「明日、ママがいない」最終回

日本テレビの水曜ドラマ「明日、ママがいない」の最終話(第9話)を見ました。

小学校の担任の先生の朝倉亮(吉沢悠さん)の妻の瞳(安達祐実さん)のために、踏切事故で亡くなった娘の愛になりきろうとしているポスト(芦田愛菜さん)は、瞳さんが本当の娘のアルバムを見て時々ぼんやりとすることなどを少し不安に思うようになっていたようでした。

父親と暮らすため都心から1時間ほど離れた地域へ転校することになった、直美という名前だったピア美(桜田ひよりさん)は、音楽室で最後のピアノを弾き終わると、やって来た同級生の笹塚蓮(藤本哉汰さん)の叔母で音楽大学の五十嵐みどり先生(高橋ひとみさん)から、これからは私のスタジオに通いなさいと言われて驚いていました。五十嵐先生は、天才ピアニストの恩師と呼ばれたいと少し笑いながらピア美を元気付けていて、ポストが五十嵐先生を説得したのだということに気付いたピア美は、橋の上にいたポストに声をかけ、ポストはいつも頼んでいないのに私のためにしてくれた、最初コガモに来た時は心細かったけれど、あんたがいたから寂しくなかった、とお礼を言っていて、ポストは有名になってから言ってと笑っていました。

川島夫妻と暮らすことになったドンキ(鈴木梨央さん)は、私だけ幸せになってもいいのかと少し俯いていて、ポストはもう誰の顔色も伺う必要はないと言葉をかけていました。私、ここに来て良かった、と明るく言うドンキに、施設長の佐々木友則(三上博史さん)には、二度と戻って来るなよ、と川島夫妻の娘となるドンキの幸せを祈っていて、ドンキは、はい!コウノトリさん!と笑っていました。ポストとボンビは、さようなら、真希、と玄関からドンキを送り出していました。

それから、お弁当屋さんの店員の仕事をしている佐々木施設長の元妻の香織(鈴木砂羽さん)は、オツボネ(大後寿々花さん)に佐々木施設長への手紙を託していました。ストーカー風にお弁当屋さんを見張っていた佐々木施設長は、オツボネから渡された手紙を読んで、香織さんがこの町からいなくなったことを知り、愕然としていました。佐々木施設長がオツボネの案内で空き室になっている香織さんの部屋を訪れた時には、香織さんはバス停にいました。あなたの優しさは残酷だと手紙に書いていた香織さんは、人生を前に進めるために町を離れることにしたようで、あの子に恥じないように生きていくつもりですと元夫に伝えていました。

土手でサッカーボールを見つけた佐々木施設長は、もうすぐ生まれてくる息子を諦めて香織さんの命を助けてもらうことを優先したことを思い出していたのですが、その回想によると、当時の自棄になっていた佐々木施設長はサッカーゴールのポストにボールを蹴るように右脚を繰り返しぶつけて、脚に大怪我を負ったようでした。そして今度は普通にボールをゴールに蹴って、「魔王」を心配そうに見ていたオツボネに、帰るか、と少しさっぱりとした感じで言っていました。

「ジョリピ」の東條祐樹(城田優さん)と夢の国へ行く夢を見ていたところをポストに起こされて目を覚ましていたボンビ(渡邉このみさん)は、本物の東條夫妻が今「コガモの家」に来ていてボンビを養子として迎えたいと言っていると聞かされて飛び起きていたのですが、突然、行かない!と言ってポストを廊下に追い出し、男の子がほしいって言ってたのに心変わりをするなんて信用できない、本当の子供が生まれたら捨てられるのではないか、と疑って、そこら辺のこと伝えてきて、とポストに頼み、ポストは1階のリビングにいる東條夫妻とボンビの間を行ったり来たりしながら、伝達係を務めていました。

ホラー映画を見るのが好きだけれど大丈夫かとか、誕生日にはお菓子の家に入るのが夢だとか、ボンビの希望をポストから伝え聞いていた東條さんは、部屋の前まで来て、自分たちを試しているのか、不満があるなら目を見て言え、からかうのなら帰る、と怒っていたのですが、慌てたボンビが廊下に飛び出すと、なんちゃって、と後ろの窓の椅子に東條さんが座っていて、ポストは廊下の隅から二人の様子を見守っていました。男の子じゃないし、よく食べるし、もっと他の子を探した方がいいのではないかと不安そうに言うボンビに、君がいい、君じゃなきゃ嫌だと東條さんは言い、優衣子とボンビの名前を呼んで、自分たちは優衣子を幸せにするから優衣子も自分たちを幸せにしてほしいと望み、どうすればいいのと訊くボンビに、いつも笑顔でいればいいのだと答えていて、伸ばした東條さんの右手を取ったボンビと、これで決まりだ、と家族になる約束をしていました。

