「LIVE! LOVE! SING! 生きて愛して歌うこと」

昨日の3月10日は東京大空襲の日から70年目の日で、3月11日の今日は、2011年の東日本大震災の日から4年目の日です。

昨夜の10時から、NHKの総合テレビでは「LIVE! LOVE! SING! 生きて愛して歌うこと」という特集ドラマが放送されていて、私もそのドラマを見ることにしました。

4年前の東日本大震災の影響で福島から兵庫の神戸へ引っ越した高校生の朝海(石井杏奈さん)は、震災の記憶と向き合うことになる「しあわせ運べるように」の歌を歌うことになったことに反発し、ある日、4年前まで福島の富波町の富波小学校の6年1組の同級生だった勝(柾木玲弥さん)と香雅里(木下百花さん)と本気(前田航基さん)と「タイムカプセル」を見つけ出すため、朝海さんの後を付いて来た、阪神・淡路大震災で被災した過去のある「教え子に手を出した教師」の清春(渡辺大知さん)と5人で電車を乗り継いで福島に向かい、立ち入りが制限された地域に潜入し、人の気配のない、時間が2011年の3月11日辺りで止まったまま街の「復興」が進んでいない、たくさんの瓦礫と放射性物質に汚染された土の入った黒い土嚢の山の「ふるさと」を、小学校の校舎を目指して旅をする、という話だったように思います。

作(脚本)は一色伸幸さん、演出は井上剛さんでした。

ドキュメンタリー風ドラマという感じのドラマでした。このドラマを見始めた頃の私には、登場人物の会話が聞き取り辛く思え、手持ちのカメラで撮影した動画のような揺れる画面が見辛く思え、物語の展開も内容も分かり辛く思えていました。その印象はしばらく続いていたのですが、漁師の夫(津田寛治さん)を浜で捜す(捜す振りをする?)妻(ともさかりえさん)の「ここは日本から捨てられたんだよ」という台詞や、長男を震災で亡くしたショックからまだ立ち直ることができていない母親(南果歩さん)が自分の顔を顔をちゃんと見てくれないのだと嘆く教師の「いつになったら震災って終わるのやろうな」という台詞を聞いて、少しずつ、このドラマの少し不思議なテンションに付いていくことができるようになったような気がします。

夜の町中に現れた突然の空想のお祭り?の「つもり」と繰り返し歌う場面も、何だかよく分からない雰囲気でもあったのですが、勢いがあって良かったように思います。でも、何か少し寂しい感じでもありました。

小学校の壊れた校舎にたどり着いた主人公の朝海が「タイムカプセル」に入れていたのは、「ガチャポン」の丸いプラスチックのケースだったのですが、その透明な中に朝海さんが閉じ込めていたのは、その「タイムカプセル」の準備をしていた頃の6年1組の教室の、同級生たちと過ごす楽しくて幸せな「空気」でした。朝海さんは、過ぎていくその時の時間の儚さというか、この時は今しかないということを、客観的にちゃんと理解している子供だったようでした。

私たちにしか見えない景色があると、カプセルを手に学校の階段を駆け上がり、屋上のような場所へ出た朝海さんは、水平線の見える瓦礫の町を見渡すと、密封していたテープを外し、カプセルを開けて、4年前の幸せな頃の空気を、住むことができないままになっている町に満遍なく送るようにして、「ここは復活する!」、「つ・も・り!」と叫んで願っていました。

そして最後は、朝海さんの高校で開かれた「ありがとうコンサート」で、朝海さんたち生徒がたくさんのお客さんを前に「しあわせ運べるように」を合唱する場面でした。その歌に合わせるように、朝海さんの友人たちがそれぞれの場所へ戻って行った様子も、何だか良かったです。

前半のほうの、サンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」の歌やPerfumeの「ワンルーム・ディスコ」の歌がカラオケとして使われていたのも、物語を重くし過ぎない要素だったのかなと思うのですが、あるいは「今時のごく普通の高校生」の感じを出すための要素だったのかもしれません。ドキュメンタリー風というところも含めて、何となく、全体的にポップな印象の作品になっていました。

