「花燃ゆ」最終回

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」の最終回(第50回)を見ました。

舞踏会が開かれている鹿鳴館のフロアで夫の楫取素彦(小田村伊之助、大沢たかおさん)とダンスを踊った美和(杉文、井上真央さん)が、群馬県令を辞めた夫と汽車で故郷の山口へ帰り、畑に育った小さな双葉の芽に未来への希望を見出すというような場面で終わった最終回でした。

光の中へ進む美和さんの後ろ姿の後、「完」の文字が出ていました。

本編の後の「花燃ゆ紀行」では、汽車の中で美和子さんが夫の楫取素彦さんから渡されていた、久坂玄瑞の手紙をまとめたという「涙袖帖」が紹介されていたのですが、その後、山口の防府で暮らすことになった楫取素彦さんと美和さんが、幼稚園や女学校の設立に尽力したり、明治天皇の第十皇女の貞宮の養育係になったり、小さいうちに亡くなってしまった貞宮の遺品を防府天満宮に納めたりしたことなどがざっくりと伝えられていたので、その歴史紀行を見ながら、杉文さんを主人公としたドラマであったなら、この部分をもっとドラマで描くべきだったのではないかと思えてしまいました。

杉文さんが吉田松陰の妹で久坂玄瑞の妻であるという点では、その部分が描かれるのはまだ良いとしても、結果的に大半を占めていた幕末の長州藩士たちの部分を短くしていたなら、女性たちの「教育」に力を入れていたという文さんの晩年の人生も、もっとドラマとして描くことができたのではないかと思いました。

メディアなどで「花燃ゆ」の視聴率が低いという話になる際に、吉田松陰の妹の杉文さんの知名度が低いからではないかという意見が出ているのを何度か聞いたり見たりしたのですが、杉文さんの兄の吉田松陰や周囲に配置されていた“幕末の志士たち”は歴史上の有名な人たちだったのですし、私としては、ドラマの面白さに、その主人公が歴史上有名であるか無名であるかということは、ほとんど関係が無いことであるように思えます。(連続テレビ小説の「あさが来た」の視聴率は高いそうですが、主人公のモデルとなった実業家の広岡浅子さんのことも、私はこのドラマを見るまで知りませんでした。)

私は今回の「花燃ゆ」をあまり楽しい気持ちで見ることができなかったほうなのですが、それは、文さんが無名な人だから(有名な人ではないから)ではありません。長過ぎた“幕末の志士たち”の場面や、文さんのことがちゃんと描かれているというわけでもない中で何でも文さんの手柄となってしまうような展開(例えば以前の「篤姫」や「龍馬伝」でもそのような部分は多かったかもしれませんが)にいまいちついていくことができなくなってしまったからなのではないかと思います。

最後のほうになってようやく始まった「群馬編」も、あまり群馬の良さのような部分は出ていなかったように思えますし(分かりやすい「からっ風」の描写も含め、未開の地?のように描かれていた群馬県が明治政府に上手く利用されただけだったというような印象でもありました)、この大河ドラマが始まる前に期待をしていた群馬の方たちは、どのような気持ちで「花燃ゆ」のドラマを見ていたのだろうかと少し気になりました。

「花燃ゆ紀行」の後には、来年の2016年の1月から始まる次作の大河ドラマ「真田丸」の予告があったのですが、作者が三谷幸喜さんだということと、「六文銭」の鎧兜を身に着けた堺雅人さんの演じる真田信繁(真田幸村)が馬で走る場面が流れていたくらいで、物語の内容には触れられていませんでした。まだよく分からないままではあるのですが、次回作を私も一応楽しみにしていようと思います。
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