映画「ティファニーで朝食を」

NHKのBSプレミアムで放送されていた、映画「ティファニーで朝食を」を見ました。

今から約56年前の1961年に公開されたアメリカの映画で、脚本はジョージ・アクセルロッドさん、音楽はヘンリー・マンシーニさん、監督はブレイク・エドワーズさんです。昨夜に放送されていた映画は、字幕の映画でした。

オードリー・ヘプバーン主演のとても有名な映画だと思うのですが、私はトルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』も未読で、映画も見たことがありませんでした。そのため、放送されると知って、今度こそちゃんと見てみようと、楽しみにしていました。

ティファニーは日本でも有名は宝石店で、ティファニーと聞くと、映画をちゃんと見たこともないのに「ティファニーで朝食を」というタイトルを思い出すくらいだったのですが、昔に初めて聞いた時には、私は宝石店のティファニーには食事をするところもあるのだろうかと思っていました。でも、そうではなくて、映画のタイトルの「ティファニー」は、裕福な身分のたとえであるようでした。

「ムーン・リバー」の曲の流れる映画の冒頭の、ニューヨークの5番街のティファニーのショーウィンドウの前で着飾ったオードリー・ヘプバーンさん演じる主人公のホリー・ゴライトリーがパンとコーヒーの朝食を食べる場面(これも有名な場面ですが)は、この映画の象徴のような場面で、その後の物語に直接関係があるわけではなかったように思います。

物語は、拾った名前のない茶トラの猫とニューヨークのアパートの一室で暮らしている元女優のホリー・ゴライトリーと、ホリーの部屋の上の部屋に住む売れない小説家のポール・バージャック(ジョージ・ペパードさん)との友情や恋愛を軸にコミカルに展開していたのですが、その中で、資本主義社会での豊かさや貧しさや、お金に換えることのできない愛や自由とは何かということが繊細に描かれていたように思いました。

貧しい環境の中で生きていたホリーが弟と暮らすために14歳で子供のいる牧場経営の男性の後妻に入ったというようなエピソードが意外に思えました。一応その結婚は無効になったということでしたが、戦後の?アメリカにもそのようなことはあったのでしょうか。ホリーは、成長して軍隊に入隊した弟といつか一緒に暮らすことを願って、そのためのお金を稼ぐために自由奔放に見える生活を送っていたのですが、その願いが叶うことはありませんでした。ホリーがポールに親しみを感じたのは、穏やかで優しい性格や背の高い体格が弟のフレッドに似ていたからだったのですが、元夫からの弟の死(基地内での事故死)を知らせる電報を読んだホリーが悲嘆に暮れる辺りから、物語は少しシリアスな展開になっていました。

麻薬密売人のボスだった刑務所に服役中の老人のサリー・トマトがポールに言っていたように、ホリーのそれまでの人生は華やかなように見えていても悲劇的なものだったようでした。

最後の、雨のニューヨークの街中を走るタクシーの中で、自分は猫のように自由なのだ、籠の中で縛られたくはないと主張してポールからの告白を断り続けるホリーに、あなたが自由に固執するのは愛を受け入れる人生が怖いからだ、自分は愛で包もうとしているだけで籠の中に入れようとしているわけではない、あなたは誰かに籠に入れられることを恐れているがすでに自分で作った籠の中に入っている、どこへ行ってもその籠はついてくるのだ、というような趣旨のことをポールが言っていた場面が、とても良かったです。

映画を見ていて、私も自由になりたいと思いながらいつの間にか自分自身で作った籠の中に閉じ込められてしまっているのかもしれないと思いました。

雨の中に追い出した猫を捜しに行ったホリーが、無事に猫を見つけ出すことができてほっとしました。その直後の結末は、ロマンティックコメディーらしいものでした。

アパートの3階の部屋に住んでいる芸術家の日本人?のユニオシ(ミッキー・ルーニーさん)の、何かあると警察を呼ぶと騒ぎ出すカメラとメガネと出っ歯と浴衣の描写は、日本の私から見ると差別的な演出にも思えたのですが、その差別的?に描かれたユニオシさんは、出番の多い意外と重要な役柄でした。

