「ナンシー関のいた17年」

NHKのBSプレミアムで放送されていたドキュメンタリードラマ「ナンシー関のいた17年」を見ました。

第47回の衆院選のあった日曜日の夜10時からのドラマだったのですが、私は生放送の池上彰さんの選挙特番を見ていたので、録画をしておいたものを後で見ました。

ナンシー関さんのことを、私はほとんど知らないのですが、それでも、「消しゴム版画」と聞くと、ナンシー関さんの名前を思い出します。このドラマの冒頭で伝えられていたことによると、ナンシー関さんは、テレビ批評で時代を席巻した稀代のコラムニストであり、日本でただ一人の“消しゴム版画家”だそうです。

ドラマは、ナンシー関さんが、亡くなった知らせを受けた妹の真里(新山千春さん)が病院の霊安室に駆けつけて、たった一人の姉の関直美(安藤なつさん)の遺体と対面するという場面から始まっていました。ナンシー関さんは、2002年に、5147個の消しゴムを遺して亡くなったそうです。

そこから17年遡って、サブカルチャーの全盛時代でもあった1985年、講談社の「ホットドッグ・プレス」の編集部の伊藤正幸(中村靖日さん)が、版画作品の売り込みに来ていた関直美さんの版画の才能に気付き、最初は版画の連載だけだったようなのですが、少ししてコラムの文章を書くことのできる才能にも気付いて、日本発の消しゴム版画家兼コラムニストの「ナンシー関」を誕生させていました。ナンシーというペンネームをいとうせいこうさんが名付けたのは、そのような外国人風のペンネームを付けるのが当時流行していたのと、バカバカしさからだったそうです。

ナンシー関さんのコラムにテレビ関連の批評のものが多かったのは、それが好評だったことと、ナンシー関さん自身がテレビ番組を見るのが大好きだったからだそうです。青森出身のナンシー関さんは、イラストレーターを志していた高校時代の親友の田嶋美智代(木南晴夏さん)と上京し、調理師を目指して上京してきた妹の真里さんと二人暮らしをしていました。忙しく仕事をする姉の直美さんを妹の真里さんが支えるという感じで、12年間を過ごしていたそうです。

生まれつき視力が弱かったというナンシー関さんは、眼鏡をかけても0.1になるくらいだったそうで、そのことが、ナンシー関さんをテレビ好きにした側面もあったようでした。

ルポルタージュの取材のために毒蝮三太夫さんのイベントに出かけたこともあったそうで、毒蝮さんのところにお年寄りが集まるのは、自分のことをちょっといい話の主人公にしてくれるからだと分析していました。でも、そのようなルポルタージュのコラムは、視力の弱さのために断念したそうです。

ナンシー関さんの最初の本は、シンコーミュージックから出版された『ナンシー関の顔面手帖』という、コラム集でありながら版画の作品集でもある本だそうです。ナンシー関さんは、「顔面至上主義」と言っていたそうなのですが、それは、表れているものが全てという考え方のようだったのですが、対象を「目を皿のようにして見る。そして見破る」のだそうです。すごいです。また、ナンシー関さんは、矢沢永吉さんのライブに集まる人や、映画「男はつらいよ」の公開初日に出かける人など、人々が集団で行動する心理にも興味があったそうです。

仕事は甘くないからとか、自分は小さい頃から規格外だからとかで、平凡な幸せを望んではいけないのだと言っていたというのも、何か強い覚悟があったのだろうなと思いましたし、すごいなと思いました。

また、ナンシー関さんは、雑誌での月一回のリリー・フランキーさんとの対談をとても楽しみにしていたそうなのですが、デーブ・スペクターさんには雑誌で反論されたことがあるそうで、このドキュメンタリードラマの中でのデーブ・スペクターさんの証言の声が、ナンシー関さんの鉛筆削りの大きな音でかき消されていたのも、面白かったです。

友達を大切にする人だったというナンシー関さんは、2002年の6月11日の雨の夜、友人のお店の開店祝いのパーティーに出かけた帰りのタクシーの中で発作を起こし、搬送された病院で、日付が12日に変わった頃、永眠したそうです。

ドラマでは、姉の直美さんの幽霊に会った真里さんが、どうして死んでしまったのかを姉に訊くと、姉は「テレビがつまらなくなったから。ナンシー関の寿命はテレビの寿命ってこと」だと答えていました。ナンシー関さんと仕事をしていた編集者の方は、ナンシー関さんのことを、不在感の大きい人だと話していました。

ナンシー関さんが亡くなって12年という今年の、2014年の秋には、私は知らなかったのですが、渋谷のパルコでナンシー関さんの展覧会が開かれたそうです。

ドラマの最後は、NHKのBSプレミアムでこのドキュメンタリードラマ「ナンシー関のいた17年」を見たナンシー関さんが、机のパソコンに向かってコラムを書こうとする場面で終わっていたのですが、「結局、お涙頂戴ってどうなの?」、「NHKの限界を見た。合掌。」と、皮肉というか、NHKの自虐の感じが出ていたのも何だか面白く思えました。「けっ」と書かれたナンシー関さんのそっぽを向く自画像の消しゴム版画の絵もかわいかったです。

脚本と演出は、戸田幸宏さんでした。

番組で紹介されていた本物のナンシー関さんは笑顔の写真一枚のみだったのですが、演じていた安藤なつさんがその本物のナンシー関さんによく似ていたところも良かったのだと思います。

青森の両親には人様の悪口を書いていると心配されていたようなのですが、番組を見ながら、もしも今ナンシー関さんがお元気だったなら、今のテレビ番組や芸能人をどのように分析するのだろうかと思いました。

ナンシー関さんが活躍していた頃には、私はテレビ番組をあまり見ていなかったような気がします。ナンシー関さんの亡くなった2002年の6月12日の頃は、おそらく、サッカーワールドカップの日韓大会の試合が放送されていたのではないかなと思います。

今はドラマやバラエティー番組、報道番組、ドキュメンタリー番組など、好きなものをいくつか見ることができているのですが、それでも、独特の観察眼を持っていたナンシー関さんのように、目を皿のようにして見て見破る、ということはできそうにありません。

数か月前、NHKのEテレで日本の「サブカルチャー」の歴史を扱う番組が放送されていましたが、ナンシー関さんのようにサブカルチャーを一般の雑誌で鋭く批評することのできる方は、現在にもいるのでしょうか。以前、ラジオか何かで、音楽の批評家の方が、最近は「批評」が求められていないというようなことを言っているのを訊いたことがあるのですが、批評がないと、良い作品が生まれないということもあるそうで、もしも今批評家の方が減っているのだとしたら、例えばテレビがつまらなくなったなどと言われているのも、そのことが影響をしている部分もあるのかもしれないなと思います。

とにかく、このドキュメンタリードラマを見て、少しでもナンシー関さんのことを知ることができて良かったです。ナンシー関さんの本を私も読んでみたいなと思いました。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム