憲法第9条と元米海兵隊員の方の特集

一昨日の5月3日は「憲法記念日」でした。その深夜には(日付としては4日になるのですが)、日本テレビの「NNNドキュメント'15」の「9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~」という番組が放送されていました。

私は、日本国憲法の草案を作ったのは日本人ではないと考えているらしい自民党の安倍晋三総理大臣たち政治家が推し進めようとしているという日本国憲法の第9条の改正について、改正しないほうがいいと思っているほうなので、元アメリカ海兵隊員の方が日本国憲法の第9条を大切に思っているということはどういうことなのだろうと気になって、この番組を見てみることにしました。

番組は、「黒人」という理由でアメリカ国内で差別を受けて家族で貧しい暮らしをしていたある日、白人の海兵隊員に声をかけられて海兵隊員になり、ベトナム戦争に参加して最前線で戦っていたという、元米軍の海兵隊員のアレン・ネルソンさんという方の平和への思いを伝えるドキュメンタリー作品でした。

ベトナム戦争でたくさんのベトナムの人を殺し、そのことを激しく後悔していたネルソンさんは、帰国後18年近くの間、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ、ベトナム戦争時に自分が殺した人たちや泣き叫ぶ子供たちの幻影に苦しんでいたそうなのですが、その後、沖縄県で起きた米海兵隊員による事件を期に来日し、英文の小冊子で知った日本国憲法の第9条の内容に衝撃を受け、それから2009年に枯葉剤を浴びた影響と思われる癌で61歳で亡くなるまで、日本各地で講演を行い、憲法第9条のすばらしさ、第9条によって守られている現在の平和の大切さ、戦争や暴力からは平和は生まれないということなどを、伝え続けていたのだそうです。

その実際の講演やインタビューなどの映像と、ネルソンさんのベトナム戦争の体験を描いた漫画の絵とで、今回の約1時間のドキュメンタリー番組は構成されていました。

深夜の放送なので、私は録画をしておいたものを後で見たのですが、とても良かったです。

ベトナムから帰還してPTSDに苦しんでいた頃のネルソンさんは、地元の小学校でベトナム戦争の講演を行ったそうなのですが、そこで小学生の一人から、人を殺したのかと聞かれて、少し迷った結果、正直に殺したと答えると、小学生たちは、ネルソンさんを人殺しと憎んだり軽蔑したりするのではなく、かわいそうだと泣いたのだそうです。そのことも、何だかすごいことだなと思いました。

海兵隊員になり、人を殺す訓練を受けたネルソンさんは、戦地となったベトナムで、ベトナムの人を自分たちと同じ人間だと思わないように、自分たちを襲ってくる小動物だと考えるようにしていたそうなのですが、人を殺す度に吐いていたのだそうです。中には、殺人に慣れて平気になった兵士たちもいたようなのですが、ネルソンさんは慣れず、慣れなかったところに、さらにどうして同じ人間を殺さなくてはいけないのだろうと気付き、「人間」に戻ったために、とても苦労したようでした。

ネルソンさんは、今のアメリカ人の多くはベトナム戦争を失敗だったと思っているが、戦争そのものを悪いものだと考えているわけではないと話していました。

私は、政治に詳しいというわけでは決してないのですが、その言葉を聞いて、今の安倍総理も、その周辺の政治家たちも、安倍総理を支持している一般の人たちも、戦争そのものを悪いもの、酷いもの、悲惨なものだと考えている人たちではないのかもしれないなと思いました。

ネルソンさんと話していたダグラス・ラミスさんという方は、日本国内で憲法9条の支持が減っていることを不安そうに話し、大好きな日本がなくなっていくようで悲しいと話していました。

東日本大震災の直後に日本国籍を取得した作家のドナルド・キーンさんも、いつか話していたように思うのですが、太平洋戦争後の約70年の間、日本が世界各地の紛争に直接関わらずに一人の戦没者も出していないということは、今回のネルソンさんも話していたように、本当にすごいことなのだと思います。

日本の国内では、近年、「平和ボケ」という言葉が使われているように思うのですが、ネルソンさんは、憲法の第9条によって守られている日本の子供たちが「戦争を知らない」ということは、とても良いことだと話していました。戦争を「歴史」としてきちんと知ることは大切だと思うのですが、戦争を体験して知る必要はないということは、本当にそうだと思いました。

アメリカが勝手に自分たちを「世界の警察」だと思っていることはともかくとしても、もしも第9条を「戦争の放棄」や「交戦権の否認」などとは反対のほうへ改正してしまって、日本まで「世界の警察」の発想に加わって強くなったような気持ちで各地の紛争に武力で介入することは、政治家の方がよく使う「国益」にはつながらないように思えますし、むしろ、日本人も相手の国の方も亡くなるのだとすれば、損にしかならないような気がします。紛争などの加害者になるのも、被害者になるのも、殺すのも、殺されるのも、同じくらい嫌なことだと思います。