当時の10ドルというのは、日本円に換算するといくらくらいだったのでしょうか。1千円ということはないだろうから1万円くらいかな、と単純に考えてみたのですが、10ドル以内の予算を提示されて少し戸惑っていたティファニーの店員さんが、ポールの見せたお菓子のおまけの指輪に名前を彫るというサービスを引き受けていた場面も良かったです(それは映画の物語の中だけのことで、実際にはそのような特別なサービスは行っていないのかもしれません)。そのお菓子のおまけの指輪は、ホリーにとっては、ティファニーのダイヤモンドの指輪よりも価値のあるものになったのだろうと思います。

シャンパンの瓶から泡が飛び出したり、お鍋から噴火のように玉子料理?が噴き出したりする演出には、映画「ローマの休日」の教会の壁の真実の口に手首が取られる場面と同じくらい映画を見ていた私も驚きましたが(真実の口の場面のほうが怖かったですが)、ホリーの髪形や衣装(イヤリングのような房飾りのついた耳栓を初めて見ました)も、当時のアメリカの車のデザインも含めて、おしゃれな映画でした。物語の内容に今から見ると少しおかしく見える部分があるとしても、やはり名作映画なのだと思います。私も見ることができて良かったです。

それにしても、いつもホリーのそばにいた茶トラの猫が、とてもかわいかったです。その点では、映画「ティファニーで朝食を」は、猫映画でもありました。

「スリル! 黒の章」第1回

NHKのBSプレミアムの新ドラマ「スリル! 黒の章」の第1回を見ました。

総合テレビとBSプレミアムの連動ドラマということで、総合テレビで放送されている「赤の章」は詐欺師の娘である警視庁会計課庶務係の職員の中野瞳(小松菜奈さん)が主人公ですが、「黒の章」では騙されやすい弁護士の白井真之介(山本耕史さん)が主人公です。捜査一課の刑事の外河猛(小出恵介さん)は「黒の章」でも瞳さんの相棒的な存在でした。

「黒の章」の第1回は、事務員の篠原千佳子(佐野ひなこさん)から家賃の滞納のことを知らされて困っていた弁護士の白井さんが、会社の警備員が殺されて名画が盗まれたという社長の松尾幸助(忍成修吾さん)の依頼を受けて警察には黙って密かに窃盗団と交渉し、社長が用意した一億円で名画を取り戻すことに成功したものの、美術評論家の竹村美男(斉木しげるさん)からはその絵は贋作だと指摘され、偽物なら奪われた一億円を弁償してほしいと社長に迫られていた時、犯人から売りに出す本物の絵を本物だと証言するよう大金で依頼され、真作か贋作かが分からない絵を本物だと証言してしまったことから追い詰められていく、という話でした。

「赤の章」の第1回と同じく、作(脚本)は蒔田光治さん、演出は河合勇人さん、主題歌はキュウソネコカミの「邪邪邪VSジャスティス」でした。

お金に釣られやすくて騙されやすい、優秀だかダメだかよく分からない弁護士の白井さんが面白くて、ミステリーではあるのですが、「赤の章」よりもコメディーとアクション?の要素が強い印象でした。

刑事の外河さんは、先輩刑事の黒岩壮吉(木下ほうかさん)と一緒に強盗殺人事件の捜査をしていたのですが、領収書の不備を見つけたことを理由にして?捜査資料を見に来た瞳さんが、会社の警備員が外部からの侵入者によって殺され、社長秘書が遺書を残して自殺をしたという事件のトリックを解明していました。

ミステリーとして見ていると、「黒の章」でもこのドラマの主人公はやはり瞳さんであるように思えますし、事件に振り回されている白井さんを主人公にした「赤の章」のスピンオフ作品に見えます。それでも、二転三転する名画強盗殺人事件と贋作詐欺事件の展開は凝っていて、弁護士の白井さんが振り回されながらも結果的には解決に導いているという感じが、何というか、「赤の章」よりも丁寧に作られているような気がしました。

「赤の章」が楽しかったので「黒の章」も見てみたのですが、「黒の章」も楽しく見ることができて良かったです。毎回を放送時間に見ることができるかどうかは分からないのですが、次回も楽しみにしていようと思います。

