして良かったです。

「シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅱ 妖しい愛の物語」(全3回)

NHKのBSプレミアムのドラマ「シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅱ 妖しい愛の物語」を見ました。

先日の月曜日の夜11時15分から3夜連続で放送された約30分のドラマで、今年の1月に放送された「シリーズ・江戸川乱歩短編集 1925年の明智小五郎」(「D坂の殺人事件」、「心理試験」、「屋根裏の散歩者」)の第2弾です。前作と同じく、今作でも名探偵・明智小五郎を演じていたのは女優の満島ひかりさんでした。

私も江戸川乱歩の作品を好きなので、続編が放送されると知って、今度はどのような感じになっているのだろうと、少し心配をしつつも見るのを楽しみにしていました。

乱歩の初期の短編小説を「ほぼ原作通りに映像化」したドラマは今作も全3回で、第1回は、「何者」(1929年)でした。軍人の父親と許嫁の志摩子(真野絵里菜さん)と下男の常爺さん(麿赤兒さん)と暮らしている小説家の結城弘一(若葉竜也さん)が父親の書斎にいたある夜何者かの銃撃を受けるという事件が発生し、その現場に居合わせた逗留中の私(平井“ファラオ”光さん)が事件を嗅ぎ回る謎の赤井さんと出会う、という話です。演出は佐藤佐吉さんでした。

物語はそのままなので面白いのですが、事件の真相を探るために赤井と名乗っていた明智さんへの演出が少し「奇抜」であるのは、明智さんを得体の知れない不思議な人物と見せるためのものだとするなら、私には、何というか、少し逆効果でもあるように思えました。語りの「私」の髭とセーラー服の装いや、イモトアヤコさんのような眉の志摩子さんの外見なども、少し気になってしまいました。そのような演出は、出演者やスタッフの方の”遊び”なのだろうとも思うのですが、文章のみの小説が「映像化」されることの難しさでもあるのかもしれないなと思います。当然のことなのかもしれないのですが、文章のみの場合よりも、より「好み」が分かれるような気がします。

第2回の「黒手組」(1925年)は、伯父(つのだ☆ひろさん)の娘の富美子(仁村紗和さん)が新聞紙面を賑わせている「黒手組」と呼ばれる犯罪組織に誘拐され、指示通りに身代金を支払ったのに戻って来ないという事件のことを知った語りの私(田中圭さん)が友人の明智小五郎に捜査を依頼し、毎朝郵便受けから書生の牧田(矢部太郎さん)が伯母(ミッツ・マングローブさん)に渡していた中の富美子さん宛の葉書の文面を読んだ明智さんがその翌日から姿を消す、という話です。演出は関和亮さんでした。

映像も、音楽も、良かったように思います。「黒手組」の解説の場面でマリオネットの人形が使われていたのも良かったですし、1925年には存在しないものだと思いますが、スクリーンに文字を写したり、ラジカセで明智さんの音声を流したりしていたのも良かったように思います。

明智さんの雰囲気も良かったと思います。ただ、これはこれまでの場合でもそうなのですが、明智さんの台詞が満島ひかりさんには何か合わないというか、話し方が難しいのかなという風にも、私には少し思えてしまいました。あるいは、あえて棒読み風に話していたのでしょうか。

白い羽が舞っているのが夢のようでしたし、最後、満島さん演じる明智さんが帽子を羽の舞う中に振り回した笑い声で終わっていたのも、何だが良かったです。

全体的には良かったのですが、冒頭の、田中圭さん演じる「私」の語りの中の、「それは私が明智と知合いになってから一年ほどたったじぶんの出来事なのですが」(字幕のままです)の「じぶん」は、「自分」ではなく「時分」なのではないかなと思います。「私」の語りを聞いていた時、その言葉のアクセントに少し違和感がありました。

昨夜の第3回は、「人間椅子」(1925年)でした。書斎の肘掛け椅子を愛用する小説家の佳子(満島ひかりさん)のもとにある日奇怪な告白が記された原稿が届く、という話です。手紙の朗読は中村靖日さんでした。演出は渋江修平さんでした。

椅子の内側から感じたものを表す場面の演出は、何となく、テレビ朝日の「タモリ倶楽部」のオープニングの映像のようにも見えました。

1月の放送のものは、名探偵・明智小五郎が登場する短編作品に限られていたのですが、今回は「妖しい愛の物語」ということで、明智小五郎の登場しない「人間椅子」も含まれていました。でも、乱歩の作品には、意外と「愛」や「恋」(一種の不思議な恋ですが)の要素は多いのかもしれないですし、「妖しい愛の物語」という今回のサブタイトルはむしろ幅広いものでもあるように思いました。

