「日本の妖美 橘小夢展」

先日、東京の文京区の弥生美術館で開催されている「日本の妖美 橘小夢展」を見に行きました。

弥生美術館へ行くのは久しぶりのことでした。以前に行った時の記憶が曖昧になっていたようで、入り口はこのようだっただろうか、受付はここにあっただろうか、ミュージアムショップは入り口すぐの左側にこのように広がっていただろうかと、勝手に不思議な感じがしました。

橘小夢(さゆめ)は、大正から昭和にかけて活躍した、明治25年生まれの日本画家です。私は挿し絵画家の方だと思っていたのですが、そうではなくて、「挿し絵画家としても活躍した」という画家の方でした。

美術館の解説によると、橘小夢さんの初期の肉筆画の多くは、関東大震災の災禍によって失われてしまったのだそうです。

私は橘小夢さんのことを詳しく知らないのですが、以前、渋谷の松濤美術館で開催されていた「大正イマジュリィの世界」という展覧会で、青い水の底を漂う女性の背中に河童が憑いている「水魔」という作品を見たことがありました。

それで、というわけではないのですが、今回橘小夢の展覧会が開催されると知り、何となく気になって、私も見に行くことにしたのでした。

入り口を入ったところには、弥生美術館に関係のある作家の本やお土産などが置かれていて、そのかわいい雑貨屋さんのような場所を少し斜めに進んだところに、1階の展示室の入り口がありました。

秋田に生まれた橘小夢さんは、「伝説」を作品の題材にすることが多かったのだそうです。1階と2階の展示室には、玉藻前、唐人お吉、八百屋お七、お蝶夫人、安珍と清姫、苅萱物語、日本武尊、牡丹灯籠などの作品が展示されていました。大きな作品というわけではないのですが、題材の少し不気味な雰囲気が細い線で細かく表現されていて、何というか、部屋に飾って置いたら怖いのではないかなという気がしました。

橘小夢さんを挿し絵画家だと思っていた私は、その絹本彩色の「日本画」を初めて見たように思うのですが、私としては特に、大正8年の「若菜姫」という掛け軸の作品が良かったです。江戸時代の『白縫譚』という物語に登場する、蜘蛛に乗って妖術を使う姫だそうで、土色の雲のような何かふわふわとした輪郭の大きな蜘蛛に乗る灰色がかった白い顔の若菜姫の背景にも、着物の柄にも、金色の蜘蛛の巣が張っていました。この「若菜姫」の蜘蛛の巣を見て、私は、上村松園の「焔(ほのお)」という作品のことを思い出しました。

蜘蛛の巣という自然界のものが、そもそもデザインの美しいものであるのかもしれないのですが、絵の中の女性に合わせて描かれているのを見ると、その美しさが抽象的に、より際立って見えるように思います。「妖艶」と形容されるような人は、現実の世界では直接的にはあまり見ることができないように思うのですが、このような幻想的な作品の中で時々見ることができると、その迫力に圧倒されるというか、何だか少し嬉しいような気持ちになります。

着物の蜘蛛の巣の上には、黄色や黄緑色や紫色の入った蝶の柄が描かれていました。

「花魁」も特に着物のデザインが鮮やかで、全体に華やかな雰囲気が漂っているように思えたのですが、2階の展示の解説によると、橘小夢さんは、着物の図案も描いていたのだそうです。その着物の図案の「紫陽花」も、きれいでした。

橘小夢さんの作品には、蛇のモチーフがよく使われているように思えていたのですが、会場の解説によると、それは性的な魅力による呪縛や邪悪さの象徴なのだそうです。

「水魔」では、河童が女性に憑いているのですが、河童のモチーフも、蛇の側の世界に入るのでしょうか。「水妖」という作品も、『苅萱物語』からの「嫉妬」のように、少し怖い絵だったのですが、こちらでは、人魚の身体に大蛇が巻き付いていていました。背景には、珊瑚や魚がごく自然な感じに描かれていたので、中央の人魚と蛇の構図の異様さが際立っていたのかもしれないなと思います。

2階の展示室には、矢田挿雲という方の『江戸から東京へ』という江戸時代から明治時代の伝説や風俗をまとめた本の挿し絵が展示されていました。

「柳の前と感應丸」という小さなペン画の作品の、「柳の前」の絵がきれいでした。大きな蓮の葉や花と、壊れた橋の上に座り込む柳の前という少女のストレートの黒髪が印象的なのですが、上半分が黒く塗りつぶされている真っ暗闇なので、橋の下の水面の白さに少女が吸い込まれそうな雰囲気が、何となく伝わってくるような気がしました。

泉鏡花の『高野聖』の挿し絵や、谷崎潤一郎の『刺青』の挿し絵の「女郎蜘蛛」、江戸川乱歩の『押絵と旅する男』と『鏡地獄』の挿し絵も展示されていました。

橘小夢と乱歩は近くに住んでいたという縁もあったそうなのですが、昭和10年に開かれた橘小夢の個展の際に書いたという乱歩のコメントが挿し絵の展示のそばに紹介されていたのも、良かったように思います。

