映画「バケモノの子」

先日の日本テレビの「金曜ロードSHOW!」で放送されていたアニメ映画「バケモノの子」を見ました。録画をしておいたものです。

昨年の夏に公開された細田守監督による長編アニメーション映画で、「時をかける少女」、「サマーウォーズ」、「おおかみこどもの雨と雪」に続く4作目なのだそうです。私は「時をかける少女」と「サマーウォーズ」は比較的楽しく見ることができたのですが、「おおかみこどもの雨と雪」はその絵も物語もとても苦手に思えてしまい、その作風と似ている印象の「バケモノの子」を見ようかどうしようか少し迷ったのですが、話題作だったこともあって何となく気になり、地上波初登場のノーカット放送ということもあって、見てみることにしました。

原作と監督と脚本とキャラクターデザインは細田守さんで、主題歌はMr.Childrenの「Starting Over」でした。

東京の渋谷のセンター街の辺りを舞台にした物語で、両親が離婚し一緒に暮らしていた母親を事故で亡くした9歳の蓮が親戚の家に引き取られることを嫌がって渋谷の街を徘徊していたある夜、熊の顔をした謎の人物、熊徹(役所広司さん)に声をかけられ、渋谷の繁華街の雑居ビルの隙間の奥に通じていた異世界・渋天街で、後継ぎのいない武術家の熊徹の弟子の九太として暮し始め、父親代わりのような熊徹の強さを学びながら一人前の青年に成長していく、というような物語でした。

蓮の声は、9歳の頃は宮崎あおいさんで、青年の頃は染谷将太さんでした。染谷将太さんの声は絵に合っていたと思うのですが、9歳の頃の蓮少年の絵には、私には、宮崎あおいさんの声はあまり合っていなかったような気がしました。

映画の物語は、この作品を好きな方もたくさんいるかもしれないので、浅いと言ってはいけないかもしれないのですが、分かりやすく道徳的、説教的で、「親子の絆」というものも、何というか、ステレオタイプ的に描かれていたように思います。

渋谷という現実の街の世界のすぐ隣に異世界の渋天街があるというところは面白く思えたのですが、蓮(青年期の九太)が急に簡単に渋谷と渋天街を行き来できるようになっていたのは、その理由が描かれていなかったのでよく分かりませんでしたし、少し安易であるような気もしてしまいました。

熊徹の友人の多々良(声は大泉洋さん)や百秋坊(声はリリー・フランキーさん)による説明も多かったような気がします。高校生か大学生くらいの青年の蓮が、現実世界の渋谷で高校生の楓(広瀬すずさん)という“良き理解者”の女性に出会うという青春的な展開も、私にはいまいち良く思うことができませんでした。

熊徹のライバルの武術家の猪王山(声は山路和弘さん)の長男の、常に豚の帽子をかぶっていた一郎彦(声は、少年の頃は黒木華さん、青年の頃は宮野真守さん)が「人間」であるということは、登場の段階から分かるようになっていたと思うので、私としては、むしろ一郎彦さんの悩みやその家族のことも丁寧に描かれていてほしかったように思いました。

そもそも、この映画のタイトルにもある「バケモノ」が、私には良いものとは思えませんでした。登場する渋天街の住民たちは、得体のしれない謎のバケモノ(化け物)というよりは、擬人化された動物たちでした。昔のアニメ「メイプルタウン物語」や映画「ドラえもん のび太とアニマル惑星(プラネット)」の世界のようなものです。でも、「メイプルタウン物語」には人間はいませんでしたが、宇宙の「アニマル惑星」のチッポやロミたちは、当然のことかもしれませんが、のび太くんたちから「バケモノ」だとは絶対に言われませんでした。

この「バケモノの子」の映画の中では、蓮ではなく、熊徹たち自身が自分たちのことをなぜか「バケモノ」と呼び、隣の異世界の「人間」と自分たちとを分けていました。

渋谷の隣の異世界は、親戚に預けられることを拒絶していた孤独な蓮自身の“心の壁”というようなものを意味していたのでしょうか。でも、そうだとすると、やはり最後の、蓮が一郎彦の闇問題解決後に戻っていた渋天街に(ほぼ部外者の人間であるような)楓さんが「お呼ばれ」したとしてやって来たというのは、少し不自然に思えます。

熊徹の声を演じていた役所広司さんは、絵に合っていて良かったです。街の風景のリアルな感じも良かったです。あと、闇の一郎彦が巨大なクジラの影となって渋谷の道路の下を泳いで追いかけていくところも、良かったです(一郎彦は、九太と違い、『白鯨』の漢字を普通に読むことができていました)。以前、押井守監督の「天使のたまご」という幻のような雰囲気の映画作品を見たことがあるのですが、その中で街の建物の壁に魚の影が泳いでいる場面があり、物語全体はうろ覚えなのですが、渋谷の街に現れたクジラの影を見て、そのことを少し思いました。

熊徹が亡くなって九太の心の中に存在するようになるという展開も、道徳的ではあると思いますし、それが悪いということでは決してないのですが、私には少し安易に思えてしまいました。

異世界の父親だった熊徹はいなくなり、実際の人間界の父親は蓮の帰りを待っているということになっていたと思うのですが、蓮の父親の件は、その後最後まで描かれていませんでした。「親子の絆」や「親の背中を見て育つ子供の成長」の物語としては、蓮のその人間の父親の場面も少し中途半端になっていたような気がします。九太(あるいは蓮)が熊徹と本当の父親の間で迷っているという描写も、それほどなかったような気がします。蓮は、どちらにしても、父親に反発するタイプの少年ではあったようでした。

「おおかみこどもの雨と雪」に続き、私はあまりこの映画「バケモノの子」を面白く見ることはできなかったのですが、でも、分かりやすい良い話ではあったように思います。異世界を扱いながらSFの要素も薄かったように思いますが、例えば小学生の子供のいる家族で見るような夏休み映画としては、きっと良い映画なのかなと思いました。
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