でも、ともかく、「シリーズ・江戸川乱歩短編集 1925年の明智小五郎」の続編の今回の「シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅱ 妖しい愛の物語」も、全3作をそれなりに楽しく見ることができたので、良かったです。乱歩の作品は面白いということを、また改めて思いました。

日米政府の真珠湾への慰霊訪問と演説のこと

昨日の報道によると、ハワイへ行った日本の安倍晋三首相と任期終了の近いアメリカのバラク・オバマ米大統領は、28日、日米首脳会談を行った後、75年前の旧日本軍の真珠湾攻撃によって沈没した戦艦アリゾナの乗組員を追悼する「アリゾナ記念館」を慰霊のために訪問して献花をし、「和解の力」という言葉を繰り返して強調する演説を行ったそうです。

私は早朝の生中継(NHKなどでは放送されていたのでしょうか)を見ていたわけではなく、演説の映像を全て見たわけではありません。安倍首相とオバマ大統領の演説の全文は新聞の記事で読みました。

文章全体で見ると、オバマさんの演説のほうが(広島に訪問した時のオバマさんの演説に合わせたような)安倍さんの演説よりも長いのですが、ざっくりとした印象では、その演説でお二人が内外に伝えようとしていたことは、共に、「寛容の心」や「和解の力」は「報復よりも多くの見返りをもたらす」ということと、日米同盟は「希望の同盟」だと表明することだったのかなと思います。

天皇皇后両陛下の「慰霊の旅」のようになることはないとしても、「慰霊の旅」へ日本の首相が行くこと自体は良いことなのだと思います(戦後真珠湾を慰霊のために訪れた現職の首相としては、安倍首相は、吉田茂元首相、鳩山一郎元首相、岸信介元首相に続く4人目だそうです)。

戦争の惨禍は二度と繰り返してはならない、とか、不戦の誓いを貫いていく、とか、演説の中のこのような言葉は、正しいことだと思います。日本の中で71年続いた「平和」、あるいは自国民も他国民も政治権力を使って不自由にしたり殺傷したりしないということが、これからも続いていくといいなと思います。

でも、不戦の誓いを貫く、とハワイで演説をするその一方で、今の『日本国憲法』を変えるためのぞっとするような改憲草案を作っていたり、原子力発電所の再稼働を推進したり、国が沖縄県を訴えて辺野古の基地の建設工事を再開したり、国連総会の核兵器禁止条約の制定に向けた交渉に関する決議案に反対票を投じたり、国連安全保障理事会の南スーダンに対する武器の輸出禁止などの制裁決議案を棄権したり(「反対」か「棄権」かで迷って「棄権」にしたそうです)していて、演説で述べていた「憎悪が憎悪を招く連鎖」を政府が本当に断ち切ろうとしているのか、少し疑問にも思えます。

オバマ大統領が理想的に核廃絶を訴えても、アメリカでは核兵器が作られ続けているという現実の矛盾がありますが、今の日本政府の場合は、もう少し違うような気がします。日米同盟の強化のためのものではなく、本当に「慰霊の旅」であるなら、世界各地でこれからも続けられるべきであるようにも思いますし、今回の日本の首相とアメリカの大統領とによる真珠湾の訪問は、戦後71年目、日米開戦75年目の「区切り」とされるものであってはいけないようにも思えます。オバマ大統領が今年の5月に広島を訪問したことも、とても良いことだったと思いますが、それで「戦後」が終わったわけではないですし、それにきっと、71年くらいでは、「戦後」は終わらないのだと思います。「戦後レジームからの脱却」なるものを謳う政治的にはいろいろ「区切り」としたいのかもしれませんが、対戦した国同士が仲良くできることはあるとしても、戦争の被害の傷は、すぐには消えないものであるように思います。

辞書によると、「同盟」というのは、共同の目的のために同じ行動をとることを約束すること、という意味の言葉だそうです。日米同盟そのものが全部悪いとは思いませんが、でも、同盟は「友情」との同義語ではないのです。友情なら、対等であるはずですが、日本とアメリカの政治的な関係では、まだ対等にはなっていません。変わらない「日米地位協定」も、少し前まで締結されようとしていた「TPP」も“不平等条約”のようでした。

「謝罪外交」という言葉は、何というか、謝罪の意味を下げてしまうものでもあるような気がします。外国の国民に対してだけではなく自国民に対しても過去の戦争に関する謝罪のようなものは行われていないのかもしれませんが、そもそも、謝るというのは、悪いことではないはずです。報道によると、なぜか今朝には、稲田防衛大臣が靖国神社を参拝したそうですが、当時の政府が外交に失敗して戦争を引き起こしたこと、そのために内外の多くの人々を苦しめたり傷つけたり殺したりしたことを、与党の政治家の方たちは、本当に悪いことだったと思っているのでしょうか。それとも、当時の政治家や軍人たちが始めた太平洋戦争(大東亜戦争)を正しいことだったという風に今でも考えているのでしょうか。

