「沖縄戦 全記録」

日曜日の夜9時からNHKの総合テレビで放送され、録画をしておいた、NHKスペシャル「沖縄戦 全記録」を見ました。

70年前の昭和20年の8月15日に終わったとされる太平洋戦争(第二次世界大戦)の「沖縄戦」では、約12万人の沖縄の住民が犠牲になったのだそうです。

その亡くなった方の数は、国内の戦死者数では最大だそうで、被害が大き過ぎるためにその全体像が分かっていないということなのだそうなのですが、今回の番組の調査では、沖縄県の糸満市が保管している、沖縄の住民の誰がいつどこで亡くなったかということが記された戦後の調査記録の非公開の資料を見せてもらうことができたのだそうです。

そして、番組では、その沖縄の住民82074人の戦没者のデータをいわゆる「ビッグデータ」としてまとめて、CGの棒グラフに置き換えたものを使って、アメリカ軍が沖縄に上陸してきた4月1日の「沖縄戦」の始まりの頃から、日本軍の司令部が置かれていた首里がアメリカ軍に陥落した5月31日の頃、さらに日米間の「沖縄戦」が事実上決着したはずの6月1日以降にも46042人という全体の約6割の住民の方たちが犠牲になり、住民や日本軍の兵士が南部に集結していった6月23日までの一週間に5502人の方が亡くなっていたという、戦没者数の日毎の推移を、当時のアメリカ軍が撮影して残していた沖縄戦のフィルムの映像を解析した情報と、今回見つかったという「バーンズ陣中日誌」に書かれていた文章と共に説明していました。

沖縄戦の米軍司令官の側近として記録をしていたバーンズ曹長という方の「陣中日誌」には、「住民」という言葉が繰り返し登場するのだそうです。

戦時中の日本軍の最高統帥機関だった「大本営」の「帝国陸海軍作戦計画」によると、「大本営」は、皇土防衛(本土防衛)のために、沖縄を日本軍がアメリカ軍と最前線と位置づけていたそうなのですが、沖縄戦の半年前に決めた台湾の防衛のために沖縄に置いていた軍隊の3隊のうちの2隊を沖縄から引き上げたために沖縄戦を戦う兵力が足りなくなってしまい、兵力を補うために「防衛召集」という陸軍の制度を使って沖縄戦の現地である沖縄の一般住民の人たちを軍に組み込んだということでした。その中には14歳以上の中学生の男子もいたそうです。

今回の取材で、専門家の方が保管していた40年前の、沖縄が本土復帰をした直後に沖縄の方が語ったという証言記録のテープ千本も見つかったそうなのですが、第32連隊と住民3000人に命運を任されたという、沖縄の伊江島という島では、子供を背負った女性までもが「斬り込み」(近年よく聞くいわゆる「自爆テロ」のような突撃)を、アメリカ兵に対して行って亡くなっていったそうです。そして、「集団自決」も起きたそうで、伊江島では、1日で島民の約半数が戦没したのだそうです。

「昭和二十年四月以降における防衛召集事実資料」によると、県外に疎開をさせる予定になっていたお年寄りや女性や子供も「防衛召集」で軍に組み込まれ、一度に40人の住民が「斬り込み」を命じられたこともあるということでした。

米軍が上陸するまで50万人いたという沖縄の住民は、4月の下旬までには13800人が、5月20日までには21600人が犠牲になったそうです。

番組では、天気予報の降雨量を表すCGのような地図と棒グラフの図を使って、「沖縄戦」での沖縄の住民の死亡した日付と場所を「ビッグデータ」で示していたのですが、ただ調査資料の「データ」の数字を伝えるだけではなく、ちゃんと、と言ってはいけないのかもしれないのですが、当時戦争に巻き込まれた沖縄の住民の方や元日本兵の方や元アメリカ兵の方にインタビューをして思いを聞いた「証言記録」も伝えられていました。

天皇陛下のために死になさいとか、捕虜になることは日本人の恥だとか、「一億総玉砕」の思想が刷り込まれていた沖縄の若い住民たちの間では、最後はみんな兵隊と一緒に靖国神社に祭られるからと言い合っていたのだそうです。