「A LIFE~愛しき人~」第7話

TBSの「日曜劇場」のドラマ「A LIFE~愛しき人~」の第7話を見ました。

第7話は、壇上記念病院の小児科を訪れて腹痛を訴える14歳の道山茜(蒔田彩珠さん)を胆道拡張症と診断した担当医の壇上深冬(竹内結子さん)から茜さんに乳がんの疑いがあることを相談された外科医の沖田一光(木村拓哉さん)が、14歳で乳がんになったという前例はないと主張し検査を行おうとしない乳腺科の児島外科部長(財前直見さん)を説得するため、海外の論文から10歳の乳がん患者の例を見つけ出し、児島外科部長を説得して胆道と乳腺がんの手術を同時に行うことを提案する、という話でした。

脚本は橋部敦子さん、演出は加藤新さんでした。

沖田さんの実家の寿司屋で父親の一心(田中泯さん)から沖田さんが母親を亡くしたことをきっかけに勉強を頑張って医者になったという話を聞いた満天橋病院の跡継ぎの井川颯太(松山ケンイチさん)が、医者になるしかなくて医者になった自分との違いを考えていた場面も良かったと思います。

脳に腫瘍のある深冬さんは、茜さんの診察は行ったのですが、手術は沖田さんや他の医師たちに任せることにしていました。茜さんの手術を終えた沖田さんは、心臓のバイパス手術の手法を脳に使うという手術法を思い付き、深冬さんに報告しました。沖田さんが茜さんの手術を行っている様子を見ながら、どうして手術を行っているのが自分ではないのだろうと悔しかったという風に沖田さんに話していた深冬さんは、壇上記念病院の院長(柄本明さん)の娘だから医者になったと思っていたけれどそうではなかったと感じていたようでした。それから深冬さんは、脳の腫瘍を他の神経を傷つけることなく切除するという手術方法を見つけた沖田さんから、大丈夫だよ、と言われて泣き出していました。泣きながら、手術の糸を結ぶ練習を沖田さんと続けていました。

その二人の様子を、副院長の壇上壮大(浅野忠信さん)が副院長室のモニターで見ていました。桜坂中央記念病院との正式な提携を決めた壮大さんは、壇上記念病院は桜坂中央病院の傘下に入ればいいと銀行員に話して驚かれていたのですが、壮大さんは、手に入らないのならいっそなくなってしまえばいいと思っているようで、外科部長の羽村圭吾(及川光博さん)は考え方についていけないと話していたのですが、顧問弁護士を辞めないことになった榊原実梨(菜々緒さん)は分かる気がすると話していました。

そのような壮大さんは、元恋人の沖田さんに惹かれているらしく見える妻の深冬さんのことも、愛していた、と過去形で実梨さんには言っていたのですが、沖田さんから手術法を見つけたとの報告を受けた時には、とても喜んでいました。でも、今回の壮大さんの変化によると、本当に心から喜んでいたのかどうかは不明です。

最後には、医師たちの会議中に実梨さんが深冬さんの脳に腫瘍があることを公表して、患者のためにも治療に関わるのを自粛してほしいと話していました。

物語がすごく面白いというのとは少し異なるかもしれないのですが、医者として患者の治療を最後まで諦めないという沖田さんの医師としての姿勢が描かれていたのは良かったように思います。沖田さんと壮大さんという幼なじみ同士の人間性の差が際立っているところも、面白いのかもしれません。次回も楽しみにしていようと思います。

「おんな城主 直虎」第8回

NHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」の第8回を見ました。

第8回は、井伊肥後守直親(三浦春馬さん)と夫婦になってから4年経っても子が生まれないことに焦りを感じて気を病んでいた正室のしの(貫地谷しほりさん)を助けようと、鼓を売って薬を買って来てほしいと小野但馬守政次(高橋一生さん)に頼んだのに、直親との間に子が生まれないのはあなたが密かに呪いをかけているせいだと一方的に元許婚の次郎を恨むようになったしのさんの言動に怒りを感じた次郎法師(柴咲コウさん)が、辛い立場に置かれているしのさんと、子がいないために初陣を飾ることができない直親との仲を修復しようと奔走する、というような話でした。

