国会冒頭での衆議院の解散と、辺野古の希少サンゴのことなど

昨日の28日の午後12時頃、招集された臨時国会の冒頭で大島理森衆議院議長が解散詔書を読み上げ、日本国憲法の第7条によって衆議院は解散されました。「7条解散」というものです。23回の解散中、17回が「7条解散」だそうです。

衆議院の解散とは衆議院議員の全員が国会議員の職を「クビ」になるということです。今回の解散については「内閣総辞職」とは言われていませんが、その場合、内閣は、憲法の第71条の規定により、次の内閣総理大臣が決まるまではそのままなのだそうです。

臨時国会に出席していたのは主に解散を決めた与党議員で、民進党などの野党議員は抗議の欠席をしたそうです。解散が宣言された直後の国会議員たちの「万歳!」は、とても奇妙に見えますが、7条解散ということで天皇陛下に向けられているものだという説もあるそうです。所信表明演説も代表質問もなく、国会は開かれてすぐに閉じられました。安倍首相が第1次安倍内閣(「美しい国」などと言い出していたのが何だか不気味に思えていました)を解散する時には、一応所信表明演説はありましたが、昨日の第3次安倍第3次改造内閣の解散には、所信表明演説さえありませんでした。国会は始まってから100秒ほどで終わってしまいました。戦後の政治で初めてのことだそうです。安倍政権はこれまでにも憲法を軽視し、国会を軽視している政権のように見えましたが、市民によって選挙で選ばれた代表が議会を開いて話し合って国のいろいろなことを決めるという議会制民主主義(間接民主主義とも呼ばれているそうです)を安倍政権が否定しているように思える部分は、このような最後にも表れているのだと思いました。

今は2017年ですが、第二次世界大戦後の新しい日本国憲法のもと民主化した社会の中で国民が維持してきた議会制民主主義が日本から無くなっていく過渡期の時代の中にいるということなのかなと思います。

国民が選挙で議員を選ぶ時には、国民は(メディアの伝え方や組織の意向に多少左右される人がいるとしても)候補者を自由に選んでいるのだと思いますが、選挙が終わった後、選ばれて議員となった人たちやその人たちの決めることに対して、国民は自由ではありません。日本では、議会制民主主義(間接民主主義)が直接民主主義に代わることはないような気がしますが、黒田総裁の下で日本銀行が年金の保険料などを運用して得たお金で国内の株式会社の株を大量に買っているとも言われていますし、日本はこれから、自由主義や民主主義の国ではなく、統制主義や社会主義の国に変わってしまうのでしょうか。

都政政党・都民ファーストの会の代表から顧問になった小池百合子東京都知事が代表を務める「希望の党」という新しくできた国政政党は、私には、よく分からない議員たちがうようよと集まってきている政党のように見えるのですが、一昨日にその「希望の党」が民進党と選挙の立候補者の名簿を共同にするという報道を聞いた時には、強いなと思いました。

昨日の報道によると、民進党は事実上解党となり、民進党の衆議院議員の中で「希望の党」への入党を希望する保守派の議員たちが、「希望の党」を再就職先と決めて代表の小池百合子都知事の面接を受ける、ということのようでした。小池都知事は“社長”のようだなと思いました。

蓮舫さんに代わって前原誠司さんが代表になった民進党は、保守政党の雰囲気がそれまでよりも強く出ていて、自民党との違いがあまりはっきりとしないように思えていたのですが、民進党が傘下に入った「希望の党」は、小泉純一郎元総理大臣と親しい小池百合子都知事が「脱原発」を掲げている点では、自民党との違いが出ているように思います。それ以外の点では、具体的な政策や公約が公表されていないので、まだ違いがよく分かりません。

小池都知事が都知事を辞職したなら、東京都ではまた都知事選挙が行われることになるのでしょうか。選挙が行われずに小池都知事の指名で次の都知事が決まるようなことがあったらおかしいと思いますが、それにしても、税金の無駄遣いだなと思います。小池都知事は、先の都知事選挙前から、日本初の女性都知事になるのは日本初の女性総理大臣を目指しているからなのではないかなどと言われていました。東京オリンピックの高過ぎた建設費用は少し抑えられたのかもしれませんが、場所を変えることはできませんでしたし、築地市場の豊洲市場への移転問題のことなども中途半端です。小池都知事はそれほど都政に興味がなかったのかもしれません。あるいは、安倍首相の衆議院解散がもっと遅かったなら、小池都知事の国政復帰?ももっと遅くなったのかもしれません。昨日の報道の中では、小池都知事は都知事を続けると言っていましたが、結局今回の選挙に出馬する(立候補する)ということになったなら、それは「希望の党」の早速の「嘘」になるということかなと思います。

「希望の党」は保守政党なので、仮に今の与党第一党の安倍首相率いる自民党が選挙で負けて、小池都知事率いる希望の党が民進党の保守側も合流して与党第一党になったとしても、日本は与党と野党で二大保守政党の国になります。

メルケル首相の続投が決まったドイツも、先日の選挙で「極右」の政党が第3位になったそうですが、日本が右派政党ばかりの国になるとしたら、左派政党ばかりの国になるのと同じくらい(共産主義国や社会主義国では、その思想を支持する政党が右派政党・保守政党ということになるのでしょうか)、それも怖いような気がします。

小沢一郎さんや山本太郎さんや森ゆうこさんの自由党が「希望の党」に参加するのも少し謎に思えるのですが、保守政党の「希望の党」は、第二自民党というか、新自民党というか、そのような政党になるのではないかなと思います。

「脱原発」(全ての原発を廃炉に向けて稼働停止にする)を実行出来たなら、それはすごいかもしれないと思いますが、具体的にどうするのかということはまだ言われていませんし、最近の政党はすぐに嘘を吐いて、選挙後に突然「新しい判断」を出してくるというようなイメージもあるので、何をどう信じれば良いのか、少し難しく思えます。

報道によると、東京電力福島第1原子力発電所の爆発事故で福島県から千葉県に避難した住民の方たちが、国と東京電力に損害賠償を求めた訴訟で、「国は大津波を予見できたが、事故を回避できなかった可能性がある」と国への請求を退け、東電には「重大な過失があったとは言えない」とした上で過失の有無にかかわらず賠償責任を負う原子力損害賠償法に基づいて約3億7600万円の賠償を命じた千葉地裁の判決について、控訴する方針を固めたそうです。

2011年の東日本大震災の時に福島第一原発の事故があり、原発の「安全神話」が崩壊しました。当時の報道では、原発の爆発事故の一番の原因は、直接の太平洋の大津波によるものではなく、電源喪失でした。原発施設の電源の置かれている場所の位置が海側だったために、海の水によって全電源が喪失したと言われていました。電源の場所がもっと山側だったなら、津波による電源喪失は防ぐことができ、原子炉の冷却に失敗することもなく、原発が爆発することもなかったそうです。2006年の第一次安倍内閣の頃、国会では日本共産党の議員の方が安倍首相に対して原発の冷却装置の電源について質問した時、安倍首相は、日本の原発でそのようなことはあり得ない、安全の確保に万全を期していると、電源喪失した場合の調査や電源喪失への対策の強化を拒否していたそうです。

被災者の控訴の裁判がどのように進むのか分かりませんが、裁判官が、福島の原発の事故によって人々の生活が台無しにされてしまったことについて国(政府)にも東京電力にも一切の責任はないとするとしたら、それはおかしいことのように思えます。昨日には、福島第一原発の水位計の設定が間違っていて、放射性物質を含む汚染水が外に流出していた可能性もあるということでした。凍土壁の計画も失敗していますし、汚染水はやはり安倍首相の言うような「アンダーコントロール」の状態にはまだなっていないのではないかと思います。

自民党は小泉純一郎首相時代以降の15年間拉致問題も解決することができていませんが、仮に安倍首相率いる自民党が負けて、自民党のような?小池都知事の「希望の党」が第一党になったなら、「脱原発」を掲げる党として、原発事故に関して国と東電の責任を認め、被災者の救済に力を入れるでしょうか。まだ分かりませんが、保守政党ということなら、そうはならないような気がします。憲法改正と安全保障について、小池都知事の「希望の党」がどのような考えなのかもまだ分かりませんが、日本でもまた、右派政党が国民に支持されることになるのでしょうか。

若い人たち?には自民党は「保守派」というよりは「革新派」に映っているそうで、それも何だかよく分からないのですが、私には、天皇皇后両陛下を尊重していないようにも見える今の安倍自民党や新しく作られる小池都知事の「希望の党」が本当の「保守政党」であるようにも思えません。日本の政治のバランスとしては、歴史修正主義的な要素の強い謎の保守系の政党ばかりになるよりは、リベラル系(非保守系?)の大きな政党が出てきた方が良いような気もします。民進党のリベラル派で別の党を作って、社民党や共産と野党共闘にするという方法もあるのでしょうか。

政治家(政治屋)もマスコミも、今回の選挙を「政権選択選挙」としていますが、そうしてしまうと、各党の政策があまり具体的に示されなくなってしまうような気がします。

昨夜のTBSラジオの「荻上チキ・Session-22」でも衆議院の解散がテーマになっていたのですが(ゲストは哲学者の國分功一郎さんでした。その前の時間のJ-WAVEの「ジャム・ザ・ワールド」にも出演していました)、解散によって、国会に提出されていた66の法案が廃案になったそうです。選挙後の国会で改めて提出された法案の審議が行われるのだそうです。危険性が指摘されていた、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件をきっかけに政府が「措置入院制度」を変えようと上程した「精神保健福祉法改正案」も、一旦白紙になったようでした(私は知らなかったのですが、「障害者殺傷事件」をきっかけにこの法案を作るという目的の文言がある時から削除されていたのだそうです)。

國分さんは、安倍内閣が憲法の第53条「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」を3か月間「応じない方針」と無視し続けて来た内閣だったということも指摘していました。憲法も国会も軽視していた安倍政権は、情報公開法も無視していました。荻上チキさんたちは、情報公開法は民主主義や国民主権のためにある、安倍内閣の森友学園問題も、加計学園問題も、PKO日報問題も、政府が情報公開をしないという問題だと話していました。

国会で話し合わない、議事録を残さない、あるいは議事録の一部を密かに改竄するという安倍政権の手法によって、後の時代に日本の歴史の検証が全くできなくなってしまう、それは日本にとって大きな損失だと、心配していました。本当にそうだと思います。

もしも仮に「希望の党」が与党になったなら、「希望の党」の議員たちは森友学園問題、加計学園問題、PKO日報問題について各省庁にちゃんと調べるように指示を出して前政権の悪事を暴くでしょうか。獣医学部の認可はどうするのでしょうか。私のイメージでは何となく、自民党(と公明党)が与党に残った場合と同じように、うやむやにされてしまうような気がします。小池百合子さんの新党の話に釣られてしまうメディアも国民も野党議員も、自民党(と公明党)の「もりかけ隠し」に加担してしまっていることになるという意見を聞いて、なるほどなと思いました。

選挙中に言われる「都合の良いこと」だけではなく、政治家個人や政党がこれまでに何をしてきたか、何を主張してきたかということをちゃんと振り返って精査することが大切なのだそうです。

正社員の給料の平均が上がっているから、有効求人倍率が上がっているから「景気が良くなっている」というのも、まやかしのような気がします。貧しい人たちが以前よりも確実に貧しくなくなったというのなら、日本の経済状況が良くなっていると言っても良いのかもしれませんが、「平均」で考えるなら、上層部の給与だけが上がっても全体の給与の「平均」が上がることになるので、あまり参考にならない感じがします。「平均」は、意外と雑なものだと思います。正社員と非正規社員の格差は拡大しているそうですし、国民の生活の全体が良くなるのでないなら、「アベノミクス」と呼ばれている安倍政権の経済政策は、やはり成功したとは言えないのではないかなと思います。

メディアは今度の衆議院選挙を、「安倍・自民党VS小池・希望の党」という構図にしようとしていますが、それではよく分からないままの人気投票のようになってしまいそうですし、そもそも政党は他にもあります。大手メディアは自民党(か公明党)か希望の党か、という風に視聴者に示すのではなく、全部の党のことをバランス良く示したほうがいいと思います。

荻上チキさんの番組では、安倍内閣や安倍晋三首相が嫌いな人は「安倍的なるもの」が嫌いなのではないか、ということが言われていたのですが、確かにそうかもしれないと思います。選挙の結果、もしも与党が小池百合子さん率いる「希望の党」に代わったとしても、小池百合子さんやその周辺の人々がまた「安倍的なるもの」であったなら、結局同じことになってしまいます。

安倍首相が今回の「大義なき解散」と言われる衆議院の解散に名付けた「国難突破」は、「BuzzFeed Japan」というニュースサイトによると、戦時中に多用されていた言葉なのだそうです。

日本のニュース番組では今は北朝鮮のミサイル問題が大きく扱われていますが、海外で起きている殺傷事件がISILの戦闘員かそれに感化された人による「テロ事件」として報道されている一方で、2015年にイスラム過激派組織のISILに拘束され、人質となって殺された湯川遥菜さんと後藤健二さんの事件のことが今ではほとんど報道されなくなっているということも、少し不思議に思えます。安倍昭恵首相夫人も関わっていた森友学園問題、加計学園問題、PKO日報問題、「津久井やまゆり園」の殺人犯(大島衆議院議長宛ての手紙の中で安倍首相に協力を求めていました)の障害者差別の問題などと共に、この湯川遥菜さんと後藤健二さんの事件のことも、うやむやのままになっているように思います。

関東大震災の直後に起きた日本人や朝鮮人が虐殺された事件の犠牲者への追悼を辞退した「希望の党」の小池百合子都知事の、「日本をリセットする」も、安倍首相の「国難突破解散」と同じくらい、私には意味が分からないような感じがしました。坂本龍馬の「今一度日本を洗濯致し申候」くらいのことならまだいいと思いますが、日本を台無しにするとか、これまでの日本を無かったことにするということなら、怖いように思います。

自民党は、小池百合子都知事に対抗できる人物として、小泉純一郎さんの次男の小泉進次郎議員を前面に出す作戦のようです。私は、以前には小泉進次郎議員を何となく応援していたのですが、安倍首相の策に従っている様子を見ていて、特別反骨精神のある人ではなかったのだなと、少しがっかりしました。

昨年の夏、サイクリング中に自転車事故に遭い、引退を決意したという自民党のハト派(穏健派、反対語はタカ派・強硬派)の谷垣禎一さんが今も元気だったなら(昨年の事故に遭った時が71歳だったとは知りませんでした。若く見えます)、自民党はもう少しは今のような(中国共産党に似てきているような)政党にはなっていなかったでしょうか。自民党議員の中にも、もしかしたら、「安倍的なるもの」に反対している方がいるのかもしれませんが、例えば元防衛大臣の石破茂議員も中谷元議員も、小泉進次郎議員も、村上誠一郎議員も、安倍首相に「苦言を呈する」というようなことはしていても、安倍首相の推す法案に反対票を投じるなどの行動はしていませんでした。(そもそも、報道番組などに党の所属議員や党の幹部のコメントが出る時、どうして「匿名」なのでしょうか。国会議員のコメントなら、名前を出したほうが良いのではないでしょうか。)

確かに、北朝鮮のミサイル問題がある中で衆議院を解散した首相を総裁に持つ政党が北朝鮮のミサイル問題を選挙の争点にするのはおかしいですし(むしろ安倍首相は北朝鮮のミサイルを日本に引き寄せようとしているようにも見えますが)、消費増税などの国の予算の話について、国会で話し合わずに「国民に信を問う」と選挙の争点にするのも、何かおかしいと思います。

日本国憲法を改正するのか、改正する場合はどの条文をどのように変えるのかということは、争点になるかもしれませんが、国民の間でほとんど憲法のことが話題になっていない中で争点にするには、日本の選挙期間は短すぎます。それに、「自民党か希望の党か」という対立構図をメディアが作るとしたら、その二党のどちらも改憲派のようなので、メディアは憲法改正に協力していることにもなるのだろうと思います。日本国憲法は普通の法律とは違って権力者の側を縛るものであり、日本の理念のようなものでもあるので、憲法を変えるということは、日本の在り方自体を変えることになるということなのだと思います。

ギリシャ神話のパンドラの箱から数々の災厄が飛び出した後、箱に残っていたのは「エルピス」で、それは「希望」だそうです。「エルピス」は、「予兆」や「期待」と訳されることもあるそうですが、どちらにしても、今ここに無いものを諦めずに追い求める、というものなのかもしれません。中島みゆきさんの「夢だったんだね」に、願いと予感は間違えやすい、信頼と期待はあまりにも似ている、という歌詞があります。私はその歌を昔に聴いてから、何となく、予感と期待は間違えやすい、という言葉を時々考えるようになりました。「正常性バイアス」には常に気を付けたほうがいいのだと思います。

「選挙の争点は有権者が自分で決める」ということが大切なのだそうです。

私はJ-WAVEの「THE HANGOUT(ザ・ハングアウト)」という番組を好きで聴いていて(昨年の9月に終わってしまいました)、日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」も木曜レギュラーになった評論家の宇野常寛さんの回だけを録画して何となく見ていたのですが、宇野さんの出演は昨日で最後ということになってしまいました。宇野さんが「スッキリ!!」を「クビ」になった理由は、番組内でアパホテルというホテルの歴史修正主義を批判した際に日本テレビに右翼の街宣車が押し寄せ、番組の責任者から発言内容の修正を迫られたのを宇野さんが拒否したからなのだそうですが、その時日本テレビのスタッフは、宇野さんの発言に抗議する?街宣車が押し寄せている様子は報道しなかったのでしょうか。昨日の番組の最後、宇野さんは「物言うコメンテーターはいらないということで」と挨拶をしていましたが、宇野さんの「その場の空気」に流されない発言は楽しみでした(約2時間半の放送時間の中で宇野さんのコメントの時間はあまり多くはありませんでしたが)。番組の前半の、衆議院の解散と総選挙の解説の際に宇野さんが言っていたように、今回の解散総選挙もうんざりとする選挙だなと思いますが、私も無知ながら自分で考えて、ちゃんと投票へ行こうと思います。


ところで、27日のNHKの「ニュース7」では、普天間基地移設先として米軍基地を新設工事中の沖縄県名護市辺野古の海の中で、絶滅の恐れのある希少なサンゴが見つかっていたことが分かった、ということが報道されていました。見つかったのは、環境省の「レッドリスト」に載っている、「オキナワハマサンゴ」というサンゴだそうです。

ただ、そのニュース番組では、沖縄の辺野古の海で希少なサンゴが見つかったことについて、「沖縄防衛局は珊瑚を別の場所に移す許可を県に求める方針ですが、新たな対立点になることが予想されます」というような伝え方をしていました。

米軍基地のための護岸工事が始められた辺野古の海を調査した結果、他にも希少なサンゴが見つかったそうなのですが、その多くはすでに死滅してしまっていて、唯一見つかったのが絶滅危惧種の希少な「オキナワハマサンゴ」だということでした。

サンゴの採取は禁止されているため、沖縄防衛局は「特別採捕許可」というものを沖縄県に申請するそうで、沖縄県はその許可を沖縄防衛局に与えるかどうかを、「厳正かつ適切に審査する」そうです。

