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「未解決事件」の「File07 警察庁長官狙撃事件」

NHKの「NHKスペシャル」の「未解決事件」の「File07 警察庁長官狙撃事件」を見ました。

「未解決事件」の第7弾が放送されると知り、私も見るのを楽しみにしていました。9月2日と8日の放送時間には見ることができなかったので録画をしておいたのですが、それをようやく見ることができました。

今回の「未解決事件」は、1995年(平成7年)の3月20日に発生したオウム真理教による「地下鉄サリン事件」の10日後の30日に発生した「警察庁長官狙撃事件」のドキュメンタリーと、実録ドラマ「容疑者Nと刑事の15年」で構成されていました(ドキュメンタリーは約50分、ドラマは約90分の番組でした)。

ただ、私は「地下鉄サリン事件」を知っていても、その10日後に発生したという「警察庁長官狙撃事件」のことをよく知りませんでした。当時大々的に報道されていたのだろうと思うのですが、恐るべき事件として私の記憶に残っていたのは「松本サリン事件」や「地下鉄サリン事件」のほうでした。時々放送されていたこの事件の特集も、ちゃんと見たことがなかったのだと思います。

番組によると、「警察庁長官狙撃事件」とは、小雨の降る1995年の3月30日の朝8時過ぎ、東京都荒川区の南千住のアクロシティというマンションの玄関を出た國松孝次警察庁長官(当時)が秘書の差す傘の下に入って二人で公用車に向かって歩いていた時、約20.9m離れた場所に立っていた謎の男性に狙撃されるという殺人未遂事件(暗殺未遂事件)のことでした。事件現場の狙撃ポイントには朝鮮人民軍のバッジと韓国の10ウォン硬貨が落ちていたそうです。腹部や背部や大腿部に計3発の銃弾を受けた國松長官は、瀕死の重傷を負ったものの、2か月後には公務に復帰したそうです。

犯人の撃った銃弾は、全4発で、最後の4発目は國松長官を助けようと駆け付けた人々を威嚇するように撃ったもので、國松長官を庇った秘書には少しも当たらなかったようでした。

國松長官の手術を行った邉見医師は、水道の蛇口のように血液が噴出していたと話していました。遺留弾を見た科学警察研究所の円山元技官は、強い殺意を感じたそうです。犯人の使用した拳銃は、アメリカ製のコルトパイソンで、銃身は8インチという少し大きめの拳銃だったそうです。國松長官を撃った弾は、ホローポイント弾という、対象にぶつかると先端がマッシュルーム状に広がり、撃たれた人の身体をえぐるように傷つけながら貫通するというとても殺傷能力の高い弾だということでした。その弾は人間には使ってはいけないということになっていて、ハーグ国際条約でも戦争に使ってはいけないと定められているのだそうです。

事件当時、警察が真っ先に疑ったのは10日前に「地下鉄サリン事件」を起こしたばかりの、反社会と反国家の精神で警察やマスコミを敵に回すことを宣言していたオウム真理教の信者でした。今回の取材の中で、NHKは2000ページの警察の捜査資料を入手したそうなのですが、撃たれた國松長官は、その時手にオウム真理教のビラを掴んでいたことが分かったそうです。オウムの信者が作った「警察やマスコミによるオウムに対する宗教弾圧」ということを訴えるビラが、マンションのポストに入っていたのだそうです。

國松長官狙撃事件の初動捜査を指揮していたという警視庁の井上幸彦元警視総監は、刑事部ではなく主に公安部が捜査を担っていたことについて、刑事部は地下鉄サリン事件で手一杯だった、事件はオウムがやったものだと思ったから組織的に対応できる公安部がいいと思ったということを取材に応えて話していました。

オウム真理教の信者だったK巡査長という警察官が、半年間の軟禁状態での尋問の末、國松長官狙撃事件は自分がやったもので、犯行に使った拳銃は神田川に捨てたと言ったそうです。

上層部のオウム犯行説に疑問を持っていたという公安部の元捜査員は、私が撃ったって言っちゃったから弱いところがあるんですよね、とK巡査長が言ったことを憶えていました。1996年10月、神田川を捜索しても拳銃は見つからず、警察はK巡査長の証言の裏付けを取ることはできなかったそうです。井上元警視総監は、オウム真理教の犯行だという見立てを軌道修正できなかったことについて、それはみんなが一生懸命やっているわけだから途中でブレーキをかけるなんてできませんよね、と話していました。

警察上層部や公安部がオウム真理教による犯行として捜査をする一方で、刑事部では「中村泰」という現金輸送車を襲撃して逮捕されていた人物を國松長官狙撃事件の犯人として浮上させていました。中村泰の「泰」は「やすし」ではなく「ひろし」と読むようでした。三重県の名張市のアジトから押収された4000点の証拠品の中には、60を超える偽名の免許証やパスポート、自分の証明写真、盗難車の127個の鍵、防弾チョッキやガスマスク、背を高く見せるためのシークレットブーツ、國松長官の自宅までを記した地図などがあったそうです。フロッピーディスクには、1995年3月30日の狙撃事件を表しているかのような詩が残されていたそうです。「墨田の河畔春浅く」で始まる詩が紹介されていました。

捜査一課の横内昭光元管理官は、名張のアジトを訪れていたのですが、その家は今も同じ場所にあるようでした。横内管理官は、メモの情報から貸金庫(新宿安田生命ビル貸金庫)に預けられていた拳銃や実弾を押収したそうなのですが、犯行に使われたとされるコルトパイソンやホローポイント弾は見つからなかったそうです。しかし、オウムより中村のほうが犯人性があると、中村泰が真犯人なのではないかという心証を持ったということでした。

現在88歳の中村泰受刑者は、1930年(昭和5年)に生まれ、満州で幼少期を過ごしたそうなのですが、貧困に苦しみ、戦争に突き進む国家を嫌悪していたのだそうです。1949年(昭和24年)に東京大学に入学した後、学生運動にのめり込み、革命を志して退学したということでした。そして、革命資金を集めるために金庫破りを行っていた26歳の中村泰は、1956年(昭和31年)、職務質問に現れた当時22歳の山川巡査を、胸部に2発、こめかみに1発撃って射殺し、殺人犯として逮捕されたのでした。山川さんの妹のゆり子さんは、3発目は許せないと言い、弟の清さんは、手っ取り早く武力で社会を変えるなんて自分勝手だと話していました。

山川巡査を殺した中村泰は、千葉刑務所に19年間服役したそうなのですが、その獄中で革命家のチェ・ゲバラに憧れるようになり、武装組織の結成も考えるようになったそうです。さらに、その獄中で出会った、河野一郎大臣の自宅に放火して逮捕された民族派の論客の野村秋介という人物にも心酔していったそうです。番組では、野村秋介と中村泰を知るという人物を取材していたのですが(その方の部屋には「風の会」というポスターや日の丸の旗が飾られていました)、中村泰は野村秋介の知名度を利用して武装組織を作ろうとしていたが、お金は持っていても人が集まらなかったということでした。野村秋介は「冗談じゃないよ」と言っていたそうです。

中村泰から届いたNHKへの手紙には、國松長官を狙撃するという警察へのテロ事件を起こした理由については、オウム真理教を壊滅するためにオウムに見せかけて警察トップを殺害し、警察を奮起させようとしたという趣旨のことが書かれているそうです。中村泰の警察への敵愾心や憎しみについて、中村受刑者の弟の方は、警察庁長官を射殺しようと思っているということを会うたびに言っていたと話していました。

刑事部は中村泰受刑者を調べていたのですが、公安部のオウム真理教犯行説を取る警察内では、中村泰犯行説は重視されなかったそうです。しかし、逮捕されたオウム真理教の被告たち(今年の2018年の7月に死刑囚となっていた全員が法務大臣の命令によって一気に処刑されました)は、「地下鉄サリン事件」など、起訴された事件への関与を認める中でも、この「警察庁長官狙撃事件」だけは否定し続けていました。それでも公安部は、オウム説を主張し続けていました。2004年7月、公安は、K巡査長や信者たち4人を國松長官狙撃事件の犯人として逮捕したそうなのですが(K巡査長のコートの残渣反応を証拠としたそうです)、その後、4人は証拠不十分で不起訴となって釈放されたそうです。

東京地検の丸尾元公安部長は、こんな突拍子もない事件をオウム以外の奴がやるかな、と思っていたそうです。しかし、信者の犯行とするには不自然な点が多く、公安の捜査員がよく訪ねてきたという狙撃犯の男性を目撃した桑山東彦さんの目撃証言は、2001年の捜査報告書や2004年の捜査報告書では捏造されていたようでした。桑山さんの証言は、オウム真理教説を取る警察に勝手に都合よく変えられ、利用されていたのでした。

銃の専門家の方は、まさにプロの犯行でオウムではない、オウムの中にこれほどの技術のある人はいない、とにかく射撃の腕も精神状態もピカイチだったと話していたのですが、しかし、当時の警察の調査報告書には、プロとは考えにくい、素人くさい感じだという風に書かれていました。丸尾元公安部長は、結局裏が取れなかったと話していました。

公安の捜査が行き詰まった2008年、刑事部に中村の特別捜査班が作られたそうです。公安部の捜査員も加わった10人ほどの班でした。中村泰を真犯人と疑う原雄一警部補は、班長として、200日を超える中村泰の取り調べを行っていたそうです。

原さんは、証拠や証言を積み重ねていけば捜査全体がこちらにシフトしてくるはずだと信じて、地道に捜査を行っていたそうです。

4度に渡って犯行現場(アクロシティ)の下見を行っていたという中村泰の供述内容は、長官公用車の運転記録とも一致し、犯行後に新宿の貸金庫に到着した時間とも一致していたそうです。狙撃された國松長官を身を挺して庇った田盛正幸秘書室長が日記に書き残していた、事件の7日前に見かけたという「田舎のおじさん風の怪しい男」の記憶とも一致しているようでした。自分が見たのは中村だったかもしれないと、後に田盛秘書は話していたそうです。

多くの証拠や証言は中村泰の犯行を示していました。しかし、オウム真理教の信者による犯行と考える公安部や警察上層部は、犯行に使われたコルトパイソンと共犯者が見つかっていないということを気にして、中村泰の逮捕に踏み切ることができませんでした。中村泰は、コルトパイソンは伊豆大島行きの船の上から海に捨てたと供述しているそうです。特命班の原さんたちは、墓村の逮捕を求めたものの、上層部に却下されたのだそうです。

元捜査員の方は、捜査本部としてはもうこのまま時効まで(未解決で)突っ走るといった方針が定められていたのではないか、オウム以外の犯人であっては困るというような感じを受けました、日本の警察は優秀だと言われているのに笑い者だと思う、本当に怒りと虚しさがこみ上げてきましたと話していました。

東京地検特捜部は、密かに中村泰の聴取を行っていたそうなのですが、しかし、立件を見送ったそうです。警察関係者の方によると、中村の供述は具体的であり、裏付けの取れたものもあった、しかし動機は不明瞭で、実行犯の目撃情報とも特徴が違った、中村は愉快犯かもしれず、仮に立件した後に供述が翻されれば裁判を維持することはできないということでした。確かに、そうかもしれません。

そして、2010年(平成22年)の3月30日、警察庁長官狙撃事件は公訴時効を迎えました。警視庁公安部の青木五郎公安部長は、犯人を特定していないにもかかわらず、事件をオウム真理教による組織的なテロと断定し、記者会見を開いて異例の発表を行いました。警察はオウム真理教の後継の宗教団体のアレフに名誉棄損で訴訟を起こされ、裁判の結果賠償を命じられたそうです。

オウムの犯行であるという考えは揺らいでいないと言う警視庁公安部の元捜査員によると、中村犯行説という不確かな情報が出回る可能性があったのでそれを打ち消すためにオウムのテロと断定することが必要だったのだそうです。

事件から23年後の2018年、凶悪犯が収容されているという岐阜刑務所から届いた無期懲役囚の中村泰受刑者の手紙(2017年に届いたそうです)をもとに、取材班はアメリカのロサンゼルスへ向かったそうです。貸金庫の副社長の方は、契約が切れたので預けられていたものは処分した、先端が青色の珍しい弾丸は銃の店で合法的に処分したと話していました。中村泰が通っていたという射撃場には、今も多くの人が通っているようでした。

中村の特別捜査班の班長だった原さんは、捜査とは何かと訊かれて、中村は限りなく黒に近い男です、捜査は真実を積み重ねていくこと、取り調べは事実を話してもらうこと、事件は真実さえ導き出せば解決できます、中村を検挙できると思ってやっていた捜査員は本当に無念でしたと答えていました。

國松警察庁長官狙撃事件を捜査していた警視庁の米村敏明元警視総監という方(2001年から2003年まで公安部長、2008年から2010年まで警視総監を務めていた方だそうです)は、オウムの犯行という見方は間違っていなかった、しかし捜査はもっと客観的にやるべきだった、中村については動機が不十分で銃も見つからなかった、警察庁長官狙撃事件の捜査は完全な失敗だった、と総括していました。言っていることが矛盾しているようにも思えますが、捜査が完全な失敗だったということは認めても、オウム真理教犯行説を積極的に採用した当時の捜査方針自体が間違っていたということは今も認めたくないらしいということは分かりました。

「日本の安全神話が崩れ去ったあの時代に、警察26万人のトップが狙撃された前代未聞のテロ。オウム真理教という幻影に固執した警察は未解決へと突き進んでいった。本当に捜査は尽くされたのか。その検証が十分になされないまま、警察は新たなテロの脅威を訴えている。」という伊東敏恵アナウンサーのナレーションの言葉で、番組は終わっていました。

岐阜刑務所の88歳の中村泰受刑者は、パーキンソン病を発症し、手足の自由が利かなくなっているそうです。その中で、「未解決事件をあざ笑うかのように」、NHKに新たな手掛かりを示す手紙を送ってきたということでした。手紙には、拳銃を隠している場所が書かれているそうです。「労苦が最終的に報われることは確実です」とありました。中村泰受刑者と連絡を取っている稲垣弁護士とNHKのスタッフが今調査を行っているそうなのですが、今回の番組の中では山奥の森の土の中に何か見つかったのか、あるいは何も見つからなかったのか、取材が続いているということ以外には何も示されませんでした。


ドキュメンタリーが面白かったので、その6日後に放送されていた実録ドラマ「容疑者Nと刑事の15年」も楽しみにして見始めたのですが、ドラマもまたとても良かったです。

國村隼さんの演じる原雄一警部補の、イッセー尾形さんの演じる中村泰受刑者との「真実」を巡る熱心な戦いが、静かで硬派な雰囲気の中に誠実に描かれていたように思います。

物語は、後に中村特別捜査班に加わる森岡公安部捜査員(毎熊克哉さん)の語りで進んでいました。その他の主な登場人物は、原警部補の部下の田辺警部補(渋谷謙人さん)、結城捜査一課長(中村育二さん)、横田管理官、大阪天王寺に暮らす中村泰の協力者の石黒清、石黒の妻(中村優子さん)、中村泰の実の弟(石丸謙二郎さん)、そして、オウム真理教犯行説に固執する、元公安部長で元大阪府警本部長の柳田警視総監(小日向文世さん)です。

原さんと中村泰受刑者以外の登場人物の名前は、もしかしたらですが、実際の名前ではなかったのかもしれません。最初に牢の中の“老スナイパー”の中村泰を見て、中村にスペイン語で話しかけられた柳田府警本部長は、「なんだ、じいさんじゃないか」と笑っていました。

実録ドラマの中には、実際のNHKのニュースの映像が使われていました。その中には、有働由美子アナウンサーもいました。

イッセー尾形さんの中村受刑者が、原さんたちに1995年3月30日の雨の朝の犯行内容を詳細に供述する場面の、カメラが一台置かれた広い部屋での一人芝居のような演出も、とても良かったです。取調室で一人で原さんたちに供述を続ける中村泰と、回想の中の中村泰とが、一人芝居と再現ドラマとで重なっていました。

2008年(平成20年)8月8日のその供述調書には、中村泰の署名と拇印が残されていました。

雨、自転車、傘、帽子、マスク、眼鏡、黒いコート、ショルダーバッグ、バッジとコイン、拳銃、マンションの玄関、警察庁長官の公用車、浮浪者、喫茶店、協力者「林」の運転する白いワゴン車、山手線の車内、そのどれもが、供述調書を読んだ柳田警視総監の「ドラマみたいだな」という言葉のようにドラマチックであり、リアルのようでもありました。

柳田警視総監は、俺にこの男と心中しろというのかと、刑事部の原さんが中村泰を真犯人と考えていることを笑っていたのですが、(中村の)捜査を中止しますかと原さんが訊くと、捜査は続けろ、それは刑事の務めだろ、と答えていました。柳田警視総監は、中村泰はもう刑務所から出て来ない、それなら社会にとって大事なこと、国民にとって大事なことは、中村を再逮捕することとオウムを叩くことのどちらなのか、真実は君の自己満足のためにあるわけではないと原さんに話していました。

これはドキュメンタリーのほうでは伝えられていたなかったことなのですが、ドラマによると、中村泰は、アメリカのロサンゼルスに暮らすメキシコ移民の母子と親しくしていて、40通近くの文通をしていたそうです。刑事部の原さんたちは、中村はその親子を拳銃の密輸に利用していたのではないかと考えていました。しかし、原さんたちが会った母親のロサさんとマリアさん(マリアナさん)は、中村泰のことを「モリオ」と呼び、困っていた時に親切にしてくれたのだと、家族のように大切に思っていました。

帰国した原さんは、自分が警察庁長官狙撃事件の犯人であることを警察上層部に認めさせたい中村に、共犯者の「林」を隠し続ける限り公安はそこを突いてくると言いました。すると、中村は、「また公安ですか?私たちは一体誰と戦っているんでしょう」とうんざりとしたように言い、一つ提案があります、と言った中村は、これは最後の手段として取っておいたものなのだが、私が長官を狙撃したのはオウムの依頼だったということにしてはどうでしょう、そういう戯言を言う人が公安にいると記者から聞いたことがある、私は拒否しますがあなたがその見立てを上に持って行けば必ず食いつきますよ、私は狙撃作戦をオウムに横取りされずに済む、あなたは真犯人を捕まえることができる、公安は面子を保つことができる、みんなハッピーだ、と笑いました。

「これは悪魔の取引でしょうか。しかし、世の中、10のうち10が真実だなんてあり得ない。9つの真実に一つの嘘が混じって何がおかしい?」と中村泰は原さんに言いました。時効まで半年となり、森岡さんたちは中村の共犯者を捜し続けていました。しかし、事件発生時から6人目の捜査一課長は、ある日、中村の捜査を打ち切りにしたそうです。

柳田警視総監の乗るエレベータに同乗した原さんは、「確認だけどね、彼はオウムから指示を受けた事実はないだろうね?」と柳田警視総監に尋ねられました。原さんは「ありません。」と答えました。原さんは、中村泰の悪魔の取引的提案を拒否したのでした。

無期懲役囚の中村泰は、凶悪犯が送られるという岐阜刑務所へ移送されました。そして事件から15年後経った2010年3月30日、公訴時効を迎え、警視庁はオウム真理教によるテロと断定しました。記者会見で青木五郎公安部長は、「捜査結果から信者グループが教祖の意思のもと組織的計画的に敢行したテロであった」と述べていました。原さんが班長を務めていた中村特捜班は、解散となりました。

春の雨の日、岐阜刑務所の中村泰は、もし裁判であなたの存在が公になれば国民はどう思うでしょうねと言う原さんに、それはマスコミ諸君に任せておきましょう、彼らは意味付けするのが大好きですから、原さんも本を書かれてはいかがですか、売れますよと言いました。そして、この事件が未解決事件として記憶に残るならそれが案外あなたの価値なのかもしれないと続けた原さんに、「あれは逆でした。9つの真実に一つの嘘が混じっていて何が悪いと言いましたが、あれは逆でした。この世に9つも本当のことなんてありはしない。9つの嘘に交じって一つの真実があれば十分ですよ。でね、原さん、あんたみすみすその一つの真実を逃したのですよ。」と言いました。原さんが顔色を変えずに「あるのですか?あなたに一つの真実が。」と訊き返すと、中村受刑者は、何か言おうとして俯いて少し笑い、「こんなところです」と退室する時に原さんに軽く一礼して去って行きました。

ドラマの最後は、ロサさんとマリアさんの留守番電話に残されたメッセージのような言葉で終わっていました。二人は、自分たちのために「モリオ」がスペイン語を勉強してくれたと信じていたようでした。そして、私たちは心の中では家族なのよと「モリオ」に伝えていました。

それから、白いワゴン車が森の中を走っていました。無期刑が確定し上告が棄却されると集められた証拠品は全て処分されるということだったのですが、原さんや森岡さんが訪れていた場所は、鉄を溶かす工場でした。車から運び出したたくさんの拳銃は、警察の立会いのもと、その工場で溶かされていました。証拠品として押収された拳銃は赤い鉄の火になりました。

ドラマの脚本と演出は黒崎博さんでした。音楽は川井憲次さんです。

原案は、原雄一さんの著書『宿命 警視庁長官狙撃事件捜査第一課元刑事の23年』でした。ドキュメンタリーのエンドクレジットの「協力」に書かれていた参考文献は、鹿島圭介さんの著書『警視庁長官を撃った男』でした。私はどちらも未読です。