第32連隊にいた当時24歳だった元大尉の方は、弾薬も食糧も全て不足していたと話し、その頃の日本軍には戦をするだけの能力が無かった、戦うことで頭がいっぱいで軍としては住民のことを考えるゆとりが無かったと説明していました。

沖縄の住民の命と引き替えに「本土防衛」の沖縄戦は続けられる、というナレーションの言葉も印象的でした。

当時19歳で沖縄戦に参加していたという、戦利品の「日の丸」の旗を広げて見せていたアメリカ兵の元伍長の方は、住民と日本兵を見分けることは難しかったと言い、自分が先に殺さなければ自分が殺されるから先に撃ったと話していました。一人の兵士が日本人に向けて発砲したことでみんながパニックの状態になり、その伍長の方も無差別に撃ったそうなのですが、翌朝確認しに行くと、その時撃った日本人は全て住民だったという出来事もあったそうです。その方は話しながら泣いていました。

当時の米軍が入手していた、日本軍の戦術の資料には、日本軍は、兵士たちに住民の服を着て変装するよう命じていたことも書かれているそうです。全員ではないかもしれないのですが、沖縄戦を戦っていた日本兵の中には、住民を「隠れ蓑」にして利用していた人もいたらしいということでした。

首里陥落後、アメリカの南下によって、240個あった壕(糸満市の壕は92個が軍のものだったそうです)は少しずつ減っていき、沖縄の住民と一緒に追いつめられていった日本軍の中には、兵士のために住民を壕から追い出そうとした人もいたそうです。

最南端のガマで2歳年上の姉を失ったという、現在88歳の女性の方は、思い出すと夜も眠れない、と話し、国のした業だからどうしようもないけれど悔しい、ただ、なぜとしか言えない、という趣旨のことを話していました。

6月20日、アメリカ軍は沖縄の最南端へ来たそうです。アメリカ海兵隊の元伍長の方は、喜屋武半島の断崖から住民が身投げをするのを見たそうで、子供が身投げをしたのを見て辛かったと話していた元伍長は、どうして投降しなかったのかと不思議そうにしていました。

番組によると、6月23日に第32連隊の牛島満司令官が自決したことで、日本軍の組織的な戦闘は終わったということでした。しかし、現地では「ゲリラ戦」が続けられていたのだそうです。

敗戦が決まった昭和20年の8月の末に投降した伊東さんは、靖国神社を参拝した後、国民を守るのが軍隊の役目だから、沖縄の住民を戦場に巻き込んで守れなかったということは軍隊の役目の一部を果たしていないことになる、軍としては辛いと話していました。

「陣中日誌」を記したバーンズ曹長は、昨年95歳で亡くなったのだということでした。戦後は作家になり、ピューリッツァー賞を受賞したこともあるそうなのですが、沖縄戦で体験したことについては生涯語らなかったのだそうです。バーンズさんの元妻の方は、バーンズさんについて、毎晩悪夢にうなされていた、目を覚まして部屋をうろつき、泣き叫ぶということを繰り返していたと話していました。

「バーンズ陣中日誌」は、「戦争の全てを見た、もう十分だ」と締めくくられているそうです。

沖縄の約20万人の戦没者の中で、まだ3000人以上の人の遺骨は見つかっていないそうです。今年は100体の遺骨が見つかったとも伝えられていました。

「本土防衛」のために国家が遂行した「沖縄戦」、一度戦争が起きれば一人の命がいかに軽いものなのか、20万人の使者たちが突きつけている、という言葉で今回の番組は終わり、最後は、インタビューに応じてくださっていた方たちの一人一人の肖像のような、ポートレートのような映像が流れていました。

番組のナレーションを務めていたのは、田中泯さんと、守本奈実さんでした。

タイトルにあるような、沖縄戦の「全記録」とは少し異なっていたような気もするのですが、沖縄戦、あるいは政府によって引き起こされた戦争という事態の理不尽さや悲惨さ(このような言葉で端的に表すのも正しくないような気がしてしまうのですが)を伝える良い特集だったように思います。