「東京裁判」は先日NHKでドラマとしても放送されていましたが、その裁判の結果「A級戦犯」とされた方たちの中には、本当には「A級戦犯」ではなかった方もいるのかもしれません。「A級戦犯」などの指定を逃れた人の中に、本当に悪い「A級戦犯」が混ざっていたのかもしれません。でも、そうだとしても、今「A級戦犯」とされている方たちが書類上そうであることには変わりないのですし、戦死者や戦没者の「慰霊」を目的とするなら、公的な存在である政治家の方々が参拝場所として靖国神社にこだわり続けるのは、危険なことというか、未来の日本のためにはならないことであるような気がしてしまいます。私も何度か行ったことがありますが、明治時代に建てられた靖国神社自体は、皇居のそばにあって、小さな鳥たちもたくさんいて、春には桜の花もきれいなので、もともとが幕末以来の内戦の勝者の兵の慰霊の目的のために建てられたものであったのだとしても、「戦争」のイメージがこれからも付きまとうというのは、何かもったいないことでもあるように思えます。


ところで、昨夜の9時40分頃、少し大きめの地震がありました。点いていたテレビからの「緊急地震速報」の音に驚いたのですが、茨城県の高萩市でマグニチュード6.3の震度6弱の地震が発生したということでした(前の日が強風だったので、私はその強い風と地震とのつながりを思ったのですが、私が勝手にそう思うだけで、実際の因果関係はないのかもしれません)。気象庁の発表によると、東日本大震災の時の地震の余震なのだそうです。大きな被害は出ていないということで、少しほっとしたのですが、一週間程度は同じくらいの地震が来るかもしれないのだそうです。一週間前には、新潟県糸魚川市の大火がありました。報道によると、被災者の方の生活の立て直しのための瓦礫の撤去などは、年明けの1月にずれ込むのだそうです。被災した方が早く安心して暮らすことができるようになるといいなと思います。

「SMAP×SMAP」の最終回

昨夜、フジテレビの「SMAP×SMAP」の最終回を見ました。

「スマスマ」は、1996年の4月15日に始まった、20年と9か月続いた番組でした。私は最初から全部の回を見ていたというわけではないのですが、フジテレビの毎週月曜日の夜10時から放送されているという日常があったので、SMAPのメンバーが揃っている姿を見ることができなくなるという寂しさと同時に、「笑っていいとも!」の時と同じく、長寿番組が終わるという寂しさがありました。

アナウンサーの方が視聴者から募集したFAXを読み上げるという生放送的な部分もありましたが、「スマスマ」の部分は1996年から、今年の1月の解散報道がある前の、2015年までの総集編だったように思います。総集編だったのですが、見応えのある総集編で、とても面白かったです。

SMAPの中居正広さん、木村拓哉さん、稲垣吾郎さん、草なぎ剛さん(なぎの文字は弓偏に剪です)、香取慎吾さん、そして「スマスマ」の放送開始から1か月後にSMAPを脱退した森且行さんとの絆がよく表れているような部分が丁寧につなげられていて、感動的でした。森さんの脱退の時の他に、稲垣さんと草なぎさんの事件の時のことも、SMAPの歴史、「スマスマ」の歴史の一部として、避けずに伝えられていました。

「ビストロスマップ」とか、「Let It Be」のプロモーションビデオの撮影とか、小学6年生の香取さんが録音していたカセットテープの音源とか、マイケル・ジャクソンさんのサプライズとか、5人の大坂方面への旅とか、「BEST FRIEND」で泣く中居さんとか、27曲45分のノンストップライブとか、私も当時見ていたなと思いながら、今見たばかりのように面白く見ることもできました。

選曲も良かったのだと思います。ノンストップライブの放送の少し前辺りの番組の途中で流れていた、SMAPの5人が揃って出演していた時の映像をつなぎ合わせて「オリジナルスマイル」に乗せていたソフトバンクのCMも、とても良かったです。この日のために作ったCMだったのでしょうか。すごいなと思いました。映像の中のSMAPの5人がとても楽しそうで、SMAPへの愛と感謝の気持ちに溢れたCMだったように思います。

番組の名場面集を見ていると、メンバーの5人が本当にとても楽しそうなので、今日で「スマスマ」は最終回なのだ、SMAPは年内に解散してしまうのだということに、とても不思議な感じがしました。本当に終わってしまうのだろうか、終わってしまうのはもったいないなと、何度も思いました。