作(脚本)は森下佳子さん、演出は福井充広さんでした。

前回から4年後の話ということで、今川義元(春風亭昇太さん)は家督を嫡男の氏真(尾上松也さん)に譲っていたのですが、4年の歳月が感じられるということの政治以外の描写があったとすれば、それは小野玄蕃(井上芳雄さん)としのさんの妹のなつ(山口紗弥加さん)の家に子供が生まれていたこと、おとわの友人の瀬名(菜々緒さん)と松平元康(阿部サダヲさん)の家に竹千代が生まれもう一人の子供も生まれそうになっていたことでした。

「赤ちゃんはまだか」というサブタイトルに、子供が生まれないことに悩んでいる人が見たなら辛い気持ちになったのではないかなとも思えたのですが、どうしていつも他人事なのかという直親へのおとわの台詞もありましたし、不妊治療に苦しむ妻への夫の思いやりの足りなさというようなものも描かれていたように思います。

僧侶としての修行が足りない感じの次郎法師と、すぐに泣くしのさんの対決?も面白く思えましたが、今回のことが後の井伊直政を育てる話につながっていくということでもあるのかもしれないなと思いました。

今回の最後には、1560年(永禄3年)になっていました。今川から槍の用意を命じられていた井伊家は、尾張の織田攻めの準備を始めていました。もう桶狭間の戦いになるのかと、少し早いような気もしたのですが、次郎法師の人生はその先が長いということなのだろうと思います。次回も楽しみにしていようと思います。

「龍の歯医者」後編

NHKのBSプレミアムの長編アニメ「龍の歯医者」の後編「殺戮虫編」を見ました。

前編の「天狗虫編」の物語の続きです。

天狗虫と一体化した先輩の柴名(声・林原めぐみさん)との戦いの最中、抜け落ちそうになっていた龍の歯を引き戻そうとして、龍の歯と一緒に激戦地となっている地上に落ちていった新米の“龍の歯医者”の野ノ子(声・清水富美加さん)と「黄泉帰り」をしてその後輩となった元敵国・セルペナーダの少年兵のベル(声・岡本信彦さん)は、地上とは決して交わることがないという龍の歯の粉々になった中から出てきた龍の居場所を示すものを奪いに来た、ベルを殺したセルペナーダ軍の傭兵部隊の隊長のブランコ(声・松尾スズキさん)から逃げ、日本軍の地上部隊に助けられました。

柴名姐さんと通じていたブランコたちは、龍の歯を持った野ノ子を連れて逃げる日本兵を襲って龍の歯を奪い、それから日本軍の飛行機を奪い、日本軍の基地のある龍の背中に乗り込もうとしていました。野ノ子とベルも飛行機に飛び乗り、ブランコに乗っ取られた飛行機が龍にたどり着くのを防ごうとしたのですが、柴名さんとブランコの策略通り、歯の戻ろうとする力によって、飛行機は龍の背中に不時着しました。

日本軍たちは不死身のようなブランコ隊長とセルペナーダ兵に次々と殺されていきました。そして、ブランコは、龍の背中の上の日本軍の基地のような建物の最上階にある、龍宮という神殿を目指して階段を昇って行きました。龍宮では神官たちが龍の「親知らずの歯」を御神体として守っていたのですが、ブランコの目的はその御神体の歯を奪うことでした。

一方、柴名さんは、12年前に天狗虫との戦いで死んだ医師の竹本さんの魂を蘇らせるため、龍の歯の中に飛び込んでいき、歯の奥で竹本さんと再会することができたのですが、それは柴名さんの願望(欲望)によって現れた幻でした。竹本さんとの再会に失敗した柴名さんは、竹本さんの幻から派生したさらに大きな虫歯菌に取り込まれてしまいました。その虫歯菌は龍の歯の奥から外へ飛び出し、歯を痛めた龍は空を飛ぶ力を失って少しずつ地上へ近付いていきました。

