詩には愛がある(昨夜の「GROWING REED」の谷川俊太郎さん)

「トーキョーライブ22時」の終わった約1時間15分後の深夜の12時、私はラジオをつけて、J-WAVEの「GROWING REED」を聞くことにしました。

「GROWING REED(グローウィングリード、グローイングリード)」は、「人間は考え、成長する葦である」をコンセプトにした、様々な分野で活躍する著名人をゲストに迎える1時間のトーク番組です。V6の岡田准一さんがナビゲーターを務めています。この番組の放送が開始された2005年の初期の頃には、どのような話を聞くことができるのだろうと、頑張って眠らずに、私も毎回楽しみにして聞いていたように思います。

久しぶりに昨夜(日付では今日です)の放送を聞いてみることにしたのは、番組表を見ていて、ゲストが詩人の谷川俊太郎さんだと知ったからでした。詩について何を話してくれるのか、聞きたいように思えたのです。

そうして番組では、谷川さんに言葉の持つ力について尋ねていて、冒頭で司会の岡田准一さんが、ずばり言葉とは何ですか?と訊くと、谷川さんは、世界の端っこをどうにかつかまえることができるものだという風に答えていました。

谷川さんは、日本語の大地から吸い上げて葉っぱのような言葉にすると、自身の詩の作り方を話していました。言葉のないところへ行って、言葉を「吸い上げる」そうです。運が良ければ2、3行くらいの言葉が出てきて、そのまま続けることができるのだそうです。谷川さん自身としては、出てきた詩を長い間「推敲している」のだと話していました。

岡田さんはそれを掘り下げることかと理解しようとしていたのですが、谷川さんは「堀り下げる」とは違うと答えていました。教養や知識が無い状態でも書くことができるのが詩なのだそうです。詩を書くのに何から影響を受けているのかと岡田さんに訊かれて、谷川さんは、あらゆるものから影響を受けていると答えていました。

また、詩よりも音楽のほうが好きだと話し、その理由として、意味がないものに心を動かされるのが理想だと話していました。谷川さんは人間関係では泣かないそうなのですが、本当に短いメロディなどに感動して泣くことがあるそうです。最近は、谷川さんご自身の詩を朗読していて泣くこともあるのそうです。

美しい日本語の詩があるというよりは、日本語がある組み立てられ方をした時に感動し、組み立てられ方によって良い詩になったり、つまらない詩になったりするというように話していました。

本当に短いメロディに感動するとか、意味のないものに心を動かされるというのは、私にもよく分かるように思えましたし、ラジオでその谷川さんの話を聞きながら、私はヘルマン・ヘッセの『知と愛』(『ナルチスとゴルトムント』)のゴルトムントのことを思い出しました。通常の人が興味を持たないような、例えば川面のきらめきの一瞬の中に永遠の美を見出す人だったゴルトムントは、彫刻家ですが、詩人でもあるのだと思います。

それから、谷川さんが、持ってくるのを忘れたのでダウンロードしてもらったという、自身の詩を朗読していました。「生きる」は谷川さん自身が飽きてきたということで、「未来へ」を朗読していました。「道端のこのスミレが今日咲くまでに」で始まる詩です。未来という名前の架空の?男の子に向けて書いた詩だそうです。具体的な誰かに書くというのが、手紙のようで良いそうです。朗読を聞いた岡田さんは、すばらしいと絶賛していました。

最近の谷川さんは、老いや死に興味があるそうで、末期の患者を見舞うという設定の、フィクションの物語の詩を書いたそうです。(谷川さんの書く詩はほとんど「フィクション」なのだそうです。)

詩はメッセージとは違うから聞く人に求めるものはない、と話していた谷川さんは、野に咲く花と等価のような詩を作りたいと言っていました。詩が神に近付くことかと岡田さんに言われると、神に近付くというのは傲慢だと否定していました。

谷川さんは、読んだ詩に感動した時、詩は音楽に近付いていたはずだ、言葉が意味を超えて、宇宙的感覚、全てのものがつながっていくことに導いていく感覚を得ているのではないかというようなことを話していました。言葉を使って、全体的なものにするのが詩なのだそうです。

「見舞い」という詩を、今度は岡田さんが朗読していました(岡田さんは番組の最後で、初見の詩だったから緊張してかっこつけたように読み方になってしまったと、少し後悔していました)。散文のような、日記のような印象の詩だったのですが、その詩は、癌で亡くなった、谷川さんの親友の死をもとに書いたものだということでした。身体は病気でも、魂の健康な方だったのだそうです。

経験が蓄積されて、書いているうちに言葉になって出てくるのだそうです。谷川さんにとっては、生活が第一で、詩は第二だそうです。日常生活の中に詩の源があると信じてきました、と話していました。

最後に、これから挑戦したいことは何かと訊かれた谷川さんは、自然に任せているから挑戦という発想はないけれど、今の時代、ともすると鬱っぽくなるが、それに負けないで生きることに挑戦したい、と答えていました。

今回の番組では、谷川さんはご自身の詩の書き方について、「(言葉の大地から)吸い上げる」と話していたのですが、いつか私は、「下りてくる」のを待つのだと谷川さんが話していたのを聞いたことがあるように思います。でも、詩の書き方にはいろいろな方法があるのかもしれません。

詩は言葉を使って宇宙的な感覚を表すものだというようなことを話していた谷川さんが、詩にはたぶん愛があるんですね、と言っていたのが印象的でした。それを聞いていて、そうかもしれないと思いました。

谷川俊太郎さんの詩(詩集)として私が一番に思い出すのは、『いちねんせい』です。今でも本棚にあるのですが、とくに小さい頃は、とても好きで繰り返し読んでいました(並んでいる言葉のリズムの良さは、やはり「音楽」なのかもしれません)。私は詩のことをあまり詳しく知らないのですが、でも、世の中にあるどのような詩にも、それが自然の風景の一部であっても、誰かが言葉で書いた詩であっても、絵であっても、音楽であっても、憎しみや怒りや恐れや悲しみから生じたものあっても、その詩には「愛」があるのかもしれないなと思いました。何かの愛がなければ、「詩」は生まれないのかもしれないと思いました。

無事に眠くならずに、私も今回の番組を最後まで聞くことができて良かったです。楽しかったです。

ところで、これは谷川さんの詩のこととは関係のないことなのですが、話を聞いている岡田さんが、ゲストの方の話に対して「うん」とか「ふん」とかの相槌を打つのが、ラジオを聞いている私には少し苦手に思えるというか、あまり良いようには思えませんでした。

初期の頃と違い、番組やゲストとのトークそのものに、ナビゲーターの岡田さん自身が慣れてきたためでもあるかもしれないのですが、「はい」ではいけないのでしょうか。あるいは、「はい」よりも、「うん」とか「ふん」のほうが、ゲストの方にとっても話しやすく、その会話を聞きやすく思える聴取者の方も多いということなのでしょうか。私にはどうしても、何か少し気になってしまう相槌の態度に思えるのですが、でも、もしかしたら気にならないという方がほとんどなのかもしれないですし、私の印象のほうが適切ではないのかもしれません。
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