「真田丸」第24回

NHKの大河ドラマ「真田丸」の第24回「滅亡」を見ました。

第24回は、天正18年の7月、豊臣秀吉(小日向文世さん)の家臣となることを拒絶し続けて追い詰められた小田原城の北条氏政(高嶋政伸さん)が、板部岡江雪斎(山西惇さん)の案内で城内へ入った真田源次郎信繁(堺雅人さん)の持参した徳川家康(内野聖陽さん)の書状を読み、嫡男の北条氏直(細田善彦さん)を秀吉の元へ送った後、氏政を説得に来た家康と真田安房守昌幸(草刈正雄さん)と上杉景勝(遠藤憲一さん)の生きてほしいという頼みを断って、仕方なく秀吉に下った東国の武将たちの思いを背負うように、秀吉に命じられた切腹による死を受け入れていく話でした。

作(脚本)は三谷幸喜さん、演出は木村隆文さんでした。

奥州の伊達政宗(長谷川朝晴さん)が秀吉に下ったことを知った氏政は秀吉と和議を結ぶことを決め、7月5日、当主の氏直が秀吉に下りました。7月10日、家康と昌幸と景勝は密かに氏政に会いに行くのですが、氏政は11日に切腹し、出家した氏直は高野山へ送られました。

史実によると、氏直は北条の兵たちの助命を秀吉に嘆願したそうなのですが、ドラマではその部分は描かれていませんでした。氏直は、天正19年に病気で亡くなるものの、氏政の弟の氏規が跡を継いだのだそうです。

一方、水攻めの作戦を考えていた石田三成(山本耕史さん)は忍城の抵抗に苦戦していました。7月12日に三成の陣へ入った昌幸は、氏政の兜を利用して、氏政が逃げて小田原城が落ちたというような噂を流し、14日に忍城が開場したということでした。

北条家の滅亡後、徳川家康は、三河と遠江と駿河と甲斐と信濃を豊臣に召し上げられ、まだすすき野原だった江戸の地や北条の領地を任されました。秀吉の命で徳川の与力となっていた真田は、その立場を解放されて、小県と沼田の地を安堵されました。昌幸は、伊達政宗と組んで豊臣を討とうとも考えていたのですが、「ずんだ餅」を作って秀吉の機嫌を取る伊達政宗に呆れ、戦を諦めていました。宇都宮城での伊達政宗のお餅つきの場面は急にコミカルになっていて衝撃的でしたが、面白かったです。

伊達政宗と信繁は同い年だそうです。隻眼の政宗の右側に座ろうとした信繁を左側に移動させるとか、細かいところも面白く思えました。

冒頭の、久しぶりに登場した小山田茂誠(高木渉さん)と信繁の場面も面白かったです。茂誠は北条氏政の家臣になっていました。松(木村佳乃さん)が亡くなったと思って悲しんでいた茂誠さんは、真田の郷に戻ることもできず、北条氏(後北条氏)と縁があることを思い出して北条へ下り、家臣となることができたのだということを信繁に話していました。信繁は、姉の松さんが生きていることを教えて(部分的に記憶喪失?の件は話すことができませんでした)、真田に戻って来てほしいと伝えていました。

茂誠さんと信繁は北条家の蔵で話していたのですが、そこには鉄砲玉に使うという鉛の塊が保管されていて、鉛や木箱には魚の印がついていました。信繁は、千利休の扇子の印と同じだと気付いたのですが、氏政に家康の書状を渡した帰りに立ち寄った時には、蔵は空になっていました。千利休(桂文枝さん)が慌てて持ち出していました。堺の商人でもある千利休の屋号が「魚屋(ととや)」ということなので、その印なのかもしれません(でも、もしそうなら、その印をつけて北条に鉛を売るのは分かり易過ぎるような気もしました)。

とにかく、今回は小田原征伐の終わりと関東一帯を支配していた北条氏政が切腹を遂げるまでの話だったので、完全な「滅亡」とは少し違うのだとしても、徳川家康の説得や死ぬ決意を固めた氏政の最期の心情が丁寧に描かれていたのだと思います。高嶋政伸さんの演じる氏政が良かったということもあると思います。本当の北条氏政がどのような人物だったのかは私には分からないのですが、最後まで秀吉と戦う気持ちを持ち続け、味方として待っていた伊達政宗が秀吉に下った後にも、秀吉に下って命乞いをするよりは北条家を滅亡に導いた者としての運命を引き受けて死ぬほうを選ぶという、戦国時代を生き抜いた東国の武将としての意地と気位の高さを持った「真田丸」の北条氏政は、かっこいいと思いました。

このドラマの、平岳大さんの演じていた武田勝頼の時もそうだったのですが、歴史の中の“敗者”をただの愚か者として描かないという誠実な感じが、とても良いです。私は2007年の大河ドラマの「風林火山」をとても好きで見ていたのですが、「風林火山」もそのように作られていたように思います。

本編の後の「真田丸紀行」では、小田原城や徳川家康の陣地の跡や氏政と氏照の墓所が紹介されていたのですが、私は北条氏照のことも知りませんでした。ドラマにも登場していなかったように思うのですが、氏照は氏康の三男で、氏政の弟でした。氏政と共に氏照も秀吉に切腹を命じられたそうです。

天正18年は1590年なので、関ヶ原の戦いまであと10年だということがナレーションで言われていました。「真田丸」が造られる大坂冬の陣は、関ヶ原の戦いの14年後です。北条と豊臣の和睦に尽力していた板部岡江雪斎がどこへ行ったのかも、特に描かれてはいなかったのですが、またいつか登場するのでしょうか。

今回は7月の数週間の物語だったので、何月何日に何があったという展開は箇条書きのようでもあるのかもしれないのですが、歴史に疎い私には、政治的な流れが分かるようにも思えて、面白く思いました。次回も楽しみにしたいと思います。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム