遺骨収集の壁は70年以上という時間

昨日は沖縄の慰霊の日ということで、BS日テレの「深層NEWS」では、「沖縄戦の終結から71年 遺骨収集いまなお続く 登山家・野口健が語る」として、沖縄県内や海外での戦没者の遺骨収集の実態について話し合われていました。

厚生労働省の2月の調査によると、国内も海外も含めて、今でも約113万人の遺骨が見つかっていないそうです。

司会は日本テレビ報道局の小西美穂さんと読売新聞編集委員の近藤和行さんで、スタジオのゲストは、10年以上戦没者の遺骨の収集を続けている野口健さんと遺骨収集について研究している帝京大学専任講師の浜井和史さんでした。野口健さんは、インパール作戦の時に参謀を務めていた旧陸軍人の祖父から、仲間を亡くして自分が生き残ったことへの苦しみを聞いて育ち、また、過酷な登山の最中に仲間を看取るという体験を何度かしたことから、日本や海外の激戦地となった場所での遺骨や遺品の収集を始めたのだそうです。

日本政府は石を象徴的な遺骨として遺族に返していたのですが、太平洋戦争後、アメリカのGHQの指示によって戦没者の遺骨収集が行われることになったそうです。しかし、まもなく朝鮮戦争が始まってしまい、GHQと共に遺骨を収集するという事業は立ち消えになったそうです。それが、1964年(東京オリンピックのあった年でもあります)以降に日本人が自由に海外旅行へ行くことができるようになると、外国へ行って戦没者の遺骨の状況を知った人たちが日本政府に訴え始めて、1967年から遺骨の収集が始まったのだそうです。民間が政府に働きかけたことで、日本の遺骨収集事業が始まりました。

1967年から、政府は5年か6年で集中的に収集するという計画を立てたそうなのですが、期間が終わった頃グアムで戦没者の遺骨が見つかり、世論が動いて、また新たな計画で遺骨の収集が始められることになったそうです。

今年の4月1日、戦没者の遺骨収集を「国の責務」として推進するという、戦没者遺骨収集推進法が施行されました。「遺骨収集は国の責務」という言葉は、遺骨の収集が始まった1960年代には言われていたそうなのですが、1970年代になると言われなくなったそうで、浜井さんは、遺族は新法に期待していると思うから、新法が機能するかどうかを国民はちゃんと見ていかなくてはいけないと話していました。

沖縄のガマやフィリピンの洞窟などに入って遺骨の収集をしている野口さんは、「戦争はまだ終わっていない」ということは、洞窟に入るとよく分かると話していました。フィリピンでは、戦争当時ゲリラ部隊にいた方に話を聞いて、遺骨のありそうな場所の情報を得ているのだそうです。それは沖縄の場合も同じで、時間が経つと、埋もれている遺骨の状態が悪くなっていくというだけではなく、当時のことを知っている方も亡くなってしまうということが、大変な問題なのだそうです。野口さんは、遺骨収集のためのマンパワーが足りない、ということも繰り返し伝えていました。

日本政府は遺骨収集事業を行う期限を決めているそうなのですが、期限を決めて集中的に遺骨収集事業を行ったほうがいいと言う遺族の声もあると司会の近藤さんに訊かれた野口さんと浜井さんは、遺骨収集の期限付きの計画を立てては新たな遺骨が見つかって計画を立て直すということが歴史的に繰り返されているから、期限は決めないほうがいいと思うと答えていました。

野口さんは、民主党政権時代の菅直人元首相が「国の責務」として遺骨収集事業を始めて、小笠原諸島の硫黄島でたくさんの戦没者の遺骨を収集することができたということも話していました。(それを聞いて、ああそうだったと私も思い出しました。私は先日亡くなった鳩山邦夫さんが東京駅の隣の、今は「KITTE」になっている、取り壊されそうになっていた旧東京中央郵便局の外観の一部を残してくれた方だということは憶えていたのに、菅直人元首相の遺骨収集事業のことを憶えていませんでした。)2010年の頃、野党の頃から遺骨収集の活動をしていたという菅直人元首相が国の遺骨収集事業にさらに力を入れて予算を増やしたことで、硫黄島でたくさんの方の遺骨が見つかったのだそうです。

2000年以降にはDNA鑑定が進み、それまでは戦没者の遺骨は千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に納められたということなのですが、鑑定によって身元が判明した遺骨は遺族の元に返すことができるようになったそうなのです。でも、外国で見つかった戦没者の遺骨は、100%日本人の遺骨だということが判明しないと、日本へ持って帰ることができないそうです。

野口さんと浜井さんは、アメリカは遺骨収集を行うのに軍を使っているから、日本も自衛隊を投入したほうがいいかもしれないということも話していました。戦没者の遺骨収集を行うために、日本はこれから多くの資料を持っている太平洋戦争の「戦勝国」から情報を得ることが大切なのだそうです。菅直人元首相は、硫黄島の遺骨収集のために、情報をアメリカからもらっていたそうです。浜井さんは、政府が遺骨収集を進めるためには、日本の資料と外国の資料を照らし合わせて調べていくことが重要だと話していました。

戦没者の遺骨を収集をするということは、国のプライドや気持ちの問題なのだそうです。アメリカでは、戦没者の遺骨の収集は「国の責務」として徹底的に行われていて、そのためにたくさんの予算が使われているそうなのですが、戦後の日本では、アメリカのように遺骨を「国の責務」として捜す取り組みが足りなかったそうです。国のために亡くなった人の遺骨を放置するような冷たい国はいずれ滅びてしまうのではないか、国民のみんなが関心を持って、この問題を風化させずに引き継いでいかなければいけないと野口さんは話していました。

遺品や遺骨の収集活動などに全く携わっていない私が何かを言うことはできないとも思うのですが、70年以上という時間が遺骨収集の壁になっているということなので、本当に早く遺骨収集活動を行わなければ、永久に見つからなくなってしまうのだろうと思いました。例えば、飛行場の滑走路の下に戦没者の遺骨が埋まっているというのなら、滑走路を外すこともしないといけないのだろうと思います。戦争によって各地で本当にたくさんの人が亡くなっていて、しかも平常時とは異なる亡くなり方をしているのだと思うので、戦没者の遺骨を完全に見つけ出して帰国させるということは、本当に気の遠くなるような事業であるような気がします。

それでも、野口健さんのような方たちが戦争中の激戦地となった場所を丁寧に捜して、一つ一つ見つけ出しているということなので、続けていくことができれば、いつかは収集が終わる日が来るのかもしれません。「国の責務」として遺骨の収集が行われることは、当時の政府が始めた戦争で亡くなった方や遺族の人権に関わる問題でもあるのだろうと思います。まだ見つかっていない戦没者の遺骨は東京の「靖国神社」にあるわけではないのだということを、それは当然のことなのですが、昨夜の「深層NEWS」の特集を見ていて思いました。7月には参議院議員選挙がありますが、衆議院議員の選挙ではないので、参議院が仮に与党ではなく野党多数になったとしても、今の自民党(と公明党)の政権自体はまだ続いていくことになるため、人権がちゃんと守られていくかどうかはいまいち分からないようにも思えるのですが、戦争で亡くなった方の遺骨が見つけ出されて、早く遺族の元に戻って来ることができるといいなと思いました。昨夜の特集を見ることができて良かったです。
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