震災と歌のテーマでは、以前「ラジオ」という特集ドラマが放送されていたので、今回のドラマを見ながら私はそのドラマのことも少し思い出しました。今回のドラマがドラマとして面白いかどうかということは、私にはよく分からなかったのですが、それでも、少しずつでも前に進んで行きたい、少しずつでも自分たちの町を復活させたいという気持ちが伝わってくるように思えて、良かったです。

東日本大震災に関して、私は直接大津波や東京電力の福島第一原子力発電所の事故の被害を受けたわけではないですし、その災害のために今も暮らしを奪われている方の気持ちを本当には理解することができないのだと思うので、何と言って良いのか分からないのですが、例えば国(政府)の「復興予算」も減額されているそうですし、原発の放射性の汚染物質の流出も止めることができないようですし、被災した町の中にも忘れられてしまっている町があるのかもしれないですし、液状化した街の地面も元に戻っていないそうですし、そのような現実的なことを思うと、少し憂鬱な、というか、不安な気持ちになります。

「東京オリンピック」関連の予算を復興予算にしてほしいように思いますし、黒い土嚢に入れられて増え続けているという汚染された土は、東日本大震災が起きた最初の頃にどこかの研究者の方が言っていたのを聞いたことがあるように思うのですが、「天地返し」で数メートル下の地中深くに戻すという方法を試してみてはどうなのだろうかとも思うのですが、どうなのでしょうか。

ところで、これは「東京大空襲から70年」のことなのですが、9日の夜の9時から放送され、録画をしておいた、TBSの「戦後70年 千の証言スペシャル 私の街も戦場だった」も、とても良かったです。

当時の米軍の戦闘機に搭載されていた「ガンカメラ」の日本の各地の建物や船や汽車が銃撃される上空からの映像と、その映像や書類をもとに研究者が場所を特定した現地の様子、実際に戦争の被害に遭った方の証言を紹介する、俳優の佐藤浩市さんをナビゲーターに迎えた、約2時間の番組でした。

米軍の戦闘機を紐に引っかけて落とすために?重要な施設の上に浮かべるという爆弾のような形をした謎の白い「防空気球」に約2000万円ものお金が使われていたという話にも驚いたのですが、番組の後半には、今のJR中央線に起きた惨劇を伝える再現ドラマもありました(脚本は及川真実さん、演出は竹村謙太郎さんでした)。

東京の大森に暮らしながら学徒動員によって工場で働いていた15歳の黒柳良子(福田真由子さん)と13歳の妹の美恵子(杉咲花さん)は、1945年の8月、長野の祖父母の家へ疎開をすることになり、5日、父親の竹夫さん(飯田基祐さん)と母親のますえさん(奥貫薫さん)に見送られて新宿の駅を発ったのですが、高尾山の麓の湯の花トンネルの手前で、列車は、空襲警報の直後に現れた米軍の戦闘機の機銃掃射に遭い、薄い木製?の鎧戸やガラス窓を突き抜けて飛び込んできた弾丸は乗客の身体をも突き抜けて車両内部を血の海にしてその場で多くの人が亡くなり、姉の良子さんも、妹の美恵子さんを守って亡くなってしまう、というものでした。10日後の8月15日、日本は敗戦を受け入れることになるのですが、良子さんの遺体を直接確認しに行かなかったという母親のますえさんは、良子さんが食べるのを楽しみにしていた庭先のぶどうの木を良子さんの死の数日後に切り払ってしまったのだそうです。

良子さんのことで悔やみ続けていたという美恵子さんのお母さまは2003年に亡くなられたそうなのですが、良子さんが亡くなったのと同じ8月5日に亡くなったそうなので、それも何だかすごいというか、悲しい感じがしました。撃った米軍の兵士について訊かれた美恵子さんが「戦争は勝っても負けても悲しいことが起きていることでしょう」と話していたのも印象的でした。私は戦争を直接体験したわけではないのですが、本当にそうだと思いました。