希少なサンゴの辺野古の海での発見を伝えるそのNHKのニュースは、「移設計画に反対する県は厳しく審査するものと見られ、移設を進めたい国と阻止したい沖縄との間で、新たな対立点となることが予想されます。」と終わっていたのですが、沖縄県は普天間基地の移設を「阻止したい」のだというような言い方、「厳しく審査するものと見られ(る)」、「対立点となることが予想されます」というような言い方は、私には、沖縄県に対してもサンゴに対しても酷いというか、あまり良くない言い方であるように思えました。

沖縄県の翁長知事が反対しているのは、沖縄県内に米軍基地の数がさらに増えることであり、宜野湾市の普天間基地を無くすことではなく、辺野古の海を埋め立てて米軍基地を新設することなのではないでしょうか。沖縄県と国とが希少なサンゴを巡ってすでに対立しているということなら、その事実を報道で伝える意味は分かりますが、対立が起きていないにも関わらず、「対立点となることが予想されます」とは一体何なのだろうと思いました。

あと、昨日のNHKの古舘伊知郎さんの「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」(「ニュース7」の延長のため、いつもより放送時間が遅れていました)の最後は、生誕150年となるジャーナリストの宮武外骨の名前についての話でした。宮武外骨の甥で作家の吉野孝雄さんが「亀四郎」を「外骨」に改名した話などをしていたのですが、反骨のジャーナリストの宮武外骨さんの風刺やパロディーは面白くて好きなので、昨日の名前の番組で予期せず宮武外骨さんの話を聞くことができて楽しく思いました。宮武外骨や石橋湛山、昨年に亡くなったむのたけじさんのようなジャーナリストが、もしも今お元気だったなら、今の世の中について、何をどのように書くのかなということも、少し思いました。

ドラマ「テミスの剣」

テレビ東京のドラマ特別企画「テミスの剣(つるぎ)」を見ました。

平成5年の12月、不動産会社を経営している久留間夫妻が刺殺され、不動産会社の向かいのホテルの従業員から通報を受けた埼玉県警浦和署の若手刑事の渡瀬(上川隆也さん)は、ベテラン刑事の鳴海健児(高橋克実さん)と共に現場へ急ぎました。金庫が開けられていて、久留間夫妻が違法な高利貸しをしていた書類が見つかったことから、鳴海刑事は、お金の恨みによる強盗殺人事件と推理し、借金をしていた人物の中で明確なアリバイがなかった楠木明大(中村倫也さん)を犯人と決めつけて浦和署へ連行すると、お金を盗もうとしたことはあるが殺してはいないと訴える楠木明大に対して、自白させるための暴力的な取調べを数日に渡って行い、父親の楠木辰也(伊東四朗さん)と母親の郁子(高林由紀子さん)が面会を求めて警察署を訪れたことを知ると、罪を認めれば両親に会えると脅しました。楠木明大の両親から息子を助けてほしいと頼まれた渡瀬刑事は、鳴海刑事の暴力的で強引な取調べの仕方に戸惑いつつも、鳴海刑事を止めることができませんでした。鳴海刑事は、被害者の血が付着している楠木明大の上着を証拠として示し、両親が来たと知った楠木明大は、否定するのを諦めて罪を認め、刑事が作成した供述調書にサインをしました。

2年後の平成7年、東京高等裁判所では、死刑判決を不服として控訴した楠木明大の裁判が始まりました。楠木明大は再び無実を訴え、鳴海刑事から不当な取調べを受けたと主張しました。しかし、鳴海刑事は暴力的な取調べはしていないと答え、渡瀬刑事も鳴海刑事に合わせて答えました。高遠寺裁判官(余貴美子さん)は、楠木明大の死刑判決を下しました。

妻(堀内敬子さん)と暮らしていた渡瀬刑事は、ある朝の報道で、楠木明大が拘置所内で自殺をしたことを知りました。渡瀬さんは動揺していたのですが、犯罪者が死んだだけとしか考えていない鳴海刑事は気にもしていませんでした。取調べが正しかったのか迷う渡瀬さんに、東京高等検察庁の検事の恩田嗣彦(船越英一郎さん)は、その気持ちを大事にするようにと言葉をかけました。

その2年後の平成9年、渡瀬刑事は、妻と子供が刺殺されるという強盗殺人事件が起きた一軒家へ向かいました。若手刑事の堂島(野波麻帆さん)と共に捜査を進めた渡瀬刑事は、犯行の手口や凶器の形状や凶器が発見された場所などから、4年前の不動産会社夫婦殺人事件のことを思い出したのですが、捜査線上に浮上した迫水二郎(高橋努さん)を連行し、母子強盗殺人事件についての取調べを始めました。

科学的な証拠を突き付けられた迫水二郎は、犯行を認めたのですが、その迫水に渡瀬刑事は、4年前の不動産夫婦殺害も本当は迫水の犯行なのではないかと尋問を始めました。渡瀬刑事は鑑識員(ベンガルさん)を問い詰め、鳴海刑事が楠木明大が犯人となるよう証拠を捏造したという事実を訊き出しました。鳴海刑事は、犯人を逮捕するための証拠を補っただけだと渡瀬刑事に答え、少しも後悔していませんでした。4年前の殺人も自分の犯行と認めた迫水は、警察組織を揺るがす大事件になるのにいいのかと渡瀬刑事を脅かそうとしたのですが、渡瀬刑事はそれでもいいと、迫水から4年前の事件について話を聞き、供述調書を取りました。

無実を訴えながら死刑判決を受けて自殺をした楠木明大は冤罪だったという事実に震える渡瀬刑事は、高遠寺裁判官に、どうしてあの時刑事の嘘を見抜いて下さらなかったのかと、楠木明大は冤罪だったという事実を打ち明け、2件の強盗殺人犯だった迫水の供述調書を恩田検事に託しました。高遠寺裁判官は、裁判官のバッジを外していました。

浦和署へ戻った渡瀬刑事は、刑事課の杉江課長(菅原大吉さん)に4年前の事件のこととを相談しようとしていたのですが、杉江課長からすぐに迫水の供述調書を渡すよう言われ、ここにはないと答えました。堂島刑事から迫水を取調べた渡瀬刑事の話を聞いていた杉江課長は、警察組織のために、事実をもみ消そうとしていました。それを拒絶した渡瀬刑事は、自分の机が荒らされていることに気付きました。浦和署の刑事たちは、警察官としての自分たちの立場を脅かそうとしている渡瀬刑事を敵と見なしていました。

帰宅途中、渡瀬刑事は、夜道で堂島刑事たちに襲われ、暴行を受けました。負傷した渡瀬刑事が帰宅すると、室内は荒らされていて、薄暗い部屋の隅で妻が怯えていました。事情を訊いた妻は、夫との生活を終わらせたくないと考えていたのですが、数日後、あなたにはついていけないという置手紙と離婚届を残して家を出て行きました。迫水の供述調書が恩田検事の判断でマスコミに流され、埼玉県警と浦和署の不祥事が表沙汰になると、事件に関係した大勢の警察関係者が処分されました。監察官に呼び出されて聴取された“内部告発者”の渡瀬刑事は、「ヒーロー」でいてもらわなければ困るとして辞表を受け取ってもらえず、一人浦和署に残されることになりました。

農業を営んでいる楠木夫妻を訪ねた渡瀬刑事は、鳴海刑事や渡瀬刑事の息子への不当な捜査を恨む父親の辰也さんから、君にできることは事件のことを忘れないことだと言われました。2件の強盗殺人犯として逮捕された迫水には、死刑ではなく、無期懲役の判決が下りました。

20年後の平成29年、埼玉県警の渡瀬警部は、埼玉地方検察庁の恩田検事正を訪ねた帰り、週刊誌の記者の田口今日子(前田敦子さん)に、あなたを取材したいと声をかけられました。田口さんは、私は鳴海の娘ですと打ち明けると、冤罪事件で多くの警察官が処分された20年前に渡瀬さんも警察官を辞職するべきだったと渡瀬警部に言いました。

そのようなある日、渡瀬警部は、服役しているはずの迫水が刑務所を仮出所し、府中市の公園のトイレで刺殺されたことを知りました。埼玉県警内の反対を押し切って、警視庁管轄の迫水殺害事件を独自に調べ始めた渡瀬警部は、北海道のスナックで働いていた久留間夫妻の娘(東風万智子さん)が迫水の仮出所の日時を知らせる手紙を受け取っていたことを知るのですが、インテリア販売会社を経営している妻子を殺された夫(東根作寿英さん)も同じ手紙を受け取っていました。

誰かが迫水の仮出所日を手紙で被害者遺族に教えたことを知った渡瀬警部は、楠木夫妻を訪ねました。楠木明大の母親は認知症を患っていました。渡瀬警部が息子の仏壇に手を合わせることを認めた父親の楠木辰也さんは、迫水の事件のあった日は耕運機に乗って畑を耕していた、近所の人に訊いてみると言いと答えました。

受刑者の一人から、模範囚だった迫水がある日の新聞を見て犯罪者の顔をしていたという話を聞いた渡瀬警部は、古い新聞を調べました。迫水の供述調書を読み返した渡瀬警部は、事件直後の迫水が、向かいのホテルから出て来た車の運転手の男性と助手席の女性を目撃していたということに着目し、ホテルの支配人となっていた第一発見者(ふせえりさん)を訪ね、事件当夜のことはよく憶えているという支配人に、事件直後にホテルを出て行った車に乗っていた人のことを尋ねました。助手席に座っていたのは、IT社長と結婚したものの、夫が逮捕されて家からは薬物が押収されたという有名女優でした。女優の自宅を訪ねた渡瀬警部は、あなたは今でもこの男を許せないのではないかと、一枚の写真を見せました。夫を助けたかった女優は、その男に脅されていたようでした。

一方、ジャーナリストの田口さんも、迫水殺害事件を追っていました。楠木夫妻の家の前で渡瀬警部と会った田口さんは、犯人が分かったと渡瀬警部に連絡しました。田口さんは、楠木家を訪ねた時にある違和感を感じていました。楠木家を訪ね、庭の耕運機を見ていた渡瀬警部は、辰也さんに、迫水を殺したのはあなたであり、凶器は耕運機の刃だと言いました。辰也さんは、自宅に届いた迫水の仮出所日を知らせる手紙を読んで、息子を死に追いやった迫水を殺しに出かけたのでした。辰也さんは、息子の時にもその推理力を発揮してくれていたら息子は無実だと分かったのにと残念そうにしていたのですが、昔の渡瀬さんだったなら自分は逃げおおせていたということかと、成長した渡瀬警部を認め、自首をすると約束しました。

迫水殺人事件自体は解決したものの、渡瀬警部は、被害者遺族に迫水の仮出所を知らせる手紙を送った犯人を突き止めなければいけませんでした。最高裁判所のテミス像の前に恩田検事正を呼び出した渡瀬警部は、犯人はあなただと、恩田検事正を指しました。恩田検事は、久留間夫妻が殺された夜、女優を助手席に乗せてホテルから出てきたところを、迫水に見られていました。逮捕された迫水は、事件当夜に目撃した男が検事正になったことを写真付きの新聞記事で知り、仮出所について恩田検事正に手紙を出していました。そして、恩田検事正は、被害者遺族に手紙を出して、誰かが迫水を殺すように仕向けたのでした。

恩田検事が24年前に強盗殺人犯の迫水と鉢合わせになった直後に警察に通報していれば楠木明大も母子も死なずに済んだし、楠木明大の父親が殺人犯にならなくて済んだのだと恩田検事正に言った渡瀬警部は、告発するのはやめてほしいとすがる恩田検事正を突き放し、テミスの正義を貫きました。高校生の頃に父親が冤罪を作ったと知ってショックを受け、真実を知るためにジャーナリストになったという田口さんは、渡瀬さんも警察を辞めるべきだと思っていたけれど、今は辞めないでほしいと思っているということを伝えていました。

最後、渡瀬警部は、楠木明大さんの母親で自首をした辰也さんの夫である郁子さんの乗った車椅子を押しながら、楠木家のお墓参りに来ていました。辰也さんは自首をする前に郁子さんを施設へ託したようでした。お墓にお花を手向けて手を合わせた郁子さんは、渡瀬警部の手を握って、ありがとうと言いました。郁子さんと別れた渡瀬警部は、たとえ風当たりが強くても警察を辞めない、と決意していました。

脚本は伴一彦さん、音楽は佐橋俊彦さん、監督は星護さんでした。原作は、私は未読なのですが、中山七里さんの小説『テミスの剣』です。

テミスは、ギリシャ神話に登場する法(掟)の女神だそうです。司法や裁判における正義の象徴として、左手に剣を持ち、右手に天秤を持っている像として表されているのは、テミスではなく、ローマ神話に登場するユースティティアなのだそうですが、テミスと同一視されていることが多いのだそうです。

目隠しをしているテミス像には、見た目や名声で判断しないという意味が込められているそうで、目隠しをしていないテミス像には、全体を見て子旺盛に判断するという意味が込められているそうです。私は最高裁判所へ行ったことがないので、最高裁判所にあるという実際のテミス像を見たことはないのですが、今回のドラマのテミス像は、目隠しをしている大きな像でした。

ドラマは、司法の正義と冤罪をテーマにした作品ということで、とても重厚な作品になっていたように思います。

無実を訴えながら死刑を宣告され拘置所内で自殺した楠木明大が冤罪だったという事実と真犯人を世間に公表して謝罪しようとしていた渡瀬刑事が、正しい内部告発者を保身のために敵と見なす警察官たちから、脅されたり闇討ちに遭ったりするという展開を見ていて、とても怖く思えたのですが、一般には知られていないだけで、実際にもこのような出来事は密かに行われているのかもしれないなと思いました。

映し方や話し方や動きなどの演出がところどころ“劇画調”のようになっていたのも、意外と良かったと思います。

渡瀬さんの「正義」と異なり、冤罪事件が公になったことで処分された警察官たちの「正義」は、警察組織の威信を守るため、という自らの保身のための「正義」でした。

警察内部の不正(警察ぐるみの犯罪)を告発し、世間からは正義のヒーローとして認識されることになった渡瀬刑事は、その後も「正義」を重んじる警察官であり続けていました。警察署内では面倒な人として扱われていたようなのですが、私のような一般市民から見ると、明らかに渡瀬刑事の「正義」のほうが広くて正しく、間違ったことをしても反省せずに自己正当化に努める鳴海刑事や杉江課長たちの組織とその権威を維持したいためだけの「正義」のほうが狭くて歪んでいるように見えます。

組織の不正を世間に告発したことで組織の全員から敵視されながらも、たった一人で事実の一つ一つと向き合いながら正義を貫いた渡瀬刑事は、とてもかっこいい人だと思います。

ドラマの渡瀬さんを見ながら、前川喜平前文部科学大臣のことも思い出したのですが(前川喜平さんは文部科学省を辞めてから安倍内閣の不正を告発したので、「内部告発」というよりは「外部告発」なのだそうです。以前にラジオ番組の中で前川さんが話していました)、前川さんやドラマの渡瀬さんのような勇敢な方というのは、一体どのくらいいるのでしょうか。

内部告発をした方へのその組織や団体内での「風当たりの強さ」というものは、現実でも相当強いのでしょうか。テレビ朝日のドラマ「相棒」などでもそうなのですが、ドラマや映画などの作品の中で「正義」が扱われる時、「“正義”は時に残酷なものである」という風に描かれていることが多いようにも思います。でも、このドラマ「テミスの剣」の場合、事実を知った渡瀬さんが不正を告発した結果、不正に関わった多くの警察仲間が処分され、左遷になったり免職になったりしたということが仮に「残酷」なものであるとしても、それは渡瀬さんが「正義」を貫いた結果の「残酷」ではないような気がします。冤罪を作ってしまったという警察の間違いについて反省も後悔もせずに自己保身に走ったということが招いた「残酷」な結末なのではないかなと思います。

渡瀬さんが貫いた正義よりも、楠木親子の人生を壊した鳴海刑事たち警察官の無神経さや、住居へ不法侵入して住民を殺害した強盗の迫水の身勝手な所業のほうが、何倍も何倍も残酷だと思います。

今年の夏に共謀罪(テロ等準備罪)を含む改正組織的犯罪処罰法が成立して施行されましたが、警察の中には、このドラマの鳴海刑事や堂島刑事(ヤクザのようでした)や杉江課長のような人ではなく、渡瀬刑事のような人が増えるといいなと思います。

東京地検が不起訴としたことに対して東京第6検察審査会も「不起訴相当」とする議決を公表したということが先日報道されていた、フリージャーナリストの詩織さんが元TBS記者のジャーナリストの山口敬之氏から性犯罪の被害を受けたという事件では、以前に詩織さんがラジオ番組の中で話していたことによると、詩織さんが警察に相談して被害届を出した後、警察は捜査の結果山口氏の逮捕令状まで取っていたのに、逮捕するために山口氏を待ち構えていた担当警察官たちが逮捕の直前になって出された上司からの異例の命令に従って、それを撤回してしまったということでした。私には事件の真相は全く分からないのですが、もしも詩織さんの話していたことが事実であるなら、上層部の命令に従って逮捕を取りやめざるを得なくなった警察の方たちの中におかしいと思っている方がいるなら、内部告発のようなことをしてほしいように思いました。

今回のドラマの中で少しほっとしたのは、鳴海刑事の娘のジャーナリストの田口さんが正しい人だったところと、楠木明大さんの母親で辰也さんの妻の郁子さんが無事に生きていたところです。渡瀬刑事にはしばらく「味方」がいませんでしたが、父親の間違いに気付き、メディア側の人として事件の真実を突き止めようとしていた田口さんは、渡瀬刑事の正義の理解者になっていました。最後の郁子さんの、渡瀬警部への「ありがとう」も良かったです。

ドラマの後のお知らせによると、来週には「巨悪は眠らせない 特捜検事の逆襲」が放送されるそうです。昨年の秋の「巨悪は眠らせない 特捜検事の逆襲」の続編だそうです。今回の「テミスの剣」の内容も、ある意味では「巨悪は眠らせない」でした。さすがはテレビ東京のドラマというか、このように言うのはあまり良くないかもしれないのですが、例えば日本テレビでは放送されないドラマだろうなという感じもしました。重い話でしたが、良い社会派刑事ドラマになっていたと思います。展開のテンポも良くて、筋も通っていて、途中で眠くなることなく最後まで見ることができました。面白かったです。

「死生観のジレンマ~今、死ぬということ。~」

先日の深夜にNHKのEテレで放送されていた「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」の「死生観のジレンマ~今、死ぬということ。~」を見ました。

「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」は、1970年代以降に生まれた若手の論客たちが日本の問題点を語り合う番組です。面白いので時々見ています。今回は、番組の司会の社会学者の32歳の古市憲寿さんが、27歳の劇作家・演出家・脚本家・女優の根本宗子さん、同じ32歳の作家の羽田圭介さん、38歳の僧侶の小池龍之介さんを訪ねて、生や死について対談をしていました。

いつもはたくさんの人たちでスタジオや会場に集まって賑やかに語り合っているという印象があるので、「死」が個人的なブームになっているという古市さんが同世代の対談相手から死生観を聞くという今回の静かな感じは良かったです。

私としては、古市さんと同い年という羽田さんの話を面白く思いました。羽田さんは、死者は生者に迷惑をかけてはいけないと思うと、お墓を持つことを拒否していました。羽田さんの書斎の壁に作られていた本棚は作家の部屋とは思えないほどがらんと空いていて、本の類がほとんどなかったのですが、デジタル化できるものはデジタル化していると話していたので、電子書籍にしているのかもしれません。体験にお金を使いたいというようなところもそうなのですが、“ミニマリスト”の方のようでした。

古市さんは、以前に東京MXテレビの「田村淳の訊きたい放題」に出演した時にも話していましたが、「生まれ変わり」を信じているそうです。羽田さんは、信じているんですか、と意外そうにしていましたが、それも面白いなと思いました。お墓を見るのも怖いらしい古市さんは、今できないことを来世ですればいいとポジティブに諦める手段として「生まれ変わり」を信じているようでした。

私も「生まれ変わり」(輪廻・転生)をある程度には信じていますが、私自身は特に何に生まれ変わりたいとも思いません。修行をしなければいけないと言われると困るのですが、私は「死ぬと『無』になる」という説を好意的に捉えているほうなので、どちらかというと生き死にを繰り返す輪廻からは、解脱したいです。

鎌倉の僧侶の小池龍之介さんは、声の小さい方という印象があるのですが、人は生きるために死を遠ざけようとしているというような話が印象的でした。今の日本の子供人気も若作りも、確かに、死から遠ざかろうとしているのだという説によく当てはまるように思いました。死にたいなと思っていても、お腹が空いて何かを食べてしまうなら、本当にはまだ死にたくないということなのだろうなと思います。僧侶の小池さんにとっては、生きているものはいつか死ぬということは自明のことなのだろうと思いますが、身内や親しい人が亡くなった時、当然のことだから何とも思わないのか、僧侶ではない一般の多数の人と同じように悲しい気持ちになるなどして泣くのか、どうなのかなと少し気になりました。古市さんから小池さんに訊いてほしかったです。

それにしても、「人(生物)は必ず死ぬ」というのは、本当でしょうか。その前提は、正しいのでしょうか。私は「仙人」の存在も何となく信じているのですが(いるといいなと思っています)、人は必ず死ぬと思うのは、今生きている人々が何かの理由で「死なない人」に出会ったことがないだけなのではないかなという気もするのです。

それから、昨夜の「クローズアップ現代+」は、「92歳の“安楽死宣言” 橋田壽賀子 生と死を語る」でした。

『安楽死で死なせて下さい』という本(私は未読です)を出版した、TBSのドラマ「渡る世間は鬼ばかり」などの脚本家の橋田壽賀子さんに、武田真一キャスターが話を聞いていました。対談場所は、橋田さんが一人暮らしをしているという静岡県の熱海の自宅でした。長い間その場所で脚本を執筆している、何度も塗りを重ねたという朱色のテーブルがありました。

橋田さんは、今の「天涯孤独」の状況からだけではなく、子供の頃から、人に迷惑をかけないで生きたいと思ってきたようです。死を考えることは真剣に生きることであり、今を諦めずに、死を見つめて懸命に生きることが大切だと話していました。「安楽死」の本を書いたけれど、病気にはなりたくないから薬を10種類くらい飲んでいるとも話していました。

「自死(自殺)」はしたくないと考えている橋田さんが「安楽死」(医師による自殺幇助)を日本でも法的に認められるようになってほしいと思っているのは、生も死も人によってさまざまだから、「生」の選択肢が増えたほうがいいのと同じように、「死」の選択肢も増えたほうがいいとの考えからのようでした。

死が身近なものになっていた戦争中に山形に疎開をした時、橋田さんは、広い田んぼに稲穂が育っているのを見て、日本は死なない、それなら私も死なないと思ったのだそうです。

橋田さんの熱海の自宅の窓からは海が見えていたのですが、年を重ねて仕事が減ってくる中で、死を考えるようになったということでした。

番組では、「安楽死」を自ら希望して実行した海外の方や、「安楽死」を望む寝たきりの妻の思いに苦しむ夫の方や、「安楽死」を否定する方のことも紹介していました。

ただ、出演してい方の話していた「自分の我を通す」ということは、例えば、安楽死を望んで自然な寿命?よりも早めに死ぬと決めることにも、安楽死を望まずに延命治療や介護を受けながら生きると決めることにも、その方の暮らしている環境によって、どちらにも使うことのできる考え方であるように思いました。意識があるのであるなら、少しも自分の思いを通さずに毎日を過ごすことは難しいことであるように思います。

私は、「安楽死」と聞くと、森鴎外の小説『高瀬舟』を思い出します(瀕死の弟を苦しみから救おうとして弟の望み通りに死なせた兄が殺人罪に問われる話だったように思います)。「自殺」ではない「安楽死」を、「(医師による)自殺幇助」と言い換えると、少し不穏な感じもしてしまうのですが、誰もが死に方を選べるようになるといいなということは、私も思います。

殺されたり、事故にあったり、自然災害にあったりする場合の死に方は選ぶことができないかもしれませんが、病気や老衰などで?死ぬまでに時間がある場合には、好きな死に方、というほどではないにしても、安楽な死に方を本人が自由に選ぶことができるような世の中になるといいのではないかなと思います。生まれることを選ぶことはできないように思いますが、死ぬことをある程度選ぶことは、新しい法律が作られれば、できるような気がします。

この世に生み出されて生き始めたなら苦しくても本当に死ぬまで生きなければならないというのは、意外と大変なことだと思います。

武田キャスターは、橋田さんから、武田さんは大丈夫ですよ、一生懸命に生きていらっしゃるから、と言われていました。もしかしたら私は、懸命には生きていないのかもしれません。小さな世界の眠いような毎日を、ただ漠然と生きているだけなのかもしれません。

私は小さい頃は、アンデルセンの絵本の『人魚姫』のような、海の泡になって完全に消滅するという死に方を、いいなと思っていたのですが、後に絵本ではない原作の短編小説を読んで、海の泡となった後に風の精霊となった人魚姫が“善行”を積んで「死なない魂」を得ていつか別の存在(人間)に生まれ変わるために長い時間(300年)を彷徨うという終わり方になっていることを知り、人魚姫の死に方ではダメだと思うようになりました。

遺体を焼却しても、灰が残ってしまいます。完全に消滅するためには、完全ではないかもしれませんが、地球の全ての物質は原子やその集まりの分子からできているそうなので、手塚治虫の漫画『W3(ワンダースリー)』にもあるように、物質として形作られている生物の細胞が一瞬にして原子・分子レベルに分解されれば良いのではないかなと、今は思っています。現実の世界ではまだしばらく出来ないことだろうと思いますし、SF的な考えかもしれませんが、それが一応今の私の夢の死に方、消え方です。

理系ではない私が知らないだけで、もしかしたら、どこかの科学者がそのような機械を開発中かもしれません。もしもいつかそれが可能な世界になったなら、きっとお墓問題もすぐに解決すると思いますし、世界中のごみ問題もすぐに解決すると思います。そもそも、地球自体がなくなってしまうかもしれませんが。

あるいは、やはり死んだ後の自分の死体のことなど、気にしないようにすればいいのかもしれません。自分が死んだ後にもこの世界が残っているとする時、その世界でまだ生きている人たちには多少迷惑をかけてしまうかもしれませんが、それもおそらく数時間のことです。その後は、みんなそれぞれの生活に忙しい中で、少しずつ忘れていくのだろうと思います。私も誰かを忘れているかもしれませんし、私が誰かに忘れられることも、それほど怖くないです。

小さい頃の私は、死ぬことは生きたまま火葬場の焼却炉で焼かれることだと思っていました。祖父のお葬式の印象からだと思います。それで「死」をとても恐れていて、死ぬ夢やお墓の夢を繰り返し見ては怯えて憂鬱な気持ちになっていたのですが、小学校中学年頃になって、死は生きたまま火葬場で焼かれることではないと気付き、死ぬ時は痛そうで嫌だなという思いは残ったものの、「死」そのものに関しては、怖いイメージはなくなったように思います。

夏に没後1000年の展覧会が開かれていた、奈良で生まれて比叡山で修業を積んだという平安時代の僧侶の恵心僧都源信は、『往生要集』の作者で、阿弥陀如来の来迎を受けて極楽浄土へ生まれることを願う浄土信仰を広めた方だと言われています。源信が人々に示した死後のイメージ、極楽や地獄のイメージは、後世に多くの影響を及ぼしたのだそうです。

極楽浄土や地獄のような場所が実際にあるのかどうかはよく分かりませんが、源信の影響が強いということは、もしも源信が死後の世界を描かなければ、日本では極楽や地獄はないことになっていたかもしれないということでしょうか。極楽よりも、地獄のほうがイメージしやすいのは、この世が地獄だからだそうです。昔にその説を聞いた時、なるほどなと思いました。この世界が誰にとっても最高に素晴らしい世界であったなら、誰もそのさらに上の世界を想像しようとはしないかもしれません。


ところで、昨夜、バハマのアバコ島の美しい水中洞窟を紹介する番組の後に久しぶりに見たテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」では、朝井閑右衛門の油絵の花瓶に入ったバラの花の黄色がとてもきれいだったのですが、最後に鑑定されていた勾玉と管玉について、小さな翡翠の勾玉の7個が「本物」という鑑定結果の解説を聞いて、勾玉などに「偽物」があるということを私は初めて知りました。というか、勾玉に「偽物」があるということを今まで考えたことがありませんでした。翡翠や瑪瑙や水晶などの天然素材で作られているものなら、全部「本物」の勾玉なのではないかと思っていました。あるいは、鑑定団としては、古い時代のものを「本物」としているということでしょうか。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は皇室の三種の神器の一つにも入っていますが(三種の神器を直接見た人は現代には一人もいないそうです)、解説によると、勾玉は、日本以外では朝鮮半島の南にあった古代の韓国から出土しているそうです。韓国で出土した勾玉は、新潟の糸魚川の翡翠を使ったものだそうです。勾玉そのものが日本から韓国に伝わったのか、韓国から日本に伝わったのかはまだ分かっていないそうですが、出土している勾玉の中では、日本の縄文時代のものが一番古いそうです。長い縄文時代のいつ頃なのか分かりませんが、もっと古い旧石器時代のもの?が出土する可能性はないのでしょうか。もしももっと古い時代のものが見つかったなら、勾玉は日本発祥と決まるのかもしれません。勾玉の形は胎児(人間の、でしょうか)を模ったものという説があるそうなのですが、その説の通りだと何となく不気味にも思えるので、そうではないといいなと思います。

「名奉行!遠山の金四郎」と、上野のパンダの「香香」、安倍首相と小池都知事の会見のこと

TBSのドラマ特別企画「名奉行!遠山の金四郎」を見ました。

江戸北町奉行の遠山金四郎(遠山景元)の活躍を描いたドラマとしては、「遠山の金さん」が有名なのだと思うのですが、私は昔の「遠山の金さん」の時代劇をちゃんと見たことがありません。「江戸を斬る」も見たことがないような気がします。江戸南町奉行の大岡越前(大岡忠相)を描いた時代劇「大岡越前」(主演は加藤剛さんや東山紀之さん)は、少し見たことがあります(北町奉行の遠山金四郎さんは1800年代の中頃の、徳川家斉や徳川家慶の治世の天保年間に活躍していたそうなのですが、南町奉行の大岡越前さんは遠山金四郎さんが生まれる前の時代の人です)。

江戸幕府の老中・水野忠邦(菅原大吉さん)が出した倹約令によって地味な生活を強いられていた江戸庶民は、大名や豪商の屋敷から大金を盗んで貧しい人々に配る義賊・鼠小僧の活躍を称賛していました。その頃、鼠小僧と組んで盗みを働いていたおせん(稲森いずみさん)は、南町奉行が毒を飲んで死亡するのを天井裏から見てしまいました。水野忠邦は南町奉行の後任として目付の鳥居耀蔵(加藤雅也さん)を抜擢し、遠山金四郎(松岡昌宏さん)は、町人の生活を脅かす倹約令の実施を巡って、水野忠邦や鳥居耀蔵と対立するようになっていきました。

その頃、日本橋の魚河岸を仕切っている魚問屋の粂島屋(西田健さん)が人気の花魁・朧月(実咲凜音さん)と心中するという事件が起き、日本橋の魚河岸に混乱が広がりました。金四郎さんも粂島屋の妻で元遊女のおそで(床嶋佳子さん)も、粂島屋が心中をすることはあり得ないと考えていたのですが、粂島屋がいなくなったことで、日本橋の魚河岸から江戸市中や城内への魚の流通も上手くいかなくなりました。そこへ、日本橋から両国橋へ魚河岸を移転するという話が出てきました。粂島屋が亡くなった後、魚河岸で存在感を増していた三河屋(星田英利さん)が勘定奉行の石部肥後守孫太夫(青山勝さん)と結託して両国への移転を計画していました。

粂島屋が支援していた役者の市村菊之丞(河合雪之丞さん)の芝居小屋が何者かに付け火をされて全焼し、倹約令を出した幕府の役人の仕業ではないかとの噂も広まっていました。粂島屋の心中事件と魚河岸の移転はつながっているのではないかと考えるようになった金四郎さんは、又五郎(平田満さん)と看板娘のおたね(渡辺麻友さん)の営む居酒屋に出入りしていた北町奉行の新人の同心の小柴弦之介(神山智洋さん)に、極秘調査を命じるのでした。

原作は、私は未読なのですが、陣出達朗さんの小説『遠山の金さん』シリーズです。脚本はいずみ玲さん、監督は吉田啓一郎さんでした。

松岡昌宏さんの遠山の金さんは、ドラマを見る前に思っていたよりも、活舌が良くて軽快で、良かったように思います。稲森いずみさんの“女鼠小僧”も良かったですし、星田英利さんの三河屋も良かったです。

金さんの活躍の他に、鼠小僧の暗躍や、花魁との心中に見せかけた殺人事件や、幕府の要人と問屋の癒着による魚河岸の移転問題や、元遊女の母親とそれに反発する放蕩息子の和解など、いろいろな話が盛り込まれていました。それが上手くつながって、まとまっていたように思うのですが、それにしても、3時間という放送時間は長いようにも思いました。

先の「渡る世間は鬼ばかり2017」も約3時間のスペシャルドラマでしたが、そのドラマは「30分×6話」という構成になっていたような印象でもありました。今回の「名奉行!遠山の金四郎」は、「これにて一件落着!」と、最後に事件の全てを解決する刑事ドラマのような雰囲気でもあったので、前後編にするか、2時間ドラマにするかのほうが、私としては、もっと見やすくなったのではないかなと思いました。


ところで、昨日には、東京都の上野動物園の赤ちゃんパンダの名前が「香香(シャンシャン)」に決まったと発表されていました。かわいい名前だと思います。

そのような日に、自民党議員の安倍首相が衆議院の解散を正式発表し、元自民党議員の小池百合子東京都知事が新しく作られる国政政党「希望の党」の代表になると発表していました。昨夕にNHKで放送されていた記者会見?(一列目の4人ほどの記者の方が首相に質問をしていましたが質問内容は事前に通告されていたようです)の中で安倍首相は、教育や福祉のための財源について、税金の無駄使いをやめて節約をするということでは無責任だと話していたのですが(演説の中で話していたのか質問に答えて言っていたのか忘れてしまいました)、税金の無駄遣いをやめたり、税金の使い方を考え直して節約したりすることは、無責任なことなのでしょうか。

そもそも、安倍首相は演説の中で、消費税を10%に上げる政策について、国の借金を返すことにしていたけれど福祉に使うことに決めたというようなことを言っていましたが、消費税を5%から8%にする時にも、自民党は社会福祉に使うと言っていたように思います。アベノミクスの成功を願っている安倍政権は、日本銀行のお金で民間の会社の株や国債を買い込んで、日本にお金がないのをごまかしているのだろうと思います(以前のNHKの「時論公論」のカエルの絵の解説は分かりやすいものでした)。政治家(政治屋)の選挙の前の公約は、選挙後には「新しい判断」として簡単に覆されるかもしれませんし、そうして結果的に「嘘」になるかもしれません。誰の言っていることを信じれば良いのか、よく分かりません。

テレビ朝日の「報道ステーション」(後で録画をしておいたものを見ました)や、時代劇「名奉行!遠山の金四郎」の後の「NEWS23」には、安倍首相と小池都知事が一人ずつ順番に出演していました。どちらの番組でも(特に「NEWS23」)、安倍首相にはいろいろ訊いていて良かったと思うのですが、小池都知事への質問は意外と緩いものだったような気がします。

安倍首相は、大義がないと言われている今回の衆議院解散を「国難突破解散」と名付けていましたが、その国難を招いたのは長期政権の安倍政権だと自覚しているという意味も含まれているのでしょうか。先日のTBSの「報道特集」でインタビューに答えていた文部科学省前事務次官の前川喜平さんは「もりかけ忘れてくれますか解散」と呼んでいたのですが、昨夜の報道番組の中で安倍首相が「森友学園・加計学園問題」(国有地の謎の払い下げや税金の使われ方の不透明さや国粋主義的思想教育や癒着・便宜供与など、いろいろな問題が混ざっているような気がします)について答えているのを聞いて、そうなのかもしれないなと思いました。

安倍首相が、安倍昭恵夫人がその教育思想に共鳴して名誉理事長に就任していた学校法人・森友学園の籠池前理事長夫妻のことを、「逮捕された」とか「詐欺師」とか繰り返し主張しているのを聞いて、本当に品がないように思えましたし(日本語の使い方がおかしいという感じもするのですが)、これが今の日本の首相なのかと改めて思い、残念な気持ちになりました。詩織さんという女性への準強姦容疑で警視庁に書類送検されたていた安倍首相の友人のジャーナリスト?の山口敬之氏を不起訴とした東京地検の処分について、東京第6検察審査会が地検の裁定を覆す事由がないとして「不起訴相当」と議決したことも、安倍首相が直接それに関与したことはないかもしれませんが、安倍首相はご自身とお身内を庇う傾向にあるので、何か不穏な感じがします。“敵”を作って“味方”を擁護し、「何度も説明した」と森友・加計学園問題(PKO日報問題の話は出ていなかったように思います)への「丁寧な説明」は終わったかのように言っていた安倍首相の昨夜の報道番組での発言は、有権者の全国民に伝えようとしたものではなく、ご自身の支持者向けのものだったのかもしれません。

「森友・加計学園問題」は小さな問題なのだからそのようなものはどうでも良く、それよりも北朝鮮問題などの対外問題に集中しなければいけないと、安倍首相を支持する方たちは思っているそうなのですが、政治家や省庁が絡んでいる詐欺事件であるなら大きな国内問題だろうと思いますし、それに、もしも仮に小さな汚職事件?だとしても、政治家の小さな汚職や詐欺や暴言を国民が見逃すことが日本のために良いことだとは思えません。

「希望の党」の代表になるという小池百合子都知事は、透明化すると言っていた都政を再び不透明にしていますし、関東大震災の時の地震による被災者と虐殺事件による日本人や朝鮮人の被害者を一緒に考えている人のようですし、さらに昨日には「日本のこころ」の代表の中山恭子参議院議員が「希望の党」に入るとの報道を聞いて、ぞっとしました。「都民ファーストの会」の代表を辞めて顧問になった小池都知事には、もしかしたらまだ人気があるのかもしれませんが、「希望の党」にはよく分からない政治家(政治屋?)が集まってくるのだなと思いました。中山恭子さんについては、2002年の頃には安倍晋三さんと同じく拉致被害者問題に関して頑張っている方のようにも見えていたのですが、上品そうな話し方のまま、以前には国会で、『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』という本を著した、北朝鮮の拉致被害者の蓮池薫さんの兄の透さんのことを北朝鮮の工作員扱いしていて、何だか怖い人なのだなという印象があります。また、中山恭子さんは、都議選で安倍首相が「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」と言った、秋葉原での中村あい自民党候補者の応援演説の現場にも来ていました。

小池都知事は昨日の会見の中で、「かつての輝きを取り戻す」と言っていました。安倍首相の「日本を取り戻す」もそうなのですが、「取り戻す」系の、未来の政策を打ち出す時に過去にこだわる感じは一体何なのだろうと、少し不思議に思います。「日本のこころ」という政党は天皇陛下の譲位や皇室典範改正の意見でも今の与党の自民党寄りでしたし、希望の党は、自民党に似た保守政党になるのだろうと思います。公明党の山口代表を総理候補として指名するなどと言い出したことも、都議会公明党が裏切りだと怒っていることを受けて?小池都知事がフジテレビの番組で言ったそうですが、公明党の支持母体の創価学会(宗教法人なのでしょうか)の信者の方々の“組織票”を狙って利用したような発言であるようにも思えます。

小池都知事は自民党を除名されてはいないそうですし、もしも希望の党がたくさんの議席を獲得したなら、日本国憲法の改定にも積極的だという希望の党は、自民党や公明党や維新の会や民進党の保守勢力と連立を組むかもしれません。憲法9条を変え、緊急事態条項を創設し、個人の自由や権利を抑さえて義務を増やし、家族のつながり?を国策として強化し、自衛隊を日本軍に変えるかもしれません。

未来のことは分かりませんが、政治家は嘘つきだなという平凡でありふれた単純な思いが、うんざりとした気持ちと重なるように、以前よりも強くなっているような気がします。

昨夜のTBSの「NWES23」では、安倍首相の出演が終わって次の小池都知事の出演までの間に、上野動物園の赤ちゃんパンダの「香香(シャンシャン)」のかわいい映像が挟まれていたのですが、テレビの前の視聴者の気持ちを和ませる効果は確実にあったのではないかと思います。私は、ほっとしました。

あと、今朝のテレビ朝日の「グッド!モーニング」という情報番組で、東京都江東区深川の富岡八幡宮が戦後に発足した宗教法人・神社本庁から離脱をするという話題が取り上げられていました。氏子の方たちの支援する長女の方が宮司になろうとしているのを、神社本庁が理由も挙げずに認めないという人事問題が、富岡八幡宮の神社本庁からの離脱の理由のようでした。

神社本庁という宗教法人の存在を、私は数年前に知ったばかりなのですが、伊勢神宮を本宗とし、約8万社あるという日本各地の神社を包括する宗教法人・神社本庁には、各都道府県に神社庁という組織があるそうです。深川の富岡八幡宮の場合は、東京都神社庁に所属しているということになるようなのですが、安倍首相の支持母体という神道政治連盟や日本会議という団体ともつながっている神社本庁の東京都神社庁は、「憲法改正運動を推進する宣言」なるものを表明しています。安倍首相を支援しているという、世界平和統一家庭連合(統一教会)という新興宗教や国際勝共連合という政治団体も、日本国憲法の改正を推進しているそうです。

日本の政治も、「政教分離」とは程遠いです。人には心があるので、その人が信じる何らかの宗教の教えと政治に対する考え方が結びついてしまうことについては、ある程度は仕方がないと思いますが、私は少なくとも2012年の自民党の憲法改正草案を読んで、一体何なのだろうととても不気味に思えてしまったので、今のところ、それを良いものとして推進する宗教団体を信用することも少し難しいように思えます。

私はどこの宗教の信者でもないのですが、神社やお寺へ行くこと自体は好きですし、神さまや仏さまをお参りしたり、建物やその装飾を見たり、由緒や解説を読んだりすることも好きです。でも、お賽銭がもしかしたら日本国憲法の改正推進派の活動資金になるのかもしれないと知ってから、お賽銭を入れたりお守りを買ったりするのを少し迷うようになってしまいました。ただ、神社本庁を離脱する各地の神社は増えているそうですし、そもそも最初から神社本庁に所属していない神社もあるそうです。それに、神社本庁という宗教法人に属していなくても別の宗教法人に属していたり、現政権や日本国憲法の改正を個人的に支持しているという宮司さんや住職さんもいるのだろうと思います。

安倍政権になったから表に出て来たこと、というものは意外とたくさんあるのかもしれません。お参りをする際にいちいち、この神社やお寺は現政権や日本国憲法の改正についてどう思っているのだろう、などということを考えるようになってしまったということは寂しいことかもしれませんが、残念ながら、今はまだ、やはり少し気になってしまいます。

「総書記 遺された声 日中国交 45年目の秘史」と「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」

先日の土曜日の夜9時からは、私はNHKスペシャルの「総書記 遺(のこ)された声 日中国交 45年目の秘史」というドキュメンタリー番組を見ていました。

日本と中国が国交を正常化してから45年になるということを記念した、これからの日本と中国の関係の在り方を考える番組でした。

NHKのドラマ「大地の子」(名作です)の原作者でもある作家の山崎豊子さんは、1984年から1986年の間に3回、当時の中国共産党中央委員会総書記の胡耀邦さんと中南海の公邸で会談をしていました。番組では、その時の録音テープに遺されていた胡耀邦さんの肉声や極秘とされていた資料や胡耀邦さんのことを知る人々の証言などから、歴史認識問題を抱える日本と中国の国交に対する胡耀邦さんの思想を伝えていました。

私は2015年に生誕100年を迎えていた胡耀邦さんのことを「天安門事件(六四天安門事件)」に関わっている政治家というくらいにしか知らなかったのですが、昨夜の番組を見て、胡耀邦さんの考え(一部ですが)を知って、とても立派な方だったのだと思いました。

胡耀邦さんは、山崎豊子さんとの話の中で、映画「山本五十六」(私は未見です)を事実に近いと誉めていた一方で、山本五十六の思想については「狭い愛国主義」だったと話していました。

「狭い愛国主義」は、「誤国(国を誤る)思想」、「誤国主義」であり、それは日本と中国の双方に、あってはいけないものだということでした。胡耀邦さんは、日本と中国のためにだけではなく、世界の平和のために、日中友好・中日友好を大事なことだと考えていました。

胡耀邦さんは、毛沢東の文化大革命時代にエリートとして毛沢東支持者たちに吊し上げられたり、農村で3年間労働を強いられたり、とても苦労して政治家になった方だそうなのですが、その経験からか、特定の人や思想を盲目的に信じることを危険なことと捉えていたようです。とてもリベラルな方だったのだろうと思います。

総書記になった胡耀邦さんは、「侵略」を「進出」としようとした日本の歴史教科書問題や、中曽根康弘総理大臣の靖国神社への公式参拝に悩んでいたようで、教科書問題は鈴木善幸総理大臣が中国を訪問したことで、靖国神社参拝問題は友人の胡耀邦さんの立場が危うくなったと知った中曽根さんが翌年に参拝を中止することで、一旦解決したそうです。靖国神社参拝問題については、国内の戦死者の遺族の方に頼まれて公式参拝を実行した中曽根さんは、翌年に参拝を中止したことで、"保守層”から悪く言われているということでした。

山崎さんとの話の中で、胡耀邦さんは、個人の意見として、A級戦犯がいなければ日本の総理大臣が公式参拝しても中国での批判も収まるのではないかと話していました。自民党の中曽根元総理大臣も、靖国神社のA級戦犯の分祀を考えていたようなのですが、その考えは党内の保守派に受け入れられなかったそうです。(中曽根さんは、あるいは日本の首相は、靖国神社への総理大臣の参拝について、本当は分祀にしたいのだけれど保守派が認めないし何よりA級戦犯を突然合祀した靖国神社が分祀はできないと主張しているのだと、東アジアの国々に公式に説明したことはあるのでしょうか。また、靖国神社に「御霊」が祭られている方の遺族の方の中のA級戦犯分祀を希望している方は、そのことを神社側に訴えないのでしょうか。あるいは、訴えても聞いてもらえないのでしょうか。)

1980年代は、日本と中国の関係が戦後一番良好だったのだそうです。中国の自由化、民主化を求めていた胡耀邦さんは、若者たちから支持を集め、人気があったそうなのですが、その日中(中日)友好の考えは中国共産党内の八大元老(鄧小平、陳雲など)という保守派の権力者たちの反発を招き、山崎豊子さんとの最後の会談の数か月後、自由化や民主化を求める学生運動の責任を取る形で辞任させられたそうです。

共産党内の立場を降格されても、胡耀邦さんは日本と中国の友好のために日本の情報を集めるなどして頑張っていたそうです。しかし、1989年に突然病に倒れて亡くなりました。天安門広場には胡耀邦さんを追悼する若者たちが大勢集まり、それが「六四天安門事件」に発展したということでした。

中国共産党内は、胡耀邦さんが外されたことでも、日中友好を訴えるのは危ないという空気になっていたそうなのですが、その「天安門事件」を受けてさらに、「愛国主義思想」を子供たちに植え付ける「愛国主義教育」を強化することとなり、「愛国主義」を教えるのに効果的なものとして「反日」を利用するようになり、日本の保守派の政治家たちも国民に「反中国」を広めていくという、現代に続く悪循環に陥っていったそうです。

「狭い愛国主義」は「誤国主義」だという胡耀邦さんの考えは、アメリカのトランプ大統領の言うような「ファースト(自国第一主義)」とも重なるように思いました。日本も中国も欧米も含め、今は世界の多くの国が「狭い愛国主義」に傾いているのかもしれないなと思いました。

約72年前に終わった第二次世界大戦の後、今も、東アジアの日本と中国と韓国は「歴史認識問題」でもめています。反日本も反中国も反韓国もおかしいと思いますが、日本の中に、中国の中に、韓国の中に、「友好」を妨害しようとする勢力が常に一定数いるのかもしれません。

胡耀邦さんは、長崎の原爆祈念公園を訪れたことがあり、長崎に平和の像を寄贈したそうです。私は知らなかったのですが、美しい白い女性の像でした。裏に刻まれている「和平」の文字は、胡耀邦さんの書なのだそうです。来日して長崎を訪れた三男の胡徳華さんは、中曽根元総理大臣(中曽根さんは99歳で、毛沢東の元秘書の方は100歳でした)とも会っていました。

中曽根さんは、友人の胡耀邦さんのお墓参りをしたいと考えていたそうなのですが、中国政府の許可が下りず、せめてもの弔いの気持ちとして桜の木を送り、胡耀邦さんのお墓の前に植えられたその桜の木は、胡耀邦さんが亡くなった4月になると今でもきれいな花を咲かせているのだそうです。中曽根さんは、大きく育った桜を見て嬉しそうにしていました。

「六四天安門事件」の後、胡耀邦さんの話は中国ではタブーのようになっていたそうなのですが、今でもその要素はあるとしても、生家やお墓にはたくさんの人々が来ているようでした。

日中関係は、今はまた悪くなっているようなのですが、政治指導者の志が変われば、胡耀邦さんの頃のように再び良くなる可能性はあるのだと思います。日本国民と中国人民が敵対する必要はないと、胡耀邦さんは言っていたのですが、本当にそうだと思います。

政治的に何かを乗り越えなければいけない問題があったとしても、それは国民同士の仲良くしよう、敵対しないようにしようという考えを阻害するようなものであってはいけないと思います。日中関係においては、日本と中国の「狭い愛国主義」のせいで、72年以上前の戦争時代に生み出された憎しみや怒りや悲しみなどの負の感情は、何度も双方の国の人々の間に蘇るようにされてしまうのかもしれませんが、もしも1980年代の友好関係が今も続いていたなら、胡耀邦さんが言っていたように、消えないとしても、確かに“薄まる”ようになっていたのかもしれないなと思います。

日本と中国の友好と交流のために、中曽根さんと胡耀邦さんが設立したという「日中友好二一世紀委員会」の人々の中には、菅直人元総理大臣や胡錦涛元国家主席もいたそうです。

反日本とか反中国とか反韓国とか反北朝鮮とか(他にもあるのでしょうか)、それがあった方が得をするという人たちがいるのかもしれませんが、東アジアの近隣諸国の悪口を言ってわざわざ敵対するばかりの方向を選ぶというのは、本当にくだらないことだと思います。それとも、喧嘩になるのは、違うからではなく、似ているからなのでしょうか。

先日のNHKのBSプレミアムでも再放送されていましたが、世界平和や日中国交正常化、日中米ソ友好のために尽力したジャーナリストで元外務大臣の石橋湛山は、総理大臣になっていた期間は体調不良で倒れるまでの僅か2か月だったそうですし、病床を訪ねて「中国へ行ってきます」と挨拶した田中角栄総理大臣が日中国交正常化を果たした後亡くなってしまったということなので、歴史教科書問題も、中曽根総理大臣からの靖国神社公式参拝問題も、1980年代の日中友好時代も知らないということになるのですが、「大日本主義」に対して「小日本主義」を訴えていた石橋湛山がもしも生きていたなら、どう考えるのだろうと思いました。

リベラル派は立派ですが、いつも国内の保守派に追い込まれてしまうように思います。小泉純一郎内閣時代に官房長官だった自民党の福田康夫総理大臣も、中国との友好を重視しようとして、自民党の内閣内で孤立していました。民主党が与党になっていた時代の鳩山由紀夫総理大臣や菅直人総理大臣も(東日本大震災時の原発事故の対処のこともありましたが)、外されていました。

経済発展を重視するなら、世界中のどこの国とも適度に仲良くなる方向で、敵対しない方向で、世界平和を目指した方が良いと思います。

私自身は、コミュニケーション能力もあまり高くないほうだと思いますし、誰かとすぐに親しくなるということもできないほうなのですが、それでも、誰かとあえて敵対するようなことはしたくないですし、それぞれが適度な距離間を保って穏やかに過ごすことができればいいなと思っています。国同士なら、一般の個人同士よりも感情的になることなくもっと冷静に付き合うことができるのではないかなと思うのですが、アメリカのトランプ大統領の演説や日本の安倍首相の演説を聞いていると、情けないというか、下品だなと、がっかりします。北朝鮮の金正恩委員長が「挑発」をしていると憤っている安倍首相やトランプ大統領も、北朝鮮を「挑発」しているように見えます。挑発のし合いの先の未来がどうなるのか私には分かりませんが、武力攻撃や戦争に発展するリスクは減らすようにしてほしいですし、時間がかかったとしても、水面下でも、対話の道を探ることを諦めないでほしいです。

アメリカでも「テロとの戦い」を打ち出すと大統領の支持率が上がるそうですし、衆議院を解散すると言い出した安倍首相もそのために国連演説で北朝鮮の金委員長を「確信的な破壊者」(「かくしんてきな」が「確信的な」と「革新的な」では意味が大分違ってくるように思いますが、安倍首相が演説で使っていたのは「確信的な」でしょうか)と呼ぶなどしていたのかもしれませんが、日本の首相とは思えないような残念な演説に、一体何なのだろうと、少しうんざりとした気持ちになりました。(拉致被害者となっている方は800人以上いるとも言われていますが、政府が認定しているのは、横田めぐみさん以外にあと16人いるそうです。でも、小泉純一郎元総理大臣が訪朝し、首脳会談をして、2002年に5人の方が帰国して以降は、一人も帰国していません。)

ともかく、「総書記 遺(のこ)された声 日中国交 45年目の秘史」は、約50分の番組でしたが、とても良い特集でした。山崎豊子さんの家に遺されていたテープの音声は、先日のTBS局内に遺されていた作家の三島由紀夫の音声テープのように、NHKが調べた資料や証言の言葉などとともに、本にしたほうが良いのではないかなと思いました。

日曜日の夜10時から放送されていたNHKのBS1の「BS1スペシャル」の「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」は、1973年の雑誌「宝石」に寄稿されていた佐藤栄作元首相の日中国交正常化へ向けた対中外交の「密使」を務めていた江鬮(ぐち)眞比古(眞彦、章)さんという方の記事と、佐藤栄作元首相の元秘書官で日中国交正常化担当秘書官だった西垣昭さんの証言を中心に、田中角栄元総理大臣の栄誉として取り上げられることの多い日中国交正常化の実現(1972年の9月29日の日中共同声明の締結)に関して、田中角栄元首相の前の佐藤栄作首相も、日中戦争時下の昭和14年の中国大陸で外務省の役人として働いていた江ぐちさんを公邸に呼び寄せ、周恩来首相と交渉するための密使として香港へ送り、佐藤栄作首相の個人的な「親書」を携えた江ぐちさんが周恩来主席の側近の葉剣英さんや廖(ビョウ)承志さんにつながる複数の人物と会うなどして日中国交正常化へ向けた外交努力を水面下で行っていた、ということを伝える特集でした。

前編と後編に分かれた約2時間のドキュメンタリー番組でした。この番組を何気なく見ていると、田中角栄元首相が佐藤栄作元首相の水面下で行っていた交渉の土台に乗って周恩来元首相との日中国交正常化交渉を成し遂げたかのように思えてしまうかもしれません。しかし、アメリカとの密約を伴う沖縄返還交渉も同時期に行っていた佐藤栄作首相は、番組の解説によると、1971年の7月にニクソン政権のキッシンジャー国務長官が極秘に中国を訪問したことを知って慌てて9月に江ぐちさんを公邸に呼んで密使として香港へ送ったということなので、佐藤栄作元首相の周恩来さんへの極秘交渉と、日中米ソ平和同盟の考え方から中国訪問を実行した石橋湛山元首相の流れにいた田中角栄元首相の極秘交渉とは、別のものであり、台湾(中華民国)を中国の一部と考えながら日本やアメリカとの国交正常化を求めていた中華人民共和国側は、自民党の佐藤栄作さんの政権が続く場合にも、その後継者(福田赳夫さん)の政権ができる場合にも、あるいはそのライバルの田中角栄さんが首相になる場合にも、国交正常化を果たすことができるように、日本側との複数の交渉ルートを確保していたということなのではないかなと思いました。

佐藤栄作元首相が始めた中国との交渉は、1972年の5月に終わっていたようなので、その期間は1年にもなっていなかったのですが、もしも自分の内閣の間に日中国交正常化を果たしたいと思っていたのなら、もっと堂々と初めから、香港を経由せずに?直接(石橋湛山元首相や田中角栄元首相がそうしていたように)、自身が直接訪問するか、首相の使者として有力な役人の方や議員の方を中国の周恩来さんの側近の方に会ってもらうかしたほうが良かったのではないかなとも思いました。番組を見た印象では、ということなのですが、佐藤栄作首相は、アメリカが中国との国交正常化にいち早く動き出したのを知って慌てて(しかもなぜか極秘裏の内に遠回りに)動き出していたようでした。

私は歴史にも政治にも全く詳しくないのですが、この番組(「日中“密使外交”の全貌~佐藤栄作の極秘交渉~」)を見ていて、その頃にはアメリカも日本も中国も、そこには様々な理由があるとしても、共に“国交正常化”を望んでいたのだなということは、よく分かったような気がします。
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