大橋巨泉さんが亡くなったこと

癌の闘病中だった大橋巨泉さんが12日に亡くなったということを報道で知りました。82歳だったそうです。

先日には83歳の永六輔さんが亡くなったばかりだったので、昭和時代を生き抜いてきた、戦時中を生き抜いてきた方がまた亡くなったのかと、少し寂しく思いました。

大橋巨泉さんは昔にはたくさんのバラエティー番組に出演していたのですが、ある時からテレビに出なくなって、外国に住んだり、政治家になったりそれを辞めたりして、近年また時々ラジオやテレビに出演するようになっていた方だというような印象があります。司会者のイメージがあるのですが、アナウンサーではなくてタレントであり、放送作家でもあったようでした。

今年の2月に放送された40周年記念の「徹子の部屋」が、大橋巨泉さんの訃報を受けて、急遽再放送されていました。病のためにやせ細った永六輔さんと大橋巨泉さんと、司会の黒柳徹子さんが、46年間続いたという永さんのラジオの思い出や、昔のテレビの思い出、渥美清さんの思い出、巨泉さんが永さんのために探し歩いたエイのぬいぐるみや彫刻などのお土産の思い出などを懐かしそうに幸せそうに話し合っていました。病気にならなければいろんな事ができたのにねと黒柳さんに言われて、永さんは、それが悔しいなと答えていました。巨泉さんも病気になったことを悔しがっていました。

永さんは7日に亡くなって、巨泉さんはその5日後の12日に亡くなって、よく分からないのですが、お二人は本当に仲良しだったのかもしれないなとも思いました。でも、黒柳徹子さんは、大切なお友達を相次いで亡くされて、今とても寂しい思いをしているのではないかと、一視聴者として少し心配に思いました。

それから、永六輔さんも戦争反対の活動をなさっていましたが、大橋巨泉さんもそうでした。テレビや新聞などのマスコミはまた、先日の永六輔さんが亡くなった時と同じように、大橋巨泉さんが亡くなったことについても、その生き方を伝える時に、長く反戦を訴えていたことも、「遺言」のことも、安倍内閣の政治を批判していたことなども、あまり伝えないのかもしれません。大橋巨泉さんは12日に亡くなったということなので、もしかしたら参議院議員選挙の結果を知ってから亡くなったのかもしれないと思うのですが、もしもそうだとするなら、この選挙の結果をどのように考えただろうかということも少し気になりました。

今の世の中や政治についてはっきりと意見を言うことのできる71歳以上の、あるいは80歳以上の芸能人や作家の方は、これからますます少なくなってしまうかもしれないのですが、できる限り思いを発信し続けて、多くの人たちがその思いや意見に接することができるように残しておいてほしいということを改めて思いました。
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