「天皇の料理番」第10話

TBSテレビ60周年特別企画の日曜劇場「天皇の料理番」の第10話を見ました。

大正5年(1916年)の1月、宮内省の大膳寮の厨司長となった秋山篤蔵(佐藤健さん)と俊子(黒木華さん)は再婚をしたようで、俊子さんの両親と共に福井の武生の秋山家でお正月を過ごしていました。俊子さんのお腹に子供がいることが分かると、篤蔵さんは兄の周太郎(鈴木亮平さん)の仏壇に手を合わせて子供が無事に生まれてくることを祈っていました。

大膳寮では、廊下が長過ぎて出来立てのシチューが冷めるということを宮前さん(木場勝己さん)と話していた篤蔵さんは、女官(伊藤かずえさん)と共に厨房に現れた節子皇后(和久井映見さん)と対面していました。篤蔵さんは節子皇后のことを宮様と呼んでいました。

それから時代は一気に進み、大正12年(1923年)の8月になっていました。篤蔵さんの家には3人の子供がいて、俊子さんは生まれたばかりの子供を背負いながら日々の家事をこなしていました。遊びに来ていた「バンザイ軒」の森田梅(高岡早紀さん)は、秋山家の2番目の女の子に上野動物園のチケットをプレゼントしていました。

「精養軒」の山上辰吉(柄本佑さん)と二人で食べた屋台の海老のてんぷらの味に感動し、天皇陛下にもてんぷらを召し上がっていただきたいと考えていた篤蔵さんは、療養中の天皇陛下(大正天皇)を心配して日光の御用邸へ向かい、節子皇后に相談していました。土曜日に料理を作る許可を得たのですが、その日は上野動物園に行くと子供に約束をした日でもあったので、篤蔵さんはどのように子供に話すべきか迷っていました。

篤蔵さんと俊子さんは、子供たちには、料理人だということは話していたのですが、「天皇の料理番」であるということは秘密にしていました。しかも、料理人というのは、当時は「ろくでなし」の人がなる仕事というイメージがあったらしく、そのことで友達にからかわれたという小学生の長男の一太郎さんは、父親の仕事について作文に「料理人」と書けずに悩んでいたのでした。

俊子さんは、料理人の仕事に好感を持っていない一太郎さんが、父親の稼いだお金で用意されたご飯を食べなくなった市太郎さんを心配して、魚のうろこを取るという料理のお手伝いをさせてお小遣いを渡して、一太郎さんが「バンザイ軒」でご飯を食べることができるようにしていました。「バンザイ軒」で食事をしていた一太郎さんは、厨房の料理人の腕に傷があるのを見て、ため息をついていました。

夜、帰宅した篤蔵さんは、俊子さんは熱を出して寝込んでいることを知って心配していたのですが、布団から起き上がった俊子さんは、厨司長である篤蔵に病気がうつることを心配していました。熱を出した母親を残して、荷物を持って再び家を出て行く父親の姿を見た一太郎さんは、料理人のくせに、と父親のことを罵り、それに怒った篤蔵さんは、一太郎さんを叩こうとしたのですが、代わりに止めに入った俊子さんを叩いてしまいました。俊子さんは、一太郎さんを説得できていない自分の責任だと伝えて、怒りの収まらない篤蔵さんをそのまま仕事に送り出していました。

そして、9月1日、九條公爵邸の台所で辰吉さんと料理を作り終えた篤蔵さんは、関東地方を襲った大地震に巻き込まれていました。篤蔵さんが外に出ると、公爵邸の屋根瓦は剥がれ落ち、公爵邸のあった高台から見下ろすことのできた街には火災が発生していました。

慌てて走り出した篤蔵さんは、まず大膳寮へ向かい、宮前さんたちに会って、お上の無事を確認していました。それから、宮前さんに言われて、自宅にいる俊子さんと子供たちの無事を確認をしに行こうと皇居の門を出ようとしたのですが、広場にたくさんの人たちが避難して来ているのを見て立ち止まっていました。これからはお国のために働くのだという兄の言葉を思い出し、篤蔵さんよりも長生きしますと言ってくれた俊子さんの言葉を祈るような気持ちで信じることにした篤蔵さんは、急いで大膳寮に引き返し、被災した人たちのために、みんなで炊き出しの準備を始めることにしていました。

皇居の平川門が開かれ、敷地内に受け入れられた被災者たちは、篤蔵さんたちからおにぎりやすいとんを受け取っていました。配っている最中、鈴の音を聞いた篤蔵さんは、俊子さんが来ているのかとその姿を探していたのですが、バケツの転がる音のするほうを見た篤蔵さんは、その子供が一太郎さんであることに気付いて駆け寄っていました。

父親の姿を見てほっとしたらしい一太郎さんは泣き出し、お母さんに頼まれてお湯をもらいに来たのだということを話していました。俊子さんは、お産婆さんとして、救護所で子供が生まれそうな女性を診ていました。お湯を持ってきた一太郎さんが、どうしてお父さんの仕事のことを教えてくれなかったのかと母親に訊くと、俊子さんは、お父さんは一太郎さんがもしも「御用達の札」をもらってきてほしいと学校で頼まれたら困るだろうということを心配していたのだということや、真心を込めて料理を作る料理人が偉いのであって一太郎さんに「天皇の料理番」だから偉いのだという風には思ってほしくなかったのだということを話して答えていました。

翌朝、割れたお茶碗を持って炊き出しに並んだ家族は、篤蔵さんの手からすいとんを受け取って、ありがとうと嬉しそうにしていました。篤蔵さんは、子供たちを守って生きていてくれた俊子さんに、ありがとうと伝えていました。

一太郎さんは、学校の作文に、誇りを持って堂々と、お父さんは料理人だと書くことができていました。そして、料理人の仕事は少しも恥ずかしい仕事ではなく、お父さんの手から受け取った料理を食べた人たちはみんな幸せそうな顔をしていたという趣旨のことを書いていました。

脚本は森下佳子さん、演出は山室大輔さんでした。

節子皇后(貞明皇后)が登場したのには少し驚いたのですが、「皇居編」の第10話も、面白かったです。

篤蔵さんと俊子さんは関東大震災に遭っていたのですが、家族の心配をしながらも、「天皇の料理番」としての務めを全うする篤蔵さんの使命感と、篤蔵さんの仕事や生き方を尊重して謙虚に家庭を守る俊子さんの意志の強さがバランス良く描かれていて、良かったです。

料理人は「ろくでなし」がする仕事だと友達に言われて落ち込み、家庭よりも仕事を優先する父親に反発していた長男の一太郎さんが、料理人としての父親の姿を理解して、父親を尊敬し始めるところも良かったです。一太郎さんは、母親の俊子さんにも言われたように、お父さんには家族の他にも大切にしたい人がたくさんいるのだと、「天皇の料理番」である父親の篤蔵さんのことを納得していました。

日常でももっとそのようなところを出したらいいのに、と一太郎さんは思っていたようなのですが、当時の料理人たちには、何か常に怖い顔をしている人が多かったということなのでしょうか。(例えば、小林薫さんが演じていたドラマ「深夜食堂」の「めしや」のマスターのようなイメージだったのでしょうか。)

宮前さんは、子供たちには宮内省の役人だと話していると篤蔵さんに話していたのですが、「華族会館」の宇佐美さんや、「英国公使館」の五百木さんも、「料理人」ということでは、当時の世間の人たちからはあまり良く思われていなかったということなのでしょうか。私にはよく分からないことなので、どうだったのかなと、少し気になりました。

一太郎さんが作文を読んでいた授業参観には、俊子さんは梅さんと一緒に来ていたのですが、最後、学校を出た俊子さんは急に胸の辺りを押さえて苦しみ出していました。

どのような展開になるのかは分からないのですが、次回の物語(第11話になるのですが、このくらいの時間帯の最近の連続ドラマには珍しく、次回はまだ最終回ではありませんでした)も、楽しみにしたいと思います。
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