「スマスマ20年、そしてグループ活動28年、みなさまの気持ちに、深く感謝いたします。ありがとうございました。 SMAP」というSMAPからのメッセージの字幕が画面に現れました。メンバーの生出演は、事前に言われていたように、ありませんでした。その後、「BEST FRIEND」のオルゴールの音をBGMに28年のSMAPの軌跡が流れ、「世界に一つだけの花」の歌がメンバー5人によって披露されたのですが、最後だと思いながら歌っているということが私にもよく伝わってきて、感動的なのと寂しいのと辛い感じがするのと、歌を聴きながら、あるいはメンバーが歌っている姿を見ながら、複雑な気持ちになりました。

白色の背景に、「SMAP×SMAP」のピンク色と赤色と青色と黄色と緑色の鮮やかな花が飾られていました。中居さんの「5」を数えるようなメッセージの込められた手の振りや、涙をこらえながら大きく歌う草なぎさんや香取さんの歌声が、良かったのですが、それを見たり聴いたりしながら、本当に終わってしまうのかなと悲しく思いました。

「世界に一つだけの花」を歌い終わった5人が礼をすると、白い幕がゆっくりと下りて来ました。5つの色のガーベラのような花が「SMAP×SMAP」の一つのカップに入っていました。そこで終わりではなく、番組は続いていて、中居さんは一人で少し後ろへ下がって泣いていたのですが、総集編で見た印象でも、中居さんが一番泣いています。中居さんはリーダーとして、大好きなSMAPをずっと守っていたのだと思います。

「Can't Stop!! -LOVING-」が流れて来て、エンドロールの場面になりました。「世界に一つだけの花」を歌い終わった直後のメンバーが白い舞台を下りて、番組スタッフの方たちと記念撮影をしていました。番組の裏側の、スタッフとの場面が流れたのは、フジテレビらしい演出であったような気がしました。

そして、番組の最後には、SMAPの5人による東日本大震災などへの義援金のお知らせがありました。震災の義援金のことを最終回にも貫いていたことは、立派なことだと思います。

最終回のSMAPの5人の新しい場面は、その最後の歌の場面だったのですが、強いて言えば、せっかくスタジオは白と花の色の明るい雰囲気でまとめられていたので、黒のような色のセレモニー的なスーツではなく、もう少し気軽な服装で歌ってほしかったようにも思います。蝶ネクタイであっても、黒いスーツだと、何となく、1月の「SMAP×SMAP」での謎の謝罪会見の時のことを思い出してしまうからです。

「SMAP×SMAP」は終わってしまいましたし、SMAPはやはりこのまま解散してしまうのかもしれません。それは寂しいですが、でも、メンバーの5人はまだ生きていて、5人で集まって出演をすることはないとしても、それぞれの活動は続いていくはずです。

今年の“SMAP解散騒動”で、ジャニーズ事務所の闇?の部分も少し表に出てくるようになって、「ジャニーズ事務所」と聞いた時に感じる印象も少し変わりました。「SMAP」が解散した後のジャニーズの中では、今度は「嵐」の存在感が今以上に増すのだろうと思います。NHKは今年の「紅白歌合戦」の司会に嵐の相葉さんを選びましたし、SMAPへの出演交渉が完全に失敗に終わると、初めて嵐が大トリを務めることを発表しました。司会の依頼を引き受けた相葉さんは、引き受けた理由について、後で後悔をするよりチャレンジしたいというようなことを話していましたが、例えば、もしも嵐が2020年に開催予定の「東京オリンピック・パラリンピック」の「顔」になるということが今からすでに決まっているのだとするのなら、相葉さんの「グッと!スポーツ」や「紅白」の司会もそのための一環で、来年から2020年までの紅白の司会も、嵐か、嵐のメンバーの誰かになるのかなと思います(勝手な想像です)。

私も嵐を好きなのですが、SMAPがいなくなってしまうという状況が、今は寂しいです。寂しいのですが、SMAPが本当に終わってしまうという実感がないです。本当に解散してしまうのでしょうか。SMAPの解散が今からでも撤回されるといいなと思います。

ともかく、アイドルグループのSMAPの活躍した一時代が今年で終わってしまうのだとしても、5人のそれぞれの活動はこれからもいろいろあるのだろうと思いますし、来年の2017年の1月からは新ドラマも始まるそうですし、楽しみにしていようと思います。それに、これからもSMAPの歌は聴くと思いますし、様々な場所で流れるだろうとも思いますし、今まで通りにごく普通に応援していこうと思います。ありがとうございました、でもあるのですが、やはり、ありがとう、です。過去形よりは、現在形にしたいです。


