昨夜の「放送記念日特集」

昨日は、大正14年(1925年)の3月22日にNHKの前身の東京中央放送局(JOAK)が東京の芝浦でラジオの仮放送を始めたことを記念した「放送記念日」ということで、夜の10時から、NHKの総合テレビでは「放送記念日特集」というドキュメンタリー番組が放送されていました。

テレビ東京の「なんでも鑑定団」を見た後、津田梅子さんや広岡浅子さんの特集だったEテレの「知恵泉」は録画をしておくことにして、私もこちらの番組を見てみることにしました。

「第一部」は「激動の時代を超えて~戦前から戦後へ 放送の歩み~」でした。

大正14年の放送開始以降、国民に音楽や落語やラジオドラマなどの娯楽を提供する存在だったラジオは、昭和16年の太平洋戦争開戦後の戦時下では、国家の管理の下、真に国民のための自由な放送を禁じられ、「自主規制」で戦況の悪化している状況や日本軍の敗退の話題を避けるようにもなり、国民の戦意を高揚させるための放送を繰り返していたそうです。

敗戦後、アメリカのGHQに管理されるようになった日本放送協会は、GHQによる民主化のプロパガンダに使われ、誰が戦争犯罪容疑者であるかとか、なぜ戦争が始められたのかなどの「戦争の真実」を伝える番組を放送することになったそうで、GHQや進駐軍を批判するようなものは検閲で禁止され、自主的な番組を作ることはできなかったということでした。

昭和25年、吉田茂内閣の下で放送法が制定され、社団法人だった日本放送協会は公共放送を行うNHK放送センターとして、「表現の自由」が保障された中で、放送を始めることができたのだそうです。

メディアと権力の関係ということについても、番組では言及していました。戦時下で放送を続けていた元アナウンサーの武井さんは、歴史は繰り返さないようにしなければならないということを話していました。元アナウンサーの佐佐木さんが、自然の水が低いほうへ流れるように全体の生活が右へ行っていた、抵抗することなんかできない、心が凍り付いていた、と話していたのも印象的でした。

メディアの戦時中の「自主規制」のことを伝えていたことは良かったと思うのですが、例えば、5年前の東日本大震災の時の「自主規制」や、現在の放射能汚染のことや政権の政策などを報道する時の「自主規制」については、特に触れられていませんでした。

続けて放送された10時45分からの「第二部」は「放送と通信の垣根を越えて」でした。スマートフォンを持つ人も多くなってインターネットでのメディアが重要になってきた時代に、テレビ放送やネット放送はどうあるべきか、放送と通信、ジャーナリズムとエンターテインメントはどのように折り合いをつけていくのか、というようなことが、アメリカの従来のテレビ局とインターネット会社が買収した新規参入のテレビ局の取材などで伝えられていました。

インターネットの動画配信サービスなどをまだほとんど利用していない私には、これからのメディアはこのようになって行くのかなとか、猫の動画はやはり世界中で人気があるのだなとか、そのくらいにしか分からなかったのですが、海外のものばかりではなく、日本国内の場合はどうなのかということも伝えてほしかったように思えました。日本の「放送記念日」の特集なのに日本国内のことが紹介されないというのは、少し不自然であるような気もしました。

新しく知ることもできましたし、二部構成になっていたことも含めて決して悪かったというのではないのですが、少し残念というか、惜しかったようにも思えてしまいました。
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