ドキュメンタリーも良かったのですが、ドラマもとても面白かったです。脚本も演出も音楽も、俳優さんたちも、とても良かったです。

ドキュメンタリーで紹介されていた中村泰の写真を見た印象では、イッセー尾形さんの演じる中村泰のほうが(イッセー尾形さんが演じているからそう思えるのだろうと思いますが)実物よりも優しそうでした。今も服役中という國松長官殺害未遂の真犯人かもしれない本当の人物は、もっとスナイパーの冷酷な鋭さが表れている人なのかもしれません。

でも、これは素朴な疑問なのですが、それほど有能なスナイパーらしき真犯人は、どうして当時の警察庁長官を殺害しなかったのでしょうか。最初から頭部を狙わなかった理由は何なのでしょうか。本当に警察庁長官を殺す予定だったのでしょうか。それとも、急遽目的を、長官に重傷を負わせることに変えたのでしょうか。長官のみを撃ち、身を挺して長官を守る秘書の身体に銃弾が少しも当たらなかったという点では、真犯人は本当に有能な銃の使い手なのだろうと思うのですが、それならなおさら、本来なら最初の一撃で対象者を殺害することができたのではないかとも思うのです。

真実が何か分からないまま、得体の知れない謎の老受刑者に翻弄されているような、虚しさの残る終わり方も見事でした。

刑事部と公安部の対決を描く刑事ドラマとしても面白かったのですが、公安の思い込みによる誤った捜査と強引な結論付けが事実と考えると、やはり少し怖く思います。

私は宗教団体(新興宗教団体)自体が少し苦手なので、オウム真理教の後継の宗教団体などについても良い印象は少しもないのですが、公安警察がその団体をいつまでもテロ集団やその予備軍の集団として見張っていることには、多くの国民の安心・安全のためということ以外に、何か社会的、政治的に重要な意味があるのかもしれないなと思います。

当時捜査を指揮していた井上元警視総監の、「みんなが一生懸命やっているわけだから途中でブレーキをかけるなんてできませんよね」という言葉を聞いて、それはまさに日本的組織というか、約74年前の旧日本軍によるインパール作戦的であるようにも思いました。

犯行に使われた拳銃を海に落としたというのが本当なら、広大な海の中から警察がその拳銃を探し出すのは難しいことなのかもしれませんが、犯行動機がはっきりとしないとか、共犯者が見つからないというだけで、実行犯を逮捕できないということは、不思議なことのようにも思えました。はっきりした犯行動機というのは、警察官や検察官や弁護士や裁判官などの方々に理解できる動機という意味なのでしょうか。犯人の供述内容について「意味不明なことを言っている」という風に漠然と報道されていることがありますが、意味不明な言葉を言っているのかどうかはその言葉を聞いてみないと分からないのですし、その人が実際に何を言っていたのかをそのまま報道で伝えたほうが誠実であるような気がします。

警察が逃している(見逃している)真犯人は、意外と多いのかもしれません。最近の報道によると、また逮捕された犯人が警察官たちの間から逃走したようなのですが(昨夜には大阪府警察の富田林署から逃走した凶悪事件の容疑者が山口県の道の駅での窃盗で逮捕されたというニュース速報がありましたが、大阪府警の方々はほっとしたでしょうか)、テレビ朝日の「テレメンタリー2018」というドキュメンタリー番組の「崩れたシナリオ~検証・今市事件~」で伝えられていたように、今市事件の真犯人も、もしかしたら、別にいるのかもしれません。何の事情があって裁判官や警察官が事実を捏造するのかは分かりませんが、もしも本当なら、凶悪事件の真犯人が今も平然と街中を歩いているかもしれないことと同じように、怖いことだと思います。

NHKの「未解決事件」のシリーズでは、昔の過激な右翼活動や過激な左翼活動の実情を知る右翼の大物の方?に取材をしているところもすごいなと思うのですが(右翼の大物の方は保守の偽物のように見える安倍政権をそれでも支持しているものなのでしょうか、少し気になります)、今回の「File07 警察庁長官狙撃事件」に関しては、自分が真犯人であると主張する服役中の受刑者が自分の関わった事件を「未解決事件」で扱ってほしいとNHKに手紙を送ってきたというのも、何かすごいことだなと思いました。受刑者の方たちも、刑務所の中のテレビでNHKの「未解決事件」などを興味深く見ているのかなと思いました。中村受刑者も、自身のことが扱われた今回の「未解決事件」の第7作目を見ることができたのでしょうか。

あと、私は、この番組のテーマ曲(川井憲次さん作曲)のおおたか静流さんの「ラビリンス」が好きです。不穏な雰囲気なのですが、番組に合っていて、とても良いです。良い曲だなと、この番組を見る度に思います。この音楽を聴くために「未解決事件」を見ているのかもしれないと思うほどです。

また長く書いてしまいましたが、今までよく知らないままだった「警察庁長官狙撃事件」のことを少し知ることができて良かったです。銃撃された國松元警察庁長官は、81歳の今もご存命だそうです。私には直接知ることのできないような情報が多いのですが、今回の「未解決事件」もよく出来ていたように思います。未解決事件は日本だけではなく世界各国にあるのだろうと思いますが、未解決事件となっている多くの事件の中には、いつかちゃんと解決する日が来る事件もあるのでしょうか。私に分からない薄暗いような世界を「闇」という言葉で安易に表現してはいけないのかもしれませんが、世の中には何か得体の知れない深い闇が人知れず存在するということを、改めて思います。


ところで、沖縄や奄美のほうで台風24号の被害が出ていた昨日のTBSの「報道特集」の前半は、30日に投開票が行われる沖縄県知事選挙の特集で、後半は「ダッカ日本航空機ハイジャック事件」の特集でした。

「ダッカ日航機ハイジャック事件」は、41年前の1977年(昭和52年)の9月28日に、日本赤軍という日本の過激な左翼組織が起こした事件だそうです。昨日の「報道特集」の後半では、キャスターの金平茂紀さんが、その「ダッカ日航機ハイジャック事件」を起こした犯人グループの一員だったという浴田由紀子さんという方や、人質にされたアメリカの被害者の方々を取材していました。約20年間刑務所に服役し、今年の3月に出所したばかりという60歳代の浴田さんは、金平さんと話す中で、武力で社会を変えようとした自分たちのやり方は間違っていたと話していました。

その事件で人質となり、気分の悪くなった高齢者に水を渡して犯人に激怒されたというアメリカの俳優の女性(事件の時には妊娠8週目だったそうなのですが、流産してしまったそうです)と、機内からアメリカ政府に連絡して日本政府と連携して事件を解決してほしいと頼んだという男性にも、金平さんはそれぞれ話を聞きに行っていたのですが、お二人とも、福田赳夫内閣総理大臣が「人の命は地球より重い」と言って、国内外から批判されつつも“テロリスト”の要求を受け入れることを決めて、人質の解放を最優先にした当時の日本政府の対応を、正しいことだったと感謝していました。「テロに屈しない」と人質にされた人の国の政府が強硬姿勢を取って人質を見殺しにするやり方を否定していました。

金平さんは、約3年前の2015年(平成27年)1月の、過激派組織ISILによるシリアでの日本人の人質殺害事件(ISILの人質となったジャーナリストの後藤健二さんとミリタリーショップ経営者の湯川遥菜さんが処刑され、その際の動画が世界に公開されるという事件です)にも一瞬触れていたのですが、あのような世界的にも衝撃的だった人質殺害事件(当時、世界各国の方々がSNSで「I am Kenji」と後藤健二さんたちの解放を求めるメッセージを送っていました)を、多くの日本国民は憶えていると思いますし、今の日本の大手メディアがその事件のことをほとんど取り上げないのはどうしてなのだろうかと不思議に思います。拉致被害者の方々も早く帰国できるようにしてほしいと思うのですが、ジャーナリストの安田純平さんという方がシリアで武装勢力に拘束されているという事件は、どうなっているのでしょうか。人質の解放へ向けた交渉は進んでいるのでしょうか。

あと、私は昨夜の報道で知ったのですが、インドネシアのスラウェシ島で28日にマグニチュード7.5の地震とそれに伴う津波が発生し、都市部のパルやドンガラという町で大きな被害が出ているそうです。400人近くの方が亡くなったとも言われていますが、被害の実態はまだよく分からないそうです。28日頃の報道によると、自衛隊は日本海や東シナ海などでアメリカ軍と軍事訓練を行っているということでしたが、日本からは自衛隊が(例えばスマトラ島沖地震の時のように)インドネシアの人々の救助へ向かうのでしょうか。被害がさらに拡大しないうちに、早く一人でも多くの方が助かってほしいと思います。

「わたしは誰 我是誰 ~中国残留邦人3世の問いかけ~」

NHKのEテレの「ETV特集」の「わたしは誰 我是誰 ~中国残留邦人3世の問いかけ~」を見ました。何となく気になって録画をしておいたものです。

40年前に日中平和友好条約が締結されたことを機に中国残留邦人(中国残留孤児)の方たちの肉親捜しが本格化し、日本への帰国を望んでそれを実現することができた方たちがいるということを、私はいくつかのドキュメンタリー番組や山崎豊子さんの小説を原作とした昔のNHKのドラマ「大地の子」を見て少しは知っていたのですが、1945年(昭和20年)8月9日にソ連軍の侵攻を受けた関東軍が逃げ出した後の、日本の“傀儡国家”の満州だった中国大陸の各地で家族と離れ離れになったまま生き残った中国残留邦人1世やその子供の2世の方々が帰国した日本で苦労しているということについては何となく知ることができても、1世の方の孫や2世の方の子供だったりする3世の方々も複雑な思いで暮らしているということは、このドキュメンタリー番組を見て初めて知りました。

中国残留邦人3世の山崎哲さんは、「3世の会」を作って同世代の3世の方たち(20歳代や30歳代の方たち)と話をしていました。

3世の方たちは、国籍は日本だからその点では確かに日本人なのだけれど、生活の中心にある文化は中国の文化で、両親との会話は中国語で、しかも長い間そのような自身の姿を周囲の“日本生まれの人たち”に隠すようにして、周囲から“普通の日本人”に見えるように暮らしてきたということのようでした。しかし、最近、山崎さんたちは、自らのルーツを考えるため、中国残留邦人の1世や2世の方々に聴き取りを始めているのだそうです。

番組によると、現在の日本に中国残留邦人の1世の方は約6772人いて、2世や3世の方は約8万人いるということでした。今は外国出身の方も多く住んでいるので、あまり気にならないような気もするのですが、確かに、私が小学校の頃には、外国人の方というのはまだ珍しく、日常生活の中で(学校や塾など以外で)外国語を聴く機会もほとんどなかったような気がします。

自分のルーツを思い悩むという点では、テレビ番組などで時々伝えられている、いわゆる「ハーフ」の方の悩みというものに似ているのかもしれないとも思うのですが、日本が韓国を併合したり中国に満州国を建国したりしていた73年前の太平洋戦争(大東亜戦争)が深く関わっているという点が大きく異なっているように思えました。

番組では、主に3世の山崎さんと水野さんを取材していました。山崎さんは、中国残留邦人1世の方やその娘さんである2世の方から話を聞いていたのですが、その1世の方は満州にいた小学校1年生の頃に誘拐されて家族と離れ離れになってしまったそうです。養親から虐待され、文化大革命の時に日本人だと気付かれないように日本語を忘れようとして本当に忘れてしまったということなのですが、お姉さんに教わった折り鶴の作り方は今も憶えているそうです。その娘さんの方には小学生くらいの子供さんがいて(3世の方ということでしょうか)、山崎さんが子供の頃に母親の中国語やたどたどしい日本語を恥ずかしいと思っていたという話を聞きながら、涙を流していました。

山崎さんが会いに行った別の2世の方は、日本生まれの人たちばかりの日本の学校の中に「居場所」を見つけることができなくて“暴走族”に入り、警察に逮捕されて10年以上?服役していたという方だったのですが、今は自分と似たような境遇の人たちを支える活動を行っているのだそうです。部屋にはたくさんの本が置かれていました。その方は、ルーツについて考え続けている山崎さんに、もっと自然体でいいのではないかと話していました。

母親との昔の生活を思い出して少し泣いているようだった山崎さんのお母様がお元気でいるのかどうかは分かりませんでしたが、山崎さんは、覚悟をしたように、中国残留邦人1世である福島県出身の88歳の祖母の幹子さんから、教師をしていた父親と共に渡った満州での戦争体験の話を聴いていました。幹子さんは、日ソ不可侵条約を破って満州に侵攻してきたソ連軍の酷さを目の当たりにしていたようでした。何があったのか、幹子さんの話の全ては番組では放送されていませんでしたが、すぐに帰って来るからと泣いている弟に伝えて別れた後、父親とも母親とも弟とも、二度と会えなくなったそうです。でも、家族写真が偶然、福島県の実家に残っていたそうです。戦争は嫌だ、犬だってお父さんやお母さんと一緒にいるのにどうして、と孫に話す幹子さんの言葉が印象的でした。

水野さんは、2世の母親と父親と共に4歳の頃に日本に来て、幼稚園を卒業する頃、先生の勧めで日本名で生きることにしたそうです。水野は日本生まれの祖母の名字で、幸美さんという日本の名前も祖母が付けたものということでした。両親が中国人であるということを隠しながら、その日本の名前で小学校、中学校、高校と、普通の日本人になりたいと思いながら生活してきたそうです。修学旅行で海外へ行く時のパスポートが中国のものだったため、空港で一人だけ別のところに並ぶのが辛かったそうです。そして、その後、水野さんは、日本に帰化する(国籍を中国から日本に変更する)という道を選んだということでした。

私は知らなかったのですが、未成年が日本国籍を取得する場合はその両親のどちらかも日本国籍を取得する必要があるのだそうです。水野さんの場合は、お母様が娘のために中国国籍を諦めて日本国籍を取得したことで、帰化することができたようでした。水野さんのお母様は、中国残留邦人1世の方のお世話をするヘルパーの仕事をしていました。私たちにはこのような仕事しかないと話していたのですが、1世の方のお世話をするのは自分の親の世話をするのと同じだとも話していました。

