「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」

NHKの新ドラマ「放送90年 大河ファンタジー 精霊の守り人」の第1回を見た後、私はETV特集の「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」を見ることにしたのですが、その特集は、「人間爆弾」と呼ばれた特攻兵器の「桜花」を少尉時代に発案した元海軍中尉の大田正一さんの息子さんの大屋隆司さんが、父親がどのような人物だったのかを知るため、戦時中の父親を知っている元兵士の方たちに会いに行くというものでした。

私は「桜花」のことを、その名前を聞いたことがあるくらいにしか知らなかったのですが、飛行機から飛ばすロケット型の爆弾に搭乗機を付けたグライダーのようなものでした。写真によると、爆弾の側面には、赤い桜の花の絵が描かれていました。発案者の大田正一さんの名前を取って、海軍の間では「○大金物」と呼ばれていたそうです。

昭和3年の15歳の頃に海軍に仕官した大田さんは、一式陸上攻撃機に登場する偵察員だったそうです。内藤初穂さんという方の著書『桜花』の記述で紹介されていたのですが、ミッドウェー海戦後、日本が負け続ける情勢の中で「人間爆弾」を発案し、自分が乗るとして、海軍航空技術廠の廠長の和田操中将と設計課の三木忠直少佐にそのアイデアを伝えたそうです。

茨城県の鹿島の神ノ池という訓練基地に、昭和19年10月、「神雷部隊」が開隊すると、大田さんは特別待遇を受けて、個室を与えられたということでした。しかし、映像によると、重い「桜花」を積んだ飛行機は動きが鈍り、すぐに撃墜されてしまったそうです。そして、搭乗した829人の方が戦死したということでした。資料にも、全機未帰還と書かれていました。日本軍のこの人間爆弾「桜花」のことは、アメリカ軍の兵士たちの間では「バカ爆弾」と呼ばれていたそうです。

日本国内の新聞上では、「桜花」を発案した大田中尉は英雄扱いになっていたのだそうなのですが、昭和20年の8月15日に終戦を迎えると、大田さんの評価は一転し、8月18日には零戦で飛び立って海に墜落するという自決を図ったそうです。息子の大屋さんが会いに行った90歳の佐伯さんの話によると、零戦ごと海に落ちた大田さんは漁船に助けられ、自殺は未遂に終わったということでした。

佐伯さんが、不思議の不思議の不思議の塊で私は生きている、大田さんの息子さんにも会えて、そういうふうにお天道さまが仕組んでくれたのだと思う、と話していたのも印象的でした。

元神雷部隊の田浦さんという93歳の方は、少尉だった大田さんが「発案した」というのは押し付けられたものではないのかとも話していました。

上層部の命令ではなく、その下の兵士たちが進んでその作戦を実行したいと言うのならやむを得ない、という形にしたかったのではないかということでした。大田さんは、若い兵士たちに「人間爆弾」のことを話し、血の押印付きの署名を集めていたようでした。

そうして航空本部の伊東裕満中佐は「必死兵器」の開発を進め、しかし結局大田さん自身は「桜花」に搭乗することのないまま、終戦の日を迎えたということでした。

部隊の多くの人が大田さんを恨んでいたと思うと証言する方もいれば、下士官が抜刀して仕官に向かって行った騒動を治めることができたのは大田さんのおかげだという風なことを証言する方もいて、「“桜花”発案者」の大田正一さんの人間像には、当然のことながら、いろいろな側面があったようでした。

息子の大屋さんが調べたところ、戦後、自殺をしたことになって戸籍も抹消されたという大田さんは、本当は山口出身だったのですが、北海道出身の「横山道雄」という偽名で生きていたそうです。そして大屋さんのお母さまと出会って、素性を隠したまま暮らしていたようでした。大屋さんのお母さまは、あまり深くを聞かないことにしていたそうで、それは他の家族の方もそうであったようでした。

それでも、息子の大屋さんにとっては、とても優しい、面倒見の良い父親だったそうです。中学生の頃に戦時中の父親のことを知った大屋さんが「桜花」のことを調べ、優しい父親の中に「人間爆弾」を発案するような非情な人間性を疑うようになったということは、本当にとても苦しいことだったのではないかなと思いました。

みんな「国のため」ではなく、親兄弟のために死んでいったのだと、元桜花隊員の根本さんという91歳の方が話していました。大田さんは、戦争に一生懸命だったのだとも話していました。いくら「軍国主義」でも上司命令で死ねと言うことはできない、でも下からの発案とすれば問題にならないということも話していました。

大田さんは、平成6年の12月7日に亡くなったそうです。亡くなる直前は、何か幻覚にも悩まされて壮絶なものだったそうなのですが、その7か月前には、和歌山県の高野山を訪ねていたようでした。大屋さんご夫妻は、宿坊の宮島さんという方に話を聞いていたのですが、大田さんは、そこでは本名を名乗り、「桜花」を発案したということも話していたそうです。