また番組では、良子さんたちを乗せた列車を撃った、硫黄島から飛び立ったという当時のアメリカの兵士の方の一人を特定していたのですが、番組の最後に紹介されていた、そのグラントさんという方が硫黄島から妻へ宛てて送り続けていたという手紙の、「日本がどんなに美しいか、僕は君にもう伝えたかな。田畑がどこまでも広がっていて、小さな神社が建っている。女の人、男の人、そして子どもたちも、僕らの戦闘機の音が聞こえると走って逃げていく。ダメだ。あの人たちを銃で撃つなんて僕にはできない。幼い子どもたちと我が子の姿が僕には重なって見える。戦闘機のごう音におびえて、小さな子どもたちが、母親、父親のもとへと走っていく。僕の機銃で簡単に吹き飛ばせるようなおんぼろの小さな家に走っていく。ちくしょう。戦争は地獄だ。残酷で、冷たくて、犠牲はあまりに大きい」という言葉も、本当にこのようなことが手紙に書かれていたのかと思えるほど良くて、聞いていて、悲しい気持ちになりました。当時の政治家や軍人たちの引き起こした戦争のために殺された人たちも、本当は殺したくないのに殺さなくてはいけなくなった人たちも、かわいそうだと思いました。

江戸時代の間も戦後から70年の間の今も、日本は戦を起こしてはいないので、「平和」であることが普通で、戦争や紛争状態にある地域や国は間違っているのではないかと、つい思ってしまうのですが、平和な状態と平和ではない状態というのは本当は紙一重なのだろうと思います。個人同士の間の喧嘩などでもそうかもしれないのですが、何を言ったとか言わないとか、無視したとか、バカにしたとか、裏切ったとか、些細な、とまでは言えないかもしれないのですが、そのくらいのことで、それまで特に何ともなかったはずの関係性は簡単に壊れてしまうような気がします。

先日の「プライムニュース」というBSフジの報道番組では、「村山談話」について、村山元総理大臣を迎えて特集をしていたのですが、安倍総理が今年出す予定の「談話」の中で日本が被害を及ぼした相手の国に対してこれからの日本の「未来志向」を伝えるためには、日本政府の過去の過ちを認めて「反省」を表すことが絶対に必要だという村山元総理の意見を聞いて、私は、正しいと思いました。「謝罪」ということよりも、過去の過ちを絶対に繰り返さないという「反省」の土台がなければ、その上に新しい未来志向の「平和」を築くことは難しいということなのかもしれないなと思いました。

原発の「安全神話」も、4年前には「崩壊した」と言われていたのですが、今その言葉を聞く機会は少なくなっているような気がします。

大震災後の被災地の人々の生活も、原発の爆発事故現場周辺の地域の人々の生活も、戦時中や敗戦直後の人々の生活も、一般市民の生活は「国(政府)」の決めたことに左右されてしまうところが大きいと思うので、今豊かに暮らすことができている人たちをより豊かにすればいずれその「下」の人たちにも豊かさが回ってくるだろうという政府の計画が、経済に詳しくない私には正しいのかどうかは分からないのですが、その作戦を進めるよりも、政府には、ごく普通に、今困っている人たちをすぐに救うという計画に変えてほしいような気がします。

4年前に東日本大震災が起きた後には、もっと早く「復興」が進むと思えていたのですが、4年くらいではまだ無理だということなのでしょうか。それとも、4年間の方法が間違っていたのでしょうか。先日の「クローズアップ現代」で特集されていた、長引く避難生活を強いられている中で子供の心が折れてしまうという話も、とても辛い感じがしました。

戦争も、自然災害も、日々起きている犯罪も、被害を受けた人や町の中ではなかなか終わらないものなのだとしても、今辛い思いをしている人たちがすぐに救われる世の中になるといいなと思います。
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Author:カンナ
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