69年目の憲法記念日

今日は、「日本国憲法」の公布から70年目、施行から69年目の「憲法記念日」です。5月3日の「憲法記念日」は施行記念ということなので、今年は69年目と言うほうが正確なのかなと思います。与党の自民党が「憲法改正」(憲法改定)を実行しようとしていることもあって、日本国憲法に関しても「節目の年」と言われています。

一昨日の5月1日は水俣病が公式認定されてから60年目の日でした。

その深夜の「NNNドキュメント'16」では「生きる伝える “水俣の子”の60年」が放送されていたのですが(録画をしておいたものを後で見ました)、題字の文字は証言をなさっていた胎児性患者の鬼塚勇治さんの書道による文字でした。

メチル水銀の毒性が胎児にも伝わるということを突き止めた故・原田正純医師のことも伝えられていたのですが、子供の頃は元気でおしゃべりだったという水俣病の第1号患者の田中実子さんやそのご家族など、水俣病を抱えて暮らしている方の証言を伝える番組の映像の一つに、昔、施設を訪問した当時の環境庁の北川長官に33歳の鬼塚さんが椅子から立ち上がって怒りを伝えようとしている場面があったのですが、その時の北川長官が掴みかかる鬼塚さんに「よしよし」と繰り返し言っているのを聞いて、少しぞっとしました。何というか、私にはそれが大人が小さい子供や動物に言うような言い方に聞こえてしまったというか、対等という意識がなく、鬼塚さんに敬意が払われていないようにも感じられました。

水俣市で生まれた倉本ユキ海さんという方のことも紹介されていたのですが、倉本さんは頭痛や手足のしびれで子供を施設に預けざるを得なくなり、それから熊本県に水俣病認定の申請を行ったそうなのですが、それから13年間認定されず、裁判を起こした結果、「保留」という通知が届いたということでした。「保留」ということは、認めるのでも認めないのでもないということで、番組では「生殺し」だと言っていたのですが、本当にそうだと思いました。

報道によると、これまで2万6770人の方が水俣病の申請をし、3月末までの調査では認定されたのは2280人なのだそうです。申請する人が急増した1970年代に、国は水俣病の認定の条件を厳しくしたのだそうです。そのために今でも多くの方が苦しんでいるのだとするなら、本当に酷いことだと思います。また、水俣病かもしれないと言い出せずに申請をすることができないという方もたくさんいるそうです。

60年以上前にチッソという会社がその水俣工場から流出させていた排水にメチル水銀が含まれていることを知りながら隠蔽し続けたために被害は拡大したそうなのですが、番組によると、メチル水銀に汚染された土壌は浄化されずにそのまま埋め立てられている感じになっているそうで、4月の熊本地震の被害による影響が心配されているそうです。

地震で被災されている方も、公害の被害に遭われた方も、これからすぐに救われるといいなと思います。認定条件を厳しくしているという政府の方針は、良い方向に変わるでしょうか。

そして、今日は公布から70年目の「憲法記念日」ということで、昨夜の10時からはNHKの「クローズアップ現代+」(国谷裕子キャスターの降板後の「クローズアップ現代」です)という4月からの新番組でも「密着ルポ わたしたちの憲法」というタイトルで特集されていたのですが(キャスターは伊東敏恵アナウンサーでした)、それは憲法の改定について考えている人を「護憲派」と「改憲派」に分けて、それぞれの立場の方に意見を聞いたものを少しずつ紹介するというものでした。

現行憲法や自民党の草案の具体的な文章を伝えるものではなく、どちらがどうという話でもなく、みんなで日本国憲法についてよく考えましょうという風にまとめられていたように思います。

その後の日本テレビの「NEWS ZERO」では、嵐の櫻井翔さんの「イチメン!」のコーナーで、自民党の憲法草案の「緊急事態条項」を特集していました。

「緊急事態条項」で基本的人権が制限される例として、災害時に道路に放置されている壊れた家や車を撤去できるとか、SNSが停止させられたり検閲されたりするということが紹介され、70年前には憲法担当の金森徳次郎大臣が「言葉を非常と言うことに借りて、それを口実に(国民の権利が)破壊されるおそれが絶無とは断言しがたい」と言って反対していたということが伝えられていたのですが、深く掘り下げるものではなく、「ZEWS ZERO」でも触れないわけではないというくらいの触れ方だったようにも思えました。

今年の3月のテレビ朝日の「報道ステーション」のキャスターの古舘伊知郎さんによる自民党の「緊急事態条項」と昔の「ワイマール憲法」の「国家緊急権」の類似点を指摘する特集は衝撃的でしたが、先週の土曜日のTBSの「報道特集」でも「緊急事態条項」が特集されていました。

政府は「緊急事態条項」を憲法に加えることの説明として災害時に国民を助けるためと言っているそうなのですが、東日本大震災の時には、救急車や消防車のガソリンは、通常の法律やガソリンスタンドの会社の善処や事前に結んでいた協定などによって、政府の指示なく対応することができたそうです。仙台市の市長の方が、災害時やその後の復興のためというのなら、中央集権的に国の権力を強めることよりも、地方自治体の力を強化できる法律を作ったほうが良いというようなことを話していたのですが、その通りだなと思いました。災害の起きた地域をどのように復旧させたいかはその地域がよく知っているからです。

また、国民が国家権力を監視して抑えるための「日本国憲法」を、「緊急事態条項」を設けようとしている自民党の草案の憲法では国民の権利を剥奪するものに変えようとしているということを伝えていたこの特集では、自民党やその支持者たちによる草案では「個人」を抑制しようとしているということも伝えていました。

私も以前に自民党の草案(インターネット上に公開されています)を読んだ時に思ったことなのですが、現行の日本国憲法第13条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」の「個人として」が、自民党草案では「人として」に変わっています。そして、現行憲法の「公共の福祉に反しない限り」は、草案では「公益および公の秩序に反しない限り」に変わっています。

今の憲法をアメリカに押し付けられたものだと考えて全否定したいらしい自民党の議員の方やその支持者の方は、「個人主義」を否定したいのだそうです。行き過ぎた個人主義、と番組の映像に出演していた安倍首相の支持者の方?は言っていたのですが、私には、今の日本国民の在り方が「個人主義」というほどのものにも、それが「行き過ぎ」であるようにも思えません。「個人主義」はダメで「家族主義」を推奨するとか、そのようなところも、私には少し不気味に思えました。

あるいは、例えば今の日本の経済が「株式」の会社や「法人」の団体で回っているのだとして、株主たちが優遇されたり法人が優遇されたりするという制度は、「個人主義」ではないのでしょうか。でも、それを「個人主義」だとしてやめるとすれば、日本は民主主義ではなく、社会主義や共産主義の国のようになっていくのではないかなとも思います。

今回の「報道特集」では、安倍首相の唱える「戦後レジームから脱却」は、敗戦後からの約71年間の、「戦後民主主義の否定」なのだと簡潔に説明をしていましたが、そういうことなのだろうと思います。

71年以前の日本だとしても江戸時代ではないということなら、開国をして近代化をして軍事大国を目指すようになった、明治時代から昭和10年代辺りの頃の日本のようになりたいということなのかもしれないと思います。その頃には、女性には選挙権がなく、敗戦に向かっていた戦争の末期には「赤紙」が届いた国民は兵士として戦地へ行かなくてはなりませんでした。犬が殺されて兵隊のためのコートの毛皮にされたりもしていました。国旗も、「旭日旗」を使うというのなら(使わないかもしれませんが)、明治時代からの「昔」のものであって、それは「未来」を思うような新しいデザインのものではないのです。

私の考えが間違っているのかもしれないけれど、今の内閣を不穏に思えるため、そのような気がしてしまうのだと思います。

NHKなどでは、護憲か改憲かはともかく憲法について話し合うことは良いことだとというような言い方がなされていて、それはそうかもしれないとも思うのですが、私としてはどちらかというと、「改憲派」の方の意見を聞いていると、何か動悸がしてくるような不安な気持ちになってきます。「護憲派」の方の意見を聞いている時のほうが、そうだなと思うことが多いです。

そもそも、「主権在民」の日本国憲法が国民のもので、そのことを踏まえて今の憲法を改定したいと思うのなら、自民党の憲法草案を基にして考えるのは少しずれているということなのかもしれません。

私は以前放送されたNHKでの特集を見て「五日市憲法草案」のことを知ったのですが、その憲法草案は、「大日本帝国憲法」が公布される8年前、明治14年(1881年)に東京都のあきる野市の農家の青年たちが話し合いを続けて考えた民主的な内容の憲法草案で、皇后美智子さまもこの「五日市憲法草案」にとても感銘をお受けになったということを、以前お言葉の中で述べていらっしゃいました。美智子さまがあきる野市の郷土館をご訪問された時の様子は、当時の報道番組などで放送されていたように思います。

五日市憲法には、もともとは日本帝国憲法という題名が付けられていたそうです。明治13年頃、日本に憲法を作るに当たって、各地で多くの憲法草案が作られていたということなのですが、明治14年に板垣退助や後藤象二郎たちが自由党を結成したことから、五日市憲法草案を含む全国各地で作られた私案の草案は国会で審議されることなく、政府による「言論の自由」の統制も厳しくなっていって、明治22年(1889年)に「大日本帝国憲法」が公布されたということでした。

私も詳しいことは分からないのですが、「五日市憲法草案」の条文で美智子さまが感銘をお受けになったのは、お言葉によると、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、言論の自由、信教の自由、地方自治権などの、民主的な条文でした。

憲法改定について考えるなら、現行の憲法を踏まえた上で、私案の憲法草案を作るように考えたほうがいいのかもしれないなと思います。

生まれてきたばかりの0歳の子はそもそも生まれる場所に自身が後々まで支配される「憲法」や「法律」があることなど知らずに生まれてきているのだと思いますし、その生まれてきた「個人」である子供が「個人」としての人権が尊重されず、「個人」よりも「国家」のほうが優先されるような「憲法」がいつか作られてしまうのだとするのなら、それは本当に怖いことだと思います。

それは、もしかしたらこれからはこの世に生まれないほうがいいのではないかと思えるほどの、嫌なものであるようにも思えます。

昨日の「クローズアップ現代+」の中で、障害者の方が、障害者はカナリアだと話していたのも印象的でした。以前「ハートネットTV」の特集でも聞いたことがあるのですが、世の中が不穏になると、障害者や社会的立場の弱い方のところに一番にしわ寄せが来るそうです。ドイツのナチ党が「社会の役に立たない存在」として障害者や傷病者を社会から抹殺したという歴史があるということですが、もしかしたら他の国にもそのような例はあるのかもしれないのですが、太平洋戦争(大東亜戦争)の頃の日本でも、障害者の方たちを非国民扱いしていたという歴史がありました。

私の意見は全く建設的なものではないのですが、公布から70年、施行から69年の「憲法記念日」ということで、いくつかの特集番組を見た感想です。また長くなってしまいました。
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