ただ、今回の約1時間の番組を見終わって、私は、日本軍とアメリカ軍による沖縄戦のあまりの被害の大きさというか、戦争の嫌な感じに、少し疲れてしまいました。

特集されていた太平洋戦争での沖縄戦は70年前のことですが、「日米安全保障条約」のことで「集団的自衛権」を安倍晋三総理や自民党や公明党が押し進めようとしていることを思うと、私は70年前の戦争を体験してはいないのですが、政府が起こす「戦争」とそれに一般住民が巻き込まれていくという社会状況が、再び近づいてきているような気がして、憂鬱な気持ちになります。

少し前に2日間だけNHKで放送されていた「安保法制関連」の国会中継(今のところなぜかその2日間以降NHKは「国会中継」を放送していません)を見てから特に、私は、安倍総理の姿を見るのがますます苦手に思えるようになってしまい、ニュース番組も見なければいけないとは思うのですが、各地で起こる殺人事件や、各企業でのハラスメント関連の事件や、「ISIL(ISIS)」の「テロリスト」の人たちに二人の日本人が殺されたことについて安倍総理には何に責任もないという政府見解が出されたことや、国が管理している(すでにシステムが破綻していると思われる)「年金」などの個人情報の流出の問題や、マスコミやメディアがほとんど話題に取り上げないままいつの間にか決まってしまったように思える、経済界寄りの政府が国民から税金をスムーズに取り立てるために作ったという胡散臭い「マイナンバー制度」のこと(一言も「中止」や「廃止」を言わないメディアの方は、「反対」ではないのでしょうか)や、2020年に予定されている東京オリンピックのための?国立競技場の資金の不正の問題や、そもそもなぜそれが「国民の命を守る」ものとして必要なのかが判明しないまま詭弁のような説明で進められる「集団的自衛権」の問題や、「集団的自衛権」の合憲・違憲の争いや、日本でも武器の売買(軍需産業)が行われる問題、原子力発電所の再稼働の問題や、結局40年では足りないらしい福島の東京電力の原発の廃炉計画の問題や、まだ放射線の除去が進んでいないのに被災地の避難指定が解除されるかもしれないという問題などの報道を見たり聞いたりしていると、怒りというよりも、最近のこの数週間は不安感のほうが強くなるようになってしまって(もしかしたら夏バテとかで体力が落ちてきているということもあるのかもしれませんが)、報道番組の画面から目を逸らしたり、テレビを消したりしてしまうということが続いています。

先日のBSフジの「プライムニュース」に出演していた西部さんという元東京大学の教授の方が(その方はいわゆる「保守」の方ではあったのですが)、日本政府はもう後戻りできないところまで来てしまったから、日本はもうおしまいだという風なことを話していました。その方の話し方が面白かったということもあるのかもしれないのですが、それを聞いて、そうかもしれない、このまま「独裁」的な安倍総理とその仲間の政治家の方たちの思い通りの日本になるのなら、日本はおしまいかもしれないなと思いました。

その方の言い方が何だか明るかったので、その時に暗い気持ちになることはなかったのですが、やはり今は、今から74年以前の「戦前」に近いような雰囲気が、世の中に漂っている状態なのかもしれないなと思いました。

70年前の戦争時代には「敵」だったアメリカを、今でも「敵」と思うことはさすがにおかしいと思うのですが、日本政府がアメリカ政府の方針に付き従ってしまうのなら、それは「属国」のようでもあるように思えてしまいます。(「愛国」という言い方を私はあまり好きではないのですが、安倍総理のどのようなところを見て「右翼」?の方が安倍総理を「愛国者」と思うのかというようなところも、よく分かりません。)

自民党の安倍総理たちの言う、もしも日本が「集団的自衛権」を使ってどこかの国に攻撃をしても日本は絶対にその国や「集団的自衛権」を使うその国の友好国から反撃はされないし、戦争のような事態になることはない、というような説明は、私には適当な嘘としか思えないのですが、その人たちがどうしてそのような発言を恥ずかしくもなく堂々とすることができるのか、不思議ですし、その神経の図太さのような点を、少し怖くも思います。