龍の歯から外へ飛び出し、戦争中の地上へ躍り出た巨大な蛇玉のような虫歯菌は、敵も味方も関係なく、戦っている兵士たちの頭部を次々と切断しながら伸びていきました。

虫歯菌に兵士たちが殺害されていくのをどうすることもできずに野ノ子と見ていたベルは、虫歯菌が殺しているのは「殺意」を持った人たちであるということに気付きました。よく見ると、死体の山の中に無傷のままの数人の影が見えました。野ノ子は、龍の歯を龍に戻しに行くことにし、見習いのベルにも一緒に来るよう命じました。ちょっとやることがあるからとベルに言われた野ノ子は、下で待っていると告げると急いで走っていきました。

ベルは、床に落ちていた日本兵のピンが付いたままの拳銃を拾うと、一人で龍宮へ向かい、龍宮に安置されていた御神体の親知らずの歯を抱えて階段を下りて来たブランコに銃口を向けました。ブランコは、人を撃ったことがない少年兵のベルを臆病者だと見下していたので、そのようなベルに銃口を向けられ、すぐにベルを撃とうとしました。そうして引き金を引いた直後、「殺意」を持ったブランコの首は虫歯菌に切断されました。ブランコに撃たれたベルもそのまま命を落としたようでした。

野ノ子や先輩の悟堂(声・山寺宏一さん)たちは、龍の歯を戻して柴名さんを取り込んでいた虫歯菌の動きを止めました。戦場の殺戮も止まり、戦争そのものも止まりました。柴名さんは、天狗虫と一体化した時のままの姿に戻り、生きて死ぬ運命に抗う道を求めて飛び立っていきました。

龍宮には御神体が戻り、歯の痛みが治った龍は落とした柄杓を拾って再び空へ浮かび上がりました。龍の歯の周辺には、死者の遺品が溢れ出ていて、その中にはベルが最後に持っていた拳銃もあったのですが、それがベルのものであることに気付く歯医者はいませんでした。ベルが死んだことを知らない野ノ子は、ベルを捜しながら龍の背中の上を歩いていました。

原作は舞城王太郎さん、脚本は舞城王太郎さんと榎戸洋司さん、監督は鶴巻和哉さん、音響監督は庵野秀明さんという、NHKとスタジオカラーとドワンゴの制作の作品です。

後編は、このような話だったように思います。

映画の世界観というか設定は、前編を見た時と同じように、私にはまだ少し難しいようにも思えたのですが、長いエンドクレジットのところで流れていた、RINKUさんという方が歌う小沢健二さんの「ぼくらが旅に出る理由」の歌が、この作品によく合っていたように思いました。

戦争の起きている世界が舞台の、生と死をテーマにしたシリアスな物語でしたが、最終的には、「生きるって楽しい!」という悟堂さんの台詞や、死ぬ運命を受け入れて生きていくということも含めて、生きることを積極的に肯定する話になっていたのかもしれないなと思います。

後編の冒頭の飛行機(旅客機)の場面は、現代の場面ということだったのでしょうか。乗客の外国人の女性は窓の外の雲の中に現れた台風を飲み込む龍の姿を見て驚いていましたが、客室乗務員の日本人の?女性はそのような龍の存在をよく知っていたようでした。

あの世とこの世の境界にいるような存在の“龍”や“龍の歯医者”や“虫歯菌”が何を表しているのかということは、はっきりとは描かれていなかったのですが、龍は“神の国”としての日本を“戦争”の悲劇から守っていたようでもありました。間違っているかもしれませんが、もしかしたら、再び軍国主義化していくかもしれない流れを拒絶するものとしての日本国憲法の第9条のことが関わっている物語でもあったのかなという風にも、少し思いました。

このアニメの物語がすごく面白かったかどうかということは、私にはまだよく分からないのですが、でも、映像や物語の展開から最後まで目を離すことのできない作品でした。私には少し苦手に思えてしまう描写もありましたが、それでも、完成度の高い作品になっていたように思います。私はまだ一度しか見ていないのですが、もう一度前編から見直したなら、また何か作品に対する印象が変わるかもしれません。ともかく、私も見ることができて良かったと思います。
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Author:カンナ
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