「決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」

一昨日、NHKの「NHKスペシャル」の「決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~」を見ました。

アメリカでは、今でも約半数の方が、広島と長崎への原爆投下によって戦争が早く終わり、多くのアメリカ人や日本人の命が救われたのだと考えているそうです。そして、それはルーズベルト大統領の亡き後を引き継いだトルーマン大統領の明確な決断によって行われた意義のある軍事作戦だったと考えられているそうなのですが、新たに資料が見つかったり歴史家たちが検証し直したりしたことによって、そうではないということが分かってきたのだそうです。

太平洋戦争時の原爆計画の責任者だった陸軍のレスリー・グローブス准将に軍がインタビューを行った際のテープが空軍の学校で発見されたそうで、NHKのスタッフは4か月の交渉の末、取材をすることができたということでした。

番組で伝えられていたことは、原爆計画を進めていたルーズベルト大統領の死後、急遽副大統領から大統領になったトルーマンは、原爆計画の資料をきちんと確認せず、グローブス准将の主導による気象学者や物理学者たちの原爆投下計画にほとんど介入することができないまま、広島と長崎への原爆投下の責任を取ることになった、ということでした。

アメリカは「文民統制」が行われていて、トルーマン大統領は同じ「文民」である陸軍長官のスティムソンから細かいことを教えられていたようでした。当時のアメリカ軍は日本の各地への本格的な空襲を始めていて、大統領は、それが各国から無差別爆撃だと非難されることを恐れていたのだそうです。

日本のどの地域に原爆を投下するかを決めなくてはいけなくなったトルーマンは、グローブス准将から京都か広島に落としたいと提案されて、京都には2度行ったことがあったことから、京都を破壊したら戦後日本は反米国家になってしまうだろうと訴えて京都への投下だけは認めず、結局候補地の一つの広島に決まったということのようでした。

トルーマンの日記によると、トルーマン大統領は、広島の都市に暮らす非戦闘員の子供や女性が殺戮されることを心配していたようでした。しかし、7月16日に原爆の実験が成功すると、軍人たちは22億ドルの国家予算をかけた計画を実行しないわけにはいかなくなり、広島のことをよく知らなかったトルーマン大統領は、グローブス准将の作った広島は軍事施設ばかりの陸軍都市であるという資料を信じて受け入れてしまったということでした。

8月6日、原爆を乗せた飛行機はテニアン島を飛び立ち、原爆は広島に投下されました。レイ・ギャラガーという搭乗員が命令に従って落としたそうです。でも、トルーマン大統領が投下を許可したという具体的な資料は発見されていないのだそうです。トルーマン大統領は、ポツダム宣言への話し合いを終えた帰りの大西洋上の船の中で投下のことを知り、スティムソンから破壊された広島の写真を見せられたトルーマン大統領は、こんな破壊行為をした責任は大統領の私にあると言っていたそうです。長崎へ原爆が投下されたのは、トルーマン大統領が広島への投下のことを知った半日後だということでした。

日本の子供や女性への慈悲は私にもある、人々を皆殺しにしてしまったことを後悔していると、トルーマン大統領の日記には書かれていました。8月10日、トルーマン大統領は、新たに10万人、特に子供たちが殺されることは考えただけでも恐ろしいと、3発目の投下については、今度は明確に認めなかったようでした。中止の命令を受けて、グローブス准将は3発目の投下を諦めたそうです。

しかし、その後、トルーマン大統領は、多くの米兵の命を救うために原爆を投下したと国民に向けて発言しました。それは、原爆投下の責任を国内で追及されないようにするためのものだったそうです。

そうして、多くの命を救うために原爆を使った、という物語が作られ、演出もされ、原爆投下は正しかったということがアメリカの世論として定説になり、核開発も激化していったということでした。番組では特に言われていませんでしたが、核開発をするソ連との冷戦の問題もあったのだろうと思います。

トルーマン大統領は1963年に日本に来たことがあるそうなのですが、そこでも、原爆投下は正しかったという趣旨の話を繰り返したそうです。でも、聴講に来ていた被爆者たちの顔を見ようとしなかったということだったので、後ろめたさはあったのかもしれません。

当時聴講していた85歳の森下さんという被爆者の方は、トルーマン大統領の日記を見て、広島の街に暮らす人々に思いを致さなかったわけではないということかと、少し複雑そうに話していました。慰霊の式に参列していた森さんが、本当に仲間たちは安らかに眠ることができているのだろうかと話していたのも、何か印象的でした。

計画の実現だけを考えていた軍の危うさをトルーマン大統領は見抜くこともできず、止めることもできず、原爆投下は大統領の言葉と世論によって正当化されていった、ということが、番組の最後のナレーションで言われていました。

戦時中の恐ろしい殺戮行為がトルーマン大統領の政治主導ではなく軍主導で行われたというのは、太平洋戦争の頃の日本の場合にも当てはまることであるように思えました。戦時中には内閣総理大臣よりも陸軍大臣の方が強かったからです。

報道によると、安倍政権下の防衛省内では「文官統制」の制度が廃止されて、「制服組」と呼ばれる自衛官の権限がこれまでよりも強くなったのだそうです。今後軍事的な行動が増えることになれば、「背広組」と呼ばれる官僚の人たちではなく、制服組の主導になっていく可能性もあるそうです。

今はまだ大丈夫なのだとしても、今の与党である自民党の思想が変わらないのなら、いつかはやはり日本は「戦前」のような状態になってしまうのかもしれないなと、憂鬱な気持ちになります。今の自衛隊は「軍隊」ではありませんが、国民の多くが自衛隊を憲法違反の存在だと思っているのだとするなら、いずれは明確な「軍隊」になってしまうのかもしれませんし、「文官統制」や「文民統制」がなくなることは、怖く思えます。軍主導にさせてしまったトルーマン大統領の失敗の経験は、今の日本政府が今後どのようなものになっていくのか、日本国民がどのような社会で生きることになるのかということにもつながっていくものなのではないかと思いました。
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Author:カンナ
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