ロボットの値下げ

先日の情報番組か何かで、「11月11日」は「いい買い物の日」だと言われていました。

昨年にもあったそうですが、私はよく知りませんでした。あるいは忘れていたのかもしれません。

中国ではその日は「独身の日」ともされていて、たくさんの買い物が行われるのだそうです。そのニュースの中で、ソフトバンクの感情認識人型ロボットの「Pepper(ペッパー)」が初めて値下げされるということも言われていたのですが、それを聞いて、少し寂しいような気持ちになりました。

「ペットショップ」で売られている生き物たちや、お花屋さんで売られている植物の少し弱っている鉢の「値下げ」の札を見た時と同じように、少し空しい感じがしました。古書店の棚に並んでいる本やデパートの既製品の洋服や靴のバーゲンセールを見た時にはあまり思わないことなのですが、生き物型のロボットは、やはり生き物のような感じがしてしまうのだと思います。

いつか人工知能(AI)が進んだ世の中になったなら、人型や生き物型のロボットの種類も増えるかもしれません。その売買も盛んになるのかもしれません。でも、今の私の感覚だと、何か“人身売買”の雰囲気があるようにも思えてしまいます。そのため、ロボットの値下げの話題を聞いて、特に気にならない人もたくさんいるのかもしれませんが、私には少し怖いような感じがしたのです。

あと、何気なく点けた一昨夜のTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」(時々聴いています)の最後のコーナーで、「見直しが迫られる介護保険制度」という話がありました。「介護保険料」というのは40歳を過ぎると「国民健康保険料」に上乗せされるようになるものなのだそうですが、保険料は年々高くなっていき、支払うのを辞めざるを得ない人も増えていき、厚生労働省の調査では、2014年には1万人以上の65歳以上の高齢者の方が財産を役所に差し押さえられたと言われていたので、それを聴いて驚きましたし、またとても怖く思いました。

「差し押さえ」という罰則があるということは、「保険料」はほとんど「税金」のようなものなのだろうとは思いますが、健康を守るための「健康保険」や「介護保険」や「年金」なのに、支払われていないという理由でその人の財産を差し押さえるというのは、本末転倒のことであるように思えました。

そもそも戦前や戦中から「年金」の制度は国家予算や軍事費の効率的な調達が目的だったと聞いたことがありますし、貧しい一般国民を救うためのものではないかもしれないのです。政府は財源がないとか予算がないとか言っていますが、外国に配るお金や東京オリンピック関連の施設などを作るお金はまだたくさんあるようですし、「保険料」を強制的に徴収したり支払い続けさせたりしなければいけないタイプのものは一度全部終わらせて、今すぐに必要な人には海外の「ベーシックインカム」?のように、ほぼ無条件で一定のお金を支給するようにしたほうが、不安も解消されそうですし、「消えた年金問題」も解決されるかもしれないですし、手続きの複雑さもなくなりそうですし、実は良いのではないかなとも思います。

ただ、国家予算の効率的な調達という目的が今でも続いているのなら、扶養控除なども縮小しようとしている政府は、保険料の強制徴収タイプの現行の制度をなかなか手放さないかもしれません。

少子化と高齢化が進んでいると言われている日本では、経済活動も少しずつ停滞していくでしょうし、保険料を徴収していくというような古いタイプの社会保障制度を続けているだけでは、一般市民の生活はますます苦しくなっていくだけであるような気がします。政府の発表では、65歳以上の高齢者の多くはたくさんのお金を溜め込んでいるそうなのですが、本当ではないような気がします。たくさんの資産を持っている高齢者の方もいるかもしれませんが、そうではない方のほうが圧倒的に多いような気がします。

農業を担っている方もご高齢になっているそうですが、天皇陛下の生前退位(譲位)について考える会議(正式には「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」なのだそうです。まだ未決ですが、予断を排してと言いながら、2012年の自民党の改憲草案を今でも肯定している政府は「特別立法」で対処しようとしているそうです)の始まる前に行われていた、「環太平洋(戦略的)経済連携協定(TPP)」について質疑が行われていた国会の中継の一部を見ていて、ざっくりと分かったことは、日本政府が考えているのは総合商社を儲けさせることで、日本を今以上にアメリカの属国のようにしていくらしいということでした。

もしかしたら正しくないかもしれないのですが、野党の議員さんたちの質疑と、与党の大臣たちや「行政府の長」と自称しながら憲法改正については答える義務はないと答えて答えたい質問にだけ長時間答え続けたり、「選挙で国民の信任を得ている」などと主張したりする首相の答弁を聞いていて、何となくそのように思いました。(これも先日の国会を見ていて少し気になったことなのですが、どうして野党の議員の方は、質疑を行う直前に、首相や大臣に、質疑のお時間をいただきありがとうございますというようなお礼を言っていたのでしょうか。国会で誰の質疑を取り上げるかということを与党の議員さんが決めるのでしょうか。国会は議員同士が質疑応答をする場なのですし、質問をする野党の議員が答弁をする与党の議員に質疑をすることのお礼を言っていたのが、私には少し不自然に思えました。)

深夜のラジオでその話(介護保険などの話)を聴いたために余計に怖く思えてしまったということもあるかもしれませんが、今生きている人の人生が大切にされないのなら、未来に生きる人の人生も大切にされないように思います。少子化というのは、生まれてくる子供の数が少ないというだけではなく、成長していく子供の数も、生き延びて大人になっていく子供の数も少ないということなのだろうと思いますし、やはり生活が脅かされている人たちがいるという不安な社会環境やその空気を映しているものなのではないかなと思います。

「非正規」を減らしたいと政府が言う一方で、アルバイトやパート労働を勧めるCMが日々流れているというのも、何だか不思議に思います。「働けば自由になれる」という言葉がありますが、本当ではないような気がします。それは、社会的立場の高い人がそうではない人を欺くための嘘であるような気がします。

昨夜の報道番組では、市長賞を取った青森のお祭りの写真が、そこに写る女性が「もう二度といじめたりしないでください」という遺書を残して今年の8月に線路に飛び込んで自殺をした中学生(葛西りまさん)だったということを知った市から、ふさわしくないという理由で賞を取り消されたということが伝えられていました。先日には、SNSに辛い気持ちを綴っていた電通の新入社員の女性(高橋まつりさん)が昨年の12月に過労で自殺をした事件を受けて、東京労働局が抜き打ち検査に入ったそうですが(抜き打ち検査なのになぜかその際の報道映像がありましたが)、働いている人に違法な長時間労働をさせているというのは電通という大手広告会社だけではないと思いますし、長時間労働の上限を下げるというようなことだけではなく、会社内のいじめの問題もちゃんと調査してほしく思いました。

何というか、過酷な環境に耐え続けなければ生きることができなくなるような状況になる人が増えたり、国や自治体に「税金」などを支払うために他を切り詰めて暮らさなければいけなくなる人が増えたりするというのは、おかしいような気がするのです。今の日本の社会の状態が続いていくのなら、日本の子供たちが少しずついなくなっていくという事態は、当然のことながら、これからも加速していくだろうなと思いました。

そうでないなら、例えばiPS細胞や遺伝子操作などの医療技術を駆使した新しい人間が作られていくのかもしれません。あるいは、いつかAIを搭載した高度なロボットが広く普及した未来には、人間の存在自体それほど必要なくなっているかもしれません。人間に似せて作られた、ロボットの子供たちが街を歩いているかもしれません。そのような頃には、人間の人権やロボットの人権?が、同じように守られる世界になっているといいなと思います。
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