日本と韓国の国宝の半跏思惟像の展覧会

先日、上野の東京国立博物館の本館で開催されている「日韓国交正常化50周年記念 特別展 ほほえみの御仏 -二つの半跏思惟像-」を見に行きました。

5月と6月には韓国の国立中央博物館でも開催されたという、韓国の国宝78号の半跏思惟像と、日本の奈良の中宮寺門跡の半跏思惟像の展覧会です。

昔に学校の歴史の教科書などで半跏思惟像を知った頃、私は「半跏思惟像」を「はんかしいぞう」と読んでいたのですが、「はんかしゆいぞう」とも読むそうです。この展覧会では「はんかしゆいぞう」と書かれていました。先月にNHKで放送されていた「日韓の国宝が海を越えた~半跏思惟像はるかな旅~」でも、呼び方は「はんかしゆいぞう」でした。NHKの「日韓の国宝が海を越えた~半跏思惟像はるかな旅~」は、祖父が仏師だったという女優の中嶋朋子さんが中国や韓国の半跏思惟像の歴史を訪ねる番組で、大陸や半島から日本に伝来した弥勒菩薩の半跏思惟像が「太子信仰」の仏像として日本の聖徳太子(廐戸皇子)の「太子信仰」と結び付いていったということも伝えられていて、とても面白かったです。

国立博物館の外のチケット売り場には少し行列ができていて、博物館の1階の特別展示室にはたくさんのお客さんがいたのですが、すごく混雑しているというほどではなく、楕円形のような部屋の、少し離れた場所に置かれた四角いガラスケースの中で向かい合うように座っていた二つの国宝の仏像を、私も落ち着いて見ることができました。

薄暗い廊下を通って展示室に入った私は、たくさんの人たちが囲んでいたガラスケースの中の半跏思惟像の大きさの違いに驚きました。私は中宮寺の半跏思惟像も見たことがなかったので、等身大のような大きさが少し意外でした。そして、どちらを先に見ようか少し迷ったのですが、私は先ず歴史の古い韓国の国宝78号半跏思惟像を見ることにしました。

国宝78号の半跏思惟像は、展覧会場の解説によると、三国時代の6世紀に造られた銅造鍍金の仏像だそうです。頭の上の宝冠や天衣が日本の飛鳥時代の仏像に継承されたということなのですが、そのほほえみの表情を浮かべたお顔は、やはりとても美しかったです。金属でできているのですが、全体的にとても柔らかい輪郭をしていたように思います。

ガラスケースの周囲をぐるりと歩くことができるようになっていて、半跏思惟像の背中の部分も見ることができました。仏像本体は台座とつながっていたように見えました。頬に当てた手の形も繊細で、手や足の指には爪もあって、象徴的に作られているのだろうと思うのですが、写実的でもあるように思いました。

しばらく国宝78号の半跏思惟像を見た後、向かい側の、奈良の中宮寺の国宝の半跏思惟像を見に行きました。7世紀の飛鳥時代の木造彩色の仏像で、表面には漆が塗られているそうです。複数の木材が組み合わされているそうなのですが、光背はクスノキ製だそうです。

写真や映像でしか見たことがなかった有名な中宮寺の半跏思惟像は、等身大ということなのかもしれないのですが、思っていたよりも大きくて、丸みがあって、温かい印象でした。ほほえみの表情もそうなのですが、頬というよりは顎の辺りに当てているような右手の指先にも優しさや美しさが表現されているように思えました。

中宮寺の半跏思惟像も、特に手や足は写実的に作られているように見えました。蓮の台の上の左足は、足の指が少し上がっていて、台からも少し浮いていました。台に足をのせてはいませんでした。

展覧会場でもその物思いの姿は美しかったので、中宮寺で見たならもっと美しいのだろうと思いました。

中宮寺は、聖徳太子が創建した七寺の一つとされていて、母親の穴穂部間人皇女(欽明天皇の第三皇女)の旧宅を寺院にしたものと伝わっているそうです。江戸時代には、比丘尼御所(尼門跡)だったそうです。

韓国の国宝78号の半跏思惟像も、中宮寺の半跏思惟像も、どちらもすばらしい半跏思惟像でした。同時に見ることができるというのはなかなかないことだろうと思いますし、私も見に行くことができて良かったです。

それから、国立博物館の常設展を上の階から順番に見ることにしました。常設展示室にもたくさんの人がいたのですが、日本人よりも外国人のお客さんがたくさん来ていたように思います。

2014年の3月にミラノで発見されたという、天正遣欧少年使節の一人の16歳の伊東マンショの姿をドメニコ・ティントレットという画家が描いた「伊東マンショの肖像」も公開されていました。金色の額縁の絵でした。絵の中の伊東マンショ少年は、帽子をかぶって白いひだ襟の付いた赤い服を着て、少し斜めにこちらを見ていました。

伊東マンショは、豊後国(今の大分県)の「キリシタン大名」の大友宗麟の親戚で、天正8年に洗礼を受けてイエズス会に入り、大友宗麟の名代として日本を旅立ったそうです。天正10年に出発し、天正18年に帰国したという天正遣欧使節団の時期は、今NHKで放送されている大河ドラマ「真田丸」の物語の時期と重なっているのですが、この肖像画の展示を見て、「真田丸」では豊臣秀吉の「禁教令」や「天正遣欧使節」のことは特に描かれていなかったということに気付きました。

他に「三聖人像」とその模写と「聖母像」が展示されていたのですが、今は東京国立博物館が所蔵しているという、イタリア人宣教師のジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティが日本に持ってきたという17世紀のカルロ・ドルチという画家の描いた「聖母像」(マリア様が頭からかけた濃い青色と紫色の布の隙間から親指が見えていることから?「親指のマリア」とも呼ばれているそうです)もとてもきれいでした。

曽我蕭白の掛け軸の水墨画の「葡萄栗鼠図」と「牽牛花(朝顔)図」もとても良かったですし、竹内久一の神鹿もかわいかったですし、鈴木長吉の鷲置物も見事でした。

時間がない場合はここだけでも見たいと思う「刀剣」の各展示室では、伝後鳥羽上皇の鎌倉時代の太刀の菊御作や福岡一文字貞真、尻懸則長、綾小路定吉、国宝の長船景光(小龍景光)、備前国宗、平安時代の太刀の古備前友成、国宝の短刀の相州行光や来国俊、江戸時代の太刀の長曽祢虎徹、石堂運寿是一の刀などが美しかったです。刀はもともとは武器として作られたものではありますが、鋭い武器というよりは、磨かれて大切にされている美しい鏡のようですし、見ていると何かすうっとした気持ちになります。

それから、国立博物館には高円宮家の根付コレクションの展示室がありますが、下の階の展示室には、郷誠之助さんという実業家の象牙の根付コレクションが展示されていました。郷誠之助さんは、三菱財閥の創始者の岩崎弥太郎の親戚となった方でもあるそうです。展示されていたのはどれも細密な象牙彫刻の作品だったので、驚きました。郷誠之助さんのコレクションだけではなかったように思うのですが、その牙彫の展示室の作品には、森田藻己や旭玉山や景利や光広や寿玉や蘭亭や安藤緑山や吉村竜渓などの名前が書かれていました。西野光玉の「蓮に鶴」は、細工もすごいのですが、蓮の茎が細長いので折れそうに見えて、明治時代から今までよく無事に保存されてきたなと、そのことにも感心しました。私は象牙彫刻にも詳しくないのですが、東声方さんという方の作った「若き蘭陵王」という作品も良かったように思います。

特別展の「二つの半跏思惟像」を思っていたよりも長く見たためか、常設展示を見る時間が少なくなってしまい、全体をゆっくりと見ることはできなかったのですが、またいろいろな貴重な収蔵作品を見ることができて良かったです。他の博物館や美術館もそうかもしれないのですが、当然のことながら、常設展にも良い作品は多いです。
プロフィール

Author:カンナ
ブログ初心者です。
感想などを書いています。
マイペースで更新します。
すきなもの
 月・星空・雨・虹・雪
 飛行機雲・入道雲・風鈴の音
 透き通った水・きれいな色
 富士山・東京タワー・ラジオ・音楽
 本・絵画・ドラマ・(時々)アニメ
 掃除機をかけること
にがてなもの
 人ごみ・西日・甘すぎるお菓子
 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター
検索フォーム