日本の名前で日本の国籍を取得しても、水野さんの複雑な思いは解消されなかったそうなのですが、アメリカへ留学し、そこで様々なルーツを持つ人たちと出会って、“普通”になりたいと思っていた自分は初めから“普通”だったのだと気付き、少し気持ちが解放されて楽になったようでした。中国と日本の両方にルーツがあるという状態を受け入れることができた水野さんは、名字を父親の名字の王に変更することに決めました。両親は、水野さんの決めたことを尊重していました。水野さんは名字の変更届けを役所に提出し、新しい判子を作っていました。

山崎さんも、中国と日本の両方にルーツがある中国残留邦人3世であるということをより深く受け止めることができたようでした。

日本生まれの私には、中国残留邦人の1世や2世の方々の大変な思いを知ることも、日本国籍を持つ日本人である3世の方々の複雑な思いを本当に知ることもできないと思うのですが、それでも、今回の番組に出演していた山崎さんや水野さんたちを、すごいなと思いました。

日本生まれの日本人が多い日本社会は、日本生まれの日本人には特に違和感がないのかもしれませんが、そうではない日本人や外国出身の人たちにとっては、居場所がないと思えてしまうような、なかなか溶け込みにくい社会なのかもしれません。入国管理局の人権侵害の問題がマスコミでほとんど取り上げられない日本社会の、沖縄県(30日の沖縄知事選挙も気になります)の辺野古の海に新しい在日米軍基地を作ろうとしている政府への批判の少ない日本社会の、2020年に開催が予定されている東京オリンピック・パラリンピックのボランティア募集のポスターの「さあ、世界を、もてなそう」という言葉が、何か白々しく見えます。

でも、これはルーツの問題とは別の話になってしまうかもしれませんが、日本生まれの日本人でも、日本社会の中に居場所がないと思う人は意外と多いような気がします。居場所のなさの原因となる、差別や偏見や間違った思い込みも、大きく目立つものから、小さく目立たないもの、目には見えないものまで、様々にあるような気がします。

私は誰なのか、私は何者なのか、という問いは、その問いが心に浮かんだ人全てにとって重要な問いでもあるような気がします。すぐには答えが出ないかもしれませんが、問い続けることに意味があるのかもしれないとも思います。

この「ETV特集」の「わたしは誰 我是誰~中国残留邦人3世の問いかけ~」を見るまで、私は中国残留邦人の3世の方々が自分のルーツについて苦悩しているということを知らなかったので、この特集を見ることができて、少しでも知ることができて良かったです。

日本に暮らす中国出身の方や韓国出身の方や北朝鮮出身の方だけではなく、戦前にアメリカやブラジルへ渡った日本人や日系人の方のことも、1世、2世、3世などと世代ごとに数字を付けられて呼ばれているように思いますが、その方たちの家族は今後も4世、5世と、順番に呼ばれていくのでしょうか。それは、その方たちにとっては、良いことなのでしょうか、それとも、あまり良くないことなのでしょうか。これは、素朴な疑問です。どちらにしても、これからは、3世や4世や5世の方が自分のルーツのことに悩まなくても済むような、誰もが穏やかな気持ちで自分の人生を生きることのできるような、暮らしやすい日本になっていくといいなと思いました。

「ザ・ブラックカンパニー」最終回

フジテレビの深夜の「ブレイクマンデー24」枠の新ドラマ「ザ・ブラックカンパニー」の最終話(第6話)を見ました。

ハンバーガーショップチェーン「ヤンキーバ―ガー」の国町店の店長の大溝末男(尾上寛之さん)の過労死認定を巡る大溝店長の母親(高橋ひとみさん)が起こした裁判で自社の「ブラック企業」の実態を証言した如月雅也(岡山天音さん)は、再び一緒に働きたいと現店長の水野剛太(工藤阿須加さん)の国町店を訪ね、水野さんもそれを受け入れました。

如月さんの過労死した兄のためにブラック企業を潰そうとしていたインターネット動画配信で人気の倉田隆一(村上虹郎さん)が考えたブラック企業であることを逆手に取ったブラックチキンは評判になり、消えた客足は戻りつつありました。テレビの取材を受けた水野さんは、ブラックチキンについて訊かれると、如月さんに交代し、如月さんはテレビのリポーターが大丈夫なのかと心配するほどヤンキーバーガーがブラック企業であるということを繰り返しました。

如月さんは、社長の尾関克也(速水もこみちさん)や猪瀬武雄(深水元基さん)よりも柳沢弁護士(久ヶ沢徹さん)に過労死のもみ消しを依頼している菊川玲子(MEGUMIさん)に権力があると考えていました。菊川さんは、ヤンキーバーガーの社員ではなく、ヤンキーバーガーに投資をしている会社の社員でした。

尾関社長と猪瀬さんと柳沢弁護士と菊川さんを国町店に呼び出した水野さんと如月さんは、企業には従業員の健康を守る義務があると、大溝店長のノートを尾関社長に見せました。テレビで国町店の取材を見てから動揺していたようだった尾関社長は、過労死した大溝店長のノートを読み、水野さんや如月さんなどの従業員たちがヤンキーバーガーを愛していることを深く理解し、おいしいハンバーガーを提供してお客さんたちの喜ぶ顔が見たいという、猪瀬さんと共にヤンキーバーガーを始めた頃の初心を取り戻しました。国町店の前に集まってきていたヤンキーバーガーを愛するお客さんたちにも直接謝罪し、過労死の事実を認めて、大溝店長の母親とも和解したということでした。

水野さんは、ブラック企業からの脱却を決めたヤンキーバーガーの新商品として、辛い味のブラックチキンの他に、甘い味のハッピーチキンも発売することにし、そのアイデアを聞いた尾関社長から、この業界に向いていると褒められていました。黒い服を着ていた菊川さんは、ヤンキーバーガーを辞めたのでしょうか。尾関社長と猪瀬さんは、バイトリーダーの伊藤碧(保紫萌香さん)の指導の下、“アルバイト”からやり直していました。

第1話の冒頭で水野さんは何かの賞を受賞していたのですが、最終回の最後に水野さんが大きな会場でもらっていたのは、「第8回 ブラックカンパニーアワード」でした。ブラック企業として有名になったヤンキーバーガーを代表して、水野さんが授賞式で挨拶をしていました。

脚本は阿久津朋子さん、演出は水田成英さんでした。ドラマの原作は、江上剛さんの小説「ザ・ブラックカンパニー」です。

深夜のドラマなので、録画をして見ていました。毎回の感想を書くことはできなかったのですが、意外と面白かったです。

ドラマも良かったと思うのですが、最後の授賞式での水野店長の、日本の「働き方」の問題を総括したような演説も良かったです。

かつて新人だったはずの企業の幹部の方々の考え方が時代に合わせたものに変わらなければ、その下の立場の人々の働き方は変わらないし、「ブラック」の体質も改善されないのだろうと思います。

このドラマのようには上手く行かないかもしれませんが、「ブラック」かもしれない自分の会社の幹部を変えることができるのは、自分の会社を愛する従業員なのかもしれないなとも思いました。投資家を大切にすることも大事なことかもしれないとは思いますが、お客さんのことも従業員のことも大切に思う会社であってほしいと思います。

ドラマでは「ブラックカンパニーアワード」でしたが、「ブラック企業大賞」というのは、実際にもあるそうです。私はよく知らなかったのですが、2012年から始まったものだそうで、年末に授賞式が行われるそうです。今年はどの企業(組織や団体)が「ブラック企業大賞」を受賞することになるのでしょうか。

約20分の全6話のドラマでしたが、怖く思えるような描写もなかったですし、夜9時台や夜10時台に放送されるドラマであっても良かったような気がします。最後まで楽しく見ることができて良かったです。


ところで、これはこのドラマとは全く関係のないことなのですが、昨夜のTBSでは「演歌の乱~ミリオンヒットJポップで紅白歌合戦SP~」という演歌歌手の方がJポップを歌う歌番組(カラオケ番組)が放送されていました。演歌歌手の方の歌が上手くて、何気なく聴いていたのですが、楽しかったです。特に、徳永ゆうきさんの歌う、TBSのドラマ「アンナチュラル」の主題歌だった米津玄師さんの「Lemon」が良かったです。米津玄師さんの歌を好きな方は多いのだろうと思いますし、このように言ってはいけないのかもしれませんが、私としては、本家の方よりも歌声自体が聴きやすく思えました。意外と良い歌だったのだなと思いました。

昨夜の「WBS」の森友学園問題や水俣病の公式認定から50年、伊方原発再稼働のことなど

昨夜のテレビ東京の報道番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」などでは、安倍昭恵総理大臣夫人が関わっていた学校法人・森友学園の事件で財務省の公文書を改竄させられて自殺してしまった近畿財務局の方のお父様や、近畿財務局や関東財務局のOBの方に取材をしていました。

亡くなった近畿財務局の方のお父様によると、上司の命令で公文書の改竄をさせられたという苦しい思いがレポート用紙7枚か8枚の遺書の中に記されていたそうです。公文書の改竄の仕事をしていた頃には、深夜1時や2時に帰宅していたのだそうです。亡くなった息子さんは、小さい頃から曲がったことの嫌いな人で、書道が趣味の人だったそうです。書を見ると心の支えだった息子さんを思い出すそうです。お父様は、悔しいと話していました。

近畿財務局や関東財務局のOBの方々は、顔も名前も出して取材に応じていました。OBの方々は、佐川理財局長(当時)の国会での「文書はない」という答弁を聞きながら、文書がないはずがない、どうして嘘をつくのかと思っていたそうです。財務大臣が留任して処分された官房長が事務次官に出世したことに憤り、現場の職員への締め付けがますます強まることを懸念していました。政治家の関与はその方々が現職の頃にもあったそうなのですが、その頃にはできないことはできないとちゃんと断ることができたそうです。今回の公文書改竄については、政治家の関与はあっただろうとした上で、底が抜けてしまったようだと話していました。黒塗りのコピーで提出することはあっても元の文書を変えることはあり得ないとも話していました。自殺をした近畿財務局の方の同僚だったというOBの方もいました。財務省のOBの方は、公文書を改竄すれば歴史がつながらなくなってしまう、これからは公文書の改竄はなくなると思う、でもそれは公文書そのものが作られなくなるかもしれないからだと、現政権の公文書管理の手法とこれからの日本を心配していました。

現在の官公庁の職員の方々が不正を内部告発をするというは、公務員としての人生を捨てるほどの勇気が必要なのだそうです。でも、かつて勤めていたOBやOGの方々が外部告発?をするということも、勇気の要ることだろうと思います。取材を行ったテレビ東京やテレビ大阪も、今は一人で暮らしているという亡くなった近畿財務局の方のお父様も、近畿財務局や関東財務局のOGの方々も、すごいなと思いました。

立憲民主党などの野党議員たちは、今も財務省の課長などの方々から森友学園問題に関する聴取を行っているそうです。しかし、財務省は、議員の求める森友学園関連の文書の「不開示」を決めたそうで、1か月以内に情報公開をするかどうかを改めて判断することになるということでした。

昨日には、自民党の杉田水脈衆議院議員が寄稿したLGBTなどの性的少数者の方々を「生産性がない」として差別する内容の文章を掲載し、その翌月には批判を受けた杉田議員の意見を擁護する意見文やLGBTを痴漢という性犯罪と同列に扱う文章を掲載した新潮社の「新潮45」という月刊雑誌が「休刊」することになったという報道もありました。

佐藤社長(創業者の曽孫の方だそうです)のコメントの中には、誰の文章のどの部分が差別的だったという指摘もありませんでしたし、自分の会社で起きている事実を正確に把握していないのではないかと思えるようなものでした。私は45歳以上の方々を読者として作られていたという「新潮45」という雑誌を読んだことがなかったのですが、最近は書店や新聞の広告欄などで見出しを見かけると、何となく、最近変な雑誌になってきたなという風にも思っていました。

紙の本や雑誌が売れなくなっているという今の時代に(電子書籍などに慣れていない私はまだ普通に書店で時々本を買っています。新潮文庫も時々買います)、経営のために「右派」にターゲットを絞った雑誌を作るという計画が出てくること自体は分からなくもないのですが、性的少数者や障害のある人への差別を助長するような意見やその記事を掲載することは、「右派」でも「保守」というわけでもないような気がします(例えばもしも三島由紀夫が生きていたなら、果たしてこのような雑誌のこれらの意見文を擁護したでしょうか)。そして、掲載した文章のことで多数の批判を受けた「新潮45」の編集長や社長が雑誌で見解を述べるのではなく、「休刊」をすることにしたという決断を、少し残念に思いました。安倍首相に気に入られているという杉田議員はまだ会見などを行っていませんが、その差別的な意見を擁護する文章を「新潮45」に寄稿した方々は、その雑誌の「休刊」を受けて「言論弾圧だ」と言い始めるかもしれません。いつかは軌道修正をして復刊するのかもしれませんが、論壇誌であるのなら、問題が起きた時に突然「休刊」や「廃刊」にして逃げるのとは違う方法で、「言論」で対応するようにしてほしく思いました。

出版元の新潮社は、この問題の検証を行うでしょうか。今回は「新潮45」という月刊誌が話題になりましたが、書店の本棚を見ていると、あるいは新聞や雑誌などにある新刊本の紹介の広告などを見ていると、ヘイトスピーチ的な本は他にもいろいろあることが分かります。「良心に背く出版は、殺されてもせぬ事」という新潮社の創業者の佐藤義亮さんという方の言葉を改めて思います。「言論の自由」は、社会的に弱い立場にいる誰かを深く傷つけるような悪口を言う自由のことではないと思います。


ところで、今日は、水俣病(熊本県と鹿児島県、新潟県)が産業廃棄物のメチル水銀化合物による公害の病(中枢神経疾患)として国に公式に認定されてから50年の日です。厚生省が発見してから13年経っていたそうです。

今年の2月には、水俣病について考え続けていた作家の石牟礼道子さんが亡くなりました。水俣病の公式確認から62年の日の5月1日の慰霊式典の後、原因企業(加害企業)のチッソの現在の後藤舜吉社長は、「私としては救済は終わっている」と述べたということが報道されていましたが、チッソや政府が被害者への責任と向き合い被害者の苦しみを理解して救済する道のりはまだ遠いように思えました。