今の日本政府が「集団的自衛権」を使えるように決めてしまい、いつか自衛隊員の方を頻繁に「テロ」の起きる外国の様々な危険な場所へ送るのだとしたなら、やはり自衛隊員の数を増やさなくてはいけなくなるのだろうと思いますし、戦闘による死者も出てきてしまうのだろうと思います。

今回の「NHKスペシャル」の「沖縄戦 全記録」の特集でも、元兵士の方の言葉で伝えられていたように、国民を守るために、と言っても、戦時下では何が起こるか、どのような「想定外」(この言葉を政治家が使う場合は無責任を露呈していることではないかと思います)のことが起こるか、分からないのだと思います。

そもそも当時の兵士の方も、今の自衛隊員の方も同じように「国民」なのですし、その「国民」は、専門的な訓練をしていると言っても、結局はごく普通の「人間」なのですし、日本を含め各国の政府の様々な「外交の失敗」によって、「軍隊」として召集される各国の国民が殺したり殺されたりすることになるというのは、本当に嫌なことだと思います。

例えばその「集団的自衛権」の問題をすくに「戦争」と結びつけるのは「極端」だと思う第二次安倍内閣の政治家のような方は、もしかしたら今の日本社会の中にたくさんいるのかもしれませんが、世界各地で暮らしているそれぞれの人の人生に関わることなのですし、私としては、少し極端に考えてしまうくらいでもちょうど良いような気がしています。

「後方支援」の部隊が「敵」から真っ先に狙われるのだということを今の政府が実際には知っていたとしても、「積極的平和主義」という謎の主義を主張する今の政府には、「国民の命を守るため」という言葉を、プログラムされている人形のように繰り返し言うことくらいしかできないのかもしれません。それに、その「国民の命を守るため」の話の時に政治家が言う、守られるべき「国民」とは、現実的には、というか、その方たちの念頭には、存在していないような気もします。

生活に困っている人がいるというのに消費税を上げたり、東日本大震災の復興予算を下げようとしたり、何千億円もかけて東京オリンピック関連の?建物をいくつも作ろうとしたり、何だかよく分からない世の中だなと思います。

「歴史」で習ってきたことのように、これからも政治家の方たちがその国の社会や世の中の流れを決めるのだとするのなら、良い政治家の方たちには、「おしまい」にならない日本の行く末を示す何かを、見つけてほしいように思います。

一度始まってしまった戦い(原発事故もそうかもしれないのですが)などの悲惨な出来事を終わらせるということは、本当に大変なことなのだろうと思います。空から爆弾を落として町を壊したり、恐ろしい薬剤を撒いたり、火炎放射器で洞窟内を焼いたり、兵士だけでなく、住民を苦しめたり殺戮したりしたことの事実は、当時その場で生きて体験していた誰かの記憶からいつか消えたとしても、本当には消えることはないのかもしれないと、今回のこの沖縄戦の特集を見て改めて思いました。

それにしても、近年では、日本軍とアメリカ軍との戦いについては(それさえもが何かの「絆」であるかのように?)特集されているのをよく見るのですが、太平洋戦争の頃の日本軍、あるいは関東軍が、満州なども含めたアジアの地域で具体的に何を行ったか、どのような良いことや悪いことを行ったのかということについては、ほとんどテレビ番組で特集されることがなくなってしまったように思います。

以前もそれほど多くはなかったかもしれないのですが、それでも、時々は放送されていたような気がするのです。

国内で最大の戦死者を出した沖縄戦のことや、アメリカが広島と長崎に原爆を落として住民を殺害したことなど、日本が甚大な被害に遭った出来事の事実を伝えることも「歴史」として重大なことなのだと思うのですが、戦争をする国にはどの国にも被害と加害の両方の側面があるのだろうと思うので、いわゆる「加害者」としての日本軍の側面を、一視聴者の私のような「戦争を知らない」人たちに冷静に伝えるということも、(今の世の中では少し難しいことなのかもしれないのですが)大切なことなのではないかなと思いました。

そして、世界中の国がお互いに、ということになるのかもしれないのですが、どこの国とも適度な距離感を保って仲良く平和に付き合っていくことのできる国になるといいなと思います。

(長くなってしまいました。拙い文章を読んでくださった方、ありがとうございます。)
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