ところで、先日の夕方に再放送され、録画をしておいた「世にも奇妙な物語 SMAPの特別編」も見ました。2001年の元日に放送されたものでした。当時にも見ていたと思うのですが、忘れている部分も多くて、5つの物語を改めて見た印象では、私には特に、稲垣吾郎さんの演じる弟が姉(桜井幸子さん)の死を少しずつ受け入れていく「僕は旅をする」が良かったです。ノスタルジックな作品の雰囲気が、吾郎さんによく合っていたように思いました。

映画「シン・ゴジラ」と1954年の映画「ゴジラ」

先日、映画「シン・ゴジラ」を見に行きました。

今年の夏に公開された映画で、面白そうかなと気にはなっていたものの、どうか分からないなとも思えていたので、見に行っていなかったのですが、それを年末の12月になって見に行くことにしたのは、先月(11月)に見に行くことができた片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」がとても良かったからでした。「今年の映画」をもう一作品見てみたく思ったのです。

夏からの映画だからだと思うのですが、上映される劇場も大分減っていたので、私は映画館を探して小さめの昭和レトロな雰囲気の映画館へ行きました。

「ゴジラ」シリーズは東宝が制作をしていて、今回の、監督・特技監督は樋口真嗣さん、脚本・編集・総監督は庵野秀明さんという作品の「シン・ゴジラ」はシリーズ第29作に当たるそうなのですが、私は映画「モスラ」を見たことはあったものの、「ゴジラ」シリーズを見たことはありませんでした。日本制作のものも、アメリカ制作のものも見ていませんでした。

そのため、宣伝番組などで見聞きした何となくの情報と、ティラノサウルスのような怪獣のゴジラの形くらいしか知らないまま、今回の映画「シン・ゴジラ」を見始めたのですが、もしも面白くなかったらどうしようという少しの心配はすぐに吹き飛びました。とても面白かったです。

映画番組などで、怪獣映画というよりは政治映画だと言われていましたが、確かにそうでした。

主人公は、内閣官房副長官で巨大不明生物特設災害対策本部事務局長となる矢口蘭堂(長谷川博己さん)です。その他の主な登場人物は、国家安全保障担当の内閣総理大臣補佐官の赤坂秀樹(竹野内豊さん)、内閣総理大臣の大河内清次(大杉漣さん)、内閣官房長官の東竜太(柄本明さん)、防衛大臣の花森麗子(余貴美子さん)、ゴジラの2度目の襲来後立川へ移った官邸で臨時の内閣総理大臣に就任する農林水産大臣の里見祐介(平泉成さん)、保守の第一党の政調副会長で矢口さんに「ヤシオリ作戦」を提案する泉修一(松尾諭さん)、内閣官房副長官秘書官の志村祐介(高良健吾さん)、厚生労働省医政局研究開発振興課長の森文哉(津田寛治さん)、環境省自然環境局野生生物課長補佐で野生生物の専門家の尾頭ヒロミ(市川実日子さん)、資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課長の立川始(野間口徹さん)、文部科学省研究振興局基礎研究振興課長安田龍彦(高橋一生さん)、外務省総合外交政策局長の小松原潤(三輪江一さん)、国土交通省危機管理・運輸安全政策審議官の竹尾保(小松利昌さん)、官邸内統幕運用第1課長の袖原泰司(谷口翔太さん)、国立城北大学大学院生物圏科学研究科准教授の間邦夫(塚本晋也さん)、祖母が広島か長崎の出身らしい日系3世の米国大統領特使のカヨコ・アン・パタースン(石原さとみさん)でした。

といっても、現実がそうであるように、政治家や官僚や自衛隊など、登場人物はとても多かったです。役職名や人物名などの漢字の多い長い字幕も2秒ほどしか出ないので、主人公の矢口さん以外は誰が何という名前でどこにいる何の役職の人なのだかよく分からなくなってしまうことも多かったのですが(余貴美子さんの演じる花森防衛大臣は現都知事の小池百合子さんが防衛大臣だった時に少し似ていたように思います)、物語の筋自体はしっかりとしていたので、映画を見ていて混乱することはありませんでした。

「シン・ゴジラ」はまだ公開中の映画なので、いろいろ書かないようにしようと思うのですが、東京湾に得体の知れない何かが現れたというところから、実際に大田区の呑川や蒲田の街に謎の生物が現れるまでの緊張感と、現れた生物の怖さ(東京湾のアナゴやウミヘビのようでもありましたが)、そして一度海に戻った後再び関東に上陸し当初の二倍の大きさになっていた恐竜のような形の“完全生物”のゴジラの強さや無敵さに圧倒されました。

ゴジラの造形も、模型やCG?と現実の混ざった都市の風景も、矢継ぎ早の台詞の応酬も、物語の構成も展開も、とてもよく出来ていました。

ゴジラの動きを演じていたのは能楽師(狂言師)の野村萬斎さんだそうです。野村萬斎さん自身がそのことを話していた番組を私も見ていたのですが、この映画を見ながらゴジラを野村萬斎さんだと思うことは一度もありませんでした。そのくらい、何というか、その能の動きがゴジラらしかったのだと思います。

荒ぶる神のような完全生物のゴジラの尽きない強さと当時に、突然現れて街を襲い始めた得体の知れない存在に直面した日本の政治家や官僚たちがどのようにそれに向き合い、また立ち向かっていくのかということが描かれていた映画なのだろうと思います。

石原さとみさんの演じるカヨコさんのキャラクターは、私にはこの映画の物語の中では少し浮いているようにも見えてしまったのですが、在日米軍基地のある日本というか、日米地位協定が変えられていない今の日本の状況や、ゴジラから国民の命を守るための手段に迷う政治判断の遅さのようなものが、2011年の3月の「東日本大震災」の頃の記憶と重なるように、はっきりと描かれていたような気がします。

第二形態?のゴジラが遡上した川の小舟が打ち上げられていく様子や、道路の上を進んでいく様子や、マンションを登っていく様子などは津波のようでしたし、ゴジラの体内のエネルギー源が「核」だというところも、福島の原子力発電所の爆発事故のことを想起させる印象でした。

それでも、この映画は「東日本大震災」の要素だけを描いた映画ではなかったように思います。過去の戦争(第二次世界大戦)や未来に再び起こるかもしれない核爆弾の投下のことも盛り込まれていました。

突然の大規模な災害に、日本はまだやれるのだと、生き残った政治家や官僚や自衛隊員たち、常時には厄介者扱いされていた研究者たちが最後まで諦めずに知力を尽くして挑み、ゴジラのいる東京への米軍の原爆による攻撃を避けようとする姿も良かったです。

2度目のゴジラの襲来直後にはそれまでの中枢の政治家や官僚や自衛隊員たちの多くが死亡しましたが、それでもまだまだ日本には良い人材がいるのだというメッセージも含めて、今の日本の政治家や官僚や自衛隊員の方たちを応援する映画でもあったのだろうと思います。

ただ、東京湾から神奈川県や東京に進んでくるゴジラの場面は怖かったのですが、身体の外側の黒色と内側の燃える赤色が富士山から流れ出る熱い溶岩のような色でもあった、自然界の神のようにも思える“完全生物”のゴジラ(呉爾羅)が、自衛隊や米軍のミサイル攻撃に遭う場面は、やはり私にはどうしても、かわいそうであるようにも思えてしまいました。ゴジラは街を破壊しようと思っているのでもなく、人を殺そうとしているのでもありませんでした。ただ一心に東京へ向かって進んでいるだけなのです。映画で見る限りには、ゴジラはほとんど無垢の存在です。それを人間たちが(人間たちのほうでも殺されているままではいけませんからそれは仕方のないことではあるのかもしれないのですが)あらゆる爆弾を使って攻撃していて、高層ビルを倒壊させたり、在来線の無人電車に爆弾を搭載して一気に攻撃したりというアニメ的なアイデアをすごいなと感心するのと同時に、とてもかわいそうのようでもあるという感じでした。倒されるゴジラの姿を見ながら、何だかとても悲しい気持ちになりました。

炎や光線を身体から出して辺りを火の海にするゴジラの反撃の場面を見ていて、スタジオジブリのアニメ映画「風の谷のナウシカ」の巨神兵や「天空の城ラピュタ」の壊されながらもシータを守ろうとしたロボット兵のことを思い出しました。

矢口さんたちの行動によってゴジラは一旦「凍結」したのですが、いつかゴジラが再活動することを予感させる終わり方でもありました。凍結されたゴジラの胴体に、人間の死体が積み重なっているようにも見えました。いつ、ガチャ、というゴジラの身体が動く音がするか、見ていて怖い感じがしたのですが、東京駅を丸の内側から見上げる度に、これからは「シン・ゴジラ」のゴジラを思い出すような気がします。

「シン・ゴジラ」の字も「終」の字も、昔風のレトロな字体でした。「シン・ゴジラ」の音楽は鷺巣詩郎さんだったのですが、昔の伊福部昭さん作曲のテーマ音楽もそのまま使われていたようでした。黒の背景に白い文字で書かれたスタッフの名前などが流れるエンドロールの場面に流れている曲がとてもかっこよかったので、少しも飽きることなくその字幕の画面を見続けることができたのですが、それは初代「ゴジラ」の曲でした。

それは後で分かりました。映画館へ見に行った「シン・ゴジラ」がとても面白かったので、その後、NHKのBSプレミアムの「プレミアムシネマ」で夏に放送され、録画をしておいたままになっていた映画「ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版」を見ることにしたのです(録画が消えていなくて良かったとほっとしました)。

1954年(昭和29年)の11月3日(「シン・ゴジラ」のゴジラが現れた日です)に公開された、最初の「ゴジラ」の映画です。原作は香山滋さん、脚本は村田武雄さんと本多猪四郎さん、音楽は伊福部昭さん、監督は本多猪四郎さんと円谷英二さんという白黒の特撮映画作品でした。

太平洋の小笠原諸島近海で貨物船が次々と原因不明の沈没事故を起こし、政府も仕方なく調査を始めたところ、大しけの続く日に現れるという大戸島の伝説の怪物・呉爾羅(ゴジラ)が実際に現れ、絶滅したはずのトリロバイト(三葉虫)が足跡のそばに落ちていたり、ガイガーカウンターが放射能を検知したりしたことから、ジュラ紀の恐竜の生き残りがアメリカの水爆実験によって住処を追われて浮上したのではないかと考えられるようになりました。そうして東京の街に上陸したゴジラは、破壊の限りを尽くし始め、古生物学者の山根恭平博士(志村喬さん)がゴジラの殺害しか考えられていないことを疑問視する中、政府は東京湾付近の住民たちを避難させての高圧電流による攻撃を仕掛けるのですが、一切利きませんでした。

被害者が増えていく現実をどうにか変えたいと思い始めた山根博士の一人娘の恵美子(河内桃子さん)とその婚約者の尾形秀人(宝田明さん)は、海に戻ったゴジラが再び上陸するのを阻止するための方法として、恵美子さんが兄のように慕っている科学者の芹沢大助博士(平田昭彦さん)を訪ね、芹沢博士が密かに研究開発していた「オキシジェン・デストロイヤー」という水中の酸素を消して生物の細胞を破壊する薬をゴジラ退治に使ってほしいと懇願しました。戦争で右目を負傷したらしき芹沢博士は、自分の研究はまだ完全ではなく、人の役に立つものにしてから発表したい、今この研究が為政者の手に渡ったら兵器として使われてしまうに違いないからと断り続けていたのですが、テレビから流れて来た慰霊の歌声を聴き、今苦しんでいる人々を救うため、ゴジラ退治にその研究を使う決意をしました。

研究資料を全て焼却した芹沢博士は、放射能から観測されたゴジラがいると思われる海の上に到着した船から、尾形さんと一緒にスーツを着て海底へ下り、岩陰にゴジラがいることを確認して、「オキシジェン・デストロイヤー」を発動させました。尾形さんはすぐに船へ引き揚げられたのですが、芹沢博士は綱を切断して海に残りました。自身の持つ研究の知識が為政者の悪事に使われないようにするために、ゴジラや他の海の生物たちと一緒に消滅することを選んだのでした。

1954年の特撮映画「ゴジラ」はこのような物語だったのですが、この62年前の映画「ゴジラ」は、とてもすばらしかったです。有名な「ゴジラ」シリーズの最初の作品ですし、今頃見たばかりの私が言うことではないかもしれないとは思うのですが、本当にとても良い映画でした。

この白黒の「ゴジラ」の映画を見始めて、2016年の映画「シン・ゴジラ」が初代「ゴジラ」への“オマージュ”というものに溢れていた作品でもあったことがよく分かりました。テーマ音楽がそのまま使われていたことも分かりました。

ゴジラが攻撃を受ける場面は、「シン・ゴジラ」の時と同じように、「ゴジラ」でも私にはやはりかわいそうに思えました。そのため、古生物学者の山根博士がゴジラを殺すことに否定的だったという部分も、古生物学者ではない私にもよく分かるように思えて、良かったです。

「シン・ゴジラ」の分子細胞生物学の牧悟郎博士(写真・岡本喜八監督)が海上の船の中に放射性廃棄物を体内に取り込む謎の生物の調査書と折り鶴を残して行方不明になった東京湾の場所は、芹沢博士がゴジラや他の海洋生物たちと共に海底で消滅した辺りだったのでしょうか。

「シン・ゴジラ」が怪獣映画というよりは政治映画であったのと同じように、最初の「ゴジラ」も、怪獣映画というよりは政治映画でした。政治家などの人たちによるゴジラ対策に関する話し合いの場面は、ゴジラが東京の街を破壊していく場面よりも多かったように思いました。特撮の怪獣映画ではあるのですが、原爆投下や水爆実験を恐ろしいもの、許せないものとして扱う感じというか、反戦、反核の精神がはっきりと描かれていた映画でした。

そして、そのような部分は、「シン・ゴジラ」よりも、昔の第1作目の「ゴジラ」のほうが明確でした。2016年の映画「シン・ゴジラ」になくて、1954年の映画「ゴジラ」にあったものは、ゴジラの襲来を受ける一般の人々への眼差しです。

初代「ゴジラ」では、被災地となった東京の街の人々の日常や人生のような部分も描かれていました。怪我をして運ばれていく母親を見て泣く子供の姿や、もうすぐお父さんのいるところへ行けるとゴジラを見上げながら死ぬ覚悟をする母子の姿や、迫り来るゴジラの実況中継を続けながら命を落としていく記者の姿がありました。

でも、「シン・ゴジラ」では、災害に遭遇した一般の人々は突然の出来事を面白がって撮影したり、ゴジラが背後に迫っているのにのんびり歩いて避難したり、急にパニックになって同じ道路に殺到したりしていました。実際に危機感の低い現代人の姿を表している場面だったのかもしれないですし、映画を見ていてリアルに思えたので、「シン・ゴジラ」のそのような場面が悪いということでは決してないのですが、62年前の映画「ゴジラ」を見て、昔の「ゴジラ」の映画のほうが、観客でもある一般の人々の側に寄り添っている作品であるように思えました。

東日本大震災から5年、第二次世界大戦から71年という今年の2016年の「シン・ゴジラ」で描かれていたのは、中枢の政治家や官僚や自衛隊や政府関係の科学者たちの活躍でしたが、第二次世界大戦から9年の1954年の「ゴジラ」で描かれていたのは、そのような立場の人たちの活躍ではなく、間違った方向へ進んでいく人類の近代科学文明への危機感と突然の得体の知れない巨大な脅威と向き合うことになった一人の科学者の葛藤でした。

「オキシジェン・デストロイヤー」の件を見た時、私は以前に再放送されていた何作かを見た、円谷プロダクションの特撮ドラマ「怪奇大作戦」のことを思い出したので、「ゴジラ」は社会派SF映画でもあったのかもしれないとも思うのですが、文明批判、政治批判、戦争批判、原爆・水爆批判のはっきりとした感じは、すごいなと思いました。

「シン・ゴジラ」では、「ゴジラ」と同じように、東京に上陸したゴジラに国会議事堂や銀座の時計台などが破壊されていましたが、「シン・ゴジラ」のゴジラが東京駅の丸の内口で止まり、皇居のほうへ行かなかったのは、映画としては良い配慮だったように思います。「シン・ゴジラ」に愛宕神社の場面があっても東京タワーの場面がなかったのは、映画「ゴジラ」の頃には東京タワーがまだ建設されていなかったからなのかもしれません。

ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって被曝した第五福竜丸の事件のあった年の映画「ゴジラ」の山根博士は、あのゴジラが最後の一匹とは思えない、もし水爆実験が続けて行われるとしたらあのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない、と原爆や水爆などの大量破壊兵器があり続けるかもしれない未来を心配していましたし、「シン・ゴジラ」の矢口さんも、今は辞めることはできないと、一旦凍結されているゴジラが活動を再開する(再稼働する)かもしれないことを心配していました。何十年もかかる原発の廃炉や放射性廃棄物処理の問題は、映画「シン・ゴジラ」の世界でも現実と同じだったのかもしれませんが、街の放射能汚染の問題に関しては、「シン・ゴジラ」のゴジラの放射能の場合は、濃度はそれほど濃くなく、すぐに消えていくものだという設定になっていたので、現実のチェルノブイリや福島の場合とは違っていたようにも思いました。

映画には描かれていませんでしたが、破壊されて焼け野原のようになった街の人々の生活は、過去や現代の現実にもそうであるように、人々の手で少しずつ復興・再建されていくのだろうと思います。

長くなってしまいましたが、ともかく、パラレルワールド的な、もう一つの東京の今の物語として、私も見に行くことができた今年の映画「シン・ゴジラ」はとても面白かったですし、有名な1954年の映画「ゴジラ」は、それ以上にとても良い作品でした。二作品とも私はまだ一度しか見ていないので、記憶が間違っている部分も多々あるかもしれませんが、登場したゴジラそのものは、どちらのゴジラも良かったです。少し怖いけれど、好きになりました。伊福部昭さんの作曲の「ゴジラ」のテーマ音楽がすばらしいということも改めて思いました。
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