今の憲法9条のままでも、自衛隊は活動できると思いますし、ラミスさんが話していたように、永久に戦争を放棄するという「憲法第9条」の世界は「理想」ではあるのかもしれないのですが、「平和ボケ」だとか言って、「武力行使」をあえて憲法を変えて書いてまで簡単に行うことができるようにするよりも、世界に類のないという、平和を目指す理想の世界を追求するほうが、ずっと良いように思います。

今の与党の自民党の安倍総理たちの言う「積極的平和主義」では、世界からは戦いがなくならないような気がします。あるいは、「経済発展」などのために、「軍需産業」という(ほとんど呪われているような)分野に手を出したいために、戦いをなくさないようにしようとしているということなのでしょうか。

以前、NHKのBS1では「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」という番組が放送されていて、私もそれを見たのですが、そこでも、何となく、世界各地で紛争をせずにはいられないアメリカの政府は、「敵」の存在に常に怯えているということと、「軍需産業」に頼っているという部分があるような印象を受けました。

政治にも経済にも詳しくない私には、分からないことではあるのですが、もしそうなら、とても嫌なことだなと思います。

「テロ」のような戦い方が横行している今では、ルールとして「宣戦布告」を必要とすることが決められている「戦争」と呼ばれるようなものはないそうで、「戦争」と言うよりも、「紛争」と言うほうが適切なのだそうです。

その意味では、「『戦争』をしない国」というような言葉を使おうとすると、例えば、「戦争」には参加しないと言ったけれど「紛争」に参加しないとは言っていない、というような言い方で返されてしまうこともあるのかもしれないなと思います。

それから、安倍総理が先日アメリカの議会で行った演説(そこでは確かに日本の歴史問題にも触れていませんでしたが、アメリカを称える内容だったので、アメリカが日本に対して行った原爆投下のことや空襲のことにも触れていませんでした。しかも、はしゃぐ日本政府や政府寄りのメディアとは対照的に、アメリカ国内のメディアではほとんど報道されていなかったそうです)のことで、報道番組などでは、「先の大戦」に対する「お詫び」と「反省」の言葉の違いについて触れていたのですが、中には「お詫び」と「反省」はほとんど同じ言葉だと言っている方もいて、少し驚きました。謝罪する相手にお金や品物を要求するかどうかということは別にして、単純に、「ごめんなさい」という「お詫び」と、「もうしません」という「反省」は、別の意味の言葉だと思います。

ネルソンさんやラミスさんは、沖縄に今でも大きな米軍基地があることについて、軍の基地はアメリカの国そのものだから、日本に基地があるということは日本が占領されているのと同じことだ、ということを話していたのですが、日本国内でも、そのことは少ししか言われていないような気がしました。

ネルソンさんの遺骨は、よく講演を行っていた、石川県のお寺の地下に納められているそうです。今年には、7回忌の法要が営まれたそうです。

私は活動家ではないですし、デモのような行事にも参加をしたことはありません。それでも、私も日本国憲法第9条の精神を良いものだと思っているということを、少し書きたく思いました。(そもそも、憲法の草案を作ったのも当時の日本の政府の人だと思いますし、日本国憲法は決してGHQに「押し付けられた」ものではないと思います。それに、仮に外国の方の意見が入っているとしても、誰が考えたのだとしても、良いものは良いのではないでしょうか。)

ともかく、今回の、憲法第9条と平和を守りたいと願っていたネルソンさんを特集したドキュメンタリー番組を私も見ることができて良かったです。何となく安倍政権寄りのような印象のある日本テレビで放送されていたというのも、何だか良かったように思いました。あるいは、原子力発電の再稼動を推進しているように思える読売系列の日本テレビは、憲法第9条の改正に関しては慎重な立場なのでしょうか。

今年は、まるで「70年」が一つの区切りの単位であるように、「戦後70年」になったことが強調されているように思うのですが、まだ70年しか経っていないとも言えると思います。まだ「戦後100年」でもないのです。先日には、シベリア以外の抑留者の方の名簿がようやく公表されたようですし、まだ「先の大戦」と呼ばれる戦争時代の出来事に区切りをつけようとするのは難しいことなのではないかなと思います。

今後、どのようなことが国会で?話し合われるのか分かりませんが、ほとんど無力なのだとしても、国民がそれぞれ個人的に少しでもちゃんと考えたほうがいいことなのだということを、改めて思いました。選挙権があって投票所へ行くことができる方は(少し面倒に思えるとしても)選挙の度に毎回ちゃんと投票をしに行ったほうがいいのだと思います。そして、その投票によって(一応)「支持」をされた与党や野党の政治家の方たちには、日本を、暗い方向へ進ませることのないようにしてほしいなと思いますし、私としては、昔の立派な人たちが考えた憲法第9条をこのままにしておいてほしいように思います。天皇皇后両陛下の平和への祈りが、伝わるといいなと思います。
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