私も絶対幸せになるとオツボネに事情を話していたポストは、朝倉先生の家で赤いボンボンの付いた髪留めを外し、瞳さんに長い髪をとかしてもらっていたのですが、その時瞳さんは少しはっとしたようになって、愛の声が聞こえる、ママと呼ぶ声が聞こえると天井のほうを見上げていました。

食欲のなくなってきたポストは、チャーハンを部屋に運んできた無口なロッカー(三浦翔平さん)に、人を好きになるってこんなに苦しいことだったの、と訊き、自分が自分ではなくなるみたい、奥さんの亡くなった娘の愛になるということは私が選んだことなのに、と涙を流していました。

子供たちを守るために市議会議員に立候補すると言っていた児童相談所の水沢叶(木村文乃さん)は、婚約を解消したことをロッカーに打ち明け、前に私たちにまだ守るものはあるのだろうかと訊いたけれど、私たちに残されているもの、守らなければいけないものはプライドだということを話していました。そして、ロッカーと握手をして、長い間人に触れることができなかった叶さんは、これだけでも前進したと少し笑っていました。

それぞれの新しい場所に移っていたドンキとピア美とボンビは、自分を消して朝倉先生の奥さんの娘の代わりになろうとしているポストのことを心配して、「コガモの家」の佐々木施設長に危険を知らせに来ていました。

苛立つ佐々木施設長は3人に、お前たちは自分たちの居場所へ帰れ、人の幸せを自分の尺度で計るな、愛の代わりになるということはあいつが望んでいることなのだと怒ったように言っていました。

ポストが壊れてしまうようで怖いと言うドンキの言葉を聞いたロッカーは、出かけようとする佐々木施設長の車の前に立ち、ポストが置いていった赤い玉の髪留めを見せて、ポストはあなたがいれば戻ります、赤ちゃんの時からポストを育てたのはあなただ、ポストはあなたにとてもよく似ていると説得していました。

それでも佐々木施設長は、あいつが決めたことなのだと怒って車を走らせていたのですが、叶さんと向かった先は、朝倉先生の家でした。朝倉先生は、愛のポストと帰宅した瞳さんに見えないように気を使いながら里親請書という書類を書き、佐々木施設長に渡していたのですが、その時、瞳さんの様子を見てた佐々木施設長が、遺影はどこですか、と愛の事故のことを切り出したので、朝倉先生は慌てて、奥さんは固まっていました。ポストも動揺していました。

この契約はやめだと言って用紙を丸めた佐々木施設長は、その子はあなたの子供ではない、と瞳さんに言って、止める朝倉先生と瞳さんに、子供を壊すくらいなら大人が壊れろ!と叫んでいました。それからもう少し落ち着いて、瞳さんのそばに駆け寄ったポストを示しながら、この子は私の施設にいる子供です、と言い聞かせていました。

自分も子供を亡くしていることを話した佐々木施設長は、親の顔を知らないところが亡くなった娘と重ねやすくしてしまったのかもしれない、でも違和感があるのではないか、あなたはそれに気付いていて、時々現実に戻るのではないかと尋ね、よく見てください、この子はあなたの娘ですか?と瞳さんに訴えていました。

隣でポストは、ママ!と愛の母親の瞳さんを呼んでいたのですが、瞳さんはポストを見て、違います、と答え、ママ、ママ、と呼ぶポストに、ごめんなさい、と辛そうに俯いて謝っていました。

その頃、「コガモの家」では、18歳になったオツボネが、寮付きの看護学校へ入るために出ていく支度をしていたのですが、玄関先で、ここから通えばいいじゃない、とオツボネに声をかけた叶さんは、もらい手がないならここで引き取ると佐々木施設長が言っていたと伝えていて、オツボネは、私ずっとここにいていいのと嬉しそうにしていました。

夕日がきれいだなと土手でのんびりと言う佐々木施設長に、ポストは、せっかく幸せになるところだったのにどうしてこのような邪魔をするのかと怒っていたのですが、そのようなポストに佐々木施設長は、一度しか言わないからよく聞けと断った後、お前がいなくなったら俺が寂しいんだ、お前は愛という名前じゃない、お前は俺の娘だ、と言って、はっと驚いてポストを抱きしめていました。ポストは泣きながら、パパ、と佐々木施設長のことを呼んでいました。

その後の晴れた日、ポストと佐々木施設長は、二人で遊園地へ行っていました。親に捨てられた子供と子供を手放した親のことを、どうすればいいのかみんなで考えなくてはいけないと二人は話していたのですが、それから園内の「プリクラ」の機械で写真を撮ったようでした。二人が手をつないで帰った後、「コガモの家」のポストの部屋の机の上に4分割の写真が置かれていたのですが、その二人の上には「パパ」、「キララ」と書かれていました。キララというのが、ピア美たちに「ドキュンネーム」らしいと噂されていた、ポストの本当の名前だったようです。

脚本は松田沙也さん、脚本監修は野島伸司さん、演出は猪股隆一さんでした。

先週の第8話を見終わったばかりの頃には、第9話で最終回になるとは思わなかったですし、そのことを知らなかったのですが、数日後に最終回であることを知って、もしかしたら1話か2話分が「大人の事情」などと呼ばれるもののために、当初の予定よりも短くされてしまっていたのかもしれないなと、少し寂しく思いました。

でも、最終回も、とても良かったです。

親を失った子供と子供を失った親が出会い、お互いに悩みながら自分たちなりの愛情と居場所を見つける物語だったのだなと、最終回を見て改めて思いました。そのようなドラマだということは常にこのドラマの中でも描かれていたことだと思うのですが、最終回ではそのことがきれいにまとめられ、詰め込まれていたように思います。

物語りも良かったと思うのですが、鈴木梨央さんのドンキ、桜田ひよりさんのピア美、渡邉このみさんのボンビ、そして芦田愛菜さんのポストが、特に良かったのだと思います。「ジョリピー!」のギャグをやめなかったボンビも、ポストの時々少しキザ?な感じになる話し方も、楽しかったです。

第1話を見た時には、このドラマがシリアスなのかコメディなのかという辺りも含めて、面白いのか面白くないのかよく分からない不思議なドラマのように思えていました。でも、続きが気になって見ていくうちに、ドラマの雰囲気を見慣れていったということもあるのかもしれないのですが、あるいはドラマの内容が「批判」や「問題視」によって少し変わったということもあるのかもしれないのですが、子供の気持ちを丁寧に描く、良いドラマであるように思えてきました。

ドラマへの「批判」のためにスポンサーが日本テレビに難色を示すようになって、第2話の辺りから早速CMが減り、次第に日本テレビの番組のCMと「ACJAPAN(旧公共広告機構)」のCMだけになっていたことも、放送時間にドラマを見ていた私には、むしろ音程やCMの感情が安定していて見やすいようにも思えていました。

コトリンゴさんの「誰か私を」というエンディングで流れる主題歌も、ドラマに合っていて良かったように思います。

最初から名前の分かっていたドンキだけではなく、ピア美やボンビやポストも、自分たちの居場所を見つけると本当の名前で呼ばれるようになっていたので、そのようなところも良かったように思います。第1話の放送後に、「赤ちゃんポスト」から「ポスト」というあだ名を名乗ったというポストの設定が熊本の「こうのとりのゆりかご」の慈恵病院の方から批判されていたことも、私としては、ポストは、捨てられた時に付けられていた本当の名前よりもその名前のほうを好きで、それを誇りというか、今回叶さんがロッカーに言っていたような「プライド」として、大切にしているという風にも思えていました。

それが正しいことかどうかは、私には分からないことでもあるのですが、そのためポストには(あるいはドンキにもピア美にもボンビにも)そのあだ名を後ろめたく思うようなところはなく、いつも堂々としていることができたのではないかなと思いました。

「ママ」を失いたくないためにその家の事故で亡くなった女の子になり代わろうとしていたポストも、自分の中の寂しさを認め、ポストを赤ちゃんの頃から育てた「パパ」としての自分を受け入れて、いつか壊れてしまうかもしれないポストを自分の娘として救った佐々木施設長も良かったですし、みんながそれぞれ自分なりの幸せを見つけることができたという最終回になっていたところも、良かったのではないかと思います。良い最終回でした。

私は、例えば「Mother」や「Woman」の物語にはいまいちついて行くことができなかったのですが、今回の「明日、ママがいない」は、最後まで楽しく、好きで見続けることができました。たとえドラマで描かれていた「コガモの家」の内容が実際の現場の「リアル」とは違うものだと言われるのだとしても、私にはポストたち登場人物の気持ちが丁寧に表現されていたように思えていたので、そのようなところには一つの「リアリティ」があったのではないかなと思います。
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