映画「かぐや姫の物語」

昨夜、「金曜ロードSHOW!」の枠で約3時間に渡って放送されていたスタジオジブリのアニメ映画「かぐや姫の物語」を見ました。テレビ初放送されると知って、私も見るのを楽しみにしていました。

2013年に公開された「かぐや姫の物語」は、古典の『竹取物語』を原作にした物語で、原案と監督は高畑勲さん、脚本は高畑勲さんと坂口理子さん、音楽は久石譲さんでした。

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり。」という冒頭の数行の言葉は、原作の『竹取物語』と同じだったように思うのですが、「日本昔話」風にも思えて良かったです。最初の頃の翁の話し方も、「日本昔話」のような印象でした。

光を放つ竹のそばから生えてきたタケノコの中から完成形の?ミニサイズで現れた「姫」が、翁(地井武男さん)の手から媼(宮本信子さん)の手に渡った途端に地球の人間のような新生児の姿に変わり、その赤ちゃんの状態から、翁と媼が「両親」となって、早く成長する(喜んだり、驚いたり、感情が大きく動くと成長するという感じでした)姫(朝倉あきさん)を育てていく、というところも、姫が山の子供たちと仲良く遊んだりする場面も、水彩画の絵本のような淡い色の手書き風の絵の温かみもあって、健康的な感じがして良かったです。

ただ、竹の中からあふれ出た金や衣装の生地を手にするようになった翁が、「神様の思し召し」だと言って、「姫のため」という大義名分によって、欲に目が眩んだかのように都に通い始め、高い身分やお屋敷を手に入れ、山で楽しく暮らしていた姫を夫婦で都へ連れ出していた辺りからは、(むしろここからが「竹取物語」なのかもしれないのですが)私には少し展開が遅いというか、少し長いようにも感じられてしまいました。

「美しく成長した姫」は、翁が名付けのためにお屋敷に呼んだ斎部秋田(立川志の輔さん)に「なよたけのかぐや姫」と名付けられていたのですが、この作品の中のキャラクターの中では、私としては、ひな祭りの飾りの狛犬のような顔をした女童(田畑智子さん)が、かわいらしかったように思います。私は女官さんだと思っていたのですが、「女童」ということは、かぐや姫よりも年下の子供だったのでしょうか。

かぐや姫は、山では近所の子供たちから「たけのこ」と呼ばれていて、普通の元気な山育ちの女の子という感じでした。それはかぐや姫と呼ばれるようになってからもしばらくは変わらなかったのですが、教育係の相模(高畑淳子さん)や父親の翁からこの世の掟のようなものを躾けられていくうちに、少しずつ元気を失くしていきました。

父親の翁は成金趣味的な人物だったのですが、母親の媼は、時々かぐや姫の味方にもなっていたのですが、中立的な立場の人物だったような気がします。

この物語を見ていて少し驚いたというか、意外に思えたところは、スタジオジブリの作品らしい出会い方を姫としていたようにも思えた、山の子供たちの兄的存在の捨丸(高良健吾さん)が、都で鶏を盗んで追われていたところに遭遇したかぐや姫に見捨てられていたところや、その3年ほど後にかぐや姫と再会した捨丸兄ちゃんが妻子を裏切っていたところです。

「蓬莱の玉の枝」を要求された車持皇子(橋爪功さん)、「火鼠の皮衣」を要求された阿部右大臣(伊集院光さん)、「龍の首の珠」を要求された大伴大納言(宇崎竜童さん)、「仏の御石の鉢」を要求された石作皇子(上川隆也さん)、「燕の子安貝」を要求された石上中納言(古城環さん)の5人の貴族の求婚者も(燕の巣に手を伸ばして落ちて腰を負傷して亡くなった石上中納言は少し違うかもしれないのですが)、なぜかとてもあごが長かった御門(中村七之助さん)も、あまり性格が良くなかったように思えましたし、何というか、「私は誰のものにもならない」というかぐや姫の思いが反映されていたのかもしれないのですが、男性の登場人物が情けないというか、残念な物語でもあったような気がします。

かぐや姫が地球に来ることになった理由も、はっきりとは描かれていなかったように思います。そのため、公開当時のポスターのコピーにあった、かぐや姫の「罪と罰」も私にははっきりとは分からなかったのですが、月の世界にいた頃の姫は、月の世界から青い地球を眺めて懐かしそうにしていた女性を見て、地球に興味を持つようになったようでした。

そして、地球の竹の中に送り込まれ、人間の女性として成長した姫は、山ではごく普通に元気に暮らしていたのですが、都のお屋敷の生活には馴染むことができず、翁に勧められていた地球の人間の女性としての「結婚」にも気が進まず、この世界から離れたいと、ついに「死」を望むようにもなったある日、月に「助け」を求めると、月にいた頃の記憶が蘇り、月から見えた地球に憧れていたことも思い出し、やはりもう少しこの世界にいたいと、十五夜の晩に月から来ることに決まったお迎えを拒否しようとするのですが、月の力は強く、賑やかな月の一行に引き寄せられたかぐや姫は、羽衣を着せられ、自分を大切に育ててくれた翁と媼の記憶も失い、そのまま天に昇ってしまうのでした。

