「わが心の“蓬莱の島”」

先日のフジテレビの深夜に、「わが心の“蓬莱の島”~ある漆芸家 100年目の真実~」 というドキュメンタリー番組が放送されていました。何となく気になって録画をしておいたものなのですが、この番組は2013年の8月にBSフジで放送されたものだということでした。

「蓬莱の島」というのは、台湾のことでした。台湾では漆工芸が盛んなのだそうです。台湾漆器は「蓬莱塗」と呼ばれ、日本にも輸出されて戦前にも人気を博していたそうで、そのために当時台湾は「蓬莱の島」とも呼ばれていたのだそうです。

番組では、2年ほど前に東京藝術大学の卒業生の甲谷公(ただす)さんの遺族の方が父親の遺品を東京藝大に寄贈したいと教授の三田村有純さんに連絡をしてきたことから、その甲谷公さんが実は「台湾漆芸の父」である山中公という人物であることが判明し、一気に台湾漆芸の成り立ちが分かっていった、ということが伝えられていました。

甲谷公さんは、明治19年に香川に生まれ、東京藝術大学の前身の東京美術学校を卒業した後、大正5年に台湾で高級料亭を経営する義父に呼ばれ、名字を妻の山中姓に変えて婿養子となったのだそうです。

番組によると、戦前の日本政府は、漆の木を海外でも育てようと、ベトナムから漆の木を輸入して高温多湿の気候の台湾に植えていたそうで、山中さんが渡った大正5年頃の台湾は、ちょうどその漆の木がよく育っている時期だったということでした。

山中さんは、義父の料亭で使う漆器を製作するために練習所を作ったそうなのですが、何者かの放火によって全焼してしまったそうです。それでも諦めずに私費で専修学校を開き、3年後には生徒の数が100人を超えていたということでした。台湾の漆芸の「人間国宝」の方たちは、全員が山中先生の「弟子」なのだそうです。

蓬莱塗には、山中先生の出身地の香川県で作られる讃岐彫りや香川漆器に似ているところがあるということでした。彫り方が力強く、表面には原色の漆が使われるそうです。確かに似ているような気がしました。

台湾政府の文化部の方は、山中先生のすごいところは、台湾の自然を愛し、台湾の土地を愛することを生徒たちに教えたところだと話していました。台湾の学校で漆工芸を教える際に、例えば日本の富士山を描かせたり大阪城を描かせたりすることなどは、一度もなかったのだそうです。そうして、台湾の漆器を他の国に輸出する「産業」とすることに成功したのだそうです。

厳しいけれど優しい人として慕われていたという山中先生は、第二次世界大戦の終戦時に日本に帰国したそうです。山中先生の遺品の中の自作の漆器にも「サイン」が入っていなかったそうで、そのことについても、山中先生は真の教育者だったのだろうと、番組では伝えられていました。東京美術学校を作った岡倉天心も芸術家を育てた教育者だったのだと思うので、その思想が受け継がれていたのかもしれないなと思いました。

山中公さんのことを知るきっかけとなった山中さんの遺品は、最初は東京藝術大学に寄贈される予定だったのですが、台湾に永久保存されることが決まったそうです。その公開も兼ねて、当時台湾では蓬莱塗の特別展が開かれたのだそうです。遺品を託していた山中さんの娘の美子さんという方がそのことをとても喜んでいたのも印象的でした。

私は山中公さん(甲谷公さん)のことも、蓬莱塗のことも知らなかったのですが、山中さんは本当に台湾の土地や人や文化を好きだったのだろうなと思いました。

ところで、この番組が放送されていた日だと思うのですが、夜のニュース番組では「STAP細胞」という「IPS細胞」よりも簡単に作ることができるという新しい万能細胞の作製に成功したということが報道されていました。そのこともあって、今回の番組で伝えられていた山中公さんと蓬莱塗のことを知って、新しいものを生み出す人たちというのは本当にすごいなということを改めて思いました。
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