「真田丸」第37回

NHKの大河ドラマ「真田丸」の第37回「信之」を見ました。

関ヶ原の戦いは一日で終わり、石田治部少三成(山本耕史さん)や大谷刑部少輔吉継(片岡愛之助さん)の西軍の敗北が決まり、勝利した徳川家康(内野聖陽さん)が大坂城に入りました。真田安房守昌幸(草刈正雄さん)の嫡男の真田伊豆守信幸(大泉洋さん)は、父親の昌幸と弟の真田左衛門佐信繁(堺雅人さん)を助けるため、協力を願い出てくれた義父の本多平八郎忠勝(藤岡弘、さん)と共に沼田城を発ちました。

信濃の小県を含む真田の領地を召し上げることにした家康は、信幸と忠勝による助命の嘆願を聞き入れ、高野山への流罪と決めた昌幸と信繁の命を取らない代わりに、親と縁を切り、信幸の名前から父親の名前を継いだ「幸」の文字を取るよう命じました。

敗北と改易に悔しがっていた昌幸は、戦国人としてまだ徳川方と戦いたい気持ちを信繁に抑えられて、諦めようとしていました。そして、長女の松(木村佳乃さん)とその夫の小山田茂誠(高木渉さん)、妻の薫(高畑淳子さん)、矢沢三十郎頼幸(迫田孝也さん)たちを嫡男の信之の元に残して、次男の信繁や家臣の高梨内記(中原丈雄さん)やその娘のきり(長澤まさみさん)などの数人の者たちと一緒に上田城を出ました。

慶長5年(1600年)の12月、徳川の家臣である信幸は、名前を「信之」と改め、父親と弟が明け渡した上田城に入り、昌幸と信繁の一行は、紀伊国の高野山の麓にある九度山村に到着しました。

作(脚本)は三谷幸喜さん、演出は田中正さんでした。

サブタイトルにもなっている「信之」は、ドラマの物語によると、真田昌幸の嫡男の信幸が、親子の縁を切ると家康に表明するために改名した名前でした。読み方を変えずに字だけを変えたのは、せめてもの抵抗ということでした。

今回の信幸(信之)の場面も良かったですし、悔しがる昌幸の場面も良かったです。昌幸の家臣の出浦昌相(寺島進さん)の再登場も、嬉しく思いました。出浦さんは、史実の通りに、ドラマの中でも生きていました。

床に伏していた出浦さんは、透破(忍者)として、弟子の佐助(藤井隆さん)を通して昌幸に大坂城の構造を教え、家康の寝首を掻ける方法を伝えようとしていたのですが、そのような真田昌幸と出浦昌相の、時代に取り残されているような戦国人の感じが良かったです。

関ヶ原の戦いの場面はなかったのですが、信繁は大谷吉継や石田三成の最期を、正室の春(松岡茉優さん)や石田三成の妻のうた(吉本菜穂子さん)から聞いていて、その回想場面として、切腹をしたり打ち首となったりした最期の場面が少しだけ描かれていました。

“裏切者”となった小早川秀秋(浅利陽介さん)は、城内で宇喜多秀家(高橋和也さん)たちの亡霊に怯えていて、有働由美子アナウンサーの語りで、2年後に謎の死を遂げたという説明がありました。

「真田丸紀行」では、流罪となった真田昌幸と信繁が約14年間蟄居していたという、和歌山県の九度山町の善名称院 (真田庵)が紹介されていました。九度山町は、弘法大師の母親が暮らしていた地で、弘法大師が九度(そのくらい何度も)、高野山を下って会いに来たということから九度山と名付けられたのだそうです。

予告の映像によると、次回は真田昌幸や信繁たちがその町に暮し始めてから数年後の物語になるようでした。次回の物語も楽しみにしたいと思います。
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