その後、三段壁という岸壁で自殺を図ろうとした大田さんは、警察に保護され、そこで激しく泣いていたのだそうです。

特攻兵器の先駆けとなったという、人間爆弾(有人ミサイル)「桜花」のことをほとんど知らなかった私は、その発案者の大田正一さんのことも知らなかったのですが、今回のETV特集を見ていて、父親のことで長い間悩んでいた息子の大屋さんは誠実な方なのだろうなと思いました。

大田正一さんがどのような思いで「桜花」を発案したのか(「桜花」のアイデアを上層部に進言したのか)は私には分からないのですが、戦争に一生懸命だった、という意見は、少し分かるような気がしました。良くも悪くも、当時の日本にはそのような方が多かったのかもしれないですし、銃後の親兄弟の命を守るために命を懸けて戦ったということ自体を、否定してはいけないのだと思います。

番組が放送された昨日は3月19日でしたが、約71年前のこの頃、「桜花」は正式に海軍の兵器として採用され、飛び立ったものは全滅したということでした。

これから桜の季節になるので、ニュースでも気象庁の職員の方が観測する靖国神社の桜のことが話題になっていますが、その話題の時、戦争のことは同時には伝えられません。

各級の戦犯が決められた勝戦国の連合国側による「東京裁判」を否定するような動きも政府の中にはあるそうなのですが、それなら誰が本当の戦犯なのかということも、特に検証されていないような気がします。それとも、政府は当時の戦争に関する犯人を、何かの事情で特定したくないということなのでしょうか。

「戦争」は国同士の戦いということなので、それを実行するのは政治家や役人やそれに近しい軍人などの政府関係者たちであり、一番の責任はやはりその方たちにあるように思います。首相や大臣の方が「自分たちは国民に選ばれたのだ」と言っている様子が先日報道されていましたが、直接ではなくても、間接的には確かに国民が衆議院議員の選挙で選んだことになるので、これからは18歳や19歳の方たちも選挙権を持つことになるそうですが、それはつまり、たくさんの方が新しい風になる可能性があるということなのだろうと思います。

立候補者がどのような人物であるのかということは本当には分からないのですし、その中の誰かを積極的に選ぶというよりは、誰かを選びたくはない、この人には議員になってほしくないという消去法の気持ちで選んで投票をしても良いように思いますし、この点だけは譲れないという一つの政策を決めて選んで投票をしても良いように思います。選挙権を持った人が選挙で候補者を選ぶということは、「“大人”の責任」とかではなく、よく言われるように、強制ではない各個人の自由な「権利」なので、それを放棄するというのは少し残念なことであるような気がします。

今のような普通選挙の選挙権を一般の男子が獲得したのは大正14年で、「男女平等」ということになって女子が獲得したのは戦後の昭和20年だそうです。日本が敗戦しなかったなら、もしかしたら選挙権を女性が持つことはまだできなかったかもしれないということには本当に驚きますが、そうだったかもしれないのです。投票所へ行くのは少し面倒に思えますし、一市民の自分の一票が議員さんを選ぶことにつながらないから大して意味がないと考えることもできますが、悪い首相や大臣が現れることを自分の一票が阻止することができるかもしれないという風に考えることもできるような気がします。結果が分からないとしても、一票というのは、いつか暮らしやすい世の中になるかもしれないということへの、ほんの僅かな希望なのです。

私は世の中のことをよく知らないですし、政治経済の話にも疎いので、政治のことや戦争のことなどを私が考えても無意味なことなのではないかと思うこともあるのですが、考えないよりは考えたほうがいいと思うので、近年は、昔はあまり気にしていなかった政治や戦争のことを私も気にするようになりました。今回の「桜花」の特集を見てみようと思ったのも、きっとその一環なのだと思います。

今回の番組の語りは、三浦貴大さんでした。「桜花」を発案した大田正一さんという元中尉の方の一面が落ち着いて伝えられていた番組になっていたように思います。最後、亡くなった大田正一さんのお墓が映されていたのですが、墓石には、「横山道雄」とも、「大田正一」とも刻まれてはいませんでした。

「桜花」という恐ろしい兵器を発案してしまった方だとしても、お墓に名前がないのを見ると、何か寂しいというか、重い感じがしました。遺族の大屋さんたちが大田さんに関する証言を残してくれたことは、本当に良かったと思いますし、誠実で勇気のある、すごいことだと思います。強く生きてくださいと元兵士の方が大屋さんに伝えていたのですが、戦後71年くらいでは、まだ戦後は終わらないのだということを改めて思いました。
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