「走れ、三輪トラック」

先日の土曜日の深夜にNHKの総合テレビで放送されていた、「シリーズ被爆70年『ヒロシマ 復興を支えた市民たち』」の「走れ、三輪トラック」というドラマを見ました。広島放送局制作のドキュメンタリードラマでした。

全3回のシリーズの2回目だそうです。第1回の「鯉昇れ、焦土の空へ」というドラマは、プロ野球の球団の「広島カープ」の創設時の物語だったようなのですが、先月の初旬の夕方の頃に放送されていたのを録画に失敗してしまったため、見逃してしまいました。

「走れ、三輪トラック」は、自動車メーカーの「マツダ」の前身の「東洋工業株式会社」の社長の松田重次郎(伊武雅刀さん)が、昭和20年の8月6日に原子爆弾が投下された広島の街の復興を助けるため、太平洋戦争が始まった後中断していた「三輪トラック」の生産を再開することを決め、その長男の松田恒次(高橋和也さん)や従業員たちや協力してくれることになった会社の人たちと共に、終戦直後の街で廃タンクの鉄板などの資材を集め、コツコツと生産量を増やして、広島の街の復興を支えていく、という話でした。

脚本と監督は坂田能成さんでした。1時間ほどのドラマでしたし、当時の出来事が細かく描かれていたというわけではなかったかもしれないのですが、このようなこともあったのだなと少しでも知ることができて、良かったです。

広島に原爆が投下された8月6日は、重次郎さんの70歳の誕生日でもあったそうです。恒次さんの弟は、原爆で亡くなってしまったようでした。直接的な破壊の被害を免れた「東洋工業」の会社の建物の中には、翌日から?新聞社や放送局や警察や市役所など、都市部にあった重要な施設が移って来ていたそうで、戦後10年ほどして病院や球場を作ったということもそうなのですが、国内で販売していた三輪トラック(オート三輪)を後に海外にも売り出したという「東洋工業(マツダ)」は、当時の広島の街の復興に貢献した、本当に大きな会社だったのだなと思いました。

そもそも、このドラマを何となく見始めた私は、自動車に詳しくないということもあるのかもしれないのですが、自動車会社の「マツダ」が、広島の会社だということにすぐには気付きませんでした。少しして、そういえば野球の「広島カープ」が「広島東洋カープ」であることや、球場名が「マツダスタジアム」であることを思い出し、「マツダ」は確かに広島の会社だったのだと気付きました。

技術者だったという社長の重次郎さんの、技術者としての思いは、今の「マツダ」にも生きているのでしょうか。広島の街を復興させるために、様々な事業計画を考えていたらしい重次郎さんは、77歳で亡くなったそうです。義足をつけた足で各会社を回っていたという恒次さんは、重次郎さんの意志を受け継いで会社を成長させ、広島カープのオーナーも務めていたそうなのですが、74歳で亡くなったそうです。

70年間は草木も生えないだろうと、原爆投下直後に外国の研究者に言われていたという広島の街は、その約1か月後には巨大な台風にも襲われたそうなのですが、番組で紹介されていた資料によると、昭和30年代には大分復興していたようでした。戦後70年目の今も含めて、広島の街や日本の各地が復興することができたのは、当時の人たちの尽力のおかげだと思うのですが、その地域に暮らす人たちが自由に?その土地に「バラック」と呼ばれる家を建てることができたり、商店街を作ることができたりしたようなところも、大きかったのではないかなと思いました。

例えば、もしも、東日本大震災直後の、東京電力の福島第一原子力発電所の事故の起きた福島の土地のように、原爆投下直後の広島の土地が政府によって長い期間立ち入り禁止区域などにされていたなら(当時は放射能の影響が未知のものだったり、隠されたりしていたという事情もあるのかもしれませんが)、今のような「復興」はしていなかったのかもしれないなとも思うのです。

原爆投下から5年ほど経つと、甲状腺癌などの被爆の影響が出る人が続出したそうなのですが、その検査や治療は東洋工業が作った病院でも行われていたそうです。

「三輪トラック」の海外向けのポスターに「a pride of HIROSHIMA(広島の誇り)」と書かれていたというのも、三輪トラックと原爆ドームを一緒に写した写真を使っていたというのも、すごいなと思いました。ポスターの三輪トラックは、次第に自動車(近未来的なデザインでした)に代わっていったのですが、戦後の街のために三輪トラックを復活させた重次郎さんの技術者魂が受け継がれていたように思えました。

日本は戦後70年で、戦争からは遠ざかっているようにも思えるのですが、最近はまた「テロ」の事件の報道も多いですし、「テロとの戦い」などという言葉を聞くと、少し不安な気持ちになります。日本政府が戦争を「起こさない」というというのは当然のことだと思うのですが、戦争や紛争を引き起こそうとしている国を外交で説得して止めることや、戦争や紛争に一般市民や自衛隊の方たちを「巻き込まない」ようにすることも、重視してほしいように思います。

今回のドラマで描かれていたことによると、戦後広島の街の復興のために作った東洋工業の三輪トラックは、GHQと政府の指示で、最初は東京や大阪などの大都市に運ばれてしまったということだったので、そのようなところも、何となく、2020年に開催される予定の「東京オリンピック」のための都市部の開発にお金が使われている今と少し似ているような気がしました。
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