新潟水俣病の原因企業は昭和電工ですが、その会社の現在の社長は、水俣病の被害者の救済をどのように考えているのでしょうか。私が見逃しているだけなのかもしれませんが、新潟水俣病(第二水俣病)のことはあまり報道されていないような気がします。

あと、日本原子力規制委員会が茨城県東海村の東海第2原子力発電所を新基準に適合しているから再稼働できると判断したとか、広島高等裁判所が愛媛県伊方町の伊方原子力発電所の再稼働を認める判決を下したという報道を聞いて、また残念に思いました。

2011年の3月の東日本大震災の時の東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故やメルトダウン事故によって原発の「安全神話」は完全に崩壊したのに、まだ政府が危険な原発を(一度大事故を起こしたらその周辺地域はしばらく放射性物質に汚染されたままになってしまいますし、廃炉にするのも大変時間がかかります)使い続けようとしているということを奇妙に思います。核を扱う原発は、同じ発電所でも火力発電所などとはかなり違うように思います。自然災害の原発への影響について、近隣の火山が大噴火するかどうか分からない、大地震や大津波に襲われるかどうか分からないと言うのなら、原発は、動かすよりも止めるようにしたほうが良いのではないかと思います。

「あまんじゃく 元外科医の殺し屋が医療の闇に挑む!」

テレビ東京の開局55周年特別企画のドラマスペシャル「あまんじゃく 元外科医の殺し屋が医療の闇に挑む!」を見ました。

弁護士の横倉義實(橋爪功さん)からの仕事の依頼を受けた元外科医の殺し屋の折壁嵩男(唐沢寿明さん)が法で裁けない悪人たちを医学の知識を活かして闇へ葬り去っていくという物語でした。

脚本は泉澤陽子さん、監督は木村ひさしさんでした。ドラマの原作は、藤村いずみさんの小説『あまんじゃく』だそうです。私は未読です。

殺し屋が外科医というのは怖いなと思っていたのですが、ドラマ自体は、怖い作風のドラマではなかったように思います。物語は、母親(鈴木杏樹さん)の再婚相手の法医学者・浦野玲哉(岡田浩暉さん)を半殺しにして弟を殺した理由を聞き出してほしいという中学生の浦野美鈴(桜田ひよりさん)からの依頼を雨の夜に引き受けるところから始まっていたのですが、その法医学者以外にも折壁さんが依頼を受けて殺害していたのは、お金次第で診断結果を捏造する法医学者やゴルフへ行くために妊婦に出産を早める薬を投与して殺害する産科医や手術ミスを隠すために助手を殺害する執刀医などの悪い医者たちでした。

その点では、現代劇版の“必殺仕事人”のような印象でした。ただ、折壁さんの殺害方法は、外科医ではなくてもできそうというか、特に「外科」にはこだわっていないようでもありました。

夜9時からの約2時間のドラマだったのですが、夜10時半頃からの臓器売買や人身売買の話が中心の話だったような気がします。

メディアにも頻繁に取り上げられ、世間では天使のようだと評判の良い花井環(伊藤蘭さん)が運営する児童養護施設で子供たちの健康診断を担当していた、折壁さんの元交際相手の内科医の梶睦子(木村多江さん)は、勤務先の病院で心臓移植を希望する「ボンベイブラッド」という珍しい血液型の少年のカルテを見つけ、施設にいた「ボンベイブラッド」の少年がある日里子に出されたことを知り、環さんの児童養護施設で臓器移植のための人身売買が行われているのではないかと疑うようになりました。

一人息子を「タイガーアイ」を名乗る人物に人質に取られてしまった睦子さんは、命令に従って殺し屋になっていた折壁さんを隠し持っていた拳銃で殺そうとするのですが、睦子さんが殺し切れなかった折壁さんの命を睦子さんのジャーナリストの夫(神尾佑さん)も狙っていました。

折壁さんと睦子さんに国際的な人身売買組織の「タイガーアイ」について追及された環さんは、施設の地下室に二人を案内しながら、子供は良い商品だ、クジラと同じで捨てるところがないと人身売買の事実を認めました。ブラジルの貧民街で育ち、努力して成り上がったという環さんは、世の中はお金が全てであり貧しい者は人間ではない、この世に愛があるのならなぜあの時私は誰からも助けられなかったのかと、折壁さんと睦子さんに銃口を向けました。二人を助けに来た横倉さんは環さんに撃たれて怪我をしました。

ドラマの物語そのものが面白かったというのとは少し違うかもしれないのですが、伊藤蘭さんや木村多江さんのアクションシーンは意外と良かったと思います。私が知らないだけなのかもしれませんが、伊藤蘭さんが悪役を演じていたり、木村多江さんが格闘技で闘ったりするのは珍しいような気がしました。

現在の場面が突然過去(折壁さんの記憶)の場面に切り替わるなど、構成に少し戸惑うところもありましたし、環さんが呼んだ部下たちが外科医に扮装した殺し屋?だったところなど、ところどころコントかのようにも見えてしまう場面もありました。

すごく悪いということではないのですが、何というか、殺し屋が暗躍するサスペンスとしては、一つ一つの殺し屋としての物語が散漫としていて、エンターテインメント性を重視するあまりに?細部の作りが雑になっていたドラマだったようにも思えました。

患者に隠されている医療業界の悪事、臓器移植のための人身売買という社会性のある不穏なテーマを扱うドラマとして、もう少し重厚な作りのドラマになっていたほうが良かったのではないかなとも思いました。

睦子さんと結婚したジャーナリストの夫は、環さんの施設の出身者だったのかもしれません。自ら施設を爆破し、そのどさくさに紛れて警察官たちから逃げた環さんは、空港のカフェにいたところを「悪性のガンを切除する」ために現れた折壁さんに素早く殺されました。私にはよく分からなかったのですが、折壁さんは環さんの頭部に何か細工をしたようです。撃たれた折壁さんや横倉さんの怪我は、いつ治ったのでしょうか。

「あまんじゃく」は、「あまのじゃく(天邪鬼)」のことだそうです。このドラマを見るまで、「あまんじゃく」という言葉を私は聞いたことがありませんでした。方言でしょうか。睦子さんは、雨が好きな折壁さんを、「雨が好きな変わり者」だと言い、「あまんじゃく」と呼んでいたようでした。「天邪鬼」は、「天の邪魔をする鬼」ということだそうで、国語辞典には「わざと他人の言うことやすることに逆らう人」などの意味が書かれていますが、私には何となく「素直じゃない人」というような印象があります。雨や雨の風景を好きな人は意外と多いのではないかなと思うのですが、最近の各地の豪雨災害を思うと、雨が好きと簡単には言えないような気もしてきます。

「雨が好きな変わり者」の折壁さんを好きなままジャーナリストと結婚していた睦子さんは、一人息子を「優雨」と名付けていたようでした。環さんの児童養護施設の地下室に閉じ込められていた優雨さんや美鈴さんなどの施設の子供たちは、事件の後PTSD(心的外傷後ストレス障害)になっていないのでしょうか。そのようなところも少し気になりました。
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Author:カンナ
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