差別と言葉

一昨夜、NHKのEテレの「ハートネットTV」という福祉番組で、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件から3か月の特集が生放送されていました。

衝撃的な事件だったので私もこの事件のことを憶えていますが、昨夜の放送を見ていて、事件からまだ3か月しか経っていないのかと少し不思議な感じもしました。

障害者の方が元職員に殺傷されたということ自体も衝撃的だったのですが、犯行の背景に差別意識があって、犯行予告のようなことが具体的に書かれた大島衆議院議長宛ての手紙の存在を政府が知っていながら、その元職員の犯行を止めることができなかったというところも衝撃的でした。この事件のことは、政府内でどのように検証されているのでしょうか。あるいは、検証されてはいないのでしょうか。

出演していた障害のある子供を持つ親の方が、自分の子供は自分では人生をデザインできないというようなことを話しているのを聞いて、人生のデザインをすることができるかどうかは、障害の有無には関係ないような気もしました。人を障害者と健常者という言葉で分ける場合、私は障害者ではないので健常者なのかもしれませんが、私は自分のことを健常者だと胸を張って言うことはできないような気もします。

スタジオに来ていた臨床心理士の阿部さんという方が、障害を持つ娘さんと暮らすマンションの部屋を探している時、住民の方たちから、資産価値が下がると言われて断られたという話も衝撃的でした。資産価値が下がるとか、そのようなことを言う人も世の中に入るのかと驚きましたし、少し怖くも思いました。そのような人たちは、例えば自分自身がいつか「障害」を持つようになった時、その自分自身のことをどのように思うのでしょうか。

先のNHKのEテレの「ハートネットTV」や「ETV特集」では、今回の「優生思想」に基づく殺傷事件を、第二次世界大戦中のドイツのナチ党の「T4作戦」と比較されていましたが、沖縄県の東村の高江のアメリカ軍のヘリパッド建設の問題では、反対運動をしている市民たちを退かすために警察の機動隊がそこへ派遣されて、大阪府警の機動隊員の方たちが「土人」や「シナ人(支那人)」という言葉を市民たちに向かって使ったということが報道されていました。

映像の中の大阪府警の機動隊の方たちの吐き捨てるような言い方は、確かに差別的発言というか、暴言に聞こえましたが、「土人」や「シナ人」という言葉自体が差別用語というわけではないので、その言葉を使う人の中に相手(沖縄県民やぺリパッド建設反対活動をしている市民)への差別意識があるということと、(菅義偉官房長官や松井一郎大阪府知事や鶴保庸介沖縄北方担当大臣は沖縄へ派遣した大阪府警の機動隊の方の発言を擁護していましたが)市民を相手にその言葉を使った人が政府によって反対派の人たちを退かすために派遣された警察の機動隊(そこに機動隊が派遣されているということも少し謎に思えますが)だったということが、問題なのだろうと思います。

私はこの報道を見るまで、かつて沖縄の人たちが本土の人たちから「土人」と呼ばれていたということを知りませんでした。1903年(明治36年)に大阪の天王寺で開かれたという第5回内国勧業博覧会での「人類館事件」のことも知りませんでした。「学術人類館」と称してアイヌや琉球や支那や朝鮮やインドやトルコなどの人を陳列するという、見世物小屋のような展示だったそうです。もともとは1889年のパリの万国博覧会で始まったものだそうですが、帝国主義国家が自分たちの国の支配地域を示すという観点から作られたものだそうで、その展示の企画に積極的に参加する国もあれば、反発する国もあったそうです。当時の人たちの「人類館」に対する考え方は、今「人類館」と聞いて思う「動物園」のような印象とは異なるのかもしれません。

国語辞典を開くと、土人とは、「その土地で生まれ生活する人」あるいは「先祖の代から引き続きその土地に住んでいる人たち。太古の生活様式を現代に続ける素朴な種族」などと書かれています。中には、「主に未開地の種族をいう」と書かれているものもありました。広辞苑には、「未開の土着人。軽蔑の意を含んで使われた」とも記載されていました(「土人形」ともありました)。

私は未読なのですが、共同通信社の「記者ハンドブック」では、「土人」は差別語や不快用語とされていて、「先住民族」や「現地人」と表記するように書かれているそうです。

昨日にも、名古屋の病院の重度の心身障害の患者さんのいる病棟で出された朝食のスープの中に薬物が混入していたらしいという事件のことが報道されていました。「やまゆり園」の殺傷事件後に起きているそのような事件が「やまゆり園」の事件の犯人と同じ考えを持った人物によって行われているものなのかどうかは私には分からないのですが、でも、沖縄へ派遣された機動隊員の方の暴言も、その二人の方の個人的なものというよりは、その上の警察組織や政府の中にある考え方が染み出しているもののように思えます。

大阪(あるいは関西地方を中心とした西日本)には、「被差別部落」と呼ばれる地域が多いそうで、最近は「部落」という言葉も差別用語とされる場合があるそうなのですが、東日本では、「部落」は、おそらくごく普通に村とか、集落とか、地域とか、そのくらいの意味でしかないように思います。私も最近まで「部落」が差別用語になるとは考えもしませんでした。なぜ差別をされる地域があるのかも、歴史の授業で少し習ったことがあるくらいの私にはよく分からないように思えます。そのため、もしかしたら間違っているかもしれないのですが、関西地方?にはその差別意識が今でも続いていて、その差別意識を持った方が警察官や役人や議員になっているということが、大阪府警の機動隊員の方たちの口から出た言葉につながっていたのかなと思います。

昨日の朝に100歳という長寿で薨去なされた三笠宮崇仁さまは、世界平和を願って市民との交流を深め、世界が平和になるためにはどうすればいいのかを考えるために古い時代からの世界の歴史を研究なさっていたそうです。差別意識の源が歴史的な背景の中にあるのだとするならそれを知って改善していくこともできるかもしれないですし、今生きている若い人や高齢の大人の人たちが本気で差別意識を無くそうとしない限り、これからの世の中からも差別は無くなっていかないのだろうと思うので、新しい人たちに差別意識が引き継がれていかないように、歴史や社会問題などに疎い上に人付き合いが少し苦手な私も、もしかしたら知らずに誰かや何かを差別してしまっていることがあるかもしれないということを思って、気を付けようと思います。
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