「本格の絵としての優劣は分かりませんが、どの絵にも強過ぎる程強く表れている小夢さんの特異なる個性を好ましく思います。この作者は世の常ならぬ美しい夢を抱いているのです。これをこの作者独自の筆法で表現しているのだと思います。・・・『ビアズリーに国貞の衣装を着せて』とふと感じました。新しい錦絵ではないかと思います。」というような、当時の橘小夢さんの展覧会に寄せた文章が、いかにも乱歩の言葉らしいという感じがして、面白く思いました。

あと、心臓が悪かったという小夢さんが明治44年に描いたという「花菖蒲」や「むべ」や「紫陽花」の絵が、とても細密なものだったので、驚きました。独自の絵の上手い人というのは、やはり基礎的な絵もしっかり描くことのできる人なのだなと、改めて思いました。

順番通りに絵を見ていた時、突然角に生き物がいたので驚いたのですが、それは橘明さんという、小夢さんの孫の方が作った「玉藻前」の人形でした。狐の耳の付いた少女の人形でした。粘土で作られているそうなのですが、「球体関節人形」というものでしょうか、本当に何か魂の入っているものがこちらを見ているように思えて、少しぎょっとしました。

昭和35年の「地獄太夫」という屏風の作品は、着物の柄が地獄の絵だったので、驚きました。何か白い骸骨のような存在が地獄の炎の中にたくさん描かれていました。どうしてこのような作品を作ったのだろうと、私には少し奇妙に思えたのですが、地獄太夫の顔自体は、比較的現代的で、怖い感じがしませんでした。その隣にあった下絵の顔のほうが古風で、もう少し怖い感じがしました。「地獄太夫」は、室町時代の遊女で、一休和尚の弟子?でもあるらしいのですが、実在の人物なのだそうです。

弥生美術館の3階には、高畠華宵の作品が展示されていました。「華宵の絵に見る 大正・昭和 乙女の日常(女学生編)」という展示でした。私も、高畠華宵の絵を好きなので、この展示も楽しく見ることができました。

当時の雑誌に掲載されていた絵や、封筒などもかわいかったのですが、『少女倶楽部』の「先生に好かれる少女」という表の、「授業中窓から外を見ぬ少女」という項目を読んで、だから私も先生に好かれないのかもしれないなと、何だか面白く思いました。

2階へ下りて、奥の通路を進むと、別館の「竹久夢二美術館」につながっています。

夢二の絵もかわいいのですが、今回は、「多くの女を弄ぶものはつひに一人の女をも心をも知らず」という色紙が、何だか面白かったです。「若い二人は何にも言わず 何にもせずにため息ばかり」とか、「恋は得ぬ されどすべてを失ひぬ」とか、面白いなと思いました。夢二は自分のことを客観的によく理解していたのだなとも思ったのですが、あるいは、「恋愛」を繰り返す人にとっては、ある程度誰にでも当てはまるような普遍的なものでもあるのかもしれません。

『少女倶楽部』の「少女詩」の一つの、「ゆめ・たけひさ」の名前で書かれていた、「どうしても思出せない夢だけど どうしても思切れない夢だもの」という大正12年の詩も、すてきだなと思いました。この詩の中の「夢」は、「将来の夢」のような現実的な目標としての夢ではなくて、夜に見る夢のことなのではないかと思うのですが、幻のような夢を思うということは、何かとても少女らしい感じがします。

「名残の名月」という有名な絵も、すてきでした。「セノオ楽譜」の表紙の絵の展示から、「宵待草」などの静かな歌が美術館内に流れていたのも、「大正浪漫」の雰囲気があって、良かったように思います。

久しぶりに「弥生美術館」や「竹久夢二美術館」へ行くことができ、橘小夢の展覧会を見ることができて、楽しかったです。お客さんも、思ったほどたくさんいるというわけではなかったので、展示されている作品を気軽な気持ちで見ることができました。それほど広くない美術館内だと思うのですが、椅子が比較的たくさん置かれていたように思えました。そのようなところも良かったように思います。

ところで、弥生美術館のある坂は「暗闇坂」という名前だということを、私は最近になって知りました。昔はとても暗い道だったのかもしれません。美術館の外側の、門の右側の看板近くの壁には、高畠華宵の記念碑と、竹久夢二の記念碑と、貝塚で発見された土器が町名に因んで弥生式土器と名付けられたというプレートと、そして、「東京大学医学部戦没同窓生の碑」がありました。「東京大学医学部戦没同窓生の碑」には、嘆く人々の姿と、昭和6年から昭和45年の、満州事変や日中戦争や太平洋戦争で亡くなった学生たちの名前が刻まれていました。戦争では多くの学生が亡くなったのだと思うのですが、確かに東京大学の医学部の学生の方もたくさん亡くなったのだなと、改めて思いました。戦争も紛争も、嫌だなと思います。本当にたくさんの人が戦争のせいで亡くなったり苦しんだりしたのに、「戦後70年」になって、もう一度そのような状況を作り出しそうな今の政治や社会の雰囲気のことを思うと、憂鬱のような、寂しいような気持ちになります。
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