助けてほしいと願ったらすぐに月の世界の人たちが助けに来てくれたということは、姫は「罪人」に与えられる「罰」として地球に送り込まれたというわけではなかったのかもしれません。月から来た使者が仏教の仏様だったことからすると、あるいは、地球に行ってみたいと思ったことがそもそも「罪」で、極楽浄土のような優雅で清らかな天上の月の世界から、欲深い穢れた地球に送られそこでの生活を体験させられること自体が「罰」だったのかもしれません。

もしも天上の世界が、「あの世」のような死後の世界で、死を願っていたかぐや姫は、やはり死んでしまったという展開だったのだとしたら、それもそれで少し寂しい終わり方だったような気もするのですが、最後、月に赤ちゃんの状態の時の姫の姿が写されていたので、それは、またいつか生まれ変わるというような、「輪廻転生」を示したものだったのかもしれないなとも思いました。

それに、もしも竹の中の金で豊かになった翁と媼が都へ引っ越して姫を貴族の妻にすることなどを考えず、それまでと同じように、また、姫の気持ちを大切にして、山での生活を続けていたなら、姫はこの地球の世界の生活を「生きている手応え」のある生活として、ごく普通の少女のように自然に受け入れることができていたのかもしれないなと思いました。

少なくとも姫は、キジを狩ったり、野菜やキノコを採ったりすることを、穢れとは思っていなかったようでしたし、恐れてもいませんでした。豪華で鮮やかな衣装にも、最初は喜んでいました。車持皇子が宝物の代金を払っていなかったという件でも、うんざりするという感じではなく、笑っていました。

私としては、気高く美しく成長した姫が地球の生活の中で馴染むことができなかったのは、「結婚」に象徴される、性的なものだったのではないかなと思います。姫は、この地球の世界での本当の人間の大人になることを拒絶したのではないかなと思いました。

姫の夢か(妻子のいる)捨丸の夢の中?では、姫は捨丸兄ちゃんとなら「結婚」できたかもしれないという風なことを考えていたようですが、でも、「私は誰のものにもならない」とも言っていましたし、結局は捨丸からも離れていきました。

翁や媼は、普通の両親の思いとして、娘には良いところへお嫁に行ってほしいとか、いずれ自分たちはいなくなるのだから結婚をして幸せな家庭を築いてほしいと思っていただけなのかもしれないとも思うのですが、姫には、竹の中から出てくる金塊などで暮らしには困らないのですし、たとえ貧しい暮らしだったとしても、翁と媼との3人の暮らしで、十分に幸せだったのではないかなと思います。

私は今まで何をしていたのだろう、とか、もう遅い、とか、姫が都に来てからの自分の、無為というか不本意だった暮らしを後悔していたのが、私にも何だか少し辛く思えてしまいました。本当は自分はこのような暮らしがしたかったのだと気付き、気付くのが遅かったことを後悔した姫が、そこから地球の世界を新しく始めることができたら良かったのかもしれないとも思うのですが、そこは「竹取物語」なので、やはり姫には「昇天」をする道しか残されていませんでした。

月からの使者が姫を本当に清らかな世界へ連れて行きたいのだとするのなら、むしろ「解脱」でなくてはいけないような気もするのですが、この作品の中の「昇天」が「輪廻」の一部だとするのなら、そしてまたいつか戻ってくるということなのだとすれば、一度心の中に生まれた「欲望」は消えないというか、そのようなことだったのかもしれないなとも思います。

この映画を見終わった直後は、少しもやもやとした気持ちになってしまったというか、伝えたいことがよく分からないというか、「生きていくためには『生きている手応え』が必要」というようなテーマの作品なら『竹取物語』でなくても良かったのではないかという風にも思えてしまっていたのですが、でも、しばらくして思い返してみて、少しずつ、良い作品だったような気がしてきました。

映画を見ている間は、物語の続きが気になって、楽しく見ることができていたように思います。水彩画のような絵柄も暖かい雰囲気で良かったですし、エンディングに流れていた主題歌の、二階堂和美さんの「いのちの記憶」も良かったです。

私は原作の『竹取物語』も好きですが、昔の実写映画(特撮映画?)の「竹取物語」の物語も好きです。今回の「かぐや姫の物語」の物語も、すごく良かったという風にはまだ思うことができないでいるのですが、だんだんと、良い映画だったように思えてきました。

この映画が公開される頃にも、この作品の手書き風?の絵のアニメーションのすごさが、宣伝番組などでよく紹介されていたように思うのですが、その絵の感じは、やはり良かったです。近年の平たいような色使いで人物の動きが不自然なアニメに、私はまだあまり慣れていないところがあるので、アニメーターやスタッフの方たちの作業はとても大変なのかもしれないのですが、昔のような、丁寧で繊細な動きをする平面のアニメーションの作品はいいなと改めて思いました。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム