「長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~」

昨夜、フジテレビ開局55周年記念特別番組「長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~」を見ました。

「サザエさん」のアニメは今年の10月に放送45周年を迎え、それを記念した「サザエさんウィーク」の一環として夜の9時から放送された、2時間と少しのドラマです。

私の家のテレビには直前までテレビ朝日の「開局55周年記念」の「ミュージックステーション プレミアムライブスペシャル」をつけていたのですが、ドラマの始まる9時頃に嵐のライブの放送が始まるということになり、そのまま嵐を見ることにしたため、ドラマの最初の15分ほどは放送時間に見ることができず、録画をしておいたのを後で見るという見方をしてしまいました。

そのように途中から見始めてしまったドラマなのですが、14歳の頃の長谷川町子(尾野真千子さん)が、町子さんを弟子にした漫画家の田河水泡(三浦友和さん)に度々呼ばれてお菓子の材料?を混ぜたり、赤と黒のオセロで遊んだりする場面(私が見始めたのはこの辺りからでした)の構成が漫画のようで面白く、すぐにドラマの世界に惹き込まれて、最後まで見ることができました。とても面白かったです。

長谷川町子さんと『のらくろ』の田河水泡先生の他のドラマの主な登場人物は、町子さんが福岡の女学校へ上がってすぐに亡くなってしまったというおしゃれで家族思いで動物好きの父親の勇吉(イッセー尾形さん)、行動が早く、勇吉さんが亡くなって一年間は泣き暮らしていたそうなのですが、突然東京へ行くと言い出して娘たちの教育を始めた母親の貞子(松坂慶子さん)、母親の指示で藤島武二の弟子になり菊池寛の小説の挿絵を描いていたという姉の毬子(長谷川京子さん)、町子さんの漫画の面白さを判断する基準になっていたらしい妹の洋子(木村文乃さん)、朝日新聞の駆け出しの記者で鞠子さんの婚約者となる東学(あずままなぶ、徳井義実さん)、町子さんが取材をして知り合った九代目市川海老蔵(十一代目市川海老蔵さん)、そしてアニメのフグ田サザエ(声・加藤みどりさん)でした。

脚本は大島里美さん、監督は加藤義人さんでした。一つ一つの場面を丁寧に、また登場人物の個性もよく描かれていて、無駄に思えてしまうようなところもなくて、とても良かったです。

絵を描くのが大好きな元気な昭和2年の7歳の頃の町子さん(奥森皐月さん)は、山高帽の勇吉さんから新しいノートをもらって嬉しそうにしていました。父親の勇吉さんの思い出は、家族にとってとても大切なものだったようで、町子さんも頻繁に勇吉さんのことを思い出していました。

東京へ出てきた町子さんは福岡の言葉をクラスメートに笑われたりしていて、『のらくろ伍長』を読みながら田河水泡の弟子になりたいと言っていたのを聞き逃さなかった母親に田河水泡の弟子になるよう言われていました。姉の毬子さんの強い説得で人気漫画家の田河水泡に会うことができた14歳の町子さんは、父親の俳句を使った漫画を褒められて、田河水泡の弟子にしてもらうことができていました。それから15歳の頃、田河水泡を訪ねてきていた「少女倶楽部」の編集者に紹介され、「狸の面」という漫画で女性初の漫画家としてデビューしていたのですが、戦後に「サザエさん」の物語が創られたのも、町子さんの家族への思いがあったからのようでした。

福岡に戻っていた時「夕刊フクニチ」の4コマ漫画の連載を依頼された町子さんは、夫の東さんがビルマのインパール作戦で玉砕した連絡を受けてからあまり笑わなくなっていた姉を笑わせようと、姉によく似たサザエさんを生み出していました。「サザエ」の名前は「小さな家」という意味だと勇吉さんが教えてくれたのを浜辺で思い出した町子さんは、海の中の小さな家、という風にイメージして、サザエさんの暮らす磯野家やフグ田家のキャラクターを誕生させていました。サザエさんのお父さんの波平さんは、市長を務める「鹿児島のおじさん」の風貌に似ていたようでした。

漫画のアイデアは、実際に街で起きたのを町子さんが見たり聞いたりしたことなど、身近なところから出てきていたそうです。普通のことが面白いのだという田河水泡先生の教えが貫かれていたようで、福岡の「夕刊フクニチ」で始まった「サザエさん」の連載は、東京の「朝日新聞」に移っても大人気だったようでした。

母親の貞子さんの指示を受けた毬子さんが紙屋さんへ向かい、『サザエさん』の第一巻を出版したものの、本の型が横長の古いタイプ?だったために本屋さんから棚に並べるのを拒否されて、家が「返本」の在庫に埋まっていたというのも、その当時は大変だったと思うのですが、面白かったです。先見の明のある行動派の貞子さんは、本の型を変えて第二巻を出版すればいいと明るく言っていて、町子さんを支える「姉妹社」の代表となった毬子さんがそのようにすると、書店に並べられた第二巻を読んだ人たちから第一巻の注文が来るようになり、第一巻の在庫はあっという間に家の中からなくなっていました。

九代目市川海老蔵さんとの話も、何だか良かったです。ノイローゼの大学生によって世田谷の家を放火で燃やされそうになったり、苦情の手紙を送られてきたりしていろいろ落ち込んで銀座の街を歩いていた町子さんのところに、突然亡き父親の勇吉さんが現れたように(あるいは勇吉さんが遣わしたように)海老蔵さんが現れ、再会した町子さんは動揺して近くの喫茶店へ誘ってケーキを注文したのですが、少ししてインタビュー時の海老蔵さんが甘いものは苦手と答えていたことを思い出して、また少し落ち込んでいました。

漫画家としての自分の人生に迷っていた町子さんは、海老蔵さんから、今の自分たちの人生は運命なのだろうということを言われて、少し気分を持ち直していました。それでも、2年ほどするとまた落ち込む時期が来るというようなことが繰り返されていたようで、漫画のアイデアに行き詰まったり締め切りに追われたりすることもあったらしい町子さんは、ある日胃痛で倒れていました。町子さんの胃には潰瘍ができていたらしく、手術によって胃の五分の一を切除するほどだったそうです。

漫画を描き続けていた自分の人生をこれで良かったのかと迷っていた町子さんが、漫画をやめる、と思い切って家族に話すと、家族は、やめればいいよ、とこれまで頑張ってきた町子さんを認めていました。

入院している町子さんは、お見舞いに来た田河水泡先生からも、どの道を選んだとしても人生に迷いは尽きないだろう、だから自分の頑張りをもう少し認めてはどうかと言われ、漫画を楽しんで描く気持ちを新たにしていました。

それから一気に昭和60年になっていました。町子さんが65歳の頃、桜新町の「長谷川町子美術館」がオープンしたのだそうです。親子の行列ができていました。

ドラマの最後は、それを見届けて家に戻った町子さんが、部屋の机の上の紙から飛び出してきたサザエさんと会話をする場面でした。年を取っていた町子さんは、サザエさんと話すうちにサザエさんを生み出した若い頃の町子さんになって、あなたのせいでお嫁に行きそびれたと笑いながら、あなたがいたから私はこの窓の外とつながることができたと嬉しそうに言って、私が終わってもあなたは生きていく、それって不思議、すごくおかしい、と目を閉じて眠るように風を受けていました。

そのようなドラマの終わり方も、さわやかな感じがして良かったです。エンドロールによると、音楽は久石譲さんでした。

私は「サザエさん」を知っていても、原作者の漫画家の長谷川町子さんがどのような人であるかということは全く知りませんでした。でも、今回のドラマを見て、日本の女性漫画家の第一号の町子さんをすごいなと思ったり、かわいい性格の人だったのかもしれないと思ったり、尾野真知子さんの町子さんがさっぱりとしていて良かったということもあるかもしれないのですが、少し好きになりました。最後に紹介されていた若い頃のお写真を見た印象としては、やはり町子さんはサザエさんに似ているような気がしました。

ドラマの原作は長谷川町子さんの『サザエさん うちあけ話』だそうです。ドラマでは、「サザエさん」がアニメ化されるようになった経緯などは描かれていなかったのですが、長谷川町子さんという一人の漫画家の人生を約2時間のドラマにまとめるのは大変だったのではないかと思います。それでもドラマとしてとても良い作品になっていたと思いますし、最後まで楽しく見ることができて良かったです。

「サザエさん」の物語がそのまま日本の昭和史と重なるというところも、よく伝わってきました。今の新聞に毎日連載されている漫画もそうなのかもしれないのですが、「普通」の日常を面白く切り取って伝えることができるというのは、本当にすごいことだなと思います。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム